砂漠の従者   作:ひみつ

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お話の進む回です。少し真面目。
クロコダイルはアラバスタ編とは違い、設定並に強化とする。
ビビ少なめ。ヒナ少なめ。
ギャグ少なめ。

少なめか???



偵察と考察

 

 

 世界会議(レヴェリー)での経験は、ビビの中で大きな変化を齎していた。王女としての立場の意識、そして責務。他国の王女との交流も含めて、彼女なりに考えることがあったのだろう。

 おてんば王女の名を返上するように日に日に落ち着きを見せるようになり──そして二年の月日が経過した。

 

 その日は月に一度、海軍将校がアラバスタ王国へと訪れる日。護衛隊の訓練を指南する為に海軍が上陸する。

 アラバスタの護衛隊も最初は嫌そうな顔を浮かべていたものの、妙齢の美人将校が来たと分かった瞬間に大喝采が起こる。その功績がラムセスの物だと知った護衛隊が彼を崇めたのは言う迄までも無いだろう。

 

 そして訓練場。活気に満ちた多くの兵士が声を上げる中にビビはいた。

 

「ヒナさん! もう一度お願いします!」

「……少し休憩しない? 無理にやっても意味無いわよ」

「大丈夫です。まだまだやれますから!」

「頑張るわね」

「……ラムセスに守られてばっかりなのも嫌だから」

 

 短かったポニーテールも背中まで伸びており、体つきにも女性らしさが出てきたビビ。汗を拭いながらも懸命に訓練を続けていた。

 そして対面して指導していたのはヒナ。二年経てどもその美貌は変わらず維持している。世界会議(レヴェリー)以降、精神面での鍛錬を続けており、揺らがない強靭な精神を兼ね備え始めていた。

 

「その本人は何処にいるの?」

「カルーと一緒に町へ行ってくるって言ってましたけど、何処にいるかまでは……」

「……私が来る時は毎回いない気がするんだけど、気のせいかしら?」

「気のせいじゃないですね」

 

 軽い会話をしながらも、ビビから振り抜かれた拳をヒナが両腕で防ぐ。続くのは右足からのハイキック。しゃがんで躱したヒナが軸足である左足を小突いた。

 

「きゃっ!」

「流石に無防備ね。蹴りと跳躍は使う場所を見極めないと命取りよ」

「……でもラムセスの速さなら」

「あの子は別世界だから真似しないの」

 

 尻餅をついたビビに手を差し出したヒナ。起きるのを補助する為の優しさ──それをビビは飛び付いて腕挫十字固へと移行するが、

 

「わたくしの体を通り過ぎる全ての物は……禁縛(ロック)される」

 

 決め台詞と共に悪魔の実の能力にて拘束される事となった。

 

「ちょっとヒナさん! 悪魔の実はズルいわ!」

「どっちが狡いのよ。人の親切に関節技を決めようとして」

「だってラムセスが、その時こそ唯一のチャンスだって!」

「……言いそうね」

 

 腕挫十字固の姿勢で鉄錠を掛けられた為か、何ともみっともない姿でビビは寝転がっている。唐突に使われた能力に対して声を上げて反論するも、ヒナはまるで相手にしない。

 

「それでラムセスは帰ってくるのかしら?」

「気になるの?」

「この場に来させた張本人が居ないのがおかしいでしょう?」

「あはは……」

 

 そんな当然とも言える発言に、ビビにはただただ苦笑して返すことしか出来なかった。

 

「でもいつも通り夜には帰ってくるんじゃないですか?」

「……一体何処で何してるのかしらね?」

「うーん、そろそろだと思うって呟いてたから……」

「呟いてたから?」

「分からないわね!」

「そうよね」

 

 そしてその日の夜、ラムセスが帰ってくる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は遡り、早朝。

 カルーに跨ったラムセスは砂漠を駆けていた。アラバスタ一の速度を誇る超カルガモ。午前中には目的の場所へと辿り着くだろう。

 その場所は港町、ナノハナ。アラバスタへ訪れる者の玄関と言うべき町であり、多くの商人や観光客で賑わう場所である。そして同時にヒナ率いる海軍の軍船が停泊する場所でもあった。

 

