暁光聖杯戦争   作:B・R

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彼/彼女のプロローグ1

2025年3月25日。

 

 

イギリスはロンドン、キングスロードにて。

歴史あるその道を一人、女は歩いていた。その手の紙袋には女の素性に関する品物を詰め込み、頭の中では次の目的地までの経路を描く。

この通りは古く、歴史と同様に自分達のような存在の足跡も数多残る。

ウィンドウの向こうに仕立ての良いドレスや、少し洒落た玩具、高名なレストランが並ぶその裏で。少し道を逸れればそこには質の良いスクロールや触媒、悪趣味ながらも実に効果的な礼装、果てには裏世界の一流達への窓口が並ぶ。

 

医療の道と、魔術の道。双方を歩く女からすればここにはたまたま次の仕事の準備をしに来たという以上の目的は無い。

 

只人には縁遠いその世界を、勝手知ったるように女は迷いなく歩く。

その背に声を掛ける男が居た。

 

「少しいいかね」

「なんだよ」

 

最低限の手入れしかされていないボサボサの白髪を掻きながら、女はクマの目立つ顔を不機嫌そうに歪ませて振り返る。

そして、そこにいた存在に目を剥いた。

 

「お初にお目にかかる、ミズ・ヨミジマ。自己紹介は……不要かね」

「……ああ、いらねえな。アンタは知らなくても、アタシはアンタの顔を知ってる」

 

不自然に人が居なくなった通りのど真ん中で、女は訝しげに男を見遣った。

もう既に齢五十にも迫るというのに、初めて見た時からあまり変わらぬ顔立ちのその男は、その無造作に伸ばされた黒髪を靡かせながら女、黄泉島参月(よみじまミツキ)を見据える。

 

「それで? 時計塔のロード様がアタシみたいなしがないフリーランスに何の用で」

「ふむ、ここで立ち話もなんだ……と言いたいところだが、どうやら君は長話が嫌いらしい」

「よくわかってるじゃねえか、依頼でもなんでも対面なら簡潔に話してくれ。後は書面で頼む」

 

咳払いひとつ、それでは単刀直入に言おうと男は言い直してから参月に要件を伝えるべく口を開いた。

 

「日本、暁月市」

「ああ? なんでまた、そんな日本通みたいな名前を」

「君にはそこで霊脈の調査を依頼したい」

「っ!」

 

暁月市。

日本で今、新都心候補として開発が進められている地域だ。それこそ、参月のような日本人ならともかく、外人なら余程の日本通でもなければ興味もないような街だ。

それをどうして目の前の時計塔のロードともあろう英国紳士が今口に出したのか。

 

「前々から動きはあったが、どうやら、彼の考古学科(アステア)の麒麟児が何かを掴んだらしい。このご時世に単身で向かってくれたお陰で時計塔は大騒ぎだ。しかも貴人にまで依頼が出ているときた」

「フェルディナンド・レンツィにジュディス・コールマン……? そらまたビッグネームじゃねえか」

 

考古学科の麒麟児、フェルディナンド・レンツィ。

貴人、ジュディス・コールマン。

どちらも、勢力図が大きく傾いた揺れる時計塔においては相当なビッグネームだ。

片や冠位にまで手が届くやもと言われる神童、そして今はフリーランスとはいえ元凄腕の執行者として知らぬ者はいない超武闘派。

 

「前者とその騒動に関しては意図的なモノを感じるが、何かが起ころうとしている。それは間違いない」

「ならアンタが直接行けば良いだろう」

 

至極当然の返答に、しかして男はゆるゆると首を振って否と答える。

 

「どいつもこいつも模倣儀式に踊らされて死んでいった。お陰で今じゃ私はこのロンドンから出ることすら禁じられている。耳に入ってくる情報だって、連中、こんな時にまで政にご執心だ。まさか私の干渉すら嫌うとはな」

「それは、お気の毒さまだな」

 

今の時計塔は半ば崩壊寸前と言っても過言ではない。

各地で乱発する亜種聖杯戦争。時計塔の有名どころは実にその半数以上が帰らなかった。

そんな中で残った者たちは派閥の再建と他への牽制で大忙しだ。その点、目の前のロードが率いる教室は大したダメージも受けてはいないのだろうが、依然として表面上の力関係には差程変わりがないのだろう。それどころか、その力の増大を警戒されているのは想像に難くない。

 

もっとも、フリーランスの魔術使いでしかない黄泉島参月にはクライアントという面以外ではあまり関係の無い話ではあるが。

 

