砂漠の従者   作:ひみつ

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気が付いたらお気に入りが凄かった。
お気に入りとか誤字報告とか評価とか感想とか諸々ありがとうございます!!




王女と従者

 

 女遊び疑惑を晴らす為に説明する訳にもいかず、ヒナにスパルタ教育を受けていたラムセス。衰弱しているであろうカルーを気に掛けていたが、ヒナとて放置するほど鬼では無い。海軍にいる医療班の甲斐もあってか、その間に治療を受けており、数時間後に再会した際には平常通りのカルーの姿があった。

 ただその夜にはおぞましい何かがあったようであり、機嫌の損ねたカルーを宥めるのに小一時間。そして昨日から街に変化があるかどうか確認するのに一時間。

 

 結局、ラムセスがアルバーナ宮殿に帰る頃には多くの時間を費やしており、既に月が昇っていた。

 目眩がするような眠気に襲われていたものの、なんとか身だけは清めて布団へ飛び込む。

 

 何が起きても起きないんじゃないかと思う程の熟睡。余程質の良い睡眠だったのだろう。ふと目が覚めた時は日が昇るよりも遥かに早い時間。深夜と称しても過言では無いほどだった。

 

「……?」

 

 そんな中である。真っ暗の部屋の中でふと感じる暖かさ。何事かと隣に視線を向けて見れば、端正な顔立ちをそのままに安らかな顔で眠っているビビがくっ付いていた。

 

「……天使か?」

 

 天使だった。

 

 ラムセスはその寝顔を見て、一先ずはホッと一息安堵する。カルーの事、無断外泊の事、伝えたい事は幾らかあったものの、寂しい思いをさせてしまったかなと少しばかり気に掛けていた所なのだから。

 

 服の二の腕の部分を握って離さないようにしてるビビを起こさないよう、ゆっくりとその手を外していく。

 するとどうだろうか。その手に握り締められていた小さな紙。くしゃくしゃになっていたものの、大事そうに握り込むには何か理由があるのかと、ラムセスはそっと手にした。

 

 暗闇で見づらい状況ながらも、何とか目を駆使して読み取る。

 

「んと……俺が……女と遊んで……」

 

 そこまで読めばなんの事かラムセスは瞬時に理解する。と言うよりも筆跡からラムセスが真似出来るほどに記憶している特徴──即ち、ヒナの手紙であるのは、一目瞭然であった。

 

 何故それがここにあるのか──そんな事を考える時間すら惜しい。一刻も早く逃亡を図るべきだ。

 

 何故ならば隣に居たのは天使の皮を被った悪魔なのだから。

 

「この世の中逃げた者勝ちなのさ」

 

 捨て台詞を吐いて逃げようとするラムセスであるも、それは叶わない。

 

「逃げられるならね」

 

 既に天使の皮を脱いだ悪魔が見つめていたからだ。

 

「……おはよう」

「おはよ!」

「悪──天使のように可愛いね。大好きだよ」

「うん、私もラムセスが大好きよ」

「じゃあまた──」

「でも誤魔化しても無駄だから」

 

 ガシリと掴まれた肩が、ビビの握力によってミシミシと音を立てていた。ニコニコと笑みを浮かべていたものの、目が全く笑っていない。

 

「説明、してくれるよね?」

「お、俺はビビ一筋なんだ! 信じてくれ!」

「それは浮気してる男の台詞よ」

 

 現実は非情である。

 

「それで弁明は?」

「かくかくしかじかで」

「それは口にする言葉じゃないよ?」

「…………」

「…………」

「なんでこの手紙が?」

「カルーの首に仕込んであったわよ」

「…………」

「…………」

「ごめん、今はまだ誰とかは言えないかな」

 

 誤魔化す事を観念したようにラムセスは素直に謝罪する。だが声色や表情に変化が見られない辺り、自身の起こした行動を反省する様子は無かった。

 対してビビも感情的になって怒りを顕にしている訳では無かった。ラムセスと言う個を良く知るからこそ、そんな無意味な行為は行わないと理解している為である。

 故にビビも淡々と、事実確認をするように口を開いた。

 

