ブルマ姿のウマ娘3人によだれを垂らす変態さんに声をかけると、奇声を発してぺこぺこと謝ってきました。
「あたしの名前はアグネスデジタル」
アグネスデジタルさん。どこかで聞いた名前です。
思い出そうと頭をひねっていると。
「どこにでもいる平凡なウマ娘です」
「へい……ぼん?」
わたしの知ってる平凡なウマ娘は奇声を発しながら右回りに回転はしませんね。
「平凡とは、わたしみたいなウマ娘のことだと思いますけど」
「へ?」
デジタルさんはわたしの胸をじーっと見ました。
ひゃう。
えと、いや、わかってますよ。
おっきいほうですよね、わたし、マリちゃん……の、おっぱい。
なにしろわたしよりおっきいウマ娘、ほぼ見たことないです。自分でもわかってます。でもでも。サイズがおっきくたって、ウマ娘の本領たる足と性格が平凡なら、やっぱりわたしは平凡だと思うんです。だいたいデジタルさんのほうが、ちっちゃくてかわいいし。
そんな子にじーっと上目遣いで見られると。
なんというか……かあっと、赤くなるです。
「あのう……流石にそこまで見られると、恥ずかしいのですが」
「ああああああああー!? もももも申し訳ありませんんんん!!」
デジタルさんはぴょんっと跳ねて土下座しました。
「その、決して! 決して貴方様の豊満な胸に、不届きな感情を抱いたわけではないのですが! ほんとにほんとに、すごいなーと見てしまったといいますか、しかし不快にさせてしまいましたのは事実! ウマ娘ちゃんへのセクハラは言語道断にして大逆罪、このうえは腹を切ってお詫びをばああああ!!!」
「待って待って!!!」
やっぱり平凡じゃないと思う。
しかしこの子が本当にゴールドシップさんの言ってた、すぐ友達になってくれる天使なのでしょうか。たしかに見た目はランドセル背負ってそうです。ピンク髪でちっさくて可愛いです。抱きしめたらなんかふわっとしてそうな感じ。性格は変態ですけど。
「お詫びはいらないから、ええと……頼みが」
「ひゃい!!! デジたんにできるお詫びならダンスでも切腹でもしますですよ!?」
「切腹はしないで……うーん」
さてそこでわたしは迷ってしまった。
「(何を言えばいいんだっけ?)」
タイムループして精神病みそうなので友達になってください、なんていきなり言っても流石に信じないだろう。そもそも精神病みそうだから、という理由で友達をつくるのも失礼な気がします。デジタルさんだって変態なりに忙しいはずだし。
デジタルさん。デジタルさん……?
「あああっ!?」
思い出しました。
「あなたはまさかあの平地ダート海外でG1を6勝した伝説のウマ娘、アグネスデジタルさん!?」
「ヘ、ヒョエ??」
デジタルさんは首を傾げました。
「あのう。後半は正しいですが前半は大きくちがいます。あたしはただウマ娘ちゃんと同じ空気を吸いに来た、ごくごく平凡なウマ娘です。G1なんてとてもとても」
「あっ。えと、ごめんなさい!」
「そもそも平地ダート海外でG16勝なんて。あはは、日本の歴史にそんなウマ娘いませんよ。というかいたら伝説どころか神話ですよ」
「そ、そうですよね」
ついループ前の記憶を喋ってしまいました。
わたしはぺこぺこと謝りながら考えます。そうだ。この人は間違いなくアグネスデジタルさんだ。香港と地方と中央と芝とダートを駆け抜けた、戦場を選ばない勇者。いまはまだデビュー前みたいですが、彼女は3年後に、伝説の勇者になるのです。
平凡なんてとんでもない。
彼女は神話を築いた天才ウマ娘なのです。わたしとは大違いの。
――それなら。
「なんでもないです。失礼しました。わたし、そろそろ練習しに行きますね」
「あ、ハイ……?」
わたしはくるりと振り向いてタタっと走り出しました。わたしなんかと関わって、デジタルさんの輝かしい将来が変わってしまったら申し訳がありません。ゴールドシップさんには悪いですが、今回はご縁がなかったということですね……と。
「うん、仕方ないや。ひとりでがんばるぞー!」
走りながら【おー】と手を天に突き上げました。
直後、涙がぽろぽろと出てきました。友達、ほしかったなあ……という思いのせいでした。
ええい、泣くんじゃない、わたしよ。しっかり前を見て走るんだ。でないと転んじゃうぞ!
すると、こつんっ!
「きゃー!?」
ほんとに石に転びました。ごっちーん! 木に正面からぶつかりました。クラクラします。視界が暗くなります。あ、やばい。連日のトレーニングで体力消耗してたせいで……意識が制御できません。ああ、だめです、今日もまたやり直しさなきゃ…………。
そして明転。
ぱちり。
「……わたしの部屋だ」
目を覚ますとわたしは部屋のベッドで寝ていました。無意識でここまで来たのでしょうか……と思ってあたりを見回すと、ぴこんっと、ピンク色の尻尾が視界のはじっこで持ち上がりました。椅子に座ってるウマ娘さんが、わたしをじっと覗き込みました。
「おお! 起きられましたのですね!」
ぴこぴこと尻尾を揺らして嬉しそうに笑う子はアグネスデジタルさんです。
そうか。わたし、この子に助けてもらったんだ。
「まだ寝ててくださいね。あ、僭越ながらおかゆを作りまして、お召し上がりますか?」
「え……あ、はい、ありがとうございます……」
デジタルさんは木のスプーンをふーふーして、わたしにあーんをしてくれました。
はむっと食べます。おいしいです。デジタルさんが作ってくれたんです。
「……ごめんなさい」
結局、練習の邪魔をしてしまいました。
この邪魔のせいでデジタルさんのG1がひとつ減ってしまうかも……と考えると身が震えてしまいます。失敗しちゃったなあ……と、そうだ。わたしは棚を見ました。目覚まし時計が変わらず棚にありました。ベルを鳴らせば、今日の朝に戻れるはずです。
よーし、と手を伸ばしたそのときでした。
「ところで、僭越ではありますがデジたんは申し上げたいことがあります」
「え。申し上げたいこと?」
デジタルさんはものすごく真剣な顔でコクリとうなずきました。
「部屋に入ったときあなたの練習メニューを見ました。本来ウマ娘ちゃんのプライバシーは絶対に保護されるべきなのですが、しかしながらどーしても見過ごすわけにはいかず……! 後ほど腹を切ってお詫びしますので具申だけは!」
この子は切腹が趣味なの……?
