砂漠の従者   作:ひみつ

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ちなみに現時点で時系列は原作開始3年前です。





潜伏と好機

 

 護衛隊隊長、イガラムが凶刃によって倒れる。

 その犯人の名は義理の息子、ラムセス。

 

 その情報は号外の新聞によって、瞬く間にアラバスタ中へと広がる事となる。顔写真、経歴、そして経緯──その全てが記載されており、国民中の話題となった。

 

 ただでさえ荒れつつあるアラバスタ王国。更に国王の側近が倒れたとなれば、アルバーナ宮殿の内部は混迷を極めている。護衛隊の半数以上が幼少期のラムセスを知る者達であり、彼のコブラやイガラムに対する思いが如何に強いものかなど、身に染みる程に理解していた。

 

 事件を鵜呑みに出来ない程の衝撃。

 

 だが当の本人であるイガラム、そして護衛隊副官であるチャカとペルが語るのであれば、真実なのだと兵士達は受け入れるしか無かった。

 

 そしてその悲報は、当然のようにビビにも伝わっている。イガラムと同等──いや、それ以上にラムセスへと信頼を寄せていた王女。その心の内は兵士達にも計り知れなかった。

 

 零れ落ちそうな涙。そして必死の形相でビビは宮殿内を走っていた。必然と伝わる悲哀、悲愴。全力疾走をするその行儀の悪さを叱咤する者は誰一人としていない。それ程までに異例の事態である。

 

 向かう先はたった一つ。その真実を知るイガラムの元だった。

 

「──イガラム!」

 

 辿り着いた先は医務室。多くの護衛隊が集まるその部屋の扉を勢い良く開けば、ビビはその視線を独り占めする。

 駆け出すビビを避けるように、集まった人達が二手に割れる。その最奥にはベッドで寝たきりとなっているイガラムの姿があった。

 

「…………」

 

 イガラムの真横へと立ち尽くし、ただ静かにビビは見つめている。その瞬間、頬を伝い、零れ落ちていく涙。声も出さずに伝う雫がベッドを濡らせば、その場にいた副官であるチャカが声を発した。

 

「……王女様は見世物では無い。職務に戻るぞ」

 

 踵を返したチャカ率いる護衛隊が、名残惜しそうに次々に医務室を後にして行く。ビビでさえもその有様となれば、この事件が如何に突発的に発生したものなのかが、彼等であっても理解出来てしまう。

 

 抱くのはラムセスへの憤怒。国を、王女を、護衛隊長を裏切る行為──その悲しみを目の当たりにして、漸く芽生え始めた怒りだった。

 

「ねえ、イガラム」

 

 ぽつりと言葉を零したビビの声に返ってくるものは何も無い。瞳を閉じて微動だにしないイガラムに、その声が届いているかどうかさえ、ビビには分からなかった。

 それでも尚、ビビは言葉を続ける。その行為にこそ意味があるとばかりの独白。口を閉ざす事は無い。

 

「あのね──」

 

 ビビが語るのは己の決意。その胸の内をそっと解き明かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──クハハハハハ!」

 

 レインベースの一角にある地下エリア。広大な土地を利用しながらも二人しか存在しないその場所で、一人の男が声を張り上げて笑っていた。

 

 七武海の一人、アラバスタの英雄。クロコダイル。この世の全てが可笑しいと言わんばかりに悪魔じみた下品な笑い声である。

 

 だがその堂々たる態度と溢れんばかりの自信。強者の纏う雰囲気がその笑い声を不敵なものへと変質させた。

 

「……珍しいわね。貴方が笑うなんて」

 

 その部屋にいるもう一人の人物、一時的な相方である女、ニコ・ロビンが訝しげな視線を向けて問い掛ける。

 葉巻から煙を立ち昇らせ、尚も笑みを崩さないクロコダイル。視線を向けるその手元には発行されたばかりの新聞が握られていた。

 

