砂漠の従者 作:ひみつ
お ま た せ
足から放たれた風の刃。目に見えない鎌鼬は人の肌を容易く切り裂く切れ味を有しており、触れれば怪我を負うだろう。
「あらま」
極限の体技とまで称される六式の一つ、嵐脚。超高速の蹴りによって生み出された衝撃波は、ラムセスに触れる事無く綺麗に真横を通り過ぎて行った。
その少年の前に立っていたのは海軍本部大佐のヒナ。端正な顔立ちのままにラムセスを見つめている。
「え、なんでヒナさんが嵐脚を使えてるの?」
「……貴方のような子供に六式が使えて、海軍本部の大佐が使えないなんて。そんな事が許されるとでも?」
「まさか必死に練習したの? 足をぶんぶん振りまくってるヒナさん見てみたい。見せて見せて」
「相変わらずね! ヒナ感心!」
「感心してる人の対応じゃないです、よ!」
会話半ばに放たれた嵐脚を、敢えて同威力の嵐脚でラムセスは相殺する。弾け合う衝撃の余波が砂を巻き上げるが、ヒナとラムセスは互いに笑みを浮かべていた。
「やるとは思ってたが……
「チャカ様やペル様でも
「……ねえ貴方達、変な事考えてないわよね?」
だが護衛隊の中でヒナの存在は過度とも言えるほどに崇められている。その邪な気持ちが言葉の端々に込められているのをビビに伝わっているようであり、少しばかり睨むような視線を送っていた。
「……やっぱり嵐脚も当たり前のように使うのね」
「ま、便利ですから。……でも首にでも当たったら死にますよ?」
「貴方は死なないわ」
「私が守るもの」
「いや、ビビにそんな力は無いでしょ」
突如として口を挟んだビビに突っ込みを入れつつ、ラムセスは言葉を紡ぎ終えると同時にその姿を消した。独自に応用を凝らした剃での高速移動。その姿を捉えられる者はこの場には皆無である。
だがヒナの余裕の表情が崩れる事は無い。それはオリオリの実による能力──身体をすり抜けたものが鉄錠によって拘束されると言う、実質的に物理攻撃が無効化される為であった。
「無駄よ。私に直接攻撃は効かないわ」
「私の体を通り過ぎる全ての物は──」
「──
『息ぴったり!』
聞こえてくるラムセスの台詞にビビが声を合わせて決め台詞を叫ぶ。するとラムセスは姿を現して、歓喜の笑みと共にビビと二人でハイタッチを決めた。
「ラムセス、覚悟しなさいよ。ヒナ激怒」
「え、俺だけ!?」
だが揶揄されたヒナの怒り。その矛先はラムセスにだけ向く事となり、少年は疑問の声を張り上げる。
「だって王女だもの」
「うーん、絶対王政」
返す言葉も無い正論であった。
その言葉と同時に再びラムセスの姿が消失。何度見ても理解の及ばない消え方に唖然としつつも、ヒナは感じた気配に向けて正拳突きを繰り出した。
「ここ!」
「罠でした」
突き出した拳に掌を添えるようにして掴まえ、ラムセスはヒナの肘の関節へ、捻るような力を加えた。
伸び切った筋と脆弱な関節。ミシミシと音を立て始めた肘に顔を顰めるも、ヒナは肘を守るようにと、その場で捻れ方向へと全身を回転させる。
まるで側転するように投げ飛ばされた──そう、周囲は誤認してしまうような光景。
「……下手したら肘が壊れてたわよ」
「貴方は壊れないわ」
「…………」
「……王女様は私を守ってくれないようだけれど?」
「だってヒナさん強いから……」
「貴方の方が大概よ」
そう言ってヒナから繰り出されたハイキック。頭部を狙った高速の蹴りは、ラムセスへと直撃するも微動だにしない。
「紙絵」
「っ……痛いわね……! それは鉄塊でしょう!? 幾ら何でも硬すぎよ!」
「──喩え紙でも、筋肉は全てを凌駕する」
「そんなカッコ良く言っても紙絵じゃないわよ!」
