元相棒がTS破恋で"あ"になった   作:ノヴィツキー

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前回はご評価とお気に入り登録どうもありがとうございました。
とても励みになりました。今回も楽しんでいただけましたら幸いです。


第二話:変わらない事と変わった事と

 前々回から五年ぶり、前回から昨日ぶり。

 我ながら随分と極端なインターバルで訪れた日曜日の第二副東京駅は、濁流の様に溢れ出す人の波と、それに逆らう人の波とに作られた奔流で、(さなが)ら逆流した水洗トイレの様な様相を呈していた。

 今の会社に入ってからは電車での通勤となった事もあり、人混み自体は慣れたものだったけれど、一番端の改札を目指して歩く、剣や杖を握り、鎧や重厚なジャケットを纏った多数の人々を見ると、自分がダンジョンに帰ってきたんだなと妙な実感を覚える。

 

「あ、ザッさん!」

 

行き交う人々を眺めながら、取り敢えずで引っ張り出してきたジャージとスニーカーの点検を行っていると、不意に人混みの喧騒の中から、鈴を鳴らす様な声がぼくの綽名を読み上げた。

 

「ごめん、待たせちゃった?」

 

振り返ると、そこには少し息を切らせた小さな女の子の姿。五年ぶりにコンビを組む真水くんが右手を振りながらパタパタと人の波を躱して走り寄って来るところだった。

 

「んーん。ぼくも今来たところだから」

 

駆け寄ってきた真水くんに答えると、真水くんは「そっか」と安心した様に薄い胸を撫で下ろした。

 

「それにしても、ここは相変わらずだね」

 

真水くんが息を整えるのを待ちながら、もう一度辺りを見回して言うと、ふぅと息を吐いた真水くんが「まあね」と頷いた。

 

「第二副東京のダンジョンが開いてもう四百年。未だに日本各地のダンジョンの中は未調査区域ばかり……ってこの前市長が演説してたくらいだし」

 

「なるほどねえ」

 

真水くんの言葉に頷きながら、ぼくは改めて改札の方に目を向ける。

 向かうのは濁流の様な大量の人材。そしてあがり(・・・)を手に出てくるのは、"絶対に"それよりも少ない人間。

 人的資源の投入という一種の人海戦術じみたお題目も、現実的に命の危機と隣合わせなダンジョンで見てみれば、中々どうして思い切った施策に映らなくもない。

 

「じゃ、行こっか」

 

「おっけ」

 

 真水くんの息が整ったのを確かめて改札の方へと促すと、頷いた真水くんがトテトテと後ろをついて来る。考えてみれば、今日がリハビリ初日であるぼくの方が後ろを歩くべきなのかもしれないけれど、冒険者だった頃の癖でつい自分が前を進んでしまう。

 

「「……」」

 

何となく歩幅を緩めると、自然と追い付いた真水くんが隣に立った気配がした。見下ろしてみれば、丁度ぼくを見上げて来る真水くんの両目が交叉する。

 

「……♪」

 

そして、何故か機嫌良さそうにニッと白い歯を見せた真水くんは、そのままぼくの後ろに回ることなく、改札までの短い道のりを人混みも気にせずに隣立ったままで歩き続ける。

 

「そういえば真水くん」

 

「どうしたんだ、ザッさん?」

 

「ぼくもあまり服装に関しては偉そうなことは言えないけど、その格好はどうにかならなかったの?」

 

「?」

 

キョトンとした様子で瞬かされる真水くんの睫毛の長い両目。一見、美人顔の女の子が身に纏っているのは、色の鮮やかなデニム地のジーパンと「Kiss my Ass!!」と書かれた黒いTシャツなのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

葉豊(はとみ)ザクロ様と夢枕(ゆめまくら)真水(まみず)様ですね。ようこそ、第二副東京ダンジョンへ!」

 

 冒険者用の改札で少し掠れた冒険者カードを差し出すと、受付のお姉さんがパソコンの画面に目をやりながら営業スマイルを浮かべた。五年ぶりに引っ張り出した冒険者カードは期限失効間近だったが、データの破損等は起きていなかった様で無事に読み取りを完了した様子だった。

 次いで尋ねられた「本日はどういったご予定でしょうか?」という質問に、「基本二階層。深くても三階層までですね。リハビリなので」と伝えると、お姉さんはあからさまに安堵の空気を漂わせる。

 これは今日が久し振りのダンジョンアタックであるぼくを心配して……という話では無く、このお姉さん達はその立場上、無謀な潜航をしようとする冒険者が居た場合、適切なランクへと誘導する義務があるからだ。

