砂漠の従者   作:ひみつ

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FILM REDと無料配信の漫画を読んでONEPIECEに再度ハマったので投稿しました。

ビビが可愛過ぎるのにヒロイン物が投稿されないなら書くしかないよね。(極論)




邂逅と決意

 

 広大な土地の大半を砂漠が占めているアラバスタ王国。世界政府に属する歴史的大国であり、海賊が跋扈する偉大なる航路(グランドライン)では有数の文明大国である。

 

 その国の幼き王女であるネフェルタリ・ビビにとって、自身の住むアルバーナ宮殿及び首都アルバーナとは、広大で未知の潜む迷宮であった。

 御目付け役の目を盗んで駆け出せば、広がる先は心躍る冒険。好奇心旺盛な少女にとってそれは掛け替えの無い時間であった。

 

 だがビビは知っている。宮殿から見渡した先にいる民衆達。その子供達は同年代の少年少女で集結し、騒がしく遊んでいる事を。

 まだ幼い子供であるが故に、その光景に憧憬を覚えるのは当然である。

 

 ──だからなのだろう。アラバスタ護衛隊長であるイガラムが保護した三歳上の少年。彼を見かけた時、不思議と胸が高鳴ったのは。

 

 

 

 

 

 

 少年は生まれながらの才に恵まれた麒麟児であった。容姿端麗、頭脳明晰。世が世ならば蓋世之才と褒め讃える者さえいただろう。

 だが哀しき哉。産まれ落ちた環境こそがその才を燻らせていた。

 

 高名な父と愛人である褐色肌の美しい母との間に生まれた少年。少年がある程度成長した頃、母は子を成した事で父に捨てられる事になる。

 嘆いて喚き散らし、発狂する母。だが父は揺るがぬ意志で元々そういう契約だった筈だ、と切り捨てた。

 

 そして強引にも船に乗せられて、長い船旅の果てにアラバスタ王国へと辿り着く。

 

 その船が海賊船だったのか、貨物船だったのか、観光船だったのか──そんな事すら把握していない。覚えているのはただ一つ。自身を見つめる母の顔が、去り際に見た母を見る父と酷似した姿である。

 

 港町であるナノハナに辿り着いた母と少年は、一目散に首都アルバーナへと移動した。目的地へと慌ただしく向かう母へ理由を問えば、そこは故郷であり実家があるのだと言う。

 

 両親の反対を押し退けて国を飛び出し、十数年に及ぶ音信不通の状況。ならば母が知らなかったのは無理も無い。

 既にその地には誰も住んでいないと言う現実を。

 

 その後、絶望に満ちた母と共に、街の宿を借りて一晩を過ごす。

 

 混濁した母の瞳には最早愛情など見えない。愛する者に捨てられた一人の女。その身勝手な憎悪の矛先はお荷物(むすこ)だった。

 だが手を上げる事をしなかったのは母としての最後(・・)の矜恃だったのだろう。

 

 何故ならば──少年が目を覚ますと、そこには首を吊って自害する母の姿があったのだから。

 

 だが少年に動揺は無かった。父に捨てられた母、そして母に捨てられた少年。眼差しに宿っていた感情だけでその連鎖を感覚的に理解している。

 

 だがそれでも頬に伝う一筋の雫は──間違い無く母を愛していた証左なのだろう。

 

 

 

 

 巡り巡る環境の変化は幼い少年に大きな精神的ストレスを与えており、糸の切れた人形の如く少年は倒れた。

 その事件は宿から民へ、民から国へと伝わり、早々に警備隊が処理する事となる。

 事件性の皆無な自殺。淡々と物事が進んでいく中で身寄りの無い子供が一人取り残された。規定通りに孤児院へと預けられる流れになる──筈だったが、一人の女性が立ち上がる。

 

 亡き母の友と語るアルバーナ宮殿の給仕長、テラコッタだった。

 

