シンソク 〜栄冠の軌跡〜   作:元灰オタク

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第14話です。これは夏の終わり際に合宿に行く話。

黛灰→天宮こころ→ファルガー・オーヴィド→天宮こころ視点。


〜まだ教わってないこと〜

 

「練習試合?そりゃやったっていいけどよ⋯」

 

夏休みも後半に入ったある日のこと。俺は部活中、監督に練習試合を打診してみた。

 

「大事なショートが欠けてんだよなー」

 

「それは仕方ないでしょ。ルカは今、世界で戦ってるんだから」

 

甲子園が終わった後、ルカはU-18日本代表に選抜された。3年生でもごくわずかな人数しか選ばれない代表に俺達の学校から2年生で選抜された選手が出たなんてチームの一員として喜ばしい。

 

「逆にルカ抜きで俺達がどのくらい強くなったかを見るって考え方もできるんじゃない?」

 

「あー⋯まあ確かに。どっかいい感じの高校探しとくわ」

 

頭をかきながらそう流す監督。やる気なさそうな感じを出してるけど、多分この感じは1週間も経たずに試合を組んでくるだろう。

 

そんな会話の最中、ふと監督が何かを思い出したようにバインダーの紙をめくり出した。

 

「あー、そうそう。これやりたい?お前」

 

「?なにそれ⋯」

 

監督に見せられた紙には"合宿申請書"と書かれていた。去年はこんなの見せてもらった覚えないけど…

 

「去年は人少なすぎて合宿とかいらねえと思ってたんだが…学校が金出してくれるらしいからな。やりたきゃまあ、できるって感じ」

 

「それやるなら大会前だったんじゃないの?」

 

「学校があんだろーが。勉学を疎かにすんな」

 

「時々見せる野球1本かと思いきやしっかり学業を優先させるスタイルは本当に何?」

 

 

 

 

 

「それやるなら大会前の方がよかったんじゃないですか?」

 

「だよね」

 

練習の休憩中にみんなに合宿の件を知らせる。物述さんから出てきた言葉は俺と酷似していて、監督が「それさっき聞いたわ」みたいな顔で物述さんを見てる。

 

「今年はこういうのやるんだ?いいじゃん」

 

「えー、なんかこういうの部活っぽいですね。やまも行きた〜い」

 

ただ部員達には概ね好感触。最近はずっと学校での練習三昧だったし、少し違う刺激がほしいっていうのもあるんだろう。

 

「ちなみにいつから予定?」

 

「明日」

 

「アシタ…アシタ!?」

 

「いっつも急なんだよなこの人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってことで…」

 

 

 

 

 

 

 

「「海だ〜〜〜!!!!!」」

 

来たのは大分から少し南下して宮崎。神速野球部初の合宿ということもあってか皆のテンションは軒並み高い。旅館に荷物を置いて早速浜辺に出る。

 

「今日は自由だがあくまでメインは練習だ。あんまはしゃぎすぎるんじゃ───」

 

「見てちーちゃん!透き通る海!輝く太陽!これが夏だよ!」

 

「これが⋯ニホンの海!」

 

「うおー!遊ぶぞー!」

 

 

 

「…聞けよ、お前ら」

 

監督が忠告を言い終わるうちにあっという間に海へ走って行ってしまった。

 

「まあ初日くらいはいいんじゃない?」

 

「ったく…暗くなる前にはちゃんと戻って来いよー!!!」

 

「「はーーーい!!!」」

 

遠くから大きな返事が返ってくる。この炎天下で元気なもんだ。

 

 

 

「⋯で、お前らは何してんの?」

 

そうして今度は、みんなが海に走ってく中で監督の横で立ち惚けていた俺とギルザレンさんに焦点が当たる。

 

「いや俺どう見ても出不精でしょ」

 

「ヴァンパイアが海ではしゃいでる姿想像できる?」

 

「確かに」

 

それはそうかと頷く監督。そもそも俺、水着とか持ってきてないし。

 

「んじゃ、お前らにあいつらの監視を任せる。ほら、行け」

 

それでも行ってこいと促される。高校生にもなって監視とかいらないだろ。

 

