シンソク 〜栄冠の軌跡〜   作:元灰オタク

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第13話です。これは甲子園後のある日の話。

星川サラ→黛灰視点。


〜二度と過ちを繰り返さないために〜

 

「星川がスタメンキャッチャーに…ですか?」

 

「ああ。星川、お前を正捕手に任命する」

 

夏の甲子園も終盤に差し掛かり世間が高校野球に注目している中、星川達は今まで通り練習三昧の日々に戻っていた。ある日の練習中に監督から呼ばれて言い渡された言葉はとてもシンプルで、そして理解し難いものだった。

 

「ちょっと待って下さい!キャッチャーはちひろセンパイのポジションで…!」

 

「ちーさんには代打と代走に回ってもらうことになってる。ちーさんとも話したし、それで納得してる」

 

「でも!…いえ⋯」

 

「なんで代える必要が」とか「ちひろセンパイの気持ちは」とか色々あるけど、今頭に浮かんだことをそのままぶつけたって多分何も変わらない。

 

「…少し、考える時間を下さい」

 

「…わかった。週末明けまでにまとめとけよ」

 

1度整理するため時間をもらい、今日のところはとりあえず練習に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

「んーじゃあ今日はこのへんで、週末はちゃんと休めよ。お疲れさん」

 

「「ありがとうございました!」」

 

いつも通りの軽い締め括りで今週の部活も終わり、皆それぞれの帰路に着く。

 

「まゆゆ〜。この後こころん達と模試の自己採点するつもりなんだけど、まゆゆも一緒にやらない?」

 

「あー「黛〜、お前後で俺んとこ来い」

 

「…なんか俺、監督に呼ばれたらしい」

 

「あははは、そうらしいね。じゃあまた明日ね、ばいば〜い」

 

「うん、お疲れ様。またね」

 

 

…うん。いつも通り…な気がする。

 

今日ちひろセンパイのことを見てたけど特に普段と変わった様子はなかった。黛センパイやギルザレンセンパイも正捕手が代わるなら話は聞いてると思うけど…ちひろセンパイ同様特に変化なし。

 

あの監督がまた適当なこと言ってる?

 

そんなことはないと思いたいけど…ちひろセンパイに聞くのがいいかな。

 

「あの、ちひろセンパ…」

 

「星川〜、帰んないの〜?」

 

ちひろセンパイにその話をしようと思ったら、ちょうど山神に声をかけられた。

 

「ほらルカ!一緒に採点やるよ!」

 

「ルカ、折角のお誘いなんだ。行ってきなよ」

 

「イヤだ!勉強はイヤだ!」

 

「子供か!」

 

ちひろセンパイに誘われてアルバーン君に促されるけど、断固として行かない意思を見せるルカセンパイ。天宮センパイとギルザレンセンパイも来て4人がかりでルカセンパイを図書室へ引きずっていく。

 

ちょっとタイミング悪かったかな。ちひろセンパイは星川に気づかないで天宮センパイ達の方へ行ってしまった。

 

「先輩達は大変そうだね…星川?どうしたの?」

 

「あ…ううん、なんでもない。帰ろっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふっ!…ふんっ!」

 

星川の普段の休日は友達と買い物に行ったりとか、美味しいスイーツを食べに行ったりとか色々。だけど今日はそんな気分にはなれなくて、バッティングセンターに行って練習をしていた。

 

「ふぅ…え?」

 

「どーも」

 

頃合いを見てバッターボックスを出ると、正面のベンチにはなぜか黛センパイがいた。星川、ここで練習してるなんて誰にも言ってないんですけど。

 

「お疲れ様。水とスポドリがあるけど、どっちがいい?」

 

「なんでここにいるんですか…ありがとうございます」

 

⋯まあお互いそう遠くない寮での生活だし、たまたま同じバッティングセンターに来ることもあるか。

 

差し出してくれたスポドリを受け取り、その場で口にする。

 

