仮面ライダー:RE   作:大荒鷲

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予告もなく急に帰って来るスタ~ンス~♪


CHAPTER-4:『REjectionⅡ』- ②

「全く……!この大事な時に貴方って人は…!」

「だから悪かったって、でも明らかにやりすぎなのはお前の落ち度だろうが」

「うるさいっ!!」

 

 それからたぶん10分くらいして。なんとか復活した哲也と柚月は部屋を出てガレージの方に向かっていた。因みに既に辰雄と楠はあっちに行っているとの事で……事あるごとに何かブツブツ呟いている柚月に哲也は体を窄ませながら追いていく。

 不機嫌なのは先程の騒動のせいか……いや多分起こしに来た時から既にそうだったから原因は別の所にあるよなぁ……と思う。

 

「あの~柚月さん?なんでそんな不機嫌なのでしょ~かぁ?」

「“自分の胸に聞いてみろ”、って言葉知ってます?」

「……デスヨネ…」

 

 やっぱり原因は昨夜の()()か……と哲也は溜息を吐いた。それにしたって一晩明けてまでまだ怒ってる事ないじゃあないか、とは思うのだが。そんなこんなで気まずい空気を引きずりながら哲也達はガレージに辿り着いた。

 

 既に準備を整えたらしい楠と辰雄が哲也達を出迎えてくれた――いや待ち構えてた、という表現の方が正確だろうか。流石に柚月程じゃないにしてもやや剣呑な目つきの辰雄に、依然として表情を読ませず泰然と佇む楠。

 

 そして……壁にビルトインされた大型液晶にはよく知っている顔が映っていた。約束の時間通り……どうやら我らが誇る情報屋は良い働きをしてくれたようだ。

 

「よう。調子はどうアニク?」

〈なんとか依頼された情報は集めてみたよ……ってかどうしたのその顔?〉

「なんでもないよ……早速頼む」

 

 先程どっかの誰かさんにぶん殴られた頬を摩りながら哲也は画面の向こうの人物に言った。なんか釈然としない顔をしたモニターの向こうの男――原アニクは〈ちょっと待ってね〉と告げると机付近に置いてあるPCを操作し始めた。

 

 これが昨夜哲也が提案した切り札……そして柚月のご機嫌ナナメの理由だ。

 

 こちらの最大の不利は人手不足。表向きは死人も同然の柚月達に取れる手段は限られており、非合法な連中に頼り切るのも時間や信頼性の問題から限界がある。少ない手札の中で相手の動向を把握し、作戦を立て、資機材を準備するためには……という事で哲也が招聘した頼れる援軍達、という訳。

 まぁ柚月が渋るのも無理はない。《スカルマン》の正体が幹斗である以上この子は今回の件に人一倍責任を感じているから無関係な他人を巻き込む事に激しく抵抗があるのだろうし――あとこれは個人的な推測だが――元々超が付くレベルの人見知りな柚月としては知らない人間が参入してくる状況がイヤなのだろう。こればっかりは耐えて貰うしかない、幹斗にこれ以上罪を重ねさせないためにも、今回の作戦がかなり重要になる……と説得してなんとか納得してくれた――多分。

 

 哲也はまず手始めにアニクに連絡を取った。しかもメールを使うと探知される可能性があるので古典的だがポケベルを使って*1。アニクを頼ったのは今後“敵”と一戦を交えるにあたって彼の情報収集能力・ハッキング能力が役に立つと踏んだからだ。巻き込む事に躊躇がないわけではなかったが、彼なら裏切りも痕跡を晒すようなヘマもしないだろう、という信頼感がある。

 昨夜アニクに依頼したのは主に二つ。辰雄たちが村の皆が囚われていると踏んでいる二つの施設、その周辺の動きなどについて情報収集して欲しいという点。もうひとつは幹斗――即ち《スカルマン》が潜伏している可能性がある施設を絞り込んで欲しいという点だ。

 

 正直言うとこの件を伝えるのはかなり苦労が要るだろうと思ってたが……最終的にはアニクがあまり細かい事を聞かず、素直にこちらの事を信じる前提で動いてくれたのが幸いした。持つべきものは物わかりの早い後輩也……。

 

