澄んだ朝ぼらけの光をたっぷりと受け取って、彼のドラゴンは青空の色を閉じ込めたような鱗を燦めかせる。人々に氷の美しさを知らしめ、人智では計れぬ気高き存在であると畏怖を抱かせる、空想上の生き物。
つい先ほどまでタラップを前に右往左往していた銀盤の古龍は、己を前に無邪気にはしゃぐ子供にそっと翼を差し出していた
「すげェ!本当に本物のドラゴンだ!かっこよくて、キレイだな!おまえ!」
「クルルゥ」
「うわぁ!すげぇ!すげぇ!!おれ、ドラゴンに触ってる!!」
「クルル」
顔を真っ赤にして途切れることなく「すげぇ!」と叫ぶ子供の様子が、マハナ村の子供達と重なって、ライダーはふっと口元を緩ませる。
「大人気だな」
「当然だ。男の子なら誰でも一度はドラゴンに夢見るさ」
「年甲斐もなく、はしゃいでしまうほど?」
「ははっ、そうだとも」
朗らかに笑って肯定する壮年の男に「そういうものか」と、理解を示しておく。考えてみれば、オトモン達をそういう目で見たことがなかった。男のロマンというか、憧れというか、とにかくそういう目だ。
元より代々リオレウスをオトモンとしている家系。生まれた瞬間にライダーになることが決定づけられ、主人公としてハッピーエンドを迎えなければいけないと宿命づけられていた。祖父であるレドが亡くなり、前世の記憶を思い出してからは、いつか必ず対峙することになるラスボスを倒すことばかり考えていた。ラスボスを倒してからは、竜の拠り地に座するミラボレアスのことしか頭になかった。
強くなろう。すでに決められている運命を果たせるように。
強くなろう。ゲームと同じ結末を迎えられるように。
此処は“現実”だ。セーブポイントからロードしてやり直したり、全滅したらコンテニューできるゲームではない。一度零れ落ちたら永遠に失われてしまう現実と立ち向かえるように強くなろう。
俺の袂で産まれてきたオトモン達に無残な死が訪れないように、悲嘆な別れで終わらないように、強く育ててきた。オトモン達だけではない。自分自身も強くならなければと修行をしてきた。
ずっと、ずうっと、それだけを
「ずっと殺されないように、強くなることだけしか考えてなかったのか」
思い返してみれば、主人公としての義務を果たす為に強くなることだけを考えていたことに気付く。
オトモン達や村の人々と穏やかな日々を過ごしている間も、エナやカイル達とたわいない談笑を楽しんでいた間も、頭の片隅には『主人公として物語を終わらせる』という使命があった。
それは間違っていないだろう。だが、今はどうだろう。主人公として物語を終わらせ、竜の拠り地を踏破し、新たなオトモン達を迎え入れ、新たな旅に出たナビルーを見送って、モンハン世界にいるはずのないガープを保護して、再びミラボレアスとの邂逅を感じて、それから――
「おぉ、皆も集まってきたな」
思考に耽っていた意識がアエトスの言葉で現実に戻る。無意識のうちに俯いていた顔を上げると、イヴェルカーナに近寄る海兵達の姿があった。とても既視感のある光景に肩をすくめる。
「……これでは海軍本部に行けないぞ」
「貴殿のドラゴンが格好いいのが悪い」
「どういう意味だ、それは」
「どこからどうみても美しき氷のドラゴンといった風貌だろう? 誰だってあの美しさを目に焼き付けたくなる」
「そうか」
俺が育てたのだから強くて美しいのは当たり前だ、と言えば親馬鹿と返されるのは目に見えている。オトモン達をロマンや憧れの眼差しで見たことはないが、可愛いとか美しいとかは常日頃思っている。たぶん、一番近いのは『うちの子が一番!』これだ。
「天華」
「クゥ!」
「そろそろ行くぞ」
「クゥ!」
イヴェルカーナの名を呼べば、周囲にいた海兵達の隙間を器用に分け入り、小走りで駆け寄ってくる。海兵達の落胆した声は聞かなかったことにして、一目散に駆け寄ってきたイヴェルカーナの頬を撫でる。喉を鳴らして甘える銀盤の乙女はとても愛らしい。気高き古龍といえど、彼女はまだまだ若く甘えたがりのお年頃だ。
「ぁーう!」
「クルル」
慈しむように頬を撫でていたら、腕の中にいるガープがイヴェルカーナに手を伸ばしていた。ガープの仕草に気付いたイヴェルーナがそっと口先を寄せる。
「うー!」
「クゥルル」
「あー、うー!」
「クルルゥ」
ふくふくとした小さな手が顔全体をペシペシと豪快に触れてくるが、銀盤の乙女は決して怒らない。むしろもっと触ってもいいよ、とばかりに顔を近付ける。
「船でも思ったが、本当に仲が良いな」
「同じ世界で同じ時代を共に生きる隣人であり、友であり、家族だからな」
「クルゥ!」
「ワン!」
「うー!」
同意するかのように声を上げたイヴェルカーナと赤きガルク、そしてたぶん二匹に釣られて声を上げたガープ。何とも微笑ましい光景にアエトスは目を細めた。
「主従関係に類似したものかと思っていたが、違うのだな」
主従関係。確かにそのような関係に見えるだろうし、それに近い部分もあると思う。
「何も知らない第三者から見ればそうだろう。だが、俺達はそう考えていない」
卵の時から共に在ってくれる、言葉を交わせぬ家族。己が心臓を預けられるほど信頼している友。同じ世界を生きる命として敬意を払い、心の底から愛していると断言できる大切な宝。
種族も、本来住んでいる場所も、生きる時間も違うけれども、目に見えず質量もなく数式でも表せないもので繋がっているオトモン達。彼ら/彼女らとの関係を言葉にするのは難儀だ。でも、敢えて他者に伝えるとするなら
「一分一秒でも同じ景色を見ていたい。たとえそれが意味の無いことだとしても、いつかくる最期の時まで同じ未来を視ていたい。それだけの関係だ」
「――」
アエトスの双眸が一瞬だけ見開かれる。微かに揺らいだかと思えば、酷く眩しく羨ましそうな眼差しで、彼はゆるりと微笑んだ。
「貴殿達の関係は言葉にできるものではないのだな」
「そうだな。たぶん、できない」
「言葉にできない程、深く繋がっているというのは素敵な関係だと思う」
「そうか。そうだな。うん、ありがとう」
「ははっ、どういたしまして」
深い意味も無く何となく告げた「ありがとう」に「どういたしまして」と返してくれたアエトスの後を追う。ふっと見上げれば、カモメのマークと“海軍”と大書された建物は目の前に迫っていた。