 腐っても人的資源。冒険者の出し惜しみをしてはいけないが浪費をしてもいけないというのが、ダンジョン開口以来四百年続く東京都の基本方針だ。

 ただ、そういった事情が理解出来ず、お姉さん達に窘められて逆上する、状況や自分に酔った身の程知らずで迷惑な冒険者が一定数居るのも事実だ。特に、昔取った杵柄なんて言って、山菜取りか何かの様な感覚でダンジョンに入ろうとする、ブランクの空いた元冒険者なんかはその最たる例で、昔のランクが無駄に高い分始末に悪いということが少なくない。

 そんなあからさまな地雷属性を持ったぼくが、あっさりと表層でのリハビリである旨を告げたのが良かったのだろう。受付のお姉さんは屈託のない笑顔を浮かべて「どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」と気持ちよく送り出してくれるのだった。

 

「冒険者の方はそのまま零番線(・・・)へお進みくださーい!!」

 

冒険者用の改札を出ると、駅構内に立った誘導員さんがガヤガヤとした喧騒の中で声を張り上げたのが聞こえた。

 

(懐かしいな……)

 

その駅員さんが口にした言葉に、ぼくは少しだけそう感じた。

 "零番線"というのは国鉄が全国一律で使用している、ダンジョンの入り口を指す言葉だ。

 元々、戦国時代末期に開口したダンジョン内部の潤沢な資源と、それが生み出す経済効果、更にはそれ目当てに流入する人間によって、当時の日本ではダンジョン近隣を中心に都市が形成されていたという。

 現代でもなお健在なこの都市達は、開国後の日本でも常に重要な役回りを果たした。

 特に、西洋から持ち込まれた鉄道の施設の際には、都市と都市を結ぶところから始めたため、自然とダンジョンのある所に巨大なハブ駅が建造されていったとも。

 以上の経緯から現在の日本でもダンジョンの出入管理は引き続き鉄道会社が行っていて、"零番線"というのはそのハブ駅施設の際に、通常の線路である壱番線よりも先に存在した線だからという理由で用いられた通称だった。

 

「うわっ!?」

 

と、懐かしさに釣られて、柄にもなくダンジョンの歴史なんかに記憶を馳せていると、不意に隣の真水くんが小さな悲鳴を上げた。どうやら、この濁流に歩幅が合わず、つんのめってしまったらしい。

 

「すみません」

 

 周囲の人達に一言断って、真水くんの方に手を伸ばす。その、昔よりも随分と小さくなった身体を抱きかかえると、真水くんは「わわっ!?」ともう一度悲鳴を上げたが、掴んだのがぼくだと気付くと申し訳なさそうに、「ごめん、ザッさん」と頬を掻いたのだった。

 

「気にしないで良いよ。それより真水くんの方が大丈夫?」

 

明らかに周りの流れに翻弄されている姿にそう尋ねると、真水くんは「いやあ……」とバツが悪そうに顔を顰める。

 

この身体(・・・・)になってからダンジョンに来たのって、実は初めてでさ……」

 

「ん。把握」

 

そっかそっか。

 

「じゃあ、余計にお互い無理はしない様に気を付けないとね」

 

「ん。そうだな」

 

腕の中でコクコクと頷いた真水くんを抱え直して歩いていると、不意に辺りの景色が色を変える。

 日が差し込む透明なケイ素や、均一に整形されたコンクリートを失い、代わりに鍾乳洞の様な剥き出しの岩肌がぼく達を囲み始め、関東圏の大ダンジョンが一、第二副東京ダンジョンが久方ぶりにぼくと真水くんを出迎えたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 どんなダンジョンでもそうだけど、入る人間の数よりも出てくる人間の数の方が絶対に少ない。

 これは多少の条件こそつくものの、概ねにしてダンジョンでは普遍の真理だ。

 どんな小さなダンジョンでも、どんな弱いモンスターでも常に一定のリスクを孕むというその戒めは、その後のぼくの人生に少なからず影響を与えた気がする。

 

「だから、準備体操はちゃんとしようね?」

 

 ダンジョンの入り口を通り、最初に差し掛かった大広間で、気が急いた様に無数にある通路に視線を巡らす真水くんを見て、ぼくは真水くんを軽く窘める。実際、今日という日はまだたっぷりと残っている。ならその何千分の一くらいの時間を、多少の準備に費やしても問題ないはずだ。

 

「ん……そうだな」

 

ぼくがそう言うと、少しバツが悪そうに頬を掻いた真水くんが隣に並んで軽く伸びをする。

 

「……ごめんな、ザッさん」

 

