14戦0勝、2着0回、3着0回。主な勝ち鞍なし。
それがわたし、マリタイムシッパーのURA生涯戦績だ。
「夢だったんだなあ」
年末のトレセン学園でわたしは荷物を段ボールにまとめていた。
今日の寮には人気がない。なにしろ今日は有馬記念。トレセン学園生徒のみんなは現地観戦か食堂でパブリックビューイングだ。つまり夜逃げのかっこうの機会なのだ。いや別に夜逃げじゃなくて、単なる引っ越しなんだけどさ。
なぜ引っ越すのか。
それは夢から目覚めるためだ。
――子どもの頃から、ウマ娘かけっこで一番だった。
といっても村には三人しかウマ娘がいなかったから、三人中でいちばんだ。でも子どものわたしは、自分がテレビの中のウマ娘みたいに輝けると信じていた。それで、お母さんに作ってもらった中華ちまきのおべんとうを手に、トレセン学園へと上京して、競争率百倍の入学試験を受けたのだ。
結果はぼろぼろ。
三回走って、全部着外。
そしてわたしは家に帰った……のだけど。
「ええっ!? ご、合格ですか!? わたしが!? わたしがですかっ!?」
夢は続いた。
わたしは合格していた。
試験官の人いわく将来性が認められた、ということらしかった。きみには才能があるかもしれない。そう言ってくれた。なんてことだ。喜ぶ以上に、ホントなの、と思った。そして同時に忠告もされた。才能があるかもしれない。
しかし、ないかもしれない。むしろない可能性のほうが、ずっと高い。
努力は必ずしも報われない。いずれ絶望する日が来る可能性は高い。
きみが来ようとしているのは、そういう世界だ。
それでもいいか。
「かまいません! がんばりますっ!!」
即答した。
じっさい入学からの三年間、わたしは客観的に見てがんばったと思う。友達と遊ぶのもがまんした。好き嫌いせずピーマンハンバーグだってたくさん食べた。練習は足の感覚がなくなって爪がはがれて日が暮れて誰もいなくなるまでやって、倒れたことも何度もあった。
「ねえねえシッパーちゃん、無理しすぎだよ。ちょっとは休もうよー?」
「あはは……。そうだね、無理だよね……わたしもそう思うけど……でも」
無理しなければ、わたしなんかじゃ勝てない。
周りには入学直後から三ハロン33を出したミホノブルボンさんとか。4000メートル走って息も切らさないライスシャワーちゃんとか。怪物みたいなウマ娘さんがいっぱいいたのだ。
そこに自分が追いつこうと思ったらたくさん練習するしかなかった。
わたしはがんばった。
そりゃもう、がんばった。
がんばって、がんばって、がんばりつづけて。
「お願いします! お願いします! どうかチームに入れてください!!」
レースに出るため土下座して頼み込んで。
弱小チームのトレーナーさんのチームのすみっこに入れてもらって。
メイクデビューに出て。当然のように着外で。
「ふふふ。このぐらいは想定内だよー!」
改善点を探して、出るレースを変えたり。距離を変えたり。ダートに出たり。マイルに出たり。逃げてみたり大逃げしてみたり。瞑想訓練してみたり。ビデオ訓練を何百回もやってみたり。
「ま、まだまだー!」
そんな試行錯誤を繰り返してデビュー2年目の9月。
ここで負けたらもう出走できないがけっぷちの未勝利戦になっていた。
「こ、ここで勝つのがマリタイムシッパーちゃんだよ!」
そこでわたしはちょうど同じ同じ境遇の子と出会った。
「やっほ。私、ブリッジコンプ。全力でがんばろう」
「うん! 一緒にがんばろーね! 勝つのはわたしだけどね!」
あはははは!
