黛灰視点。
「いやー、今日の試合惜しかったなー」
「俺がもっと相手を抑えれてれば…ごめん」
「いやいや、そんなこといわんといて。むしろ俺らがもっと打ててれば勝てた試合やもん。まゆは悪くない」
「もーやめやめ!試合負けると毎回こうなるやん俺ら、終わったもんはしゃーないし切り替えてこ!」
明那と不破君と話しながら、夕焼けを背景に河川敷沿いを歩く。俺達は鳥取の小さな野球部に所属している。今日は中学野球の最後になる試合で負けてしまい、肩を落としながら帰路に就いていた。
「おい」
「ん?」
「お?」
「あーすまん。そこの青いメッシュいれてるやつ」
「…俺?」
これはメッシュじゃなくてインナーカラーだけど…
後ろから声をかけられ振り向くと、そこには黒い帽子を被った白髪の男が1人。
「黛灰…だな?」
「…まゆ、知り合い?」
「いや、全然」
「ちょっと、うちのまゆになんか用すか」
「そいつに話がある。ちょっと時間くれ」
不審な男に対して2人は俺の前に出て庇うような姿勢をとる。俺はこの男と確実に面識はない。だけどどこか、かつて会ったことがあるような感覚があった。
「…不破くん、明那。先に帰ってて」
「でもまゆ…」
「大丈夫、そんな気がする」
漂わせるその懐かしさは俺の警戒心すら薄らせる。
「…なんかあったら呼んでな。また明日な?」
「…おいあんた!うちのまゆになんかしたらただじゃおかないからな!」
「うん、またね」
2人から心配してる声が聞こえるが、いつも通り「またね」と言い2人と別れる。
「三枝明那と不破湊…あいつらは2年だったか、いい奴らだな」
あの2人のことも…うちは決して名の知れた野球部ではないが、よく調べている。
「まあね…それで、俺に話って?」
「…特別強いわけでもねえ、同世代と比べたら平凡なピッチャー」
「…!誰だか知らないけど、言ってくれるじゃん…!」
俺の世代は優れた投手が多く、それと比べると俺は並…あるいはそれ以下の実力だった。事実ではあるがそれでも憤りを感じ、俺は正面の男を睨んだ。
「だが…うちにはお前が必要だ。俺のところに来い、黛」
「…スカウトってこと?悪いけど、俺はさっきの2人とコーヴァス高校で野球するつもりだよ」
「まあ聞くだけでも聞いとけよ。うちの高校の名前は神速、神速高校だ。俺は来年からそこで野球部な監督をやる」
神速高校…たしか大分にあった高校だったか。特に野球の強豪という話は聞いたことは無いが…
「神速に来たら俺がお前を鍛えてやる。俺がお前を、この世代で最強のピッチャーにしてやる」
「…!」
"最強のピッチャー"、その言葉に俺は思わず動揺した。
「まあ俺はスカウトにきただけ、来る来ないの選択をすんのはお前だ。好きにしろ」
「…名前は?」
「あ?」
「そっちの名前。スカウトしに来た人の名前くらい知っててもいいでしょ」
「ああ、葛葉監督って呼べ。気が向いたら連絡してこい。じゃあな」
そう言うと葛葉と名乗った男は俺に1枚、電話番号の書いた紙を渡して去っていった。
「…神速高校、葛葉監督、ね…」
「じゃ、今日の授業はここまで。お前らまた明日な〜」
「先生またね〜」
「帰りカラオケでも寄ってかね?近くに新しい店できたんだよ」
「マジ?行く行く!」
授業終了のチャイムがなり放課後になった。途端、ドタドタと廊下を走る音が聞こえる。勢いよくドアを開けて、不破くんと明那が入ってきた。
「まゆ!昨日はあの後大丈夫だった!?」
「ちょ、ふわっち、ここ先輩の教室だから…」
「俺らあの後心配で心配で…何してたか聞かせてくれんか」
明那が不破くんを諌めるも止まる気配はない。俺の机に詰め寄って聞いてくる。
「ああ…スカウトされたよ。神速高校ってとこ」
「なんだスカウトか……スカウト!!!?やったじゃんまゆ!おめでとう!」