 テラコッタは未だ心の傷が癒えない少年を甲斐甲斐しく世話をする。本来であれば宮殿勤めの彼女であるも、少年の為に休暇を取ってケアに努めていた。

 夫であるイガラムも同様、仕事を終えた後の時間は少年へと費やしている。身に降りかかった不幸を上書きするように、十全の愛を持って接していた。

 

 

 暖かい手料理、そして就寝時間には寝付くまで寄り添う。まるで実子を可愛がるかのような手厚い対応だった。

 

 幾許かの時が過ぎて凍結された心が溶け始めた時──過去の幸福な時間を彷彿させ、少年は酷く泣き叫ぶ。

 

 心の中で堰き止めていたぐちゃぐちゃに織り交ざった感情。それが雪解け水のように瞳から流れ出して、漸く少年の時は動き出した。

 

 

 

 

 

 

「国王と面会……ですか?」

 

 快晴の真昼間。小さな客室で書物を読み漁っていた少年は、突如として現れたイガラムに対して言葉を投げた。

 生きる気力を取り戻したとは言え、未だ不安定な状況と考えていたイガラムは、少年を半ば面会拒絶と言う形で保護している。

 だがここ数日はイガラムに書物を強請り、客室に篭ったまま本を読む毎日だった。日常会話にも支障を来たす様子も無い程に精神面は回復している。

 そうとなれば保護者兼護衛隊長のイガラムとして、国王には最低限の挨拶はさせねばならないと意気込んでいた。

 

「そうだ。前にも説明はしたが、このアルバーナ宮殿は国王の住む場所。私は護衛隊長として務めてるから此処で過ごしているが、まだお前を──ラムセスを紹介していなかったからな」

 

 浅黒い褐色の肌と伸ばされた艶やかな黒髪。精悍な顔立ちをそのままに静かに本を閉じる。

 チラリとイガラムが視線で確認すれば、それはアラバスタの歴史的書物。幼児には間違い無く理解不能な内容にも関わらず、既に何十冊も読破していた。

 そんな少年──ラムセスを見て早熟な読書好きの子供と認識してしまうのも無理は無かった。

 

 

 イガラムの後を追うようにして、ラムセスは周りを見渡しながら歩く。自身にとって未知の経験となる宮殿の散策であった。

 通り過ぎる人々がイガラムへと頭を下げて通り過ぎて行く。その光景だけで義理の父となる人が如何に立場の有る者なのかラムセスは理解する。

 そして自身に向けられる好奇心の眼差し。その視線には目もくれずにただ辺りを観察していた。

 

「気になるか?」

「……ええ、随分と活気づいてるな、と」

「国王が優秀だからこそ、兵士の士気も上がるものだ。ラムセスも会えば分かる」

 

 歩き続ける事数分。ラムセス達は多数の兵士が脇に立つ大広間へと辿り着く。その最奥たる位置に座している男こそが──アラバスタ王国の執政者であるネフェルタリ・コブラ国王、その本人であった。

 

「コブラ様。連れて参りました」

「うむ。ご苦労だった、イガラム。……ラムセスと言ったか。此処の生活には慣れたか?」

「お初にお目に掛かります、コブラ王。……イガラムさんに良くして頂いてるお陰で、何不自由無く過ごさせて頂いてます」

 

 その言葉遣いにはコブラとて驚かずに居られなかった。

 片膝を突いて頭を垂れるラムセス。辿々しい所作であるものの、年齢を加味すればその光景は余りに異様である。その作法は生まれか、環境か、それとも本人の持つ特異性か──ともあれ、コブラはそんな少年を静かに見つめて微笑む。

 

「そう畏まらなくて良い。子供は子供らしく、無邪気に我儘でいて構わんぞ。……事情に関してはイガラムから話は聞いている。自分の家のように好きに過ごしてくれ」

「……はい、ありがとうございます」

「本が好きなのだろう? 書庫にも自由に出入りして良いぞ」

「……いえ、好きと言う訳では無いのですが」

 