「監督が「週末はちゃんと休め」って言ってたでしょ。頑張りすぎはよくないんじゃない?」

 

「休んでる暇なんて星川にはないです。もっと練習しなきゃ、上手くならなきゃ…」

 

「上手くならなきゃ…ちひろに合わせる顔がない?」

 

考えている事はお見通しらしい。できればそんなに分かってほしくなかったんですけど。

 

はあ〜っと溜息をつき、昨日の答え合わせをする。

 

「ってことは、やっぱり聞いてるんですよね。正捕手交代の話」

 

「うん」

 

ならもっと顔に出して下さい。少なくとも昨日見てた限りじゃ伝わってきませんでしたよ。

 

「保留にしたって聞いたけど、何か不満でもあった?」

 

「不満…いや、不満はないんですけど…」

 

黛センパイの問いに少し口篭る。

 

別に正捕手になるのが嫌だってわけじゃない。キャッチャーは元々希望してたポジションだったし、星川だって試合に出たい。

 

…だけど…

 

「…なんで代える必要があるんですか?黛センパイとちひろセンパイのバッテリーじゃダメだってことですか?」

 

それ以上に納得ができない。なんでこのバッテリーを壊す必要があるのか。今回甲子園まで行けたのはみんなが頑張った結果だけど、そのみんなには当然ちひろセンパイだって含まれてるはずでしょ?

 

せめて、せめて納得のいく理由がほしい。ここまで神速を支えてきたちひろセンパイを差し置いて、入部からたった数ヶ月の星川を正捕手にする理由。

 

「ダメだとは…俺は思わない、けど」

 

星川の疑問に答える黛センパイもいつものように流暢じゃない。普段と違うその歯切れの悪い返答は、口から放たれた言葉に対して雄弁に語ってる。

 

 

"俺は思わない、けど"。その言葉だけで、他の誰かがこのバッテリーに限界を感じたのは明らかだ。

 

 

「星川もそうは思いません。去年初めて見た時から、1度だって悪いなんて思ったことありませんでしたよ」

 

「…去年?」

 

「…やっぱり、気づいてなかったですよね?」

 

星川の言葉に首を傾げる黛センパイ。まあ分かってなくて当たり前なんですけどね。

 

「…星川が神速高校に来たのは、お2人のバッテリーを見たからなんです」

 

「2人って…俺とちひろとのバッテリー?」

 

コクリと頷く。あの監督からスカウトの話をもらった後、1度だけこっそりと練習を見学しに来た。

 

「ちひろセンパイって、あの体格じゃないですか」

 

ちひろセンパイの身長は140cm弱。黛センパイやルカセンパイどころか、天宮センパイよりも小さい。それこそ小学生くらいの体格で、高校生の平均身長を大きく下回っている。

 

「そんなちひろセンパイが黛センパイの投球を受け止めるのって、すごい大変だと思うんです」

 

当時の星川ですらそう思った。実際いつだったか見たちひろセンパイの、黛センパイの球を何千何万と受けてきただろうその手は、ちひろセンパイの見た目からは想像できないほどにボロボロだった。

 

「でも、誰よりもキツいはずのちひろセンパイが一番このチームを盛り上げてて、全力で黛センパイの球を受け止めてる姿を他のセンパイ達もそれが当たり前みたいに受け取ってて」

 

 

この小さくて大きな背中を追いかけて行ったら、どんな景色が観れるんだろうって────

 

 

 

 

 

「星川だって正捕手にはなりたいです。でもそれは別に急いでなくて、こんな奪うような形じゃなくて…ちひろセンパイの、憧れたセンパイの跡を継ぐ形でなりたいんです」

 

「…なるほどね」

 

だからまだその場所はいらない。いつかちゃんと、ちひろセンパイから受け取りたい。

 

星川の話に黛センパイは1つ相槌を打つと、抱えていた鞄をゴソゴソと漁り始めた。

 

「うん。やっぱり、これは星川に渡すよ」

 

「…?なんですか?これ」

 

