暁光聖杯戦争   作:B・R

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第四話 こんなところで死ねない

2025年、5月12日。

 

 

「(ねえ、本当に聖杯戦争って始まってるの?)」

『そのはずですが……』

 

落胆と疑念を隠すこともないその問いに、セイバーは困ったように眉を顰めた、気がした。

昨日の探索で何も成果を得ることができなかったアタシ達は、やけに動きの無いこの街に違和感を覚えながら今日も昨日と同じように、いつも通りに登校していた。

歯切れの悪いセイバーを責めるつもりにはならなかった。

わかっている。わかっているのだ。この問いだって八つ当たりのようなもので、事実セイバーからすれば問われても如何とも答え難いものだろう。

アタシにすべての責任はある。知識も無ければ、それを得る術も無く、要はこの聖杯戦争で打って出るための情報が無いのだ。

 

「(失態ね。少し簡単に考え過ぎていたわ)」

 

何か、そう何かをこの地域の魔術師の家系に提示することで対価として情報を得るという、例のマスターと思しき男が鈴蘭家にやったような手法で情報を得るのが魔術師としては正解なのだろうが、生憎とアタシ達には差し出せるものがない。

強いて言えば聖杯だろうか。所謂スポンサード、最優のクラスらしいセイバーを従えていること、アタシ自身がどこにも所属していないこと、そして聖杯の使用権の譲渡を提案して代理出戦という形にする案。

しかし、もし仮にアタシが魔術師としての道を歩むことになった場合、ここでの契約は後々のアタシの道程におけるしがらみとなることだろう。それは好ましくない。

 

『なら、今日は後先考えずに戦ってみるか?』

「(はあ?)」

 

板書を進める中で、唐突なセイバーの申し出にアタシは内心目を丸くしてセイバーの言葉の真意を探る。

だが、考えれどもひとつにしか行き当たらない。

 

「(アンタ、正気?)」

『はい。私達であれば、勝ちの目は自体はあるはずです』

「(うーん、勝ちの目はあるって言っても……そうねえ……)」

 

たしかに……悪くは、ないわね。

正気かどうかと問いはしたが、アタシ自身その選択肢は考えていた。

戦わなければ勝てないもの。それなら、ただ情報収集のために街に繰り出していたずらに時間を浪費するよりも、アタシ達から打って出てみるのも悪くはない。

必ず掛かるはずだ。この戦争に参加する他の主従だって、全員が全員水面下での戦いで決着するなんて思ってないはず。アタシ達が手頃な相手だと判断すれば現れる。

 

それに、他の主従はアタシ達をここで見極めるしかない。

 

だって、アタシ達はダークホースだ。

前情報は一切無し。工房を敷設したり、魔術的な痕跡を残すような手段を使ってもいない。どんな主従なのか、たとえ自分達が対面しないとしても手の内を探り、将来的に立ち塞がる見込みのあるペアかどうかを判断しなければならない。

なら、有利不利はこの際関係が無い。

 

「(分かったわ。やりましょ)」

『良い決断の早さだ。流石は私のマスターだな』

「(煽てても何も出ないわよ)」

 

セイバーの言葉を軽く流しながら、アタシは横目でとある席を見遣る。

そこにはひとつの空席。アタシのことをこの世界に引きずり込んだ元凶が座っているはずの席があった。

 

昨日から、冥定院玲は登校していない。

曰く家庭の事情との事だが、先生達も詳しくは聞いていないらしい。

これで皆勤賞勝負はアタシの勝ちだ。不本意な形だが。

 

……聖杯戦争だかなんだか知らないけど、そんなのでアタシとの勝負を投げ出すだなんて、どうなのよ。

アタシが勝手に挑んだ勝負だけれども、受けたなら最後までやりなさいよ。

 

「(もしもアイツが現れたら……必ず……)」

『まあ、恐らく監視くらいはすると思いますが。そう素直に出てくるものでしょうか』

 

それはまあ、分からないが。

冥定院玲が魔術師としてどういったやり方を好むのか、アタシは知らない。正面切って戦いをするタイプではないのかもしれない。

できれば同じ土俵、同じ戦術で正々堂々超えたいところだが、そう上手い話はないだろう。

魔術師は千差万別、鈴蘭紫や鈴蘭家に訪れた魔術師、この地に集まってきているであろうまだ見ぬマスター達。全員が全員、やり方、所謂根源到達のための研究手段が違うのはまず間違いない。