「悪いね、カルー」

「クエッ!」

「そうそう、ビビの為にもやらないといけない事だからね」

「ク、クエッ!」

「ん? ヒナさんが来てるんだってさ。……大丈夫、俺はカルーに連れてかれたって言っとくから」

「クエーッ!」

「冗談、冗談」

 

 意思の疎通が出来ているのか出来ていないのか、そんな事は定かでは無いものの、ラムセスとカルーは言葉を交わして砂漠を南下していく。

 

 身体が発火するんじゃないかと心配になる程の日照り。その暑さにラムセスも嫌気が差すものの、それ以上の功労者はカルーであった。

 

 そして日が昇り切る頃、ナノハナへと辿り着く。

 

「ありがとな、カルー。オアシスで休んでて」

 

 カルーの頭を撫でてラムセスは背を向けて歩き出す。アルバーナ宮殿に住んでいる身とは言え、民衆はその事実を知らない。それでも尚、バレないようにと変装するのは相応の理由があるのだろう。

 観光客のような多色に彩られた異文化の服を身に纏い、眼鏡を装着して、イヤリングは──手を掛けて逡巡するも外しはしなかった。

 髪型にも手を加えて、手元には中身の無い大きな鞄。肌の色ばかりはどうしようも無いものの、一観光客と名乗るには十分と言えた。

 

「よっと……」

 

 身に纏う衣装を一新させて物陰から現れ、堂々と歩き出す。その姿を訝しい目で見る者は一人としていなかった。

 

「よう兄ちゃん! 観光かい? 良かったらこれでも食いながら歩きなよ!」

「そうだね、一つ貰おうかな」

「おう、毎度! 500ベリーだ!」

 

 軽食を片手に歩き出せば様々な人から話を掛けられる。だがそれはラムセスとしてでは無く、観光客としてだった。

 

「……流石だ」

 

 活気ある町並み。居るだけで心躍るような、そんな空気がこの町には漂っている。それは偏に国王の手腕、そしてカリスマ性によるものなのだろう。ラムセスは感嘆の声を漏らした。

 

 ただただ町の中を歩き回る。目的地がある訳でもない行動。それでも尚、ラムセスの歩みに迷いは無かった。ただ一つ、起こるであろう自体に備えているだけ。

 

 この行動を続けて一年半。全てが無駄足。月に一度とは言え、浪費した労力と時間は計り知れないものであるも、ラムセスは確信していた。

 

 喩えそれが自身の直感だとしても。

 

 歩き続ける事三時間──そして遂に、その時が訪れた。

 

「か、海賊だ! 海賊が暴れてるぞ!」

 

 一人の住民による悲鳴にも似た声。

 

 焦燥、不安、恐怖──様々な感情が町を彩り始める中、ただ一人だけ歓喜の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 走り、駆け抜けて行く。飽くまで一般人としての速度を維持したまま、ラムセスは人の集まる場所へと向かって行った。

 

「クハハハハ……」

 

 ──着いた頃には、既に決着を迎えている。

 少しばかり遅かった事をラムセスは悔やんでいたものの、ほんの少しでもその一端は確認する事が出来た。

 

 七武海の一人、サー・クロコダイル。アラバスタの英雄が中心に立ち、不敵な笑みを浮かべて声を上げている。

 

 ラムセスは視ていた。猫のようなアンバーの瞳がクロコダイルを捉え続けている。まるでその感情と真意を読み解くように。

 

「せ、政府の狗風情が!」

 

 倒れ込んだ海賊の一人が声を荒らげてクロコダイルを見上げる。海賊達全員が地面に伏せた体勢であるも、まだ数名は命があるようだった。

 

 そんな彼等に視線を向けたラムセス。感情の見えない無機質な視線が彼等を見続ければ、有り得もしない感情が見えてきた。

 

 ──不安と焦りと……安堵?