 まるで自身の子供と接するかのような優しさを見せるコブラに対し、楽な姿勢へと戻ったラムセスは向けられた言葉を否定する。

 本の虫と称するに相応しい日々を見てきたイガラムにとって、その言葉は意外だったようであり、少しばかり目を見開いていた。

 

「ほう。では何故本を読む?」

「国を知らずして宮殿仕えのイガラムさんの息子を名乗る事など出来ませんので」

「……その歳でか」

「この歳だからこそ、です」

 

 異質とも言える底知れぬ才の片鱗に触れたコブラ王は、未知への恐怖から僅かばかり身震いをする。

 果たさばならぬ義理がある──そう、訴えかけるラムセスの瞳には強い意志が宿っていた。

 

 

 

 

 イガラムを残して玉座の間を去ったラムセスは、一人で黙々と宮殿内を散策している。広大過ぎる建物の構造、通り過ぎる人物、そしてアラバスタ特有の文化。視界に映る様々な物を逐一考察していた。

 

 そんな中である。ふと気配を感じて振り返ってみれば、廊下の物陰に身を潜めている小さな子供の存在にラムセスは気付く。

 仮にもし、そこに居たのが少女だけであれば彼も見つけられなかっただろう。しかしその隣にいるアラバスタ特有の鳥類──超カルガモの姿が丸見えだったのだ。

 

「ちょ、ちょっとカルー! ちゃんと隠れて!」

 

 カルーと呼ばれた幼い超カルガモは、青い髪の少女に首を掴まれて引っ張られている。

 響き渡る少女の叫び、カルーの苦しそうな声。とても隠れようとしている様子には見えないのも相俟ってか、ラムセスは半ば困惑した様子で見ていた。

 

「…………」

「カルー、静かにして! 声を出したらバレちゃうでしょ!」

「グェェ……」

 

 止む事の無いカルーの苦しそうな声に見兼ねたのか、足音を消したラムセスは少女の隠れている場所へと足早に近付く。

 その後、じっと気配を潜めて物陰の真横へと移動。少女はカルーを抑えるのに必死なのか、ラムセスが近づいた事に感付く様子は無かった。

 

「もう、こんな事してたらあの人がどっかに──」

 

 嘆息を吐きながら少女が振り返って顔を出せば──眼前に広がるのは褐色肌の少年の顔。

 覗き込んでいたラムセスと肌が触れ合う程の距離で見つめ合った。思いがけない出来事が少女の思考を止めていたものの、嬉々とした眼差しで見つめられ続ければ徐々に現実を把握し始める。

 わなわなと震えて顔が赤く染まり、今にも大声を上げんとした時であった。

 

「ねえ、超カルガモの首が締まってて苦しそうだけど」

「──ぅえ!? あ、ご、ごめんね! カルー!」

 

 間に割り込むラムセスの言葉に、ふと我に返った少女は強く握り締めていた両手を離す。若干の白目を剥いてピクピクしていたカルーであるも、辛うじて意識を留めていた。

 

「えーっと……その……」

 

 落ち着き様の無い挙動不審。スニーキングしていた筈なのに容易く見つかったとなれば無理も無い。

 そんな様子を見兼ねたラムセスは、仕方が無いとばかりに笑みを浮かべて会話を切り出した。

 

「俺の名前はラムセス。君は?」

「ッ! ビビ! ネフェルタリ・ビビ!」

「ネフェルタリって事は……もしかしてコブラ王の?」

「そう、それは私のパパよ。そしてこっちは超カルガモのカルーって言うの」

 

 青い艶やかな髪を揺らし、バッと顔を上げて笑みを浮かべた少女──ビビ。話し掛けて貰えた事が余程嬉しかったのだろう、口角の上がったにやつき顔を浮かべている。

 

 そんな中で僅かな逡巡の時間。ラムセスは思考を巡らせていた。自身の後をつけていた意図について。そしてビビと言う人柄を見極めんと。

 

