という訳で3話目…というかこれまでは事件を追う側の視点から話を描いてましたが、今回は事件に直接関わらない市民の視点やスカルマンの登場を切欠とした変化などを描いた番外編的なエピソードになります。
「いや、本筋書けよ」と本当に思うのですが、こういう背景とかを説明しないと今後分からなくなる事が多いので…。
引き続きお付き合いください。
・ある警察関係者の記録
「背後関係無し。単なる便乗犯ですね…」
新宿署捜査1課の一室、やけにあっさり片付いた割に妙に物々しい空気が漂っていた事件の顛末に付けられたのは結局そういうオチだった。白けたような呆れたような部下の報告に桑島は本日何本目になるか分からない煙草を吹かしながら「だろうよ」とぼやいたのだった。他の刑事たちも同じ感想なのだろう、そこかしこで溜息や失笑が漏れる。
新宿事変から早1年近く、気付けば《スカルマン》とやらの影を追い続け、桑島達捜査員は気の休まる暇がなかった。如何に人員を導入しようとも一向に尻尾を掴ませない骸骨男に署員たちは苛立ちを募らせていった。
尻尾を掴みにくい理由はシンプルだ。《スカルマン》の行動がてんでバラバラな事にある。マスコミや世間では2年後の大会の妨害を目論む勢力――はっきり言えばいつぞやの過激派だとか外国人の仕業だという意見が大半を占めているが、事はそう単純ではない。マスコミは不可解な行動を関連付けてストーリーに仕立てて、より刺激的な形で市民にお届けするのが好きだし、今朝方には筆頭スポンサーであるトライングループの本社ビルが狙われたというのだからその認識も宜なるかなと思うが、冷静に奴が関わった小さい事件にも目を向けていくと、最初の六本木事変ではそこを拠点にして、主に大学生などの女子をターゲットにしているホストクラブ――というか要は半グレ団体をターゲットにしたものであったようだ。監視カメラにはとあるクラブに突入し、一部の従業員を散々に打ちのめした挙句に構成員の1人を執拗に追撃し、通行人を巻き込んで爆殺している。その当時はまだ骸骨野郎の目的は不明なままであったが、その後の競技場や空港を狙った犯行から2年後のイベントの妨害が目的だ、と政治家などがヒートアップし、いつの間にか警察もマスコミをその方向で舵を切る事になってしまっていた――一説では上の方になんらかの圧力があったとかないとかまことしやかに囁かれている。
まあ最初のうちはそれでも良かった。度重なる被害に某新聞社が「これはこれで痛快な光景かもしれない」と迂闊な発言をして炎上するくらいには、世間は骸骨男に敵意を燃やし、警察上層部も敢えて勇ましい発言を出して、民衆の支持を得ていた、最初の1カ月くらいは。事件が長期化するにつれ、骸骨男の行動が大会の妨害ではないのではないか、という考えは自分達以外にもマスコミや市民の間に広がっていった。
新宿事変を除くと最初の事件からして半グレ団体への報復じみた排撃を目的としていたし、その後も似たような半グレ団体や暴力団、歓楽街が小規模な被害ながら標的にされており、更には新宿事変を契機にして起きた複数の未解決事件への関与の疑いだってあるのだ。2カ月前には某政党の母体である新興宗教団体の支部にてやはり爆発事故が起き、その上空には奴が犯行声明代わりに残す巨大なドクロの幻影が広がっていた。
もともと半年くらい前から機運が変わっていはいたが、この頃になると市民やマスコミの間でも骸骨男の目的が単なる国への妨害行為ではなく、一種の
現在世論は確実に分断されつつある。《スカルマン》の目的は自国の壮挙の失敗を目論む勢力の仕業であるとする言説と現代に現れた世直しであると叫ぶ者が意味のない対立を続けている。
前者は稀代の犯罪者を未だ捕らえる事の出来ない警察に不信を募らせ、それを支持するマスコミはそれに便乗して、日本警察の不甲斐なさを叩いた。後者は元々反骨的な団体や報道機関を巻き込んで、政権批判に躍起になり、他方過激な勢力は「権力に媚びるだけの警察は世直しを邪魔するな」と脅迫を送り、時に捜査を妨害するなどより始末の悪い行動に出るのだった。
