アンティリーネちゃんのほのぼの日常   作:バナナとリンゴのミックスジュース

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ババ抜き

「ふぅ...」

 

 背後でドアが閉まる音がするのを待っていたかのように漆黒聖典第一席次”漆黒聖典”は肺の中の空気を小さく吐き出した。

 自分は今回神官長たちから話を聞いただけであり、その行為は肉体的疲労によるものではない。

 最も、漆黒聖典の隊長であり、(ぷれいやー)の血を覚醒させた神人たる彼が肉体的な疲労を感じることなど滅多にあることではないが。 

 ゆえに今のため息は神官長より教えられた新たな情報を咀嚼し飲み込んだことによる精神的な疲労によるものである。

 

「あら、お疲れの様ね」

 

 そんな彼の耳に鈴の音のような少女の声が届く。その声にはどこか揶揄うようなニュアンスが含まれていた。

 その声の主が誰かは見るまでもなくわかりきっている。

 スレイン法国の秘密機関である六色聖典が束になっても敵わない、真実法国最強の存在。法国の聖域の守護者。

 漆黒聖典番外席次”絶死絶命”その人である。

 

「ええ、まぁ。少し驚くようなことがありまして」

「ふぅん。ついこの間も神官長たちが集まってたけど、今度は何があったの?」

 

 少女――実年齢は少女とはかけ離れているが――は話しながらも男の方に顔を向けることなく、隣に愛用の戦鎌(ウォーサイズ)を立て掛け、自身も壁に背を預けながら六大神が広めた玩具であるルビクキューをカチャカチャといじっている。

 

「実は――」

「ああ、ちょっと待って」

 

  男の声を遮り少女は壁から背を離し、任務上待機していることが多い絶死絶命のために与えられたテーブルの上にルビクキューを置く。そして彼女もまた席につく。

 

「ん」

 

 顎を上げて、男も対面に座るように促す。

 

「そこまで長話をするつもりは」

「ん」

 

 もう一度顎を上げる。男は今度は何も言わず少女の対面に座った。

 

「折角だからこれで遊びながら話を聞かせて」

 

 そう言うと少女はどこからともかく手のひらサイズの長方形の紙の束を取り出した。

 

「トゥランプですか」

 

 これもまた先のルビクキュー同様に六大神が広めた玩具だ。4種類のマークと1~13までの数字の組み合わせによる52枚のカードとスレイン法国の国章が描かれた2枚のカードの計54枚のカードで作られた紙の束だ。ルビクキューと違い実にシンプルなものであるが、これ一つで様々な遊び方ができるため国民の間でも人気である。

 

「これからセドランやボーマルシェの訓練が……」

「そうね、今回はババ抜きでもしましょうか」

 

 問答無用でカードを一枚抜いて高速でシャッフルをし始める少女に男は小さく肩を竦めた。先日蘇生したばかりで生命力が落ちている二人には悪いが、こうなった彼女は人の話を聞いてくれない。男は今も自分を待っているであろう二人に心の中で謝った。

 十分カードを切り終えたと判断した絶死絶命は自分と相手の手元に交互にカードを配っていく。

 やがて53枚のカードを配り終え、お互いの手札の中から同じ数字の物を抜いていく。最終的に漆黒聖典が8枚、絶死絶命が7枚となった。最初に法国の国章のカードを持ったのは漆黒聖典の方だった。

 

「それで、何があったの?」

 

 当然のように少女が先に手を伸ばし男からカードを1枚ひったくった。捨てられた2枚のカードには数字の4が書かれていた。

 

「先日報告したヴァンパイアらしき未知のアンデットについてです」

 

 国章のカードを持つ男は特に考える必要もないので答えながら適当にカードを一枚抜く。そこには『1』が書かれており、自分の中から同じ1のカードと合わせて二人の間に置く。

 

「もしかしてこっちに向かってきてるとか?」

「いいえ、その逆です。件のアンデットは倒されたようです」

「……」

 

 カードに伸ばした手が白い手が止まる。白と黒の瞳に期待、喜悦、先頭衝動など様々な色が浮かぶのを見て、男はヴァンパイアの件を報告したときに言っていたことを思い出す。自分を負かす相手と戦いたい、そしてそいつの子を孕みたいと。

 あのときは結婚しない言い訳かとも思ったが、しかし全くの出まかせとは限らない。

 

「一体だ――誰にやられたの?」

 

 一瞬、言葉が途切れた。少女の抜き取ったカードに描かれた国章を確認したからだろう。

 自分で選んだと言うのにジロリと睨みつけくるその視線を受け、思わず男の背に一筋の冷や汗が流れる。

 

「・・・・・・王国のアダマンタイト級、正確には討伐したときはミスリル級の冒険者チームです」

「はぁ?」

 

 眉を顰める彼女の反応は当然のものだ。彼女がいなかったとは言え神人である彼を含めた漆黒聖典を撃退させるほどの力を持ったアンデットがミスリル級程度の冒険者チームが倒したなど冗談にしてもつまらなさすぎる。