…「こういう思い出も作ってこい」ってことなんだろうか。変な気遣いをする人だ。

 

「まあ特段やることもないし、近くにいた方が何かあった時に対応しやすいか…」

 

「えー?今ヴァンパイア太陽に当たると死んじゃう病が⋯」

 

「じゃあ日陰から砂でも眺めてろ」

 

「教師が生徒にかける言葉がそんな攻撃的なことある?」

 

 

 

 

 

 

 

「はー、遊んだ遊んだ!」

 

「明日からはもうこの海で遊ぶことはないんですね…」

 

「かわりにあの砂浜を一生走り続けることになりそう」

 

「うえっ…ちょっと今練習の話しないで…」

 

昼頃に到着してから日が沈み始めるまで、十分に海を満喫した。まあ俺とギルザレンさんはほとんどパラソルの中にいただけなんだけど。

 

全員いることを確認して旅館に戻る。

 

「おおー、団体さんもいるね」

 

学生…高校生か?旅館に入るとロビーのソファに座って談笑している団体客がいた。キャリーバックが並んでいるあたり今日が合宿最終日なんだろうか。

 

「…え?ねえ、あれうちの監督じゃない?なんで他の客に絡んで…」

 

天宮に言われて反対側のソファを見るとそこには他の旅行客と話している俺達の監督の姿があった。まったく、人様の迷惑になるようなことは…

 

 

 

「⋯!」

 

 

 

監督が話している相手を見て目を見張る。少し明るい茶色の髪、キッチリとしたスーツ、昔から知っているようなこの懐かしい感じ、まさか。

 

 

思わず駆け出し、人目も憚らずに大きな声を出してしまった。

 

 

 

 

「ハヤトさん!」

 

 

 

 

こちらに振り向いたその顔を見て、その疑念は確信へと変わる。

 

 

 

 

 

「!黛さん!お久しぶりです!」

 

 

 

 

 

監督と話していた男性は加賀美ハヤト、その人だった。

 

 

 

 

 

「おう黛。何?社長と面識ある感じ?」

 

「まあ一応。むしろなんで監督がハヤトさんと話してるの」

 

「そりゃ知り合いだからな。ですよねぇ?社長」

 

「そうですね。葛葉監督と私は…まあ、ライバルと言った所でしょうか」

 

ハヤトさんと面識がある…?人のことを言えた義理じゃないがほんと変わった交友関係持ってるなこの人。

 

「本当はうちの学校まで来てもらう予定だったんだけどなあ、まさかこんなとこで会うとは」

 

「え?なんでうちに来てもらおうとしてたの?」

 

「情報交換」

 

ハヤトさんからはともかく、この人がハヤトさんにどんな情報を提供できるっていうんだ。怪訝の表情で監督を見るもまるでこちらを気にする様子はない。

 

「まゆゆ、監督。この人は?」

 

ちひろに背中をつつかれる。それはそうだ、監督がおかしいだけで他の人が面識あるわけない。

 

「ああ、この人は俺が小さい頃によくしてもらってた人で…昔馴染みっていうのかな」

 

「じゃあ自己紹介とかお願いしていいっすか」

 

っていうか珍しく敬語使ってるなこの人。いや敬語ってほど畏まってはないんだけど。

 

「ええと…初めまして、神速高校のみなさん。加賀美インダストリアル代表取締役の加賀美ハヤトです」

 

「代表取締役…え、本当に社長さん!?」

 

「え!?あの大手玩具メーカーの!?」

 

「どおりでどこかで見たことある顔だと…」

 

実際に会社の社長と会うなんて経験はそうそうないだろう。部員達から驚きの声が上がる。

 

「そして…」

 

 

 

「しゃ〜ちょお〜、もうバス来たってさ〜」

 

「みんなもう準備終わってるんだから〜。後は社長だけだよ〜」

 

 

 

 

 

「加賀美大付属高校野球部の、監督をやらせていただいています」

 

 

 

 

 

「!!!」

 

反対側のソファで談笑していた団体からハヤトさんに声がかかる。

 

「彼らが私が監督をしている野球部のメンバーです」

 