今朝方署管内の繁華街に居を構えるバーに男がガソリンを巻いている光景を警邏中の制服警官が目撃し、逃走と乱闘の末に放火未遂並びに公務執行妨害の現行犯で逮捕した。男はハロウィンで使うドクロの被り物と黒いライダースーツを纏い、近くの建物に「スカルマン参上」という落書きをスプレーで残していた。取り調べに際して男は「世直しのためだ」「あのバーはキャッチセールスの悪徳な商売をしていた」等と供述していた。その後結局件の店はキャッチバーでも何でもなく前に男が従業員の女の子に迷惑を掛けて出禁になっただけだったという間抜けなオチが付いたのだが。
事件が長期化するにつれて厄介な点は今回のように模倣犯、便乗犯が後を断たなくなった事だ。特に奴の行動を世直しと捉える者が増えるのに比例してこういった奴らも増加の傾向にあり、ただでさえ連日の激務と世間からのバッシングに疲弊している警官たちにとっては更に追い打ちを掛けるが如く、余計な仕事を増やすだけの存在だ。
何が世直しなモノかよ、と胸の奥に湧き上がる苛立ちを吐き捨てるように煙草を吐き捨てる。《スカルマン》によるテロの死亡者は既に200人近くに達しようとしているのだ。規模を考えれば少ないのかも知れないと外野が言おうとそれだけの人の命が奪われているのだ。いつだってテロリストという奴はお耳触りのいい美辞麗句を並べ立てて命を全体の数でしか見ようとしない。あの事件で現場に居合わせた刑事二名が車の引火に巻き込まれ、重傷を負ったし、あの後も市民の救助に当たった同僚の多くが二次災害で負傷したのだ。
絶対にそのふざけたコスプレ仮面を引き剝がして下の素顔を世間に晒してやる、その上で絶対に絞首台に送ってやるからな――!
刑事としてはいささか感情的に過ぎる言葉かも知れないが桑島はそう思った。
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・ある学生の記録
〈…今私は今朝爆発のあったトライングループ本社ビル前に来ています。先程から朦々とビルを覆っていた煙の勢いが弱くなっているのが分かります。消防からの情報によりますと先程火災は消し止められたようです。死傷者の明確な数は未だ不明なまま…〉
朝のテレビはこの時間の恒例のドラマを休止して先程から今朝の事件のニュースを流している。父と母も固唾を呑んで画面の中の光景に見入っている。他の局もインターネットのニュースサイトもこの話題一色だった。付近の汐留駅並びに新橋駅周囲にも若干の被害が出たらしく、通学圏内にある一部の高校は休学になった事が報じられた。いずれにせよウチの周りではあまり関係ない事だった。この1年でこんなニュースもだいぶありふれたモノになってしまったが…慣れたくはないなと菜穂は思った。
新宿事変の時はまだ空気感は違っていた。夥しい犠牲者を出した事件にしてもいくら同じ日本でも直線距離でも300㎞以上離れている仙台市に居を構える菜穂の家族にとってはまだ何処か対岸の火事という印象が拭えなかった。もちろん映画の中でしか見たことがないようなその光景には父も母も固唾を呑んで見守っていたし、少女自身も何か漠然と恐ろしい事が起こるのではないかと戦慄したのは確かだ。
しかし喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったもので1カ月は不可解な事件が時折メディアを賑わせる程度で特に進展のない事件の情報は地方の方ほど忘却に至るのは早かった。ワイドショーもネットも次第にただのイデオロギー対立で中身のない論争に終始していくだけという体たらくだ。
そこから1カ月くらい経った時に六本木で大規模な戦闘騒ぎが起こり、かなりの犠牲者を出した辺りから本格的に流れは変わりだした。事件を起こした正体不明の人物は《スカルマン》という奇妙な名を自称しており、東京都を中心に破壊活動を繰り広げるようになったのだ。