 男は落ち着いてカードを取りながら答える――7だ。

 

「……」

「冒険者チームの名前は”漆黒”。戦士モモンと魔法詠唱者(マジックキャスター)ナーベの二人組です」

「なにそれ。聞いたことないし。しかも二人組?騙されてんじゃないの?」

「疾風走破を追っている風花聖典からの情報なので間違いないと思います。漆黒は一月ほど前に突然エ・ランテルに現れ、数千のアンデッドの軍勢を撃退、そして先ほど言ったヴァンパイアの討伐によってアダマンタイト級に昇格したそうです」

「へぇ」

 

 男の話を信じたようで、少女の艶やかな唇が弧を描いた。

 男からカードを引く――11だ。

 

「それで……私とその漆黒とやら、どっちの方が強いのかしら?」

「あなたですよ」

 

 予想できた質問に即答する。

 

「お世辞じゃなくて?」

 

 こちらを探るような瞳から目を逸らすことなく頷く。

 

「ええ」

 

 嘘ではない。なぜなら――

 

「漆黒は二人がかりで、しかも第八位階の魔法が込められた魔封じの水晶を使ってギリギリで倒したそうです」

 

 風花聖典からの報告では対ヴァンパイア戦はかなりの激戦だったようで、モモンの鎧は大きく破損しナーベの方もかなりの傷を負ったとのことだった。

 しかし彼女であれば無傷とは言わずとも一対一で、魔封じの水晶もなしで倒し得たであろうゆえの判断だ。これは彼個人の見解ではなく、神官長たちも同様の考えだった。

 とは言え、一瞬で漆黒聖典の二人を殺したヴァンパイアを倒した以上ただの人間であるはずもない。神官長たちはモモンとナーベ、少なくともモモンの方は神人なのではないかと睨んでいる。

 モモンは2体のヴァンパイアを追っているようだが、それはそのヴァンパイアらに祖国を滅ぼされたためではないかと言うのが神官長たちの予想だ。祖国の秘宝と考えれば魔封じの水晶のような貴重なマジックアイテムを持っているのも不思議ではないし、今まで噂にならなかったのも法国の神人らのように秘匿されてきたと考えれば納得がいく。

 

「なーんだ」

 

 しかし少女にとって漆黒が何者であるかなどどうでもよかったようで、男の答えを聞いて納得がいったのか少女の瞳から興味が消え失せた。その様子に内心安堵しながら男はカードを引き――「ちっ」――舌打ちを無視して2枚の10のカードを捨て、今度は少女が3のカードを引き2枚捨てる。

 

「……」

「……」

 

 会話が途切れた。それは少女が漆黒から興味が失せたためか、はたまたカードが2枚しか残っていなかったためか。

 

「……」

「ちょっと待ちなさい」

 

 無言で手を伸ばす男を遮り、絶死絶命はテーブルの下でカードをシャッフルする。正直言って自分の負けでいいからさっさと終わらせたいのだが、そんなこと言えるわけもないので黙って待つ。

 たっぷり数秒かけて――2枚しかないのに時間かけたところで意味がないと思うが――シャッフルしたそれを差し出してくる。

 男は特に考えず自分から見て右のカードに手を掛けて引いた。

 

「……」

「……」

 

 もう一度引く。

 

「……」

「……」

 

 もう一度引く。

 しかし、抜けない。まるで空間に固定されているかのようにいくら引いても微塵も動かない。

 

「あの――」

「どうしたの?早く引いたら?」

 

 笑顔だった。それはもう普段の彼女が魅せる剣呑なそれではなく、その見た目に相応しい可愛らしい素敵な笑顔だった。

 

「はぁ……」

 

 男は諦めてカードから手を離す。いかに神人と言えど、目の前の少女と力比べをして勝てるとは思えないし、そもそも勝ち負けにこだわっていない。

 おとなしく左のカードを取ると、そこに描かれているもの――わかり切ってはいるが――を確認するよりも早く、目にもとまらぬスピードで絶死絶命は男のもう1枚のカードを引き抜いた。

 

「あら、私の勝ちね」

「……そうですね」

 

 もはや何も言うまい。少女は手早くカードを纏め再び懐に仕舞い、言外にもう行っていいわよと告げる。それじゃあ2回戦と行きましょうなどと言われなかったことに胸をなで下ろした。

 

「それでは失礼します」

 

 男は軽く頭を下げ、その場を後にする。

 しばらくして立ち止った男は小さくつぶやいた。

 

「子供じゃないんだから……」

「何か言った?」

「なんでもありません!」

 

  十分距離はとったと思っていたが、自分が思っていた以上にハーフエルフの聴力は優れていたようだ。

 大声で答えて自分を待っているであろうセドランとボーマルシェの下へ急ぐ。断じて逃げた訳ではない。断じてだ。




またネタを思いついたらまた書くかも。
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