宇宙人の襲来も、第三次世界大戦もなかった、当たり前の未来。
フィギュアバトルサービスで一世を風靡した「武装神姫」と、それにあこがれる少年の、ほんの一幕。
「主……今日は、どなたかお客様がお見えになる予定は……?」
作業机の片隅に置かれたクレイドルの上から、少しかすれた声が聞こえてきて作業の手を止めた。
カレンダーを確認し、頭の中で予定を反芻するが、特に何かあったような覚えはない。それを告げると、そうでしたか、と少し寂しそうな声が返ってくる。
「なんとなく、今日はお客様が見えるような気がしたのですけれど……」
そう言うと、相棒はその小さな瞳を窓の外に向けた。
2050年……。
宇宙人の襲来も、第三次世界大戦もなかった、当たり前の未来。
それは、武装神姫というバトルフィギュアサービスが、世界的な流行を迎えた時代だった。
俺と相棒のシャウラは、そんな時代を駆け抜けてきた。
武装神姫のバトルサービスは、モータースポーツと呼べるほどの規模になり、バトルロンド、バトルマスターズ、バトルコンダクターと、幾度も規格を替えて続いていた。その中で、俺とシャウラは大きな大会でも一定の成績を収める程度には、入れ込んでいた。
その誕生から十年余りを数えた今は、様々な後発のフィギュアバトルサービスが始まり、先駆けとして世に出た武装神姫も、いつしか数多ある規格のひとつになった。そして、今では公式のサポートも終了を迎え、コンテンツとしては完全に後輩に道を譲った格好だ。
工業製品の寿命は、永遠ではない。そんな当たり前のことを、この数年は噛み締めてきた気がする。かつて一緒にバトルロンドに打ち込んできた仲間も、相棒の神姫をロストして辞める者や、新しい相棒と一緒にフィギュアバトルを続ける者など、様々だ。が、その中でも俺のように未だに神姫と共に生活している者は稀だ。
シャウラの内臓バッテリーは劣化し、部品交換もままならないため、今では一日の大半をクレイドルの上で過ごしている。ボイスユニットも劣化が目立ち、かすれた声でしゃべることが多くなった。四肢に至っては耐用限度を年単位で越えており、次に破損したら純正パーツでの補修は無理だ。今だって内部パーツは純正品100%なんて望むべくもなく、大半は新規格の流用品や加工品で賄っている。それには当然コストも手間も余計にかかり、それを考えれば武装神姫から離れた仲間を責める気にはとてもならない。
ふと始まったどうにもならない感情は、唐突に聞こえてきた玄関チャイムによって遮られた。
「ほら、主、やっぱりお客様ですよ。最近、私の勘は当たるんです」
そう言って微笑むシャウラの顔を、俺は久しぶりに見た気がした。
◎
「久しぶりだな、明。最後に会ったのは引っ越す前だから、もう七~八年前か?」
「八年前だよ、伯父さん。伯父さんが引っ越したのは、小二の頃だったからね」
「それがもう高校生か……俺も年を取るわけだな」
対面に座った明は、わざわざ俺に見せるために高校の制服を着てきたのだという。まだ新しい制服は、この地域では有名な学校だが、決してランクの高い学校ではない。しばらく前に実家に戻った時に弟が明と進路のことでもめているというような話をきいたような記憶がある。が、正直対岸の火事だと思って話半分で聞いていたし、今の今までそんなことは忘れていた。
「ここ何年かは正月にも中々会えなかったし、進学祝いも何にも用意してないな……何か、欲しいものはあるか?少しくらい値の張るものでも……」
「そう言ってくれると思ってた。実は、あるんだ、欲しいもの」
明の目が急に輝いた。なるほど、突然訪ねてきたのは、そういう魂胆があったのか、と感心する。思えば、子どものころから頭の回る子ではあった。おそらく、弟夫婦や祖父母には頼みにくい物でもあるのだろう。そう考えて、気軽に俺は何でも言ってみろ、と言ってしまった。
「俺さ、伯父さんに昔、約束してもらったことがあるんだ。その時は、子どもにはまだ早いって言われたんだけど、でも、伯父さんは俺が十五になってもまだそれを欲しいと思うようなら、譲ってやる、って言ってくれたんだけど、覚えてる?」
……まったく覚えがない。そもそも、俺が引っ越す前にはよく遊びに来ていた甥っ子だが、その頃の俺は完全にフィギュアバトルに入れ込んでいた時期だったし、子どもの欲しがるような物を持っていただろうか?