彼女はさわやかに笑った。たぶんわたしも笑った。
「えへへ。おかしいよね」
「うん。こんな状況でも笑えるものだねー」
ウマ娘というやつはがけっぷちが極まると笑いが出てくるのだ。ゾンビが溢れた世界で最後の時を迎えようとする主人公みたいな感じである。不安とかは前日の夜が頂点で、当日のパドックではなんとゆーかもう……最後の晩餐、である。
パドックではがけっぷちのウマ娘、9人みんなで笑う。
そして。
『決まりましたーっ! 1着はブリッジコンプ! ブリッジコンプです!』
レースが終われば笑顔のウマ娘は減る。
8人になるのだ。
『おめでとう。がんばってね、ブリッジコンプちゃん』
『おめでと。ほら泣かないで。ライブがあるんだから』
『おめおめだよー』
ひとり、えぐえぐと泣くブリッジコンプちゃん。
『みん……な……!』
『応援するからねっ!!』
泣いた勝利ウマ娘を囲んで、負けた私たち8人が笑って祝福する。
クラシック9月の未勝利戦とはそういうものだった。
――そして未勝利戦もなくなった、有馬記念の日。
わたしはトレセン学園を退学するのだ。
もちろん、笑顔で。
だって笑わないとブリッジコンプちゃんが悲しむもんね。
「……うん、箱詰めかんりょう。さあて運び出しましょう」
わたしは段ボール二箱を背負って部屋を出て、どすんとリヤカーの上に載せた。ウマ娘の力と足があれば引越屋さんはいらない。実家までだってリヤカーを引いて帰れる。だいたい引越屋さんに頼むお金はないしね。稼げたのはゼロ円だし。
「しゅっぱつしんこー!」
よいしょとリヤカーの取っ手をつかむ。ぐい、ぐいっと、リヤカーを転がして道を歩いてトレセン学園を出ていく。でも重い。なんだか重い。足取りが重い、のだろうね。そりゃそうか。どんなに強がったところで――わたし、夜逃げしようとしてるんだもん。
「えへへ……ふぐ、えへっ……」
笑いながら泣いている自分を自覚する。そっか。
夢がやぶれて逃げ帰るのってこんなにも悲しく――重いものなんだ。
「ううう……重いよ……荷物、重いよう……」
ぜんぜん足が動かなくなった。それこそ一歩も。
あはは。
ほんと、まいった。
こんなに参っちゃってたんだなあ……。
それでも前に。前に進まないと……とぐいっと踏み出したとき。
どんがらがしゃがっしゃーん!!!!
「きゃあああああああああああっ!?」
どしゃどしゃどしゃー!
「なに、なにがおきたの――うわっ!」
振り返ると大惨事だった。リヤカーに縛った段ボールがズレて、それで通りがかったゴミ捨て場に積まれたロッカーに引っかかって、ロッカーが倒れたのだ。ていうかさっきの重いのって、単にロッカーに引っかかっただけだったのだ。
「そりゃリヤカーが重いわけだよ!」
わたしの心情は別に参ってたなかったみたいだよ!
「あーもう! なおさないとー!」
愚痴りながらロッカーにとたとたと近寄る。古ぼけたロッカーはドアが壊れていて、そこから中身がどさどさと出ていた。古ぼけたシューズ、たくさんのてるてる坊主、ビンゴに使うみたいなボール。そんなゴミをひとつひとつ拾い集めていく。立つウマあとを濁さずだからね。
「あとはこれ――目覚まし時計かあ」
チクタクと音が聞こえる。
まだ動いてるみたいだ。使えるかな?
「ふむり」
デザインもかわいいし、もらっちゃおうかな。
目覚まし時計はまさにいまのマリタイムシッパーちゃんに必要なモノだしね。
今から私は、夢から目を覚まそうとしているわけだし。
うん、そうしよう。
我ながらテキトーな理由をつけてわたしは目覚まし時計をいただくことにした。
と、その前にとりあえずテストだ。
「さあ目覚ましくん、わたしの目を覚ましてくれたまえー!」
じりりりりりりりりりりりーん!!
ベルを鳴らした、直後だった。
ざああああああああああああああああああああああああっ!!!
「えっ」
視界が一瞬かすれ、次の瞬間。
わたしはピンク色の花の嵐の中に立っていた。
「え――――へっ?」
ぼーぜんとした。
「ここ――どこ?」
いや、学園寮のゴミ捨て場だ。それはわかる。ただほかは全部違ってる。だってまず寮のまわりにウマ娘がたくさんいる。さっきまで人っ子一人いなかったのに。で、みんな春の制服だ。その頭上には桜が落ちてきていて、さっきのピンク色は桜の花びらだとわかった。
いや、え、ちょっと待ってください。
マリタイムシッパーちゃんは混乱しています!
誰か、どういうことなのか説明してください!
心の悲鳴をあげた直後だ。
「あっ! 見つけました!」
緑の服の女の人と視線が合った。直後。
ぱかぱっかぱからーっ! きききーっ!
「もう、集合場所から離れちゃダメですよ、マリタイムシッパーさん!」
「え……あ、理事長秘書のたづなさん、ですか?」
とんでもないスピードでわたしに近づいてきたたづなさん。
いったい何の用なのだろう、と思っていたら、ぐいっと腕を引っ張られ。
「そろそろ入学式が始まります! 体育館まで来てください!」
「へ――いや入学式って、わたし、関係ないですよね」
「花の新入生さんが何を仰るんですか」
「……ええー」
なにもかもわけがわからない。
いや、ひとつだけわかることがある。
「(これ、夢だ)」
わたしは夢から覚めて。
そしてふたたび、夢を見始めたのだ。
めざせ未勝利脱出。