「やましい事は?」

「してないよ」

「じゃあ何の為に?」

「ビビの為」

「……もう! 肝心な事ははぐらかすのにそんな事ばっかり言って!」

「秘密の一つや二つあった方が魅力的かなって」

「ばか! あほ! まぬけ! ドジ! 唐変木! 女たらし! 本の虫!」

「言い過ぎ言い過ぎ」

 

 それでも尚、我慢し切れないビビは不平不満を見せている。ゆさゆさとラムセスの服を引っ張って全身を揺らしていたのも、そのせいなのだろう。

 そんなビビを受け入れるように、されるがままのラムセスであった。

 

「ラムセスは私の従者なのよ?」

「仰る通りで」

「……帰って来ないから心配したの」

「……それは悪かった」

「だから今日はこのまま寝る!」

「なるほど……?」

 

 よく分からない理論を展開したビビに、首を傾げるラムセス。それでもビビは理屈じゃないとばかりにラムセスの体を引っ張って対面させた。

 互いの目と目が見つめあって交差する視線。長く伸びた艶やかな青髪を靡かせて、気恥ずかしくなったビビはラムセスの胸元へと顔を埋める。

 

「……おやすみ!」

「おやすー」

 

 結局、日が昇るまで二人は密着したままであった。

 

 

 

 

 

 

 そして明朝。

 乾いた風の吹き荒んだ昨日と違い、降雨によって齎された不快な湿度。アルバーナ宮殿はジメッとした空気が立ち込めている。

 雨季。砂漠と熱気に晒され続けているアラバスタ王国に於いて貴重な水源確保の時期であった。

 

 そんな中、イガラムは少しばかり早足で歩いていた。怒り心頭──とまではいかなくとも、不機嫌なのは通り過ぎる兵士から見ても明らか。

 無断の外泊に加えて、翌日の夜中に挨拶も無く部屋に戻るその態度。ラムセスに少しばかり説教せねばと思っていた為である。

 年頃の男なんだから仕方あるまい──そう、コブラ国王が言えども、保護者として些細な事で済ます訳にはいかない。

 

 ラムセスの部屋へと近づくにつれて足も早くなっていく。

 程無くして目的地に辿り着いたイガラムは言葉も掛けずに扉を開け放った。

 

「おい! ラムセ──」

 

 目に映る光景に思わずイガラムの言葉が止まる。そこには既に身支度を整えたビビとラムセスが当然のようにいた。

 

「あらイガラム、早いのね。おはよう」

「おはようございます、イガラムさん。一昨日と昨日はご迷惑をお掛けしました」

「あ、ああ。おはようございます。ビビ様も居たのですね」

 

 突如として入ってきた侵入者に思わず目を向けた二人であるも、驚く様子を見せずに冷静に挨拶をした。座っているビビの後ろに立つラムセスが、髪に櫛を通している見慣れない光景。思わず動揺しながらもイガラムは言葉を続ける。

 

「……ラムセスよ、無断外泊の事だが──」

「その事はもう良いの」

「勝手に……え、と……そう、申しますと……?」

「私が深夜に怒ったからもう終わり。私の為だったみたいだから、イガラムに怒る権利はあげない」

「し、しかしですね……」

 

 王女に言われては引き下がるしか無い立場であるものの、保護者としてここばかりはしっかり言っておきたいイガラム。躊躇いながらも口をモゴモゴとさせていた。

 そして追い討ちを掛けるのは何時だってラムセスである。

 

「駄目ですよイガラムさん。王女様の言う事は絶対なんだから」

「ば、馬鹿者! お前の言う事では無い!」

「ねえビビ。イガラムさんに怒られちゃったよ」

「イガラム! どうして怒ったの!?」

『えぇ……』

「え、ラムセスまでドン引きなのは違くない!?」

 

 いつもと変わらないビビとラムセスの遊び半分な会話に挟まれたイガラム。先程までの苛立ちはどこかに消えており、毒気を抜かれたような、そんな諦めにも似た表情を浮かべて溜息を吐く。

 

「……分かりました、ビビ様の仰せのままに。……しかし深夜まで起きてらしたのに、実に早いお目覚めで。すぐここへおいでになられたのですか?」

「ううん。昨日の夜からここに居ただけよ」

「…………? と、申しますと?」

「…………? それ以上の意味は無いけど」

 

 いまいち言葉の要領を得ない様子でイガラムは質問をし返すも、ビビとしても二度問われる意図が理解出来ずに困惑している。

 

 ──昨晩から、ずっと?

