砂漠の従者 作:ひみつ
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歴史的大国の最強の戦士がロビンにしゅんころされちゃうなんて有り得ないよね!と言う観点からのお話。
ストック分はこれにて終了。
少年少女の成長とは著しいものである。身体と心のみならず、精神や知能にも大きな影響を与えていた。
ラムセスがアラバスタに訪れてから五年の月日が経過すれば、その姿も大きく変化していた。成長期と言わんばかりに身長は飛躍的に伸びており、ペルの胸元くらいまでの高さになっている。
顔付きも幼さが僅かに抜けて精悍な顔付きと称しても違和感は感じさせない程であった。
片耳には星を象ったイヤリングを装着し、少し伸ばされた襟足を束ね、琥珀の瞳を揺らすラムセスの先には王女であるビビの姿がある。
「どうかした?」
「……ううん、驚いちゃっただけ」
まだ十歳のビビの幼い姿には大きな変化は無いものの、確実にその体は女性らしいものへと変わりつつあった。
そしてあの日を境に、ラムセスの心情にも大きな変化が現れている。恵まれた知を、そしてその才をアラバスタの為──そしてビビの為に活かすべく、公務へと助言するようになった。幾らラムセスとは言え所詮は子供──その認識の甘さを改めざるを得ない程の知恵を振る舞う。
少年が青年へと変わる過程の最中。思春期真っ只中であってもその心が変わる訳では無い。寧ろ以前よりも優しくさえ感じるビビは、ただ静かにその姿を見つめていた。
護衛隊による戦闘訓練。その中心にラムセスは立っている。兵士の中では話題の──と言っても過言では無いだろう。ラムセスとペルによる無手による手合わせ。護衛隊員であれば誰もが気になるカードである。
あの日から護衛隊の訓練に参加するようになったラムセス。小さな子供が鍛え抜かれた大人に勝てる筈も無い──その認識は一年も経たずに覆される事となる。
身体の成長に伴って爆発的に伸びる戦闘力。武術を使わずしても最早一兵士では歯が立たない程であった。
そんなラムセスとペルが戦うとなれば──護衛隊であれば円陣を組んで見守らざるを得ない。
そしてその結果は既に決している。
傷一つ無いラムセスがペルを下した。僅か一瞬の出来事である。
「ペルさん、ありがとうございました」
「……流石だ。手合わせして漸く分かったよ。確かに君には武術は似合わない」
「やはりですか。学ぶ意志はあるんですけどね」
護衛隊の副官であるペルにまで武術が似合わないと言われてしまえば、ラムセスは落胆せざるを得なかった。男としてカッコイイ技のひとつやふたつ持っておきたいものなのだから。
そんな言葉を口にしつつも、ペルはラムセスの持つ武の才に、恐怖を覚えるほど賞賛していた。
異能を与える悪魔の実を口にしたペル。喩えその力を解放したとしても傷一つ負わす事が出来るかどうか──それ程までに隔絶たる力の差を感じ持ってしまう。
これがもし、国の為に武を鍛えたので無ければ心が折れてしまう程に。
動揺が波紋のように兵士達に伝わっていく。
アラバスタ王国最強の戦士と謂われるペルが、いとも容易く敗れたと言う事実は余りに衝撃的であった。
「よし、次は私の番ね!」
「はいはい、じゃあジャンケンでね。最初はグ……」
「パー! 私の勝ちー!」
「敵わぬ……!」
尤も、天真爛漫な少女の前にその事実は霞つつあるが。
「……まだラムセスには余裕があるようだからな。私も手合わせ願いたい」
だがその事実を矜恃が許さない者もいる。アラバスタ王国の護衛隊として、世界の有数の大国が少年如きに敗れて良い訳が無いと、チャカは一歩踏み出した。
手には模造刀を、そしてその姿は黒き獣へと変身していく。
それはチャカが食した悪魔の実の一種であるイヌイヌの実、モデル『ジャッカル』の姿であった。
「……宜しいのですか?」
だがそのような情報はラムセスにとって大した意味は無い。
「……何がとは言わんぞ」
「そう、ですか……」
ラムセスがただ心配しているのは、一少年相手に能力を解放してまで挑むと言うこの現状。悪魔の実とは一般的な認識で言うならば、文字通りに悪魔の如き力を宿した化け物となるのだ。
負ければ言い訳など出来ず、勝てばやり過ぎだと非難される。そんな状況をラムセスは憂いていた。だが本人が良しとするのであれば、ラムセスに止める義務など無い。ならばと迎え撃つのみ。