先程はあまり見ていなかったが改めてその集団に目を向ける。

 

銀髪赤眼、モノクロツートンヘア、耳の長い…オカマ?他の部員達も見た目だけで一癖も二癖も…一人一人に特徴がありすぎる。

 

「なんだい?向こうの部員はさあ。サーカス集団じゃない?ねえ黛クン」

 

「ワン!」

 

 

⋯そういえばこっちも似たような感じだったか。

 

 

それよりも、とハヤトさんに問いかける。

 

「どうしてハヤトさんが、高校の野球部で監督を?」

 

「どうして、と言われると…」

 

顎に手を当て考える素振りを見せるハヤトさん。数秒の思考の末、口を開いた。

 

 

 

「まあ、選ばれたから。ですかね」

 

 

 

「ちょ、しゃちょお〜!!!」

 

「葛葉さん?別に隠すようなことでも…」

 

「いや説明面倒なんてハブいてるんスよ」

 

「ああ、なるほど。わかりました」

 

"選ばれた"?誰に?そんな質問をする間もなく監督が割って入る。口ぶりからしてうちの監督もその選ばれた1人ということなんだろうか。

 

コホンと1つ咳払いをして、改めてこちらの方に向く。

 

「まあ、またいずれ会うことになるので、その時を楽しみにしていますよ」

 

まるでそれが確定している事実のように話す人だ。ソファから立ち上がり、出口へと向かう。

 

「ああそうだ、黛さん。最後に1つだけ」

 

と思いきや、俺の横で何かを思い出したように立ち止まった。内密の話なのか少しだけ屈んで話そうとするハヤトさんに、俺も耳を傾ける。

 

「"彼女"についてなんですが…」

 

 

 

「…っ!それ、本当?」

 

「ええ、強さは相変わらずのようで」

 

「今はどこの高校にいるの?」

 

「確か静岡の…「王立ヘルエスタ高校」でしたか。あちらに在籍されていたかと」

 

「…ありがとう」

 

「はい。では、また」

 

 

 

 

「…で、なんだ?黛。"彼女"って」

 

「…が」

 

「なに?」

 

 

 

 

 

「月ノ美兎が…甲子園ベスト4を取った…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ〜…運動した後はお風呂とマッサージだよねえ〜」

 

「おじいちゃんじゃないんだから…それにギルるん全然動いてなかったじゃん」

 

旅館に戻ってきてからはすぐにご飯。海でたくさん遊んで使ったエネルギーを補給して明日に備える。

 

その後は銭湯に入り身体を癒して、あまみゃ達は就寝前にバルコニーで夜風にあたっていた。

 

「ねえまゆゆ、さっき言ってた月ノ美兎って誰?」

 

さっき会った社長さんが言ってた"彼女"はきっとまゆゆが呟いた月ノ美兎さん?のことだとは思うんだけど、少なくとも私は聞いたことがなかった。まゆゆにそう質問すると、横にいたサラちゃんが手を上げた。

 

「星川知ってますよ。黛センパイの世代でNo.1投手って言われてた人ですよね」

 

「ボクも。というか、このあたりの世代で野球をやっていた人なら知らない方が少ないかもしれないです」

 

サラちゃんやアルバーン君…というか、経験者はみんな知ってるみたい。世代が多少違くても名を轟かせた選手はやっぱり知れ渡っているらしく、有栖ちゃんとかファルガー君も頷いている。

 

「うん。月ノ美兎は俺達の世代で一際輝いてた本当の天才で⋯」

 

 

 

 

 

「俺の、目標の人だ」

 

 

 

 

 

「まゆゆの⋯目標⋯」

 

聞けば、月ノ美兎さんが行った学校は静岡にある"王立ヘルエスタ高校"。私達と同じ、今年から野球部を設立した高校らしい。

 

にも関わらずヘルエスタは、1年と経たずに甲子園に出場。私達が参加資格すら得ることができなかった、春の甲子園。

 

 

 

 

それも、大会ベスト4という輝かしい結果を残して。

 

 

 

 

「中学の頃に1回だけ戦った事があったんだ。大会でもなんでもない、ただの練習試合だったけど」

 