 

 婚前の、それも年頃の王女がまさか──そんな思考が渦巻きながらもビビの言葉を反芻する。困惑を隠しきれないイガラムは静かに口を開いた。

 

「えーっと……ベッドは一つしか無いようですが」

「一緒に寝たもの」

「ビ、ビビビ」

「ビームが出そう?」

「で、出る訳ないだろう!」

「今のは俺じゃなくて王女様の言葉ですよ」

「あ……で、出る筈がありません!」

「本当はラムセスだけどね」

「ん、あ……ん??」

 

 クスクスと笑う少年少女に、焦りから平常心の保てないイガラムは翻弄されていた。

 

「貴方のビームは、どこから?」

「私は口から」

「イガラムさんは?」

「髪の毛から出そうよね」

「い、良いから話を聞きなさい!」

 

 延々と漫才を繰り返されてしまえば、どんどんと話が逸れていくのをイガラムは経験として理解している。半ば強引に声を張り上げて二人の会話を中断した。

 ビビとラムセスから空気を読めと言わんばかりの視線を受けながらも、イガラムは咳払いをして冷静さを取り戻す。

 

「……ビビ様。王女としてだけで無く一人の女性としてですね……」

「ラムセスとしか一緒に寝ないから関係ないわ」

「そ、そういう事では無くてですね……!」

「仲良しだもんねー」

「ねー」

「そう言う次元の話でもないのです!」

 

 幼い子供の仲良しと言う年齢を超えても尚、変わらぬ二人に、イガラムは目眩すら覚える。これが国王の耳に入りでもしたら──とさえ危惧してしまう程であった。

 

「次元……越えちゃったね……」

「二次元の方かしら?」

「ペラッペラの仲良しってなんか嫌だな……」

「まるでお金の関係ね……大人って感じ……」

「…………」

 

 湿気によるうねりや広がりを無くすように、軽くオイルを付けて櫛で梳かし、キューティクルを閉じて艶を出す──まるでスタイリストにでもなったかのような手際の良さで、ラムセスはビビの髪を仕上げていく。そんな手つきが心地良いのだろう。ビビは少しばかり目を細めて堪能していた。

 だがその間に行われた会話の内容は如何に下らないものなのか、イガラムの表情を見れば一目瞭然である。

 

「……身支度もラムセスが?」

「ええそうよ。テラコッタさん直伝で。これがとても心地良くて」

「王女様、恐縮でございます」

「……その、衣服もですか?」

「……ねえイガラム。さっきから何を想像してるのか分からないけれど、肌着くらいは自分で着替えるわ」

「王女様、それは分かっているからこその返答でございます」

「わ、分からないフリをしてるんじゃないの!」

「むっつりでございますね」

「言葉にしなくて良いから!」

 

 本当に小さな頃から変わらない騒がしさ。それが良いか悪いかはさておき、イガラムとしてはもう少しばかり王女として──そして女性としてしっかりと意識を持ってもらいたい所である。

 

「……分かりました。今はとやかく言うのは諦めましょう。しかし身なりを整えて何かご予定でも?」

「んー、今日はラムセスが一日言う事を聞くって言うから、町にでも行こうかなって」

「おや、しかしながら雨ですよ?」

「雨だからこそ楽しめるものもあるのよ?」

「泥団子作りとかね」

「久しぶりにやってみる? ぶつけ合うのも醍醐味よね」

「ラムセス。絶対にならんぞ」

 

 強い言葉で予定を潰されたものの、一時間も経たない内にビビとラムセスはアルバーナの町へと繰り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「雨だね……」

「雨ね……」

 

 しとしとと降り注ぐ雨の中をビビとラムセスは肩を並べて歩く。それも肩と肩が触れ合う程の距離。

 何故ならば、一つの大きめの傘に二人で入る──所謂、相合傘をしていた為であった。

 

「狭いよね?」

「狭いね」

「でもデートってこう言うものらしいの」

「皆大変だね……」

「そう? 私はラムセスの隣で嬉しいけど」

「正直俺も嬉しい」

「もう、最初からそう言えば良いのに」

 

