元相棒がTS破恋で"あ"になった 作:ノヴィツキー
滑り込みですが投稿致します。
楽しんでいただけましたら幸いです。
とっぷりと陽が暮れた第二副東京の空の下、ぼくと真水くんは巨大な市庁舎を離れ、その麓に広がった繁華街の中の焼き肉チェーン店へと訪れていた。
「んじゃま、乾杯ザッさん」
「ん、乾杯」
差し出されたジョッキに自分の分を合わせると、カチッと硝子の縁が鳴って飴色のビールとクリーム色の泡の境界が揺れる。
「んぐんぐんぐ………ぷはぁ!!」
一息で飲み干したジョッキをダンッとテーブルに置く真水くんの前で、ぼくは軽く喉を潤してから上ハラミを銀色の網の上に乗せていく。
「しかし、妙な事に巻き込まれちまったな……」
炭火に炊かれてジュウジュウと焼ける肉の臭いにほぅと溜息を吐きながら、真水くんがポツリと漏らした。
「そうだねえ」
何処か疲れた様な真水くんの呟きに、ぼくも苦笑交じりに同意を返す。
冒険者業から足を洗ってもう五年。まさか、いきなりプロジェクトに召集されるなんて夢にも思わなかったもんね。
「あのおっさん、本当に強引だよな……」
「五年前と全然変わらないよね。……見た目は完全に別物になったのに」
「しみじみと言うのはやめろザッさん。その言葉は僕にも刺さる」
「そういえばそうだね」
ぼやきながら、小皿におろしニンニクと甘口ダレを注いでいく真水くん。
「……ザッさんは良かったのか?」
その真水くんが、どこかぼんやりとした視線を金網に向けながら、ぷかりと水面に浮かんだ気泡の様に、不意にぽつりと漏らしたのだった。
「? 何が?」
「今日の事がさ」
ぼくが首を傾げると、真水くんは物憂げな表情で溜息を吐いた。
「五年前に足を洗ったザッさんに僕の我儘で無理に復帰してもらっておいて、なし崩し的にこんなことにまでなっちゃって……」
そう言って、もう一度真水くんは申し訳なさそうに溜息を吐く。ふむ……、
「別に気にしなくて良いんじゃない?」
「おい」
ぼくが率直な感想を返すと、何故か真水くんが「マジかこいつ」とでも言いたげな表情になった。
「マジかザッさん」
「あ、本当に口にするんだ」
ま、別に良いけど。
「一応言っておくけど、ぼくだって見ず知らずの誰かに巻き込まれてって話なら、流石に反発するよ? っていうか、相手の事情とか無視してさっさと見捨てると思うし」
「だろうな」
ぼくの言葉に、ぼくの性格を思い出したのか、真水くんがコクコクと頷く。
「けど、相手が真水くんっていうことなら、ぼくとしては逃げる理由が無いし」
これでも、コンビ愛みたいなものはあるんだよ?
「でもさ」
「真水くんが申し訳なく思ってる理由も分かるけど、それってどう考えてもあのハゲ課長が原因じゃん?」
確かに、真水くんのお願いで冒険者復帰こそしたけど、真水くんのお願いはあくまで自分の身の振り方を決めるまでの相方って話だったしね。ぼくとしてもそういう事情なら否は無いし。
「元カノさんを助けた真水くんがそうだった様に、真水くんにパーティーの再結成を頼まれたら、ぼくは百回中百回とも首を縦に振るだろうからね」
「五年前に足を洗ったのもぼくの意志なら、今回復帰したのもぼくの意志だよ」と締めくくる。実際、真水くん以外に言われてたら、たとえあの
「けどさ……」
肩を竦めるぼくに、真水くんはそれでも申し訳なさそうに頬を掻いている。これでも納得できないか……。んー、
「取り合えず、寝込みを襲われた件に比べれば毛ほども気にs「ほんっとうにすまん!?」
はっはっは。
流石に、
やがて、のろのろと上がった真水くんのブラックオパールの両目には薄っすらと涙が浮かんでいたけれど、その表情は少しだけ気が晴れた様子だった。
「ありがとうな、ザッさん」
「どういたしまして」
真水くんの、少しだけふわっとしたお礼に、ぼくは素直に頷き返す。謝罪は受け取る気が無いけれど、これくらいはね。
「って、それ僕の肉じゃん!」
「焼肉は早い者勝ちだよ?」
そして、真水くんの側で程好く焼き上がったカルビを摘まみ上げて口に運ぶと、漸くいつものを調子を取り戻した真水くんが、ぼくの側の上ハラミを一切れ取って、大盛ライスと一緒にかき込んだのだった。
(そういえば……)
暫くそうして肉に夢中になる真水くんを眺めながら、ぼくはついさっき思い出したことについて、水を向けてみることにした。
「真水くん、ぼくからも一つ質問良い?」
「んむ?」
お茶碗を傾けていた真水くんが顔を下ろして、もっちゃもっちゃとごはんとお肉を咀嚼しながら、キョトンとした様子で首を傾げた。っていうか、ごはん粒付いてるよ。……そっちじゃなくて右。
「ん、さんきゅ」
ヒョイと自分の頬っぺたに付いてたご飯粒を放り込んで、口をモゴモゴさせる真水くん。そして、コクリと飲み込んでから改めて首を傾げた。
「何か、気になる事でもあったのか、ザッさん?」
コテンと顔を横に倒した真水くんに「まあね」と答えて、ぼくも咀嚼したタン塩をビールで流し込む。
「んー、気になったことっていうか……さっきの会議室で、何か妙な反応してたから、何かあったのかなって」
「!」
思い出すのは先の会議室での事。
大会議室内の視線が一斉に集まった瞬間、真水くんは肩を跳ねさせていたけれど、よくよく考えてみれば、真水くんがその程度の事で反応をするはずが無い。
それ故の疑問だったけれど、それはどうやら何かしらのアタリを引いたらしく、ぼくの疑問を聞いた真水くんは先程と同じ様に少しだけ肩を跳ねさせたのだった。
「……気付いてたのか、ザッさん?」
「まあ?」
本当に何となくだけどね。
ぼくの首肯に真水くんは「そっか……」と呟いて、少し難しい顔をする。ふむ?