あんまり自分のことを話さないまゆゆが語る中学の頃の話。

 

「試合内容は散々、1点も取れないで負けた。それはもう、本気で野球を辞めるか悩んだくらいには」

 

「黛センパイにもそんな時代が⋯」

 

まゆゆが初めての大会で言ってた凡才以下って言葉は、きっと本当だったんだと思う。あまみゃは高校から始めたから知らなかったけど、私達の代には強いピッチャーがいっぱいいるっていうのを監督から聞いた。

 

「本気で辞めようとしてたんだ。でも、後輩達が俺と一緒にやりたいって、俺達と頑張ろうって励ましてくれて、俺も諦めないで、そこに追い付くって決めた」

 

でも、それでも諦めないで頂点を目標に続けてきたんだと。

 

「"努力で差を埋められる"なんて言うけど天才だって努力する。俺なんかがそれに追いつこうなんてなったら、常人の2倍や3倍の努力じゃ到底足りない」

 

「…」

 

「だから俺は、他の人より何倍も努力する必要がある」

 

目標までの距離は遥か遠く、それでも追いつきたいと思ったなら当然必要な努力の量も増える。その目標が頂点だっていうなら尚更。

 

 

 

まゆゆの言ってることはわからないわけじゃない。

 

だけど…なんだかなあ…。その、わざわざ話を割って言うことでもないんだけど…

 

 

 

「お前はまずそのクソ低い自己肯定感をどうにかしなきゃなあ?」

 

 

 

「監督」

 

いつから聞いていたのか、気づいた時にはバルコニーに来ていた監督がまゆゆの頭に軽く手を置く。

 

「エースがそんなに自分を卑下してちゃこいつらだってどんな顔していいかわかんねえぞ。なあ天宮?」

 

「え?あ、あはは…」

 

「…!」

 

顔に出ちゃってたかな、監督にはバレバレだったみたい。

 

"俺なんか"

 

たった数文字の言葉だけど自分の仲間が、友達が、そんな事を言ってて気分がいいなんてことはない。

 

まゆゆも完全に無意識だったらしく、私の方を見てハッとしてる。

 

「まあ、その謙虚さもまゆゆのいいとこなんだけどね。あんまり自分のこと下げられちゃうとあまみゃ達だって悲しいよ」

 

「…ごめん」

 

 

…多分これ、悲しませたことについては謝罪してるけど、自分を卑下したことについてはそんなに悪いと思ってなさそうじゃない?

 

無意識だったってことは、"俺なんか"って本気で思ってるってことだもん。

 

でも、今の話を聞いたらその理由も何となくわかった気がする。自分よりもずっと高いところを目標にし続けてきて、きっとことある度に自分と比較して来た。今のまゆゆの自信の低さはゆっくりと時間をかけて作られてきたもので、それがなまじ成長の土台になっちゃったんだと思う。

 

 

…これはそう簡単に治んないぞー。あまみゃ達がその自信、つけてあげなきゃ。

 

 

「じゃあ、神速にいる間に戦えるといいですね。その月ノ美兎って人と」

 

「え?まあ、俺はリベンジしたいけど…山神も月ノ美兎の実力を見たら、多分そんなこと言ってられないよ」

 

「えー、そうですか?そりゃあやまは月ノ美兎さんのことよく知らないですけど…」

 

 

 

「見たいですよ。喜んでるまゆ先輩のこと」

 

 

 

「⋯!」

 

当たり前みたいな顔でそういうカルちゃん。最強と謳われた月ノ美兎の話を聞いて、それでも勝つのは私達だと。

 

「…俺、普段そんな喜ばなそうかあ」

 

「もー、そうじゃないですよ!わかってて言ってますよね!」

 

「…ふふっ」

 

ほんと、頼もしい仲間だよ。カルちゃんの言葉に私も少し笑ってしまった。

 

「おし。お前ら、そろそろ消灯時間だ。戻れ戻れ」

 

「えー、もうちょっと話しましょうよ〜」

 

「明日からみっちり練習だ。体力回復しとかねえとぶっ倒れるぞ?」

 

「え?そんなに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まあ、ここに来たってことはね…」

 