 

 怒りと恐怖の感情が一切見えない。思わず表情を歪めたラムセスであったが観客に紛れている以上、クロコダイルが気付く筈もない。

 

「黙れ。俺とお前らでは──格が違う」

 

 海賊の一人の首を掴み上げると、まるで全身の水分が抜かれたかのように干上がっていく。

 そして出来上がったのは──声すら上げる事を許されない乾涸びた姿。

 それはクロコダイルの持つ自然(ロギア)系の能力、スナスナの実によるものであるのは、この国の人間であれば誰でも知っている事だった。

 

 圧倒的な力にねじ伏せられる。七武海と無名海賊の差。それは如実に現れていた。

 

 そしてそこに来て初めて──海賊から恐怖の感情が浮かび上がる。

 

「…………」

 

 目まぐるしい情報を元に高速で思考を回し続ける。仮説、仮定。考えれば考えるほど情報が足りないものの、ラムセスは一つの説を打ち立てた。

 

 これは仕組まれた茶番劇なのだと。

 

「お、おい、クロコダイル──」

「聞く価値もねェ。死ね」

 

 言葉を紡ごうとする者から次々と水分を奪い、砂の刃を飛ばし、その命を散らす。ただ一人、仲間を放置して一目散に逃げ出した海賊だけが命からがら逃げ出した。

 

「クロコダイル様!」

「アラバスタの英雄だ!」

 

 一部の男達からの声を皮切りに、クロコダイルを讃える声が町中に広がっていく。まるで祭事のような騒ぎ様に鬱陶しそうな表情を浮かべていたものの、声高らかに語り始めた。

 

「海軍がこの町に来たが宮殿に籠るだけで何の役にも立たねェ。……お前らは俺が守ってやる」

 

 その声に呼応するように一層歓声が上がれば、クロコダイルは満足そうにその場を立つ──筈だった。

 

「…………?」

 

 ふと視線に違和感を覚えたのか、クロコダイルとラムセスの視線が僅かに交差する。流石に今の状態で目を付けられるのはマズいと思ったのだろう。ラムセスは慌てた様子で観衆に紛れて声を上げた。

 

「……クロコダイル様ー!」

「……気のせいか」

「ワニー! 聞こえてんのかワニ野郎!」

 

 視線を外した瞬間に声色を変えたラムセス。だがその声は歓声に紛れて届く事無く、クロコダイルは砂となって姿を消す。

 

「ビビって逃げたか」

 

 そんな軽口を叩きつつも、今のラムセスでは敵わない事は一目見て理解していた。喩えそれが自然(ロギア)の持つ弱点を突いたとしてでも厳しい程。

 異能に甘んじた能力者とは違い、鍛え上げられた能力と経験。偉大なる航路(グランドライン)前半に位置するアラバスタにいても尚、それは健在であるのは窺えた。

 

「さて、と──」

 

 自身の立てた仮説が正しいかどうかを証明する為に、ラムセスは逃げた海賊の後を追う。

 

「……彼は何者かしら?」

 

 ラムセスは失念していた。その強大な力を持つ故に、クロコダイルに仲間がいる可能性を。

 そしてその姿が見られていた事をラムセスは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポタポタと赤い液体が地面を染め上げる。

 

「し、知らねぇ……。それ以上の事は本当に分かんねえんだ……」

「でも嘘吐いてる可能性もあるし」

「ほ、本当なんだよ! 信じてくれよ!」

 

 その血が伝うのはラムセスの右腕。しかし染め上げた鮮血は逃げ出した海賊の代物であった。

 

 真っ直ぐ港へと向かっていくだけでその海賊を直ぐに見つける事が出来たラムセス。怯えた様子の海賊に話し掛け、爽やかな笑みを浮かべて路地裏へと連れて行った。

 無論、そんな嘗めた態度を一般人にされてしまえば海賊も激高。

 だが相手が悪かった。勝負にもならない一撃での戦意喪失。クロコダイルを経て逃げ癖のついた海賊は素直に全てを話し始めた。

 

 ──曰く、クロコダイルの傘下に入る為の条件として町を襲った、と。

 

 飽くまでそれだけの情報。目的は一切聞かされてないようであり、質問をする権利も無かったと語る。

 

 とは言えその情報だけでもラムセスにとっては有益であった。あの場面が八百長であった裏付け。

 そしてその結果、クロコダイルが得られたのは、民による国と海軍への不信感と自身への信頼。

 

 ──やはりか。

 

 だからこそ、海軍がアラバスタにいるタイミングを狙う必要があった。民意による海軍不用説。再び海軍が常駐する状況になるのを避ける為、無能の烙印を押し付けたのだとラムセスは確信する。

 そうでなければ、海軍が駐在したタイミングで無名の海賊が暴れる筈も無い。

 