黛センパイから受け取ったのは「必勝!」と書かれた1冊の本。

 

「監督曰く、キャッチャーとしての能力を高められる本らしいよ。誰に渡すのか決めろって俺に渡してきた」

 

はぁ、キャッチャーの…って、聞いてました?星川の話。

 

「⋯俺だって、ちひろとのバッテリーを辞めるのは悲しいし悔しい」

 

「だったら「それでも、神速の正捕手は星川に任せたい」

 

「!!!」

 

「…実は、正捕手の交代、最初に切り出したのはちひろなんだよね」

 

「え…監督じゃなくて、ですか?」

 

ちひろセンパイが?さっきの話から言い出したのはあの監督だと思ってた。

 

「甲子園の後、俺と監督に話してくれた」

 

 

***

 

 

「正キャッチャーを星川に代えてほしい?」

 

「うん。多分、星川さんの方が適してると思う」

 

「でもそれだとちひろがスタメンから外れることになっちゃうけど…」

 

「それでもいいの。お願いまゆゆ、星川さんとバッテリーを組んでほしい。このチームが、もっと強くなるために」

 

 

 

 

 

 

 

「…もう、足手まといにはなりたくないから」

 

 

 

 

 

 

 

「⋯!!!」

 

「…黛、お前が決めろ。お前のバッテリーだ。俺はお前のどちらの意見でも尊重する」

 

「…少し、考えさせて欲しい」

 

 

***

 

 

「…ちひろの口からそれを言うのは、相当な覚悟があった、と思う」

 

「…黛センパイ?」

 

そう言う黛センパイの表情は、少し沈んでいるような気がした。

 

ほんの少しだけ目を瞑り、改めて星川に目線が向く。

 

「少なくとも、星川が憧れたその先輩は、星川なら任せられるってチームを託した。これは奪うじゃなくて、跡を継ぐに当てはまるんじゃない?」

 

それはまあ…そうかもしれない。ちひろセンパイから推薦されたなんて、星川からしたら光栄以外の何物でもない。

 

「でも星川、まだ結果、何も出してないですよ」

 

それでも星川の口から出るのは正捕手にならない理由。素直に嬉しいって言えればよかったのに、心にあるモヤモヤは未だ晴れない。

 

「結果だけが全てじゃないでしょ。そもそも星川はまだ試合に出てないんだからこれからだと思うし。それに…普段の練習はちゃんと見てる。誰より熱心で、チームに真摯に向き合ってる。だから今日だってちひろの事を真剣に考えて、こうやってここに練習しに来てた」

 

星川の後ろのバッターボックスに目を向ける黛センパイ。

 

「その姿勢を知ってるのはちひろだけじゃない。だから俺も監督もちひろに乗ったし、みんなも正捕手交代に反対しなかった」

 

黛センパイは真剣な顔で続ける。

 

「その信頼は紛れもなく星川が自分で出した結果だよ。星川なら任せられる。星川になら期待できるってチームのみんなが思ってる」

 

 

 

 

「だから、ここまでちひろが繋いでくれたそのバトンは、次は星川に受け取ってほしい。俺と、バッテリーを組んでほしい」

 

 

 

 

「…」

 

「…星川?」

 

「…はいはい!分かりましたよ!センパイにそこまで言われたら仕方ないですよね!」

 

「…?まあ、受け入れてくれたなら良かった。ありがとう」

 

「はい!ほら、もう遅い時間ですし帰りましょ!星川も片付けしたら出るんで!」

 

「わかったわかった。それじゃ、また学校で」

 

「はい!お疲れ様でした!」

 

 

 

 

 

 

 

「はあ〜…」

 

黛センパイを追い出して大きく溜息をつく。溜息の1つも出てきますよ。

 

「何が「俺とバッテリーを組んでほしい」ですか!断れるかそんなの!」

 

