アンティリーネちゃんのほのぼの日常   作:バナナとリンゴのミックスジュース

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今回はWEB版の要素が入っています


ヌッコ①

 その日、法国最強の守護者である絶死絶命は一人用にしてはやや大きすぎるベッドの上で大の字になっていた。

 

「あ~」

 

 一人で使うには少々広すぎることを除けば、必要最低限の家具があるくらいでこれと言った面白みに欠ける部屋に少女の気の抜けた声が溶けていく。

 彼女は半森妖精(ハーフエルフ)として生を受けて数百年。長い長い人生の中でいくつもの艱難辛苦を乗り越えてきたが、しかしそんな彼女にも克服できない苦痛があった。

 

 その苦痛の名は――

 

「暇ね……」

 

 ――退屈と言う。

 

 神人として覚醒し、法国の最奥に眠る六代神の遺された秘宝を守護する任についてはや幾年月。守護者と言えば聞こえは良いが、敵が来なければ結局のところただ食っちゃ寝の毎日である。一応は神殿の守護以外にも漆黒聖典の特訓や、新人の天狗の鼻をへし折ったりと仕事がないわけでもないが、自分とそれ以外では力の差があり過ぎて退屈しのぎにもならないし、新人となり得る英雄だってそうポコポコ現れるわけでもない。そのため、今のようにただダラダラと過ごす日の方が圧倒的に多い。聞くところによると、神々の言葉で自分のような者を『にぃと』などと言うらしい。

 

「こんなとき、話し相手になってくれる子がいてくれたらいいんだけど……」

 

 自分に敵う存在など居るはずがないと調子乗っている子たちに現実を教えるという仕事の性質上一方的にボコボコにしなければならないが、その結果としてどうしても周囲との間に溝ができてしまう。特に第11席次の無限魔力に関しては今でもやり過ぎたかなと後悔していたりもする。折角の数少ない女性の同僚なのだからもうちょっと優しくしてあげればよかったと遅まきながら思っている。

 

「何百年生きてても退屈ばかりは流石の私でも――」

 

 ――敵わない。そう続くはずだった少女の言葉は突如途切れ、大の字になった状態から勢いよくはね起きる。

 

  自分以外誰もいないはずのこの部屋に何者かの存在を察知したからだ。

 

 そのまますぐそばに立て掛けておいたカロンの導きを手に取り、瞬きよりも速いスピードで侵入者に近寄りその鎌を勢いよく――

 

「――は?」

 

 ――振り下ろす手が止まった。

 

「ナ~?」

 

 肝が据わっているのかはたまた何もわかっていないのか、鎌の切っ先がほんの数センチまで迫っている状況で何とも気の抜けた鳴き声を上げる獣がそこにいた。

 

 その獣の名に彼女は覚えがあった。

 

「ヌ、ヌッコ?」

 

 ヌッコ。それはトブの大森林やエイヴァーシャー大森林などで度々目撃例のあるモンスターだ。個体によって異なる模様の毛皮に覆われ、複数に分かれた尻尾を持ち、成体では人の頭ほどの大きさほどに成長する。今絶死の前にいるのはそれよりも一回り程小さいためまだ成体ではないのだろう。

 そして、モンスターとしての脅威はどの程度かと言うと――皆無だ。

 高い身体能力もなければ魔法が扱えるわけでもない。草や木の実を主食としているので鋭い牙が生えているなんてこともなく、爪による引っかきも幼子さえ傷つけることはできない。

 危険性のなさや見た目の可愛らしさなどからペットとして一部で愛されていると聞いたことがある。目の前にいるそれも例にもれず、半分毛皮に埋もれながらも赤い首輪がついてるのが見えた。

 

「あなた、どこから来たの?」

「ナ~」

 

 上半分が黒、下半分が白ときれいに色分けされたヌッコはまるで絶死の問いに答えるように再び鳴いた。ヌッコの特徴である二股に分かれた黒と白の尻尾がフリフリと揺れている。

 

「……はぁ」

 

 危険性はないと判断し少女はカロンの導きを壁に立てかけ、ヌッコを抱き上げる。ヌッコはかすかに身じろぎした程度で抵抗らしい抵抗をみせることなくおとなしく抱き上げられた。

 ふさふさした毛皮に絶死の白く細い指が埋まり、ふにふにとした筋肉の一切なさそうな感触が指の腹に伝わってくる。

 

「どうしようかしら、この子……」

 

 (……殺す?)

