葛葉→勇気ちひろ視点。
「お前ら。準備はできてるな?」
「勿論」
高校野球の花柄、甲子園。全国の舞台への切符をかけた県予選が始まる。
去年に引き続き神速も参加。2年にとっては秋以来の、1年にとっては初めての大会となる。
「おう。もう説明はしたしな。んじゃ、後はいい感じにやっとけ」
県大会1回戦は国東東高校、評価はEと、この前Dになった俺らよりも1つ下。初めての格下の高校との試合であり、1年の緊張をほぐすにはもってこいの相手だろう。
「じゃあ掛け声は…ルカ、お願い!」
「ウン!」
そういや大会でやるのは初めてか。ちーさんが部員達を集め、円陣を組む。
「みんな、勝つよ!シンソクー…」
「ファイ!!!!!」
「「おおっ!!!!!」」
神速、2度目の夏が始まる。
「いいよー、速いね黒井〜」
「あみゃみゃあ〜!やる気あんじゃん!」
「ルカたまらーん!POOOOG!」
久々の大会に燃えているのか2年生の気合いは十分。ルカを中心に全員が、攻守ともにいい動きを見せる。
「山神さんはバッティングは焦りが見えるが…まあ経験を積ませりゃどうにかなるか」
「いいぞ!ナイスアルバーン!」
1年生も想像以上の働きだ。まあ、そう感じるのも当然と言えば当然。去年の俺達はちーさんとか天宮みたいな運動経験のない部員を含めた1年と、ブランクのある2.3年で構成されていた。
それに対して今年の1年生は山神以外の全員が経験者で、尚且つ半数は中学で全国を経験してきた逸材だ。大会の空気に慣れているのか、萎縮することなく試合に臨めている。
守備も上々、特に不安視していた内野守備が上手く機能している。プティと物述氏は本番に強いタイプなのかなんだかんだエラーしない。それさえなければやっぱ優秀な選手達…「あっ!」
は?
「…これセーフ?セーフだよね?」
「うち、やっちゃった?」みたいな顔で左右を見渡すプティ。
1回キャッチした後にポロッじゃねえんだよ。マジで心臓に悪すぎる。
幸い地面に着く前に2度目のキャッチが間に合ったため、アウト判定となった。
「っぶね…プティ!気ぃ抜くんじゃねえぞ!」
やっぱ怖ぇわ、早くエラー癖無くしてくれ。
8回裏 0-6
評価E相手だとこんな試合にもなるだろう。8回の攻撃を受けてただの1点も与えず、現状6点差の超優勢な状態。
しかし7点差を付けるとコールドがある。なるべく経験を積ませるためにはコールドは正直避けたい。待てって指示を出すほどじゃないが、正直打たないでほしい場面。
全然打たなくていいよー?黛。打つな打つな打つな…打つな!
『初球打ち〜〜〜!黛、ナイスバッティングです!』
「打つなよ〜お前〜!!!!!」
「なんで俺打って怒られてんの?」
最終的にはコールドにはならず得点を維持したまま0-6で試合終了し、初戦は快勝で収める。
「よーし、順調順調!」
続く2回戦、3回戦も勝ち続け、着々と甲子園へコマを進めていく。
県大会4回戦もとい準決勝の対戦相手は大分県でもトップクラスの強豪、由布工業。去年の夏に俺達が負けた高校よりも更に高い評価Aの、超格上。
決勝の相手が評価Cの高校なのが確定しているため、ここが1番の正念場となる。
「前はB相手に随分ボコボコにされたなあ?2年共」
「いやB相手にって言うけどまだヴァンパイア達の評価Cにも行ってないの知ってるからね?」
「試合前にそんなこと思い出させないでよ」
「もうほぼトラウマだよ…」
黛にはあん時に聞いたが他の奴らも同じ気持ちだったらしい。2年生達が全員、悔しそうな顔をしている。
忘れてないならいい。敗北の味は吐くほど苦いが、苦さの分だけ糧になる。
「…あの時とは違う。お前らも強くなった」
入部からずっと、俺の練習に耐えて耐えて耐え抜いて来た。あれから1年でどれだけ強くなったか、甲子園級の相手にどれくらい通用するか、
「そんじゃ、リベンジといこうかぁ!!!?」