「ゆくぞ」
「いつでもどうぞ」
獣の力の限りを尽くして超高速にてラムセスへとチャカは接近する。一足にて宮殿を飛び越える脚力。兵士には視界に捉える事が出来ない速度。砂煙を立ち昇らせながらチャカは模造刀を構えた。
だがラムセスの目は決して見逃さない。視界に映るチャカの筋肉、姿勢、呼吸。そして砂、音、空気──天地万物が情報となり、全てを捉えている。
その域にまで到達してしまえば、未来視にも似た予知が可能となった。
母に忌み嫌われたこの瞳。その力を遺憾無く発揮するのは観戦している少女の為であろう。
半歩身体を動かして予測された場所に拳を置く──ラムセスの取った行動はそれだけ。それでも尚、チャカの突撃速度を考えれば脅威の一撃と成り得る。
「グ、ガッ!」
拳に伝わる衝撃がチャカの顔面を捉えた事を知らせた。散る鮮血がカウンターとしての威力を物語っている。
神の目と称される程の洞察力から、自前の知能でその場の最適解を淡々と導き出す──ただそれだけ。
故に似合わない。ラムセスにとって武術とは、使う場面の見当たらない舞踊や武芸に過ぎないのだから。
まるで行動も、そして感情さえ読まれていると思わせる程の達観した瞳。無機質で揺らぐ事の無い眼差しがチャカを見つめ続ける。
ラムセスの強さの底など決して見えない。ただ拳を置く──その動作だけで有無を言わさない才能を見せつけられた。その立ち振る舞い一つで深淵を覗き込むかのような──そんな不安さえ覚えてしまう。
トントントン、と高速でラムセスの足が動いたその時であった。
「──そごま──ンン、マーマー。……そこまでだ」
突如として静止の声と共に現れたド派手な巻き髪。席を外していた筈の護衛隊長であるイガラムの姿がそこにはあった。
「チャカよ、悪魔の実の力まで使って子供と戦うとはどういうつもりだ?」
「……ですがイガラムさん。ラムセスは──」
「少し頭を冷やせ。良いな?」
返す言葉に耳を傾けず、淡々と言葉を紡ぐイガラム。気落ちした様子で去っていくチャカの姿を見て、ラムセスは少しばかり申し訳ない気持ちになった。
「他の者も引き続き訓練に戻るように。ペルも指導を頼んだぞ」
「はっ」
「そしてラムセスとビビ様。……少しばかりこちらへ」
「ねえイガラム。今から町に連れてってくれるの?」
「違うよビビ。今から皆に内緒でケーキを食べるんだよ」
「え、さっき食べたのに」
「だから姿が見えなかったのか……」
「えへへ、探しちゃった?」
イガラムについて行くようにラムセスとビビが歩いていれば、それだけでも不思議と話が広がっている。その光景は実に微笑ましいものであったが──イガラムとしては割り込んででも話しておくべき事があった。
「ラムセスよ、何をそんなに焦っておるのだ?」
少しばかり離れた人気の無い場所へと移動した三人。子供であれば叱られると思う場面であれど、イガラムは憤怒の様子を見せている訳では無い。
ラムセス程の聡い子であればあの行為に間違い無く理由があると信じているが為の行動であった。
「イガラムさんには分かりますか」
「当たり前だ。義理だとしてもお前の親だぞ」
「…………」
「言ってあげたら? 貴方の意見を聞いて私は正しいと思ったもの」
言葉に詰まって思案していたラムセスであるも、ビビの後押しもあってか口を開いた。
「この国は少しばかり平和ボケが過ぎると思いまして」
「ほう。平和である事に何の問題があると?」
「あはは、イガラムったら私と同じ事言ってるわ」
ケラケラと笑うビビにイガラムが反論を出来る筈も無く、ラムセスは淡々と言葉を続ける。
「平和である事と平和ボケになる事は必ずしも等しい訳ではありません。……ゴールド・ロジャーが処刑されて大海賊時代に突入した昨今、国が海賊に襲われる被害が多発しています。中には滅んだ国さえも。……これだけ海軍が人員を増やしているにも関わらず、ですよ?」
「なればこそ自衛する手段が必要だと言うのだろう? だからこうして──」
「その意識が低すぎると言ってるんです。……すみません、言葉が過ぎました」
「……いや、いい。続けてくれ」
「そうよ、イガラムが怒ったら私が怒り返してあげるんだから」
自分の人生の半分を生きていない子供に強い口調で否定されれば、どれだけ真っ当な意見であっても耳を傾けたく無くなるもの。