「この国は馬鹿ばかりで動かしやすいと再認識しただけだ。反乱軍も王国軍も全ての情報が筒抜け。国民の意思すらも自在に操れるからな」

「あら、そんな事を言って足元を掬われるのだけは勘弁よ」

「この俺を誰だと思ってやがる? 慎重に慎重を重ねて来たからこその歳月と結果だ。冗談でも口にするんじゃねえぞ」

「ふふ、それはごめんなさいね」

「……チッ。何を考えるか分からねえ女だ」

 

 並の人間であれば身を竦めるような殺気を込めた視線を送れど、ニコ・ロビンは意味深に笑みを浮かべるだけだった。

 

「陽動した反乱軍の動きはどうなっている?」

「今朝方に護衛隊と反乱軍が衝突したものの、即座に鎮圧。余程の実力差があるのか、双方に一人も被害は出てないようだわ。話に聞いてたよりも、王国側が随分と手練のようね」

「……海軍共の仕業か」

「恐らくは」

 

 月に一度の護衛隊と海軍の合同訓練。戦いに於いて最先端とも言える海賊を相手取る海軍の武力は、護衛隊にとって大きな刺激となり、その力を飛躍的に伸ばした。

 反乱軍(・・・)に被害者が出る事を予測していたクロコダイルにとって、この結果は少しばかり予定外であるのは、その眉間に寄る皺から見て取れる。

 

「……国民を煽るにはまだ使えねえか。……まぁいい。崩壊は始まったばかりだ。それよりももっと面白い事がアルバーナ宮殿で起きているようだからな」

「へえ、それが貴方の高笑いと関係があるのかしら?」

「あぁ。内部からの反乱を起こせと命令を出したが……まさかここまでやるとはな。アルバーナ宮殿に潜入してるMr.2の状況はどうなっている?」

「……? 特に連絡は無いわよ。進捗も無ければ自体が窮しても無いんじゃないかしら」

「……何だと?」

 

 突如として睨み付けるような視線を送るクロコダイル。意図の理解出来ないロビンは顔を顰めるも、その態度が軟化する事は無い。

 互いに齟齬が生じているのを理解したクロコダイルが手元で広げていた新聞を投げ渡す。ロビンはハナハナの実の能力を用いて受け取ると、目先へと持ってきて目を通していく。

 

「ならこの出来事は偶然起きたと言う事なのか?」

「……へえ、噂の護衛隊隊長の息子がね」

 

 アルバーナ宮殿の情報収集をしていれば、必然とまでに聞こえてくるその少年。

 

 曰く、アラバスタが拾った稀代の天才。

 曰く、アルバーナを掻き乱す虚言の悪魔。

 曰く、武神の生まれ変わり。

 曰く、ただの筋肉馬鹿。

 

 情報は語る者によって大きく異なるものの、特殊な地位にいながらも話題の尽きない人材であったのは、クロコダイルとて理解していた。

 

 ──そんな餓鬼が国を裏切るのか?

 

B.W(バロックワークス)社で集めたこのラムセスって餓鬼の情報はどうなっている?」

 

 バロック・ワークス社。

 理想国家の建国を目的としてクロコダイルの興した秘密犯罪会社とされているが、実際の目的はアラバスタ王国の乗っ取りを目的とした組織である。

 だが七武海と言う立場がある手前、その社長がクロコダイルである事は、他言無用の秘密。

 となれば社長からの指示と報告を受ける窓口。即ち、B.Wを実質的に管理しているのはロビンなっていた。

 

 故に問い掛ける。ロビンしか知り得ぬ情報を探る為に。

 

「そうね、報告によると──」

 

 そう言って彼女が新聞を捲った時である。言葉半ばのまま、記事に視線を送って硬直していた。

 それは次ページに載せられていた写真。その顔が共に一夜を過ごした少年の面影を感じた為である。

 

 ──否、間違える筈が無い。あれほどの衝撃と刺激に満ちた日。今でも鮮明に思い出せる程の記憶なのだから。

 

「ふふっ……あはは!」

「……何が可笑しい?」

「ふふ……いえ、記事の内容が余りに……ふふ、馬鹿らしくて」

 

