シンソク 〜栄冠の軌跡〜   作:元灰オタク

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第15話です。これは夏合宿での練習試合の話。

勇気ちひろ視点。


〜禊〜

 

夏の合宿も終盤戦。今日は合宿前に監督が組んでいた練習試合の日。

 

対戦相手は宮崎県で評価Bの強豪、青島高校。

 

「ナイスです!黛センパイ!」

 

「星川も、ナイスリード」

 

サラちゃんをキャッチャーに置いた、新しい神速の試運転。

 

「良い調子だよ!頑張れ〜!みんな〜!」

 

夏に甲子園まで行ったその力は伊達じゃない。去年の決勝で大敗した高校と同じ評価Bを相手に、ルカ抜きでリードを保った試合運びができている。

 

「いい感じだね、まゆゆとサラちゃんのバッテリー」

 

「ああ」

 

その要因は守備力の高さ。大量得点はできてないけど、合宿を通して強くなったまゆゆとサラちゃんの好リードが上手く刺さっている。

 

 

うん。この選択ができて本当に────

 

 

「本当によかったのか?」

 

試合の最中、突然監督が呟いた。グラウンドを見たままだから目は合わないけど、監督の横にいるのはちひろだけ。今の言葉が私に向けられていたものだっていうのは直ぐにわかった。

 

「何が?」

 

「分かんだろ。星川さんに正捕手を譲ったこと、何とも思ってないってことはねえはずだ」

 

「えー?どうしたのさ監督。随分気ぃ遣ってくれるじゃん」

 

それほんとに試合中に話す内容かな。って思ったけど、監督の顔はいつになく真剣だ。

 

ふぅと一息ついて、口を開く。

 

 

 

「少なくとも、サラちゃんに正捕手になってもらったのは間違いなかったって思ってるよ」

 

 

 

サラちゃんがは元々頑張り屋さんだったけど、まゆゆとバッテリーを組んでから今まで以上に頑張ってくれてる。みんなもそれに当てられてか、練習に力が入ってるように見える。

 

「なんだ?バカスカ打たれてキャッチャーの気持ちはもう萎えちまったか?」

 

「まさか。そりゃあちひろだって負けて悔しかったし、リベンジだってしたいよ」

 

なんでそうちょっと喧嘩腰なのかなこの人は…まあ、監督が1番取りやすいコミュニケーションの形なんだろうけど。まゆゆとか全然買い言葉で返してるし。

 

別にキャッチャーが嫌になったわけじゃない。ちひろのリードでストライクとかアウトを取るのもまゆゆのボールがズバッてミットに収まるのも気持ちがいいし、甲子園で負けた時だって嫌気がさすより悔しさの方が断然強かった。

 

 

 

「でもさ」

 

本当に優先するべきことは、それじゃないから。

 

 

 

「そこにちひろがいなくても、負けるより絶対笑えるよ」

 

 

 

みんなの悔しい顔を見るのは、もっと嫌だから。

 

本気で勝とうとするならサラちゃんがキャッチャーの方がいいのは私にだってわかる。1年間十分時間をもらった。これ以上を求めるのは、ちょっと欲張りすぎじゃない?

 

「…そうか」

 

監督はそう言うと、もう何も言ってこなかった。

 

 

 

 

 

次の回から出るギルるんはファルガー君とブルペンに、他のみんなは守備の回だからグラウンドに。

 

今このベンチに座っているのは、ちひろと監督だけ。

 

 

 

 

 

 

 

…折角だから、もう、言っちゃうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今までごめんね、監督」

 

 

 

「あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「辞めるよ、ちひろ。野球部」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと前を向いていた監督が驚いた顔をしてこっちを向く。まあ試合中にこんなこと言われても困るよね。

 

 

 

甲子園が終わってから少し考える時間があった。投手とは違って捕手が試合中に代わる事なんてそうそうない。実質キャッチャーとしての仕事が無くなった私が、これからチームの為に何ができるのか。

 

 

ピッチャーは論外。野手も今からコンバートするくらいなら既に今スタメンとして出ているみんなの方がそのポジションを上手にこなせる。

 

となれば代打と代走。だけど打率もパワーもスピードも人並みで、誇れるほどのものは何も持ってない。そもそもここまで代打と代走を使わずやってこれてたし、それすら既にボボン君がやろうとしてくれてる。

 

 

つまりちひろは保険の保険。いないよりはマシだけどいなくてもいいなんて立ち位置。

 

 

 

そうなって次に考えたのは、チームにとって私がいることがプラスかマイナスか。でもこっちは結構前から、自分の中で答えが出てた。

 

 

元々野球部に入部した動機は、「楽しそうだから」なんて大したことない理由。

 