 とはいえ最初こそそんな事調べられるんだったら今頃国際機関の捜査官にでもなってるよ、と至極真っ当なツッコミを返されたし、こちらである程度情報を絞ったといっても中々骨の折れる仕事になっただろう。実際モニター越しのアニクの目元はかなり濃いめの隈が出来ているし、眼も充血気味で如何にも寝不足なのがありありと見て取れた。

 だが本人は至って意気軒高。徹夜明けのテンションで却ってハイになってる気さえする。頼もしいと思うのと同時になんだか罪悪感。

 

「……“ネットの情報”以上の価値は?」

〈それは間違いなく保証するよ。まぁ百聞は一見に如かずってね!〉

 

 相も変わらず不機嫌そうに低い声で唸る柚月相手に臆した風もなく、それどころか何故かサムズアップまで決めるアニク。畏れるどころか、コイツからすりゃあもういっそ美少女に睨まれるのもご褒美みたいなモンなのかも知れない…俺にはよう分からんけど。

 そんな事グダグダ言い合っている間にアニクが柚月が持っているタブレットに情報を転送したようだ。防犯カメラのものと分かる、不鮮明な映像がいくつか記録されていた。

 

〈ひとつが一応僕らの地元のヤツ。もうひとつが人工島の埋立処分場エリア。一応ここいらの監視カメラの映像を拾えるだけ拾ってみた。特に処分場の方は分かりやすかったね、1ヵ月前ここら近辺のトラックの出入りがやたら激しくなってるし、なによりこの施設ってのがさ!〉

 

 テンション高めに動画を切り替える。そこに映ってたのはテンション高めに乱痴気騒ぎに興じる若い――って程でもないか、30代かそこら――の男女6人の映像。

 

「ナニコレ?」

 

 柚月が如何にも不快そうに眉を顰めた。

 

〈成金型リア充のバカ騒ぎをアップした誰得動画。まぁそんな事は重要じゃあないんだよ、問題はコレでさ……〉

 

 アニクが画面を少し飛ばすとカメラに向かってなにやらアレコレ喋る女のバストアップに切り替わる。ただこれも更に重要ではないとの事。問題はその後ろだ、後ろの方に人工島の一角がボンヤリと映っていた。

 なんでもこの映像、大型クルーザーの上で撮影されたものだそうでそれに件の施設――アルケミー・サイロとかいう施設が少しばかり映っていたのだそう。いくらなんでも海から勝手に撮ってる奴にいちいち警戒しちゃおれないだろうし。

 

〈コレ!チラッと映ってっこの防護フェンスの様子。一見するとただの柵でしょ?ところがねっ、上の方をよく分析して見たら、なんと不可視光のレーザーセンサーが使われてたんだよね。まだ実用化には至ってない最新のシロモノだよ。どう見たってこんな施設に付けとくモンじゃあないでしょう……

あ、因みにこの動画、公開した3日後に急に削除されたし、撮ってた奴のアカウントも突然BANされたそうだよ。登録者十ウン人のド底辺チャンネルだったから話題にもなんなかったけどねぇ?〉

 

 レーザー云々よりもそっちの方が余程面白いらしい。趣味悪いなあ……と哲也はボヤいた。

 

「……ってかそんなモノどっから見つけてきたんですか…?」

〈ちょっと言えないトコロ♪〉

 

 オトマノぺが現実でも聞こえるような世界だったら多分“てへぺろ”とかいう音でも付随しそうな調子でほくそ笑む。絶対コイツだけは敵に回さないようにしよう……と哲也は思った。

 

〈更に言うなら施設の防犯設備はTSSS――“トライン・セキュリティ・サポート・システムズ”――まあ要するに自分トコの子会社に完全委託していて、こっちはサーバーが海外にあるのかな、外部からおいそれと侵入出来ないようになってるね。この警備体制は本社以上だ……如何にもなんか隠してますって感じがするじゃあない?〉

 

 つまり現状トライングループは限りなくクロに近いグレー、この巨大な人工島も何かを隠し持ってる可能性が高いという事か……。漸く手掛かりに近づけた高揚とますますあの事件の闇が深くなった失望とが合わさって哲也は歯噛みする。