 未知の少年が自身の中で既知へと変化していく。不可解だった行動も行為も言動も、すべてがパズルのように繋がっていった。

 過大評価とさえ思う、アルバーナ宮殿で流れるラムセスの噂。だが本人を知るロビンからすれば、その考えは一転。寧ろ過小評価とさえ感じられる程である。

 もしこれが全て少年の策略だとしたら──そう、考えるだけで自然と笑みが溢れてしまった。

 

「それでラーメンの話だったわよね」

「おい、いい加減にしろ」

「あぁ、ごめんなさい。少しばかり気が動転してるわ」

 

 徐々に苛立ちを顕にしたクロコダイルを見て、ロビンは深く深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

 

「……ラムセス、だったわね。……そうね、Mr.2の接触した報告によると、明るくて社交的。頭も切れるようで内政にも助言する立場でもあったそうよ。また、武力の面でも海軍大佐をやり合った噂があるとの事ね」

「……ほお、そんな子供がか。大した才能だな。ならば何故国を裏切る? 地位を約束された立場のようなものだろう」

「さあね。……でもMr.2と話した内容によると、国としての在り方を苦言してたようだし、アラバスタを守ろうと思うからこそ──とも取れるんじゃないかしら?」

「……まぁ有り得ない話では無いな。現に反乱軍も王国軍も、アラバスタを守ろうとするからこそ戦いが勃発し始めている。アルバーナ宮殿内でも疑問視する声が上がっているのも確かな話。謀反を起こす者がいてもおかしくは無い」

 

 ロビンは語る。自身の受けた報告を全て晒し出すかのように。その言葉に嘘偽りは無いものの、自身の経験したラムセスとの邂逅は一切語る事は無い。

 

 飽くまで聞かれた事を答えるだけ。裏切りとまでは言えない、協力者として最低限の対応であった。

 

 そんな事情を知る筈も無いクロコダイルはただ静かに黙り込んで思案する。悪魔の子であるニコ・ロビンを信用していない──と言うよりも、過去の経験から自身以外の誰も信用していない。

 

「…………」

 

 ニコ・ロビンの語る真偽と信憑性を加味しつつも、ラムセスと言う少年について深く考え込む。

 

 その存在が有益なのか、有害なのか。

 

 アラバスタの内情に精通し、国王への恨みを持つ有能な人材──そんな報告通りの人間であれば喉から手が出るほど欲しいのも事実。

 

 だが何かしらの意図を持って行動を起こしているのだとしたら──それは毒にも成り得る存在。

 

 思考の渦に囚われ続けるクロコダイルの姿。ロビンはその行く末を見届けるように、薄く笑みを浮かべて見ていた。

 

 そして長い思考の中、クロコダイルはふと気付く。

 と同時にロビンから追い打ちをかけるように言葉を投げられた。

 

「怖いのかしら?」

「──ハッ!」

 

 ──そう。そうなのだ。

 

 まさにクロコダイルが考えていた事を代弁したかのようなロビンの発言。

 

 クロコダイルに対するアラバスタ王国の動きが微塵も感じられないと言う事は、所詮は個人若しくは少数での行動。

 たかが偉大なる航路(グランドライン)前半に位置する天才の子供如きに、世界中に蔓延る海賊の中でも有数の実力を持つ七武海が、揺さぶられるなど──クロコダイルは許せる筈も無かった。

 

「クハハ──ハッハッハッ!」

 

 高らかに笑い、テーブルに置いてあったグラスを握り潰す。砕けたガラスが砂へと変わる中、突如として憤怒の表情を浮かべた。

 

 ラムセスやロビンでは無く、下らない思考に嵌った自分自身に対して。

 

 使える物は全て利用し、不要となれば切り捨てるのがクロコダイルのやり方。歴史の本文(ポーネグリフ)が読めるロビンでさえ、例外では無いのだから。

 ならばクロコダイルに最早迷いなど無い。

 

「おい、B.Wのオフィサーエージェントの空席はどうなっている?」

「前任のMr.3が海賊に殺されて以来、No.が繰り上げられてMr.5の席が空いてる状況ね。一応、フロンティアエージェントであるMr.6の国境のジェムが功績的にも適任で話を持ち掛けている所よ」

