砂漠の従者   作:ひみつ

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書けたので投稿。
ヒロインはビビです。
もう一度言いますが、ヒロインはビビです。


あと誰ですか、素直に言って下さい。
ラムセス君の「敵わぬ……!」に、ここすき入れた人は。
適当に入れた小ネタだったので失念してて笑いました。

※追記
適わぬ→敵わぬだったようです。
誤字報告ありがとうございます。恐らくチャカガチ勢の方です。




海軍と組手

 

 聖地マリージョア。世界の海を分かつ赤い土の大陸(レッド・ライン)の上にある聖地。この世界に於ける神にも等しい絶対権力者、天竜人が住む地であった。

 世界会議(レヴェリー)はその奥地、パンゲア城にて行われている。七日間に渡る期間を有し、会議の終わる頃には波乱を呼ぶのが通例となっていた。

 

 王族同士が顔を合わせ各国の代表として挨拶する。ビビも例外では無く、王女としてその責務を全うしている。

 

 そしてラムセスはと言うと──

 

「ヒナ退屈」

「ヒナさん。鬼ごっこでもして遊ぼうよ」

「子供ね。……でも仕方ないわね、少しだけなら」

「うわ、良い大人が鬼ごっこするの?」

「怒るわよ」

 

 取り敢えずの暇潰しと言わんばかりにヒナに絡んでいた。

 

 流石に目的外の──しかも王族やその護衛のみが集まる場には顔を出す気は無かったようで、海軍と共に残る選択をする。

 元よりイガラムもその予定でいた為、どのように切り出すべきか悩んでいたくらいであり、ラムセスの判断には大いに賛成した。

 だがその事に大きく衝撃を受けたのはビビ。一緒についてくるものだと確信していた為か動揺を隠せていない。

 今にも零れ落ちそうな涙と悲しい顔に決意が揺らぎそうになるものの、それぞれにやるべき責務があると強く語って別れを告げた。

 

「お姫様について行かなくて良かったの?」

「向こうよりこっちの方が学ぶべき事が多そうだからね。人脈作りはビビに任せるよ」

「……ちっ」

「子守りで鬱陶しいからって舌打ちしないでよ、お母さん」

「失礼ね、まだそんな年齢じゃないわよ!」

「お腹空いたの? お昼ご飯はさっき食べたでしょ」

「誰がおばあちゃんよ!」

「おー」

 

 エリート海軍を体現するかのようなツッコミに対し、賞賛するようにぱちぱちとラムセスは拍手する。そんな態度が気に食わないのだろう。苛立ちを隠そうとせずにヒナは煙草を咥えて火を付けた。

 

「あのね、あんまり私で遊ぶなら──」

「受動喫煙って未成年の身体に悪いんですよ」

「あぁもう! それは私が悪いわ! 消すわよ!」

「あ、でも俺は気にしないのでご自由に吸って下さい」

「あー!! もう!!」

 

 ピンクの髪をガシガシと掻き乱しながら、ヒナは既に消火してしまった煙草を投げ捨てる。

 

「でもヒナさんも暇ですよね?」

「そうだけど!」

 

 ──そうなのである。聖地マリージョアに到着してしまえば准将から大将までもがパンゲア城へと集まる。そうとなれば大佐では呼ばれない者も多い。だがその一方で担当の国王が帰るまで聖地マリージョアを離れる事など叶わず、出来る事など精々雑務程度であった。

 

 つまり暇なのである。

 

「だからこうして話し相手になってあげてるんですよ、感謝して下さい」

「はいはいありがと」

「ラムセス感心」

「真似するな!」

「ラム反省セス」

「……怒るわよ?」

「でもそう言って怒らない辺り優しいよね」

「もー! ほんっと調子狂うわね!」

 

 今にも発狂し出しそうなヒナを見てゲラゲラと笑うラムセスであった。

 

「大体なんで私なのよ! 王女様について行けば中将どころか大将にも会えるわよ!」

「俺みたいな立場の無い初対面のガキを中将や大将が相手する訳無いよ。だったら面識の作れたヒナさんと過ごした方が良い。美人でスタイル良くてかっこいいし、将来有望な将校だもの」