 

 殺すのは容易いことだ。絶死がほんの少し力を込めるだけで目の前のか弱き小動物は何の抵抗もなくその生命活動を終えるだろう。それに仮にこれを殺したところで絶死はただ侵入者を排除しただけであり、誰も彼女を責めることはできない。

 

 しかし……

 

「流石に可哀想よね」

 

 害を為そうとしていたり、あるいは何者かが神殿内部の情報を収集するための使い魔的存在であったのなら何の躊躇もなく排除するのだが、まず間違いなくそれはなさすぎだろう。

 そう言った目的で使役するならもっと良い魔獣……不可視化の力を持つ透明狼(インヴィジブル・ウルフ)や、ヌッコほどの大きさで人の喉を容易に掻き切れるほど鋭い爪を持つ鋭爪兎(シャープ・ラビット)などいくらでもいるのだから。

 

 結論、この子はただの迷い子である。そのためその命を奪うことはいくら絶死と言えど躊躇われた。

 

「それに、なんだか親近感湧くのよね」

 

 白と黒の毛皮はどうしても自分の髪と目のそれを連想させる。

 しばしの間、絶死は自室の天井を見上げて試案を巡らせた後小さく「よし」とつぶやく。

 

「あなたはしばらくは……そうね飼い主が見つかるまではここに居させてあげるわ」

 

 飼うことにした理由は特になく単なる気まぐれだ。しいて言えば、ペットでもいれば少しは退屈しのぎになるかと思ったからだ。

 

「ナ~♪」

 

 自分の言葉など理解できていないだろうが、しかしどこか嬉しそうなその鳴き声に絶死の頬も自然と緩んだ。

 

「とは言え、私は動物なんか飼ったことないし……そうだわ」

 

 ふと、絶死の脳裏にある同僚の顔が浮かび上がった。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 少しして、絶死の部屋のドアがノックされる。

 

「どうぞ」

「は!失礼します!」

 

 どこか緊張を帯びた声と共に入ってきた男の顔からはいつも浮かべている人当たりのよさそうな微笑みは幻のようにその姿を消していた。

 

 漆黒聖典第五席次。”一人師団”の異名を持つクアイエッセ・ハゼイア・クインティアである。

 

「わざわざ来てくれてありがとうね」

「いえ、絶死様のお呼びとあれば即座に参るのは漆黒聖典として当然の務めでございます」

「………………」

 

 思わず吐き出しそうになったため息を寸でのところで飲み込んだ。

 

 こんなのはまだましな方だ。

 絶死の頭の中では同じく漆黒聖典に名を連ねる魔法詠唱者(マジックキャスター)が揉み手をしながらへこへこ頭を下げていた。

 

「とりあえず、座ってくれる?」

「いえ、私はこのままで――」

「いいから。あなた背が高いから話しづらいのよ」

「失礼しました。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

 このやり取りも彼に限らず、ほとんどの隊員相手に繰り返してきたものだ。いちいち面倒だから一回目で座って欲しいのだが、もうあきらめた。

 

「あなたを呼んだのはこれのことよ」

 

 そう言って絶死は膝の上で気持ちよさそうに微睡んでいたそれを持ち上げテーブルの上に置いた。

 

「こ――」

「こ、これは!」

 

 それを認識するやいなや、クアイエッセは椅子を吹き飛ばすほどの勢いで立ち上がった。

 

「ま、まさか侵入者!警備の者は何をしているんだ!すぐに処罰を――」

「いや、そうじゃなく――」

「その前にこれの処分ですね。失礼しました。今すぐこの不愉快な畜生を絶死様の視界から消して――」

「落ち着きなさい」

「へぶっ!?」

 

 ガンッとクアイエッセの頭頂部に絶死のチョップが勢いよく振り下ろされた。一件少女の細腕から繰り出されたそれは、神人としての力が乗っており――もちろん手加減はされているが――漆黒聖典の一員として厳しい訓練を乗り越えているクアイエッセをしても痛みに顔をゆがめるほどの威力を持っていた。

 

「私があなたを呼んだのは警備の子らを処罰するためでも、ましてやこの子を処分してもらうためでもないの」

「で、ではなにゆえ……」

「私はしばらくこの子をしばらく飼うことにしたわ」

「は?」

「この子は首輪をしてるから、きっと誰かのペットよ。だから飼い主が見つかるまでの間――」

「き、危険です!」

 