寧ろ蹴った筈のヒナが痛がる始末に周囲は驚きが隠せないでいたものの、即座にラムセスの姿が消え失せた。
「ちょっと借りるね」
「……あっ」
その言葉と同時に、兵士の被っていた兜がラムセスによって瞬時に取られる。その出来事はヒナの背後で起きており、彼女が振り返った瞬間にはラムセスの姿は見当たりはしない。
「何を考えているのか知らないけど、この体を通り過ぎる物全て──」
「──
そんな言葉が聞こえた瞬間、ヒナの目の前に現れたのは空の兜。視界を塞ぐ鉄の塊が迫るも、どんな物であろうが体をすり抜けてしまえば鉄錠によって拘束される。ヒナからしたら何ら意味の見い出せない行動でしか無かった。
だがそれでも構わないとばかりに、兜を挟んだ先にいるラムセスが拳を突き出す。兜がヒナの胸部に接触した瞬間、拳が兜へと直撃して甲高い音を奏でた。
「うーん、どうかな?」
まるで液状化したようにヒナの身体をすり抜けた兜が鉄錠に包まれて姿形を変える。ただそれだけ。
荒唐無稽と言える行動──その筈だった。
「が、は──」
「お、俺達の
「貴方達は後で説教ね」
外野の声も気にならない程の強烈な衝撃がヒナの腹部を突き抜けて、全身ごと吹き飛ぶ。受身を取るように転がりながら、内臓にまで影響が無い事を確認。それでも無傷とはいかず、痺れから震える足を奮い立たせて立ち上がる。
その様子を悠々と観察していたラムセスへと、ヒナは睨み付けた。
「……何したの?」
「え? 兜を殴ったらヒナさんがビックリして吹き飛んだみたいだけど」
「それなら随分とお茶目ね、ヒナ反省」
「ヒナさんはドジっ子だったんですね……幻滅しました……」
「貴方が言い出したのだけど?」
少しの雑談を交えて痺れから回復したヒナが、嘆息と同時に高速で足踏みしたのをラムセスは見逃しはしない。
ヒナの姿が消えたと同時に、ラムセスの姿も再び消える。ヒナの姿はラムセスのいた位置へ。ラムセスの姿はヒナのいた位置へ。
まるで魔法にでも掛けられたように入れ替わる姿を、兵士達は呆然と見つめていた。
鉄錠に包まれた兜をラムセスは拾い、片手で投げるように弄びながら言葉を掛ける。
「剃も使えるじゃないですか」
「言った筈よ。貴方に使えて私が使えないなんて、そんな事は許されないと」
「頑張って足を踏み鳴らしてるヒナさん見てみたい。見せて見せて」
「人に努力する姿は見せない主義なの」
「ヒナ残念」
「……ヒナは私よ!」
再び剃にて高速で移動するヒナの姿を、ラムセスは視界に捉え続けている。接近しながらも腕を大きく伸ばしたヒナの姿が、その瞳には見えていた。
動きと視線から見える狙いは、ラムセスの体へ能力の行使。
真面目な性格を表したような愚直な攻撃であるならば、その対応は実に容易だった。
ヒナが現れると推測される場所に兜を投げ込む。避ける事も弾く事も叶わない絶妙なタイミング。だがヒナの身体に当たろうとも能力によってすり抜ける──その瞬間、再びラムセスが拳を放った。
「──ッ!」
ヒナの身体には先と同様にして不可解な力が働き、まるで拳で打ち抜かれたかのように吹き飛ぶ。鉄錠に覆われた兜には仕掛けも傷も見受けられない。殴られた衝撃さえ無かったように、ただ静かに転がり落ちただけだった。
「……どう言う原理なのかしら?」
「ビックリしただけ──」
「それは良いから」
「……えー、秘密」
「貸一で良いわよ」
「……
浸透勁。鎧通しとも呼ばれ、外傷を与えずとも内部へと衝撃を伝える絶技。どれだけ強固な体を持とうとも、内臓は鍛えようが無い為、どんな生物に於いても強力な一撃へと化す。
つまりそんな技を兜を通してヒナに衝撃のみを与えたのだと言う。さも当然のように話すラムセスの言葉を、ヒナの脳は理解する事を拒んでいた。
