ようこそ(勘違い)大和撫子の学校生活へ 作:エカテリーナ
そして、3話で纏めた結果少し長くなってしまい申し訳ありません。
それでは、どうぞ。
―――◇―――
Side.西園寺 撫子
?…??
気が付いたら、そこは自室のベッドの上でした。
私は先ほどまで、生徒会室で、ええと…。
「あ、撫子っ!起きたんだ」
「ほ、なみ?…んっ、んん…?」
「あ、無理して話さなくて良いよ!…飲み物もっていくから、まずはゆっくり飲んで」
不思議と…喉が乾いています。何故か帆波は勝手知ったるというように水を差し出すと、私もそれを口にしようとします。ですが、どこか身体が重い。「あっ」と思う間もなくコップを落とす。水が口内に入ることなく首筋や胸を伝う冷たさが広がる。
「撫子っ…!?」
「あれ?…もうしわへ、…?」
「撫子…っ、ちょっと待ってね…ん」
「んっ…んん…」
冷たさを拭ってくれた後、帆波が水を口に含んだ。疑問に思う私を抱き寄せるように腕を絡ませる。次の瞬間、帆波の顔が間近にあって。…驚きつつも、状況を理解する。
口移し。唇を直接…それも、このように長い時間キスをしたのは初めてでした。いつもより高い体温と動悸を鎮めるように、帆波から私に与えられた水が喉を潤していく。
「んっ…ぷはっ」
「ふぅ…、これなら飲めるよね、撫子♪」
「え…ええ。あの、…はい」
「よ~し、じゃあもう一回…するね?」
「ん…?ふぁい」
なぜでしょう。…いつもより体が火照っている。呂律も?帆波の言葉も、うまく聞こえない。…いえ、以前のような不快感はないのですが、一体…?私は火照った頭で、朝からのことを思い返してみる。
・
私は前日に帆波達と作ったチョコレートを持って登校していた。
…何故か、朝の内に帆波とは交換を終えて最初に口にすることとなりました。(とっても美味しかったですっ)何故?聞いても帆波は上機嫌で「秘密っ♪」と教えては頂けませんでした。
作った相手は私がお世話になった方々。…ただ、異性に送るお礼用のチョコレートは、凝ったものは重い?と助言*1されました。小分けしたチョコレートをラッピングして、渡すときは絶対に「普段のお礼」か「義理」と伝えるように言い含められました。
ちなみに一緒に作った皆様には、その場で作ったチョコレートのケーキを贈るととても喜んで頂けました。一部、残った分を持って帰って良いかと言われたので良いと伝える。希望者が多く、じゃんけんが盛り上がっていてとても賑やかにその日は終わりました。
異性へは、Aクラスでは葛城君、鬼頭君、橋本君に。他のクラスの殿方*2へも送ろうとしていましたが、一緒に作った帆波たちが渡してくれるという事でした。…なんでも、別のクラスの相手に贈るのが既に重いということらしいです。(重い…?)
葛城君たちは驚きながらも、喜んで受け取って頂けて幸いです。
「おはようございます有栖。真澄」
「撫子さん。はい、おはようございます」
「…おはよ。朝から忙しそうね」
いつも通り…いえ?どこか疲れている様子の有栖と、少し眠そうな真澄。二人にもチョコレートを渡す旨を伝えると、少し驚かれました。…?
「私たちにも…ですか?」
「?ええ、ばれんたいんは、お世話になった方にチョコレートを渡す日と、帆波から聞いたから」
「………」
「いや、こっち何も用意してないんだけど…」
「そんな、お気になさらず。…拙作ですが、口に合えば幸いです」
有栖には、ちぇすの駒を模したホワイトチョコとビターチョコを。真澄さんには、美術部で使うきゃんばすや筆を描いたミルクチョコを贈ると、「これは…本当にありがとうございます」や「…ありがと」など、顔を少し赤らめてくすくすと笑ってしまいます。
お二人の可愛らしい一面を見れて、とても満足です。…その言葉だけで、お返しには十分ですよ♪
・
そうして休み時間に桔梗や鈴音、伊吹さんや山村さん、後は先生方にもチョコレートを贈ったり、逆に一部の方からチョコレートを頂きました。昼食後の昼休み、次は上級生の方々です。上級生の教室にいた堀北先輩や橘先輩(二人とも喜んで下さいました♪)、茶道部の部長や鬼龍院先輩(皆様の前で抱きしめられて、驚いてしまいました…)にも手渡すことが出来ました。
「ふぅ…」
「お疲れ様、撫子。もうみんなに配り終わった?」
「帆波。ええ、後は生徒会の方々に渡すだけね」
「………そっか、今日はちょっとクラスの子に呼ばれてて…遅れるけど、私も行くから(渡すのを)待っててね!」
「そう?じゃあ…雅会長には伝えておくから、待ってるわ」
そうして、昼休み終わりに帆波と別れて…午後の授業が終わって、生徒会室に行って、それから…それから?チョコレートを、雅会長に渡して…お返しにチョコレートが振舞われて―――。
・
…、………そこから先の記憶がありません。気が付いたらこの部屋で目を覚ました。何故、私は眠ってしまったのでしょうか?