ま、中にはアタシみたいに魔術を知らずに育ってきたらこの戦いに巻き込まれたという完全な素人もいるだろうけれども。そういう可能性まで一々考え出したら、必要なことまで取りこぼしてしまうだろう。

 

「(その時はその時よ。違う主従なら勿論そこで倒す。アイツらが来たら絶対倒す。やることは変わらないわ)」

『古今東西の猛者たちが集まるというのに、随分と余裕ですね』

「(変わらないわよ。勝つのはアタシ達なんだから)」

 

獰猛に笑ったアタシに対して、セイバーはどこか呆れたような顔をしていたのだろう。

それでも、その声音はどこか弾んでいたのが分かった。

 

まだ見ぬ強敵に心を躍らせる戦士か、それとも未知に胸を弾ませるような冒険者辺りだったりするのかしら。

その予想は、多分正しくはないが遠からずといったものであろう。

 

アタシはセイバーの正体に対する思案を一度取り止めて、授業に意識を向けた。

 

 

 

 

放課後。アタシ達は町外れにある高層ビル建設予定の空き地に訪れていた。

セイバーからいくらか提示された条件に沿う場所をアタシの記憶の中から見繕った結果、この場所がアタシ達の初陣の場として選ばれたというわけだ。

 

「それで? ここなら大丈夫なわけ?」

「はい。ここでしたら人通りも少なく、広さも十分。特定のサーヴァントに対する地形的補正も働かないでしょう」

 

そう宣うセイバーは、既に初めて見た時のような白鎧姿となって油断無くその場に立っていた。その立ち姿に、アタシは知らず知らずの内に息を飲んだ。

 

まるで抜き身の剣か。

怪物の気配を前に怯みなく、油断無く、ただ倒す者として在るかのように。

 

そうだ。彼女は英雄なのだ。

たとえ普段から常人と変わらぬように会話をしていようとも、その生は過去のものであり、その力は過去から現在まで語り継がれるモノなのである。

 

「さて、場合によっては何の前触れもなく矢玉や砲撃が、時にはサーヴァントがカッ飛んで来るかもしれないが、キミのことは必ず守る。安心して構えていろ」

「……わかったわ」

 

それが嘘ではないということくらいは分かる。

サーヴァントにアタシ達今を生きる人間の常識は通用しない。ここはセイバーに任せるのが吉だろう。

 

アタシが少し後ろに下がったのを横目で見て、セイバーは一度頷くと纏う()()を強めて口を開いた。

 

 

「────聞け、この地に集いしサーヴァント達よ! 王族()はここにいる! 魔女()はここに居る! 英雄()はここにいる!」

 

 

「第二の生を惜しむならば隠れよ。私の光輝に目を焼かれたならば這い蹲れ。この勇姿に真実を見たならば自刎せよ」

 

 

「だが、貴様らが真に物語の英雄怪物であるならば! さあ、ここにいる私と戦ってみせよ! 物語を再び演じてみせるが良い!」

 

 

敬うように恭しく、それでいて無視することは許さないとばかりに猛々しく。

アタシにも分かるくらい全身から覇気と闘志と魔力を溢れさせて、セイバーは高らかに呼び掛けた。

 

「へえ、アンタってそうやって声を張ることもあるのね」

「状況に応じて時々です。私はあまり優れた霊器ではありませんので、不相応と言われてしまうかもしれませんが」

 

珍しい。そんなふうに卑屈になることもあるのね。

だとしても、アタシは彼女のその姿が立派な物に見えた。ならば、アタシの中では彼女はそういう存在なのだ。

 

「アンタがどんな英霊だって、正直どうでも良いわ。アタシにとってのセイバーは、今アタシが見てるアンタだけなんだから」

「……そうですね。戦いを前にして、情けないことに不安になっていたようです。ここから先は、もうありません」

「そ。なら行動で示してちょうだい」

 

こういうのってアタシには不向きなことなんだけれど。

誰かを諭すとか、そんなのまったく柄じゃないし。でもこんな拙い言葉でも彼女の一助となったなら、まあそれはそれで良いか。

 

さて。どんなヤツらが来るだろう。

悪人? 善人? 聖杯に誰にも譲れない願いがある? それとも何も考えずに参加してる?

