砂漠の従者   作:ひみつ

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感謝と愛情

 

 アラバスタ西部にある無人のオアシスに、一つの町が誕生する。その名はユバ。干ばつの被害に合った町の住人達の新たな故郷となる町として、コブラ国王が配慮した結果であった。

 その町を開く代表として選ばれたのがトト──つまりコーザの父である。

 各町を繋ぐ砂漠の交差点の役割として、国の発展を左右する大きな計画。その重要性はコーザのような少年でも理解出来る程であり、嬉々としてラムセスとビビに語っていた。

 

 そうとなればトトとコーザ、そして同郷の砂砂団はユバへと移住する事となる。

 最後の集会にはビビそしてコーザ達も涙ながらに別れを告げていたものの、そんな展開を察していたラムセスは通常運転であった。

 

 共に立派な大人になって頑張ろう──そんな約束をして宮殿が静かになって数ヶ月の時が経った頃である。

 

 ビビ、そしてラムセスが共に暇な日にもかかわらず、少年少女は珍しく別々で行動していた。ビビからラムセスに会いに行かなければ、何かしらの王女としての予定が入っているのが日常であった為、想定外の動きをしているのはビビの方である。

 

 そんな少女は、ラムセスに見つからないようにとコソコソとした動きで宮殿内を歩いていた。向かう目的地は護衛隊長であるイガラムの元。ラムセスの保護者である事を考えれば慎重に動きざるを得ないのだろうが、如何せん不審者そのものであった。

 

「……右は良し。カルー、左は?」

「クエッ!」

「良し、行くわよ!」

 

 周囲から丸見えの位置で左右確認をしていたビビ。カルーを引き連れて走り出す王女の姿を見ていた兵士達は、今日も平和な宮殿だなぁと和んでいたのは言うまでもないだろう。

 

「カルー、ちょっと」

「?」

「匂いでイガラムの場所が分かったりしないの?」

「…………」

「無理のようね」

 

 そんなこんなと幾度の部屋を巡って、漸くビビ達はイガラムの元へと辿り着く。

 忙しない様子に何事かとイガラムは慌てたものの、少女は汗を拭いながらニコリと笑みを浮かべた。

 

「イガラム発見!」

「おぉ、これはビビ様。今日はお一人で?」

「うん、ちょっと話があってね……」

 

 一人で出歩いている姿が余りにも珍しかったのだろう、少しばかり驚いた様子を見せるイガラムであるも、ビビの様子がいつもと違う事を察する。

 何事かと目線を合わせながら耳を寄せれば、近付いてきた少女が小声で話した。

 

「その……そろそろラムセスが来て一年が立つでしょ?」

「む、そうですね……。確か──明後日で一年になった筈です。良くご存知で」

「それはそうよ。私の従者なんだから」

「ははっ、ラムセスと仲良くして頂いてるようで何よりです」

 

 そんなビビとラムセスの関係を微笑ましそうにイガラムは笑った。

 

「して、ラムセスがどうかしましたか?」

「うん……えーと、その……」

 

 視線を彷徨わせながらビビは言い淀む。何か言いにくいものなのか──そう、イガラムが口を開こうとするよりも早く、ビビが言葉を発した。

 

「だからね、いつもラムセスにはお世話になってるから──せめてもの恩返しでプレゼントをしたいなって」

「お、おぉ……!」

「だから町にまで買い物に行きたいのだけれど……時間取れないかしら?」

「なるほど、分かりました。そうとなれば今すぐにでも町までお供致しましょう」

「うん、お願い!」

 

 他者を思うその気持ち。その心意気が如何に王族として大切なのかを理解しているイガラムは、感極まったとばかりに心が昂っている。

 年頃の少女として異性を慮るのは少しなりとも恥ずかしさはあるのだろう。それでも尚、そこまでしてあげたい──その気持ちをイガラムは茶化す事無かった。

 