最初こそまだ映画みたいな光景だなとか当分東京に遊びに行きたいなんて言えないなという程度の感想で済んだ。だが次第に続発する事件の中で東京に住んでるクラスメイトの親戚が巻き込まれてケガをしたとか爆破されたのが父の会社の取引先だったとか言う情報が飛び込んでくると自分の周りすらももう無関係ではいられないという実感が今更過ぎる程押し寄せてきて、虫が這うようなゾワゾワとした不安に包まれていくのが分かった。
そのうち《スカルマン》の目的は2年後に控えてる世界的なイベントを邪魔する事にあるのではないかとメディアで言われるようになった時には本当に心の底から恐怖を感じた。いくら東京で開催すると言っても利府の宮城スタジアムも開催場所に選ばれているのだ。いつ地元にまで被害が及ぶのかと県民は戦々恐々で、終いにはスタジアムを競技会場から外してくれ、という一部の県民から嘆願まで寄せられ、それを豪気に突っぱねた県知事の発言が称賛されたり非難されたり…。
ニュースの情報を片目に追いながら菜穂はスマホを開き、よく閲覧してる掲示板サイトに飛んだ。以前なら母が「ごはん中にスマホ見るのはやめなさい」とお小言の一つでも飛ばしていただろうが今は誰彼も情報が欲しい時だ。流石に食事中はしないが母も以前なら開きもしなかったパソコンを開いて事件の情報を追うようになったらしい。おかしなサイトの情報を鵜呑みにしなきゃ良いけど、と不安になりもしたが自分も人の事は言えないかも知れないと軽く自戒する。
と言うのもここ数カ月の間に実は《スカルマン》の目的は「
正直言って不謹慎な話だと思う。少なくとも新宿事変や他の事件に巻き込まれて命を落とした人達の遺族にはたまったモノではないだろう。今は平成であって幕末ではないのだし…。そう思いつつもニュースや掲示板等に情報が上がってきたり、クラスメイトの話題を聞いてたりすると言外に否定できなくなるような弱気に駆られてくる。
六本木事件の時、《スカルマン》に射殺された男とそれ以前に犠牲になった何人かの男達は大学生で、実は女性を会員制のバーに誘い、高額な酒を買わせては借金を背負わせ、風俗に堕とす――という悪質な商売をしていた事が分かっていた。ネットには彼らが壊滅したおかげで救われたと語る女性の話が載っていた――最もどこまで本当の事なのか確かめようがないのだが。他にも怪しい宗教団体がつい最近攻撃されたり、例の大会の筆頭スポンサーや関連企業が被害にあったと思ったら、実は裏で巨額の金を受け取っていたり等の疑惑が浮上したり…。《スカルマン》が藪を突くように何処かを攻撃すれば絶対に埃の如く何らかの黒い噂が出てくるのだ。
極端な所になると《スカルマン》を崇拝する輩までネット上にはいるらしいのだから本末転倒も良い所だ。流石にこれはバカバカしいと思う程度の分別は菜穂にもあったが、一方で正しい事ってなんだろうな…と思わずにはいられないのだった。
正直《スカルマン》が正しいとは思わない。でもそれなら疑惑が表沙汰になってもテレビの前で悪びれた様子もなく記者会見に臨んで、都合の悪い所を突かれれば「自分は被害者だ」と開き直ったりする年寄りや、世間の非難には一切耳を貸さずに逆に批判する側こそ社会の敵だと言わんばかりに世間を煽る政治家達は《スカルマン》を糾弾する資格があるんだろうか…。
メディアだって新宿事変の時は警察を応援し、犯人を批判してた癖に時流が変わると掌返しで警察の不甲斐なさを叩き、まるで次に狙われるのは何処だと《スカルマン》の行動を楽しんでるきらいさえある。
知事は「テロに屈する訳にはいかない」と会場変更を拒否したが、それは地元の人達を不安にさせてでも守らなきゃいけないほど大切な事なんだろうか。菜穂には分からなかった。
一年前には確かに地面に根差した物だと思えたこの世界というものが実は張りぼての浮島だったのではないか――。仮に《スカルマン》が捕まったとしてももうこの世界が元の形に戻る事なんてのは永遠にないんだろうな、と少なくともそれだけは菜穂にも確信はできた。
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・ある男性の記録
[スカルマンが与党による自演であるこれだけの証拠:6]
[○○→#スカルマンを歓迎します]
[【速報】音声解析で遂にスカルマンの正体が判明!]