何度目かの口移しと抱擁。嚥下しやすい様に、舌を入れて流し込まれた冷たさに意識を戻す。おかげで、すっかり喉も潤いました。帆波の背中をトントンと叩くと察してくれたのか、少し離れると心配そうな表情で私の前髪を整えてくれます。
「もう、平気?」
「ん…。ええ、ありがとう、帆波」
「良かった…。みんなも心配してたよ?」
「そう、だったのですね…お礼を言わないと、ですね」
「あ、それは大丈夫!むしろ感謝してるんじゃないかな…あんな格好で抱き着かれたりほっぺをスリスリされてたり…」
「帆波?」
「ううん、何でもない、何でもないから」
そういって「夕飯作ってあるんだ!待ってて!」と立ち上がり、パタパタと準備をしてくれる帆波。手伝おうとしたら待っているようにと。むう…。
手持ち無沙汰で室内を見渡すと、机の上にはラッピングされた花束が置いてあることに気がつく。10本の赤い薔薇が赤いリボンで包まれており、送り主が書いたのでしょうか?
『For my Valentine』と筆記体で記されたそれには名前が無く、首を傾げていると後ろから帆波が声をかけてきました。
「それ、さっき管理人さんが届けに来たの。下で預かったんだって」
「そう、ですか。…どなたからか?」
「んー、名乗らなかったみたいよ?…でも、女の子からだって!だから大丈夫だよっ」
「………?」
なにが大丈夫か、よく分かりませんでしたが…。それから帆波は「それに10本なら…まあ」と言っており、曰く本数によって意味が異なるらしいです。
夕食を頂いた後、一先ず花瓶を用意するまでの繋ぎにとぺっとぼとるに水を注ぎ、薔薇を活ける。トゲに気を付けながら少しカットしていると、あることに気が付く。
「あら…これって」
「撫子~どうかしたの?」
「…いえ、何でもありません」
「そお?あ、お風呂沸いたみたい。先に貰っちゃうね?」
「ええ、どうぞ」
とっさになんでもないと誤魔化してしまった。不思議そうな顔でバスルームに向かう帆波を見送ると、手に取った薔薇の花を手に取る。…
少しだけ後ろめたさを感じながら、ふたつ分のペットボトルに10本全ての花を生けると薔薇の本数の意味を調べる。
10本なら、【あなたは完璧な人】【可愛い人】となる。…でも、本当の薔薇の本数はそうではなくて。
造花の花言葉は、元々の花言葉と同じらしい。それなら造花と、生花の、本当の本数の意味は、…。………これは。
「【告白】?」
―――〇―――
放課後、17時過ぎ。寒さから足早で帰る生徒が多い中、その一団は少しゆったりとした歩みで学生寮を目指していた。
「………」
「ふにゃあ……」
「はわわっ、撫子先生、可愛い…!」「ちょっと…その、色っぽい、ね?」「う、うんっ」
「写真撮ったらダメかな?」「いや、部屋に着いた後にしなさいよ」
ぎゅううぅううぅ。
そんな擬音が聞こえるほど、背中に押し付けらえた胸の感触に理性をガリガリと削られながら、神崎は現実逃避気味に回顧する。どうしてこうなったのか、と。
・
元Bクラス…現、Aクラスの面々はクラスのリーダーである一之瀬帆波の「撫子が生徒会室で大変だから来れる人はすぐ来て」というクラス用のメッセージに即、行動を移した。気が付いたクラスの半数近くが生徒会室に押しかけ、男子は速やかにつまみ出された。なお、若干の理不尽を感じた男子だが、チラリと見えた撫子の
「………(ピンクか)」
「………なあ、アレって…」
「なにも言うな」
「お、おう…」
「………(一之瀬だろうな)」
その後、数分の待機の後に神崎だけが入室を許され、他の面々は解散を指示される。どうして俺だけが?と疑問に思った神崎だが、事情は単純だった。
酔って前後不覚の撫子を、安全()に運ぶために男手が必要だったのだ。
事実、周囲の女子生徒から身なりを整えられても撫子はどこか朧げな意識のまま。どこか幼げな態度は周囲の庇護欲を大いに擽り、これを機に下の名前呼びをさせようとする生徒が続出していた。
「…さいお「りゅーじ君?」…そうだ、大丈夫か?」
「ん…暑いの」
「暑い?って、おい待てっ」