「答えたくないようなら別に無理にとは言わないけど?」
「いや……まあ、隠す話でもないんだけどさ」
そう言って、真水くんは
「さっきの会議室の中に……あいつが居た気がしたんだ」
「ふーん?」
真水くんの言葉に、ぼくも少し首を捻る。
真水くんが"あいつ"という言葉を使うのは元カノさんしか居ない。つまり、元カノさんも今回のプロジェクトに呼ばれていたってこと?
「いや、自分で言っておいてなんだけど、よく分からねーな。そもそも、あいつじゃなかった可能性もあるし。それに」
「それに?」
「僕達がおっさんに紹介されてた時、一度もこっちを振り向かなかったから」
「顔を直接見た訳じゃないんだよ」と、真水くんは小さな肩を竦める。
「今回のプロジェクトに呼ばれる様な子だったの?」
「んー、どうだろうな?」
ぼくの確認に、真水くんは少し首を捻る。
「冒険者としては一人で戦闘の殆どが完結する魔法剣士だったから、少数精鋭のパーティーなら重宝されそうだけど、おっさんの調査隊に態々召集される様な特殊技能を持ってるかって言われると、ちょっと疑問かもな」
そう、真水くんは結論付けた様子だった。確かにそういうスキルセットだと、調査隊に選ばれるかどうかはギリギリっぽいね。
「ま、僕の気のせいとか考えすぎの可能性の方が高いと思うしな」
そう言って、真水くんは再び焼けた肉に手を伸ばすのだった。
「あ、それまだ生」
「うおっと!?」
ただ、それでも少しだけ疑問が残ったらしく、焼き上がった肉ではなくて、片面だけが焼けた上カルビに手を伸ばそうとした真水くんは、ぼくの制止の言葉に慌てて箸を引っ込めたのだった。
で、
「ぎも゛ぢわ゛り゛ぃ゛……」
それから二時間後の繁華街の一角で、電柱に凭れてえずく、一匹の生ける屍が生まれていた。というか真水くんだった。
「だから無理しちゃダメだって言ったのに……」
少し膨らんだお腹を抱え、ふーっふーっと荒く息を吐く姿に、ぼくは思わず額を抑える。
先のお店が、女の子の身体になってから初めての焼肉だった真水くんは、久々の食べ放題と大量の肉に目が眩み、調子に乗って身体が男だった時の感覚で大量にオーダーを掛けてしまったのだった。
ぼくが気付いて制止した頃にはもう遅く、大量に運び込まれた生肉の皿がぼく達のテーブルに所狭しと並べられていた。
当然、
流石に仕方ないかと思い、店員さんを呼んでペナルティ分の料金を支払おうとしたけれど、そこで真水くんが待ったを掛けた。
頼んだ自分の責任と、男としての意地とプライドを賭けた爆食で、何とか小山となった肉をかき込んだ結果、制限時間一杯の二時間が経過する直前で頼んだ肉を完食したのだった。
その余りの必死な姿に、途中から気付いた他のお客さんや店員さんまでもが思わず拍手を送っていたほどだった。
調子に乗った真水くんは、その周囲の歓声にガッツポーズで答えて機嫌よくお会計を済ませたのだったが、その代償はあまりも大きすぎた。
「うぅ~……」
女の子の身体になって、加減が分からない胃腸への焼肉のドカ食いはやっぱりダメージが大きかったらしく、お店を出て数歩でお腹を抱え始め、次第に歩みが遅くなり、ものの十分もしない内に今の姿である。
(仕方ないか……)
完全に動けなくなってしまった真水くんを前に、ぼくは溜息混じりにしゃがんで背中を差し出す。
「うぇ、ザッさん?」
電柱に縋りついて、ふぅふぅと息を吐いていた真水くんが、ぼくの背中を見てか細い声を漏らす。
「乗りなよ。きついんでしょ?」
ぼくが声を掛けると、後ろの真水くんが「うっ……」と唸るのが聞こえる。……もしかして、いっぱいいっぱいなのは気付かれていないと思ってたのかな?