 そしてその結果はクロコダイルが何かを企んでいる裏付けと言えた。

 

 だが企みそのものの証拠がある訳でも無い。そしてこの海賊如きの発言では、クロコダイルが重ねて来た功績を打ち消す程の力は無い。

 

 あくまでラムセスの中での確信でしか無かった。

 

 そして懸念するべきは似ている思考。ラムセスが自称天才を名乗りながらも、思い描く最適解の策略をクロコダイルも同様に描いているのは明らか。

 何故ならば最適解を鑑みて動いた結果が今日と言う日なのだから。

 即ち、クロコダイルは用心深く手強い相手と言う事になる。

 

 だがラムセスは相手を知り、相手はラムセスの存在を認識していない。これは何事にも優るアドバンテージであった。

 

「……ま、良いか。じゃあ早いとこ逃げた方が良いよ」

「……い、いいのか?」

「うん。モタモタしてるとクロコダイルに殺されるよ。ほら、運賃上げるから。顔を隠して遠くの町へ逃げると良い」

「……へ、へへ、悪いね!」

 

 下手に捕まって口を割られても困る──そんなことを思いつつ小銭を海賊へと渡して見逃した。

 血塗られた手を拭って見送った後、踵を返して大通りに戻ろうとした──その時だった。

 

「ねえ旅人さん。どうしてこんな所に居るのかしら?」

 

 白いロングコートとテンガロンハットを身に纏い、中には露出の多い黒い服を着た妙齢の美女。

 切り揃えられた黒い前髪と襟足。ヒナよりは若いものの纏うミステリアスな雰囲気が妖艶さを醸し出していた。

 

「……どちら様ですか?」

 

 ──見た事がある。

 

 それがラムセスの抱いた第一印象であった。だが何処で何時出会った事があるのかが一切思い出せない。ここまで個性的な雰囲気を醸し出している人間を忘れる筈も無いラムセスは困惑しつつも、それをおくびにも出さないで淡々と返事をした。

 

「あら、警戒させちゃったかしら? でも旅人さんが海賊の後を追ってこんな所まで来るのが不思議だったから」

「俺がナノハナに着いて直ぐ、あの海賊に大事な物を取られてしまいまして。アラバスタの英雄にやられた後なら返してくれるかなと思って追いかけただけですよ」

 

 一切の淀みも無く、ラムセスはスラスラと言葉を連ねる。不可解な部分は一切見受けられないが全てが嘘。それでも表情や言動に乱れは見られなかった。

 完璧過ぎる偽装故に女は見破る事は出来ない。理に適う言動には疑う余地は無かった。

 

 落ち着き過ぎている──その一点を除けば。

 

「お姉さんこそ、どうしてこんな所へ? 俺からしたらその方が不思議なんですけど」

「ふふっ、確かにその通りだわ。でも貴方が気になったの」

「気になるって……もしかして夜のお誘いですか? でもごめんなさい。心に決めた人が故郷にいるので」

「違うわよ」

「断られたからって恥ずかしがらなくても」

「だから違うわよ」

 

 これ以上の会話に有益な物は得られない──女はそう判断したのだろう。会話半ばで踵を返して歩き出す。

 

「引き止めて悪かったわ。引き続き観光を楽しんで頂戴」

 

 そう言ってその場を去る──その時だった。

 

「ねえお姉さん。夜は駄目でも良かったらお茶でもどうですか?」

 

 引き止められて振り返る女が見たものは、感情の見えない底知れぬ瞳だった。まるで体の隅々まで舐め回されているような──そんな嫌悪感。だがそれは性的な意味合いとは違う、女が感じた事の無い感覚である。

 

 そしてその深淵の眼差しを経て、漸くラムセスは確信していた。

 

 過去の新聞に載せられた事件とヒナから貰った資料。手配書で一度だけ見た幼い少女の姿。その面影が間違い無く残っているくっきりとした顔立ち。

 

 この女は悪魔の子、ニコ・ロビンである、と。

 

「……そうね、少しくらいなら」

 

 その目に映る気味の悪さが女──ニコ・ロビンの興味を引き立てる要素となり、その言葉に乗る事となる。

 

 高速で思考が巡る中、カチリカチリとラムセスの中で、今まで情報から筋道が構築されていく。

 一つ一つの星が繋がって星座を描くように。クロコダイルと言う巨星が描く星空が見え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニコ・ロビンにとって、その少年とは余りに不可解であった。

 クロコダイルが海賊を仕留める姿を、建物の上から群衆を見つめていた彼女。全てはクロコダイルの計画通りに砂の民の心を鷲掴みする予定だった。

 

 観光客が多い最中だとしても、誰もがクロコダイルを讃える中で、異様なまでに物静かな男が存在するのをロビンは見つける。

 海賊、そしてクロコダイルを交互に見つめるような視線を向けながら。

 

 ──視察に来た海軍の人間かしら?

