アルダンとドライブ
すっかり秋色に衣替えを終えた景色。しかし、ちらほらと冬の訪れが見え隠れしている頃。
俺たちは高速道路で遠征先に向かっていた。前泊の予定なので行程的には余裕がある。
「~♪」
決して乗り心地の良くない愛車の助手席で、何やらご機嫌な様子の彼女。
「寒くないか?」
「ええ。トレーナーさんのひざ掛けでのおかげで温かいです」
助手席のセミバケットシートに収まる美しいウマ娘。透き通るような空色の髪と菫色の優しい瞳が美しい。彼女の名前はメジロアルダン。大切な担当ウマ娘であり...とても大切な恋人だ。
「それにしても...経費で落ちるんだから新幹線でも良かったんじゃないか?」
俺たちは遠征先があまりのも遠い場合を除いて、基本的には俺の車で移動する。
...元々はアルダンの体調を考慮して、できるだけ他人に会わない移動手段を取るという目的だった。最初はトレセン学園所有の車両やタクシーなど色々と試したのだが...どれもアルダンは合わなかったようで、ストレスになっていたようだ。本人は否定していたのだが、レースを見ていると不調なのはよくわかった。
そこで、本人の希望もあって俺の自家用車を使用したところ、驚くほど調子が良くなったのだ。1~2バ身差で勝利していたレースを毎回大差で1着になる程だ。
「いえ、トレーナーさんのお車が良いのです。今の体調であれば他の交通手段でも大丈夫でしょうが、私はこちらの方が良いです。だって...」
「だって?」
頬を染め、何やら言葉に詰まっている様子のアルダン。
「その...あなたと...2人っきりになれるので...♡」
白い頬が赤く色づいた、美しい花のような笑顔。彼女が紡ぐ愛の言葉は俺の心を更に奪っていく。
まったくこのお姫様は...
「俺も...アルダンと2人きりになれて嬉しいよ」
「まあ。ふふっ...♡」
仕返ししたつもりだったが、アルダンの幸せそうな笑顔で受け止められてしまった。
その時、緑色の看板にSAの文字を見つけた。
「少し休憩しようか?」
「ええ。お願いします」
時刻は11時と長針が半周した頃。血糖値が下がって身体が空腹を訴えている。決して燃費の良くない愛車も空腹を告げる黄色いランプが点きそうだ。
SA入口の看板に向かい、左ウインカーを上げて車線を移動する。ギアを下げ、ブレーキの踏圧をじわじわと強くする。
出来るだけ減速ショックが起きないようにブレーキを時々緩めながら安全速度まで減速した。赤いキャリパーのイタリア製ブレーキは効きが良い。
「ふう...」
あまり混雑していないサービスエリア。比較的建物に近い車室に愛車を収めることが出来た。
「お疲れ様です。ここでお昼ご飯にしますか?」
「お腹も空いたからそうするか...アルダン、疲れてないか?少し休もうか?」
「大丈夫ですよ。ふふ...以前の私とは違いますからっ♪」
得意げな顔のアルダン。時折見せるその無邪気な表情は、普段の儚げな雰囲気とギャップがあってとても愛らしい。
「それに...この車、私が乗ることを想定されて色々改造されてますよね?」
...俺が学生時代から所有しているこの愛車はあまり長距離移動するのに向いているとは言えない。
なのでアルダンが言う通り、彼女が乗ることを考慮して色々手を咥えてある。シートは両座席とも疲労を感じにくい純正品に交換して、エンジンマウントとトランスミッションマウントも強化製のモノではなく純正品に戻してある。サスペンションキットのスプリングもショックアブソーバーも柔らかく乗り心地が良くなるように仕様変更を施した。そして、機械式のLSDはリア・フロントともに純正品に戻してある。電子制御のセンターデフは純正のスノー・グラベル・ターマックの切り替え式のままで変更は無い。
まあ、サスペンションキットはスウェーデン製の強化品で、斜交バー入りのロールケージは残っているので結果として乗り心地が良いかどうかは分からない。
「まあ、こちらとしても乗り心地が良くなったから良かったよ」
「でも...トレーナーさんの大切なお車を...」
申し訳ないです...というアルダン。
何をいうか。確かにこのクルマには思い入れはあるが、君はそれ以上に大切なんだ。
「アルダンの方が大切なんだから良いんだ。俺がやりたくてやったんだから」
垂れてしまった耳ごと撫でる。
「ふふ...ありがとうございます」
「よし。ご飯食べに行くか」
先にクルマを降りて助手席に回る。
「さあ、お手をどうぞ?」
サイドバーが入っているので、スカート丈が短いトレセン学園の制服では乗り降りが大変なのだ。
周りから見えないように立ち、アルダンの手を取る
「ふふっ...ありがとうございます。トレーナーさん」
アルダンはシートに両手をつき、何重にもパッドを巻いたサイドバーに器用に腰掛け、これまた何重にもパッドを巻いたロールバーに頭を打たないように気を付けながら、俺の手を取った。
ロールケージ入りのスポーツカーの乗降のし難さは乗り慣れていてもぎこちなくなってしまうのに、彼女はスルリとスムーズに乗り降りできるようになっていた。...さすがウマ娘...身体能力が高い。俺が同じようにして降車しても、アルダンのように美しい所作にはならない。
彼女が降車するのを確認した後、リアドアを開けてかつては後部座席があった場所からアルダンのダッフルコートを取り出した。...ちなみにロールバーにハンガーをかけて持ち運んでいる。...便利だなロールバー。
「ふふふっ...まるでお姫様ですね」
アルダンにコートを着せていると、彼女が嬉しそうな声を上げた。
「君は俺のお姫様だよ」
「と、トレーナーさん...っ...もうっ...♡」