 全ての予定を部下に投げ渡し、国王へと話を通したイガラム。いたく感銘を受けたコブラによってお小遣いが受け渡される。そのお金を握りしめて意気揚々と町へと向かうビビ。町に行ける楽しみを含めて、天真爛漫な笑顔を咲かせていた。

 

「さぁイガラム号! 出航よ!」

「……ビビ様、流石に私ではラムセスのような対応は出来かねます」

「む……仕方ないわね……」

 

 そんないつもの戯れも出来ないまま、城下町へと辿り着く。ビビとイガラムが町を歩けば、様々な住民達から声をかけられていた。それも偏にコブラが国王として如何に愛されているのかを示していると言えよう。

 視線、話題をかっさらって行く中、ビビはウキウキとしながらイガラムへと問う。

 

「プレゼントってどんな物がいいかな?」

「気持ちが篭っている物であれば何でも宜しいのですよ」

「じゃあイガラムが貰って嬉しいものは?」

「そうですね……出来れば形に残る物である方が嬉しいでしょうか」

「形かぁ……」

 

 まだ幼い少女であるビビにとって、いざプレゼントと言っても簡単に思い浮かぶものでは無い。だが本人が選ばねば意味が無いとイガラムも詳細な助言は控えていた。

 ビビは悩ましい声を漏らしながら思いに耽ける。そして何か良いアイディアは無いかとふと顔を上げて周りを見渡した時だった。

 

「──あ、これ砂砂団が持ってきてたお菓子だわ。買って帰ってもいい?」

「……特別ですよ」

「やった! 私ばっかり食べてたもんね! ねね、ラムセスも帰ったら──」

 

 ──常日頃の習慣とは恐ろしいものである。ありもしない物をあると思い込んでしまったり、居もしない人を居ると思い込んでしまう。

 ビビの行動は正にその事を体現したようなものであった。さも当然のようにラムセスがいる休暇。故に振り返り話し掛けたものの──そこにはカーリーヘアの中年しかいない現実を突き付けられた。

 

 プルプルを全身を震わせながら徐々に羞恥で染まっていく頬。何とか誤魔化さんとばかりにビビは慌てて正面を向くも、イガラムは全て理解してしまっている。

 まるで保護者のように優しい笑みを浮かべて彼は言葉を紡いだ。

 

「帰ったら一緒に食べて上げて下さい」

「……う、うん」

 

 そこにお転婆なビビから一転した、大人しい少女の姿があった。

 

 

 

 

「イガラム、こんなのはどうかしら?」

「それはビビ様のお小遣いで買える代物ではありませんよ」

「じゃあこれならどう?」

「……それは女性物ですよ」

「でもラムセスなら似合いそうでしょ?」

 

 何とも否定しづらい言葉を並べながら、幾つかの店舗を見て回り続けている。これと言う物が中々決まらない為か、ビビは困り果てた表情を見せていた。だがその苦悩こそが他者を思う心に繋がるのだ、とイガラムが静かに見守っている。

 

「じゃあこれ!」

「それは売り物じゃありませんよ」

「これとかどう!?」

「ペットは厳禁です」

 

 一時間、二時間と瞬く間に時間が経過した頃。ふらりと立ち寄ったアクセサリーショップにて、ふと見つけた物にビビは目を奪われた。

 

「……これだわ。イガラム、どうかしら? ──ううん、これしかない。これに決めたわ!」

 

 ビビが目を輝かせて手に取った物──それは月の形を模したイヤリングである。幼い子供が手を出すには早すぎる──大人であっても躊躇さえ覚える金額であったもビビは即決した。

 

「ビビ様が太陽とするならば、ラムセスは宛ら月と言った所でしょうか? 宜しいかと思いますよ」

「んーそう言うのは良く分からないけど。直感よ直感!」

 

 理屈や理論では無い。感覚に委ねただけの選択。それでも尚、そこまでの執着を見せるのは余程気に入ったのだろう。

 会計をイガラムに任せ、包装されたイヤリングを手渡されれば、大事そうに笑顔を浮かべて受け取る。

 

「喜んでくれるかな?」

「ええ、間違い無く喜びますよ」

 