 

 それにしては年齢が若過ぎる。そしてクロコダイルがその少年に視線を向ければ、唐突として歓声を挙げ始めた。

 

 理解に及ばぬ行動。そしてクロコダイルを賞賛する声の中、その少年は海賊を追うようにして走り出した。

 

 ──速い、速すぎる。

 

 不審に思ったニコ・ロビンが建物の屋上を渡って追い掛けるも、その差は広がっていくばかり。必死に追いすがって辿り着いた先には──手を拭いながら去っていく海賊を見つめる、少年の姿しか無かった。

 

 

 

 そんな奇妙な少年が目の前にいる。適当に入ったカフェの隅。対面の座席にて顔を突き合わせていた。

 

「それで、なんで私は呼び止められたのかしら?」

「ナンパ」

「……心に決めた人がいるんじゃなくて?」

「知らないんですか? バレなければ犯罪じゃないんですよ」

「ナンパは犯罪では無いわよ」

 

 ロビンの前には冷え切った珈琲が、そしてラムセスの前には巨大なパフェが聳え立っている。

 

「お姉さんって美人ですよね」

「あら、ありがとう。でも私の姿はパフェで見えないと思うのだけれど」

「色黒で眼鏡掛けてて素敵です」

「それグラスに映った貴方よ」

「罪深い美しさだ……」

「……帰っていいかしら?」

 

 他愛も無い会話をしながら、みるみると減っていくパフェを端に退けたラムセス。余裕のある笑みを崩さないまま、口元にクリームを付けて彼は言い放つ。

 

「ではお巫山戯もここまでにして──ニコ・ロビンさん。話をしましょうか」

 

 そんな言葉を紡いだ瞬間、ラムセスの手首が捻り上げられた。対面にいるロビンから──では無い。突如として肩から先に生えてきた二本の腕。その腕がラムセスの手首と拳を掴み、捻りあげたのだ。

 持っていたスプーンが眼球を抉らんとばかりに突き付けられる。その姿はまるで自傷行為をするかのようであった。

 

「……海軍の回し者かしら?」

「だとしたらお姉さんの名前を呼ばずに海軍の到着を待ちますね」

「……では何者なの?」

「それは兎も角として、まずはお話をしようかと思ったんだけど……離してくれませんか?」

 

 余裕を崩さないラムセスに対し、真剣そのものの表情を浮かべるロビン。大きな物音や声を出していない事に加え、大きなパフェがラムセスの姿を隠す事となり、周囲にその様子が伝わる事は無かった。

 

「まずは私の質問に答えなさい。答えなければ目を抉るわ」

「えぇ……怖い……」

「なら答えなさい。何者なの?」

「見ての通り旅人」

 

 その瞬間、眼球へとスプーンが迫る。勢いを殺すつもりの無い速度で接近する──が、寸前で停止した。

 ロビンが二本の腕で全力を奮おうとも、ラムセスの右腕はピクリとも動きはしない。それどころか力を込めたラムセスの腕がミシミシと音を立てて動き出し、パフェのフルーツを掬い出して食べ始める始末であった。

 

「無理無理。お姉さんの細腕じゃ、俺の鍛え上げられた筋肉を動かせないって」

「……な」

「力こそパワーだよ。最後は筋肉が勝つ」

「貴方ふざけてるの!?」

「そこそこに。……あぁほら、大きな声出すと周りにバレるから」

 

 しーっと口元に指を当てて、ラムセスは小声で話始める。飽くまで敵対する意志は無いと言わんばかりの態度に、ロビンも少しだけ毒気が抜かれるも、気を許すつもりは微塵も無かった。

 