「あー、うー……」
何となく、背中の方から物凄い葛藤の空気が漂ってきている気がする。んー、まあ、いきなりおんぶとかはハードルが高いかな? ……と、なると、
「じゃあ、代わりにぼくの脳に入る?」
それなら真水くんも恥ずかしくないだろうし、何より身体の負担はおんぶよりも少ないしね。
「……ザッさん」
「なn、あだっ!?」
"寄生"を提案したら、何故か頭をはたかれた。……何で?
「僕のやらかしで、ザッさんに負担掛けられるわけ無いじゃんか」
不服そうな真水くんの声に首を傾げていると、不意に背中越しにポスリと柔らかな感触が広がった。
今朝の不意打ちを思い起こさせる温かさと幽かな重みに「はて?」と更に首を捻る中、耳元に寄せられた真水くんの酒精で熱を持った吐息が「しかも、こうやって代案があるのにさ」とぼくの耳朶を打った。
「頼んだぜ、ザッさん」
「うい」
真水くんの言葉に頷いて立ち上がると、少しだけ荷重の掛かった背で、真水くんがギュッとぼくの背広を握ったのが分かった。
(本当にギリギリだね)
ぼくの背の上でカラータイマーを点滅させている真水くんを揺らさないよう、注意して歩を進める。
「んっ…… あっ……」
くたりとぼくに抱き着いたまま動かなくなった真水くんの、ふにょふにょとした体の位置を時折調節しながら歓楽街の客引きを躱していると、不意に妙に熱っぽい吐息が耳元で微かに響いた。
(寝苦しいのかな?)
流石に自宅の寝床レベルの寝心地を期待されても困るけれど、多少の塩梅なら調節できるかなと考えて背中に視線を向けようと身を捩ると、
「ふぁっ!?」
小さな衣擦れの音と共に、やけに可愛らしい鳴き声が電灯に照らされたアスファルトの夜道に反響した。
「……う、うるさいな!」
「何も言ってないけど……」
思わず、まじまじと真水くんの顔を見詰めたぼくに、真水くんがカーッと酒精とは違う羞恥に頬を染めて、ギュッとぼくの肩へと顔を埋めた。
「し、仕方ないだろ、くすぐったかったんだから!」
「だから、別に何もごごごご」
背中越しの真水くんの細い腕がスルリと首の前に回り、ギリギリと締め上げて来る。
流石に、華奢な女の子の細腕なのもあって、込められた力はたかが知れているけれど、それでも急所に向けられた渾身の怒気は馬鹿にならない。
ぼくが謝罪も込めて真水くんの手をタップすると、フンッと不機嫌そうに鼻を鳴らした真水くんが、ぼくの首を開放してくれたのだった。
「……明日はどうしようか?」
そのままテクテクと真水くんのアパートへの家路を歩きながら、ふと思い出したことに首を傾げる。
急の調査隊入りな上に、引退からの復帰という事もあって、僕の手元には武器以外の装備が皆無だ。道具類なんかは真水くんが使っているものとかがあるだろうけど、衣服やブーツなんかは明日一日で用意するしかない。
「全部揃えるなら……ショッピングモール……かな」
ぼくが首を傾げると、背中の上の真水くんがぽつりと呟いた。
「ま、そこか」
真水くんの答えに、ぼくも頷く。
冒険者業から足を洗って五年。大きな冒険者のニュースなんかは目にすることもあったけれど、実務レベルの装備のトレンドに関する情報なんかは触れる機会自体が無くなって久しいからねえ。……と、なると、
「真水くん」
「んー?」
「明日一杯、準備に付き合ってもらって良い?」
現役の一線で活躍する冒険者にアドバイスをもらうのが一番だろう。
「ん、良いぜ。付き合う付き合う……」
「よろしくね?」
次第に酔いが回って来たのか、うつらうつらと舟を漕ぎ始めた真水くんにそう言うと、真水くんは「おー……」と背中の上で呟いた。
「んぷっ……」
「うひゃっ!?」
と、カクンと真水くんの首が倒れた瞬間、首筋に走った感触に、ぼくは思わず悲鳴を上げた。
見ないでも分かる、チクチクとした犬歯の感触とぬめぬめとした舌の感触。一瞬、反射的に真水くんをぶん投げそうになるけれど、背中越しに聞こえる「クー……クー……」という寝息に、ぼくはその選択肢を摘み取られる。
(脱ぎ癖の方は知ってたけど、なんて癖まで持ってるのさ……)
結局、真水くんの甘噛みに抜ける力をなんとか振り絞りながら、ぼくは真水くんを落とさない様に真水くんを背負い直した。
「んっ、んふっ……」
「っとと、少しだから我慢してよ?