 対して柚月と辰雄はこうなる事も織り込み済みという事か……驚いた風もなく、淡々とした態度で「それじゃあ浅草の方は?」と画面の向こうに聞き返している。

 

〈……あぁそっちね。やっぱり1ヶ月の間で大きな動きがあったらしいよ。具体的にはこの時期を境に改修計画が大幅に修正されたそうで、元々請け負っていた業者は契約を解除、代わりにこっちの方も100%トラインの子会社系列に完全に固められたそうな。しかも海外の業者を経由してね……全くいくつ事業持ってんだろうね?〉

「流石は現代の帝国……ってトコか。一晩でよく辿れたな…」

〈まぁね…バレたらヤバい事結構したし……。それよりもこっちは急いだ方が良いよ、どうも近々工事が終了する予定らしい。あくまでここは一時的な仮置き場程度のつもりだったんだろうね……ってゴメンそんなつもりじゃなかったんだ…〉

 

 気にすんな、と目で応えながらも哲也は仮置き場、というその言葉を頭の中で反芻した。そうなると次の移送先、即ち本命の「保管庫」を確保するまでの時間を稼ぐ必要があったという事だ。哲也は画面の方に向き直る。

 

「アニク、工事の終了予定日分かるか?」

〈今んトコだと…1週間後ってなってるね。でも《スカルマン》の例の宣言があったからもう少しだけ早まる可能性はあるかも……移送を考えてるならなんかの動きがある筈だからもう少し探ってみるよ〉

「だな……。引き続きトラインの動きの監視頼むわ。俺は柚月と別の方向で動くから」

〈合点承知のスケ!〉

 

 そう言ってアニクは――また柚月の方を見ながら軽くウインクして――通信を切った。後に残された柚月は冷たい目を哲也の方に向けている。

 

「……な?ちゃんと頼りになったろ?」

「……まぁ…。否定はしませんケド…」

 

 口では一応そう言うがハッキリ言って不服だ、とでも顔中に大書してある。こういう意地っ張りな所はつくづく兄貴に似てるよなぁ……と微笑ましく思うと同時に幹斗がそうであるように、この責任感の強さがいずれこの子を追い込んでしまわないか……哲也にはそれが心配だ。

 

 あんま気負うなよ。そう言って彼女の頭を軽くポンポンと叩いた――ら電撃的に放たれた手刀が手首に炸裂した。

 

「バカがバカにしないで下さい」

「ワリィ」

 

 ここは素直に謝っておく。やたらバカバカ言われるのは釈然としないが、事実なので言い返しようがないし言い返しても100倍返しされそうだからやめておく。哲也は楠たちの方に向き直った。

 

「すみません。あの車に付ける例の部品って調達済みなんですよね?」

「既に。大まかな作業は私と辰雄様の方で出来ますが、専門の方を連れてきて下さるなら、より確実でしょう」

 

 依然として抑揚を感じさせない淡々とした口調で楠が返す。正直この人のこういう所は少し怖いと思うけど、同時に一切迷いを感じさせず職務を遂行するかのような姿勢は頼りになるし、実言うと嫌いじゃあない。

 辰雄が哲也に向かって何かを放り投げたので咄嗟にキャッチすると車の鍵だった。

 

「車はソイツを使え。着替えも用意してある……それとくれぐれも柚月(ソイツ)に運転させるなよ?」

 

 ぶっきらぼうな口調で辰雄が口を開く。最後の言葉を受け取った柚月が口を尖らせながら目を背けたのが見えた――まぁ大体の事情は昨夜辰雄から聞いたのでここは素直に従う事としよう…。

 

「それではくれぐれもお気をつけて」

 

 楠が恭しく頭を下げる。そうだな、正念場はこっからだし……。哲也は意識して身を引き締めた。

  

 

・・・・・・・・・

 

 

 てっきり事務所の方に行くのかと思っていたので、指定されたのが下北沢駅の近くでひっそりと営業しているバーだったのはかなり意外だった。

 

 本当に古い雑居ビルの地下に小さい看板だけ出している様はとても商売っ気があるようには見えないし、ここにバーがあるなど一見はまず気が付かないレベルであろう。即ちここに入ったが最後、突然連れ去られても誰にも怪しまれない可能性すらあるわけで、そう考えるとこの地下へと続く階段もある意味地獄への入口にも等しい訳よね……そんな後ろ向きな事を考える。