「……やってみたら出来たと?」
「無機物で試した事はあったので。なんとかなるかなと」
「……貴方は化け物なの?」
「また俺何かやっちゃいました?」
「やり過ぎよ」
「ラム反省セスってね」
そんな巫山戯たやり取りをしつつもラムセスは鉄錠の塊と化した兜を拾い、投げ捨てる。
「気になる事の確認は出来たので、良かったら素手で続けましょう」
「……へえ。通り抜ければその時点で拘束されるのよ?」
「つまり通り抜けない打撃を当てれば良いんですよね」
「なんとかなりそうなのがあなたの嫌な所ね」
「服を掴むとか方法はありそうですし。……だからって脱いだら駄目ですよ?」
「脱ぐ訳がないわよ!」
六式を駆使して戦いを挑むヒナを、金色に光る瞳に捉え続けながらラムセスは嬉々として戦い続ける。ここまでのレベルの組手を行う相手がいないラムセスとしては、ヒナとの模擬戦は最も実戦に近い。
二年と言う歳月によるヒナの進歩。その情報を少しずつ修正していくようにラムセスの動きは徐々に変化する。
全身を用いて回避していたのが次第に足さばきのみに。仕舞いには足すら動かずに体幹を駆使して避け切っていた。
次第にヒナの顔が苦渋の色に染まり始めた頃、その空気の異様さに兵士や海兵達も気付く。ラムセスが手を出していないにも関わらず、ヒナの攻撃が掠りもしないのだから。
「指銃」
小さく呟いたヒナがラムセスの前まで最速で到達する。ビキビキと音を立てた人差し指が弾丸の如きスピードにて放たれた。
「よっと」
その指先だけは能力を用いない事を理解しているラムセスは、そっと、人差し指同士が交差するように上から力を加えた。
その瞬間、ヒナの全身がぐるりと前転するように宙へと浮かび上がる。
「……え?」
二度に渡る理解の及ばない技術に、ヒナからも間の抜けた声が漏れた。受け身は取れど体勢は大きく崩して尻餅を着いている。
ただ呆然としているヒナをそのままに、ラムセスは満足そうに頷いていた。
「……説明して。ヒナ説明」
「え、人の関節とか筋肉とか力の方向とか、見て考えれば自然と──」
「分からないわよ」
「また俺何かやっちゃいました?」
「……それは何かの流行りなのかしら?」
結局、ラムセスは強さの底を見せないまま、ヒナの体力が切れるまで戦い続けたのだった。
「ねえラムセス。さっきのやつ私に教えて欲しいんだけど」
「また俺何かやっちゃいました、ってやつ?」
「それはいらないわね」
「わざとやっておきながら気づかないフリをするのがコツだよ」
「だからいらないってば!」
ラムセスとヒナの戦いは護衛隊や海兵に大きな影響を与えており、訓練場は熱意と活気に溢れている。当然、そこにいたビビにも作用していたようであり、積極的に訓練に参加していた。
ラムセスと対面しての組手。とは言えビビが一方的に攻撃しているだけの状況である。
「そうじゃなくて六式とか言ってたやつ。高速で移動出来るんでしょ?」
「そんなカルーに乗るみたいな気持ちで言われても」
「良いから教えて」
「……こう、足をトントントンって高速で地面を蹴って」
「トントントンて」
「その反動を利用してぴょーんて」
「ぴょーんて」
言葉通りにその場で足を踏み鳴らしたビビがぴょんと跳ねる。当然、鍛え上げられた肉体と理屈を知らなければ出来はしないのだから、無意味な行動。
それでもラムセスは親指を突き立てて笑みを浮かべた。
「成功だね」
「どこが!?」
「ほら、可愛いから」
「今はそういうの求めてない無いからね!?」
「そもそもビビの筋力じゃまだ出来ないし」
「……それ先に言ってよ!」
少しばかり顔を赤らめてムッとした表情を浮かべたビビであるが、ラムセスが気に留めた様子は無い。