 誰よりも嬉しそうにはしゃぐビビの姿を、イガラムは優しげな笑みで見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 その頃のラムセスはと言うと一人の時間を満喫している。独学だけでもスポンジの如く吸収していく秀才振り。教師など不要と宣言するラムセスの自主性をイガラム達は優先させていた。

 だが毎日の自由時間を勉学と運動に充てている訳では無い。特にビビが何か企んでいる事を既に察していたラムセスは、予定外の来客が無いのを確信して宮殿内を歩き出した。

 

「さて、と──」

 

 時間帯毎の配置された兵士、そして個々の特徴は全て脳内に叩き込まれている。堂々と昼寝をする者、一点を見つめる者、定時に手洗いへ行く者──ラムセスからすれば、この程度の警備など素通りにも等しい。

 そんな手間を踏んでまでもやりたい事──それは、この国が隠している未知を知りたいが為であった。

 

 知らなければ幸せでいられた──そんな物はこの世の中に腐るほど存在している。それでも尚、ラムセスが真実を知りたいと思うのは、まだ少年として精神的に幼かったからなのだろう。

 

 これまでの自由時間も様々な場所に出掛けたが、面白い物が見つかりはしなかった。連日そんな様子ならば今日も何かが見つかるなどと期待している様子は無い。

 そして今日の辿り着いた場所は王宮よりの西に位置する葬祭殿、所謂王家の墓にラムセスは到着していた。王族もしくは許可を得た人間しか入る事は許されない禁忌の土地。ビビですら数回しか訪れた事の無い場所である。

 

 バレたらラムセスとて厳罰とまでは行かなくとも激怒される可能性はある。だが国王でさえ滅多に訪れない場所、更には清掃員が来る間隔も把握しているラムセスには不安など無かった。

 

 何かがあると言う確信があった訳では無い。それでも尚、ラムセスを掻き立てていたのはただの直感。

 

「壮大な墓ではあるけど……普通だね」

 

 巨大な石造作りの墓。長い歴史と代々継ぐ王の墓とあれば相応の代物である。

 だが何処の無く感じる違和感。空気の流れ、反響する音、そして温度。五感とその瞳が確かに感じ取っていた。

 

「──アッ!」

 

 驚いた──訳では無い。音の反響を確認する為にラムセスが声を張り上げただけの事。高低音そして強弱。繰り返せば繰り返す程違和感は広がるばかりだった。

 

 更にタァンッ、と乾いた音が響き渡る。

 それはラムセスの足が地面を強く叩いた音であった。

 

「……下かな?」

 

 場所を移動し、再び足音を響かせる──そんな動作を幾度と繰り返せば、ほんの僅かに感じ取れる差異。その結果から地下には大きな空間が存在する事を確認出来た。

 

「……でも此処には出入口が無さそうかな」

 

 何処を歩いても温度差による空気の流れが感じられない以上、此処には何も無いと判断したラムセスは建物の外へと出る。

 感じられる違和感は無い。恐らくは巧妙に隠されているのだろうとラムセスは感心するも、所詮は人為的な代物。意図を持って隠すとなればそれが逆に手掛かりと成り得る。

 

 例えば石畳の上では歩けば音が反響し、尚且つ繋ぎ目が目立つ可能性がある。ならば芝生もしくは石像等の下に隠した方が見つかりにくい。

 巧妙であればある程、選択肢とは絞られていく。そしてそれは年季が経てば経つ程、その巧妙さにも綻びが生じ始めていた。

 

 虱潰しに探し始めて一時間もしない内に、その綻びと思われる箇所をラムセスは見つける。

 一部の芝生の箇所、生え際が真四角に並んでいる上に成長速度に差異を見受けられた。

 更に周囲を見渡せば石畳から直線上に生えている草に傷のような痛みが見受けられる。即ち、ここに訪れたコブラ王が無遠慮に歩いてきた証拠であった。

 

 ──だが肝心の入口が見つからない。場所は分かれど開ける為の取手やレバーと言ったものが一切見つからなかった。

 