そんなこと、アタシには関係無い。

 

今気になるのは、ソイツらが来るのか来ないのか。それだけだ。

 

 

 

 

「……はぁ」

 

時間にして十分は経っただろうか。少し肌寒い空気の中に、落胆をアタシは吐き出した。

何も音沙汰は無く、アタシは英霊とそれを従えるマスターと言えどもこんなものかと、少しだけ苛立ちを感じ始めていた。

隣に立つセイバーは変わらずの様子であったが、それでもどこか残念そうな雰囲気は分かった。

 

日が傾き始め、そろそろ夜の帳が下りる。

やはり呼び掛けて待つよりも、こちらから探しつつも動きを見て仕掛けて行く方向にシフトした方が良いか。

 

一度家に帰って、それから昨日と同じように探索しよう。そう考えて、セイバーに伝えようとしたその時。

 

 

 

アタシは、自分の()を確かに感じた。

 

 

 

「────っ!! 【風よ(ヴィーチェ)】ッ!」

「マスター!」

 

 

少し遠く、ビルの上で閃光が走る。遅れて爆ぜる音。

セイバーが動き出すよりも早く、直感に弾かれるようにアタシは風を起こすだけの魔術で己が身を吹き飛ばしその場から飛び退いた。

すかさずセイバーの剣が閃き、突っ込んできた何かを甲高い音を立てながら打ち払う。

 

瞬間、爆発。押し固められた硬質な砂の地面を抉りながら、ナニカが着弾した。

 

「つうっ……!」

『大丈夫ですか、マスター』

「(っ、ええ。なんとかね)」

 

危なかった。アタシの稚拙な強化魔術じゃ、始動も巡りも遅い。間に合わなかったのは間違いない。

だからこそ、突風を起こして自分を吹き飛ばすというのは我ながら名案だった。お陰で砂まみれだし、擦り傷もいくつかできたが泥臭さなんて今さらだ。

 

そんなことより、今は目の前のナニカの正体を見極めないと。

 

「(セイバー、今のなんだった?)」

『マスター、気を付けろ。()()()()()()だ』

 

矢玉や砲弾? 冗談ではない。一番嫌なパターンではないか。

セイバーの断言に、冷や水を掛けられたかのように背筋が伸びる。

アタシ達の視界の先、ソイツはゆらりと立ち上がった。

 

ふわり、薄紫の髪が風に揺れた。

 

「かなり正確な攻撃だと思ったのですが……ままならないものですね」

 

それは美しい少女の見た目をしたナニカだった。

造りモノめいた美麗さ、人型でありながら人間離れした容貌。その中で最も目を惹く自身と鎖で繋がれた金色の剣を一振りして、少女はこちらに振り返る。

純白のドレスの上から肩や胸、腕に金のエングレービングが施された黒い甲冑を纏ったその少女、サーヴァントはアタシ達、特にアタシの方を無機質なヘリオトロープの眼で見つめて小さな口を開いた。

 

「今の、サーヴァントよりもマスターの方が早く、私に反応しましたね?」

「……どうかしら?」

「まあ良いでしょう。どちらにせよ、倒すだけですから」

 

別に応えは求めていないのだろう。

ただ、サーヴァントとしてアタシ達と戦闘を行うついでに……そう、ついで感覚で不思議なものを見たから少しだけ気になったという感じの手軽さ。

戦闘においてはその程度のイレギュラーは一切の支障がない、その態度はそれを口にせずとも語っていた。

 

「明のセイバー、そう名乗ったサーヴァントとお見受けします。相違ありませんか?」

「ああ、如何にも。明のセイバーだ。そういう君はセイバークラスのサーヴァント、ということで構わないか?」

「……はい。サーヴァント、夜のセイバーです」

 

はっ。やっと、サーヴァントらしいヤツが出てきた。

うちのセイバーも、アイツのランサーも纏う雰囲気は違えど見た目は普通の人間と変わらない。だが、目の前の夜のセイバーと名乗ったサーヴァントは正に神話の存在といった感じだ。