「まゆがそんなにも評価されて…俺ら嬉しいよ」
2人とも驚いたと思ったら、喜んでくれているのか泣いたり鼻を啜ったりしている。相変わらずオーバーなリアクションだが、自分の事のように喜んでくれている2人に悪い気はしない。
「…2人には悪いんだけど…正直、行こうと思ってる」
「え!?まゆ、コーヴァス高校行かないってこと!?」
不破くんがまた驚いて言った。俺達は以前、高校でも3人で一緒に野球をしようという話、そしてそれにはコーヴァス高校が最適だという話をしていた。
「まあコーヴァスじゃなくても一緒に野球はできるし、俺らも神速高校行くか!」
「一般受験で来るの?神速高校って結構偏差値高いんだけど…」
「うっ…俺らあんま成績いい方じゃないしな…」
明那も不破くんも学内の成績では中の下と、たまに赤点を取るようなレベル。神速高校はコーヴァス高校と比べて試験のレベルや倍率が高く、難関校とされていた。
「神速に行ったら、最強のピッチャーにするって明言されちゃって」
歴代でも屈指の投手の強さと言われる俺達の世代。そんな環境のトップ達と渡り合えたらどんなに楽しいのだろうかと、心が踊った。これが1つ目の理由。
「そっか…。その…俺らとチームやるの、楽しくなかった…?」
「そんなことない。俺は2人と一緒のチームで野球できて…本当に楽しかった」
明那が言いずらそうに、少し悲しそうな顔をしながら質問してきた。ぽっと出のスカウトに、それも夢の話のような口約束に釣られて3人の約束を反故にすることに納得できないのは当然だ。そんなことはないと、俺は心の底から答える。
「2人が二遊間を務めてくれてたから俺は俺のピッチングができた。高校でも一緒に野球したら、絶対に楽しめると思う」
「だったら!」
「でもそんな2人と戦う方が、もっと熱く楽しめるんじゃないかと思った」
「…!」
これが2つ目の理由。この野球部で苦楽を共にした仲間の中でも、特に親友と呼べる関係になった2人。俺は以前から、別のチームとして戦ってみたいという気持ちもあった。
「明那、まゆの気持ちを尊重するってのも、友達ってもんよ」
「ふわっち…」
不破くんが明那の肩に手を置き、俺の方を見る。
「ライバルになっても、俺らの絆は永遠よ。いつでも連絡してこい」
「…いーやふわっち!むしろ俺らの方から毎日電話するっしょ!」
「確かに」
「いや毎日は多すぎでしょ」
明那の発言に流石にツッコミを入れると、不破君はそりゃそうか、と言ってにゃははと笑いだした。そんな話すこともないだろ。
「…勝手に決めちゃって、ごめんね」
「いいっていいって!一緒にできないのは残念だけど、そんなこと言われちゃ俺らもやりたくなっちゃうって!」
「ちなみに、いつか対戦することになっても全然手加減とかせんぞ!」
「まゆ!俺らのことフって違う高校に行ったこと、後悔させてやるからな!」
「ありがとね、2人とも」
「…よし」
その日の夜、俺はスマホを片手に息を整える。この電話1本で、俺の高校3年間が決まる。伝えることは明白、俺はスマホに受け取った番号を打ち込み、電話をかけた。
「はいはい、えーこちら神速高校の…ああ、黛か。何の用だ?」
「どーも。最強のピッチャー、ならせてくれるんだろうね」
「ってことはうちに来てくれるってことか。任せとけよ。うちに来るからにはお前を1番にしてやる。ついでに最高の思い出とかな」
「ふっ、最高の思い出ね…期待してる。じゃあ…3年間よろしくね、葛葉監督」
「おう、まかせとけ」
それだけ言って俺は電話を切った。なんの特徴もない俺を、最強のピッチャーにすると言ったこと。2人と一緒に野球をする道ではなく、戦う道を選択させたこと。後悔させてくれないでよね、監督。