「……そこまで言われたら仕方ないわね。ヒナ満足」

「チョロ」

「ア、アンタねぇ……!」

「そんなんじゃ悪い男に引っ掛かりますよ」

「今引っ掛けられてるわよ! ぐちゃぐちゃに!」

 

 そんなイライラしつつも煙草を吸い出さない辺り、なんだかんだ面倒見の良い人なのだろうとラムセスは理解する。

 だからこそラムセスは遠慮などしない。我を押し通せるのならば通す。そこに学ぶべきものがあるのならば。

 

「さて、ヒナさんで充分遊んだ事だし……」

「おい」

「面白い本とか無いの? 海軍にしかないような貴重な奴」

「あっても部外者に見せる訳ないじゃない」

「でもガープさんの本なら読みましたけど?」

「……どうせ子供に理解出来る内容じゃ無かったでしょう?」

「いえ、全部暗記しました」

「は?」

 

 理解の及ばない発言にヒナは間の抜けた顔を見せる。

 

「あんな分厚い本覚えられないわよ」

「そんな事ないですよ。例えば579ページの左下」

「へえ、何が書いてあるのか当てるの?」

「ガープさんの名前が書いてある」

「内容は!!」

「……じゃあ247ページの真ん中」

「確認するわ」

「ルフィってガープさんの文字で小さく書いてある」

「だから内容は!!」

 

 開き掛けていた本を、ヒナはパタンと大きな音を立てて閉じた。すっかり冷めてしまった珈琲を一気に飲み干し、何とか苛立ちも一緒に流し込む。

 

「俺が内容を覚えているとか覚えていないとかどうでも良いんですよ。例えばアラバスタには無いような──そう、悪魔の実とか海賊に関する資料とか。見せて貰える範囲で良いので」

「……それで貴方が静かになるなら手配するわよ」

「大丈夫です。喋りながらも読めますから、お話しましょう」

「本当に無駄なハイスペックだわ」

「惚れないで下さいよ」

「惚れてないわよ!」

 

 感情を発露しながらも諦めたようにヒナが立ち上がる──その時だった。

 他に誰もいない密室にノックの音が響き渡る。と、同時に緊張した様子の海兵の声が聞こえていた。

 

「ヒナ大佐、失礼します! ……ど、どうかされましたか?」

「……何が?」

「いつもクールな大佐が、か、顔を真っ赤にして息を荒くされてますので何事かと……」

「なんか俺に欲情しちゃったみたいで。海兵さん助けて下さい」

「──ッ! 良い加減に! しなさい!」

「いたいいたい」

 

 根も葉もない適当なラムセスの言葉に、遠慮の無いヒナからのヘッドロックが炸裂する。最早客人の扱いでは無く、ラムセスがタップしようとも離す気は無かった。

 

 なんて羨ましい光景──そんな事を海兵が思いつつも、ギロリと恐ろしい視線がヒナから投げ付けられる。

 

「それでなんの用?」

「は、は──先程の話、パンゲア城内にいるガープ中将から確認が取れました。どうやらその件は事実のようです」

「それでガープ君は何て?」

「ヒナ激痛」

「貴方は黙ってなさい!」

 

 ラムセスの頭蓋骨がミシミシと音を立てようともヒナのヘッドロックが緩む事は無かった。

 

「……羨ましい」

「何!?」

「あ、いえ! ──わしが話を通しておく。アラバスタには良くしてやってくれ、だそうです」

「こっちに投げっぱなしじゃないの……!」

「ヒナ困惑」

「本当に! その通りよ!」

「いててて」

 

 本気も本気でヒナはヘッドロックを極めている──それこそ子供の身体なら悲鳴を上げる程であるも、声だけは出してもその声色に変化は無く、辛そうな表情も見せないラムセス。

 そして今まで見た事の無い上司の姿に困惑を隠せない海兵であるも、ヒナは淡々と指示をした。

 

「ガープ君の件は私が何とかするわ。あと、此処に悪魔の実と海賊に関する資料を持って来て。一般公開してる分で良いから」

「あ、ついでにコーラも持って来て頂けると」

「……だそうよ」

「それとお菓子と毛布と娯楽もあれば──」

「──禁縛(ロック)

 