「んー?」
神崎が止める間もなく、撫子はせっかく整えられたリボンをしゅるりと解くと、胸元を広げようと乱暴にワイシャツを引っ張る。(普段から負荷をかけていた為)ぶちぶちと音を立ててボタンがはじけ飛び、収められた下着越しの胸が露わになる。
「きゃー!」「西園寺さん…スゴ…!」
「っ、見ちゃダメ!」「うぉっ」
「ん♪」
再び悲鳴や歓声に沸く室内。目を覆われる神崎に、満足げな撫子と、右往左往する周囲。その後、応急処置が終わったらしい。
神崎の両目が解放されると、そこには(無許可で)神崎の持っていた男性用のコートを羽織る撫子の姿が。…すんすんと匂いを嗅いでいる様子は、どこか猫の様で女子の中には胸を抑える面々もいた。
なんとか撫子を外に出ても平気な服装にした後、ようやくどうやって帰らせるかの話となる。
女子の中では既に結論が出ていて、おぶることに。教師陣に見られても、なんなら監視カメラに写ってもギリギリ不自然に見えない状態だ。
「…わかった、立ち上がる際は手伝ってくれるか?」
「ん~そうだね、しかないか」
「撫子ちゃん、ちょっとだけ起きれる?」
「…ふにゃあ?」
神崎のコートに包まれ、大人しくなっていた撫子は不思議そうに首を傾げるも背中を差し出した神崎に理解を示したのか、俊敏な動きで飛びついて首に腕を回す。急にかかった負荷によろけそうになるが、神崎は男としてしっかり受け止める。
「っと…。よし、起き上がるぞ」
「分かった、…みんな、撫子ちゃんを持ち上げるよ。せーのっ」
立ち上がった神崎は、感じる体温や
時折くすぐったいのか嬌声じみた声が耳を撫ぜたり、身動ぎをした撫子が首元に頭を埋めるハプニングがあったが周囲のクラスメイトの目がある。
「…神崎君、ダイジョウブ、だよね?」
「………もちろんだ」
「撫子お姉様、寝ちゃった?」「後ろに倒れないように、支えてあげようっ」
「すぅ…」
ハイライトオフのリーダーからの
―――後日、めちゃめちゃクラスの男子から励まされた。
ただ、コートを教室で撫子から受け取った後は理不尽に当たりが強くなった。
神崎の受難は続く。
―――〇―――
Cクラスはその日、どこか浮ついた雰囲気だった。
バレンタインというイベントもあり、朝から義理チョコであったり友チョコ、あるいは密かな本命のチョコレートを渡している生徒の姿もあった。
「おはよう、きよぽん。はいこれ、義理チョコ」
「波瑠加。…ありがとうな」
「清隆君、私も。…あ、二人にもあるからね」
「お、嬉しいな」
「…初めて貰ったな」
「え~そうなの?…ホワイトデーに3倍返しだからね?」
和気藹々とチョコレートの話題で盛り上がる綾小路グループ。チョコレートを鞄に仕舞うと視線を感じた綾小路がクラスに目を向ける。さっと目を逸らしたのは佐藤。そしてその近くに居た松下、軽井沢がコクリと頷きだけ返していた。
他にもクラスの人気者である平田は彼女である軽井沢が居る手前、堂々と義理チョコと言われたものを貰うに収めていた。友好関係の広い櫛田は男女問わずサラリとチョコレートを配っており、時折お返しを貰っていた。もっとも、一番喜んでいたのはBクラスの西園寺がチョコレートを渡した時。感極まってか、顔を真っ赤にして抱き着いていた。
・
「あ、綾小路君」
「…佐藤か。どうした?」
「あの、ちょっと…いい?」
「分かった。…悪い、みんな。先に帰っていてくれ」
「あ、ああ」「…おう」
放課後。帰ろうと席を立った綾小路を呼び止めたのは佐藤だった。もじもじと表情を赤らめながら、緊張した様子で二人で教室を出る。その様子に色めき立つのはやはり女子。長谷部、そして控えめながら佐倉だった。
「ねえっ、これって…もしかしてアレかな…!?」
「うん。…この前の時もそうだったし、多分」
「この前?」
「あ、そうそう。混合試験のお昼の時とか、きよぽんのこと探られてて、これはアレかなーって!」
「…そ、そうか」