そして、身体を横に傾けた拍子に、隣の真水くんがふと思い出した様に短い謝罪を口にした。

 

「? 何が?」

 

「準備体操……サボってたなって」

 

その唐突な言葉にぼくが首を傾げると、真水くんが謝罪の理由を答えた。

 

「ザッさんとのコンビ解消してから、あいつがあんまりそういうの好きじゃなくてさ」

 

「あー、まあ、まどろっこしいと言えばまどろっこしいしね」

 

そう言って、自嘲する真水くんだったけど、その主張自体は正直に言えば的外れという訳でもない。

 

「別に、準備体操をしたからといって、生存率が何十倍にも跳ね上がる訳でもないし」

 

実際、辺りを見渡せば、ぼく達と同じ様に準備体操をしているグループはやや少数派で、残りの大半の冒険者の人達はこの広間で立ち止まることなく各々が目星をつけた、巨大ダンジョンの通路へとアタックを仕掛け始めている。

 だから、そう気にする様な話じゃないよと肩を竦めると、受け取った真水くんは「それでもさ」と苦笑を浮かべたのだった。

 

「そういえばザッさん」

 

「んー?」

 

「さっきから気になってたんだけど、それってもしかして"刀"か?」

 

幾分解れた空気の中で、上体を反らしていた真水くんがふと思い出した様に、ぼくが持ってきた細長い包みを指差した。

 

「うん、そうだよ」

 

準備体操を終えた僕は真水くんに肯定を返し、そして指差された袋の口を開く。

 取り出したのは一振りの刀。ダンジョン内で振り回すことを考えて少し短めに拵えてもらったそれは、現役だった頃のぼくのもう一人の相棒とも呼べる存在だった。

 

「……懐かしいな」

 

軽く鯉口を切って刀身を見せると、反射した光に目を細めた真水くんがほぅと息を吐いてそう呟いた。

 

「他の道具類は引っ越しの時に全部処分しちゃったんだけど、これ()だけは何となく手放す気にならなくてね」

 

そう言って肩を竦めると、アーモンド形の眼を見開いた真水くんが囁く様に「そうなのか?」と呟いた。

 

「うん」

 

「そっか……」

 

ぼくが頷くと、真水くんはまるで本当の女の子の様に嬉しそうに微笑んだ。

 

「……こうしてみると、何か時間が五年前に戻ったみたいだな」

 

「そうかもね」

 

睫毛の長い両目を細めて、少しだけ眩しそうにほぅと溜息を吐く真水くんに、ぼくも首肯を返す。

 大学終わりと同時に二人で合流してダンジョンに潜り、休日ともなれば当然の様にダンジョン内で一夜を明かしていた五年前を、ぼくも真水くんも少しだけ思い出していた。

 

「……よし、じゃあそろそろ行こうか」

 

一通り体操を終えて、適度に身体が温まったのを確かめると、隣でくりくりと首を回していた真水くんに声を掛ける。

 

「ん」

 

「ちなみに、今ってどの辺のルートがお勧めなの?」

 

頷いた真水くんに尋ねると、真水くんは「そうだな……」と少し思案する顔になる。

 

「大階段は相変わらずだな。良くも悪くも下層への直通ルートだし。ただ、人でごった返しているから、そっちよりも北の方に行った方が良いかも。どうせ、今日はリハビリだし」

 

「南の洞窟は?」

 

「あっちは去年崩落で閉じちゃったんだよ」

 

「ん。把握」

 

真水くんの言葉に頷き、「それじゃあ、北のルートにしようか」と告げると、頷いた真水くんも「おっけー」と親指を立てた。

 

「前はぼくで良いかい?」

 

「もちろん。五年ぶりのフォーメーションだね」

 

以前組んでいた時の事を思い出して、ぼくが前衛を申し出ると、ニッと笑った真水くんが白い歯を見せた。

 

「ザッさんがしくったら僕が助けるから、大船に乗った気持ちでどんどん行って大丈夫だぜ」

 

「ん、頼りにさせてもらうよ」

 

「え?」

 

そう言った真水くんに頷くと、真水くんが虚を突かれた様に大粒の両目を見開いた。何か変な事言ったかな?