 絶死の言葉を遮るようにクアイエッセは叫んだ。

 

「もし万が一にもあなたの身に――」

 

 瞬間クアイエッセの口上が止まり、代わりに彼の体がブルリと大きく震えた。

 

「私の身に――なに?」

 

 目の前の少女から、クアイエッセから見れば余りにも小柄なその体躯が何倍にも膨れ上がったと勘違いしてしまうほどの殺気を放ったからだ。

 

「神人で、あなたの上司のあの子を片手でひねりつぶせる私が、この程度の獣風情に害されると思うのなら試してみる?あなたの体で、ね」

「い、いえ……。わ、私は……」

「……ふぅ」

 

 少女が小さく息を吐くと、先ほどまでのさっきはまるで霞のように霧散した。

 

「まあいいわ。とにかく、私があなたを呼んだのはビーストテイマーとして、この子を飼ううえでのアドバイスを貰うためなのよ」

 

 クアイエッセの二つ名である”一人師団”は、複数のモンスターを召喚・使役することで単独でありながら軍団規模の手数を有するビーストテイマーとしての能力に由来している。

 流石にヌッコのような弱い魔獣は使役していないが、それでもペットを飼ううえでの心構え的なものは享受してくれることを期待していたのだが……。

 

「申し訳ありません、絶死様。私はあくまでモンスターを召喚し使役するだけで、モンスターを飼ったことはございません」

 

 召喚したモンスターは倒されるか一定時間の経過で消滅するのでわざわざ餌をあげたりと世話をすることはないし、生み出されたその瞬間から召喚主の命令に忠実なので調教するようなこともない。

 

 ビーストテイマーの中には野生のモンスターを調教・使役する者もいるにはいるが、漆黒聖典の戦力になり得るモンスターなどそう簡単に見つからない上に、世話や調教の手間を考えれば召喚の方が楽なのだ。

 

「そうなの?それじゃあ――」

「お待ちください。私に妙案がございます」

「妙案?」

 

 先ほどの先走りっぷりを見るに少しばかり嫌な予感を覚えたが、自信に満ちたその表情を見て任せることにした。

 

「それじゃあ、お願いするわ」

「は!――出でよ、バジリスク!」

「は?」

 

 クアイエッセの能力により、床に直径が絶死の身長ほどの魔法陣が浮かび上がり、そこから浮上するように緑色の魔獣バジリスクが姿を現して――

 

「ッ!」

 

 絶死がカロンの導きで一刀のもとバジリスクの首を切り落として――

 

「ぐぎゃっ!」

 

 その勢いのまま柄の部分でクアイエッセの頭を再び殴打した。今度は先ほどよりもずっと強くだ。

 

「ねえあなた馬鹿なの?馬鹿でしょ。馬鹿だわ」

 

 絶死がクアイエッセの胸倉を掴みガクガクと揺さぶりながら責め立てる。

 隣では即殺されたバジリスクが「え、ワイは何のために呼ばれたんすか!?」と目で訴えている気がするが知ったことではない。文句は目の前にいる召喚主(アホ)に言って欲しい。

 

「突然バジリスクを召喚するなんていったい何考えてるのよ」

「い、いえ。同じ獣同士なら言葉が通じるかと……」

「通じるわけないでしょこの馬鹿。いえ、そもそもそれ以前にいきなりバジリスクなんてありえないでしょ」

 

 ぽいっとクアイエッセを放り、テーブルの上で体を縮こまらせているそれを抱き上げると、ヌッコは絶死の細腕の中でプルプルと体を震わせる。まず間違いなく、突如目の前に現れた凶悪な魔獣に怯えてだろう。

 

「い、一応私の召喚できる中で一番弱いものを出したのですが……」

「もういいわ。飼い方は私が何とかするから、あなたはこの子の飼い主を探してくれるかしら」

 

 それだけ言うと、もはや話すことなどないと告げるように絶死はクアイエッセに背を向けた。

 

「か、かしこまりました」

 

 クアイエッセは大きく膨らんだ自身の頭頂部を抑え、目の端に涙をためつつ少女の部屋を後にする。

 

「はあ……あの子、あんなに馬鹿だったかしら……」

「ナ~」

 

 少女のつぶやきを肯定するように、ヌッコのどこか呆れたような鳴き声が絶死の部屋に溶けていった。




最新刊から察するにアンティリーネちゃんは本当は優しい女の子
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