この試合で世間様に、知らしめてやろう。
1回裏 0-0
相手の打線を黛が抑えてこちらの攻撃。向こうのピッチャーも県で有数の実力者。プティが良いヒットを打つが、そこはセカンドの守備範囲内。これは間に合わねえな…ファーストに送球され───
『ああーっと!送球逸れたー!』
「ええなになに!?!?走れ走れ!」
向こうのファーストのキャッチミス。後ろに選手がいるはずもなくラインを超えてコート外まで転がっていく。ここぞと言わんばかりに塁にいる選手達をホームに返す。
相手のミスに救われたが2点先制。強豪相手に、まずは神速が1歩リード。
「3回で追いつかれたが…大丈夫大丈夫!行けるよ黛〜!」
「待て待て待て…5回表で90球!?投げさせられすぎだ!流石に!」
「ごめーん!マジで!今の俺が指示ミスった!」
8回の攻撃を抑えて3-5の2点ビハインド、格上相手に大健闘している方だろう。
ホームランは打たれてない、アウトが捕れないわけじゃない、攻撃だって打ててはいる。それでもじわじわと離され続ける点差。
原因は簡単、単純な実力の差だ。
それでもここまで健闘できているのは、黛が抑えてくれているから。守備がギリギリで食らいついているから。
「はぁ…はぁ…」
「マユズミセンパイ…」
「…大丈夫?黛クン。一応ヴァンパイア達アップはできてるけど…」
しかしその黛も半ば限界。万事休すってのはこういう状況のことを言うんだろう。ここで代打と交代できるだけ最高の降り方ではあるが…
問題はその後。仮にここで逆転できたとして、残りをザレンさんかファルガーに抑えてもらう必要がある。考えろ、どっちの方が抑えるのに適しているか、どっちの方がより勝利に────
「はぁ…はぁ…まだ…俺で、行かせて、ほしい」
「…!」
滝のような汗を流しながら、絶え絶えの息で続投の意思を見せる黛。
ここまで投げた球数は140を超える。スタミナはもう切れる寸前。
それでもこいつの目は、心は、闘志を絶やすことなく燃やし続けている。
「…わかった。黛!お前に任せる!だが危険だと思ったらすぐに交代させるからな!」
お前でダメだったなら仕方ねえ、9回も黛に投げさせる。
この試合の命運は、全部お前に任せると。
8回裏 3-5
初球から天宮が自覚見せて塁に出る。ホームランも打てば一旦同点に追いつける悪くない状況。
しかし黛を次の回に投げさせると決めたからには、ここで代打は出せない。三振で1アウト。
「まっずいまっずい…」
続くちーさんがボールをバットに当てるも、ショートフライとなり2アウトになる。
「流れを変えてくれ…ルカぁ!」
ルカが打つも詰まったあたり、外野まで飛ばずショート前に落ちる。
しかしそこはルカのスピード。なんとかギリギリで1塁に到達する。
これで1.2塁。しかし2アウトは継続したまま。
次の打者は黒井。バットの芯に当て、綺麗にセンターへと飛んでいく。しかし落ちるのはセンターの正面で────
「抜けた!?ルカなら帰って来れる!走れ!」
ここでセンターの選手がボールを捕り逃し、フェンス際まで転がって行く。ここまでまるで隙のなかった選手の、痛恨のミス。
噂くらいは耳にしたことがある。甲子園じゃ優勝候補が1回戦で敗退したり、プロ入りが確定している選手がありえないミスをすることがあると。
そういった事態が起こった時、必ず耳にする言葉。
"甲子園には魔物が棲んでいる"
その魔物が俺達を甲子園に導こうと、応援しているんじゃないかと疑うほどのこちらにとっての幸運。
だが神でも魔物でもなんでもいい、2点返して5-5。同点まで追いついた。
「あと1点だっていい…ここで逆転してくれ…!」
可能ならばここで逆転して、少しでも黛の負担を軽くしたい場面。
「…プティ!!!」
打球は二遊間の間を抜けてを破ってまたもセンターに転がっていく。