その時の衣擦れの音に、真水くんのむずがる様な声が混ざる。酒精混じりの吐息が熱を持っている気がする。
「ザッさん……サンキュ」
「?」
途中、真水くんが何かを呟いた気もしたけれど、酔っ払いの寝言だろう。
次いで伝わってきた真水くんのフルフルとした身震いに、もう一度その小さな体を背負い直しながら、ぼくは真水くんのアパートへの家路を急ぐことにした。
◆
そんなこんなで翌日の事。
既に大分高く昇った日の光がカーテンの隙間から差し込むなか、布団から這い出したぼくは、まだ昨晩のアルコールの残り香を漂わせてみのむしになっている真水くんをベッドから引きずり出して、クローゼットから取り出したジーパンと、「I♥Big Cock」と書かれたTシャツを着せる。
(相変わらず、とんでもないセンスだよね)
男の子が着ている分にはまだロックとかヒップホップとかのファンで済みそうだけど、今の身体でやってると、完全に痴女だ。もう少しまともなデザインの服があればそっちを着せるんだけど、生憎と真水くんの趣味は大体こんな感じだ。
「おっと」
と、未だに少しフラフラしている真水くんをどうしたものかと考えていると、先にレンジに入れていた雑炊の方が出来上がったらしく、ピーッピーッと安っぽい電子音が真水くんのアパート全体に響いた。
「んぅ……」
折よく真水くんも空腹になったらしく、そのほっそりとしたおなかが、とんでもないデザインのTシャツの奥でキュゥと鳴った。
電子レンジから漂う匂いに惹かれる様に、のそのそとキッチンに入った真水くんを席に座らせて、ぼくはレンジの中から冷やごはんと砕いたインスタント麺に卵を落としただけの簡単な雑炊を取り出す。
「んー……」
まだ寝ぼけ気味に、クンクンと雑炊の匂いを嗅いでいる真水くんの前に雑炊をよそうと、漸く頭が動き出したのか、真水くんのブラックオパールの両目がゆっくりと開いたのだった。
「おぁよ……ザッさん」
「ん、おはよ。真水くん」
プラスチックのスプーンで自分の分の雑炊を掻き込んでいると、ノロノロと雑炊を口に運んでいた真水くんが「あー……」と漏らした。見れば、その手からはスプーンが零れ落ちていて、口端から落ちた雑炊がべっちょりとシャツの胸元にへばり付いていた。
「……」
流石に見かねて、真水くんが溢した雑炊やらを片付けていると、俯いてクークーと寝息を立てていた真水くんが「あいがと……ザッさん」と呟いたのが聞こえた。……ま、良いけどさ。
「それより、食べられる?」
明らかに、まだ寝惚けている真水くんに尋ねると、真水くんは「んー……」と唸った。
「んぁ……」
「おい」
そして、たっぷり十数秒後、真水くんの脳味噌は極めて合理的な解を弾き出したらしい。
長い睫毛の
ぼくは思わず突っ込んだものの、なるほど確かに寝惚けて手足もおぼつかない状態なら、自分で食べるよりも誰かに食べさせてもらう方が確実だと納得する。……食べさせる側のぼくと、正気に戻った真水くんの尊厳を
「うぁー……」
どうしたものかと考えるぼくの前で、真水くんの方は完全に待ちの体勢に入ったらしく、口を開いたままうつらうつらと船を漕ぎ始める。
「後で後悔しても知らないからね」
まだ、真水くんに要求されたと言い訳が出来るぼくと違い、完全に能動的に食べさせられる事を要求してきた真水くんの正気に戻った際に訪れるであろう絶望と後悔を予知しながらも、これ以上どうしようもない状態に、ぼくは溜め息を吐きつつ諦めと共にスプーンを真水くんの湿った口腔に差し入れる。
「んぐ……んぐ……」
ガジガジとその穂先を噛みながら、ラーメン雑炊を租借した真水くんは、コクリと喉を鳴らすと、懲りずにまたも「あー……」と口を開いたのだった。
◆
そんな、朝食から一時間後のこと、
「うあああああああああああ……」
「やっぱりこうなった」
昨晩訪れた繁華街にあるショッピングモールの真ん前に、ムンクの叫びみたいになっている一人の不審者が出現していた。というか、真水くんだった。
「いい加減、現実を受け入れたら?」
道行く人達に胡乱なものを見る目を向けられながら、それでも満ち満ちた人々の往来のど真ん中で「うあああああああああああ」と続ける真水くんに、今日何度目かの声を掛けてみる。
「ザッさんがそれ言うのか!?」
「あ、ちょっとだけ復活した」
ブラックオパール調の蒼い両目が血走っていて怖いんだけど、ぼく何かしたっけ?
「僕に! アーンって! しただろ!?」
「おう、往来でそれ言うんじゃねえよ」
しかも、一言一言念押ししやがって。
「……まあでも、ぼくの場合は真水くんと違って、明らかに他動的な行為だし?」
真水くんから頼まれたからっていう逃げ道があるんだよね。
「ぐふっ」
「あ、また死んだ」
ぼくの指摘に、ぺったんこな胸を抑えて蹲る真水くん。その姿に益々周囲の人達の注目を集めてしまっている。……ま、いいけどね。
「それより、いい加減入らない? 明らかに他の人達の邪魔だし」
「相変わらず血も涙もねえな!?」
「はっはっは」
じゃなきゃ、高知性モンスターの大量殺戮なんてやってられないよ?