 時間も限られており、長居は見つかる危険性もある。今日はこんな所かな──そう、半ば諦めていた時だった。ふと凭れ掛かった石像の足元。そこに不自然な膨らみを発見する。

 

「……ビンゴ」

 

 その膨らみを踏み込めば、ガコンと音と共に不自然に芝生が盛り上がった。その隙間に手を入れるようにして持ち上げれば──動かない。

 

「……ふっ!」

 

 少年には重た過ぎる代物であったが、鍛えた筋力をフル活用して何とか持ち上げる。すると身長ほどはあろう床が持ち上がり、隠し階段が現れた。

 

 ──高鳴る胸が抑えきれない。

 

 そんな高揚感を感じながらラムセスは地下へと降りて行く。流石にここまで辿り着くのが難関なだけあり、最奥にあった目的の場所には早々に行く事が出来た。

 

「……なんだこれ?」

 

 それはラムセスの身長を遥かに超える代物だった。

 

 真四角に創られた不可解な材質の物体に描かれた見た事も無い面妖な文字。

 

 たったそれだけしかない空間。お宝や武器などと言った特別なものは何も無い。

 

「……硬い」

 

 手にしていた石ころで傷を付けようにも、ガリガリと石が削られていくだけで傷一つ付く気配が無かった。

 

「…………」

 

 読もうとしても文字の法則性を全く見出す事が出来ない。ただただボーッと見つめているだけの時間が過ぎ去って行った。

 

「……行こう」

 

 突如として踵を返してラムセスは歩き出す。何一つ価値も意味も見いだせなかった歯痒さと共に、一つだけ理解出来たことがある。

 

 ──あの石碑を詮索するのは危険だ。

 

 それはただの直感だった。それでも尚、最後に頼るべきは自身の無意識が告げる警告。

 

 父と別れたあの日も。

 母が首を吊ったその前夜も。

 

 ここぞと言う時の直感が外れた事は無い。

 

 生きていく上で不要である以上、詮索する必要は無い──ラムセスがそう決意した石碑──歴史の本文(ポーネグリフ)が、後の鍵と事になるのは、今の彼では知り得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 それから二日経った日の事。まだ日が昇らない早朝の時間に、ラムセスは妙な身体の重さを感じて目が覚める。まるで金縛りにあったかのように上半身の身動きが取れなかった。

 もしかして葬祭殿に入ったからだろうか──そんな一抹の不安を覚えながらラムセスが目を開けると──

 

「あ、起きた。おはよ!」

 

 ──体を跨るようにして笑顔を浮かべていたビビがいた。

 

「……早くない?」

「おはよ!」

「……おはよ。早くない?」

「もう今日になって四時間も経ってるけど?」

「まるで普段から早起きしてるみたいに言わないで貰えます?」

 

 眠たい目を擦りながら、何とかビビを視界に捉えるラムセス。昨日も遅くまで熱中して本を読んでいた為か、睡眠時間が足りていないようであった。

 

「じゃあおやすみ」

「おやすみー!」

「…………」

「おはよー!」

「だから早すぎません?」

「なんで敬語なの?」

 

 どうしても眠らせるつもりは無いようであり、ビビは執拗にラムセスを起こそうとする。

 

「眠たくないの?」

「昨日八時に寝たからね!」

「早すぎでしょ……」

「ラムセスは何時なの?」

「三時」

「遅すぎでしょ……」

「真似すんなし」

 

 そんな他愛の無い言葉の掛け合いが楽しくて仕方の無いだろう、ビビの笑みが絶える事は無い。ウトウトと瞳を閉じかけているラムセスを起こさんとばかりに言葉を掛け続けていた。

 

「さて今日は何の日でしょう?」

「三日間会えなくて寂しくなってるビビの日」

「……間違ってないのが悔しい」

「俺の勝ちなので賞品は睡眠です」

「いいえ、私と遊べる権利を上げるわ」

 