値千金の一打だ。これで黒井がホームに帰って来てさらに追加で1点。
「逆転だ!逆転!いいぞお前ら!」
さらに続けて連打、連打。この回だけで5点を奪い、3点のリードを得る。
9回表 8-5
そうして迎えた最終回。みんなのおかげで最後に作ったリードを、後は黛が守りきるだけだ。
交代はしねえ。あいつがまだいけるって言ったなら、俺はそれを信じる。
「…聞け、黛。お前がここで抑えたら⋯俺達はとんでもない快挙を成し遂げる」
1年前まで無名校だった俺達が、甲子園常連校をぶっ倒すジャイアントキリング。
今それが、できるとこまで来た。
相手の打線は3番、クリーンナップから始まる。疲労困憊の今の黛には少し厳しそうな打線。
初球から打たれ、打球は高く大きくレフトに飛んでいく。
「だがそこには…!天宮ァ!!!」
着地点へ天宮が追いつきキャッチが間に合う。これでまずは1アウト。
続く相手はエースである4番打者。
「!まずい!」
渾身のスイング。金属音を鳴らし先程よりも大きな弧を描いて───
スタンドにはギリギリ入らず、フェンスに直撃した。
「おっけおっけ…ホームランじゃないならいい…」
ここでのホームランは得点以上に精神を抉ってくる。2ベースヒットとなったが致命傷ではない。
「っ!大丈夫だ黛、大丈夫だぞ…!」
スタミナが切れているのがコントロールから伝わる。続く打者はフォアボールとなり、1アウトで1.2塁。ホームランで同点まで見える状況。
「頼む…2アウトからもぎ取った…3点なんだ…!!!」
ここで向こうの打者は流し打ち。投球の速度を保ったままサードへと飛んでいく。
「そこは、やまが!!!」
「…マジかおい!山神さぁん!!!」
しかしそこには山神カルタ。グラウンドを蹴りあげて頭を超えるはずだった打球に反応しキャッチする。
「よおおおおし!!!後1人ぃぃぃ!!!!!」
これで2アウト。点差を詰められないままここまで来れたのは大きい。
「頑張れ黛…いけるぞマジで…!甲子園に連れてってくれ!!!」
最後の打者を前に黛がフォームを構える。ここさえ抑えれば…と前に出る気持ち。思わずベンチから立ち上がり、大きな声で叫んだ。
「思い出作ろうぜ!!!!!」
俺の声と同時に打たれたボールはセカンドの正面へ飛んでいき、プティがキャッチして3アウトとなった。
「よっしゃあぁぁぁ!!!!やったやったやった!やったあ!!!」
我ながら今までにないほどの喜び方をしたと思う。多分俺部員達の倍くらい喜んでるなこれ。
しかしそれほど、この戦いの勝利には意味があった。
「A評価にぃぃ!勝ったぞおぉぉぉ!!!」
黛はこの試合、164球の完投勝利を記録する。
県大会決勝は中津学園。評価はCと県でも中堅程度の立ち位置の高校。準決勝でA評価を倒してきた俺達なら、正直この試合だって勝てると思ってる。
「だが気は抜くなよ?ここで負けちゃいました〜なんて最悪なオチはいらねえからな」
「わかってるって。C評価だって格上なんだから油断なんかできないよ」
「全然負けかねない試合なんだなら、ちゃんと指示してよね」
天宮達が頷く。ここも勝てば甲子園って試合で、油断も慢心もするわけがないと。
「おう。そんじゃ…行ってこい!そんで…」
「甲子園にぃ!行くぞぉ!!!!!」
そうは言っていたがやっぱり相手は評価C。想定通り、先程のようにこれといった苦戦は起きなかった。大量得点こそ起きないが1点ずつ点を稼いでいく。
「よおっし!3盗も行けるなルカぁ!!!」
ルカは初の3塁への盗塁に成功。向こうのキャッチャーの肩の強さにもよるが、ルカレベルのスピードなら2塁どころか3塁の盗塁も可能だと分かった。
そして黛を主軸とした徹底守備。多少打たれても得点には繋がらせず、ロースコアゲームに持ち込む。
9回表 0-3
「ギルザレンさん、後はよろしく」
「はいはい、ヴァンパイアがきっちり決めてあげるからね」