思わず零れたキザなセリフだったので恥ずかしかったのだが、彼女は嬉しそうに微笑んでくれた。
その後のアルダンはご機嫌だった。そんな彼女に癒されつつ、レストランへ向かう。
「あ...トレーナーさん...」
アルダンが俺の右袖を引っ張り呼び止めた。
振り返ろうとしたその時、右腕が柔らかくて暖かいものに包まれた。
「アルダン...!?」
「ふふ...捕まえました♪」
いたずらっぽい笑顔で右腕に抱き着くアルダン。
想いを伝えあった後から、アルダンとの距離感は物理的にも心理的にも近くなった気がする。
「トレーナーさん、エスコートしていただいてもよろしいですか?」
「トレセン学園のみんなには内緒だぞ?」
一応、俺たちの関係は秘密なのだ。...海外に連れ去られたトレーナーが何人もいるし、他にも噂がちらほらと聞こえるのでと今更ではあるのだけれど。
「はい。私たちだけの秘密、ですね...♡」
そう言って微笑むアルダン。その笑顔は愛らしいだけではなく...少し妖艶な色気が漂っていた。
「....私だけのトレーナーさん....♡」
...最近気づいたのだが、アルダンは案外独占欲が強い。というより、彼女たちメジロのウマ娘たちは独占欲が強い傾向にある気がする。
メジロドーベル・メジロブライト・メジロライアン・メジロマックイーン・メジロパーマー...彼女たちそれぞれの専属トレーナーとは食事や飲みに行く仲なのだが、二次会や夜通し飲み明かすなどという機会は少ない。
それぞれのタイミングで電話やメッセージが入り始めるのだ。俺も、アルダンからメッセージが届いていた。寂しいからあなたの声が聞きたい、と。
また、メジロのお嬢様達のトレーナーは同性なので問題ないのだが、女性のトレーナーが居る食事会や飲み会に行くとなると...彼女は少し不機嫌になる。
今までであれば、飲み会の後に何となく不機嫌な雰囲気が有るといった程度で済んでいたが、正式に交際を始めたあたりからは目に見えて頬を膨らませて不機嫌さをアピールしてきた。...まあ、それはそれで可愛い。
なので、最近は出来るだけ飲み会は控えている。
―――――――――――――――――
昼時の少し混雑したレストラン。何とか奥の方の座席を確保できた。
「えっと...俺は...ハンバーグセットにしようk―――」
「...トレーナーさん?」
アルダンがジトっとした目で俺を見ている...
「...野菜炒め定食にします」
「野菜も食べないと...めっ、ですよ」
アルダンの甘ったるい声で注意されるときっとダメになる。...あ...それはそれで良いかも。
「いや...ダメだな」
「いかがなさいました?」
不思議そうに首をかしげるアルダン。かわいい。
「なんでもないよ。...君に夢中なんだな、と気づいただけだ」
「...っ!」
透き通るような白い肌が朱に染まる。あっ...またやってしまった。
「わ、私はオムライスセットにしますっ」
頬を染めて慌てるアルダン。最近ますます美しく可愛らしくなる彼女を眺めつつ、2人分の料理をオーダーした。
そして、しばらく歓談していると食事が届けられた。
「おっ、これ美味しいな」
俺の注文した野菜炒め定食は、豚肉と白菜を炒めたもを鶏ガラスープで味付けしたものだった。
中華風の濃い味付けだが、もう少し味付けが薄い方が好みだ。とはいえ、これはこれでご飯がすすむ。
「ふふ...お好きでしたら今度お作りしましょうか?」
アルダンは料理もお菓子作りもなかなかの腕前だ。
「是非頼む。アルダンも食べてみるか?」
「ありがとうございます。では、少しだけ...」
手を伸ばそうとしたアルダンを制する。
「あーん、だよ。アルダン」
手皿でアルダンの口元までよく味付けされた豚バラと白菜を運ぶ。
「...今日のトレーナーさんはいじわるですね」
頬を染めてむくれるアルダン
「...あーん」
でも素直に口を開けるのがアルダンの良いところ。...真っ赤な舌が少し色っぽい。
「んっ...鶏ガラと豚肉と白菜の旨味が効いていておいしいですね。でも私には少し味が濃いかもしれません」
「アルダンもそう思う?俺ももう少し薄味の方が好きなんだ」
彼女の手料理は味付けが薄めで、素材の旨味を活かした料理が多い。
すると、アルダンはスプーンでオムライスを大きく掬い、目の前まで運んできた。
「トレーナーさん、あーん、です」
いたずらっぽい笑みを浮かべる可愛い可愛いメジロのお姫様。
なるほど...そういう事か。
「アルダン、オムライスだけでは足りないんじゃないか?」
彼女は現役のアスリート。食事の質も大事だが、量も大事だろう。
という建前でちょっといじわるをする。
「むぅ...」
ふくれていくアルダンの桜色の頬....大人しくいただくことにします。
「あーん...ん?」
「ふふ...」
俺の口元にオムライスを運ぶアルダン。...うん。デミグラスソースが効いてこれも美味しい。
しかし、大きく掬われたオムライスは俺の口の周りにデミグラスソースの残滓を残していった。
「トレーナーさん、口元が汚れていますよ」
どうやらこちらが狙いだったようだ。
「じっとしていて下さいね」
アルダンがナプキンを持って近づいてくる。
髪が料理に付かないように抑える仕草が色っぽい。
しかし、顔が近づいているような...
「ふふ...」
ペロリと口元をなめるアルダン。
あまりに大胆な彼女に何もできなかった。
「いじわるなトレーナーさんへのお返し、です♡」
やっぱりこのお姫様は敵わない。...と思ったのだが、アルダンはアルダンで見たことないほど真っ赤になっていたのでお互い様だった。