 するりとラムセスの身体がヒナをすり抜けたかと思えば──その腕と体を縛るように黒い輪状の鉄錠が装着されていた。

 ヒナの食した悪魔の実、オリオリの実の能力である。

 

「少し反省ね。……ほら、貴方も。早く行きなさい」

「は……は!」

 

 ヒナに急かされるように駆け足で海兵が部屋から出ていく。一体密室でどんなプレイが繰り広げられてしまうのか──内心そんなドキドキを抱きながらも、海兵はヒナの指示を従うべく行動した。

 

「さて……どうしましょうね?」

「い、いや……許して……何でもするから……」

「……顔が全然怖がってないわよ」

「まぁ冗談は兎も角、これがオリオリの実なんですね。頼んでもやってくれるか分からなかったから、ヒナさんで遊んだ甲斐がありました」

「裸にひん剥いて廊下に置いとくわよ」

 

 ラムセスが力を込めようとも流石に鉄製とあればビクともしない。悪魔の実の凄さを直に実感してキラキラとした目を向けていた。

 

 本当にそれだけが目的でおちょくっていたのかと思うほどに悪魔の実に興味を示している様子を見て──やはりこの子は特殊なのだとヒナは確信する。

 

「ヒナさん、覇気ってどうやって使うんです?」

「……本当に本を読んでるのね。どちらにせよ、私はまだ使えないから教えられないわ」

「ヒナ落胆」

「じゃあ脱がすわね」

 

 覇気とは簡潔に言えば意志の力。応用する事で人智を超えた悪魔の実の能力に対抗出来る手段となる。

 人体に眠る力と言えども本に書かれた文字だけでは理解出来ないのだろう。ラムセスはヒナへと問うも、大佐クラスでは本来持ち得ない稀有な力。残念ながら教わる事は叶わなかった。

 そんなヒナを煽るラムセス。最速最短で服へと手を掛けようとしたヒナの手をすり抜けて、ラムセスは鍛え上げられた体幹を駆使して立ち上がる。

 

「本を読んだだけじゃ覇気ってよく分からなかったからなぁ……試せる能力者も近くにいないし。原理が分かればやってみたかったんだけど」

「……ヒナ感心。そこまでアラバスタの為に?」

「海兵だって一緒でしょ? 守りたいものがあるなら強くならないと」

 

 ゴキリ、とラムセスの関節が不快音を鳴らして不可解な方向へと肩が回る。鉄の錠と体の間に僅かな隙を作る為に自ら関節を外す行為。ヒナは思わず固唾を呑んだ。

 するとどうだろうか。抜ける筈の無い片腕が抜ければ作り上げた隙間からもう片腕、そして胴体が順に解放されていく。

 

「俺の勝ちー」

「……見ててあげたのよ」

「お、負け惜しみー」

「そう、なら本気出してあげるわ」

 

 そう言いながら即座にラムセスを捕まえる辺り、やはり海軍大佐のエリートの実力は護衛隊とは比べ物にならない。

 その直後である。背後から回されたヒナの掌がするりとラムセスの身体を撫でた。

 

「え、痴漢ですか?」

「失礼ね、痴女よ」

「……まさか動じないなんて」

 

 ──成程、と。

 細身でありながら鍛え抜かれた鋼の如く肉体が靱やかさを保っている。素人の──しかも少年が作るには余りにも上質な、海軍でも類を見ない程の肉体だった。

 

「分かっちゃいました?」

「……本当に食えない少年ね。貴方が護衛隊に教えたら良いじゃないの」

「俺じゃ駄目なんですよ。若さは説得力に欠けるんです。集団でも仕事でも商談でも。海軍であってもそうでしょ?」

「……さぁね。天才の考える事は分からないわ」

「ヒナ困惑」

「その通りよ」

 

 若くしてエリート街道を歩いてきたヒナには理解していた。若さとは利点でありながら欠点とも成り得る。立場が上であろうと若輩と言うだけで嘲笑や嫉妬による罵倒は絶えないもの。

 その身に浴びて漸く理解出来たヒナと、この歳で理解しているラムセス。

 

 ──この少年は間違いなく珠玉の人材だ。

 

