「それで、お母さんが……って聞いてますか?ミオリネさん…」
「っえ?あぁ、ごめんなさい。なんだっけ?」
「もぅ…」
二人きりのお昼ご飯の時間。ミオリネはまた上の空だった。最近一緒の時間が増えたのでミオリネを見る時間も必然的に増えた。そうしてようやく分かったことがある。時々ミオリネはスレッタの事すら気にしないほど上の空になる事があるようだ。
スレッタの顔を見ながら、スレッタ以外の事を考えている。それでも、目線はスレッタを見据えている。それは彼女の先にあるものを見ているようで。
と、昼休みの予鈴。
「あ、もう予鈴鳴るのね。行きましょう、スレッタ」
「……はい」
・・・・・・
「聞いてよエアリアル…」
スレッタは僕の元へやってきた。今日は悩みを抱えているようだ。どうやら、ミオリネがスレッタを見てくれないらしい。正確には見てはいるのだが、何故だがスレッタではなくて、他のことを考えているとの事。その先にあるのもを見ているような気がするなんて言われても、僕にはミオリネの事は分からない。
「少しでも、元気になってくれたらいいんだけど…」
と、コクピットのディスプレイに触れて、何かを調べ始める。『恋人に優しくする方法』『恋人の悩みを解決する方法』『恋人 気持ち 分からない』『こいび…』あ、まってスレッタそれはアカン。とブラウザを表示出来なくする。
「……ミオリネさん」
ポツリと呟いた。きっと、スレッタなりに悩んでるんだ。それはこの子の優しさ。そしてミオリネを思うが故の事。そういう優しい所はお母さんに似ているねスレッタ。それなら、と僕はスレッタとお母さんの写真を表示して見せた。
「これ…お母さんと私の…」
泣いてるスレッタに寄り添うお母さん。
むんつけるスレッタと一緒に座るお母さん。
ごめんねと謝るスレッタの頭を撫でて許してくれたお母さん。
そして、寂しそうな時はずっとそばに居てくれたお母さん。
「そっか…そうだよね」
懐かしそうに写真を見ながらディスプレイを撫でる。
「お母さん」
懐かしむように呟いた。水星にいる間はお母さんが唯一の家族。他の住民の人達も優しくしてくれたけど僕達を受けれいてくれない人達も少なからずいた。それを支えてくれたのがスレッタのお母さんだから。きっとスレッタのそれはお母さんにされた事をしてあげればいいと僕は思った。
「ありがとう、エアリアル!」
スレッタの顔がたちまち明るくなる。元気にコクピットから飛び出して、恐らくミオリネの所へ駆け出した。
本当に人の心は謎だ。僕にはそんなものはないけれど、スレッタの喜ぶ顔を見るのは僕も嬉しい。
頑張ってね。スレッタ。
・・・・・・
「はぁ……」
自室の畑で一人。スレッタは隣の部屋にいる。また上手く話せなかったと、ミオリネはため息を吐いた。それもそうだ、母親の愛情が羨ましいなどとは言えない。ただ単に恥ずかしいだけと言えばそれまでだが、スレッタからももっとそういう愛情を注いで欲しいと、強く願ってしまう。それは、きっと、恋人がいるなら誰でもそうだ。この植物のように。私もスレッタへ愛情を注いでいるつもりだ。だけれど、一方的なものではなくて、もっと…。
「ミオリネさん…?」
スレッタはおずおずとミオリネを呼びに来ていた。
「今日はもう遅いですから、寝ましょう」
「ん、そうね」
こうして二人は眠りに着いた。
・・・・・・
「ん…?」
ふと、感じていた体温が無くなり目が覚めた。隣で寝ていたはずのミオリネが居ない。スレッタはベッドの空いたシーツを撫でるとまだ温もりが残っていた。
さっきまで寝ていた…?