翌日、昨日散々遊んだ砂浜に集められる。

 

「早速練習入るぞ。軽く準備運動したらまずは短距離砂浜ダッシュ」

 

「やっぱり⋯」

 

折角海まで来て練習するならとは思ってたけど、昨日の予想通り砂浜を走ることになった。

 

 

 

「いや、分かってはいたけど⋯!」

 

「足が⋯取られる⋯!」

 

普段走ってる地面とは違う安定感のない砂の上、力が分散して上手く走れてない気がする。

 

「膝落とすな!回転率上げろぉ!!!」

 

「脚流すなよ!少しずつペース上げてけ!」

 

いつもと同じ距離でもタイムは落ちるし、スタミナがごりごり削れていくのがわかる。正直、結構きつい。

 

 

 

 

 

「もう10本やったら今度は長距離な!こっから北にまっすぐ行ったとこの野球場借りてるから着いたやつから休憩とってけ!」

 

一足先に監督は球場に向かうらしい。必要な用具を車に詰め込んで、走らせようとする監督。

 

「ここからどれくらいの距離ですかー!?」

 

「往復20kmくらいだ!お前ら、気張れよー!」

 

「なんかあの人帰りも走らせようとしてない?」

 

あの監督はやるって言ったら絶対にやらせる。文句は出るけど言ってても仕方ないし、あまみゃ達はこの暑い日差しを受けながら野球場まで砂浜を駆けた。

 

 

 

 

 

「休憩はとれたな?じゃ、こっからは分かれて練習だ」

 

野球場に着いて休憩後、今度は野球場での練習。バインダーを見ながらあまみゃ達に指示を出す。

 

「黛とザレンさんは前言ったやつ、ファルガーは自主練しながらこいつらの指導してやれ」

 

「わかった」

 

「星川さん、あの本は読み終わってるか?」

 

「勿論です!」

 

「よし。じゃあちーさん、星川のことを見て確認してやってくれ。それが大体終わったら今度はピッチャー組と合流して練習」

 

「りょーかい!」

 

「物述氏、プティ、山神さんは内野の守備練習。ショートにはボボン、ノックには黒井とアルバーンが入ってくれ」

 

「「はい!」」

 

「物述氏!プティ!捕球ちゃんと意識しろよ!?」

 

「はい!」

 

「でも監督〜、うちも有栖ちゃんもまだ試合じゃ落としたことないよ」

 

「危ういシーンは多いし練習じゃポロポロ落としてんだろうが!!!」

 

「わかったわかった、気をつけるって」

 

「ったく⋯そんじゃ、各自練習開始!」

 

 

 

 

監督の指示のもと、それぞれの守備位置ごとに練習へ移動する。ピッチャーはピッチャーの、キャッチャーはキャッチャーの。あまみゃ野手だから…キャプテン達と…

 

「⋯あれ、今あまみゃの名前あった?」

 

「いいや、天宮はこっちだ」

 

「え?」

 

 

 

 

 

監督に連れられた先は、さっきまで走っていた砂浜だった。

 

え、あまみゃだけまたランニング?

 

正直、足は結構速くなった方だと思ってる。そりゃルカには全然追いつけないけど、それでもチームの2.3番目くらいのスピードは身に付いたと自負してる。

 

むしろあまみゃの課題は打撃や守備の方。まだバットの芯でボールを捉えれることは少ないし、パワーだって全然足りてない。守備もボールをキャッチこそできても、そこから内野への送球スピードはもっと早くする必要がある。

 

…並べてみると課題まみれで嫌になる。

 

「監督〜、あまみゃも守備練習に行った方がいいんじゃ?」

 

「そりゃもちろんした方がいいが、それより先にこっちだ。これも実質守備練習だしな…よーし、靴を脱げ天宮」

 

「え、裸足?」

 

「裸足の方が足裏の感覚を掴みやすい。足のどこに力が入ってるかわかるだろ?」

 

監督に言われて裸足になる。太陽の熱を直接浴びてるからそりゃあそうなんだけど、ちょっと、いやだいぶ砂が熱い。

 

「天宮にゃ外野手を任せちゃいるがまだまだ肩が弱いからな。まずは適当に構えてみろ」

 