「そりゃ、そうだけどさ」と唇を尖らせる真水くんの華奢な手を引いて、ぼくは人混みの中を歩き出す。5年前を境に、滅多に足を向けることも無くなった第二副東京市庁舎前繁華街のショッピングモールの雑踏の中がどんな風に様変わりをしたのか、ぼくは少しだけ興味を覚えながら、真水くんが歩きやすいように、人混みの端を割ったのだった。
◆
ショッピングモールに入ったぼく達は、真水くんのおすすめもあって、二階にある全国的に有名なスポーツ用品店に足を運んでいた。
いわゆる主武器、或いはメインウェポンなんて呼称される道具類なんかは、ある程度お金をかけて高品質な物を選ぶ冒険者が少なくない反面、ナイフを始めとした道具類や弾薬に投擲武器といった消耗品の類はこうしたチェーン店の量産品の方が高品質で割安な場合が少なくない。加えて、食料や道具類といった消耗品なんかは確実に個人店よりもチェーン店の方が優秀なのもあって、
「あ、このナイフシリーズ、新作が出てたんだ」
そのチェーンのスポーツ用品店の一角にある冒険用具売り場で、ぼくはズラリと並べられた多機能ナイフの中から、少し見覚えのある一本を手に取る。
円筒形の柄の部分に滑り止めを兼ねた目盛りが彫られていて、鞘から抜いてみればプレス品にしては質の良いスタンダードな刀身と反対側に着けられた鋸状のギザ刃が鈍く光った。
底を捻るとライトが光る。
あまり重量が嵩まず、頑丈さの割に多機能なこのシリーズは、当時から路線を変えていないらしく、使用感にも無理が無かった。
「ああ、それな。結構評判良いみたいだぜ?」
ぼくの手元を覗き込んだ真水くんの「おすすめだ」という言葉に頷き、買い物籠に入れていた、合皮製の黒いグローブを嵌めて握ってみる。
「ふむ……」
刃先を前にして軽く突いてみるも、特に違和感は無い。スナップ、あるいはコックを利かせて軌跡を曲げてみても、ある程度の順応性で腕の感覚についてくる。
「うん」
その感触に納得して、ぼくはグローブを外して、ナイフと一緒に買い物カゴに放り込む。消耗品ではあるけれど、こうやってどの程度の性能なのかを軽く確かめる事は大切だ。何だかんだで、一度振るってみたのとカタログスペックだけで買ったものとでは、危険時の信用性が大きく変わるしね。
「ウェアも買ったし、食料やビタミン剤の類は僕の家にあるし……これで最後か?」
「そうだね」
ぼくがナイフを買い物籠に入れたのを見て、真水くんが細い指を一本一本折っていく。既に検討を終えたスーツやブーツ、グローブに加えて、真新しいバックパックも真水くんが持つ買い物籠に収められている。
昨日の調査隊の説明の際に結構な額の支度金を貰ったこともあって、購入したアイテムのラインナップは久しぶりの冒険になるぼくにとっては心強い品質になっていた。
時折、真水くんのアドバイスも聞きながら掻き集めた道具類はどれもある程度のブランド物で、会計に持って行くと、現役の頃には余り見なかった数のゼロが並んだ液晶画面が現れた。
「じゃ、行こっか」
「おう」
支払いを終えてお店を出ると、ぼくと真水くんは並んで歩き出す。既に結構良い時間だし、このままショッピングモールでお昼を済ませちゃうのもアリかもしれない。
「あ……」
と、ぼくがそんな事を考えていると、不意に隣の真水くんが何かに気が付いた様にその足を止めた。
「真水くん?」
真水くんの停止が急だったのもあって半歩先に出ちゃったぼくは、振り返って真水くんに声を掛けるけど、真水くんはぼくの声には反応せず何故かじっとショッピングモールの一点を見詰めている。
「……え?」
どうしたんだろうと内心で首を捻りながら真水くんの視線を追いかけると、そこには目に毒な程の色濃いショッキングピンクの電飾と、ある意味それ以上に目の毒な大量の女性向け下着が、所狭しと犇めき合う一軒のテナントがあった。
(うん?)
その光景に、ぼくは思わず内心だけでなく実際に首を捻ってしまった。
一目で分かるレディースのランジェリーショップは当然ながらぼくにしろ真水くんにしろ、野郎に用事があるお店ではない。というか、店頭に並べられた下着のデザインを見れば、そのどれもが薄いレース地か妙にエナメル質の光沢がある布を基調としている上に、そのどれもが妙に面積が少なくなっている。ふんだんにフリルがあしらわれている製品なんかも例外なくエグイ確度がついていて、明らかに普段使いをすることを想定していない。
(っていうか、当然の様にあて布にスリットが入っているんだけど……)
どう見ても、
「……真水くん、もしかして溜まってる?」
とはいえ所詮は下着類。いくらデザインが卑猥でも童貞でもあるまいし、それだけで真水くんがまるでサキュバスのテンプテーションに掛かった様な反応をするというのも考えづらい。
それも含めると、
単純に
「うぇっ!?」
ぼくが声を掛けると、ビクンッと細い両肩を跳ねさせて、わたわたと慌てて振り返った真水くん。けれど、そこに浮かんでいるのはバツが悪そうなときに何時もしている表情ではなくて、軽く紅潮した頬の上で、何処か焦点が定まっていない両目が忙しなく彷徨っていた。その桜色の唇からは明らかに熱を持った吐息が漏れ出ていて、まるでダンジョンの淫魔から軽度の催淫をくらったかの様な顔をしている。
「真水くん?」
「……!!」
本格的に奇妙に思ってもう一度問い掛けると、真水くんはTシャツにプリントされた「I♥Big Cock」のハートマークに爪を立てる様に、ギュッとその胸元を握りながらハッハッと荒く息を吐いたのだった。
(……うーん?)