 

(……ま、いっか)

 

「あ、ちょ、待ったザッさん!」

 

 そう結論付けたぼくが刀を抜いてダンジョンに踏み出すと、一拍遅れた真水くんが慌ててぼくの後ろを追いかけて来た音が辺りに響いたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 実に五年ぶりの、ぼくと真水くんによるダンジョンへのアタックは、意外な程スムーズに進んでいた。

 

「ふっ」

 

 五年ものブランクがある割に、ぼくの身体は当時の動きをそこそこ記憶していて、時折岩陰から飛び出してくるゴブリンやアルミラージといった低級モンスター程度なら、十分に反応して切り結ぶことまで出来ている。もっとも、進行がスムーズな一番の理由は別にあった。それは、

 

「よっと」

 

軽い掛け声と共に、ぼくの隣でヒュンッと(はし)った幾本かの長い針だ。

 その行く先を見れば、眼球を貫かれてギャッと絶叫する岩陰で待ち伏せをしていたゴブリンの姿。即座に飛び込んで脳天に諸手で刀を振り下ろすと、視覚を失っていた魍魎は左右真っ二つとなり絶命したのだった。

 

「これで二十匹目かな」

 

「だな」

 

べちゃりと潰れたゴブリンの躯を見おろしながら尋ねると、後ろから追い付いて来た先の投針(とばり)の主である真水くんがこくりと頷く。

 

「疲れてない?」

 

「全然よゆーだぜ」

 

ぼくの確認に、真水くんがニッと笑う。

 

「そういうザッさんはどうなんだよ?」

 

「ぼくもまだ大丈夫かな」

 

真水くんが的確な援護をしてくれたおかげで、久しぶりのダンジョンも無理なく進めている。

 

「これなら次からは四階層以上を試しても大丈夫かな?」

 

「じゃあ、僕とザッさんのコンビも、次からいよいよ本格始動か」

 

首を傾げるぼくの言葉に、真水くんがが嬉しそうに笑みを零す。

 

「ま、それはこの後の出来次第ってことで」

 

「おっけーおっけー。そういう事なら僕も張り切っちゃうぜ?」

 

ぼくの返事に力強く頷いた真水くん。けれど、不意に鳴ったキュゥという音が、真水くんの快活な言葉に割って入ったのだった。

 

「……」

 

思わず停止してしまうぼく。

 見下ろせば、俯いた真水くんがその両耳を真っ赤に染めていた。

 

「……」

 

「う、うるさいな!」  

 

「何も言ってないけど?」  

 

「い、いいだろ別に!」  

 

「だから何もぐっ……」  

 

真水くんの小さな握りこぶしがぼくの腹に突き刺さった。痛くはないけど、意図が伝わらない訳でもない。

 ぼくは降参の意を込めて納刀すると、両手を上げて「お昼にしよっか」と水を向けるのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「ほら、出来たぜ、ザッさん」

 

 そう言って、真水くんが差し出してきたのは、携帯コンロで調理した一人前の兎汁だった。

 乾燥させた野菜やキノコをふんだんに使い、さっき殺したアルミラージの肉を加えたそれは、少しあっさりとした色合いながら、ふんわりと食欲をそそられる香りを漂わせている。

 

「いただきます」

 

「おう」

 

 軽く冷まして頬張ってみれば、一噛みするほどに、じんわりと出汁と野菜と肉の旨味が染み出してきて、疲れた体全体がポカポカと温まる様だった。時折現れる一角兎の脂がとろりと零れ、味わいだけでなくがっつりとした満足感まで楽しめる。

 努めて周囲を警戒しつつ、可能な限りよく噛んで呑み込んだものの、全て食べ終える頃には正直名残惜しさを感じずにはいられなかった。

 

「ねえ、真水くん」

 

「?」

 

「ぼくの中でやっぱり君は真水くんじゃないんじゃないか疑惑が浮上しているんだけど」

 

「なんでだよ!?」

 

ぼくの正直な感想に、食器を拭いていた真水くんが立ち上がった。

 その真水くんを見上げたぼくは「いや、だってさ……」と足元のコンロに目を向ける。そこにはすっかり綺麗になった鍋が一つ。

 ぼくと真水くんが組んでいたのは一年とちょっとだったけど、その間一度として見たことの無い光景だった。

 

「ぼくも人の事は言えないけど、真水くんも料理とか出来なかったでしょ?」

 

ぼくがそう言うと、真水くんは「あー、それか……」と言って頬を掻いた。

 

「覚えたんだよ」

 

「そうなんだ?」

 

どういう風の吹き回しだろと視線を向けると、真水くんは不機嫌そうに頬を膨らませてふんっ荒く鼻を鳴らした。

 

「あいつと組んでた時、家事の殆どが僕の役目だったんだよ」

 

「あー……」

 

その言葉で、何となく事情を理解する。

 真水くんは寄生型のリビングウェポン。その本領を発揮した場合、真水くん本人の疲労は精神的には兎も角、肉体的には皆無と言って良い。その分戦う事になるのは、同じパーティーを組んだもう一人の方で、自然ダンジョンを出てみれば、そのリソースは気力体力共に彼我の差が生まれている。