「この腕ってハナハナの実の能力なんだっけ。感覚とかってお姉さんにも繋がってるの?」

「……私の両腕と変わりないわ」

「……ちょっとそのままトイレに行っても?」

「……最低ね」

「鏡を見たかっただけなのに何を想像したのやら」

 

 話が平行線のままで進まないと思ったのだろう。ロビンはハナハナの実の能力で増やした腕を消失させる。漸く敵意が無くなった事に一先ずの溜息を吐きながらも、ラムセスは言葉を続けた。

 

「……話しなさい」

「そうですね……先に言っておきますけど、オハラに関する事やお姉さんの賞金首にはまるで興味がありませんのでご安心下さい」

「何故その事実を?」

「オハラの事件は世界への警告として大々的に記事になってましたから。それに髪型も顔が変わらなければ、成長したニコ・ロビンだと分かる人はいるんじゃないですか?」

 

 オハラ。世界的に禁忌とされている歴史の本文(ポーネグリフ)の解読──空白の100年の真実を追った結果、滅びる運命を迎えた考古学の聖地の名である。

 歴史の本文(ポーネグリフ)の解読をする者への見せしめとして。

 

 その唯一の生存者である幼き考古学者ニコ・ロビン。歴史の本文(ポーネグリフ)の解読は世界を滅ぼす古代兵器について書かれている──その口実で世界から追われる事となった少女の名であった。

 

 だが喩えその過去が凄惨なものであったとしても、ラムセスには関係が無かった。為すべき事を成す──その決意は同情などで揺らぎはしない。

 

「俺が貴方の事を知ってるかどうかなんて差して問題じゃないんです。ニコ・ロビンが此処に居る──それが歴史の本文(ポーネグリフ)に関する事かどうか。まずそこを知らなければお話出来ませんので」

「答える義理があると思うの?」

「そうなれば今ここで捕らえて海軍に突き出すだけですよ」

「……血も涙も無いわね」

「お姉さんが俺の後を追ったりしなきゃこんな状況にはならなかったんですけどね」

 

 緊張感の無い表情のまま、ラムセスはロビンを見つめてパフェを食らう。空虚にも似た瞳に吸い込まれつつも、ロビンは思案する。

 沈黙こそ肯定だと分かりつつも、出会ったばかりの見知らぬ男に答えるほど、ロビンは甘い女では無かった。

 

 即座に腕を生やして首を取り、手元のナイフで掻っ切る──そう、決意した瞬間だった。

 

「言っときますけど、次は遠慮無く腕を折りますよ」

 

 初動を抑えるような言動にロビンの動きが静止する。

 

「……心を読めるのね」

「読めるには読めるけど、どちらか言うと感情ですかね」

「化け物呼ばわりされてきた私より化け物じゃないかしら」

「じゃあ化け物同士仲良くしましょうよ。悪い話をする訳じゃないので」

 

 不意打ちは効かないとなれば、ロビンに勝てる余地は無い。その上この近距離では関節を極めるよりも早く、ラムセスの一撃がロビンへと加えられるだろう。

 半ば諦めた様子でロビンは椅子へと凭れ掛かり、静かに口にした。

 

「……そうよ。私の目的はこの国に眠る歴史の本文(ポーネグリフ)の解読。それだけよ」

 

 飽くまで語るのは自身の目的のみ。それであれば協力者への裏切りとは言えないだろう──そう、ロビンは心の中で自問した。

 だがその言葉が聞きたかったラムセスにとって、それは笑みを浮かべざるを得ない程の転機である。

 

「分かりました。では一つ確認して欲しいんですけど……この文字は分かりますか?」

 

 店員に声を掛けて紙とペンを用意してもらい、サラサラと書き上げた文字──それはラムセスが幼き頃に見た、地下神殿にある石碑に描かれた文字であった。

 飽くまで書く文字は石碑とは違う不規則な羅列。仮に予想が的中するのであれば、その内容を読まれないようにする為の対策であった。そしてその文字を見た瞬間、ロビンは驚愕の表情を見せる。

 

「あ、貴方この文字をどこで──」

「先に答えて下さい。これが歴史の本文(ポーネグリフ)に書かれている文字なんですよね?」

「……そうよ。一体どこで見たの?」

「このカフェです」

「…………」

「うそうそ。でもアラバスタなのは本当だから」

 