 僅かな沈黙。少しだけ首を傾げたビビであるも、ラムセスは一つの結論を出した。

 

「うん、宜しくね。……もし良かったらなんだけど、宮殿の中を案内してもらっても良いかな? どんな場所なのか良く分かって無くて」

 

 それは王女に対して敬語を使わないと言う選択肢である。

 

 コブラを通さずに接触を図ってきた事。そして話題を振った際の歓喜を表した笑み。それはラムセスの中で、彼女はただ純粋な興味と親睦を深めたいと言う結論へと至った。故に敬語を扱うのは距離感を隔てる壁に過ぎないと把握する。

 そんな異様な少年の思考など露知らず、ビビは嬉しそうに返答をした。

 

「う、うん! 任せてちょうだい!」

 

 そう言ってラムセスとビビは二人で歩き出す。これが二人の邂逅であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──母に愛されなくなったのは何時の事だろうか。

 

 生まれ落ちたその時?

 

 父との縁が切れた時?

 

 母が首を吊って自害した時?

 

 ──否、どれとも違う。

 

 観察するかのような無機質な瞳。そして人の心を読むかの如く発言と行動。

 

 そんな余りにも異質な自我が芽生えた時だ。

 

 ──気味が悪い。

 

 ボソリと母がそう呟いた最初の日の事をラムセスは覚えている。それでも尚、この生き方は彼の性分であり、変えられるものでは無い。

 

 だからこそ、なのだろう。それでも尚、愛される為に人の役に立とうとするのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえラムセス。暇なんだけど」

 

 ビビとラムセスの出会いから数週間が経ったある日の事。毎日のようにラムセスの元へと訪れていた彼女は、出会った頃の遠慮など最早存在しない。今日も相変わらず暇を持て余していた。

 

 書庫から本を持ち出しては小さな自室で読み続ける。そんなラムセスを見てるのも良い加減飽きたのだろう。ベッドの上でゴロゴロと暇を潰すビビの姿があった。

 

「習い事は無いの?」

「今日は休みなの」

「カルーは?」

「仲間と遊んでるみたい」

 

 暇だー暇だー、と叫びながら寝転ぶビビを見かねたのか、本を閉じたラムセスは嘆息をしながら立ち上がる。

 同年代の少年少女が居ないからこその我儘だと全て理解した上で、ラムセスは静かに片付けを始めた。

 

「分かったよ。じゃあ今日も探検に行こうか」

「ホント!?」

 

 ガバッと身を起こして笑みを浮かべるビビ。余程嬉しかったのだろう、今にも小躍りしかねない様子である。

 

「じゃあ今日は町へ!」

「駄目。王女様なんだから身の危険は避けないとでしょ」

「えー、ケチ!」

「ビビが怪我するくらいならケチで良いよ」

「じゃあケチさんはどこか行きたいところはあるのかしら?」

「…………」

「良いって言ったのに無視しないでよ!」

 

 そんなこんなで二人は部屋を後にして歩き出した。毎日のように一緒に行動していれば最早日常的な光景。通り過ぎる兵士達も微笑ましい様子で見守っている。

 

「それで何処に向かってるの?」

「んー、取り敢えずイガラムの所に行こうかなって」

「……イガラムさんの仕事を邪魔するのは忍びないんだけど」

「だいじょぶだいじょぶ。それにペルとチャカに会った事無いでしょ?」

「ペルトチャカ?」

「うん、イガラムの部下のチャカとペルよ」

「……チャカトペル?」

「……? そうよ?」

 

 少しばかり齟齬があるも二人は気がつく事は無い。ビビに連れられるがまま、ラムセスは歩を進めていた。

 

 似たような場所をぐるぐると歩き続け、外へと続く扉へと辿り着いた二人。子供にしては少し重く、大きな扉を開け放てば、そこには広大な平地が広がっていた。

 

 ──直後、轟々とした音が響き渡る。

 