いつか監督に「もう少し頑張れるか?」って聞かれた時、できないくせに無理して練習中に倒れたこともあった。

 

まゆゆや監督は自分達の目指す景色をちゃんと持ってた。ちひろはそういうのは無かったけど、それでもみんなの後押しになりたかった。

 

3度のチャンスをもらって、それでも望んだ結果は手に入らなかった。

 

みんなは優しいから言わないでくれるけど、それでも私が私を責め立てる。みんなの悲しむ顔なんか見たくなかったのに、散々迷惑かけて、足を引っ張って、

 

 

 

 

 

 

 

ちひろなんか、最初からいない方が─────

 

 

 

 

 

 

 

「ちーさん」

 

監督の声にハッとする。視線は無意識に下げてしまったけど、声の位置からちひろの前に監督が立っているのが分かる。

 

目は合わせられない。みんなへの負い目が、自分の不甲斐なさが、ちひろの視線を上げるのを許さない。

 

失望でも、罵倒でも。監督の口からどんな言葉が出てきても、私はちゃんと受け入れる。

 

 

 

すぅっと監督が息を吸って────

 

 

 

 

 

 

 

「お願いだ、辞めないでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

───口から出てきたのは、哀願の言葉だった。

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと、やめてよ監督」

 

深く頭を下げる監督に慌てて上げるよう言う。でも監督は一向に頭を下げたまま。

 

「わかってる。ちーさんの中でたくさん考えて出した結論なんだろ。⋯それでも、すまん。辞めないでくれ。正捕手じゃなくたってちーさんが必要なんだ。ここにいるだけだって意味があるんだ」

 

「!いいよいいよ!気休めなんて」

 

力になれてなかったのは、ちひろが1番よく分かってるんだよ。

 

 

 

ちひろなりには頑張ってるつもりだったんだよ。練習はサボらなかったし、部活の練習外でもルカに打ち方を教わったりプロの動画を研究したりした。

 

でも、結果は出なかった。少なくとも、私より有望な後輩が入ってくるまでには。

 

 

「ちひろは、本気で野球を頑張れてなかったの」

 

 

誰かが「努力は必ず報われる」なんて言ったけど、私が費やした時間と質は、1年かけても下の学年に追いつけない程度の頑張りは、努力と呼べるほどのものじゃなかったってだけ。

 

 

そんなちひろがここにいたって、きっとまたチームに迷惑かけるから。

 

 

 

 

 

「⋯はぁ?」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

全く頭を上げる素振りを見せなかった監督が急に顔を上げた。

 

それも随分と、釈然としない顔で。

 

 

 

「⋯野球部を辞める理由は?」

 

「⋯本気で頑張ってないちひろがここにいて、またみんなに迷惑かけたくなかったから」

 

 

 

「…んだそりゃ、ちーさんがここまで自分のことわかってねえと思ってなかったわ」

 

監督が呆れたようにため息をついてベンチに座り直す。今真剣な話だったと思うんだけど、私そんな変なこと言った?

 

帽子を深くかぶり直しながら、監督は言う。

 

 

 

「運動初心者が休まず俺の練習について来て、明確な結果が出なくても折れずに続けて、それでもチームに負けてほしくないと思ったから自分から身を引いたぁ?」

 

 

 

「それで「本気じゃありませんでした」なんて、嘘だろ」

 

 

 

「!!!でも…」

 

「ちーさん自分の手見たことねえの?それが本当に適当にやってた奴がなる手か?」

 

私が口を挟む間も与えてくれない。改めて自分の手を見ると意識したことはなかったけど、1年前なら確実に無かった傷やアザがそこにはあった。

 

「それに⋯」と横目でこちらを見る。

 

 

 

 

 

「本気でやってなくて、泣ける奴がいるかよ」

 

 

 

 

 

「え⋯」

 

監督にそう言われて目元に手を当てると、少しだけ温かい水滴が指先を濡らした。

 

「や、ごめん。これはその、違くて」

 

「誰かが迷惑だって言ったのか?足でまといだって顔に出したのか?分かってねえのはちーさんだけだ」

 

監督は私に構わず続ける。

 

「体格的に向いてないってわかっていながら、助っ人を呼べなかったキャッチャーになってもらった。みんながちーさんに引っ張られた。横にいてもらった。背中を押された。俺はこれからも、ちーさんにここにいてほしい」

 

 

 

 

 

「だから言うなよ。辞めるなんて」

 

 

 

 

 

いくら抑えても、引っ込めと願っても、溢れる滴は勢いを増すばかり。視界は滲んで、もうろくに前も見れやしない。

 

「⋯っ!ちひろ…!もっとみんなと一緒に、グラウンドに立っていたかった!」

 