いくつかのまとめサイトを更新し、一息ついた所で途端にヤニ臭い空気が鼻に纏わりつくのを感じ、ウンザリした気分になる。今時パチンコ屋の換気設備だってもっとしっかりしてるだろうにこのネットカフェと来たら、照明は薄暗い上にブースの壁や机にすら何やらベタ付いた脂の感触がする。いくらここしか空いてなかったとは言え、こんな所にずっといたら肺が腐りそうだと思った毒島は気分直しにドリンクバーに向かった。一応は分煙されてはいるからドアを開けて階段を下りてと言う手順を踏む必要があるのが実に鬱陶しい。こんな事ならもっと他の場所を探せば良かったか、と思いつつも結局は安さが大事だ。
まとめサイトの活動は毒島にとっては貴重な収入源だ。むしろ最近では本業の店より熱を入れてるかも知れないが、それでも自分のサイトの伸びはまだ悪い。もっと刺激的な情報を発信した方が良いかも知れない。毒島の家は自営業だ。とはいっても親がやってた家業を継いだに過ぎず、更に過疎化の進む地方都市にあっては碌に儲かりもしない。ほんの副業で始めた仕事だったが今では本業よりも懐を潤してくれる。
最も最初のうちは全くアクセス数も伸びず、従ってアフィリエイトも微々たるものでしかなかったが、大体1年前、《スカルマン》を名乗るテロリストが世間の話題を席巻するうちに事情が変わった。正体も目的も不明で、未だ警察も逮捕に至れない謎のドクロ男に関する情報は真贋を問わず、人々が欲するようになったのだ。
都合の良い事にネット上では《スカルマン》の暗躍は幾度となく続けられてきた憲法の改正世論を強めたし、半ば忘れ去られてた改革派による事件やカルトによる地下鉄テロの恐怖を思い起こさせてくれた。恐怖は猜疑を生み、猜疑心はイデオロギーの違いや外国人等のマイノリティーへと向けられた。
毒島はこの空気を敏感に察知すると早速まとめサイトやSNSを駆使して、ネット上に蔓延る様々な情報を挙げていった。最初のうちは他人の情報を適当にコピーして、それに若干の脚色をすれば良かったが繰り返してるうちに政治系のネタ、特に所謂ネット右翼やネット左翼を相手にした方が儲かりやすいと知った。
真偽なんてどうでも良かった。右派系サイトではとにかく「スカルマンの正体は外国人だ」「被害のあった場所に外国人が攻めてくる」と彼らが喜びそうなネタを「投下」し、左派系サイトでは「スカルマンは与党による自作自演だ」としつこく言いふらしたり、自分で右派系サイトに纏めたデマをバラまいて敵対を煽った。時には自分で自分のサイトに文句をつけたりもする。
毒島自身は特に政治的な思想は乏しい。選挙なんて何年も行ってないし、憲法が変わろうが外国人がどうなろうが正直どうでも良かった。今だって右派も左派も煽りながら本質的には金儲けが目的で、一時的に記事が受ければそれで良いと思っている。フェイクだと看過されれば記事だけ消してしまえばなんの責任も生じない。
最近では主にネットを拠点にする自称ジャーナリストも増えている。大手と違ってファクトチェックが甘く、とにかく記事を欲している彼らの存在も毒島にとってはありがたかった。彼らの中継を介する事で自分の情報が「識者の意見」という体で発信され、より広がりやすくなる。情報提供の報酬もいくらか入るし、それでサイトのビューワーも増えて、アフィリエイトもアップする、という訳だ。適当な情報でもそれなりに稼げるんだから、かなり美味しい。もう少しすればもっと収入もアップし、こんな古ぼけたネットカフェを使う事もなくなるだろう。
最初のうちこそフェイクニュースがニュースで社会問題として報じられる度に一抹の不安を感じる事もあったが、今はそれもすっかりなくなった。
事件の犠牲になった人に不謹慎ではないかとは別に考えないし、どうせ関東周辺で起こる《スカルマン》の事件は四国に住んでる自分には関係ない。なにより――結局金が大事だが――毒島にとっては自分の発した情報が社会に発せられ、それが人々を煽って世間を動かしているように感じられる事が何よりも快感だった。この時だけ毒島は片田舎の吹けば飛ぶような店の跡継ぎから、人を世間を高みから動かす事の出来る大いなる存在になったような気分に浸れるのだ。
大いなる存在――言ってしまえば