 何事かとラムセスが視線を送れば、何百と言う兵士。彼等は同時に声を張り上げて訓練を行っていた為であった。

 只でさえ暑い気候の中、兵士達の熱気によって更に湿度も高まっている。立っているだけでもじんわりと汗が滲む暑さには、アラバスタの気候に慣れているビビでさえ顔を顰めた。

 

「おや、ビビ様。珍しいですね」

「ペル!」

 

 ふと掛かる声の方へと二人が振り向けば、ターバンを巻いた細身の青年が歩んでくる。嬉しそうな声色でその名を呼ぶとなれば、ラムセスとて理解した。

 

「ペルトチャカさん」

「……? ……君はイガラムさんの元に来たラムセス君かな?」

「……? あ、はい。そうです」

 

 訝しげな表情を浮かべたペルを見て、何か間違えたのかとラムセスは自身の発言を省みる。

 

 ──ビビがペルと呼ぶとなれば、十中八九チャカトペルでは無く、ペルトチャカとなる。そうなれば自身の聞き間違え(・・・・・)だとしても問題は無い──そうなる筈だった。

 

 口を動かしつつ、頭の中で思考をし続けても出ない回答。だがその答えは思いもよらぬ方向からの声によって解決される事となる。

 

「ペルよ、こんな所で遊んでないで──と、ビビ様がいらしてたのか」

「あっ! チャカもナイスタイミングよ!」

「……分裂した」

「……ねえラムセス。さっきから何言ってるの?」

 

 ──成程。チャカとペルの二人だったか。

 

 漸くして誤解が生じていた事を理解したラムセス。ポツリと呟いたものの、その言葉はビビにも聞こえていたようで眉を顰めている。

 

 だが動揺をおくびにも出さないラムセスは自然な流れで話題を変えた。

 

「ううん、何でもない。……初めまして、ラムセスと申します。イガラムさんは何処にいますか?」

「ほう、実に丁寧な子だ。私はチャカと言う。……イガラムさんは別件で用があってね、今日は此処に居ないよ」

「ねね、ラムセスにここを見せてあげたいんだけど、良いかな?」

「構いませんよ。ですが兵士の邪魔にならないよう──」

「ほらラムセス! 行くわよ!」

 

 会話半ばに我が道を行くビビ。ラムセスは引っ張られるがままに連れて行かれるも、せめてもとチャカとペルに頭を下げた。

 

「あんな生き生きとしたビビ様は久々に見たな」

「仕方あるまい。宮殿では友達と呼べる者が居なかったからな。……ペルよ、二人のお守りを頼むぞ」

「あぁ、分かっている」

 

 

 

 

 

「ねえ、ラムセスは武術って習ってた?」

「一度だけ教わった事はあるよ。でも俺には武術は向いてないらしい」

「えー、そうなの? じゃあ誰が私の事守るの?」

「イガラムさんも武闘派って感じじゃないからなぁ……テラコッタさん?」

「なにそれー、テラコッタさんに言っちゃおっかな」

「冗談だって、冗談」

 

 眼下で行われている模擬戦を見ながら、ケラケラと笑って雑談をするラムセスとビビ。そこには王女と一国民と言う立場の壁は無く、親しい友人同士の会話が繰り広げられていた。

 

「ほら見て、武器を構えて向かい合ってるわ」

「そりゃあ模擬戦だから……」

「武器を構えずに向かい合うのは模擬戦じゃないって言うの!?」

「模擬戦じゃないよ。お見合いだよ」

「……うーん、返す言葉が無いわ」

「……そんな無理矢理に言葉を捻り出さなくても良いんだよ?」

「だってラムセスはいつも捻ってるでしょ! ネジネジよネジネジ。負けたくないんだもん!」

 

 刃引きされているとはいえ、金属と金属の武器を構え合えば緊張感が走るものである。兵士としても王女が見ているとなれば尚更だろう。

 当たれば打撲で済まないかもしれない──そんな危機感を感じながらも兵士達は互いに距離を縮めていく。

 