「足手纏いになりたくないの」
「ムキムキな王女様ってのも少し違う気もするからそのままでも良いのに」
「……じゃあヒナさんはどうなの? 六式が使えるって事は凄い筋肉が付いてると思うのだけど」
「実はヒナさんは
「聞こえてるわよ」
適当な言葉を並べようとしたラムセスの言葉を遮るように、ヒナが呆れたような声を発して歩いてくる。
護衛隊の全体の様子を見るように歩いていたヒナが近くにいるとは思わなかったのか、ラムセスもハッとしたような表情をしていた。
「そんな顔しても貴方は気が付いていたでしょ」
「まぁ見えてたので」
していただけである。
「筋肉は量より質よ。鍛え方によっては細身でも十分に戦える力は付けられるわ」
「ヒナ筋肉」
「例えばこの位にはね」
「いたたた!」
ラムセスの顔を鷲掴みにしたヒナがその腕を軽々と持ち上げる。ゆっくりと浮かび上がるラムセスの足。それでも尚、ヒナの表情には余裕が見て取れる事から、ビビの想像を上回る筋力量であるのは確かであった。
声を上げるラムセスを他所に、ビビはヒナへと問う。
「ねえヒナさん。触らせて貰っても良いかしら?」
「ん? 構わないわよ。面白い物じゃないと思うけれど」
「それじゃあ失礼して……わ、凄い、カチカチだわ……」
「細くても鍛えればこうなれるわよ」
「俺も触るね」
ぷにぷに。
「そこは二の腕よ」
「他にどこを触れと?」
「あ、私も二の腕を触るね」
「……貴方達は本当に……。……そもそもラムセスは顔を掴み上げられて、痛いんじゃなかったのかしら?」
「知らないんですか? 二の腕ってぷにぷにしてて柔らかいんですよ」
「それは関係ないわよ!」
未だ身体が宙に浮いているラムセスであるも、その口調は平時と何ら変わりは無い。淡々と言葉を紡ぎながらその場で宙返りしてヒナの拘束を外し、ラムセスは腕を伸ばして大地へ降り立った。
「何点?」
「100点!」
「ビビの笑顔は?」
「10000点!」
体幹を駆使してピタリと静止したラムセスを、拍手をしながらビビは褒め称える。
寧ろヒナとしては、細身にしか見えないラムセスの肉体で、自身よりも数多の芸当を熟す方が理解出来ない。
故にヒナはラムセスの体を羽交い締めにして捕らえた。何事かとビビが視線を向ける中で、ヒナはラムセスの腹部を露出させる。
「筋肉で言えば私よりもこっちの方が良質よ」
「!! 触るね!」
「きゃ……」
「なんて声を出してるのよ……」
「乙女の気持ちを知ろうかなと」
「でも流石ラムセスね! 確かに凄い筋肉だわ!」
「でしょう? 私も初めて触った時は驚いたわ。ヒナ驚愕」
妙齢の女と年頃の女の二人が一人の少年の腹部を撫で回す。しかも多数の人が集まる公の場での行為。その空気は訓練場に於いて余りに異質であった。
護衛隊も海兵も、皆が手を止めて視線を送っている。場が静まり返っても尚、彼女達が気づく事は無かった。
ただ一つ、兵士ら皆が真に願う。
代わりたいと。
「ねえ、皆見てるけど」
『!?』
当然の如く視線に気が付いていたラムセスがポツリと呟けば、その言葉の真偽を確かめるようにヒナとビビが慌てて周囲を見渡す。
その瞬間、まるで息を合わせたかのように目を逸らした兵士達が訓練へと戻る。ラムセスからしたら突如として不自然に声を上げ始める異様な光景であるも、ビビとヒナが違和感を感じる事は無かった。
「気のせいじゃないの?」
「そう言って私から逃げようとしてるだけよ」
「あふん」
結局、飽きるまで弄られるのだった。
まだまだ訓練が続いている最中、後は宜しくと言わんばかりにラムセスは訓練場を後にする。ビビはまだまだやる気があるようで海軍──と言うよりもヒナがいる間は、時間の許す限り組手に励んでいた。