「……だが、どうしてアタシなんだ。その二人が向かったってんなら、相当やばいヤマなんだろ? アタシじゃ力にはなれないんじゃないか」

「何も戦ってこいというわけではないさ。あくまで依頼したいのは調査だ」

「そういう話じゃねえ」

 

戦ってこいなんて、大金積まれても御免だ。

問題は、どうして自分に白羽の矢が立ったのか。この男の影響下には、それこそ先の二人に勝るとも劣らないような魔術師だっているはずだ。だのに、直接的な関係の無い自分に依頼をする意味が分からない。

 

「今、私の生徒達は手が離せなくてな。私も無理だ。そんな時、君の噂、正確には君の師を思い出してな」

「……先生」

「ああ。今は亡き彼女が、君のことを惜しいと言っていたのを思い出したんだ」

 

既に故人である恩師のことを思い出して、思わず女は目を逸らす。

その存在を出されては、参月とて話を聞かざるを得ない。

 

「聞けば君は純粋な魔術師の生まれではない。紆余曲折を経て時計塔で彼女に見出された魔術師だ」

「ああ、そうだな。確かにアタシは魔術師としてははみだしモノで、なんなら自分を魔術師だと思ったことすらない。根源なんて極論どうでも良い」

「正直で結構。前評判通りだ」

 

並の魔術師なら憤慨するような発言を受けても余裕の崩れない目の前の男に、舌打ちを堪えて話の続きを促す。

 

「君は元々一般人だ。魔術の世界を知らぬ者たちの視点を持つ君こそ、私はこの不可解な事件の探偵役に相応しいと考えている」

「はぁ? 探偵? アタシにシャーロック・ホームズの真似事でもしろってか?」

 

訳が分からないとばかりに顔を歪めた参月とは対照的に、男は一切の躊躇なくそうだと頷いてみせる。

そこまで言い切られてしまえば、参月とて与太話と切り捨てることもできない。

何せ、この男はその()()()で軽く小説が書けてしまうであろう冒険を既にしているのだから。

 

「本気か?」

「ああ、本気だ」

「……っ、マジでよ。本当に面倒極まりねえ」

「だが、これは正式な君への依頼だ。プロならばどういう意味かは分かるだろう?」

 

ほんの一ミリもズレることなく自分を見据えるその眼差しにかち合い、しばしの間拮抗して。

 

「……わーった。わかったよ、話を聞くよ」

「では、行こうかミズ・ヨミジマ。近くにオススメの店がある」

 

遂に折れた参月は、この男の手持ち限界までヤケ食いしてやろうと心に決めて男の後を追いかけるのであった。

 

 

 

2025年、4月14日。

 

 

昨日のことのように思い出せる。

まるで夢から覚めるかのように、自分の手から日常がこぼれおちたあの日のことを。

 

目覚めぬ妻子を想う度に、自らの不甲斐なさと不条理への怒りに身が焦がれる。

どうしてこのようなことになってしまったのだろう。神は我を見捨てたもうたか。只人では越えられぬ試練を与え、我を挫こうというのか。

 

「不格好だが、不遜ではないだろうか」

 

いや、それも今更か。

祭壇に見立てた不格好なソレを見遣り、男は苦笑を零した。

 

まさか魔術の世界などというものを知り、あまつさえ自分がこの洞窟で魔術師の真似事をしているなどとは、数年前の自分は夢にも思わなかったろう。

それどころか、義憤に駆られて自らを殴り殺していただろうか。

 

何せ自分は己の目的のために死人を呼び出そうなどと、悪魔のごとき所業を今から為そうとしているのだから。

 

品質の良い生地でできた衣服やブランド物と思しき装飾品など、その身なりから分かるように()()()の風格を纏う男は、しかしどこか焦りと憤りを滲ませた目付きで腕時計を一瞥する。

 

「……時間か」

 

もう引き返すことは出来ない。

教えられた通りに下準備を行い、意味も分からないながらに覚えた呪文を口にする。

言の葉と共に身から何かが抜けて行くこの感覚が末恐ろしい。それが、はるか昔から自らに根付いていたものだとすれば尚のこと。

 

「────告げる(セット)

 

ああ、確かに。

もしもこの世に得難い奇跡があるのだとすれば、きっとそれを覆してしまうようなひと握りの理不尽と絶望もまたあるのだろう。

最愛の妻と出会い、子をもうけ、順風満帆な人生を送る。この上ない幸福、奇跡そのもの。それを謳歌したことを奇跡と言わずなんと言おうか。あの日々を超える日常は二度と訪れはしない。

 