「──これが護衛隊の訓練です。迫力あるでしょう?」

 

 追い付いて来たペルに話し掛けられたと同時に、武器と武器が衝突して火花が飛び散る。小さな声を上げて恐る恐ると言った様子で見ていたビビであるも、ラムセスは静かに刮目していた。

 

「…………」

 

 未だ幼き少年のその心中を察する者はいない。だが卓越したラムセスの観察眼は大人の持つ力を遥に上回っている。

 故にその思考は理解不能なまでに混濁しており、アラバスタと言う大国、そしてその歴史的価値観、全てを踏まえた上で──吟味したものの、それを口に出す事は無い。

 喩えどんな言葉を並べようとも子供の戯言と捉われるだけなのだから。

 

「ラムセス君は武術に興味があるか?」

「興味はあるのですが、俺にはどうも合わなくて。……でももう少し大きくなったら参加してみたいですね」

「あぁ。その時を楽しみにしてるよ」

「……ペル、余りラムセスを苛めちゃ駄目よ?」

 

 少年らしい表情を浮かべるラムセスと、大人としての対応をするペル。そんな二人の間に入るようにビビは懸念を見せる。

 

 心の中を一切見せる事無く、ラムセスは大人しい少年を演じ続けた。

 

 

 

 

 訓練場を後にしたビビとラムセスは意気揚々と歩き続ける。手を引きながら歩く姿は宛らお姉ちゃんと言ったところだろうか。年齢や身長を鑑みればラムセスの方が年上であるも、アルバーナ宮殿を熟知している点ではビビに一日の長があった。

 

「そろそろお腹空かない?」

「ん……もうお昼か。言われてみればそうかも」

「じゃあ町に行こっ!」

「だから行かないってば。そんなお金は無いでしょ」

「もー、ケチ!」

「はいはい。ケチでごめんね」

 

 とは言え子供らしさがあるのはやはりビビである為か、ラムセスは宥めるような口調で話す。宮殿の門へと歩き出そうとするビビを、今度はラムセスが引っ張って歩き出した。

 空腹を満たすとなれば、このアルバーナ宮殿において一箇所しか有り得ない。イガラムの妻、テラコッタが長を務める給仕室である。

 

 美味しそうな匂いに釣られるような様子で歩き出した二人は、一直線に給仕室へと辿り着く。

 兵士達の昼食の準備に追われて慌ただしい厨房。ラムセス達が扉を開けても誰一人として気付かない為か見向きはしなかった。

 

「ねえビビ、忙しそうだよ」

「でもテーブルの上には美味しそうな料理があるし……」

「俺達の食べ物じゃなさそうだけど」

「王女様がお腹が空いたと言えば全部私のものよ!」

「それをコブラさんに言っても?」

「だーめ」

 

 コソコソと小さな声で耳打ちしながら話し合うビビとラムセス。

 

 その直後、嗅覚を擽る香ばしい匂いに誘われて、ビビのお腹が小さな音を奏でていた。

 時が止まったかのようにビビの動きが硬直する。少しばかり顔を赤くして戸惑った様子を見せており、ここぞとばかりにラムセスの口角が上がった。

 

「……えと」

「お腹空いたからって子犬を食べるのはちょっと……」

「食べてないわよ!」

「くぅーん」

「ま、真似しないで!」

 

 ポカポカと肩を叩かれどラムセスは謝る事は無かった。少しばかり不機嫌そうに頬を膨らませたビビであるも、まずは目先の料理と意識を切り替える。

 

「さて、どうしよう?」

「……俺達の身長じゃ届かないよ」

「んと……そうだ!」

 

 何かを思いついたビビが声を上げると、ラムセスの背後に移動して肩を掴み、背中に向かって跳躍する。

 ほんの一瞬でその意図を理解したラムセスは、即座に体勢を低くしてしゃがみ込んだ。

 