ここで佐倉はおや?と首を傾げる。三宅はともかく、この手の話題に疎い幸村まで理解した表情を浮かべたことに、そこはかとなく疑問を覚えたのだ。しかしそれも、桃色の頭脳で友人の先行きを案じた()波瑠加によって中断される。
「どうするんだろ、きよぽん。佐藤さんと…付き合っちゃうのかな!?ねえ、二人はどう思う?」
「どうだろうな…。案外、チョコを渡して終わりって事はないか?」
「えーつまんなーい。ね!愛理っ」
「…ん、そう…だね。…でも二人が付き合っちゃったら少しだけ寂しいかも。」
「あー…。確かに。こうして集まるのも減っちゃうかもね」
「………それは」
すこしだけしんみりした4人だが、愛理の一言で直ぐにいつもの様子を取り戻す。
「でも、もし付き合うんだったら応援したいなって思う。…わっ」
「愛理ー!優しい。もう、男子共はつまんないから、私と付き合おう愛理ー!」
「波瑠加ちゃん苦しい…」
「ま、清隆が決めることだしな」
「…そうだな」
そうこうしていると、綾小路からグループ宛のメッセージが届く。用事が済んだと、一言だけ。どんな話だったか聞く気満々だった長谷部を、幸村が窘める。その様子は普段のグループの一幕だったが、どこか男子の態度が不思議だった佐倉はそれを指摘した。
「…ねえ、もしかして二人とも、聞いてた?」
「な、なんの話だ?」
「………ふうん、そっか」
「はぁ………啓誠」
「なんだっ?」
「え?…そうなのっ?」
間抜けは見つかった、ではないが、幸村のあまりに露骨な態度にあっさり隠し事は頓挫する。ため息を吐いた三宅に、グイグイ質問攻めにする長谷部。佐倉もそれほど強くではなかったが、内緒にされた事には少し不満があった様子で止めることはない。
その後に降参した二人は綾小路から事前に少しだけ相談されていたことを明かして、詳しくは本人にと説明を放棄した。二人への慰謝料は、カフェでのケーキと紅茶を奢ることで示談となった。
注文が届いた頃に、連絡をつけていた綾小路が到着する。何時もの表情だったが項垂れた幸村や、
「お帰り、きよぽんっ!…それで、それでっ!?」
「清隆君っ…」
「…二人とも、どうした?注文くらいさせてくれ」
「………」「………」
これぞお手本とばかりの誤魔化し方に、項垂れた幸村の肩が更に一段下がる。タブレットを操作しつつ、綾小路は事態をそこそこ把握する。聞いてくるのは佐藤の呼び出しについてと、その結果。つまり相談については明かしたがその内容については流石に答えていない。
もし婚約者について触れたなら、その相手が誰かを聞いてくるだろう。
「ねー、きよぽんきよぽんっ!き~よ~ぽ~ん~♪」
「………清隆、くん」
「はぁ。…断ったよ」
ついには腕を絡ませ、胸を押し当ててまで来た長谷部の腕を解きため息と一言。ええっ!と、露骨なリアクションを取られるも、どこか予想をしていたのだろう。なんでなんでと聞いてきた長谷部に、あまり口外しないようにと言い含めると調子よく頷いてきた。
「そもそも、佐藤の事はあまり知らない。それに…」
「そ、それに…?」
「俺は…誰かに好意を持ったことはない」
「え…」
「…清隆君?」
「………」「………」
驚きを浮かべるのは、長谷部と佐倉だけ。
コーヒーで唇を湿らせると、綾小路はある程度の事情をぼかして二人にこれまでの事を明かす。
父親の方針で、学校には通わず施設に居た事。その方針に嫌気がさして家出気味にこの学校に来たこと。
父親の教育として、他人は利用するものとして扱えと学んできたこと。普通の学生というものを、この学校で始めて経験したこと。
力を持っていながら、それを使わないのは―――
「『愚か者のすることだ』、というのがあの男…父親の口癖だったな」
「なにそれ…酷い」
「本当にそれ、綾小路君の父親なの…?そんなの」
「気にしないでくれ。…それに俺も、あの男を父親と思ったことはない」
「清隆…」
軽い気持ちで事情を聴いた二人は憤りや後ろめたさを感じつつ、綾小路に同情を向ける。ある程度
「啓誠と明人にはちょっと前に相談していたんだ。…俺が、みんなとグループになったのも100%そういった友情や、好意といったものを覚えたからじゃない」