「汝の身は我が下に、汝の命運は我が剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

バチが当たったなどとは思わない。

だが、それが偶発的な地獄であるとも思わなかった。

 

「汝三大の言霊を纏う七天」

 

全ての出来事は必然の物とある程度の規則性を持った因果によって成り立ち、それを受け入れることも抗うことだってできる。

それを私は知っている。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ……!!」

 

光の奔流が薄暗いそこに満ちる。

左手に宿る赤き紋章が痛みを刻み付ける。戒めのように、是非を問い掛けるように。

 

その矮小な身で何を望むのか。

何を為そうと言うのか。

何が出来るというのか。

 

 

何を、したいのか。

 

 

「受け入れられるものか。依然として居られるものか」

 

 

……ならば、私は、アレクサンダー・ハーテムは抗おう。

 

ただ決意だけを胸に秘めて、この身に宿ったなけなしの権利を行使しようとも。

相手はその道の求道者たち、不利なことなど百も承知。だが、奪われたものを取り戻す為ならば構いはしない。

 

あの奇跡は自分で勝ち得たものだ。

それを奪われたのなら、再びこの手に収めるために。

 

何より、最愛の妻子の笑顔をもう一度見るために。

 

 

 

「────私に、奇跡を起こさせてくれ」

 

「────応」

 

 

 

運命に魅入られた神秘の部外者がまた一人。

 

彫りの深い顔を苦悶に歪ませて、その男は今この時を以てマスターとなった。

 

 

 

 

 

2025年、5月8日。

 

 

青年、御園守也は永遠を求める。

 

ことの次第は善悪で二極化できず、ただその願いだけは時に誰もが抱くもの。

魔術師がそれを抱いたとあれば話は別であるが、今ここに至ってはそれを考えたところで意味は無いだろう。

 

それが歪なものであったとしても、それこそ魔術師の家系に生まれ落ちたからには今更なのだ。

普遍的なヒトからすれば歪な魔術師の在り方、その方向性を変えれば魔術師にとってすらそれは奇妙に映る。

 

ただ、それでもひたむきに求め続けることに偽りは無い。

あの日から、敬虔な信徒のようにそれを求めて生きてきた。

根源を目指す時計塔の魔術師とは相容れないことなど理解して、その上で何か、永遠に残り続けるものを追い求めていた。

それが彼にとっての命題だった。

 

魔術師の追い求める根源に全く興味がないとは言わない。

だが、それ以上に永遠を求めなければならないという使命感、衝動が己が背を推し続ける。

たとえ外道と謗られようとも止まることはない。

 

青年は右手の甲に刻まれた令呪を眺めながら、しばし物思いに耽っていた。

 

「……これは、必要経費だな」

 

そんな青年の目の前には忙しなく働き回る数十人の男達がいた。

皆日本人で服装はバラバラ、何らかの組織に所属しているとは考え難い。

何より、その目は焦点が会わないまま。まるで歩く死人のような有様ではあるが、それでも彼らは生きていた。意識も不確かなまま、何かを造らされていた。

彼らは犠牲だった。犠牲にさせられた。他でもない青年によって。

 

それを大義名分のために、受け入れてしまえる。

目を逸らすのではなくやむなしと認められる辺り、やはり彼もまた魔術師的人間性を持つ人間ではあるのだろう。

 

「あくまでも、俺たちは何かを得るために」

「分かっている。この者達も無駄にはしない」

 

守也の言葉に応えたのは大柄の男だった。

中近東の民族衣装を思わせる装いにがっちりとした体躯を包み、髭を蓄えたその大男は帽子の下に隠れた理知的な眼差しを男たちに向けた。

 

()()()()()、準備は?」

「ふむ。大方、と言っておこうか。後は全てのサーヴァントが出揃うのを待ってからとなろうな」

 

守也がソレを見渡しながら問いかければ、キャスターと呼ばれた彼は髭を擦りながら答える。

如何にも厳かで、不思議と威圧感を感じさせるそのひび割れた声。だが、守也はその声がどこか永遠を求める自らに似たものを感じさせて、少なくとも不快とは思わなかった。

自分の歪さにひとつの解を得たようにすら思えた。

 

 

その在り方は、きっと────。

 

 

「未だ、この戦いの是非を神はお答えにならない。ならば、今しばらくは此方にて静観をきめるとしよう」

「元より、俺もあんたもそういう戦い方が得手だろ」

 

違いない。滅多に表情を変えぬ大男は感慨深そうに頷いた。

 

 

 




掘り下げが足らないなと思いましたので挿入。

感想、誤字脱字報告お待ちしております。
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