 するとどうだろうか。ラムセスの首がビビの太腿に挟まれる事となり──即ち、肩車となったのである。

 

「合体!」

「……合体?」

「いざ! ラムセス号、出航!」

「……ごー」

 

 あまり乗り気とは言えないラムセスだったものの、お姫様の言う事には逆らえる筈も無い。器用にバランスを取りながら、配膳前の料理が置かれているテーブルへと向かう。

 

「もーちょっと……!」

 

 肩車をされたまま、ビビは器用に腕を伸ばす。皿をひっくり返す事になれば大惨事にもなりかねない。

 料理が付着すれば火傷にもなりうる──そこまでラムセスは把握していても口を出す事は無かった。

 何故ならばその被害が起こりうるのはビビよりも自分自身の可能性が高い。そして何より──

 

「ビビ様! はしたないよ! それとラムセス! アンタがしっかりしなくてどうすんだい!」

「うひゃあ!」

 

 ──向かってくるテラコッタの姿が見えているからであった。

 驚きの声を上げて身体を跳ねさせたビビを、落とさないようにラムセスはバランスを保つ。直後に頭へとしがみついて来るビビを難無く支え、絶妙な体幹で直立。

 

「ラムセス号! 撤退よ!」

「いや昼食貰ってからにしようよ」

「それどころじゃないわ! 海賊が来たのよ!」

「うーん、見たところビッグなママだね」

「反省しない子はご飯抜きだよ」

『ごめんなさい』

 

 肩車したままの姿で声を合わせて素直に謝れば、仕方ないとばかりにテラコッタはため息を吐く。

 

「何時の間にそんなビビ様と仲良くなったんだい?」

「よっと……出会った時からビビはこんな感じだよ」

「……仮にも一国の王女相手なんだから、敬語くらい使いなさい」

「友達だもんねー」

「ねー」

 

 肩から降ろしたビビとラムセスが顔を見合わせれば、声を重ねて笑みを浮かべる。そんな二人の様子に完全に毒気を抜かれたのだろう、テラコッタは背を向けて言葉を投げた。

 

「昼食ならすぐに作って上げるから少し待ってな」

「テラコッタさん、お弁当が良いな」

「……分かりました。少々お時間を頂くわね」

「よろー」

「よろー」

「ラムセス、アンタが変な言葉を使うからビビ様も真似するじゃないの!」

「友達だもんねー」

「ねー」

 

 再度テラコッタに怒られようとも騒がしくはしゃぐビビとラムセスの様子は変わりはしない。年相応の仕方ない姿だとテラコッタは即座に諦め、弁当作りに励むのだった。

 

 

 

 その後、アルバーナ宮殿の敷地内にある芝生に座り込み、特製弁当を堪能した二人。お腹が満たされて満足そうに笑みを浮かべたビビは草の匂いに包まれながら寝転ぶ。

 

「えへへ」

「どうしたの?」

「ラムセスと過ごしてると毎日が楽しいなって思っただけ」

「王女様がご満足頂けてるなら光栄です」

「もー、そうやってすぐふざける」

 

 頬を膨らませて不満げな様子を見せているビビは、ゴロゴロと転がりながらラムセスへと突撃。同様にして寝転がっていたラムセスの腹部へと、ビビは上体を起こして座り込んだ。

 

「本当に感謝してる」

「……急にどうしたの?」

「んー、ラムセスを見てたら言っておかなくちゃって思って。ありがとね」

 

 そのビビの顔は何処までも真っ直ぐな、屈託の無い笑顔だった。

 

「…………」

「? 私の顔に何か付いてる?」

「ううん、こちらこそありがと」

「えへへ、どういたしまして」

 

 ──この子の笑顔だけは決して曇らせてはいけない。

 

 そう、胸に深く刻み込んだラムセスの決意は誰に知られる事も無く、破顔したビビは束ねた青い髪を揺らしていた。

 

 






不定期更新になります。

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