「……取るに足らない雑魚はオフィサーエージェントに必要ねえ。このラムセスってガキを勧誘しろ。アラバスタ王国に関する有益な情報を寄越すなら幹部の地位もくれてやるとな」

「あら、国境のジェムはこの前悪魔の実を略奪してきた筈なのだけど。能力者になるならMr.5の地位も悪くないんじゃないのかしら?」

「雑魚が能力に頼るだけの雑魚になるだけなら価値はない。必要ならガキに食わせろ」

「……分かったわ。でも理想国家の建国という目標とアラバスタの情報と言う相違点。どう説明するつもりなのかしら?」

「そこはお前が何とかしろ」

 

 冷徹で残忍。仲間と言えど必要とあれば即座に切り捨てる実力主義。そして能力を鍛えてきた能力者であるからこその能力者に対する傲慢さ。

 

 だからこそ、今の地位を確立しているとも言える。

 

「でもMr.6が納得するとは思えないわね」

「俺の言う事を聞かねえのなら殺す。──が、ついでだ。ガキの実力を見る為にも戦わせれば良い」

「……ふふ、酷い事を考えるわ。……でももしその少年が悪魔の実を食べて刃向かってきたら──」

 

 余裕のある態度で喋っていた筈のロビンの口が突如として閉じられた。それは口が開くのを躊躇うほどの威圧感。全身が、空気が凍てつく明確な殺意がこの部屋全体を包み込んでいる為である。

 その発生源はただ一つ、目の前の大海賊からしか有り得ない。

 

「──この俺が負けると思うか?」

 

 たったそれだけ。その言葉だけで有無を言わさない程の説得力がそこにはあった。

 

 ロビンの額に冷や汗が伝う。自身に向けられた殺意で無いと理解してても尚、張り詰めた空気から逃げ出したくなるほど。

 

 ──この男に背いて良いのだろうか?

 

 一瞬、ロビンの中でそんな思考が過ぎるも、直ぐに否定。命を擲ってでもやり遂げねばならぬ──そんな強い意志を持って自我を保つ。

 

 そしてなにより──

 

「状況を考えればまだ国内にいる筈だ。直ぐに探し出せ。国王に敵意を持つ優秀な人材ならB.Wに相応しい。……が、疑わしい行動を取れば直ぐに報告しろ。俺の手で情報を聞き出した後、殺してやる」

 

 ──そんなクロコダイルを読み切り、嫌疑を抱かれる前提で、知らないフリをしろと交渉してきたラムセス。どちらが優位を掴んでいるのかは、一目瞭然であった。

 

 ──簡単な筈が随分と重要な役割を任されたものね。

 

「……ええ、分かったわ。Mr.0の思うがままに」

「ミス・オールサンデー、お前の手腕次第で計画が年単位で縮まる事を忘れるなよ」

 

 互いにコードネームを呼び合い、ロビンは背を向けて歩き出す。

 起こり始める波乱に期待しながらも、自身の立つべき位置を改めて考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人並外れた強靭な精神を持つラムセスは、国を追われる立場になれど、その在り方は何一つ変わることは無かった。

 夜も更けた頃。ナノハナの一角にある酒場にて、変装したラムセスが堂々たる佇まいで座している。月を模したイヤリングを揺らし、度の入っていない眼鏡をクイッと上げながら、高らかに声を上げた。

 

「マスター、牛乳のミルク割りを熱燗で頼むよ」

「はいよ、ホットミルクね」

「へえ、今はホットミルクって言うんですか」

「昔からだよ」

 

 無関心で淡々と言葉を返す店主ならではの言葉遊びを堪能しつつ、ラムセスは手にしていた新聞を開いて視線を送る。

 

「なんか宮殿で大変な事が起こってるみたいですね」

「そうだね。近頃は町の治安も悪いってのに次から次へと」

「こんな超絶イケメンの天才の少年がどうして……」

「……そうかな? 天才ならこんな事しないだろうし。顔は整ってるかもしれないけど、男らしさが無いよね」

「でも完璧超絶天才イケメンの容姿端麗な麒麟児だよ?」

「色々と意味が被り過ぎだね」

 