 

 とはいえあの羽住が何か邪な事を考えているとも思えないし、ここに行く事は会社の全員にも共有済み。つまり万一があれば危うい立場に置かれるのは向こうだといういう事は相手は百も承知な筈。

 

 臆するな一之瀬真琴。虎穴に入らずんば虎子を得ずよ……と半ば自棄になって決意を固めると真琴は木製の重い扉をそっと開けた。

 まだ営業開始前だからか店内は薄暗い。入口の印象とは裏腹に中は意外な程に清潔でカウンターもテーブルも中々に洒落ている。カウンターの奥には初老のマスターが急な闖入者に驚いた風もなく、佇んでいた。

 

「一之瀬真琴さん?」

「あ…はい。そうですけど……えっと…」

「お話は伺っております。どうぞ奥へ…先生がお待ちです」

 

 一切迷う素振りも見せずにマスターは奥の個室を示した。どうにも調子が狂う。こういう時哲也がいたら無駄にテンション上げて緊張を解いてくれるんだが……と思い掛けて真琴は頭を振るった。

 

 今アイツはいない。どこに行ったんだか知らないがもしかしたら何かを掴んだのかも知れない。それを解き明かすためにも私は行くんだ……。真琴はマスターに一礼すると個室の戸を押し開けた。

 

 果たして中にいたのは…予想通り、仕立ての良いスーツに身を包んだ羽住その人だった。その隣には顔を俯けた女性が腰かけている。

 そうかこの人が……。真琴は思わず息を呑んだ。そんな視線に気が付いたのか女性はゆっくりを立ち上がると真琴と視線を絡めた。

 

「……初めまして。蕪木千月と言います。本名は佐崎、ですけど……」

 

 女性は見た目的には恐らく20代半ばくらいか。目元を覆う位に伸ばした前髪に華美とは言い難い装いもあってどこか陰のある雰囲気を纏っている。色白で整った顔立ちは平均以上の美人と言えるだけに一層陰影は引き立つ。

 予想はしていてもいざ目の前にすると想像以上に名状し難い感情が押し寄せたが、相手にそれを悟られる訳にはいかない……と真琴は努めて平坦に名刺を差し出した。

 

「どうも。レイニージャーナルの一之瀬と言います。この度は――」

「……やっぱり気になりますよね…?急に私みたいなのが会いたいなんて言ったら……」

 

 みなまで言いきるより先にそんな言葉が降ってきて思わず顔を上げた。見ると千月と名乗った女性は儚げな笑みを浮かべている。真琴は声を詰まらせた。

 

「……そんな事は…」

「良いんです、慣れてますから。ですから一之瀬さんもあまり気を遣っていただかなくても良いんですよ…?」

 

 嫌味でもなんでもなく心からそう思ってるという口調。だがそこに含まれている寂寥と諦観を真琴は感じ取らない訳にはいかなかった。それだけ……この女性の歩んできた半生が尋常なモノではなかった事が分かる。

 

 血は水よりも濃い。そんな俗説が未だに蔓延るこの国では彼女の生い立ち――佐崎統夫こと八千餐誡の娘として生まれた事実は何よりも重い。

 

 因みに俗にいう「八千の子ども」の正確な人数はハッキリとしない。教団結成前の精神科医時代から婚姻関係にあった妻との間に設けた子も勿論いるが、他にも八千は複数の女性信者との間に性的関係を持っていたとされており、その正確な人数は本人にも分からないらしい……話せる状態にないというのもあるが。

 その中にあって千月は間違いなく、八千とその妻との間に生まれた子であるという。今は似たような境遇の子ども達を救うために羽住の仕事を手伝っているのだとか。

 

 結局教団の解散の後、八千の子らはそれぞれ新しい名と籍を与えられ、散り散りになっていった。だがどこに行ってもマスコミの手は迫ってきて、その度にまた名を変え、居場所を変え……そんな事を繰り返すしかない彼らに互いの居場所を知る術などなかった。

 