本格的に妙な反応を始めた真水くんに、ぼくは益々首を傾げる。
「!」
「…………あ」
けれど、その瞬間見せた真水くんの身震いに、ぼくは何故か強い既視感と共に真水くんの反応の点と点が線で繋がったのを感じたのだった。
―ふぁっ!?―
―……う、うるさいな!―
―し、仕方ないだろ、くすぐったかったんだから!―
思い出したのは昨晩の事。焼肉屋から帰る道中で、やけに擽ったがった背中の上の真水くん。
その真水くんが下着店の前で立ち止まって、しかも、こんな反応をしているっていうことは……
「もしかして、感じてた?」
「言い方ぁ!!!!!」
「甘い」
涙目の真水くんから飛んできた右拳をスウェーバックで回避する。
「そういえば、ブラジャーの類とかって着けてなかったもんね、真水くん」
そして、真水くんのTシャツの襟元から何も着けていない胸元を覗き込みつつ、ぼくも少し思案に入る。
多分だけど真水くんは女性ものの下着を持っていない。考えてみれば当然だけど、ほんの一月前は身体も男性だった訳だし、それ以降冒険に出てなければ日常に支障が無い限り下着類に手を出そうとは思わないだろう。ぼくが真水くんの立場でも、まず女性向けの下着は意地でも着けたくないと思うし。
自宅での格好がトランクス一丁だったことと、昨日の夜におんぶした時に、妙に柔らかかったのもそのせいだと言われれば納得する。
(とはいえ、どうしよっか?)
そこまで理解したところで、ぼくは改めて首を捻った。
下半身に関する話ではないものの、こういった下着類もまた避けては通れない部類の話ではある。
男女に限らず、また、下着に限らず、身体に直接触れるものというのは想像以上に集中力に影響を及ぼす。帽子やヘルメットの装着感、コンタクトレンズとの相性など、身体にフィットしないものを選んでしまった時の気の散り方と、それに割かれる思考のリソースは端的に言って馬鹿にならないものだ。
魔法使いやシーフといった冒険者が割と好んで布面積が少ない下着類を愛用しているケースが多いのもその辺が理由で、身体にフィットする下着の有無は詠唱スピードや反射に露骨に影響が出てくると聞いたことがある。で、
(この反応見る限り、真水くんは
うーん……
多分、本人もその自覚があったから、こんな反応をしているんだろうけど、それと心情的な抵抗感はまた別の話だからね……。
(真水くんに女性向けの下着を強要するのも気が引けるし……)
ぼくに右フックを回避された後、屈辱に耳まで真っ赤にしながら、俯いてプルプルと震える相方に、流石にそんな要求をするのは良心が咎めるところがある。とはいえ、何かしらの案を出さないと何時まで経っても解決しない話でもある……。
「あらん?」
はてさてどうしたものかと、真水くんを見おろしながら首を捻っていると、不意にショッキングピンクのお店の方から、妙にねっとりとした男性の声が聞こえてきた。
「「?」」
何となく印象的なその声に、思わず顔を上げるぼくと真水くん。
はたして、ぼく達の前に現れたのは、このお店の内装を思わせるショッピングに染められたフリルまみれの薄いドレスに身を包み、ふんだんにあしらわれた金銀の宝石を輝かせ、濃いアイシャドウやルージュで彩られた
「「……は?」」
その、異様極まりない存在と姿に、ぼくと真水くんの声が思わずシンクロする。
そんなぼくたちを他所に、やけにクネックネッとした腰付きで歩み寄ってきたドレスゴリラさんは、ポカーンとしている真水くんを見下ろすと、何かに気が付いた様に「あらん?」と首を傾げた。
「お店の前が妙に騒がしいから、何かあったのかしらなんて思って来てみたんだけど……」
その割れた顎に指を当てて、「ふーん……」と何かを思案するように視線を上下させるゴリラさん。
「あの……何か?」
思わず身を竦める真水くんと、その真水くんを背中に隠すぼく。
対するゴリラさんは、ぼくの声に我に返った様子で「あっといけない」口元を抑えた。真水くんとは正反対の、ルージュでラフレシアかテングダケの様になった唇を、大蛇の様な太い指で隠しながら、ゴリラさんは「ごめんなさいね?」とはにかんだ。その風貌とは裏腹に、人の良さそうな笑みに思えた。
「私はナンシー豪炎寺。この"ヴァージンロード"の店長をしているわ。常連さんからはナンシー姐さんなんて呼ばれてるわ。よろしくね?」
そう言って、ゴリラさん改めナンシー豪炎寺さんは濃いアイシャドウで彩られた瞼でバチッとウィンクをしてきたのだった。
「はあ、ご丁寧にどうも? ……葉豊ザクロです」
「夢枕真水です」
「ザクロくんに真水ちゃんね!」
一応の、ぼくと真水くんの自己紹介に、ナンシーさんは満足そうに頷く。
「ところで真水ちゃん!」
そして、パンッと手を打ったナンシーさんはズズイッと真水くんに濃い顔を向ける。その、ナンシーさんの異様に気圧されたのか、ぼくの背中に掴まった真水くんが「は、はひっ!?」と漏らしながら、再び身を竦める。ていうか、盾にしないでよ。
対するナンシーさんは真水くんの反応を気に止めた様子もなく、「一つだけ良いかしら?」と小首を傾げた。
「な、なんすか?」
ぼくの背中から、恐る恐るといった風に顔を出す真水くん。
「真水ちゃんはもしかして、ランジェリー初心者なのかしら?」