センパイにあんなこと言われて断れる方がどうかしてる!自分の主張は通らなくてセンパイに流されちゃったのが悔しかったり、黛センパイやちひろセンパイに褒められたのが嬉しかったり、気持ちが全然落ち着かない。

 

「ちひろセンパイもちひろセンパイですよ!そう思ってくれてたなら直接…」

 

 

 

 

 

 

やっぱり、黛センパイに早めに帰ってもらったのは正解だった。

 

 

 

 

 

「っ…っ…!」

 

 

 

 

 

こんな涙なんか、ダサくて、見られたくなかったから。

 

 

 

嬉しかった。夏の大会もセンパイ達やみんなが頑張ってる中、星川はベンチで座ってるだけで何の力にもなれなかった。

 

そんな星川のことを買ってくれてるセンパイがいた。期待していると言ってくれるセンパイがいた。託せると言ってくれるセンパイがいた。

 

星川もチームの一員なんだって、認めてもらえたような気がした。

 

 

 

ギュッと目をつぶり、涙を抑える。

 

 

 

 

 

「絶対、辞めたくないって思えるような思い出!作ってやるんだから!!!」

 

 

 

 

 

ボロボロになった声で、そう誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギルザレン先輩ちょっと球が右に寄ってますね。もう少し左にずらせますか?」

 

「え?ああこれあえて寄せてるんだよ?ホラ、相手にずっと内角に攻めてくると思わせておいて急に外角に投げたら相手も想定外で…」

 

「センパイ、ストライクゾーン外れちゃってマス」

 

「ファルガー君にも言われてるよギルるん。ほら修正修正」

 

 

 

「…で、無事星川さんが正キャッチャーになりました。と」

 

迎えた週末明け、俺達はいつも通り部活を行っていた。ただ、先週までと違うことが二点。

 

星川が正捕手として、俺とのバッテリーをメインに練習するようになったこと。

 

そしてちひろがキャッチャーよりも、代打代走に向けてバッティングとランニングを主体として練習するようになったこと。

 

俺はピッチャー練から少し抜けて、昨日のことを監督に告げた。

 

「そう。そんな感じ…で、なんで星川があのバッティングセンターにいるって知ってたの?」

 

「あ?細かいことは気にすんな。終わりよければ全てよしだろ」

 

「はあ…」

 

相変わらずよくわからない監督だ。別に今更詮索はしないけど、ストーカー容疑がかかりそうなことだけはしないでほしい。

 

「それで、一応聞いておきたいんだけど」

 

「あん?」

 

「監督的にはどっちがいいとかあったの?ちひろと星川」

 

最終的には星川が納得して正捕手になった。俺の意見を尊重するとは言ってたけど、監督なりに考えがあったはずだ。ましてやあんな本を用意していたのなら始めから星川をキャッチャーにさせるつもりがあったっておかしくない。

 

ここまで全部想定通り?という目で監督を見る。

 

「いいや?本当にどっちでもよかったんだ。お前がそれでいいと思ったならな」

 

そんな返事を返す監督の声色にも表情にも、特に意図を感じれるものはない。

 

「…まあ、そんなもんだよね」

 

「は?んだその顔は。監督だぞ監督」

 

おっと、口に出ていたらしい。眉間にしわを寄せてこちらを見る監督を横目にわざとらしく口を抑える。

 

 

「はあー…もう2年の夏も終わったな…いや〜、そろそろ見たいんだけどな〜?優勝ってやつ」

 

「それ前も言われたんだけど。口を開く度にプレッシャーかけるのやめてくれない?⋯ま、あと1年しかないしね。俺としてもそろそろ優勝したいところではあるよ」

 

「次は⋯秋の神宮大会か。期待してるぞ、エース」

 

「任せて。なんて言えないけど⋯まあ、善処はする」

 

夏に確かに手応えがあった。辛酸はもう十分に舐めた。

 

目指すは優勝ただそれだけ。今度こそ、このチームで頂点を。

 




参考にさせていただいた作品

はぃふんさん:「キャッチャーBが見た景色」
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