だが流石はイガラムと言った所か。良識人として、そして国民の上に立つ人として、常に正しき判断を下す立場。頭ごなしに否定する事は無い。
尤も、この状況下で否定しようものなら王女からお叱り言葉が飛んでくるであろう。
「……まだ実父の元に居た時、一度だけ名のある海賊に会った記憶があります。彼等は略奪を是としない珍しく良識のある海賊でしたが……強さと言う点では懸賞を掛けられていない戦闘員ですらペルさんとチャカさんクラスでした」
「……そ、そこまで、かね……」
「飽くまで最高峰の海賊ですけどね」
まだ自我らしい自我が芽生える前の──そんな小さな頃の記憶。だがそれでも鮮明に覚えていると言う事は、それ程までに衝撃的だったのだろう。
驚愕の表情を浮かべるイガラムに対し、ラムセスは落ち着いた様子のまま言葉を吐く。
「アラバスタは
「だがこの国には英雄がいる」
「サー・クロコダイル」
「そう、クロコダイル殿だ」
サー・クロコダイル。
世界政府非加盟国及び海賊への略奪を、政府直々に許可されている大海賊──七武海の一人。政府の狗とさえ揶揄される存在であるものの、七武海に所属している事が世界有数の大海賊である証とも言える。
何故ならばその脅威性こそが選出される基準であり、数多の海賊への抑止力となる強さを世界政府から求められているのだから。
そんな七武海の一人であるクロコダイル。十年もの歳月の中、アラバスタ海域で活動する海賊を狩り続けていた。
そして何時からか、国民の間で呼ばれている名がアラバスタの英雄。海賊の獲物である市民──つまり弱者の味方であるが故の名だろう。
海軍すらもアラバスタ王国から撤退する程の活躍振り。アラバスタとしても感謝の意を伝える程である。
だがラムセスは違和感を覚えざるを得ない。
「悪行を積み重ねて数多の海賊を倒し、二十代と言う若さで七武海に加入するスーパールーキー。その後、白ひげ海賊団に敗北してから姿を見せなくなったものの、アラバスタにて英雄となる」
「……流石と言うべきか。詳しいな」
「過去の新聞や書物を調べたら腐るほど出てきますよ。話題のルーキーだったんじゃないですか?」
それほどまでにクロコダイルは名の馳せた人物なのだとラムセスは語る。
「俺からしたら、クロコダイルの行動には違和感しか無いんですよ。
イガラムも聞き入る中でラムセスは言葉を続けた。
「白ひげ海賊団に敗北して夢を諦めた結果なのか、と考えてみたのですが──どう考えても合点がいかない。過去の所業。そしてクロコダイルが七武海の海賊である以上、その違和感が拭えないのです」
「……アラバスタの英雄だとしてもか?」
「逆に問います。歴史的大国が諸手を挙げて、世界が恐れる大海賊を英雄と呼ぶ事に違和感を感じないのですか? 例えそれが政府に与する七武海だとしても」
「……それ、は……」
海賊に統治される事で他の海賊から襲われる事が無くなる国はあれど、アラバスタは違う。永い年月を以て王族が創り上げた大国なのだ。
歴史的大国が海賊を英雄視する──その事実は客観的に見れば余りに歪であった。
「夢を諦めても尚、アラバスタには掴みたい何かがある──それが国か物か人なのかまでは知りませんが。その為に国と民と海軍の信頼を得て、今の地位にいる。その方が納得が行きます」
「……だが証拠も無い憶測だろう?」
「はい。根拠も証拠もありません。長年の活躍に裏付けされたクロコダイルより、俺の言葉は遥かに説得力は無いでしょう」
「ならば──」
「──だから護衛隊を強くする。そうでしょ?」
何処まで行っても憶測に過ぎない仮説。所詮は戯言に過ぎない言葉にイガラムが強く否定しようとしたその時、ビビが言葉を遮る。
王女の言葉に口を挟む事などイガラムには出来る筈も無く、静かに口を閉じた。
「私はラムセスの言う事を信じてるけど、アラバスタの英雄については
「……それもそうだね」
「でしょ? 流石ビビ王女ね!」
「さすがさすが。ひゅーひゅー」
「適当過ぎない?」
何が何やら──そう困惑を隠せずにいるイガラムに対し、コホンと小さく咳をしたビビが説明する。
「ねえイガラム。クロコダイルの話は別にしても、私達が国の危機に直面した時、最後に頼らなきゃならないのは護衛隊でしょ?」
「その通りです」
「その護衛隊が海賊への対処を十年以上も怠ってるなんて、正直頼りないとしか言えないわ。平和ボケしてると言われても仕方ないでしょ?」
「……仰る通りです」