 えへん、と偉そうに胸を張って宣言するビビであるも、そんな権利は有ってないようなものどころか、隙あらばビビが遊びに来ている状況。寧ろその権利を主張したいのはラムセスの方だろう。

 

「ありがと。じゃあ俺は寝るね」

「うん、おやす──って騙されないわよ!」

「惜しかったな……」

「寝たら死ぬから!」

「そうなったら犯人は一人しかいないよね……」

「犯人は──お前だー!」

「自殺かな?」

 

 隙あらば就寝タイムに入ろうとするラムセスを、絶対に阻止するべくビビは声を張り上げる。いつまでも続く他愛無いやり取りに眠気が勝ってきたのだろう、ラムセスは仕切り直しとばかりに一拍置いてから口を開いた。

 

「それで何の日なの?」

「……そ、それはまだ言えないわ」

「……じゃあなんで起こしたの?」

「……駄目?」

「駄目」

「ケチ!」

 

 上目遣いで可愛らしく言えば男なんてイチコロよ──そんなテラコッタさんの言葉を実践したビビであるも、ラムセスにはまるで通用しない。即決即断の言葉で否定された。

 だがラムセスとて冷徹非情な鬼では無い。仕方ないとばかりに溜息を吐いている。

 

「分かったよ、でも後一時間だけでも寝させて」

「……仕方ないわね。王女として特別に許して上げるわ」

「有り難き幸せぇ……」

「良い? 一時間だけよ!」

「…………」

 

 余程睡魔に襲われて限界だったのか、ラムセスは会話の半ばで夢の世界へと旅立っていく。

 

「……ふふっ」

 

 無邪気で無防備な寝顔。そんなラムセスの顔を見つめていたビビは嬉しそうに笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 

 そして朝日が昇る時間帯となり、ラムセスは自然と目を覚ます。時計を見ればあの後から三時間は経過しており、約束の一時間とは何だったのかと静かにボヤいた。

 そして自身の上から感じる重さ。視線を向ければ、そこにはビビが上に乗ったまま寝ている。

 

 しかも、大胆に涎を垂らして。

 

「涎、涎が垂れてるから」

「……んあ? ……おはよ。今日は……ふぁ……早いんだね」

「いや早いのは俺じゃないからね、あぁもうほら」

「んぐっ……」

 

 あれからラムセスの寝顔を見続けていたら、自然と眠くなってしまったビビ。移動するのも億劫だと判断した彼女はラムセスの上で寝たのだった。

 だが盛大に口から垂らした涎でラムセスの服は大きな染みを作っている。更には口周りも濡らした状態であった為、諦め気味に袖口でビビの顔を拭いていた。

 

「……おねしょでもしたの?」

「お姫様のお涎でございます」

「おほほほ……」

「変に笑って誤魔化すな」

「あいて」

 

 そんな染みを見てビビが一言言えば、ラムセスが即座に反論。羞恥からか素直に謝れなかったビビは笑って流そうとするも、ラムセスは軽く手刀を振り下ろした。

 

「取り敢えず起きるから、外で待っててもらえる?」

「……何で?」

「着替えるから」

「……ドキドキ」

「ドキドキじゃないから。早く出て行きなさい」

 

 二人がベッドから降りたのも束の間、ラムセスに背中を押されるようにしてビビが外へと押し出される。不満気な顔を隠そうともしないビビであるが、ラムセスの力に敵う筈も無かった。

 

 そんな喧騒に塗れた一日が始まろうとしている。

 

 

 

「本当に今日はどうしたの?」

 

 着替えた後は共に朝食を取り、歯を磨き、身嗜みを整えたラムセスとビビ。まるで仲の良い兄弟のように過ごす中で、伸びてきた髪を後ろで束ねながらラムセスはビビへと問い掛ける。

 

「んと、その……」

 

 歯切れの悪いビビは答える様子が無く、静かに目を逸らす。それは今に始まった事では無く、起床してから時間が経つにつれて徐々に現れ始めていた。

 

 ラムセスは色々と考察をしてみるものの、その原因には見当もつかない。約束や記念日など、ビビに関する事を脳内で問い掛け続けても、やはり回答は得られなかった。

 

 ──もしかして葬祭殿に行ったのがバレてた?