「うん。任せた」
最後までリードを保ったまま最終回へ。やっぱり準決勝が事実上の決勝戦だったな。
最後は黛と交代したザレンさんがきっちり抑え、無事に試合を終わらせた。
「ん〜!やったあああ!!!」
「勝ちました!勝ちましたよ!」
「っ〜〜〜!!!最高だ!お前らぁ!!!」
去年の決勝負けという雪辱を晴らし、そして⋯
「甲子園!!!出場だああぁぁぁ!!!!!」
「いやー…惜しかったですね⋯」
甲子園は初戦から前評判Sの超名門校。まゆゆの抑えとみんなの守備で粘って粘って…8回裏終了時で2-4と、逆転の可能性もある接戦の試合。ルカが1点返してくれたけど最後は抑えられちゃって3-4で試合終了。初めての甲子園は初戦敗退で終わった。
「あ、ちひろ帽子置いてきちゃったかも」
「え、場所に心当たりはある?みんなで探そ?」
バスに戻る途中でちひろの帽子がないことに気づいた。こっちに着くまではずっとかぶってたし女子ロッカーには何も無いの確認して出てきたし…。
「ううん、多分控え室だからすぐ戻ってくるよ。先にバス行ってて〜」
他の女の子達に先に行くように促し、来た道を戻る。
「えーっと…確かこっちで…」
試合が終わって人通りのなくなった球場の通路を走る。大体の道は覚えてるから迷うことなく控え室に向かう。
「後はここ曲がって…わっ」
「あ、ごめん」
曲がり角を曲がった直後、誰かと衝突した。
「ああいえ、こちらこそごめんなさ…って」
「大丈夫?ちひろ」
「どうした?黛…ってちーさんか」
ぶつかった相手はまゆゆだった。まゆゆの後ろから監督も顔を出す。
「2人とも、なにしてるの?」
「そういえば俺達、控え室出る時に忘れ物とか確認しなかったな⋯って思って、一応確認をね」
「んで男子でジャン負け決めて俺らが来た。これちーさんのだろ?しっかりしろよ〜」
「なんで監督もそのジャンケン参加してるの?」
いや別にいいんだけどさ。監督の手からポスッと私の頭に帽子が置かれる。
「それ以外は特になかったぞ。ほら戻った戻った」
監督に促され、私達もバスへ戻る。
「いやー、それにしても残念だったなあ。今回の大会」
「一応1年以上頑張ってきてようやく甲子園に出場した部員達にかける言葉なんだけど、本当にそれで合ってる?」
「は?俺が優勝以外で満足すると思ってんじゃねえぞ。気合い入れて明日…明後日から練習再開だからな」
「あ、1日は空けてくれるんだ」
「ちひろ落ち着いて、大会明けの休みが1日は少ない」
監督の異常な指示に慣れてしまったか。まゆゆにツッコミを入れられてハッとする。
「だがもう半分終わっちまったぞ。そろそろ本腰入れてかねえと」
「でもみんなが頑張ってくれたおかげで甲子園までたどり着けた。この調子でいけば次の大会だって期待できるよ」
「いーや、俺が見てるのはそれより先の────」
そう。今回の大会、みんな本当に頑張ってた。攻守共に活躍してくれたルカ、ピッチャーとして相手を抑えてくれたまゆゆとギルるん、外野を走り回ってくれたこころんとしばちゃん。1年生のみんなも、初めての大会なのに随分と動いてくれた。
…じゃあ、私は?
そう考えて、足が止まる。
もし私がもっとまゆゆとギルるんのサポートができていたなら?もし私がもっと強打者だったなら?今の試合だって勝てたかもしれない。去年の夏や秋の大会だって、もっと先に行けてたかもしれない。
「…ちひろ?どうしたの?」
「何してんだちーさん、置いてくぞ」
まゆゆと監督が、私のことを呼んでいる。
足を止めて、一緒に行こうと言ってくれる。
これじゃあ、このままじゃ駄目なんだ。
本当にみんなの笑顔が見たいなら、本当にこのチームの勝利を願うのなら、
私が、このチームのためにできることは────
「監督、まゆゆ、ちょっといい?」
それがきっと、チームのためになると信じて。