 笑みを絶やさない二人はゆっくりと歩きながら町を散策している。雨季の雨は長々と降り続く事もあってか、日中の割には出歩く者達も少ない。

 

「どこに行く予定?」

「ふふ、あんな事言ったけど実はなにも決めてないの。雨の中を二人で歩くだけで楽しいかなって」

「適当だなぁ」

「ラムセスにだけは言われたくないわね」

 

 ただ目的も無くフラフラと歩く。

 

「宮殿だとさっきみたいに邪魔が入る可能性があるから」

「……昨日の続き?」

「うん。やっぱりどうしても気になっちゃうの」

 

 大通りを抜けて人通りの少ない横道へと入っていく。波打った道に溜まった水溜まりを踏み抜いて、ビビはラムセスへと視線を向けた。

 

「私に隠すんだからよっぽど大事なんだよね。……覚悟は出来てる。ラムセス言葉を疑うつもりも無いし、力になれるか分からないけど……私も手伝うから」

「…………」

「アラバスタで何が起きてるの?」

 

 横顔を覗き込むようにじっと見つめてくるビビを尻目に、ラムセスは真っ直ぐに正面を見つめていた。

 

 ──どうしたものかな。

 

 話すべきか話さないべきか。

 話すにしても何処までビビと共有するべきか。

 

 様々な思考を巡らせながら、ラムセスは少しばかり沈黙をする。そんな思案する事を予言していたかのように、ビビは静かに見つめて待ち続けた。

 

 故に正面から歩いてくる通行人。その姿に気付く筈も無く。

 

「危ないよ」

「きゃっ!」

 

 ラムセスに抱き寄せられて初めて通行人の存在にビビは気付く。驚いた様子で小さな声を上げたビビ。そんな彼女の腰に手を回したまま、ラムセスは誰にも聞こえないように耳元でポツリと呟く。

 

「クロコダイルが国盗りに動き始めた」

 

 伝えたのはただそれだけ。それでも尚、ビビの顔を驚愕に染めるには十分過ぎた。

 

「……本当?」

「うん。証拠は無いし、目的は不明だけどね。ただコブラ王と海軍への不信感を募るような動きをしてたのは見たよ」

「……もしかして女の人ってのはその関係なの?」

「ピンポーン、大正解。証拠にはならないけど裏は取れた感じかな」

 

 再び歩き出した二人であるも、ビビの顔が真剣なままであり、先迄の巫山戯た様子が見られない。

 と言うよりも本来であればそれが正しい反応。ラムセスの態度に一切の差異が見られない事が異常なのだから。

 

「じゃあ早くパパに──」

「無理だよ。証拠も無いのに国民の支持を得た英雄を敵視するなんて。それこそ内戦に発達しかねない」

「イガラムなら……!」

「イガラムさんでも同じ事だよ。コブラさんに伺わなければ動けない立場なんだから」

「……だったら!」

「ビビ」

 

 徐々に感情的になり始めたビビを宥めるように、その名をポツリとラムセスは呟いた。どこまでも冷静に淡々と、無機質な瞳がビビを見つめている。

 その視線を経てハッとした表情と共にビビは我に返った。

 

「コブラさんは良く言うよね、国とは人なのだと。……あの人が英雄に牙を剥く事が出来るのは、証拠を抑えた時。もしくはネフェルタリ家が滅んでも尚、民の為に生きる覚悟を決めた時くらいしか選べないんだよ」

「でも七武海相手なんだよ……?」

「俺には行動が読めるから大丈夫だよ。……狡猾で残忍。強引な手に出られたら護衛兵では勝ち目は無いし、国を挙げて対策してると露呈したら裏で計画を一新される可能性もある。そう考えると、少数で動く今の立ち位置が最善手なんだよ」

 

 二人の声は雨の音に掻き消されて他の誰にも届かない。たった二人だけの秘密の空間と言っても過言では無いだろう。

 だがビビの浮かべる表情は緊迫した真剣そのものであり、町を歩く姿には相応しくなかった。

 

 故にラムセスはその緊張に固まった表情を解すように、ビビの頬を掴む。

 

 むにむに、と。

 

「大丈夫、俺が何とかする。元々一人でやる予定だったから」

「じゃあなんで私に話したの?」

「……ねえビビ。演技は得意?」

「……何の話なの?」

「それはね──」

 