 

「(セイバー、どうかしら?)」

『流石は聖杯戦争。まさか、私の知る限り最強の存在と同格か、それより強い存在と初っ端からかち合うことになるとは』

「(で、本音は?)」

 

 

『────心躍る……ッ!』

 

 

やっぱりコイツ、英雄とか王子様と言うよりかはまるで戦士とか冒険者みたいね。それも戦いや冒険狂いみたいな感じのとびきり変なやつ。

 

その美しいかんばせに、本来ならば似合わないであろう獰猛な笑みが、しかしアタシにはこれ以上無いほどに相応しく見えた。

 

「なるほど、彼らと同じ類ですか。それなら尚のこと手加減はしません」

 

対する夜のセイバーもまた黄金の剣を正眼に構え、闘気を漲らせる。

そして、戦いに関して全くの素人であるアタシにも分かるほど張り詰めて膨張した緊張感。それが弾けた、その瞬間。

 

「っ」

 

二人の姿が掻き消えた。

次いで起こる、爆発と間違うような()()。それが幾度も繰り返される。

セイバー同士の、銀剣と金剣の打ち合い。火花が散り、その度に暴風が吹き荒れた。

目で追うことなんて到底できない。音が鳴ってはじめてそちらに意識が向き、夜に煌めく銀と金の剣閃をなんとか見ることが出来る。

 

それは、綺麗だった。

場違いな感想かもしれない。けれど、二人の剣戟はこの先二度とお目にはかかれない程に現実離れした、正しく人の形をした神秘の戦いだった。

 

アタシは、それを美しいと思った。

異なる時代を生き、異なる理由で戦い、異なる最期を迎えた人間達の戦いにアタシはそんな感想を抱いた。

 

「これが、聖杯戦争なのね」

 

さて。この二人の戦いに、アタシが入り込む余地は一切無い。当然だ。多分余波だけで死ねるんじゃないかしら。

そうなると、だ。

 

ここにいない、もしくは既にここにいても姿を表さないもう一人。

夜のセイバーのマスターを見つけ、やれるならアタシはソイツを倒さないといけない。それがアタシの今やるべきことだから。

取り敢えずは動き出そう。足を踏み出した時、二人の戦いの渦中から何かが放り投げられ、アタシの目の前の地面に突き刺さった。

 

「忘れるところでした。これを」

「へ、あ、ちょっと! いきなり何よ!?」

 

それは、()()だった。

華美でない程度に装飾の施されたその短剣が、ただの短剣とは思えない。というか、どう考えてもセイバーの大切なものであろう。

 

どうして、とか、アタシに使える物なのか、とか。いろいろ疑問はあったが、既にセイバーはこちらに気を使う余裕は無さそうだった。

 

……信用されてるのだと思いましょ。

アタシがこれを使える、もしくはアタシにとって必要となるはずだから彼女はこれを託したのだ。

 

 

「負けないでよ、騎士サマ」

 

 

アタシは振り返ることなく、その場を走り去った。

 

 

 

 

自分にできることは分かっていた。

いや、何も出来ないということを分かっていた。

 

『他の誰よりも人の良いところを見つけられる……そういう()なんじゃないかと思うんだ』

 

自分を救ってくれたあの人は、そう言ってくれた。

だから前に進むことができた。

 

『少年は迷えば良いと思う。あたしはそうやって生きてきたし、それなら少年にだって迷いながら決めていく権利はあるはずだよ』

 

年上の自由なあの人は、そう言ってくれた。

だから前に進むことができた。

 

いくつもの出会いがあって、良いことも悪いこともたくさんあった。そうやって、今の千倉悠悟(ちくらゆうご)は生まれた。

 

「店長、お疲れ様です」

「おー、お疲れ。最近人が行方不明になる事件が増えてるらしいから、気を付けて帰れよ」

「物騒ですね……気を付けます」

 

店長の善意そのものな忠告にありがたみを覚えながら、悠悟は通学鞄を肩に掛けてバックヤードを後にする。

 

街が寝静まるにはまだ少し早い、それでもたしかに世界の法則が変わる刻。

コンビニのバイトを終えて、それなりな重労働で適度に疲れた身体を労りながら悠悟は帰路に着いた。

明日も学校がある。今日はこのまま帰ったらさっさと寝てしまおう。

 