 3年くらい前に長女が青木ヶ原樹海で死体となって発見されたとニュースで報じられた。原因は自分の人生に悲観しての自殺だったという。とにかくこれを機にメディアは再び子どもたちの行く末に興味を持ったようで、どうやら次男が分家団体の幹部として活動しているらしい、という所までは報じられたそうだが思いのほか世間が盛り上がらなかった事もあってマスコミもすぐにこの話題に飽きた。

 

 本題はここからだ。千月は仕事の合間を縫いながら他の子達の行方を追っていたのだというが…。その過程でユヅキという少女に接触したのだそうだ。

 

 千月は例の人相書きをそっとテーブルの上に置いた。言われてみれば確かに描かれた少女と目の前の女性はどこか面影が重なる気がする……。

 

「…あの子は……。あの地下鉄テロ事件が起きた時まだ1歳くらいでした。あの後すぐに警察が踏み込んできて、私たちは父の元から逃れる事が出来たんですけど……。あの子は結局母と一緒に連れていかれてしまったんです……以来ずっと行方知らずだった……」

 

 真琴は思い返す。佐崎統夫の妻――佐崎蘭奈か。夫とは対照的に彼女の方はその名も経歴も殆ど知られていない。分かっているのは佐崎と同じキャンパスに通っていたという事、卒業後ほぼ間を置かずに籍を入れたという事くらい。少なくとも両親は既に故人であり、出身地とされる地域を当たってみても多くの人が口を揃えて「彼女の事は正直よく覚えていない」と答えている。

 

 要するに至って平々凡々を絵に描いたような生活を送っていた女性だったようだ。それは白零會が組織されても変わらなかったようで、書類上はいくつかのフロント企業の運営を任されていたとされるが、実際は他の人間に任せきりであったという。教団が起こしたいくつかの事件に関与した疑いも持たれていたが、いずれも証拠不十分や責任能力の有無を問われ棄却。どこか虚ろな表情で被害者への謝罪と償いを繰り返していた点からも彼女は異常な夫に逆らえず、流されてここまで来てしまったのだと誰もが思ったようだ。

 

 死刑判決を言い渡された夫の処遇とは裏腹に実刑には処されず、教団を離れた事は確かなようだがその後の行方は杳として知れない。千月達にとって末妹であるユヅキという少女もまた。

 

 ここまでの話を踏まえると……千月はここ数カ月の間、自分達の生活に教団の気配を感じていたようだ。

 

「私は…教団やその後継団体から抜け出した人達の支援をやってます。中には依然親を教団に取られたままの子もいますし……」

 

 この所、そんな子達につき纏う影を感じるようになったのだという話は前に羽住から聞いた。最初はしつこいマスコミが自分達をまた探り出したのか…と思っていたようだが、保護している子どもの誘拐未遂が発生した事で千月は本格的に教団が動き出したのを感じているようだ。

 

「そんな折でした。あの子が現れたのは……」

  

 

・・・・・・・・・

 

 

 その日私は警察に被害届を出しに行って、ちょうど家に帰る道すがらでした。

 

 警察の対応はどうも歯切れが悪くて。一応巡回は増やしてくれるし、所轄にも話は通しておきます、とは言ってくれたけれど、どこか投げやりな態度。本質的には事件が起きなければ対応出来ないという警察の事情は分かってはいますけれど、どこかモヤモヤした気持ちを抱えたままでした。

 

 そんな事に気を取られていたからだと思います。背後に誰かの気配が迫っている事にその時漸く気が付いたのです。こんな風に言うのもナンですが複雑な生い立ちなものですから、マスコミやら面白半分の野次馬に敏感になり過ぎていて……。誰かが近くまで迫ってきているとつい警戒してしまうんです。でもこの日は明確に足音が聞こえて、背後に迫られるまで分からなかったんです……。直感的にマズイ、って思いました。

 教団の残党が抜け出した子どもやその親を狙っているんだとしたら……。私も当然その対象になるんだとその時思い至りました。何せ私は教祖の子ですから……どんなにイヤだって思っても。

 

 私はカバンからスタンガンを取り出して振り返りました。迂闊に近づいてきたところを反撃してやる、ってくらいの気持ちで。

 