「護衛軍をより強く、誇れる戦士にしたい──そんなラムセスの願いは、否定されるべきなの?」
「……なるほど、理解しました」
必要な事項のみを淡々と説明するビビの言葉を静かに聞いたイガラムは、合点がいったとばかりに目を瞑って頷いていた。
そしてラムセスのとった行動。その意味を十全に理解する。
「護衛軍の意識の低さ。少年の言葉では軽過ぎて伝わらないと理解しているからこその行動だった訳か」
「……その通りです。少年に王国最強の戦士が二人倒されるとなれば、護衛隊の在り方が変わるかと」
「……ならばその解決策もあると?」
その言葉を聞いたラムセスはニヤリと笑みを浮かべて言い放った。
「近々
世界政府加盟国の内、代表する五十ヶ国の国王が四年に一度だけ集まる
海軍の撤退してしまったアラバスタであっても、唯一対面する機会。ラムセスが見逃す筈も無かった。
「しかし、ビビ様も成長しましたな……」
「……そうかしら?」
「物事を客観的に捉えるようになったと言いますか……ラムセスに似てきたかと」
「友達だもんねー」
「ねー」
「……そこは昔から変わりませんな」
本来ならばラムセスの立場では立ち入る事など出来ない聖地マリージョア。喩えビビが従者と言い切ろうが、実際に雇われてる訳でも契約を交わした訳でも無いラムセスは、アラバスタに置いていかれる筈だった。
故にラムセスはイガラムから問われるのを待っていた。──その解決策について提示してみよ、と。
海軍との交渉。それは間違い無く最善の一手である以上、イガラムとて否定する事は出来ない。更にはビビの手前、否定しようものなら国益を損なうと判断されても致し方無い。
許可せざるを得ない状況だったと言えよう。
だからこそ、聖地マリージョアへラムセスを連れて行きたいビビ様はあそこまで協力的だったのか──そんな事を今更気付いても時すでに遅し。何処までが二人の企みなのかは分からないまま、既にマリージョア行きの船は出航していた。
「んー、風が気持ち良いね!」
「そうだね、天気も良いしなんなら泳いでみる?」
「船より早く泳げるなら良いけど……」
「試してみる価値はあるな」
「試さないわよ!」
波風に晒された髪が宙へと舞う中、大海原と言う解放感にビビは大きく両手を広げて満喫している。その隣に寄り添うのはラムセス。いつもながらの歓談を繰り広げながら水平線を眺めていた。
「……私達海軍は子守りが仕事ではないのだけど。ヒナ屈辱」
「こればかりは申し訳ない……」
「王女だけならまだしも、何故あのような子供が?」
「……それは後に説明する」
海軍本部大佐、通称『黒檻のヒナ』。サンディ島周編を担当する妙齢の女性である。只でさえ王族を守ると言う重責があるにも関わらず、無関係にも等しい子供までいるとなれば、不機嫌になるのも無理は無い。
許可した張本人であるイガラムもキリキリと胃が痛む程だった。
「見て、あそこにいるの海王類ってやつじゃない?」
「海に映ったビビの姿だよ」
「この船出で随分と大きくなったわね……」
「え、そんな大きかったら船から飛び出してるよ? 大丈夫?」
「ラムセスが言い出したんでしょ!?」
まるで漫才を繰り広げているかのようなビビとラムセスの様子に嘆息するヒナ。
「何故あんな子供が?」
「いや本当に申し訳無い」
イガラムにはそれ以上の返す言葉は見当たらないのだった。
「……アラバスタ護衛軍の訓練を?」
「左様。どうか頼めないだろうか?」
船上の会話もそこそこに場所を移動してテーブルを囲むのはヒナ、そしてイガラムとコブラ。その背後にはビビとラムセスが壁に凭れ掛かっている。
そして話を切り出したのはイガラム。頼み事は上の人間から申すものだと言い切り、ラムセスに任せる事は無かった。
「私も焦る必要は無いと言ってるんだがね……」
「国王の仰る通りです。七武海のクロコダイルがいる以上の安心安全は無いと思うのだけれど。ヒナ迷惑」
「……それは……」
気の進まないコブラとヒナ。王下七武海がいるとなればそれ以上の安全は無いと海軍の上層部が判断する以上、その案にヒナが乗る筈も無い。
当然イガラムとしてもその通りだと言葉を述べたいくらいであるも、約束した手前にそんな言葉を口に出来ない。とは言え、ラムセスの懸念するクロコダイルの暗躍を口にすれば、反感さえ買いかねない。
板挟みに言葉を詰まらせたイガラムがちらりとラムセスに視線を送る。その視線を受けたラムセスは待ってましたとばかりに静かに言葉を紡いだ。