「あー、明日提出の課題、最後に見直しとかないとな」

 

思い出してしまったことに辟易としながらも簡単にこの後の予定を立てながら街を歩く中で、悠悟は何気無く違和感を覚える。

首を傾けたことで少しズレた眼鏡の位置を直しながら、辺りを見回した。

 

「……あれ、ここら辺ってこんなに静かだったか?」

 

人が不自然なまでに見当たらない。片側二車線の幅広な道路にも車一台留まっていない。

 

この暁月市は新興都市と言えども、人口は多い方だ。夜方とはいえ、これほどまでに人通りが少ない、というより人一人往来を歩いていないなんて珍しい。

まるで世界から人が消えたかのように。

 

何か良くないことが起きているのか。店長の言っていた行方不明事件に関係があるのかもしれない。

まるで神隠しではないかと思うものの、悠悟自身その存在を否定できる立場ではない。

一度コンビニまで引き返そうか。そう考えて踵を返そうとした時だった。

 

悠悟の視線の先で、何かと何かが勢い良くぶつかって爆ぜた。

 

「っ!?」

 

吹き荒れる風に咄嗟に顔を腕で覆う。

一体何が? 疑問で満ちた頭で何かを考えるより早く、悠悟は目の前の道路を見た。

 

「すっげぇ」

 

最初に漏れたのはその一言。

本来なら車の往来があるはずの車道には、二つの影。

 

「思ったより理知的なのね」

「■■■■────!!」

「まあ、狂っていることには違いないでしょうけど」

 

一つは街灯ですら美しく輝く銀髪を夜風に靡かせた紅眼の美女。深紅の鎧を纏い、一寸の隙無く赤槍を構える姿は姫騎士そのもの。

 

一つは異形。そう呼ばざるを得ない、肉塊であった。数百の手が幾重にも絡み合って形成された図体は、どこか冒涜的でありながらも一種の神聖さのようなものも醸し出していた。

 

「■■■■■■■────ッ!!!!」

 

肉塊がこの世のものとは思えない絶叫じみた声で咆哮する。

女の方は悠悟が驚愕に瞬きをした時には既にその場から消え去っており、肉塊がその多腕に携えた刀剣類を振るう度に赤が閃く。

速さによって弾き出された威力と、地に構え単純な膂力によって齎される威力は相殺し合い、一人と一体の間には拮抗が生まれていた。

 

これって映画の撮影か? ……カメラはどこだ? 映らないようにしないと。

 

あまりにも現実離れした光景。当然一般人でしかない悠悟にはそれが何なのか分かるはずもない。

目の前の現実に頭が追い付かない悠悟が至ったのは、思いつく限りで最も可能性の高そうな映画撮影という小さな非日常。

 

もしも自分なんかが映りこんだせいで撮りなおしになったら、役者さんとか裏方さん達に悪いもんな。

 

そんなズレたことを考えながらカメラを探す悠悟は、ふと耳にしたよく通る声と爆発音に空を見上げた。

 

「サーヴァント召喚のタイミングを狙ってきたようだが、甘かったな」

「確かにそうかもしれないなぁ。だが、フェルディナンド、お前はここで殺すッ!」

「できるかな、君のような三流に」

 

何かを言い合っているようであったが、その二つが男の物であるとは認識できても会話の内容までは分からない。だが、その声音から片方には余裕が有り、もう片方は緊迫しているのが分かった。

 

「すごいな、あんな風に空を飛ぶ演出ができるなんて。やっぱりハリウッドか?」

 

ビルの上。そこにも二つの人影があったのだ。

一人は若草色の髪をした青年。そしてもう一人は空に浮かぶ金髪の青年。どちらも日本人ではないようだ。

滞空する金髪の男のすぐ側で青い光が爆発し、空でアクロバティックな軌道を描きながらそれを避けた先で更に閃光。なんとか回避こそできているが攻めあぐねているようで、形勢は若草色の髪の男に向いているらしい。

眼鏡越しに見た二人の戦い、その演出は全くタネが分からなかった。

 

「うお、風も凄っ……あ」

 