 何処までも緩い態度のまま話し続けるラムセス。それが底の見えない恐ろしさにさえロビンの目には映っていた。

 

「んー、て事は困ったな。最悪の事態だね」

「……どういう事?」

「クロコダイルが狙ってるのは歴史の本文(ポーネグリフ)かそれを管理するアラバスタ王国って事になるよね」

「っ」

「顔に出過ぎー、カマかけただけなのに」

 

 ケラケラ笑いながら指摘するラムセスの真意を、未だロビンには把握し切れない。

 だがロビンは確信していた。自身とクロコダイルの繋がり。そしてクロコダイルの暗躍。それを全てこの男には把握されている。

 更に先の海賊を追った真実は、あの茶番劇を知る為だったに違いない、と。

 

「お互いの理解が深まってきたところで、お願いがあるんだけど」

「……どうせ断る事が出来ないんでしょう?」

「此処を去った後に守るか守らないかはお姉さん次第だけどね」

「……言ってみなさい」

「二重スパイって興味ありません?」

 

 ある訳が無かった。

 

「私を殺す気?」

歴史の本文(ポーネグリフ)を読み解けばどうせクロコダイルに殺される。違います?」

「……否定はしないわ」

「狡猾で残忍な男ですからね。男の風上にも置けません」

「その行動が読める貴方も大概ね」

「辛辣だなぁ」

 

 そんな言葉を口にしつつもパフェを食い終えたラムセスが口元を拭い去る。軽薄な笑みを消し、凛々しい顔付きを見せながら彼は口を開いた。

 

「俺は愛する者の為に奮闘してるだけですよ」

「…………」

「さて、俺の提供出来る対価は歴史の本文(ポーネグリフ)への案内なんですけど。やって貰えますか?」

「貴方がクロコダイルに勝てるとでも?」

「今は無理ですね。相手が強過ぎる。でもまだまだ先の話でしょ?」

「何故そう思うの?」

「……今までの流れとしては俺とクロコダイルの思考は似通っています。国を取るとなれば、根幹を──民を揺るがすのが手っ取り早い。英雄として国民からの信頼を得ても、アラバスタへの不信感が足りない筈です。……海賊が来ても動かない国と海軍。その不信感抱かせちゃうぜ大作戦がまさに今日始まったばかりですし、これから数々な事件が起きた後だと思ったんですが」

「……答えるつもりは無いわ」

「それが答えなんだよなぁ」

 

 そんな会話を長々と続けていれば何時の間にか日が傾き始めている。ふと外に目をやったラムセスは席を立った。

 

「さて、移動しますか」

「何処へ?」

「宿へ。俺が支払うので気にしないで下さい」

「……なんで私も行くのかしら?」

「話し合うんだから当たり前ですよ。流石に人気も減って来て雑音が無くなれば、会話を聞かれる可能性もありますから。移動しましょう」

 

 そそくさと会計を済まして歩き出すラムセスの後を追って、ロビンは歩き出す。

 

 ロビンは思考の渦の中に囚われたまま、今後の活動について考え込む。

 

 ──この場でこの男を殺す?

 無理だろう。身のこなしから返り討ちに合うのは目に見えている。

 

 ──即座に逃亡?

 無理だろう。海賊を追い掛けた時点でも本気には見えなかった。

 

 ──取り敢えず話を聞くしか無い。

 

 それで手を貸す事になるのか。

 

 クロコダイルへと密告する事になるのか。

 

 それはロビンの選択肢次第なのだから。

 

「覚悟は決まったみたいですね」

 

 振り返った琥珀の瞳がロビンを見つめ、その心情を読み取った。

 

「今夜は寝かさねえぜ?」

「それは違う意味よ」

 

 この男の得体の知れない読み解く才能。そこには有言実行を貫くと思わせる力があった。

 

「貴方何者なの?」

「一家に一台、ラ……」

「……ラ?」

「ラーメンさ」

「何言ってるのよ」

 

 本名を語る訳にも行かないラムセスの冗談に、半ば呆れた様子でロビン。ほどなくして宿へと辿り着く。

 

 結局二人は夜が明けるまで、話し合っていたのだった。

 

 






板挟みロビンちゃん可哀想……
次回も会話続くかも。

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