「………」
「でも…でも、別に私たちが嫌いって訳じゃないんでしょ?」
「……すまない。俺には
須藤を助けたのはクラスの優秀な人材を生かす為。試験勉強を手伝ったのは赤点者を出すことにより勝率を下げることを防ぐ為。特別試験に協力したのは、クラスに意見を言える立場を得る為。他にも、他にも。一つ一つと明かしていく内に、沈黙だけがその場には残る。気が付けば店に綾小路たち以外に客はおらず、コーヒーを飲み干した綾小路は席を立とうとする。
「これが、俺の今まで経緯だ。…今まで、ありがとう」
「っ待って!」
「きよぽん!」
引き止める声が後ろ髪を引いても、返事を返すことはない。綾小路は事前に明かしていた二人に視線を向ける。
「啓誠、明人。2人を頼む」
「清隆…俺は…」
「………分かった」
幸村は俯く。三宅は頷く。それを確認すると、綾小路は1人で店を出る。
―――『今すぐに結論を出す必要はない。バレンタインの日に、波瑠加と愛理にも話す。その後に、みんなで相談してくれ』
それが綾小路が軽井沢らを呼んだ時、2人とした約束だったからだ。
・
店を出た綾小路が寮へ向かうと、薄暗い寒空の下。街灯の下で待っていたのだろう、知り合いの姿に足を止める。
「松下か」
「…うん」
「どうかしたか?」
「えっと…この前の、件だけど」
どこか聞きにくそうだったが、人目のつく場所で話すことでもない。綾小路が促すと、コクリと頷いて一緒に帰路につく。
「佐藤は?」
「あ、うん。…軽井沢さんが慰めてる。大丈夫だと、思う」
「そうか。…助かった」
「ううん、気にしないで。
「そうか。…そうだな、
「あっ…ごめ、そういうつもりじゃなくてっ」
「いや、事実だ」
思わぬ地雷を踏んだ松下が焦った表情で謝る。が、綾小路には響かない。
むしろ、綾小路自身が驚いていた。学校で1年弱で育まれた学生としての自分と、あの白いだけの部屋で過ごした15年間。どちらが重いかと問われれば、綾小路の答えは決まっている。
―――それでも、今までの教育が、父の教えが、綾小路清隆を形成する全てが、そんな日常を認めない。
「…(俺にとって、この学校での生活は…こんなに大きなものになっていたんだな)」
「ねえ、綾小路君」
思いをはせる綾小路に、松下は気まずい表情で声をかける。黙っている様子を怒らせたと勘違いしたのだ。それを指摘しても誤解を深めると思った綾小路は先を促すと、ぽつぽつと本題を話し出す。
図らずもグループの輪を乱してしまった事の謝罪。
言いたくない過去を暴いてしまった事の後悔。
その上で、自分がAクラスを目指しているという野心。
最後の告白は真剣な表情で、綾小路をしてもそれが嘘ではない事を信じさせるほどの熱意を込めたものだった。
「だから、お願い。綾小路君には私の協力者になって欲しい」
「………堀北や櫛田が居るだろう。友達の軽井沢に、平田を相談して貰っても良いんじゃないか?」
「ううん、そうじゃないよ。…綾小路君なら、もう気付いてるでしょ?」
「………」
自嘲するような色を浮かべて、自分を卑下した態度を取った松下に綾小路も足を止める。
適当は誤魔化しは効かない。なら、自分にとって最大利益を得る為にと求める答えを出してみせる。―――『クラスメイトの相談』にすら真正面から向き合えない自分こそを、存分に自嘲しながら。
「………
「
「…なるほど。それは、堀北たちには相談出来ないだろうな」
「でしょ?」
かたや無表情。かたや、苦笑い。ただし言っているそれは
そんな思いに至った経緯や原因は分からなくとも、綾小路は目の前の女が既に何度か他のクラスと手を結んだことも見抜いていた。
「俺に何をしろと?」
「うん。2000万ポイントを、何とか貯める。…当然、Aクラスを目指すクラスの皆に協力はするよ?でも…」
「特別試験。…特に、船上試験のような時はその限りじゃないってことか?」
「っ、そう。もちろん、報酬は用意するっ」
「それは?」
「綾小路君と、その…、婚約者さんとの仲を取り持つ…って、いうのはどうかな?」
「………」