 そんな事を考えていると、再び扉をノックする音が聞こえる。返事をするよりも早く、扉を開け放たれると、そこには先程対応していた海兵が立っていた。

 

「ヒナ大佐! 言われた通りの品を──」

 

 海兵の言葉が止まる。

 

 それもそのはず。今海兵に見えている光景は、少年を襲うヒナの姿があるのだから。

 

「海兵さん、助けて! 服も脱がされそうになるし、今は身体中を触られてるの!」

 

 ──間違ってない。間違ってはないのだが。

 

「誤解よ! ヒナ誤解!」

「こ、ここに置いておきますので! では! ごゆっくり!」

「ち、ちょっと貴方! 聞いてる!?」

 

 慌ただしく扉を閉めたと同時に走り去った海兵が、遥か遠くにて大変だと騒いでいる声が響く。

 最早止められる筈もない。瞬く間にこの光景の噂は広がっていくだろう。

 

「ショタコンだったんですね」

「…………」

「ヒナ絶望」

「…………」

「おーい」

「本当に襲うわよ!!」

 

 そこには自暴自棄になって涙目になっていたヒナの姿がいた。

 

「よしよし」

「な、なんで私がこんな目に……」

 

 流石にやり過ぎたと思ったのか、慰めるラムセスの姿があったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 ラムセスの助けもあってか、なんとか部下の中では噂の誤解を解いたものの、予想外にも波紋のように海軍中へと広がっている。

 そんな噂を聞き付けてヒナの船へとやって来たのは、同期である白猟のスモーカーであった。

 

「この子供か。お前が襲ったってのは」

「ヒナ心外。その嘘をどこで聞いたのよ」

「そうです。ちょっと身体を弄られただけですよ」

「本当じゃねえか」

「ラムセスは黙ってて頂戴!」

 

 珍しく声を荒らげているヒナの様子に少しばかりスモーカーは驚いていた。口に銜えた葉巻から白い煙を立ち上らせながら、再び口を開く。

 

「お前がそこまで熱を入れるって事は変わったガキなんだろうな?」

「……そうね、特殊も特殊。海軍に欲しいくらいだわ」

「天才だからね。一家に一台ラムセスくん」

「……このクソガキが、ねえ……」

 

 そう言って半ば呆れていたスモーカーが視線をラムセスへと送る。──ただの子供だと思ったのは、その瞬間までだった。

 

 無機質な琥珀の瞳と視線が交錯した瞬間、まるで吸い込まれるような感覚に陥る。スモーカーと言う人物を隅から隅まで観察するような──そんな不快感。

 

「気味の悪い目をしてやがる」

「でしょう? でも最初だけよ。見極めたらそれでお終いみたいだから」

「それでも十分気持ちわりィよ」

「ねえヒナさん。この口の悪いおじさんは誰?」

「お、おじ──!?」

「ぷっ」

 

 初対面で散々な言われようなのは流石に癪だったのだろう。無機質な瞳はそのままに、ラムセスはスモーカーをおじさん呼ばわりする。

 まだ二十代にも関わらずおじさんと言われるのは流石に傷付いたのか、ショックで表情を固めているスモーカー。そんな様子が余程面白いのかヒナは笑い声を漏らした。

 

「このおじさんは私の同期のスモーカー君よ。スモおじって呼んであげて」

「え! スモおじさんとヒナさんが同期なの!? ヒナさんは若いのにね、おじさん!」

「…………」

「スモおじさん、耳が遠くなっちゃったね。もう天国に行っちゃったのかな」

「敢えて無視してんだよ!」

 

 ダン、と苛立ちのままにテーブルを叩くスモーカーの姿を、ラムセスとヒナは声を上げて笑っていた。

 

「こんな奴相手にしてたらそりゃそんな噂も流れる訳だ」

「分かってくれて何よりよ。ヒナも困ってるの。ヒナ困惑」

「でもヒナさんチョロいから褒めるとすぐ許してくれるし」

「周りにいる男がデリカシー無さすぎるせいなのよ」

「おいなんで俺を見る?」

 

 ジト目で見つめてくるヒナの視線を受けても、スモーカーは何一つ動揺もたじろく様子も無い。諦めたように溜息を吐いたヒナの様子を見て、ラムセスが一言。

 