 

 その考えが過ぎるも即座に否定する。その場合にはイガラム、もしくはコブラに呼び出される可能性の方が高い。

 鎌を掛けるのも危険だと判断したラムセスは無知を装って話を続けた。

 

「何か困った事でもあるの?」

「う、ううん。そう言うのじゃなくて……と、とにかく! いつも通り本とか読んでて!」

「あ、はい」

 

 そこまで言われてしまったらラムセスとて待つしかない。後ろからついて来るビビを気にも留めず、彼は書物庫へと向かった。

 

 薄暗くて埃被った人気の無い書物庫は、今やラムセスの自室のようなもの。何処に何があるかまで把握しているのはこの宮殿においてもラムセスのみだろう。

 適当に見繕っていた本を五冊ほど手に取り、古びた椅子へと座り込む。それに見習うようにしてビビも隣の椅子へと着席した。

 

 穴があくほど見つめられているのを感じながらも、ラムセスは淡々と本を読み続ける。

 

「じー……」

「いや、声は出さなくても分かってるから」

「その方が見てるの伝わるかなと思って」

 

 そんなやり取りをしつつも、異様な速度で読み進めていくラムセス。正午になる頃には更に追加で本を手にしている事から、その速読術を大したものであった。

 

「お腹空いてきたし、そろそろ移動する?」

 

 最後のページを読み終えたラムセスがパタンと本を閉じれば、丁度正午を告げる鐘が鳴る。

 それと同時にビビの身体がまるで電気が流れたかのようにビクンと跳ねた。

 何事かと困惑の視線を向けたラムセス。その視線を受けて、漸くして決心した表情を浮かべてラムセスを見つめる。

 

「──あの! わ、私についてきて!」

「ん? ……良いけど、何処に行くの?」

「秘密!」

 

 そう言って足早に進もうとするビビ。慌てて本を片付けたラムセスは駆け足で追うようにして付いて行く。

 ソワソワしていた理由。それは中々言い出せずにいた為だと気が付いたものの、その内容まではまるで把握出来ていなかった。

 

 そして導かれるままに連れてこられた先は兵士達が利用する大食堂である。

 

「今日はここで何があるの?」

「良いから良いから」

 

 そう言ってビビはラムセスの問い掛けにも答えずに一生懸命力を込めて扉を開け放つ。

 

 その先には数多くの兵士と彩り豊かな料理。そしてペルやチャカ、そしてイガラムとコブラ国王の姿さえあった。

 

「おい、まだかよ? もうお腹空いたぞ」

「大きな我儘を言わないビビ様が、どうしてもと国王に頼んで開いた会食だぞ。主役のラムセスを待たないどうする」

「ほら、そう言ってる間に来たぞ」

 

 兵士達の気の抜けた会話がラムセスの耳へと入ってくる。

 

 ──ビビがこの場を?

 ──俺の為に?

 ──何故?

 

 理由が見当たらなかった。住まわせて貰っている居候の身で感謝こそすれど、感謝される事など有り得ないのだから。

 

 呆気に取られているラムセスへと、ビビが振り返って見つめてくる。してやったりと言わんばかりの悪戯な笑みを浮かべながら、彼女は声を張り上げた。

 

「カルー!」

 

 ビビがその名を呼ぶと、相棒である超カルガモのカルーが何かを咥えて主人の元へと走ってくる。それは紙袋で包まれた代物。中身までは把握出来ない。

 

 それを受け取ったビビは満面の笑みをラムセスへと向けながら──彼の胸元へと手渡した。

 

「はい、プレゼント!」

「あ、ありがと。……でもなんで……?」

「えへへ、ラムセスでも気が付かなかったんだ。良かった」

 

 照れた様子ではにかむビビと困惑を隠せないラムセス。まるで思考を読むかのように察する少年を出し抜けたのは、ビビにとって僥倖とも言えた。

 