「悪い、なんだったっけ?覚えてない」
「まぁ、そうだよね。確かに子どもの戯言みたいなものだろうし、忘れちゃっても無理はないよ」
そう言って、明は視線を外した。さすがにちょっと申し訳ない気持ちが頭をもたげる。
「でも、俺はずっと本気だったんだよ。だから、伯父さんに約束を守ってもらいたいと思って、今日は来たんだ」
「それは悪かったな……で、明は何が欲しいんだ?」
次に紡がれた甥っ子の言葉に、俺はさすがに耳を疑った。
「俺、武装神姫が欲しいんだ」
明は堰を切ったようにしゃべりだした。
武装神姫を今欲しがるということが、どれほど難しいことか、理解している、と明は語った。それに、ただ手に入れて終わりではない、ということも。たとえば、メンテナンスひとつとっても、純正のパーツを買ってきて終わり、とはいかない。それがいかに大変なのかを知った上で、幼い日の約束通りに、武装神姫が欲しいのだ、と。そして、そんな状況を自分でどうにかできるように、今勉強中だ、とも。
そして、それを聞くうちに、確かに、そんなことを言ったのを思い出してしまった……
「お前、まさかそれで……」
「うん、進学先にこの学校を選んだのも、県内では有名な工業系の学校で、フィギュアバトルも盛んだし、実技でパーツの加工なんかも勉強できるっていうことを調べて、ね。それで決めた」
……なんということだ。そういえば正月に実家に帰った時、弟がなにやら俺に文句を言っていた、というようなことを聞いた気がする。そりゃあ確かに、弟からしたらちょっと納得できないことだろう。唐突に弟夫婦に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「俺さ、伯父さんが武装神姫のバトルでは結構な有名人だってことも、後から知ってさ。俺も、そんな風にフィギュアバトルをやりたいってずっと思ってて。でも、今の流行の規格には、いないんだ。俺の相棒って呼べる奴が。だって、俺の相棒は、ずっと前から……」
「ちょっと待て、今からフィギュアバトルをやるのに、武装神姫を選ぶ。そう言ってるのか?」
明の話を遮った俺の声は、自分でもちょっと驚くほど力がこもっていた。当たり前だ。これは、絶対に断らなければならないのだから。
◎
武装神姫は、フィギュアバトルサービスの中では画期的な規格だった。が、それはもう十年も前の話だ。工業製品の十年は、決して短い時間ではない。新しい規格が古い規格に取って代わるのは、ちゃんとした理由があるのだ。ましてや、フィギュアバトルはもはやモータースポーツと言っても過言ではない。日進月歩の技術を詰め込んで、わずかな差を競い合う、そんな環境になってしまっている。
要するに、本気でフィギュアバトルに取り組むのなら、十年前の骨董品を相棒にするべきではないし、もしそうしたいというのなら真剣な競技の世界に入るべきではない。それは、明にとっても、明に選ばれた神姫にとっても、不幸にしかならない。
そういう内容を、とうとうと明に語って聞かせた。
今もって、神姫と共にフィギュアバトルという競技で活躍しているプレイヤーはいない。その事実が、何よりの証明だ。神姫は、現行のフィギュアバトル競技には、もはや活躍の場はないのだ。
◎
「……と、いうことだ、明。武装神姫が欲しいというのなら、それは構わない。でも、フィギュアバトルを本気でやりたいのなら、そこに神姫を持ち込むのは反対だ。難しい目標だとか、そういう次元じゃない、出来ないことを目標にするのは、神姫にとっても辛いだけだ」
俺の真剣な反対は、明にとっては思わぬことだったのだろう。しかし、唇を噛んだままうつむいている明自身が、きっと誰よりもそのことを分かっているはずだ。それが正論だと分かっているからこそ、明は、今何も言えないのだ。
「いいではないですか、主」
ふいに、背中越しにかすれた声が聞こえる。振り返るとそこには、シャウラが立っていた。
「シャウ、起きてきたら駄目じゃないか」
「いえ、今日は朝からずっとクレイドルの上でしたから、少しなら大丈夫です。それより主、武装神姫が骨董品とは、随分な仰り様ですね」
にこやかな声で話すシャウラだが、その眼差しは真剣だった。
