URAファイナルズを笑顔で終えた後。最近は出走の頻度を少しだけ落として参加しています。
トレーナー室へ繋がる廊下の窓を見ると、鮮やかな秋色にお色直しを始めた景色が広がっていました。
「トレーナーさんはいらっしゃるでしょうか...?」
今、トレーナー室に向かっています。
トレーニングはお休みですが...それは些細な問題です。今日は一日中彼の顔が見たくて仕方なかったので、気が付けばトレーナー室に軽やかな足取りで向かっていました。
...チヨノオーさんからも今日は様子がおかしいと言われてしましました。
「ふふ..♪」
苺色の髪を弾ませる、まるで子犬のように愛らしい同室の親友の姿を思い出して、思わず頬が緩んでしまいます。
「ふぅ..」
確かに...少し身体が熱いような...
最近は体調を崩すことも少なくなり、油断していたのかもしれません。
「トレーナさんは..いらっしゃるようですね」
3回ノックをして返事を待ちます。...本当は鍵を持っていますが、彼の声が聞きたくて返事を待っています。
「うん?どうぞ」
トレーナーさんの優しい声で私の胸が温かくなりました...♪
「こんにちは。トレーナーさん♪」
トレーナーさんは窓の方を向いて外を眺めていたようです。
机の上にはたくさんの書類が散乱していますが大丈夫でしょうか...?
「こんにちは、アルダン。今日のトレーニングは休みだよ。というか鍵持ってただろ?」
こちらに身体を向けて優しい笑顔で迎えてくれるトレーナーさん。
ああ..今日もお会いできて良かったです。
「ええ。ふふっ...トレーナさんにお会いしたかったのですよ。それに、ノックされた方がドキドキしませんか?」
「...言われてみればそうかもな...」
ふむ、と納得した様子のトレーナーさん。
...きっと私は緩み切った表情になっていることでしょう。
トレーナーさんが立ち上がろうとしていますので、私もいつもの定位置であるソファに向かいました。
柔らかいソファに腰掛けて、身体の力を抜いたとき...少しだけ体調に違和感を感じました。
...おや?
「...お茶淹れるよ。」
少し動揺しているトレーナーさん。...どうしたのでしょうか?
ふと、その目線が私の手元、さらにその奥へわずかに移ったことに気づきました。...ああ、なるほど。
「ふふっ...トレーナーさんならもっと見てもいいんですよ?」
彼を見つめて少しだけからかってみました。
...大きく育ったこの胸は、肩こりの原因でもあり好奇の視線にも晒されるので悩みのひとつでしたが...彼に喜んでいただけるのでこの大きさで良かったと思えます。
私より年上のトレーナーさんですが、この胸を見まいと努力している姿は本当に愛らしいです。...しかし、もう3年以上の付き合いですが、この距離感が少しもどかしいです。
トレーナーさんは給湯室に緑茶とマグカップを取りに行かれました。お屋敷では紅茶の方が多いのですが、トレーナーさんは緑茶が好みらしく、ここではいつも緑茶です。
私はどちらも好きです。それに、トレーナーさんが淹れてくださるのであれば、それは全て『特別』になると思っています。
お待たせ、とトレーナーさんが戻ってきました。湯気が出る蓋の無い急須と、水色と白のお揃いのマグカップをテーブルに置いたトレーナーさん。
彼は向かい側のソファに腰掛けました。...そちらに座られるんですね。
「私にお任せください。トレーナーさんは左利きでしょう?」
「ありがとう、アルダン。いつも悪いね」
トレーナーさんは左利き。蓋無しの急須を使うようになって比較的改善されたそうですが、それでも左手では淹れづらそうです。
...なんだか...トレーナーさんから熱い視線を感じます...
ちらりと視線を向けると、彼は少し赤い顔で私を見つめていました。
「...っ」
思わず視線を外してしまいました。そんなに熱のこもった視線を向けられると...ドキドキしてしまいます...
...しかし、わたしは言わなければならないことがあります!
「ところで...トレーナーさん?」
「ん?」
わたしは不満です!ということを伝えるために口元を引き締めます。そして、水色のマグカップを白いマグカップに並べました。
「どうして向かい側に座るのですか?」
何の捻りも、間接的な表現もなく直接伝えてしまいました。
きっとひどい顔をしているに違いありません..
「...対面のほうが話しやすくないか?」
「...遠いです」
私はこんなにもトレーナーさんと近づきたいのに..
わたしはとれーなーさんの隣にいきたいです。
その心のままにトレーナーさんの右隣にぴったりとくっつきます。
「ふふ...」
思わず頬が緩んでしまいます。わたしより少し低い体温が心地良いです。
「トレーナーさん。今日は素敵なことがあったんです」
ふわふわした気持ちのまま口から言葉が勝手に出てきます。
「素敵な事?」
「ええ。...今日もトレーナーさんにお会い出来ました」
「そう...だな」
少し硬い表情になるトレーナーさん。
大丈夫ですよ。あなたのメジロアルダンはどこにもいきません。
「...俺もアルダンと会えて嬉しいよ」
「ふふ..」
嬉しい...私もトレーナーさんのお顔が見れて嬉しいです。
ふと、学友が話していたことを思い出しました。
「トレーナーさん、パーソナルスペースというものをご存知でしょうか?」
「他人に許容できる個体距離のことだったか」
「はい。他人に近づかれると不快になる距離のことです。50cmから1.5m程度が仲良しさんの距離だそうです。」
私は...わたしの思うがままにトレーナーさんにくっついていますが...トレーナーさんのご迷惑ではないでしょうか....?