少し惚けていると、止まぬ暴風に眼鏡が飛ばされてしまう。

元々度が入っている訳では無いが、青年にとっては生きていく上で一応大切な物だ。

これがなければ些かみえ過ぎるから。

 

「……いや、流石にないか」

 

それを拾い上げながら、ひとつの可能性に思考が傾く。

怖いもの見たさと言うか、単なる好奇心と言うか。内心では有り得ないと否定しながら、その眼を向ける。向けてしまう。

 

それが日常の壊れる第一歩であったとしても。

神でもなければ、天才でもない、察しの良いだけのただの少年でしかない千倉悠悟には思い留まる選択肢は無かった。

 

 

 

「────え、あ……まさ、か」

 

 

 

そうして、悠悟はその眼で非日常を()てしまった。

 

 

悠悟には分かってしまう。

あの眼鏡越しでない世界は、何もかもが普通の人の見る世界と異なっている。

 

()()()()()()()()

無論肉塊の方はおおよそ人には見えないが、悠悟は見た目から判断したのではない。その正体を理解してしまったから、そう判断した。

ビルの上の二人だって、目の前で打ち合う二体に比べれば可愛いものだが、それでも悠悟が生きる世界とは全く違う世界の住人だ。

 

これは映画撮影なんかじゃない。今実際に起きている現実だ。

 

「う、うあっ……ッ!」

 

視なければ良かった。どうして視てしまったんだ。どうして、どうしてどうして!

 

逡巡する間もなかった。

今すぐここから逃げなければ。少しでも遠くに、できる限り早く逃げないと死ぬ。

鞄を放り投げて脱兎のごとく駆け出す。悠悟は己の浅はかさを恨みながら、とにかく離れなければという一心で逃げ出した。

 

 

それを、上空の二人は見ていた。

 

「……ふむ、邪魔が入ったな。エンフィールドの当主殿。ここは流そう」

「っ、逃げる気か?」

 

エンフィールドと呼ばれた金髪の男は目の前の男を睨めつける。

それに対し、その発言はまるで不適切だと鼻で笑いながら男は不敵な笑みを零した。

 

「君如きが相手では、私はどうにも役不足だ。私はあの迷い込んだ一般人を処理する、君は私を狙ったのは悪い夢だったとでも思って立ち去ると良い」

 

その言葉はどこまでも尊大であった。ともすれば相手を煽っているだけとしか思えないほどに。

 

しかし、時計塔の魔術師として生きてきたアイザック・エンフィールドにとっては、否、時計塔を拠点とせずとも多少神秘の世界に親しい人間であれば受け取り方は全く違う。

世界の各地で幾度も起こった亜種聖杯戦争。一種の威光を示す機会となったその戦争で何人もの魔術師が死に、その中にはケイネス・エルメロイ・アーチボルトといった時計塔で君主の座に着くような人間達も居た。

 

「では、失礼するよ」

 

フェルディナンド・レンツィ。時計塔の考古学科(アステア)にて一級講師を務める精鋭の魔術師。

アイザックの目の前で余裕綽々とジャケットスーツの襟を正すこの男は、今の時計塔において力を持つ人間の一人。お零れに預かって地位を得たような人間ではなく、その実力でもって色位(ブランド)となった男だ。

そんな存在の言葉が、実を伴った見解、要するに事実そのものでないはずがないのだから。

 

「……次は殺す」

「度し難いものだがね。まあ、頑張りたまえ」

 

踵を返して立ち去るその男の背を眺めながら、アイザックは内から溢れ出る()()を塞き止めんと歯噛みした。

そして端無く、巻き込まれたに過ぎない逃げ出した少年を内心で案じるのであった。

それが如何に彼を始末せんと追い掛けた存在の強大さと、魔術師としての根本的な意識の前には無意味な感傷であったとしても。

 

 

 

 

何かが追い掛けてくる。

追いつかれたら死ぬ。まず間違いない。オレは死ぬんだ。何一つ成すことなく、終わる。

それだけはダメだ。

 

悠悟は必死の思いで走った。

バイトで鍛えられているとはいえ、アスリートでなければ、ただの学生という枠組みも出ない悠悟の肺と脚は限界を訴えているが、今はその苦しさを無視するしかない。

 