 折り重なった新聞をくしゃくしゃと丸めて掌に握り込む。すると掌には鉄砲玉サイズの小さな紙の塊。極限まで圧縮されたそれを、ラムセスは指で弾いて飛ばした。

 

「シュート」

「……お客さん、ゴミはゴミ箱へと──」

「ほら、ゴミ箱に入ったよ」

「……他のお客さんの迷惑になるから──」

「俺しかいないから大丈夫! 安心して!」

「それを言われると泣きたくなるね」

 

 閑古鳥が鳴くとはまさにこの事と言わんばかりの閑散とした店内を眺めて、店主は深い溜め息を吐いた。寧ろ、そう言う店を狙って入ったラムセスとしては、願ったり叶ったりと言ったところであるも、流石に可哀想だったのか口にする事は無かった。

 

「ほら、他の客もいませんし、マスターも飲みましょう。ミルクの熱燗でも奢りますから」

「僕はアルコールの方が飲みたいかな……」

「働いてる自覚あんの?」

「……君、情緒不安定とか言われてないかい?」

「寧ろ安定し過ぎて怖いと言われますかね」

「うーん、それも納得出来るね……」

 

 緩い会話をし続けながらも、結局店主は流されるがままに酒を浴びるように飲み始める。治安が悪くなって客足が遠のいているストレスもあるのだろう。一杯、二杯と飲むにつれて口数も増えて愚痴を語り始めていた。

 

「──だからね、どうしたらお客さんが来てくれるかなって!」

「美人なお姉さんに接客してもらえばすぐですよ」

「うちはそういうお店じゃないんだって! 料理や飲み物に拘る正統派のお店なんだから!」

「例えば?」

「酒一つでも4つの海にある地酒を仕入れたり工夫してるんだから!」

「……確かにこのミルクは美味しい、500ベリーもするだけの事はある」

「あ、それは期限切れそうな牛乳を家から持ってきただけだよ」

「……屋上へ行こうぜ……久しぶりにキレちまったよ……」

「ここ平屋なんで」

 

 丸椅子を持ち上げ、今にも殴り掛からんとラムセスが立ち上がった時であった。

 

 何者かが入口から入ってきたのを告げるように、鈴の音が響き渡る。この遅い時間に誰かが来るのは店主としても予想外だったのだろう。慌ただしく身なりを整えて深呼吸をする。

 

「……いらっしゃい。お一人で?」

「ええ。でもそこの旅人さんに用があるの」

 

 敵意の無い気配。聞いた事のある声。丸椅子を掲げたままのラムセスは眉を顰めて振り返った。

 

「随分と荒れた様子ね」

「お待ちしておりました、マドモアゼル」

 

 そこには呆れたように笑みを浮かべるロビンの姿がある。

 流水の如く滑らかな体捌きで椅子を真横に置いたラムセス。まるで紳士な対応をする優男のように、端正な顔立ちを十全に利用したキメ顔を全力で披露した。

 

「それじゃあ失礼するわね」

 

 ──が、まるで反応は無い。クールな態度を崩さないまま、ロビンはラムセスの隣へと着座する。

 

「狭いわね」

「文字通り真横だったからね」

 

 肩と肩が触れ合うのは流石に近かったと、ロビンは椅子を引き摺って距離を取った。

 

「マスター、やっぱりこう言う妙齢の美女が横に座るような店じゃないと」

「うーん、でもなぁ……」

「でもマスターだって眼福でしょ? 露出の多い服の美女が店内にいるなんて」

「……成程、僕の性欲を満たすと言う点は有りだね」

「ねえ、来て早々にセクハラは無いんじゃないかしら?」

 

 ロビンが来た所で白熱した議論は終わる事が無い。酒の場で美女が必要か否か──そんな事を齢16歳のラムセスが本気で語っているのは、何とも奇妙な光景であった。

 

 少し不愉快そうに口を挟むロビンを見て、ラムセスは一言告げる。

 