自身の非力さを知るからこその行動。ならばラムセスに止める理由など無い。
ふと、ラムセスが横を向けばそこにはアルバーナの町並みが広がっている。走り回る子供達に、昼間から酒を飲んで騒いでいる大人達。まさに平和そのものと言える景色であった。
「…………」
ビビの愛するこの町の景色を奪おうとする者がいる──そんな憤怒を決して絶やさないよう、胸に刻み込んで再び歩き出す。
目的地は無くともがその歩みに躊躇いは無い。そうして廊下を歩き続けていれば、必然と警備に当たる兵士とすれ違った。
「警備お疲れ様です」
「おおラムセスか。ビビ王女とヒナ大佐に体を触られまくったそうじゃないか」
「なんでもう知ってんの?」
通りがけに挨拶をした兵士から、つい数十分前の事を当然のように知っている。ラムセスとて予想外の言葉には即座に突っ込まざるを得なかった。
「休憩で抜けて来た奴が泣きながら広めまくってるぞ」
「後で折檻されて良しなのに馬鹿だね……」
「俺もそう思う。馬鹿だな」
一人の兵士の浅はかな行為をお互いに頷きながら、哀れみにも似た罵倒を口にする。
「俺が触るならチャカ様の腹筋をだな──」
ラムセスは聞こえないフリをして歩き出した。
幾度と兵士とすれ違う度に挨拶を交わしていく。誰もが顔馴染みと言う関係性故に、他愛無い雑談も交えて親睦を深めていく。
時折、顔の知らない新人のような男等も居たものの、ラムセスは友好的な態度を崩さずに話していた。
コブラ国王を崇拝する者、アラバスタ最強の戦士であるチャカとペルに憧れを抱く者、愛国心を持つ者──多種多様であった。
だがその中にも当てはまらないような──悪態、無関心、無気力。護衛隊にはふさわしくないような様子で宮殿内の徘徊する者もいる。
相手が王族でも無いただの少年。故に相応の対応とも言えるが、その立場を知る者であれば多少なりとも気を遣うのが必然である。
無法者、無頼漢。そう呼べる立場の人間がここに来たとしたならば──十分納得の行く結論であった。
──早くも内部にまで来たって事かな。
恐らくその男を根源まで辿っていけば、そこにはクロコダイルがいる、とラムセスは確信していた。
それでも尚、行動は決して起こさない。ただ自身の胸の中に怒りと共に仕舞い込むだけ。
そんな男を辿ったところでクロコダイルが尻尾を掴ませる訳が無い。そして何より、気付いていないフリをし続ける必要がある。
全ては自身の描く未来図の為に。
「もう少しだから……」
ラムセスの呟きは誰にも聞こえないまま、静寂の中へと消えて行った。
そして月日が経つにつれ、アラバスタは徐々に揺らぎ始める。
雨季が訪れない事による大規模な干ばつの発生。更には国の生命線と呼べる水路が何者かによって破壊されて、水不足に悩まされる街の増加していた。
水が無ければ人は生きていけず。食物が育たねば飢えに苦しむ。生き抜く為に町同士でも小さな争いが絶えなかった。
そうなればアラバスタ王国としても緊急対応を強いられているが、人員を増やせど人は足りず。更に国が混乱期に入れば海賊も増えていき、町に被害が及ぶようになる。
そして海賊を退治するのは決まってクロコダイルとなり、国民の信頼を得て確固たる立場を築き上げた。
不信感の募る国王と英雄視されるクロコダイル。どちらが国民の支持を受けているのかは明白であろう。
そんなアラバスタでは、まことしやかな噂が蔓延し始める。
アルバーナ宮殿でダンスパウダーが使われている。
根も葉もない噂にしか過ぎなくとも、現に枯れていく水源と水路。過剰なまでに雨が降り続ける首都アルバーナ。怒りの矛先は国へと向くには十分過ぎた。
若きコブラを知る者達は国王を擁護する声を上げど、今を生きる若者達には悪政を強いる独裁者にも見えてしまうのは仕方が無い。