「っ!!」

 

ソレが見えた時、既に悠悟はそこから飛び退いていた。

次には悠悟の居た地面から、剣を握り締めた腕が勢い良く生えてきたではないか。アスファルトを穿ち現れたその腕は獲物を捉え切れなかったことを認めると、すぐに来た道を戻って行く。

これには彼自身、何とか避けることができたとはいえ生きた心地もしない。

 

それは奇跡と呼ぶべき偶然の回避であった。

恐怖心から後ろを横目で確認した時、たまたま例の肉塊が目に映ったから。もしかしたら何か攻撃が来るかもしれない。逡巡の間に、悠悟は回避の選択を取っていた。少しでも判断が遅れていれば、そう考えるとゾッとする。

そもそもの話、もしちらりとでも見えていなければ悠悟は今頃串刺しにされて屍を晒していたことだろう。

 

しかし、それはすぐそこにまであの恐ろしい存在が迫ってきているということであり。

 

「■■■■■■────!!!」

「ぁ」

 

あの声だ。

 

非現実感と、あまりの恐ろしさに一周回って麻痺していた感覚が、その底冷えする叫び声によって呼び起こされる。

 

死ぬ? オレは、死ぬのか? まだ何も出来ていない、恩のひとつも返せていないというのに。

まだ、死ぬわけにはいかないというのに……ッ!

 

それは生物に備わる本能的な恐怖であり、そしてそれを上回るほどに悠悟自身を焦がす無念さであった。

 

だからだろうか。

たとえ無様で、たとえ潔くなかろうと、悠悟は願った。

 

「……嫌だ……」

 

死にたくない、と願う。

人間にとってはある種当然とも言える願望の帰結だった。

 

「嫌だ! オレは、オレはこんなところで死ねない! 恩を返さずに死ぬなんて!」

 

認められるわけがない。

そうだ、まだ恩を返せていないのに死ねない。死ぬわけにはいかない。死ぬわけにはいかないんだ。

頼むから、殺さないでくれ。

 

「■■■■────!」

「く、そ……っ、誰か……!」

 

けれどそんな悠悟の必死の懇願を嘲笑うかのように、もしくは全くもって興味などないかのように、ソレは凶刃を携えてそのすぐ背後にまで迫る。

 

 

誰か、助けて欲しい。

 

 

迫る殺意がその命に到達する寸前、そう、願った。

 

 

「■■■■────ッ!?」

 

 

そして、それは聞き届けられた。

必死の懇願を然りと受け止めるか、もしくは心から悠悟を助けたいと願う誰かによって。

 

肉塊の背にどこからともなく一条の矢が放たれた。

それは風を切り裂き、狙い違わず肉塊に襲いかかる。その一矢には、今まさに命を刈り取ろうとする悠悟への攻撃を無理に中断してでも、即座に身の守りを優先しなければと考えさせる程の威力があった。

それが続け様に二発、三発。腕と腕、剣と剣を重ねて正面から受け止めんとするが、バーサーカーとして召喚されたことにより強化された膂力を以てしても軽く弾き飛ばされる。一トンは下らない重量を持つ肉塊をだ。その威力はとてつもないものであった。

堪らず距離を取る肉塊に向けて、さらに牽制の一発。それを剣で叩き落とすと、しかし肉塊はこれ以上戦闘を続行しようとはしなかった。

 

「た、助かった……?」

 

背を向けてゆっくりと去って行く悪夢そのものを呆然と眺めながら、悠悟はなんとか自分が生き延びたということを理解する。

 

「ぁ、やば……」

 

そして、思い出したかのようにどっと押し寄せてくる疲労感と倦怠感に負けて、その場でばたりと倒れ込んでしまう。

 

「よく頑張ったね。今はゆっくり休んで」

 

重たくなる瞼。じくじくと熱を持つ手の甲。痛む頭。

耐え難いいくつもの体の不調に意識を手放す直前。

 

悠悟が見たのは、優しげに微笑む美しい金髪の青年の姿であった。

 

 

 




感想、誤字脱字報告お待ちしてます。また、リハビリの一環でお遊び企画を立ち上げましたので良ければそちらの方にもご参加くだされば幸いです。
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