「?わかった」

 

「ん〜⋯こんなもんだろ。天宮〜、投げるぞ〜」

 

監督があまみゃから離れて送球のモーションをとる。監督に言われて私もグローブを構える。

 

でもその距離からのボールなら…

 

「⋯ふっ!」

 

 

 

「っ!!!」

 

そりゃ外野から内野ほどではなかったけど、山なりに投げないと流石に遠いってくらいの距離は離れていた。

 

だけど監督から放たれたそのボールの軌道は直線で、まゆゆの投球にも匹敵するような速さで私のグローブに収まった。

 

投げたボールはたった1球。それだけで、あまみゃにその技術の凄さを伝えるには十分だった。

 

「監督、これは…」

 

 

 

「教えてやるよ。レーザービームの撃ち方ってやつを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黛クン、決め球はもう決まったのかい?」

 

「うん」

 

ピッチャーの練習中、ギルザレンセンパイがマユズミセンパイに話しかけていた。

 

オレはシンカーが決め球になってるけど、センパイ達にはまだそういうのがない。この合宿中に1つ考えておくようにと監督に指示されていた。

 

「色々考えたんだけど⋯これにした」

 

そう言ってマユズミセンパイはネットに向かって大きく振りかぶり、ボールを投げた。

 

マユズミセンパイの放ったボールは直線に突き進んで────

 

 

 

ネットにぶつかる手前で、鋭く軌道を曲げた。

 

 

「へえ、黛クンはスライダーにしたんだ?」

 

「うん、直前までストレートと変わらない軌道だから読まれにくいし、これならストレートの時に覚えた回転のかけ方も活かせる」

 

「うんうん。いいんじゃない?ねえファルガークン」

 

「オレもいいと思いマス」

 

ギルザレンセンパイの振りに頷いて同意を示す。マユズミセンパイの持ち味でもある他の人より多い回転数、それを存分に活かせる変化球のスライダーはマユズミセンパイとも相性がいいと思う。

 

「まだファルガーのシンカーほどキレがないけど、ゆっくり磨いていくよ」

 

「あ、ファルガークーン。ちょっとヴァンパイアにシンカー教えてくれない?ヴァンパイアフォーク投げたいんだけどシンカーと軌道似てるから参考になるかな?なんて」

 

「わかりまシタ。まず握りカタはこんなカンジで⋯」

 

中学でもセンパイに教えるなんて経験はしたことないが、頼ってもらえるのは嬉しい。シンカーを投げる時の握り方を、フォームを、意識していることを、余すことなくセンパイに伝える。

 

「お待たせー、待った?」

 

キャッチャーの方の確認は終わったらしい。チヒロセンパイとホシカワさんが合流する。

 

「お、来たねえキャッチャー組。じゃあ実際に受けてもらってもいいかい?」

 

「任せてよ!じゃあサラちゃんはまゆゆの方お願い!」

 

「わかりました!黛センパイ!よろしくお願いします!」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、一旦こんなもんでいいだろ」

 

「はっ…はっ…監督…これまだ、あまみゃには早いんじゃない…?」

 

「いーや、お前ならできる」

 

原理はわかった。投げ方も理解した。しかし身に付けたと言うにはおこがましいレベルの完成度。こういうのって一朝一夕で身につくものじゃないんじゃないの?

 

「おーす、やってるなお前ら」

 

「あ、はい…って、天宮先輩!?砂だらけじゃないですか!」

 

「あれ?」

 

ほんとだ。ユニフォームの前も後ろも砂まみれだった。流石に落としてこないとまずいかな。

 

「天宮、1本だけやってから休憩がてら落としてこい。全員いるな?じゃあスタメンの奴らは各々のポジションに移動しろ」

 

球場を出て砂を落として来ようとしたけど監督に止められる。とりあえず指示された通り、皆それぞれの守備位置につく。

 

 

 

「え、監督が打つの?」

 

普段の練習じゃそんな素振りも見せないのに、珍しくバッターボックスに入ってバットを構える監督。まゆゆもみんなも少なからず驚いている。

 