まあアイツのおかげでこっちはそれなりに儲けさせて貰ってる訳だし…ここはひとつ今後の《スカルマン》大明神様の活躍に期待するとしよう。再びブースに戻ってまとめサイトを発信しながら毒島は密かに《スカルマン》が巻き起こす次の事件を熱望した。
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・あるOLの記録
ネット上に上がっている不鮮明な動画。漆黒のレザースーツに金属的で硬質な銀色の鎧と…同じ色をした骸骨を模したヘルメット。それが今目の前で命乞いするかのように蠢く男に向けて、その手に握った銃を放ち、男の命を断ったのだと分かった。
主にアングラサイトを中心にネット上で出回ってる動画だ。『《スカルマン》とでも呼んでくれ』、音声についてもかなり粗いがなんとかそう言っているのは分かった。ただこれだけでは目の前の骸骨男のハッキリとした年齢までは分からない。ただ音声解析サイトの見解では意外と若い男なのではないかと囁かれている。
何度見ても恐ろしく――そして
良くないなこういうのは…。椎子はノートパソコンの画面を閉じるとそのまま脱力したようにベッドの上に横になった。スーツが皺になる、と気にしつつもすぐにどうせ自分の見た目なんて誰も気にしないか、と自虐的な気分になった。
何が良くないのか、自分の中の邪な劣情かそれとも…。
「彼」と出会ったのはほんの半年ほど前、珍しく川崎市への出張に同行した際だ。
勿論最初はイヤでイヤで仕方がなかったと言うのが本音だ。その時東京どころか首都圏は散発するテロへの厳戒態勢に当たっており、巻き込まれやしないかしら、という恐怖があったが、結局は断れなかった。巷を騒がすテロリストよりも今時辞書にハラスメントなんて言葉は書いてない上司に睨まれる事の方が椎子には切実な問題だったのだ。
どうせこっちにいても彼氏もいないんだろ、金も性欲も溜めてんならホストにでも貢いでこいよ。そう下卑た声で嘲笑される屈辱に歯噛みしながら、迎えた川崎での夜。駅周辺でも一番安くて古いホテルの硬い寝台の上で自分は何してるんだろうとつくづく考えた。
30も過ぎて未だに結婚もせず、職場と家を往復するだけの日々。昔気質で自分と母に暴力と雑言をぶつけた父とそんな生活に耐えられなくなり、ある日椎子を置いて男と蒸発した母以外の思い出などない家に帰っても正直気詰まりなだけだったが、縁もコネもない自分が他に生きていける土地などなかった。そんな父も若年性アルツハイマーを患って以降すっかり大人しくなってしまったが、今度は施設の入院費と言う負担で椎子の首を絞め続けるのだった。いっそ母のように全てを捨てて消えてしまいたくもなったが、結局自分にそんな相手が現れる筈がないという暗澹たる絶望に至るだけだった。そう少女漫画のようにいつか自分を救ってくれる王子様みたいな存在なんてこの世界のどこにもいやしないんだから――。
惨めな気分でいつの間にか眠りに落ちていた所、突然夜更けに大地を揺るがすような轟音と共に安普請のホテルが大きくたわんだ。すぐさま避難警報が発動し、椎子も隣の部屋にいた上司も着の身着のままホテルを飛び出した。
外に出ると街は繁華街の各所から火の手が上がっており、通りはそれに追われて飛び出した人の群れでごった返していた。安全な所に避難を、と駆け付けた警察官たちが誘導していたが、既に数百の黒蟻の大群と化した群衆をそれだけで抑えられはしなかった。生来の鈍臭さもあって人の波に流されるがまま、いつの間にか国道に繋がる大きな通りにまで出ていた。
そこに広がっていたのはこれまでテレビの画面越しでしか見なかったような地獄そのものといった光景だった。何台もの一般車両やパトカーが横転し、一帯には警察官達が無惨な姿で死屍累々と横たわっているか、まだ息のある者はその喧騒に中心に位置する存在と対峙してはその山の中に加えられていった。
その中心に「彼」が――《スカルマン》がいた。
銀の鎧に揺らめく炎が反射して橙色に煌めき、流れるような体捌きで次々と屈強な警察官達を斃していく。その時ゾクリと椎子は――その光景を美しいと思ったのだ。その肉体は鋼のように硬質で、でもしなやかだった。父のように本質的に気の弱い矮小な男が自分より弱い者に力を振るって悦に入っているような、そんな低次元な存在ではない。「彼」は真に強いのだ、雄々しく誇り高い肉食獣のような…!