「ラムセスがアラバスタに来て今日で一年でしょ?」

「……そう言われてみればそうかも」

「前にも言ったと思うけど……私ね、ラムセスが来てから本当に毎日が楽しいの。今までは周りに大人しかいないし、町で子供達が集まって遊んでるのを遠くから見てるだけで。……ずっと羨ましいなって思ってた」

 

 真面目に語り出すビビを茶化したりはせずに、ラムセスは静かに耳を傾ける。大食堂は静まり返ったように沈黙を貫いており、全員が見守る中でビビは言葉を続けた。

 

「そんな時に来てくれたラムセスは、私にとってたった一人の親友で、従者で、そして大切な人。だから記念日も兼ねて御礼がしたくて。……パパにも無理を言ってここまでして貰ったの」

 

 ビビの言葉に耳を傾けながらも、ラムセスはコブラへと視線を送る。そこには国王では無く父として、ビビの成長を涙して歓喜する男の姿があった。

 

「……ラムセスが何でここに来たのかは知ってる。……それでも私は、ラムセスと会えて良かった。貴方がここに来てくれて──本当に嬉しいの」

 

 恥じらいを一切隠そうとしない真っ赤な顔に無邪気な笑みを浮かべたビビの表情。ラムセスは自然と目が奪われた。

 

 父に見限られて母に捨てられた人生。産まれてきた事に意味なんて見出せず、ただ拾って貰えたイガラムさん達に恩を返していきたい──その一心が彼の全てであった。

 

 その為に全てを知り、全てを学び、その知恵を、力を、アラバスタへ貢献したいと。ただそれだけの事。不可侵の領域に踏み込むその知的好奇心でさえ、恩返しの延長線上に過ぎない。

 

 喩え実母にさえ嫌われたとしても、それがラムセスの知る恩に応える方法なのだから。

 

 ──その決意が揺らいでしまう。

 ──最早どうしようも無い程に。

 

 ラムセスから返す言葉は無い。沈黙に包まれた大食堂に兵士の言葉が響く。

 

「おーい、ラムセス。お前頭が良いんだってな。今度コイツの息子に勉強おしえてやってくれよ!」

「馬鹿、おまっ! 今はビビ王女の話し中だろうが!」

「でも凄いんだぜ? この前なんて俺がさっぱり理解出来なかった本をスラスラと説明してくれたし」

 

 顔見知りの兵士達からの愛のある言葉に思わず視線が向く。場の空気を和ませるような軽口だったが、時が時。不謹慎だと騒ぐ者もいれば、ラムセスを知る人物達は笑い声を堪えていた。

 

「……ラムセス? 泣いてるの?」

「……え?」

 

 ビビの小さな囁き声に呼応するように、じわりと視界が滲み出したのをラムセスは感じ取る。それが何なのか──などと言う程鈍くもない。何故流れてしまったのかさえ、この一瞬で否応にも理解出来てしまう。

 

「ほら! 皆がラムセスをからかうから!」

「ビ、ビビ王女の言葉に感動しただけですよ!」

「そ、そ、そんな訳ないじゃない! 泣き出したのは貴方達の後よ!」

 

 拭えど拭えどその涙が枯れる事は無い。ラムセスは半ば諦めたように笑い声を上げた。

 

「あはははっ!」

 

 ──本当にどうしようも無い。

 

 何故ならば絶対に嫌われたくない程にこの国を愛してしまったのだから。

 

 そして何より、この目の前にいる少女を。

 

「……なぁラムセス。君はこの国が好きかね?」

 

 まるでその心情を汲み取っているかのような質問を投げ掛けてきたのは国王たるビビの父、コブラ。

 

 ラムセスの返す言葉は決まっている。

 

「はい、愛しています」

 

 その際に浮かべた表情は、屈託の無い笑顔だった。

 

 






ちなみにラムセスの容姿はアークナイツのソーンズをイメージして貰えば良いです。

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