 でも……後ろにいたのは意外な人でした。前に子どもを攫おうとしたのは曰く目出し帽を被った大柄な男が数人だったそうなので今回もそうだと思ったんですけど……。そこに立っていたのは高校生くらいの女の子だったんです。

 

 髪が短くて全体的に暗めの装いだったので男の子にも見えたんですが間違いなく。背は私より少し高かったですけど、むしろ体格に合わない大きめのブルゾンを着ていたせいで却って華奢に感じました。月明かりと街灯の灯りで薄っすらと闇に浮かび上がったその顔立ちは女の私でもハッと目を瞠るように綺麗で……。

 

 でもそれ以上に重要だったのは私はその顔をよく知ってるって事だったんです。あれから15年以上経つのに絶対に忘れる事はありませんでした。

 

 母によく似てました。でも勿論母の筈がありません。私はかなり動揺しました。

 

『――ユヅキちゃん……?』

 

 気が付いたらそんな声が漏れてました。アレはもう本能的なものなんでしょうかね……?それとも咄嗟に年齢を逆算してあの子以外いないと判断できたんでしょうかね。

 

 その子は少し意外そうに大きな瞳を見開いてました。大人びた印象だったけどそんな顔をするとやっぱりあどけなさが混じるのが意外というかよく似合うというか……。

 

『……分かるんですね。わたしは当時赤ん坊だったからコレが初めまして、って気がします』

 

 やっぱり……!長らく行方不明だった最後の妹が――少なくとも無事に生きていた事、何よりこうして会いに来てくれた事が嬉しくて、私はもう警戒する事も忘れました。思わずアレコレ聞き出そうとしました、今までどこにいたの?とか今は何してるの?とか……なによりちゃんと…健康で幸せに生きていたのかって……。

 

 でもあの子は何も答えませんでした。私の言を遮るようにそっと手を差し出して告げたんです……。

  

 

・・・・・・・・・

 

 

「『じきに東京でまた白零會が動き出します。そうなったら貴方達は真っ先に利用されるだけだから……急いで逃げて下さい』……その子はそう言ったんですね?」

 

 真琴は改めて確認した。千月は無言で首肯する。

 

 その少女はそれだけを告げて闇に消え、以降千月の前には姿を現していないのだそうだ。因みに名前は「柚月」と表記するとの事。

 とにかくその言葉が気になった千月は羽住に相談して、家を変え、信者の子ども達も信頼できる人達の所に避難して貰うように取り計らったんだとか。

 

「貴方からこの人相書きを見せて頂いた時にどこか引っ掛かるモノがあったんです、“誰かに似てる”って……。考えた末に千月さんだな、と思ったものでこうして連絡を取った次第なんですが……」

 

 羽住の方でも千月の末の妹がどこにいたのか、という点は気になっていたらしい。それが1カ月前に彼女に接触していたという事、《スカルマン》の事件現場に出没するらしい、という事が合わされば猶の事だ。

 

「……やっぱり《スカルマン》は白零會が背後にいるんでしょうか?だからあの子は事件現場に現れる……あの子は…今でも教団と戦ってるのかなって……」

 

 千月は不安そうだ。無理もない、と思う。漸く見つかった妹が白零會や《スカルマン》の事件に巻き込まれている可能性が高いのだ。否が応でもイヤな事ばかり想像してしまう気持ちも分かるというモノだ……。

 しかしおためごかしでもなんでもなく……真琴は「それは違う…と私は思います」と目の前に女性にそう告げていた。千月がハッと顔を上げる。何故、とそこに書いてあった。

 

「妹さんは『じきに白零會が動き出す』ってそう言ったんですよね?それが1カ月前、対して《スカルマン》が現れたのは1年前です。ならそんな言い方はしない筈……二つの間に因果関係がないとは断言できませんけど、まだ決めつける必要はないと思います」

 

 とはいえ事は急を要する。少女の言う「じきに」がいつになるのかは不明だが、あまり猶予期間があるとも思えない。なにより《スカルマン》を名乗る青年が3日以内に何か起こす、と宣言している話と不気味な程に符合する。だから両者に関係がない、とは真琴も断言出来ないがかと言って繋がってる、と決めつける根拠もないのは確か。

 