「ヒナさんは若くて美人なんだし、おじさんに求めるものじゃないよ」

「それもそうね。ヒナ納得」

「おい嘗めてんのか。つうか二歳しか違わねえよ!」

「二世?」

「二歳だっつってんだろ!」

「おじさんの耳が移ったかな」

「こ、こいつは……!」

 

 ヒナが苦しそうに腹を抱えて笑っているのを横目に、スモーカーと言う人物を十分見極めたとラムセスは静かに立ち上がった。

 

「さてスモーカーさんで遊んだ事だし」

「おい」

「……言っておくけど、昨日の私と同じ流れよ」

「折角大佐が二人もいるんですから、稽古付けてくれませんか?」

 

 昨日からの親睦を深めたヒナならまだしも、今日会ったばかりのスモーカーが付き合う筈も無い──だがここまで煽られてしまった以上、仕返しをしてやりたいのは男の運命なのだろう。

 

 そんな事を予測しての行動だったのかどうか──それはラムセスの中でしか分からない。

 

 

 

 

 

 

「おいガキ。戦いの心得は?」

「ガキじゃなくてラムセスでお願いします。さんを付けて頂いても良いですよ」

「……終わってからもそんな余裕があると思うなよ? で、ラムセス。戦いの経験は?」

「ありますよ。ちなみにスモーカーさんは悪魔の実の能力者ですか?」

「あぁ。モクモクの実を食った煙人間だ」

 

 そう言ってスモーカーは自身の体の一部を煙へと変身させて自らの能力を披露した。

 自然(ロギア)系能力者。自然物質や自然現象によって身体が構成されるようになる悪魔の実である。

 当然、身体そのものが変化するとなれば実体を捉えるのは簡単な事では無い。覇気、もしくは物質や現象に対した明確な弱点を突かなければ掠り傷を負わす事さえ不可能である。

 

 ヒナから受け取った資料を熟読したラムセスがそんな事を知らない筈が無い。

 だがそれでも彼は選ぶべき道を選択する。

 

「安心しろ。悪魔の実の能力は使わ──」

「そのままで結構です。訓練ですから」

「……覇気が使える訳でもねえんだろ?」

「アラバスタの最悪の事態を考えたら、貴方の能力は都合が良い(・・・・・)ので」

「あ? それはどう言う──」

 

 その言葉の続きがスモーカーの口から紡がれる無かった。

 何故なら咥えていた葉巻とその頭部が、瞬時に近付いたラムセスの回し蹴りで消し飛んでいたからである。

 

「安心して下さい。生身なら俺の方が強いですから。楽しめると思いますよ」

「……死んだぞお前」

「ヒナさん聞きました? 海軍が王族の付き人を殺すって言ってますよ。今すぐ大将呼んできましょうよ。世界会議(レヴェリー)に取り上げて貰うのも良いと思うんですが」

「……二人とも私の事なんて放置して始めるかと思ったわよ」

 

 不意打ちの攻撃に怒り心頭とばかりのスモーカーを放置し、ラムセスは立会人のヒナへと話し掛け始める。

 そんな姿も癪に障るのだろう。大人として舐め腐った子供など許せる筈も無い。青筋を立てているスモーカーだったが、それこそがラムセスの狙いであった。

 

 ──本気になって貰わないと、対クロコダイルの練習にならないからね。

 

 申し訳無いと思いつつも口にする事は無い。それがアラバスタ──ひいてはビビの為に。

 

 

 

 

 

 

 そして三十分の時が経過するも、ヒナは微動だにせず戦いを見つめていた。

 その視線の先にいる両者はまだ健在している。

 

「ハァ……ハァ……」

「敗北者?」

「なんの、話だよ……! ホワイトブロー……!」

「それはもう当たらないってば」

 

 ヒナにとってその光景は俄に信じられなかった。

 

 腕を煙に変えたスモーカーが飛ばした拳。殴る為に実体化している手先だけに触れてラムセスは軌道を逸らす。捕まる可能性を考慮して決して煙には触れない。高速で何度も地面を蹴り上げたラムセスはスモーカーへと接近した。

 