「マスター、この寒空の下から来た彼女にキンキンに冷えたアイスコーヒーと冷製のかぼちゃスープ、そしてデザートにシャーベットを」

「カニグラタンと暖かいコーンスープ、食後のホットコーヒーだけで良いわ」

「……だけ?」

「だけで良いわ」

「あ、はい。じゃあそれで」

 

 ラムセスの戯言を意に介さないロビンは、半ば無視するような対応で冷静に答えた。流石に流されるとは思わなかったのだろう。ラムセスも少しばかり動揺を見せている。

 

 酔いも回って千鳥足の状態で、店主は奥にある厨房へと向かっていく。二人きりになる店内。すると突如としてラムセスの表情が少しばかり真剣なものへと切り替わった。

 

「ロビンちゃんは鰐やんのお遣いなの?」

「言い方は気になるけど、間違ってないわ。……やっぱり貴方の仕業なのね?」

「ま、そんなところかな。鰐やん凄い疑ってたでしょ?」

「それはもう。あんなやり方したら疑わないわけがないわ」

「だよねー。……あ、一口飲む?」

「頂くわ」

 

 まだ暖かい飲みかけのホットミルクをラムセスは差し出す。その熱を嚥下して冷え切っていた手、体を暖めたロビン。ホッと一息吐息を漏らした。

 

「貴方ならもっと良いやり方があったと思うのだけど」

「俺の考える最善手なんだけどなぁ」

「疑われないで暗躍する事が最善では無いのかしら?」

「あはは、それは時と場合によるよ」

 

 無邪気な笑みを浮かべてケラケラと笑い、ラムセスはテーブルをトントンと小突きながら静かに語る。

 

「国を操るとなれば、鰐やんは自身の手足となる組織を作った筈だよ。その組織に身を隠して入り込むのは容易だけど、立場ある所まで行けば確実に素性が暴かれる。──例えばほら、王女や護衛隊長が潜入したとして。宮殿内が不在で騒いでるのにそっくりさんが組織内で発見されるのは時間の問題でしょ? 杜撰過ぎておマヌケさんだよ」

「……でも表──」

「──舞台に立たない俺でも、既に宮殿内には監視の目があるから容姿はバレてる。早いか遅いかの問題だね。……そう言えば不思議なんだよね。みんな違う人なのに気配や立ち振る舞いが酷似してるんだよ。組織で特殊な訓練でもしてるの?」

 

 ──完全に見透かされている。

 Mr.2の存在。マネマネの実を用いた擬態である事に気が付かずとも、恐らくはその目で視るだけで違和感を感じ取っていたのだろう──そう、ロビンは推測する。

 恐らくは国王の不満を口にする事さえ、計算された上での事。

 

「それでもただ疑わせるだけじゃ駄目なんだよ。──猛毒だと疑惑を掛けていても、飲み干したくなるような、甘美な誘惑」

「……アルバーナ宮殿を把握し、アラバスタ王国の内政を深く知る。且つ武と知に長けてアラバスタに牙を剥いた存在」

「どう? 魅力的でしょ? 何れ腹を突き破るとしても、七武海と言うどうしようも無く高いプライドが正常な判断を曇らせて毒を飲み干す」

 

 これが出会った時点で組み立てた計画であるならば──末恐ろしいとさえ、ロビンは思う。

 震える背筋。底知れぬ規格外。やはりこの少年ならばクロコダイルを──そんな考えが過ぎる程に。

 

 だが、それと同時にその計画の脆さも露呈する。ロビンの告げ口一つで崩壊する程に歪で不安定だった。

 

 だがそんな思考を読み取ったかのようにラムセスは言葉を続ける。

 

「無駄だよ。最初の雰囲気と目を見て理解した。初動でロビンちゃんは俺と言う存在を報告せず、且つ嫌疑を濁らせたんでしょ? ……鰐やんと全面戦争になるならそれはそれで策がある。その覚悟さえあれば、夢半ばで殺されるのはロビンちゃんだけだよ」

 

 ラムセスは決して善人では無い。綺麗事は口にしない現実主義。

 困難な目的ならば手段さえ選ばないのだから。

 

