物心付いたときには、私はそこそこ裕福な家庭であることを理解していた。
父は小さな貿易商の社長で、社員からも信頼を得ていた。社長の一人娘だったためか、私は会社では存分に可愛がられていたのを覚えている。
母は病弱で、私を産んだあとは子供を拵えることが出来なかった。親戚はかなり強く当たったが、父はそんな親戚から私たちを遠ざけ、縁を切った。本当に母を愛していたのだろう。だからこそ、私も母を愛し、父を愛した。
そんな父が、失踪した。
大切な商談があると、夜に馬車を借り、家を出たのが最後。それから父の所在はわからなくなった。警察にももちろん問い合わせ、関係者を使って父を探させた。すると、こんな証言が得られた。
「発狂しながら、夜中に人を襲っていた人物と、君の父上が似ている」
それ以上の情報は、得られなかった。
部下に慕われた社長が失脚した会社は、崩壊はあっという間だ。時代は明治から大正に移り変わり、さらに他国も巻き込み世界が激動した時代。小さな貿易商なぞ、時代の潮流に乗り遅れあっという間に崩れ去った。
そしてすぐ、母も亡くなった。既に親戚とは疎遠になっていたため、私は若くして一人で、激動の社会に放り出された。この時、初めて腐った米と雑草の味を知った。
浮浪者に紛れ、泥水をすすり、なんなら盗みを働きながら、虚しく意地汚く、這いつくばって私は人生を生きていた私に、ある日、転機が訪れる。
町中に無防備に巾着を腰にぶら下げた侍がいた。盗ってくれと言わんばかりだったから、私は巾着に手を出したのだが、その刹那に右手を掴まれた。
(ああ、このお侍の戯れ事か。因縁を付けられ、殴られ半殺しにされるのか。いっそのこと殺してくれれば楽なのに)
などと考えていた私に、その男は思いもよらない言葉をかけてきた。
「君、刀を握ってみないか?」
私が『鬼』の存在を知るのに、そう時間はかからなかった。そして私は感づいた。父は、鬼になったのだ。
鬼の存在を恨み、そして、もしまだ生きているのであれば、私は父の首を取りたかった。楽にしてあげたかった。だから私は、鬼殺隊への選考試験に挑戦することとした。
父が率先して、私に色々な芸事を教えてくれたのが功を奏した。特に「庭球」という海外の球技を私嗜んでいたことから、刀の握りを覚えるだけで、真剣を振るコツを早々に掴めたのは幸いであった。
そして最終試験。鬼のいる藤の花の山に放り出され、「七日間生き残れ」というとんでもない内容だったが、夜は全身全霊で周囲の気配を読み、息をひそめ、日中にしっかり休息を採ることで、案外すんなりと合格できた。実質、初めて鬼と対峙したが、怒り狂い自我をなくしたモノばかりだったので、容易にいなすことができた。
後で聞いたことだが、人員確保を優先する必要があり、入隊試験の難易度がしばらく下がっていたらしい。私はその時に入隊できて幸運だった。
そして私は、晴れて、鬼殺隊の隊服に袖を通した。何度かは諸先輩について回り、4度目で私は一人前と認められ、鬼を切る仕事を任せてもらえるようになった。
そして今日は、初めての合同任務。どうやら大物の鬼が、山を根城に人間を食っているらしい。
多くの鬼殺隊が、藤の紋を構える宿に集められていた。その中には見知った人物も何人かいた。同期の鬼殺隊。一緒に最終選考を生き残った人たちだ。
声をかけるか迷ったが、しかし現場は存外ピリついていた。どうやら、多くの鬼殺隊が鬼に返り討ちにあっているらしい。ひそひそ噂話も自然に耳に入る。
「ほう、女の鬼殺隊か。まともに剣を握れるのか?」
いきなり声を掛けられた。人を見下すような非常に不快な雰囲気を醸す、男の剣士だった。年は私と同じくらいか。
「女子供関係ないわ、馬鹿にしないで。私は、鬼を切る。それだけよ」
「何のために?」
「何のためって……それは、任務……」
「俺は金と出世のためだ、じゃあな」
するとその男は、私の回答を聞く前にさっさとどこかに行ってしまった。なんだったのだろう。
「私は……任務のため? いや、父を鬼にした人物への復讐? いや、鬼たちを解放したい?」
男の一言で、決意が揺らいでしまった。何のために、鬼を切るんだ。
……いけない。任務前だというのに心を乱すのは、半人前の証左だ。
「まずは任務優先。しっかりしろ私」
理由などは後からついてくる。父を変貌させた人物は、任務の先に必ず現れるはずだ。
だからこそ、まずはこの任務。遂行してみせる。
そして私は、他の鬼殺隊とともに、今宵『那田蜘蛛山』へと向かう。