「なんだぁ?ビビってんのか?こいよ黛」

 

いつも通りの安い挑発。まゆゆも別に乗ってはないだろうけど大きく深呼吸をして、本気で気合いを入れる。

 

「⋯いくよ」

 

まゆゆの放つ渾身のストレート。140kmにも届きそうな勢いを持ったその鋭い投球は────

 

 

 

「オラァ!!!」

 

 

 

「「!!!」」

 

監督がバットの芯で捉え、ボールは左中間へと真っ直ぐ飛ばされた。

 

驚いている暇は無い。ボールの軌道を見て落下地点へと走る。

 

しかしそこは私のギリギリ届かない範囲。アウトにはできず一度グラウンドに落ちてしまった。

 

「⋯え!?」

 

ワンバウンドしたボールをキャッチし内野に目を向けると、1塁を蹴って2塁へと向かう監督。落下地点は別に外野後方ってわけじゃないしいくらなんでも…

 

あまみゃの肩くらいなら間に合うってこと?

 

監督の顔を見ると、あまみゃの方を見てニヤッと笑っていた。

 

 

あー⋯そういうことね?

 

 

 

この人は私に言ってるんだ。"投げてみろよ"って。

 

 

 

⋯はぁ〜、わかったよ。失敗しても怒らないでね?

 

 

 

意識するのは山なりじゃなくて低い軌道。何よりも早く内野へボールを届けるために。

 

脱力しすぎず、力みすぎず。無駄なく力を伝えるために適切な力を込める。

 

踏み込みは丁寧に力強く、助走は最短で最速へ。

 

リリースポイントは指先寸前。まあこれ全部さっき監督と練習したことなんだけど。

 

あまみゃが放ったボールはまゆゆに匹敵するような速さは持たないけど────

 

 

 

 

 

「…どっち!?」

 

監督が2塁に着くのとほぼ同時に、ボンニ君のグローブに収まった。

 

 

 

「…多分セーフ、かな」

 

しかし僅かに間に合わなかったらしい。今回は監督が先に2塁に到達してセーフとなった。

 

「あっぶねー…惜しかったなぁ!天宮ぁ!」

 

煽りとも励ましとも取れる発言ではあるけど、ちょっとだけ嬉しそうな顔をする監督。この監督のことだからどうせ煽りだけど、あまみゃの成長は多分喜んでくれてる。喜んでいいのか怒っていいのか複雑な気分だ。

 

「でも今の送球すごくない!?こころんの投げたボールもうほぼ直線だったよ!」

 

「天宮先輩あんなことできたんですか!?すごーい!」

 

みんなが私のところにかけ寄ってくる。

 

「いやー、偶然だよ偶然。それに結局間に合わなかったし」

 

でも今のは上手くいっただけ、毎回これをやれって言われてもまだできる気がしない。

 

「偶然じゃあ駄目だな。それを合宿中に完璧にできなきゃ今後の練習量倍にするぞー」

 

「ねえどうしてそんなこと言うの?」

 

とりあえず成功はしてたんだからもうちょっと褒めてくれてもよくない?あまみゃのやる気無くなっちゃうよ?

 

「てか監督、野球できたんだ」

 

「当たり前だろ。監督やってんだから」

 

監督に打たれてちょっと悔しそうな顔をしてるまゆゆ。ね、あまみゃもそれ思ってた。

 

たまに一緒に走ってたからスピードとかスタミナがあるのは知ってたけど…さっき見せた肩や技術も、まゆゆの球を打つレベルの打力もあったなんて知らなかった。

 

「お前らもまあまあ強くなってきたからな。合宿中の練習は俺も参加する」

 

「え?監督も砂浜走るの?」

 

「走るわけねえだろめんどくせえ」

 

「それは走れよ」

 

…とりあえず、走力とか体力アップの練習以外は参加するらしい。砂浜ダッシュでヘロヘロになってる監督見たかったけど…残念。

 

 

でもこの合宿、本気でこの人に教えてもらえるなら、

 

 

「この数日間、みっちり鍛えてやる。しっかりついてこいよ!」

 

「「はい!!!」」

 

 

きっと、今よりもっと強くなれる。

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