その後どうなったのかはハッキリと記憶にない。恐らく駆け付けた警察官が自分を避難させてくれたのだと思う。彼にとっては恐らく如何にも田舎者の冴えない三十路女が事件現場に出くわし、ショックで呆然自失としているとしか思わなかっただろう。だが実際は違うのだ、椎子はあの時明らかに《スカルマン》の姿に魅入られていた。
以来椎子の人生はボンヤリとだが変わった。気が付けば《スカルマン》の引き起こすニュースを追い、その姿をなんとか捉えようと躍起になっていた。あたかも恋する乙女が学校の運動部のエースに熱い視線を送るかのように。
勿論犯罪は許せない。大勢の人が亡くなっているのに不謹慎にも程があると考える程度には自制も効いた。しかしネットを彷徨っていると少なからず同じように考える同好の徒と出会うようになり、それに連れてある種の開き直りの境地が椎子の中にも生まれてきた。
憧れて何が悪いのか、赤穂浪士だって歌舞伎の世界では見事主君の仇を討った忠臣かも知れないけど、現実では単なる騒動を引き起こしただけの暴徒だし、近代社会を築いたと称えられる維新志士も敗北してれば単なるテロリストに過ぎない。実際《スカルマン》が六本木で撃ち殺したあの男は女を食い物にして自分達は贅沢三昧の生活を送っていた屑だったというし、彼に狙われた企業や国も裏で散々汚い事をしてきたハイエナ共ではないか――!
誰かが「彼は現代に現れた革命家なのである」と語った。革命、なんて世界史の授業でしか聞いた事のない椎子にはいまいち実感しにくかったが、間違いなく自分の灰色だった人生を変えたのはあの紅蓮の爆炎の中心に佇む勇壮な姿だった。
今の椎子の目標は一刻も早くこの閉塞したつまらない町を出て、彼の待つ首都圏へと移る事だった。無論決して楽な支出ではないだろうし、都会に行けばいつかテロに巻き込まれて自分もあの時の警官たちのように死ぬだけだろう。そんな事は分かっているがどうでも良い、彼の手に掛かって死ねるのならそれでも良いとさえ思えた。
同じように彼に恋情を燃やす女達に対して自分が数少ない優位に立てるポイントは直接その目で彼を捉えているという点だが、事件が拡大化するにあたってその優位性も崩れつつある。多くは望まないがせめてその姿をもう一度見たい、願わくばその仮面の奥、あの髑髏の面が隠す悲しみと傷――椎子はそれを信じていた――に触れ、自分こそが唯一無二の理解者なのだと伝えたかった。
まだ先は長いだろう、でもその日はいつかきっと…!
そう夢想するその瞬間だけ自分は確かに生きてると実感できるのだ。
本日はここまで。
世間には色んな人間がいます。事件が起きた時、無関心を決め込むもの、利用するもの、憧れるもの…スカルマンの出現で変わった世界の象徴が彼らです。割と参考にしてる物はありますが、特に特定のモデルはいません。
あ、一応彼らの中には今後も登場して事件に関わる人達もいます。回りくどいですが、今後の展開の布石と受け取って頂けたら幸いです。
感想・評価・改善要望・文句その他諸々いただけたら嬉しいです。ではもう少し気長にお待ちください。