 その際の姿が一切視界に捉える事が出来ない。対面しているスモーカーならまだしも、横から眺めているヒナですら、目的地へと静止した瞬間に移動した事を認識出来る程度。

 

 一度目の使用時に聞いた説明曰く、極限に鍛えられた身体能力を用いて習得出来る六式──その一つの移動術である剃。そして注意と意識を他に向かせるミスディレクションの応用──との事だったが注視し続けるヒナを欺くのは理屈に合わない。そもそも人の意識を読み解くには超越した洞察力、若しくは見聞色の覇気の達人くらいだろう。

 

 少年が剃を使う事すら異様な光景。だがその応用さえいとも簡単にやってのけるのだ。大佐が二人いるこの状況で。

 

 それを可能にしているのは強靭な肉体以上に──あの異様な琥珀の瞳だった。

 

 爆速で駆け抜けたと同時に吹き荒れる突風がスモーカーの煙を吹き飛ばすと、遠慮の無い回し蹴りがラムセスから放たれた。

 

 が、煙になるスモーカーには当たらない。しかし煙も吹き飛ばす脚力故にスモーカーでは捕まえられない。

 

「覇気ってどうやるの!?」

「私も知りたいわよ」

 

 汗を流しながらも疲れを見せないラムセスと、煙を維持する体力が尽きてきたスモーカー。千日手となる戦いに終止符が打たれる事となる。

 

「だーもう! キリがねェ! 俺の負けで良い!」

「……おじさん体力落ちてるんじゃないの? 良い歳なんだから煙草止めて鍛えないと」

「俺はまだ二十代っつってんだろ!」

「あー出た出た。二十代最後の日まで若い気でいる人。こう言う人って三十路を超えても気持ちが若者に負けないとか言い出すんですよ。身体は錆び始めてるのにね」

「何か凄いリアルな話が出てきたわね。大人に恨みでもあるの?」

「って海兵がヒナさんの事を愚痴ってました」

「ぶっ殺そうかしら」

 

 直ぐに殺意を口にする大佐二人を見て、海軍とはなんて恐ろしい軍隊だろうと心の底からラムセスは思う。

 

「まぁ俺が勝手に言ってるだけなんだけど」

「おい口に出てんぞ」

「……ラムセス!」

「あいててて! 冗談じゃないですか! ヒナさんはクールビューティですよクールビューティ!」

 

 能力を酷使し過ぎた為に疲れ果てて倒れ込むスモーカー。未だ余力を残しているラムセスは軽口を叩いてヒナに折檻されている。そんな姿を見て見てポツリと呟いた。

 

「化け物め」

「ヒナさん今度は罵倒ですよ。もう限界です。バスターコールしちゃいます?」

「まずは貴方の折檻が先よ。ヒナ激怒」

「ヒナ絶望──や、それは本気で痛いです」

「汗でベタベタなのが不快じゃねェのかよ。短期間で仲良くなり過ぎだろ」

 

 ラムセスはヒナに関節技を極められて、為す術なく全身が悲鳴を上げている。尤も口先だけで大して痛くなさそうに見えるのはヒナが手加減している為なのか、ラムセスの身体能力故なのか。それはスモーカーには把握出来ない。

 

「痛くても関節なんて外せば良いんですけどね」

「化け物め」

「化け物ね」

「辛辣だなぁ」

 

 ガコン、と関節が外れると共にヒナの手元からするりとラムセスが抜けていく。抜け技だとしても流石に見慣れない光景。技を掛けたヒナとしても感心より嫌悪感が勝っていた。

 

「スモーカーさんが殺す気で来てくれないから覇気に目覚めないじゃないですか」

「……言っとくが、本気で捕まえるつもりではいたぞ?」

「天才過ぎるのも悩みどころですね、ヒナ天才」

「……もう好きに使って頂戴」

「え、良いんですか!? ヒナ歓喜! ヒナ感謝! ヒナ万歳──」

禁縛(ロック)

 

 そこから先は語るのも野暮な光景だった言う。

 

 世界会議(レヴェリー)終了まで残り五日。

 残念ながら訓練の目的は達成出来なかったものの、それでもラムセスは万進し続ける。

 

 






書き溜めが一切無くなったので次の投稿は日が空くと思います。

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