「ぐふっ……」
そんな真水に、半ば確信を持った様子で尋ねるナンシーさん。対する真水くんはランジェリーという言い方にダメージを受けたのか魂で吐血しながら薄い胸元を抑えている。
「いや~ん♥」
そんな真水くんの反応の何かがツボだったのか、ナンシーさんは何故か嬉しそうな悲鳴と共に両頬を抑えてクネクネと身悶えて見せてくる。正直、後ろの下着類とは全く別の意味で目の毒だった。
「これはあれなのね! 初めてのランジェリーで内心恥ずかしいけど、愛しのダーリンに喜んでもらいたいから、頑張って背伸びしちゃった的なあれなのねぇっ!!♥♥」
「「誰がダーリンだ、誰が」」
聞き捨てならない言葉に、ぼくと真水くんが思わず突っ込むと、ナンシーさんは「い、や~ん!!♥」と更に三割増しでクネクネし始める。……これ、そろそろぶった斬る事も考えるべきじゃないかな。主にぼくと真水くんの精神の安寧のためにも。
「もう、そんなこと言っちゃって、ホントは息ピッタリじゃない!♥」
「まあ、じゃないと死ぬんで」
ダンジョンの中層以降とかは割りと冗談じゃなく。
「まあ! なんって、ダ・イ・タ・ンな子ぉぉぉぉ!! こんなに可愛い子と一緒じゃないと死んじゃうなんて、見かけに依らず情熱的じゃなぁい!!♥♥♥」
「言ってねえぞ?」
ぼくの言葉にも耳を貸さず、勝手に一人でヒートアップしてクネクネ二割増しになるドレスオヤジ。もしかしなくても、人の話を聞かないタイプのゴリラだね?
(なあ、ザッさん)
どうしたものかと考えていると、不意に背中越しに着ていたシャツの袖をクイックイッと引かれた。
(何? 真水くん)
振り返らずに首だけ捻って視線を向けると、ぼくの服を引っ張っていた真水くんが「シーッ」と細い人差し指を唇に当てた。
(僕に、この場を切り抜ける名案があるんだけどさ)
(ふむ?)
真水くんの口から出た言葉に、ぼくも身を乗り出す。そろそろ周りの視線も集まりだしたし、いい加減付き合いきれないというのが本音でもあった。
(聞かせてもらおうか?)
(逃げる)
(確かに名案だね)
端的な真水くんの囁き声に、ぼくは即座に頷いた。少なくとも今の状況考えると、下手に三十六計をこねくり回すよりも、遥かに建設的だ。
手早くアイコンタクトを交わすと、ジリッジリッとドレスゴリラさんから距離を取るぼくと真水くん。
そして、充分な距離を取り、雑踏に紛れて回れ右をしたその時、
「逃がさねえぞ、コラ……」
ドスのきいた声と共に、首に回された腕毛まみれのぶっとい腕に、ぼくは真水くん共々捕獲されたのだった。
「「!?」」
瞬間、背筋を走る冷たい怖気。まるで、喉元に鋭利な牙を突き付けられたかの様な本能的な恐怖。それは首元の剛腕や背中のゴリラさんから放たれる強烈なプレッシャーとは決して無縁ではないだろう。
隣を見れば、ぼくと同じく青い顔をした真水くんがタラタラと冷や汗を垂らしている。
「こんな、プルップルの白い肌の女の子がノンランジェリーなんて世界の損失よ。絶対に私の
生存本能という根源的な動物の思考を刺激されたぼく達に気付いているのか居ないのか、ナンシー豪炎寺という名のゴリラは、真水くんの方を見て「ぐふふふふ♥」と笑いながらネチョリと舌なめずりをした。
「!!!!」
その言葉と表情に、ぞわぁっと鳥肌を立てて身震いする真水くん。対するぼくの方はゴリラさんが口にした"娘"という言葉に首を傾げていた。
「えっと、娘達って?」
思わず問い返したぼくに、不気味な笑いを浮かべていたナンシー豪炎寺女?史はうっとりとした表情で「あら、気付かない?」とウィンクをした。
(本当にやめて欲しいんだけど……)
腕の内でげんなりとするぼくに気付いているのかいないのか、ナンシーさんは「ほら、あなた達の目の前にみんな集まっているでしょう?」と割れた顎をしゃくってみせる。
「?」
ナンシーさんが顎を向けた先、それは先程ナンシーさんが出てきたショッキングピンクのお店で、そこに見えるのは所狭しと並んだ下着類だけだ。
「えっと?」
思わず首を傾げたぼくに、ナンシーさんは「まだ気付かない?」と幼い子供を見る様な目で首を横に振る。
「男の子って、やっぱりこういう時は少しだけおっとりしているわよね。そこが可愛いのだけど♥」
「男とか関係ねーだろ」
ぼくの突っ込みにも耳を貸さず、ぼくと真水くんを軽々と引き摺った豪炎寺ゴリラは例のくねっくねっとした腰つきで、その下着類に近寄っていく。
「じゃ、種明かしね♪」
「「はあ……」」
何処か悪戯っぽいゴリラさんの言葉に、ぼくと真水くんは気の抜けた返事を返して、彼女?の次の言葉を待つ。
「あなた達の目の前に居るこの子達、私のお店・ヴァージンロードのキャスト達は、み~んな私の娘なのよん♥」
そう言って、並べられたスケスケの下着の一枚を手に取るゴリラさんの言葉に、ぼく達は漸く"娘"という言葉の意味を理解する。
「もちろん、一枚残らずハンドメイドの自慢の娘達よん? 量産品のランジェリーなんかじゃ絶対に出来ない夢の着け心地を約束しちゃうわん♥」
そう言って広げられた布地の少ないTバック。黒いレースのそれに、真水くんがサーッと顔を青くした。
(文脈から考えると……ねえ?)