「お話の途中申し訳ありません。俺はラムセスと言います。──ヒナ大佐。例えばの話ですが、海軍は大将と中将だけで成り立つと思いますか?」
「……突然なんの話?」
「主要国に大将を、そして各加盟国に中将を配置する。それだけで海賊を殲滅出来ますか? 港に来る船を拿捕し捕まえるだけの単純な事ですよ」
数え切れぬ程の海賊が存在するこの大海で、その言葉が如何に陳腐な物なのかをヒナは理解している。
大将ならば兎も角、中将が一人で相手をするのであれば、圧倒的な人員不足と言わざるを得ない。更に恨みを持った海賊達が徒党を組めば中将とて命を賭ける覚悟が必要となる。
出来る筈がない──そんな言葉を口にしようとするも、ヒナは言葉の真意について理解する。ならばアラバスタに於けるクロコダイルとはどうなるのか、と。
「理解して頂けたなら何よりです」
「……成程。ヒナ感心。この子が此処に居るのには相応の理由があったのね」
恨みを買うと言う一点で言えば、海軍以上にクロコダイルを恨む海賊はいるだろう。幾ら強いとは言え、個の強さには限界があり、守れるべき範囲も限られている。
だからこそ、国として備えなければならない。自衛としてのその手段を。
ヒナの表情を見つめるだけでその思考を読むように言葉を紡いだラムセス。そして思わず琥珀色に染まる無機質な目を見てしまったヒナは一瞬で理解する。──この話自体、この少年が持ち掛けたものなのだろうと。
「でも残念。君の言いたい事は理解出来るけれども、私にアラバスタへ出向するほどの権限は無いの」
「では上司に許可を取って頂けたらと思うのですが」
「……なんで私がそこまでしないといけないの?」
「ラムセス、余り無理を言うものでは無い」
食い下がるラムセスの言葉に少しばかりヒナは不機嫌な顔を見せる。流石に海軍との間に亀裂が入るのを避けたいのだろう、コブラが静止の声を掛けるもラムセスは止まらなかった。
「うーん、それは残念です。余り使いたくは無かったのですが」
そう言ってゴゾゴゾと動いたラムセスが取り出したのは一つの本。その表紙を見た瞬間、ヒナの目が驚愕に染まって見開いた。
その本の重要性を知るのはただ一人、ヒナしか居ない。
「アラバスタの書物の中に古い海軍の本がありまして。今日と言う日に向けて情報があればと読み直していたらなんとビックリ。有名な方の名前が書かれていました」
「……モンキー・D・ガープ」
「かの有名な英雄ガープですよね? 確か階級は中将だったと記憶しています。……話の分かる方なら、直ぐにでも取り合って貰えるんじゃないでしょうか?」
パラパラとページを捲った最後のページ、そこには確かに直筆のガープの名が書かれていたのをヒナは目視する。
その本は将官のみに与えられる極秘情報。ヒナですら目を通した事の無いその本を、一少年が手にしているとなれば只事では無い。
だがガープと面識のあるヒナは知っている。──その本をどっかの宴会の席で披露して忘れてきたと言ったのを。ガープは笑いながら語っていたものの、その事実を更に上の人間に知られれば処分は免れない。喩え本人が気にしないとしても。
海軍としてもそんな不祥事が表沙汰になるのは避けたいところ。そうとなればヒナとしては取る手段は一つしかない──そう、決意して言葉を発しようとした瞬間である。
「ありがとうございます」
「……ヒナ困惑。私はまだ何も言ってないわよ」
「気にしないで下さい。性分なので」
「アラバスタはとんでもない悪魔をお持ちのようで」
「私の従者を悪く言わないで貰える? お手って言えばちゃんとお手をするんだから」
「ビビ、お手」
「……言うのは私!」
騒がしくはしゃぐ姿はまだ少年と呼ぶに相応しい姿。だがヒナは理解している。あの瞳は間違い無く人を超越した何か別の存在──そう思わせる程の才気があるのだと。
「コブラ国王。アラバスタの未来はビビ王女に掛かってそうですね」
「……分かるか。あの天賦の才を」
「はい。是非とも海軍に欲しい所ですが──」
「ダメよ! ラムセスは私の!」
「──みたいですので」
「天才だからね。一家に一台ラムセスくんだよ」
「一台限りなんだからダメ!」
「……少し締まりが無いのが玉に瑕ですが」
そんなこんなで騒がしい海軍の船は聖地マリージョアへと向かって行くのだった。
次回、ヒナ活躍の巻