綾小路は答えない。だが表情は変わらなくても、松下は理解した。自分は今、彼の
取り持つ、なんて遠回しに言っても脅迫だ。断ったらその限りじゃないと言っているのも同義。
「破格の報酬だな」
「っ、ほら。綾小路君って女の子とお付き合いしたことってないんじゃない?」
「それは…そうだな」
「なら、さ。私が協力すればそれも「なら」っ…!」
緊張交じりに交渉をする松下だが、急に肩に手を置かれて、言葉が途切れる。痛みは無いのに、動ける気がしない。
ポーカーフェイスのまま見え上げた相手は、先ほどから少しも表情を変えないままだ。
「
「………た、例えば?」
「
「っ!」
彼の視線が、自分の
…そして、交渉の成功を確信する。所詮、彼も男だった。だったら自分が篭絡して、それを弱みにすれば良い。
「………」
「どうなんだ?」
「………っ、分かったよ。でも、約束してくれる?」
内心を隠し、喜色を見せない様に覚悟を決めた表情で詰め寄る。真剣な表情を浮かべる松下に反して、綾小路は表情を変えずに面倒くさそうに同意を返した。
「分かった分かった。…じゃあさっそく、協力して貰うとするか」
「え…、き、今日!?」
「何か問題あるか?」
「…だ、大丈夫だけど…(佐藤さんを振ったその日にって…ちょっと、無いんじゃ…)」
「今日の流れ次第で波瑠加にでも頼もうと思っていたんだが、都合がいい」
「えっ…ええ?は、長谷部さん…!?」
まさかの急展開。怒涛の情報量に流されながら、気が付けば松下は寮の男子階に辿り着いた。綾小路の部屋に入ると、悶々とした頭のまま思考を千々に乱していた。
「………(まさかあのグループの中で
「待たせた、松下」
「あ、綾小路君!やっぱり今日は―――」
心の準備が出来ていない。もしも今後の関係に不利になろうとも、そう言って断ろうとした松下は目の前に差し出された花束に口を紡いだ。
「………えっと?」
「これを、1Fの管理人室に持っていってくれ」
「………花?」
「ああ。何も言わずに封筒ごと渡してくれれば良い。内容はそこに書いてある」
「………その、協力って」
「これの事だが?…俺が渡したら、相手に届かない可能性があるからな」
1秒、2秒、3秒と。フリーズする松下。顔が赤くなり、戻り、また赤くなる。不思議に思った綾小路が肩を揺すると、漸く再起動する。慌てた様子で「あは、あはは、分かったよっ!直ぐに届けるね!」と応えると、パタパタと部屋を去っていった。
バタンと乱暴に閉じられた自室のドアを前に、綾小路は一言。
「…なんだと思ったんだ、松下のヤツ」
その後、綾小路は簡単な夕飯を作っていると、スマホにメッセージが届いた着信音に目を向ける。
『清隆、明日また、いつものカフェで』
「………」
『分かった』とだけ返して、夕飯を済ませる。その後は入浴を済ませ、貰ったチョコを食べながら読みかけの本を開く。最近Cクラス…否、Dクラスの仲良くなった読書仲間からおススメされた一冊。
読了、ありがとうございました。
次回から追加試験編。
そして、露骨な原作改変が入ることに。
…実は半分ほど出来ていて、速攻で展開の予想がつく為に終わりには結論まで書いておく親切(心折?)設計です。
今週には投稿できればうれしいです。
今暫し、お待ちくださいませ。
次の試験、ちょっと露骨に改変が入ります。皆様の率直なご意見をお願いいたします。
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特別試験はできるだけ変えないでほしい。
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原型があれば、付け足しとかは可。
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改変するなら全く別物にしてほしい。
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やってみて面白ければ◎、ダレるなら△