a day without you is long 作:Regret
「なー、ゆかりさん」
「なんでしょうマスターさん」
キーボードの打鍵音が心地よく響く一室は、私の部屋。椅子に長い時間座っていたからだろう、身体の節々が軋むような感覚が全身を包んでいた。適度に立てばいいだけの話ではあるが、それが出来ない理由がある。それは……。
「私の膝の上を長時間占拠するのやめよーよー」
「嫌ですー。ここは私の特等席ですから」
「そっかぁ……」
ここに座ってからの数時間、いつの間にか現れて当然かのように膝の上を占領している少女が居るから。彼女の名前は結月ゆかり。綺麗な薄紫の髪と、兎の髪飾り、そして……どこまでも優しげな瞳が特徴的な女の子。私の、同居人だ。
「そうは言いますけど、ますたー。ゆかりさんを乗せられて嬉しいですよね?」
「否定はしないけどさぁ」
街を歩けば何人もの男が振り返るだろう少女が膝の上に乗っているというのは、えもいえぬ高揚感があるけど、それが何時間も続くとなればそれは一種の拷問だ。
そもそも、ただ座っているだけでも身体への負担がまずいとされているのだから分かり切った話なのだが。
床に座ってるならまぁ、いい。問題はPCの前だから椅子の上でこんな事をしているということだ。比喩表現ではなく、ギシギシという音が椅子から聞こえてくる。
「ギシギシって音……その……え……」
「恥ずかしがるなら言うんじゃないよ」
意識させようとして自分が羞恥に悶えてどーすんの。
あぁ、やめて。人の膝の上でジタバタ暴れないで。どうせならそのまま降りてほしい。人体は長時間膝の上に重量があるものを載せられるように作られてないんだから。
「今ゆかりさんが重いって言いましたか?」
「言ってない」
思ってたけど、間違っても言うもんか。この前言って二日間くらい家出してたでしょうが。
「……思ってましたか?」
「別にゆかりさんが重いって思ったわけじゃないよ」
人がそもそも自分と同じような質量を持つものを長時間持っているのが不可能に近いという話をしているだけだもの。
「そうですか……なんだか腑に落ちませんが……」
微妙に納得のいってなさそうな顔をこちらに向けてくるのを無視しながら作業の続きを進める。彼女も人のモニターを占拠してゲームをやり始めている。三枚あるうちの一枚だけとはいえ、占拠されるのはちょっと困る。
「ねー、ゆかりさん。自分の部屋でやらないの?」
「ここが一番楽しく出来るのでここがいいです」
「自分の部屋より楽しく出来るってどういうことなのさ」
少し前に彼女にもゲーム用のモニターをあげたはずなのに、以降もゲームをする時間のほとんどを私の部屋で過ごしている。
正確には一日の大半を、だけれど。
まぁ、本人が楽しそうにしているし、本当に邪魔な時は彼女が察して入ってこないからいいんだけど……長時間、恋人でもない男女が同じ部屋に二人きりで居るのどうなのよ。
ひとつ屋根の下に暮らしている時点で、今更か。
「ますたー、お腹すきました」
「んー? あぁ、そんな時間か」
ふと、モニターの右下に目を向けてみると20時頃になっていた。どれだけ長い時間集中していたんだろう。今から料理をするとなると10時以降かな。
「ゆかりさん、ご飯なにがいい?」
「えーっと、餃子ですかね」
「あー、お店どこにあったかな……」
調べようとデスク上のスマホに右手を伸ばすと、控えめに手が伸ばされる。
「あー、作った方がいい?」
右手に手が伸ばされる時は、彼女が甘えたい合図。
「……はい」
「ん、りょーかい。タネ作るの手伝って」
今から餃子作るってなったらご飯食べるの深夜になりそうだなぁ、と苦笑いしつつも、なにかをお願いされるのが悪くないと思っている自分がいた。
タネを作り終えて、餃子を焼いているあなたの後ろ姿に見惚れる。料理をしているときのあなたはずっと楽しそうな顔をしている。
その顔を見るために、ワガママを言いたくなる。
ここまでワガママになったのは、あなたのせい。あなたがなにを言っても受け入れて、助けてくれるから私はここまで自由になれたんですよ。
そんなことを思いながら、あなたの横顔を眺めても、この気持ちは決してあなたに届かない。
進展を求めていないわけじゃない。でも、今の関係がどうしようもないほど心地よくて、足踏みしているだけ。
「ああ、でも私は……」
あなたと対等なんかじゃない。私は所詮居候。あなたに拾ってもらった壊れたモノ。だから私はこれでいい。……これで、いいんだ。