浴衣姿のアルダンが戻ってきた。空色の柔らかなそうな髪と尻尾はしっとりと濡れている。
「ただいま戻りました」
「おかえり。乾かすの手伝うよ」
アルダンは髪が長いので、それだけでも乾かすのが大変だ。アルダン専用に配合したヘアオイルと尻尾用のオイルなどを用いたケアなども手伝ったりする。
「ありがとうございます。では、お願いします」
鏡台の前の座椅子に座るアルダン。ふわふわの髪を膝立ちで乾かす。
使うのは持ち込んだアルダン専用にオーダーした特注品のドライヤーだ。
髪を持ち上げての内側からやや強い風で水気を飛ばす。
少し渇いてきたら弱風に切り替える。仕上げに乾かして髪は完了だ。あとはアルダン自身でブラッシングしてヘアオイルを毛先から塗り込んでいく。
その間に俺は尻尾を乾かしていく。基本的には髪と変わらないが、頭髪より敏感な部分のなので強風モードは使わずにバスタオルで水気を取り、弱風で仕上げをしていく。
「んっ...」
しっぽに触れたときに声を漏らすアルダン。
彼女は特にしっぽが敏感らしく、今までも他人に触れさせることは少なかったとライアンから聞いたことがある。
それだけ信頼されているのは素直に嬉しい。
「大丈夫か?」
「だい...じょうぶです...っ...」
大丈夫ではなさそうだが、濡れたままで風邪をひいてはいけないので続行する。
だから...しかたないのだ。
これは...必要な事なのだ。
「ふあっ....」
アルダンの甘ったるい声でそのような声を出されるのは心臓に悪いが、我慢している姿が愛らしいので続けることにした。
俺は付け根の方を中心に刺激......ではなく乾かしていく。
「っ...ああっ...」
耳は垂れて、上気した顔は涙目になり口が半開きになっている。
「とれー...なーさんの...いじわる....っ...」
念入りにケアオイルを塗りこんでいく。アルダンの花のような香りの一部はこのオイルの香りでもある。
しかし...そろそろやめておかないと俺の理性がもたない。
「ごめんごめん。あんまり可愛いからつい」
「うぅ...」
涙目のアルダンの頭を撫でて謝る。
さらさらの髪が心地良い。
「ゆるしてあげません」
頬を膨らませるアルダン。さて...どうしたら許しをもらえるだろうか。
「お食事が来るまで抱きしめてくれないと許してあげませんっ」
つーんとわかりやすく拗ねるアルダン。なんだそれ可愛すぎるだろ...
彼女はすりすりと前に移動して、座椅子の背もたれとの間にスペースを作る。
後ろから抱きしめろということだろう。
「まだ俺はシャワー浴びてないから臭うかもしれないぞ?」
「構いません。さあ、どうぞ」
有無を言わせないアルダンお嬢さま。
そういうことなら仕方が無い。座椅子の間に体を滑り込ませ、足の間にアルダンを収める。
細いウエストに手を回し、抱きしめた。
...あの身体能力からは考えられないほど、細くて柔らかい身体だ。
触れた部分からアルダンの少し高い体温が伝わってきて...なんとも穏やかな心地良さが伝わってくる。
「ふあ...ふふ」
アルダンが幸せそうに笑う。そして...空色の尻尾を俺の体に巻き付けた。まるで逃がさないという意思表示のように。
「アルダン...」
「ふふふっ...♡」
俺たちは料理が来るまでの間、静かに体温を共有していたのだった。
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内線が鳴り、料理を今から運ぶという連絡が来た。俺は泣く泣くアルダンの体温を手放し、座卓に置いたノートパソコンを片付けて、備え付けの除菌ティッシュと台ふきで清掃する。
「失礼いたします。お料理をお持ちしました」
扉を開けて招き入れた。運ばれてくる海鮮中心のおいしそうな料理たち。それらはスタッフの方による鮮やかな手際によって座卓を彩っていく。
「備え付けの冷蔵庫に地酒もご用意しておりますが、いかがでしょうか?」
なんと。それは気づかなかった。
それにしても地酒か...この辺りは酒どころとしても有名だ。
しかし...俺は日本酒自体は好きなのだがあまり強くない。明日は特に早朝から運転する予定は無いので特に断る理由は無いが、担当ウマ娘の目の前でベロベロに酔っぱらってしまうというのは...いかがなものだろうか。
「うーん...」
「トレーナーさん、私に遠慮せずにお飲みになってください」
冷蔵庫を確認すると五合瓶に入った純米酒が入っていた。精米歩合が70%の辛口純米酒...丁度、俺の好みだ。