スレッタは何を考えるわけでもなく、ミオリネがいるであろう場所に足を運ぶ。
「いた…ミオリネさん」
「あぁ、スレッタ。ごめんなさい。起こしたわね」
自室の畑にミオリネは座っていた。何をする訳でもなく、ただ、しっかり育っている植物の葉を撫でていた。まだ、その顔をしている。昼間からずっと。それなのにミオリネはスレッタには何も言わなかった。心配されたくないのか、それとも、余計なお世話なのか。元気の無いミオリネを見ると、スレッタも少し距離を置いてしまう。触れてはいけないと思う。それはスレッタが介入する余地のない事だと思っているから。
でも、それでも。スレッタはそんなミオリネを見兼ねていた。少しでも笑顔になって欲しいと思った。だから、エアリアルにも少し相談した。ニカにもチュチュにも。そしてそれはスレッタにしか出来ないことだと言われた。
だから。
『逃げたらひとつ。進めばふたつ』
母の言葉を思い出す。
逃げれば、ミオリネの独りの時間が手に入る。
進めば、きっと───。
「今日は…何かあったんですか?ミオリネさん」
「え…?」
スレッタは少しずつでも、ミオリネに歩を進める。
「ずっと、浮かない顔でした。朝からずっと」
ミオリネの隣に座って、一緒に畑を見る。
「……」
ミオリネはまだ黙っている。
「そ、相談出来ないことならいいんです!私も全て解決できる訳じゃないんですけど…でも、話を聞くことぐらいなら…出来ますから…」
物珍しい自分への寄り方でミオリネも少し驚いて目を見開いた。まさかスレッタから心配されるとは。自分で自分を笑い、もの惜しげに植物を眺めながらミオリネは口を開いた。
「アンタ、自分のお母さんのこと話してる時、すごい嬉しそうに話すわよね」
「え?」
「そんなアンタが少し羨ましかった…。ちょっとね。私にはそういうの少なかったから…」
葉を撫でるミオリネは少し悲しそうな顔をしている。いつもは気の強いミオリネだが、スレッタと同じ、母親の事が好きなのだろうか。スレッタには分からなかった。
「ミオリネ…さんも、お母さんの事…好き、なんですか?」
聞かれるとミオリネはそんな自分に呆れたのか鼻で笑う。
「まぁね。アンタと同じくらいかも」
小さく軽やかに笑ったミオリネが愛おしく見えた。それと同時に自然と体がミオリネを抱き寄せていた。突然の事で少し固まって、目線をスレッタへ向ける。
「なに?いきなり…?」
「あ、あの…寂しい時、とか、私が泣いちゃった時、とか、お母さんがこうして、抱きしめてくれたんです。だから、その、今のミオリネさんが寂しそうに見えた…から、その…こうしてあげたいな〜って、思って」
慌ててはいるが、まだ優しく抱きしめてくれている。なんならとミオリネはスレッタに体を寄せる。暖かい。撫でてくれている手が心地よい。
「あ、あの、ミオリネさん…」
「ん?」
「やっぱり…寂しかった…のでしょうか…?」
ぎゅううと、スレッタの腕に力が入る。緊張して顔が赤い。なんなら少し震えている。そこまでしなくてもいいのに、とミオリネは小さく笑って、スレッタに身を預けた。
「そーね。多分寂しくなったんだと思うわ」
少しやけくそ気味に、でも、確かに言葉にした。
「な…なら、寂しくならないようにずっと…こう、してます」
もっと腕に力が入る。
「ちょっと、痛いわ。スレッタ」
「わ!ご、ごめんなさい!えと、これぐらい…で大丈夫でしょうか?」
「ふふっ……うん。ありがとう」
いつも通りの優しい力でまた抱きしめ直してくれた。抱き寄せたミオリネの顔を見るとスレッタの中でふつふつと沸き立つ。目も離せなくなる。その綺麗な唇に。
スレッタが進んで手に入れるふたつめがそこにあった。いつもはされる側だったが、今日は違う。
「あ、あの…ミオリネ、さん?」
「ん?なぁに、スレ───」
風がそよぐように訪れたスレッタからのキスはミオリネには全く予想出来なかった。一瞬だったが、確かに感じた温もりは、ミオリネの心を灯した。
「やっと…出来ました。私から…やっと」
「スレッタ…」
「ずっと、ミオリネさんからだったから、私からもしてあげたいなって思ってて」
なんとも、可愛らしい理由にミオリネは堪らず吹き出してしまった。
「あっははは!なぁにそれ!」
「そ、そんなぁ!笑う事ないじゃないですか!」
「ごめんごめん。なんかあんまりにも可愛くて」
「うぅ……」
顔を真っ赤にするスレッタ。予想外だったので、こちらも顔が赤いミオリネ。まさか、ここまで心配されてるとは思わなかった。でも、そういう風に考えさせてしまったことは事実で、スレッタがここまでやってくれたのもまた事実。だから、謝らなくてはいけない。こんな自分を愛してくれるスレッタへ。
「ごめんなさい。スレッタ。ありがとう」
「───っ」
仕返しに頬へキスを付ける。それでも、スレッタは驚いて肩を揺らした。頬を擦りながらミオリネの顔を見るといつも通りに戻っていた。それを見てスレッタも顔が笑顔に溶けていく。
「えへへ…やっといつも通りに戻りましたね。ミオリネさん」
子供のような笑い方でミオリネも少し呆れてしまった。こんな簡単に恋人を笑顔にできる自分とこんな事で笑顔になる恋人に。単純だと笑った。
「さぁ、寝ましょ。スレッタ。明日は決闘だものね」
「はい!頑張ります!」
・・・・・・
「っていうことがあったんだ」
決闘する場へカタパルトで搬送されてる最中に、スレッタは昨日の出来事を話してくれた。どうやら、スレッタは前へ進めたみたいだ。
「これでやっと一つだ。ミオリネさんにしてあげたいことリスト」
スレッタは端末を弄りながらニコニコとご機嫌そうだった。良かった。スレッタが笑顔なら僕も頑張れる気がする。昨日の不安そうな顔はどこへ行ったのやら、スレッタの操縦桿を握る手にはちゃんと力が入っている。
「なぁに、ニヤニヤしてんのよ。今回も油断しない!」
「はい!ミオリネさん!」
ミオリネも言い方は少しキツいが柔らかい顔だ。モニター越しでも分かる。
「行こう!エアリアル!今日も勝つよ!」
スレッタはしっかりと前を向いている。
昨日手に入れたのはきっと、
『ミオリネの元気』と『スレッタがミオリネにしてあげたかったこと』。
スレッタはそのおかげで今日はめいっぱい元気だ。
「スレッタ・マーキュリー。エアリアル。行きます!」
そうだね。
君がミオリネと歩んでいく道を僕は守ってみせるよ。
僕は君の大切な家族だから。