「ああ」

 

「みんなと一緒に!優勝の景色に立ちたかった!」

 

「ああ」

 

こんなこと、口に出したくなかったのに、溢れ出る言葉は止まらなくて。

 

「迷惑なわけねえだろうが。ここにいる全員が、俺の大切な仲間だ」

 

監督がかけてくれるその言葉が、こんなにも優しく温かくて。

 

 

 

「あとな⋯「いるだけで意味がある」は本当に────」

 

 

 

「⋯え?」

 

最後に監督が言った言葉は、バッターボックスから響く金属音にかき消されてしまった。

 

「なぁにやってんだ黛ぃ!今の抑えられただろ!」

 

「俺今結構抑えてる方だと思うんだけど」

 

ボードを見ると5回が終わってまゆゆの失点は未だ1点と、このレベルの高校を相手に随分と健闘している。監督はいつも通り無茶言ってるけど。

 

気づけば状況は2アウト2.3塁、次の一打で逆転もされかねない重大な場面。

 

何してんだ、私は。チームのピンチに泣いてる暇があったら、声援のひとつでも飛ばしたらどうだ。

 

腕で涙を拭き、両手で顔をパンッと叩いて気持ちを切り替える。

 

 

「ここ集中だよ!1本締めてこ〜!」

 

 

 

 

 

 

 

「え!?ちーちゃん!?どうしたの!?」

 

無事に危機状況を脱してみんながベンチに戻ってきた。涙は止まったけど、赤く腫れた目元と涙の痕はそう簡単に消えてくれない。みんな心配して私の方に駆け寄ってくる。

 

「大丈夫ですか?監督に何か嫌な事言われました?」

 

「ちょっと監督!ちひろセンパイにどんな酷いこと言ったんですか!」

 

「俺がちーさんに暴言吐くわけねえだろ!」

 

「どうかな、普段の言動はだいぶ怪しいと思うけど」

 

「お前ぇ!!!」

 

監督がまゆゆの襟を掴みぐわんぐわんと首を揺らす。まゆゆは「はいはい」みたいな顔してるし、みんなもそれを特に気にせず、当たり前みたいに受け止めてる。

 

 

 

⋯やっぱりちひろ、神速野球部が好きだなあ。

 

 

 

⋯まだ、ここにいてもいいのかなぁ。

 

 

 

「ちひろ大丈夫?どこか調子が悪いとかなら…」

 

「ほら!今度はこっちの攻撃!早く行かないと相手のこと待たせちゃうでしょ!」

 

「いった」

 

監督に開放されてこっちに来たまゆゆの背中をバシっと叩く。まゆゆは少しだけ痛そうにしたけど、その後すぐにふっと笑みを浮かべた。

 

「ま、その調子なら大丈夫か。いつものがないと困るからね」

 

「ん?何?いつものって」

 

「何って、毎回送ってくれてるじゃん。エール」

 

「そんなこと?」

 

それほんとに困るほど?って思ってたら、サラちゃんが後ろから抱きついてきた。

 

「そうですよ!ちひろセンパイの応援めっちゃ元気になるんで!」

 

サラちゃんの言葉にまゆゆもうんと頷く。後ろにいるみんなも頷いてくれたり、ニッと笑ってくれたりしてる。

 

「ちひろセンパイが応援してくれるから打ってますからね星川!」

 

「それはもっと真剣に野球と向き合えお前」

 

「…あははっ」

 

 

 

監督だけじゃない。まだ私のことを、必要だって言ってくれる仲間がいるらしい。

 

 

 

「仕っ方ないなあ!じゃあ気合いいっぱいの声援、送ってあげるよ!」

 

「うん。頼んだ」

 

そう言ってまゆゆはベンチを離れ、バッターボックスへ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

必要とされているなら、それに応えたい。選手としてでも、そうでなくても、このチームの為にまだ何かできることがあるなら。

 

 

もう決別しよう。ずっと下ばかり向いてきた、いつまでもウジウジして情けない自分と。

 

 

 

 

 

「かっ飛ばせ〜〜!!!まゆゆ〜〜〜!!!」

 

 

 

 

さよなら、弱い私。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習試合の結果は5-3。格上の相手ながら終始リードを保ち続け、正捕手交代後の初試合は無事に勝利を収めた。

 

 

合宿の結果は上々。初試合で結果を出したまゆほしバッテリー、新たな技術を得た天宮、各々の長所や走力を伸ばした神速メンバー達。

 

 

そして世界で戦い更なる成長を遂げたルカと、そのルカをショートに据えたより強固な守備と打線を手にして─────

 

 

 

 

 

 

 

秋の全国大会が、始まる。

 

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