 どうやら、その認識は当たっていたらしく、真水くんは渋い顔をして「そういう訳だ」と頷いた。

 

「ま、変わった所はそれだけじゃなかったみたいだけどね」

 

「?」

 

 話しを変えるために、ぼくが口を開くと、真水くんは訝し気に丸い眉を寄せた。

 

「それ」

 

ぼくが指差した先にあるのは、真水くんの腰に巻かれた革製のホルスターと、その中に収められた、大量の長い投針だった。

 

「ぼくと組んでた時より大分上手くなってたから、正直驚いたよ」

 

「そうか?」

 

ぼくの言葉に、真水くんは少しだけ嬉しそうに頬を掻く。

 

「うん。本当に」

 

実際、五年前の真水くんの投針は良くも悪くも軽い威嚇以上の意味は無かった。元々、自分が戦う事を想定しない以上、下手に荷物を増やすよりも賢い選択とも言えた。

 けれど、今日会ってみれば、真水くんの投針は立派な牽制としての意味合いを持っていて、その威力が五年前と比べても段違いに向上しているのが見て取れた。

 

「ザッさんと別れてからも大分練習したからな」

 

「やっぱり?」

 

その威力によって証明された真水くんの努力に、ぼくが素直に感心していると、真水くんは照れくささを誤魔化す様に、わざとらしく「へっ」と笑ってみせたのだった。

 

「冗談抜きで凄かったもんね」

 

事実、ゴブリンやアルミラージといった低級モンスターでも、相手の機先を制してから攻撃をすることが出来るのであれば、安全性や手札が一気に広がる。それこそ、準備体操の時に話をした、何十倍という生存率が現実的に起こり得る技術と言える。

 

「だろ?」

 

そんなぼくの内心が伝わったのか、ふふん♪と誇らしげに小ぶりな胸を張る真水くん。

 その口ぶりも幾分軽くなり、興が乗った様子でいそいそと片付けを済ませながら、「この後はどうするんだ?」と小首を傾げてきた。

 

「そうだね……真水くん"寄生"を一回くらいは使っても……」

 

 真水くんの言葉に答える様に思案を始めたところで、ぼくはふと動きを止めた。

 

「ザッさん?」

 

急に言葉を切ったせいか、隣の真水くんが訝し気にぼくを見上げて来る。けれど、その言葉には答えずに、ぼくは殆ど衝動的に自分の口元に人差し指を当てたのだった。

 初めは何もなかった。少なくとも、視覚聴覚を含む五感には何も触れない程度には。

 けれど、それら人体の感覚では言い表せない直感。或いは第六感とも呼ぶべきものが、ぼくの脳内でけたたましく警鐘を鳴らしていたのだった。

 実戦を離れて五年。既に錆びついているはずの直感に、けれど、隣の真水くんも一言も疑問を差し挟むことなく、ぼくの反応に従って身構えてくれた。

 

 

 

 

―ヒタ……―

 

 

 

 

果たして、押し黙ったぼく達の耳に届いたのは、ほんの幽かな水の音だった。

 

「「……」」

 

一瞬、唯の水滴か、或いは幻聴か。そんな結論を出してしまいそうな小さな音だったが、その音が次第にヒタリ……ヒタリ……と大きくなり、しかも、その間隔が確実に狭まってきているのだ。

 そして、とうとう響いたビチャリ、ビチャリという不快な粘着音。何か粘液の様な物が辺りに貼り付いて剝がれる音を繰り返しながら、洞窟の陰から一匹の人影が現れたのだった。

 

「!?」

 

その姿に隣の真水くんが両目を見開く。その存在は第二副東京ダンジョンを拠点としている冒険者、特に真水くんからしたら、常識として有り得ないものだったのだから。

 ねっとりとした金髪に、水苔の浮いた青い肌。サメや猫を思わせる鋭い歯に、鰭と鱗の付いた両の脚。

 本来であれば第二副東京ダンジョン中層にあたる四層以降でのみ、生息が確認される五ツ星の水生モンスター。

 マネキン人形の様に不自然に整った無機質な(かんばせ)に、キーキーという猿の様な音を乗せて、セイレーンと呼ばれるそれが突如ダンジョン上層に姿を現したのだった。

 

 

 

 

 




ここまで読んでくださり、どうもありがとうございます。
アドバイス、ご指摘、ご評価、ご感想頂けましたら幸いですm(__)m

22/11/06:頂きました、世界観が分かり辛いというアドバイスを基に、若干の加筆修正を行いました。
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