 ビビに抱きつくように耳に口を当てて、ラムセスは小声で計画の全容を話していく。話せない部分はあるものの、凡その内容を説明。

 その話を聞いているビビの顔は険しいものになったり、驚愕に染まったりと多種多様であるも、それでも静かに話を聞き続けていた。

 

「──てな感じで。最後は状況に応じて動けば問題なさそうかなって」

「そ、そんなの許可する訳ないじゃない!」

「でも話さないで実行してたら?」

「……もっと怒るわよ」

「でしょ? ビビを泣き崩れるくらい悲しませるのは良くないかなと思って話したんだけど」

「……うー、でも!」

 

 ラムセスの話した内容が理に適っている──それはビビでさえ理解出来てしまう程、完璧とも言える流れであった。クロコダイルの心、そして行動が完全に読み切っていなければ成り立たない計画。それでも未来視の如く読み解くラムセスならばやり遂げられるのだろう。

 だがビビが納得出来ていないのはラムセスに多くの負担を強いてしまう事。そればかりはどうしても歯痒かったのだ。

 

 悔しそうに唇を噛むビビに額を突合せながら、ラムセスは琥珀の瞳を輝かせて語った。

 

「──俺の立場だから出来る事がある。ビビやコブラさん、そしてイガラムさんでも絶対無理だから」

「──だとしてもラムセスが!」

「それは全てが終わった後にビビ達で何とかして貰えば。俺にはどうしようも無い部分だから」

「……もう! 分かったわよ!」

 

 憤慨と諦めを混ぜたような感情。ビビは不満を見せながらもラムセスの言葉をしっかりと受け入れる。

 

「でも約束! 無理はしないで!」

「するよ、死なない程度には。七武海だし」

「……じゃあ最後は私の隣で笑ってて!」

「それで最後にビビが笑ってくれるなら」

 

 そう言って互いに小指を突き出して絡める。少年少女の小さな契りでしか無いものの、当の本人には何よりも大切な約束となる。

 それが全ての原動力となる程に。

 

「……いつから動くつもりなの?」

「当分先だよ。二年か三年か。……まずは向こうの動き次第かな」

「じゃあそれまでは?」

「全力で今を楽しまないとね」

 

 そう微笑みながらビビの手を取ってラムセスは歩き出す。未だ割り切れないビビであるもぶんぶんと頭を振って──ただラムセスを信じる。それだけを念頭に置いて、今この時間を楽しむように笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「でも傘差しながら手を繋ぐのは歩きにくいし離すね」

「……あっ」

「……じゃあ一緒に傘を持つ?」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 町を散策して共に昼食を取り、馴染みある店に顔を出してはカフェで一息つく。結局雨とは関係の無いような、少年少女が過ごす有り触れた日常であった。

 そして日が暮れる頃にはアルバーナ宮殿へと戻って行く。傘を差していても降り止まない雨では多少濡れてしまっており、特にラムセスの半身はびしょ濡れ状態であった。

 

「……落ち着いた?」

「おかげさまで。もうなるようにしかならないって覚悟を決めたわ」

「流石おてんばお姫様」

「もう! こんな性格になったのはラムセスのせいよ?」

「俺会った頃からおてんばだったような……」

「ラムセスのせい!!」

「あっはい」

 

 互いに肩を並べてアルバーナ宮殿を歩き進む。敬礼し、挨拶をする兵士へビビは言葉を返しながら、向かう先は大浴場。大量の水を消費するのを前提とする巨大浴槽を使えるのは雨季の期間に限られている為、ビビとしても待ちに待ったと言う様子であった。

 

「大浴場って今日から空いてるんだっけ?」

「そうよ。雨季が来たらすぐに解放するわ」

 

 ふと思い付いたように一歩進んだビビが振り返ってニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべていた。

 

「一緒にお風呂入る?」

「入る」

 

 即答である。

 

「え」

「女湯と言うのも一度経験しておくべきかなって」

「じ、冗談に決まってるじゃないの!」

「でも俺にとってのひとつなぎの大秘宝(ワンピース)がそこにあるって」

「……誰が言ってたの?」

「さっきの兵士」

「ちょっと叱ってくるね」

 

 唐突に無表情へと切り替わったビビが背を向けた瞬間、ラムセスははその腕を掴んで静止させた。

 