そうなれば反乱軍が生まれてくるのも必然だった。
これが全てたった一年で起きた出来事。目まぐるしい環境の変化にラムセスとて戸惑いを隠せずにいた。
二年から三年掛けて同様の流れになると踏んでいたラムセスにとって、この出来事は予定外であったと言える。
海軍とアラバスタが友好関係を保ち続けている為か、ニコ・ロビンと言う爆弾を抱えている為か──クロコダイルが早急に物事を進めている理由は、ラムセスでも読み切る事は不可能だった。
余りにも唐突過ぎる出来事の連続。焦りさえ見えるような怒涛の顛末に、疑問視する声さえ国中から上がるのではと、ラムセスが思う程。
だが現実はそんなに甘くは無い。人並外れた精神力を持つラムセス故の、国を恨まねば耐えられない心の弱さへの理解が余りにも疎かった。
全ては経験と人心掌握に長けたクロコダイルの描く計画のまま、国は傾き始めている。
「……護衛隊と反乱軍の戦いが始まったってパパが言ってたわ」
ラムセスの私室にて、椅子に座ったビビがポツリと呟いた。悲哀に満ちた声で淡々と事実を話しただけ。それでも一年前では考えもしなかった状況だけに、その悲しみは計り知れないだろう。
「想像を超えてきたね。さすが七武海」
「……後一年も待つの?」
「いや、戦い始めたのならもう動くつもりだよ。日程こそズレても計画に支障は無いからね。頃合いだ」
対面にて座していたラムセスが音を立てながら椅子から立ち上がる。平常通りの様子で身体を解して伸びをしている。
「本当にラムセスは変わらないわね」
「出来る事をやる。ただそれだけだよ」
「……そうね、私も私で出来る事をするから」
「そうそう。そんな感じで良いんだよ」
静かに笑顔を浮かべて、大人と遜色の無い体つきとなったラムセスに頭を撫でられる。戦闘力、知能どちらも卓越した存在だとは理解しても、ビビの心には一抹の不安が過ぎっていた。
「浮気は駄目よ?」
「何の話?」
「女の勘ってやつね」
「真面目に話してる所だからね?」
そう言いながらもビビは椅子から飛び上がってラムセスへと抱き着く。軽口を叩きながらも小さく震える身体から恐怖を感じているのだろう。その身体を優しく抱きつつ、ラムセスは言葉を待った。
「……嫌な予感がするの」
「俺は結構ワクワクしてるけど」
「怖くないの?」
「俺で無理なら奇跡でも起きないと無理だろうし」
「……相変わらず凄い自信ね」
「天才だからね」
互いに顔を見合せて笑みを浮かべる。いつも通りと何ら変わらない、気負わない関係。どうしようも無い程に、ビビはこの関係が大好きであった。
「そうと決まればイガラムさんと話してくるね。色々と事情を説明しないと」
「説得するの手伝う?」
「大丈夫。内通者に見られても面倒だから」
「ん、分かった」
名残惜しそうな表情を浮かべてビビは身体を離す。背を向けて扉へと歩き出すラムセスの足取りには一切の迷いなどは無い。
そして深夜になってもラムセスが部屋に戻る事は無かった。
明朝。
凶刃によってイガラムが倒れる。
そんな情報が宮殿中を駆け巡った。
緊急治療を要す程の重体。息も絶え絶えにイガラムは自身の身に起きた事をチャカとペルへと伝える。
反乱軍の人間が入り込んでいた──そんな噂が飛び交う中で、護衛隊の副官である二人が苦悶の表情を見せながら全軍へと通達した。
──犯人はコブラ国王の殺害しようと計画した所、身を挺して止めようとしたイガラムさんを刺して逃亡中。すぐに国内を探し回れ。
──誰だ、だと?
──義理の息子、ラムセスだ……!
物語が大きく動きます。
Q.次回からシリアスなんですか?
A.平常通り、ほぼコミカルです。