「確かに、武装神姫は現行のバトルサービスでは時代遅れの規格です。私とて、もう実際にバトルをすることは叶わないでしょう。ですが、それはこの体がすでに十年以上を経たものだからです。主であれば、パーツを組み上げて新しい神姫素体を作るくらいのことはできるでしょう?」
「……そういうことを言ってるんじゃない、俺が新しく神姫を組み上げたところで、それが今のバトルで通用するかどうかは別問題だし、何より定期的なメンテナンスですらどれだけ手間がかかるかわかったもんじゃない」
「明さんは、それを承知で、武装神姫を選ばれたのでしょう?ただ流行りの規格を選ぶより、よほどご立派ではないですか。それに、結果がついてくるかどうかは明さん次第でしょう。私とて、素体の劣化さえなければ、出来たばかりの最新規格に劣るとは、まだ微塵も思っておりませんよ?」
「そうだよ、伯父さん。俺は、今相棒に武装神姫を選ぶのがどれだけ大変なのか、分かってる。でも、他に選べないんだ。俺の相棒は、伯父さんが見せてくれた機体でなきゃ、ダメなんだよ。俺だって、他の機体で代わりになるんならって、何度も思ったよ。最近の規格だけじゃなく、マイナーな機体も調べたし、メーカーの新作発表会に行ったこともある。でも、他にいないんだ。代わりなんて選べなかった。他の機体じゃ、ダメなんだ」
割って入った明の声は、真剣そのものだった。シャウラの向けてくる微笑みも、いっそ清々しいくらいに俺の胸を刺してくる。
「……まったく、どうしてうちの家系はこう、言い出したら聞かないのかね」
がしがしと頭を掻きながら、席を立つ。シャウラを掬い上げてから、明に指で着いてこいと伝える。行きついた作業部屋には、修理用のパーツや自作パーツに混じって、引き取った神姫のコアパーツや半分ジャンクとしか呼べないような素体もある。
「こいつだったな、明。お前が惚れ込んでるのは」
雑に整理されたパーツボックスの中から、それを取り出す。ジャンクと呼ぶにはあまりに手入れされたその素体は、水色のツインテールを揺らしながら、ゆっくりと明の前に差し出された。
「伯父さん、これ……」
「中身は整備してあるが、コアパーツとCSCは一から新しいのを用意してやるから、一週間待て。それと、新しいって言ったって、こいつは2036年製で、決して新品じゃあない。そのことを、十分に理解して扱ってやれ。分かったな?」
「うん、うん!」
明の声は明らかに上ずっていた。そっと手渡すと、明は小刻みに震える手で、受け取った。触れたら壊れてしまうとでも思っているんじゃなかろうか。そんなんで、過酷なフィギュアバトルが本当にできるのかね……
「この子……昔、伯父さんの家で見たまんまだ……」
「当たり前だ、俺が整備に手を抜くわけがないだろ。ましてや、いくら機能を停止したって言ったって、そいつは大事な俺の家族だ。もし壊しても直してはやらないが、大事にしなかったら承知しないぞ」
「うん……ありがとう、伯父さん」
明の視線は、その手に抱かれた一体の武装神姫に注がれていた。もう何を言っても、耳に入っているかどうかも怪しいな。
「それと、名前はちゃんと付けてやれ。そいつはもう、お前の家族だ」
「うん……一週間後に、受け取りにくればいい?」
「そうだな、今日のところはもう帰れ。これから、もう一度最後のメンテはしてやる。その後は、全部自分でやるんだ。なにせ、こいつはもうお前しか頼れるものがいないんだからな」
「わかった」
おずおずと差し出された神姫……ストラーフを受け取り、傍らに置くと、俺は追い出すかのように明を見送った。部屋に残されたシャウラが、良かったですね、メサルティム、と呟いたのを、背中で聞きながら。
◎
「なんだ、あいつ、あんな古いフィギュア使ってやがる」
「何考えてんだ、ぼろ負け確定だろ、あんなの」
「武装神姫?十年以上前のだろ」
「言われてるぞ、オーナー」
「言わせとけよ、フトゥーロ。それが間違ってるって、教えてやれ。武装神姫は、お前は、十分一線で戦える、ってさ」
「了解、オーナー!」
武装神姫 10years after.
May be continued.
But that is another story to be told another time...