「冗談だって」

「どこが?」

「一緒に入るってところだけ」

「やっぱり叱ってくるね」

「まぁまぁ。風邪を引いても困るし大浴場に行こう」

 

 当然ビビがラムセスの腕力に勝てる筈も無い。そのままズルズルと引き摺られて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 巨大な湯船に浸かり、全身を温めれば、如何に自分の身体が冷えていたのかをビビは実感する。

 

 今日初めての一人の時間。どうしても頭に過ぎるのはラムセスの言葉だった。

 

 ──クロコダイルの国盗り。

 

 今ならば極めて冷静なまま考える事が出来る。ラムセスの言葉を疑うつもりが無いものの、何となくでしか理解出来ないのは、その言葉が現実味を帯びていないから。

 

 口元だけを湯船に沈めてぶくぶくと空気を吐き出す。

 

 ラムセスは遥か先まで見つめて進んでいる。きっとアルバーナ宮殿の誰よりも未来を見据えて行動しているだろう。

 そんなラムセスの行動を知らなかった事。そして知っても尚、追いきれない背中。それはビビの中で大きな劣等感となっていた。

 

 能力が劣っている事など身が染みるほど理解している。それでも肩を並べたいと思うのは一心同体と呼べる関係性故だろう。

 

 国を守りたい。

 

 その気持ちは本物だとしても、どうしたら良いのかなんて少女にはまるで分かりはしない。

 

「ねえ、ラムセスにとって大切なものは何?」

 

 男湯と女湯の真ん中にある、隔たれた壁に向かってビビは声を掛けた。

 その行動の原動力。一体ラムセスが何を見据えて考えているのかを推量る為に。

 

「沢山あるよ。コブラさんもイガラムさんもテラコッタさんも。こんな俺をここまで育ててくれた返し切れない恩があるから」

「私の名前は?」

「あ……」

「ちょっと!?」

「冗談だよ。ビビは特別だからね」

 

 チャポン、と水の跳ねた音が聞こえる。

 

「特別って?」

「特別って事」

「説明になってないわ」

「説明する気が無いからね」

「全くもう!」

 

 明瞭とは言えない曖昧な言葉に不満げなビビであるも、ラムセスが答える事はなかった。

 

「赤の他人が死ぬのを可哀想と思うだけじゃ駄目なんだよ。──大切なのはイメージだから。対岸の火事を如何に自分事に出来るかどうか。その力は経験しないと難しいよ」

「……じゃあラムセスはどうやって身に付けたの?」

「天才だから最初から習得済み」

「えー、私にも欲しいのに」

 

 きっとラムセスは自分の悩みを理解した上で先の発言してくれている──それでも尚、国取りと言う言葉が現実味を帯びないのは言葉通りにイメージが足りないからなのだと、ビビは自責する。

 

 ──パパが亡くなる?

 

 その言葉でさえもピンとくる事は無い。

 

 ──アルバーナ宮殿が無くなる?

 

 それは嫌だなと思いつつも、危機感を覚える程では無かった。

 

 ──私が死ぬ?

 

 少しばかりの恐怖で身震いがする。

 

 ──ラムセスがいなくなる?

 

 それはつまり、今日のような幸せで平穏な日が、二度と訪れない幻として消えてしまう。そう言う事になる。

 

 ぞくりと背筋が凍るような寒気が走った。

 

 ──絶対に嫌だ。

 

 もうこの幸福に巡り会えない。そう思うだけで涙が溢れてしまいそうな感覚。

 それが唯一ビビの感じ取れた現実(リアル)なイメージだった。

 

「……私、頑張るからね」

「うん、一緒に頑張ろう」

 

 もう少し先の未来。ビビは静かな決意を胸に秘め、王女としてやるべき事を見据え始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、今晩もそっちで寝るからよろしくね」

「……え?」

「なんで嫌そうな声を出すの?」

「イガラムさんがビーム出しそうだったから」

「出させておけば良いのよ。テラコッタさんからは許可貰ってるんだから。……それに一日言う事を聞くんでしょ?」

「王女様の言う事で絶対でございます」

「よろしい」

 

 






覚悟ガンギマリ王女(かわいい)
原作から可愛いけど(かわいい)

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