 ロビンの顔にラムセスの手が添えられて、強引に振り向かされる。交じり合う視線。見つめ合う目と目。

 傷一つ無い琥珀の瞳。まるで猫のように気まぐれで、感情の読めないラムセスの目であるも、力強い意志が見えていた。

 

「一蓮托生だ。君は俺から逃げられない」

「……悪い男に捕まった気分だわ」

「だからちゃんと説明してあげたんだし、優しいでしょ。惚れちゃ駄目だよ」

「脅されて惚れる女がいると思うのかしら?」

 

 見た目と言動からは決して測り切れない傑物。自身よりも遥かに悪魔を体現する存在。

 

 だからこそ──悪魔に魂を売ってでもやり遂げる決意のあるロビンにとって、ラムセスは頼もしい存在であると言えた。

 

「凡そ予想はつくけど、鰐やんはなんて?」

「……自身の作り上げた秘密結社、B.Wに勧誘しろと」

「秘密結社とかウケるんですけど」

「それぞれをコードネームで呼ぶのよ」

「あはははは! 思春期の妄想みたい! ふふ、秘密結社とか、空想上のエージェントかって!」

「エージェントよ」

「ひーひひっ! 死ぬ! 鰐やん渾身の攻撃だ!」

 

 思春期の年齢故に過敏に反応しているのだろう。カウンターのテーブルをバンバンと叩きながら、ラムセスは腹を抱えて笑っている。

 本人が見てたら一瞬でブチギレそうだなと思いつつも、ロビンは微笑ましそうに見つめていた。

 

「なんて言うか……貴方といると緊張感が無さ過ぎて仕事を忘れそうだわ」

「ふー……笑った笑った。でも緊張感なんてあったところで利点なんて無いでしょ。やるべき事をやるだけだからね」

「違いないわ。……それでどうするのかしら? 利益になる情報をくれるなら幹部の地位もあげられるのだけど」

「入る、入るよ。内通者が確認出来る情報を沢山あげちゃう。その方が鰐やんの信頼を得られるでしょ」

「……抜け目が無いわね」

 

 笑い過ぎて零れ落ちた涙を拭いながらも、ラムセスは要点だけはしっかりと押さえて言葉を紡ぐ。

 

「クロコダイルを欺く為に恩人を刺して国を裏切るなんて、一体どんな神経をしてたら出来るのかしら?」

「……んー、なんか誤解してる気がするから言うけど」

 

 そんな少年らしさを見せながらも、これまでの経緯が経緯。家族に対して思い入れのあるロビン故に少しばかり毒舌を吐くものの、ラムセスは悩むようにして顬に指を添えた。

 そして一言、静かに呟く。

 

「俺はイガラムさんを刺してないよ」

「……え?」

「……あ、言い方が良くなかったかな。イガラムさんを刺したのは俺じゃないよ。あの人が倒れた時には既に宮殿の外にいたからね。流石にそこまで人の心を失ってない」

 

 ロビンの思考が停止する。

 言わば転機と呼ぶべき大事件。その主犯格がラムセス出ないとしたら、組み立てていた仮説が全て崩れるような──そんな衝撃。

 それでも尚、ラムセスの軽薄な態度が変わる事は無い。

 

「じゃあ誰がやったって言うの?」

「さぁ? 侍みたく切腹致すって──」

「する訳ないでしょう」

「……ま、情報は宝だからね。秘密と言う事で。色々考えてみるのも楽しいかもよ?」

 

 ラムセスは人差し指を口元に当ててウインクをする。中性的な顔立ちであるからか、妙に似合っていたのが何とも言えないものの、ロビンは静かに口を開いた。

 

「今度じっくり脚を見せてあげるわ」

「分かりました。全てを教えましょう」

 

 そんな馬鹿な会話を繰り広げている内に酔っ払った店主が料理を運んで来る。そこで会話は打ち切りとなり、残る時間は他愛も無い話を繰り返す事となった。

 

 そして翌日、ラムセスはB.Wへ入社する事となる。

 

 

 

 

「B.Wに入社したラムセス。一体何を思い、何を為すのか」

「打ち切りになりそうな導入ね」

「よくご存知で」

「本は沢山読むのよ」

 

 

 

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