辛口の純米酒は米の風味が香り料理との相性が良い(と俺は感じる)ので好んで選ぶ。精米歩合の50%以下の大吟醸が嫌いなわけではないが、元々酒に強くはないのであまり選ばない。
「それなら...少し頂こうかな」
「お料理との相性も良いので是非どうぞ」
「ふふっ...お酌しますよ♪」
なんと、アルダンにお酌してもらうなんて...なんと贅沢な事だろうか。
「それではごゆっくりどうぞ。お手数をおかけしますが、お済の際はご連絡ください。食器を下げに参りますので」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
一通り料理の説明をした後に部屋を去るスタッフの方々。いつもより部屋のグレードを上げているおかげか、料理のグレードも高い。
「では、いただきましょうか」
「そうだな。いただきます」
食前の挨拶を済ませ、俺たちは豪勢な料理に舌鼓を打った。
「トレーナーさん、どうぞ」
五合瓶を手に取ったアルダン。早速お酌してくれるのだろう。
「ありがとう」
ガラスコップに注がれる地酒。フルーティーな香りが広がり、質の良さが伝わってくる。
一口含むと、鼻から抜ける米の豊かな香りが食欲を刺激する。
「これ旨いな...食事によく合うよ。ごめんな、俺だけ酒飲んで」
「いえいえ。...ふふっ。いつか私にもお酌していただけますでしょうか?」
いつか...再び2人きりでお酒を呑む席。これからもそんな機会が増えることだろう。
「勿論だ。いくらでも注ぐぞ」
「ふふふっ....はい。その時はよろしくお願いしますね♪」
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刺身に箸を伸ばしたとき、ふとアルダンが顔を上げた。
「トレーナーさん、その...この後お付き合いいただけませんか?」
控えめなお誘いだが、不安そうに上目遣いをする彼女の頼みを断ることができるヤツが居れば聞いてみたい。
「勿論付き合うよ。どこか行きたいのか?」
「ええ。少し...外を歩きたくて」
「わかった、一緒に行こうか。でも寒いから少しだけだぞ?」
酒が入り、暖房で少し火照った身体を冷ましたいところだった。
しかし、外は寒い。アルダンが風邪をひかないように防寒を徹底しなければ。
「ありがとうございます。...ふふ、デート、ですね」
「デート...か?」
「もう...無粋なことを仰らないでください」
頬を膨らませるアルダン。その柔らかそうな頬っぺたを指で突いてみたいが、届かないので断念する。
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「ふぅ...美味しかったな」
「ええ。どのお魚も新鮮でした。山菜の天ぷらも味付けが絶妙で、お吸い物も出汁が効いていて深い味わいでした。」
料理上手のアルダンは食べながら真剣な表情で分析していたようだ。時折、この味付けは...とか、この出汁は...など、自身のレパートリーの参考にしているようだった。
「料理の参考になった?」
「はい。ふふっ...今度お作りしますね?」
「それは楽しみだな。是非頼む」
ふわりと笑顔になるアルダン。彼女の微笑みはきっと病に効くようになるだろう。
さて、食器を引いてもらおうかな。俺はフロントに連絡を入れて片付けの依頼をする。それまでの間にアルダンと2人で出来るだけ一か所に食器をまとめておく。
そういえば...お嬢様に対して、片付けや料理などはしないやったことないという勝手なイメージを持っていたのだが、メジロ家のお嬢さま達は積極的に片付けや掃除など行う子ばかりだ。
とくにアルダンは年長だったこともあり、面倒見がよくて料理上手だ。
本当に、彼女たちは良い環境で育てられたのだろうな。
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「アルダン、ちゃんとコートの下にもう一枚着てるか?」
「はい。ふふふっ...そんなに心配なさらずとも大丈夫ですよ」
アルダンには浴衣の上に羽織を着せて、さらに薄手のダウンコートを着せた上に厚手のダッフルコートを着せている。短時間の外出なのでこれくらいで大丈夫だろう。
時刻は22時近く。都心部からは少し離れているので海岸線のこのホテルの周囲は人気が少ない。
「行こうか、アルダン」
「はい、トレーナーさん」
俺たちは夜道を散歩、もとい夜のデートへと繰り出した。