「この件は……私達の方で探ってみます。千月さん…くれぐれも危険なマネはしないで下さいね?」

 

 真琴は目の前の女性にそう念を押した。実際この二つの問題はあまりに混沌とし過ぎていて底が見えない。迂闊に踏み込むのはマズイ、と頭の中の危険信号がさっきからひっきりなしに警告を飛ばしているのは感じるが……ここで退くわけには行かないと真琴は意地でも思う。

 後輩が拾ってきたなんて事のない話題だと思われた人探しが結びつきそうで結びつかなかった両者の間にか細いリンクを生み、しかもそれを当人は現在行方不明と来たものだ。この先を手繰っていけば必ずなんらかの真実がある筈、と真琴には確信があった。陣内も流石にここまでとなれば本格的に動く事を許してくれるだろう。

 

 千月は恐縮したように頭を下げた。

 

「分かりました……。あの子の事…どうかよろしくお願いします……」

 

 その声に少しばかり嗚咽が混じっている。

 

「あの子は……私たち姉妹にとっての最大の気掛かりだったんです……。教団が解散になった時…あの子はまだ小さかったから父や教団の教育を受けてなくて……だから、あんな酷い世界とは無縁に、幸せに生きて欲しかった……」

 

 そこには切実なまでの祈りが籠っていた。彼女達もまた教団によって人生を大きく狂わされたのだと思うと真琴は胸が傷んだ。

 

「本当に……あの子の事を……。きっとその先に母もいます……早くあの人の呪縛から…解放してあげて下さい……」

「……え…?」

 

 またしても急に飛び出た母、という言葉。あの人、というどこかよそよそしさすら混じった酷薄な響き。真琴は思わず背筋を粟立たせていた。「……どういう事ですか?」かろうじてそう絞り出す。

 

 そう言えばこの前も電話口で千月は言っていた。『あの子は今でも教団と、母と戦っているのか』……と。

 

「佐崎蘭奈さんは今では教団を抜けた筈では…?それにあの人は八千に従わされていただけだって――」

 

 

「違いますっ!!」

 

 

 瞳から雫を迸らせながら、顔を上げて千月は叫んだ。そこにはハッキリと拒絶の意志が感じられる。

 

「誰も彼もそう言うんですけど……私たちは知ってます!父は確かに下らない妄想で多くの人を死なせた愚か者ですけど……本当に全てを仕組んでたのは母の方です……!」

 

 なんだソレは……?あまりの事に咄嗟に声を出せない。結果的に自分達を棄てた母親への恨み言……だろうか?いや、それにしてはあまりに言葉が切迫さを帯びている。少なくとも彼女には……この件への確かな確信があるのだ……真琴は固唾を呑んだ。

 

「母は……殊更にあの子を父の、そして自分の後継者だと見込んでました……詳しくは分からないけれど……。だから意地でも連れて行こうとした……!今でもどこかで誰かの人生を支配して滅茶苦茶にしようとしてる筈……。あの子はきっとそれを止めようとしてるんだと……!」

「……そんな――」

 

 真琴は絶句した。だが千月に錯乱したような様子は到底見られない。もしかしかたら自分達は白零會というものについてとんでもない思い違いをしているのではないか……。

 

 

 どうなってんのよもう……!真琴は心の中で毒づいた。もしかしたらこの件の“真実”とやらは更に奥の奥が眠っているのかも知れない……。果てしない重圧と闇と、底冷えするかのような粘度の向こうをつい想像して真琴は眩暈がした。 

 

 

*1
2019年までは都内4県内なら使用可能だった




どうもお久し振りです。
時間が経ち過ぎて最早「誰だお前は」状態ですが、とにかくお久し振りです。

気を抜いていたらすっかり早いモノで、前に本編投稿してから1年と1ヶ月、特別編から数えても1年ぶりという体たらくです。その間何をやっていたかと言えば、くだらない小説二本くらい書いて、こちらはチビチビとしか進めておりませんでした。
このままじゃマズイ、ということで発破を掛けるためにもここはひとまず今出せる分投稿しようということで急に帰ってきました。定期的にはまだ難しいかもですけど、エタるつもりはさらさらないんで、気長な方は今後ともお付き合いいただければ幸いです。

それでは。
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