ほぼほぼ確定した次の未来に、必死にバタバタと脚を振って何とかゴリラの腕を振り解こうとする真水くん。気持ちは分かるものの、首にガッチリと嵌った太腕は万力の様で、としても小柄で華奢な真水くんに逃げ出せるような代物じゃなかった。
(っていうか、本当に酷い絵面だよね……)
必死に逃げようとする(外見だけは)華奢で小さな女の子を捕獲したゴリラが、お手製らしいエッチな下着を片手に「ぐふふ♥」と悦に入っている姿は最早一種のホラーと言って良い。
「それじゃあ、早速試着よねん♥ 怖がらなくてもダイジョーブ♥ ちゃーんと私が最後までフォローしちゃうし、彼氏さんだって一緒に見ていてくれますもの♥」
「彼氏じゃないので勘弁してください」
真水くんをどう助けようかと考えていたら、当然の様にこっちまで飛び火してきやがった。見れば、我に返った真水くんが必死にうんうんと首を縦に振っている。いくら冒険の相棒とはいえ、エロい下着のファッションショーを見られるとか、色々な意味で絶望でしかないだろう。
「いや~~~~ん! 照れちゃって♥ 隠してもダ・メよ~ん!!♥♥♥♥」
が、このゴリラは頭が湧いているのか耳が腐っているのか、はたまたその両方なのか、ぼくと真水くんの言葉を何故か曲解した上に、異様に嬉しそうに再び身をクネクネと捩り始める。
「あーもう、興奮して来たわん!♥ こんなに息ぴったりのカップルなんて、久しぶりですものん♪ これは意地でも最高の娘を選んでいって貰わないと!!♥」
そして、ブシューッと蒸気機関車の様に鼻息を噴き出しながら、ぼくと真水くんを掴んだまますっくと立ちあがるゴリラ。本人?の興奮を裏付ける様に、その太い両腕がパンプし、腕毛の下で血管がピクピクッと蠢くのが正真正銘の恐怖だった。
(これ、何かの新種のモンスターだったりしない?)
(言ってる場合かよザッさん!?!?)
何処か悟りの境地で遠くを見る僕に、直接被害を受ける予定の真水くんが悲鳴を上げる。
「それじゃあ、早速"ヴァージンロード"主催、美しき乙女のミュージカルの開催よん!♥ も・ち・ろ・ん、プリマドンナはあなたで決まり♥」
「はっ!? いや、ちょ!?」
ゴリラの死刑宣告と共に向けられたウィンクに、いよいよもって暴れ出す真水くん。
「そ・し・て、観客はもちろん、大切な大切な愛するダーリンよん!♥」
「おいこら」
そして、同じく宣告を受けたぼくは、本気で買ったばかりのナイフの試し切りを行うべきかを検討する。
「イッツァ、ショウ、タアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイムッ!!!!♥♥♥」
そんな、ぼくと真水くんの反応を気に留めた様子もなく、ゴリラは近場にあったこの店らしいデザインの薄手のキャミソールを手にノッシノッシと店の中へと向かっていく。
「い、嫌だああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「……」
まるで、地獄の門に引き摺り込まれる様な断末魔の悲鳴を上げながら、それでもじたばたと悪あがきをする真水くん。対するぼくは半ば諦めの境地で天を仰ぐ。
そんなぼく達を他所に、ぼくと真水くんを捕獲したナンシー豪炎寺という名のゴリラはランジェリーショップという名の地獄の底へとノッシノッシと踏み入っていくのだった。
ここまで読んでくださり、どうもありがとうございます。
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22/11/22:大幅加筆修正いたしました。次章改訂後、新規の方に進んでいきます。少し次章と食い違う部分ありますがお許し願います(;^ω^)
22/11/30:ギリギリ次話も月内に修正完了しました。楽しんでいただけましたら幸いです(^-^;