「マリタイムシッパーさん。あなた練習しすぎです!」
「あう」
「この二週間、休養日がぜんぜん無いじゃないですか! これでは99%ケガしてしまいます!」
「はう!」
急所を突かれました。
ええ、わたしの練習メニューは殺人的です。常人なら99%ケガするでしょう。
しかし1%はいけるということなので、だからわたしはループしてがんばってたのです。
「練習、やめられないんですか?」
わたしは黙り込んでしまいました。
タイムループのことを説明するにも、余計に心配されちゃうかもですし。
ゴールドシップさんも心配させてしまったみたいですし。
するとデジタルさんは。
「……すみません。あたしごときが出過ぎたマネでした。他人の練習プランに口を出すなんて」
わたしが困ったのを見て、デジタルさんは礼儀正しくぺこりと謝りました。
「でもせめて、コレを受け取っていただけますと幸いです」
デジタルさんはすっと緑色の布袋を差し出しました。無病息災、とあります。
「気休めのお守りですが、よろしければ!」
「ありがとう……あれ。どこかで見たことがあるような?」
どこで見たんだったか……と、わたしは思い出します。
そうだ。前回ループ。アグネスデジタルさんが六冠を達成したとき。表彰台で飛び跳ねる彼女の胸に踊っていました。たしか『推しのお守りグッズです! 本当に効果があります!!』とか目を輝かせてて、そのあとインタビュー記事で――って!!
「これは受け取れません、デジタルさんの宝物じゃないですか!!」
「ヒョエッ!? いえその、拾い物ですよ?」
「嘘です! ネイティヴダンサー神社の特別なお守りだって言ってました!」
「ギョエエェェェ!? なななぜ誰にも話したことのないデジたんの秘密をっ!?」
それはインタビューで本人が言ってたからです。
デジタルさんはとてもバツが悪そうです。
「そんな大切なものを渡しちゃいけません! なんでこんなことを!」
「ごめんなさいごめんなさい! どうしても放っておけませんでして!」
「……え」
デジタルさんは泣きながら言い訳をします。
「わかってるんです。自分は推しに何もできないし、できるのは見守るだけだって。でも、マリタイムシッパーさん、本当にお辛そうで。ほんの少しでも、笑顔になってほしくて。だからその……せめてお守りだけでも貢献できれば、と思った次第なのです……ハイ……」
「…………デジタルさん」
落ち込むデジタルさんを見て、わたしの胸がずきりと痛みます。
この人は……ほんとにわたしを、心配してくれてたんです。
「余計なお世話で本当にすみません。万死に値する行為と自覚してます……でも、それでも」
おどおどと体を縮こませながら、デジタルさんはそれでも。
「それでも……どうか怪我だけは、しないでほしいのです」
わたしはゴールドシップさんの言葉を思い出していた。
『天使みたいなウマ娘だ』
まさしくそのとおりだ。
さっき出会ったばかりのわたしなんかを本気で心配して。
嘘をついてまで大切なものを渡そうとしている。
ぽろりと、涙が出て頬を伝うのを感じた。
「ヒャワワワ!? マリタイムシッパーさん!?」
涙の理由はやさしさを感じたのは久しぶりで、それが暖かすぎたせいだった。
そのとき、ちりーん。
ポケットからチャイムが鳴った。タイムループのリミットだ。
今日を「なかったこと」にして、目覚まし時計を鳴らすための合図だった。
「……時間」
わたしは選択を迫られていることに気付いた。
デジタルさんの将来を狂わせないために、目覚まし時計を鳴らして、今日をまたやり直すか。常識的に考えたらそうすべきだ。彼女は神話を築くべきウマ娘だ。わたしなんかに関わってはいけない人なのだ。だからわたしは、この間違いを正すべきなのだ。
わたしは平凡なウマ娘だから。
特別なウマ娘さんの人生を狂わすなんて間違ってるのだ。
「どどどどうかしましたか!? まだ痛むのですか!?」
わたしは平凡なウマ娘だから――。
「…………」
だから、こうするしかない。
「……デジタル、さん」
気がつくとわたしはぎゅっとデジタルさんの袖を掴んでいました。
「ヒョエっ!?」
「ごめんなさい。お願いがあります」
「え、あの……?」
いろいろと限界でした。
わたしはデジタルさんの袖をきゅっと引き寄せ、そして口を開きます。
かすれる涙声になってしまってました。
「どうか……わたしと、友だちになってください」
はい。
わたしは平凡なウマ娘だから。
せっかく触れた優しさ「なかったこと」にできるほど、強くはないのでした。
へい……ぼん?(一点凝視)
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