あまり深く考えずに、雰囲気だけ「ふーん……」ぐらいの感覚で読んでみてください。
①転生者のスタンスなど。
大人になるということは、自由に好きなものを食べられなくなるということである。
健康への影響はもちろんのこと、代謝能力の低下と運動する機会の少なさから、食べたぶんのカロリーが贅肉へと景気よく変換されるようになるのだ。
だがしかしッ! いまの俺は違うッ!!
転生することで若々しい思春期ぼでーを手に入れた俺ならば、大口を開いて好きなものを食べることができるのだッ!!
「お待たせしました~、ダブルとんかつ定食のごはん大盛りと、それからエビフライになりま~す」
うむ。やはりとんかつという食べ物はボリュームが豊かであるほうが見栄えがいい。前世で2枚も食べたりしたら、その日の夕食はお茶漬けぐらいしか胃袋が受け付けなかっただろう。
さて、このまま眺めているだけでも心が癒されるのだが、冷めてしまってはとんかつという料理に対する侮辱でしかない。食材はもちろん、調理してくれたお店の人、そして暇をもて余した神様のイタズラか好奇心旺盛な悪魔の実験かは知らないが俺の魂を別世界の日本で生まれ変わらせてくれた何者かに感謝を込めて“いただきます”と手を合わせる。
たっぷりとソースをかけて、豪快に白いメシをバクバクと食べるのも魅力的な方法だろう。だが今日は奮発して2枚のとんかつが皿の上、山盛りにされた千切りキャベツの玉座に鎮座しているのだ。たまには肉だけの旨味をじっくりと噛み締めてもバチは当たらないはず。
カットレモンを指でつまみ上げて静かに力を込める。ポタポタと滴る雫がきつね色の衣にポタリと落ちてはじわりと染みていく。
その光景を見て胃袋が急かしてくるが、ここで平常心を失ってはいけない。おしぼりで指先を拭きつつ心を落ち着かせ、ソルトミル……で呼び方はいいのだろうか。それをグリグリと回すことで薄紅色の岩塩が砕かれ、とんかつにはらはら舞う花びらのように降り注いだ。
かつての俺は端っこの慎ましい曲線部分から順番に食べていたが──ここで怖じ気付くのはかえって無作法というもの。中心の分厚い一切れを箸でつまみ上げ口に運ぶと、スーパーのお惣菜とは違う出来立ての熱が唇に伝わってきた。
さくり、と心地よい衝撃が頭のてっぺんまで届いてすぐ豚肉の柔らかさと溢れる脂の旨味、そこにレモンの清涼感のある酸味と岩塩のどこか優しくも力強い塩気があわさることで完成した。
「俺はいま、とんかつという名の幸せを食べている。これが生きるという意味だ……」
「いつものことだが、いちいち大げさだなマスターは。食事に敬意を払う姿勢はキライではないが……毎回それでよくまぁ飽きないものだと感心する」
テーブルの上では俺の相棒が呆れたように呟いている。フェアリーデバイスと呼ばれる科学と魔術が融合した手の平サイズのロボットだ。
このFDを操作してバトルをするのがこの世界では生活の一部となっており、大会やらイベントやらが毎日のように開催されている。
俺が例えば主人公ならば、大会で優勝して上を目指したり、FDを悪用する闇の組織と戦う機会もあったのかもしれない。
だが、俺の辞書に英雄願望などという面倒なモノは存在しないのだ。バトルで得られるポイントが現金として利用可能であること、それらはFD関連の商品だけでなくコンビニやお食事処でも使えるということが重要なのだ。
それを知ったとき、俺はこの世界が俺というイレギュラーを受け入れてくれたことに心から感謝した。メカアクション系のゲームも大好きだった俺にしてみれば、全力で趣味を楽しみながらお金も稼げるのだから。
レンタルFDでコツコツBPを稼ぎ、中古ではあるが初めて自力でFDを購入したときは感動して泣きそうになったりしたね。これでようやく思う存分BPを使って美味しい物を沢山食べることができる、と。
ちなみに購入したのは旧型のFDで『零式』と呼ばれるモデルだ。FDバトルを管理するタイタニア・ネットワーク・サービスによると、現在のところ零式を使っているマスターは俺ひとりしかいないらしい。毎年新しい素体モデルが発表されていることもあって、わざわざ旧いモデルを使い続けるマスターはいないそうだ。バトル無しで側に置いている物好きが僅かに残っているぐらいだと言われた。
実際のところ、素体のステータスもセット装備の性能もかなり微妙なラインだ。FDはマスターである人間の保有する魔力を使って電脳空間でバトルをするのだが、この零式は旧型なので燃費がすこぶるよろしくない。
が、俺にとってはそれもまた利点なのだ。燃費が悪いからこそ、1度のバトルでカロリーを大量に消費することができる。
つまりッ!
趣味を楽しむだけでッ!!
ダイエットができるッ!!!
最高か? 最幸だわ。
ぶっちゃけバトルの難易度はそれほど高くない。コントローラーを操作するのではなく、頭でイメージして動かす感覚なのでかなり自由に動けるのだ。おかげで前世ではカジュアルプレイヤーだった俺でも、それなりの勝率でBPを順調に稼ぐことができている。
そして、FDの存在があるからなのかこの世界ではロボット作品がほぼ皆無なのも実に好都合。前世の知識を生かして自作した装備を使えばあら不思議、知らない装備を使われて驚いている相手を一気に攻め落とすこともできるのだ!
TNSの職員さんからは希望するならパーツメーカーを紹介するとも言われたが……安定したお給金は魅力的だけど、FDマスターとしてのんびり生きるほうが気楽だと思って遠慮させてもらった。真面目に労働は前世でお腹いっぱい。せっかくの転生者ライフなんだ、自由と独立を保って生きてみたいじゃないか。
さて、塩とんかつは充分に堪能させてもらった。ここからはソースの推進力でグイグイ攻めるか、それともピリ辛の味噌だれで変則的なリズムを刻むか。こんな贅沢な悩みであれば、いつまでも思考に溺れていたいぐらいだな……ッ!
ゲームやラノベ好きの人でも、転生したら最強目指したり有名になるよりのんびり世界を楽しみたい派の人は結構いるんじゃないかな~と勝手に思ってます。