なにを今更とも思いますが、パーソナルスペースは人それぞれです。
嫌われてはいないと思いますが、この距離は適切な距離なのでしょうか...
「私との距離は...不快ですか...?」
トレーナーさんは少し考えて..
「そんなことないさ。...少し肌寒かったから丁度快適だよ」
優しい笑顔で答えてくれました。
それが本心の一部だとわかりました。
「む...」
でも、少し誤魔化しているのもわかりました。
「えいっ」
「えっ?」
私は横からトレーナさんに抱き着きました。
ドキドキしているトレーナーさんの鼓動が聞こえてきます。
今日はどうしたのでしょうか。気持ちに抑えが効きません。
「アルダンっ!?」
「私とくっつくのは寒いからですか?」
心に浮いてきた言葉が、勝手に口から出てきてしまいます。
「離れなさい...」
「いやです。本当のこと言うまで離しません」
止まらない。止まりません。
「アルダン...わかったよ。アルダンとは0cmでも全然不快じゃないよ。」
「...抱きしめてほしいえす」
また...わがままを言っています。トレーナさんの身体に顔を押し付けたまま、トレーナさんの顔を見ることなくおねだりしています。
トレーナさんの右手が私の背中に回り、ぎゅっと抱き寄せられました。
頭を柔らかく撫でられて幸せな私はきっとだらしなく緩み切った表情をしていることでしょう。
ああ...ずっとなでてほしいです...
ふと、トレーナさんが撫でるのをやめてしまいました。
「アルダン、おでこ触るぞ」
「だめえす」
とくに何も考えずに、ただただ駄々をこねました。
「やっぱり...熱があるな」
...トレーナさん...トレーナさん...
「ほら、こっちにおいで」
...なんだかぼんやりします...
「ふあ...トレーナーさん...?」
...トレーナさんの体温が遠ざかり...急に浮遊感が訪れました...
...どうやら浮いているようです...
...背中と膝裏にトレーナさんの体温をかんじます...
...もっと密着したいので、顔をトレーナさんの胸板にこすりつけます...
「(トレーナさんのにおい...)」
...鼻腔に広がるトレーナさんのにおいにでわたしは....
あれ...?どうして私はトレーナーさんにだっこされているのでしょうか?
「アルダン、苦しくないか?」
ベッドまで運ばれてようやく意識がはっきりとしました。
この感覚は...
「大丈夫です...ありがとうございます。」
どうやら熱で頭がぼんやりとしていたようです。
そういえばチヨノオーさんからも指摘されていましたね。
「こっちこそ気づいてあげれなくてごめんな。」
申し訳なさそうにいうトレーナさん。
そんなお顔しないでください...
「いえ..私も油断していました..朝から違和感はあったのですが、放課後にトレーナーさんに会えることを考えると..我慢できませんでした」
この時期は季節の変わり目。最近は気温も急に低くなりました。以前の私ならいつも体調を崩して療養している頃です。
「アルダン..」
「いけませんね..私のわがままで、またトレーナーさんにご迷惑を..」
トレーナさんを困らせています...
「迷惑じゃない。ワガママでもない。俺もアルダンに会いたかったんだ。でも...無理はダメだ」
「はい...」
トレーナさんの優しい声が...私の不安定な心を満たしてくれます。
トレーナさんの左手が...私の髪を...耳を...優しく撫でてくれます。
「トレーナーさん?」
ふと、トレーナーさんの思いつめたような表情に気づきました。
「こんなにも君に惹かれてしまうなんて...」
「えっ」
「うん?あっ..」
聞き間違いではない。
「私は...」
トレーナーさんの左手を胸に抱く。
今。今伝えなくては…
「私はトレーナーさんともう少し近づきたいです。」
言いました。むき出しの私の本音。
「私だけ見てほしいです...」
私のわがままな本性。
「アルダン。この話はまた今度しよう。」
「トレーナーさん...」
今の私は冷静ではありません。自覚は有ります。
しかし、熱のせいでしょうか。私の本能が訴えてくるのです。
「アルダン...今度ちゃんと答えるから」
「いま...今聞きたいです」
...この雄を絶対に逃がしてはならない...と。
「...わかった」
ああ...またトレーナーさんを困らせている...
その事実で胸が締め付けられます。またあなたを...大好きなあなたを困らせています。
トレーナーさんは私の手を両手で包み、私に一歩近づきました。
「...アルダンのことが好きだ。俺も...アルダンを独り占めしたい」
「っ...!」
真っ直ぐに見つめられて、あなたの瞳に私だけが映っています。
感涙で瞳が潤んだ...私の姿が。
「ありがとう...ございます」
それがあまりにも幸せで...
「もう...逃がしませんからね」
それを手放したくなくて...
「えっ」
私の雌の本能が余計なひとことを付け加えました。