第18話です。これは2年目の春の甲子園の話。
野球の甲子園は1年に2度開催される。1つは甲子園と言えば真っ先に連想される、全国の高校が一斉に集って頂点を争う夏の甲子園。
そしてもう1つはこれから行われる、秋の神宮大会の成績を見て選抜された高校だけが出場できる春の甲子園。秋の全国を優勝した有栖達神速高校もその選抜の1校として出場権を獲得した。
この大会は私達にとって全国2連覇、そして甲子園優勝への挑戦。前回よりもっと気を引き締めて行かないと。
…なんて、有栖は考えてたんだけど…
「この大会。俺あんま指示出さねえから」
「何言ってんの?」
この監督は今日もまた、よく分からないことを言い出した。
「なんで?今までウザいくらい細かく指示出てきたじゃん」
「ウザいはいいすぎだろ!!!!!」
天宮先輩の質問にやかましいくらいのパッションで返す監督。ウザい…とまでは思ってないけど、実際今までの試合では何回待ってからバントだとかスクイズだとか、よく見るべきか思い切って振るべきかみたいなかなり細かいところまで指示を出されていた。
「当然必要だと感じたタイミングには指示を出すが…それまではお前らが自分達で考えて、答えを出す力を付けろ」
「どうして急に?それも甲子園で」
「…練習なんだよ、これは」
「…練習?」
練習…の意味はよく分からないけど、監督の声色と表情からそれが冗談じゃないことだけは伝わった。
ただ春の甲子園はどこも一定以上の結果を残してる高校しか集められてない。チームを鍛えるためだとしてもそんな余力はないんじゃ…
「わかった。じゃあとりあえずこの甲子園中は、俺達の考えで動かせてもらう」
有栖がそんな心配をしている横で、黛先輩は監督の言葉を受け入れて試合の準備を整え始めた。
他のみんなも黛先輩に続くように、ゾロゾロと試合の準備を始めていく。
「ほんとに指示無しでいいんですか?」
甲子園のグラウンドへ続く通路を歩きながら黛先輩に問いかける。対戦校のことを舐めてるんじゃないか、万全を期さなくて大丈夫なのかと。
でも有栖達のチームのエースはまるで不安そうな顔をしていない。心配する有栖の質問に黛先輩は頷いて答えた。
「問題ないと思う。監督も必要な時には出すって言ったし…それに」
「言ってみれば、信頼の裏返しでしょ」
秋の予選を勝ち抜いてきた強者達を相手に、試合を任せてもらえるくらいの力が付いたのだと。
「んー…ま、これが黄金の打線だろ」
春甲1回戦開始直前、俺は今日もまた毎試合ごとに頭を悩ませている打席順について考えていた。
天宮ルカ黒井で出塁し、続く星川とアルバーンで点を取る。積極的に盗塁チャレンジができるようになった2年達を早々に打席に立たせて、2.3打席でチャンスを作ってからホームランバッター達に繋げる。
これが今の俺の出した結論。ここまで明確な打線の順番は決まっていなかったが恐らくこれが最良の打線。少なくとも、机の上で出した案では。
「…ま、実際に見て判断だな」
盗塁をするにもチャンスを作るにもまずは塁に出るところからだ。天宮はパワーこそないがそこそこ打てるようになってきた。まずはここで調子よくバットに当てて────
『天宮!豪快にかっ飛ばしたー!!!』
「はぁ!?天宮ぁ!?」
まさかの先頭打者ホームラン。それも天宮が。予想外の事態に思わず間抜けな声が出る。
塁に出るどころか留まることなくベースを踏んでダイヤモンドを一周、春の甲子園初のホームランを決めて少し誇らしげな顔をしながらホームへ帰ってくる天宮。ベンチの前まで戻ってきてニカッとした笑顔で俺の方にピースを向けた。
「乗ってそうだね天宮…とりあえず、出だしは好調かな」
「いや想定外だ。あいつのせいで俺の目論見が狂った。おいコラふざけんなよ天宮ァ!」
「え!?何で!?」
「ホームラン打って怒られることもあるんだ」
あまり指示を出さないと言ったことに不安が無いわけじゃなかったが、試合が始まってしまえばそんな心配をする必要も無かった。過去の自分達がやってきたことを、今までの指示を思い出してそれを行動に移すだけ。もうこいつらは俺の指示がなくても十分に戦えるようになっていた。
対戦相手からしてみれば悪夢のような時間だっただろう。黛の投球に翻弄されて、バットに当てたかと思えば内野ゴロ。たまに芯で捉えた打球もほとんどが外野守備によって防がれ、抜けても後続が続かない。
守備に回れば洗練されたバントと分かっていても止められない盗塁の嵐。積み重なってゆく1点が重くのしかかり、バントを警戒すれば長打の餌食。被害は更に甚大となる。
まさに蹂躙。格上ではない相手ということもあり初戦から3戦を順調に勝ち抜いてここまでのスコアは2-9、1-7、6-1。全ての試合で5点差以上かつ2失点以内という驚異的な数字を叩き出し、全国優勝の力を見せつけながらあっという間に準決勝へとコマを進めた。
「ひっさびさに来たな...評価Aがよお!」
「秋の大会じゃ当たらなかったもんね。ここまでの相手は夏以来?」
次の対戦相手は甲子園連続出場、和歌山県代表の高野山高校。あの夏の甲子園から1度も当たって来なかった名門校との対戦となる。
「初めての甲子園の時は初戦敗退...夏の県大会の準決だって勝ちはしたが、決して楽とは言えねえ試合だった」
かつては自分達より一回りも二回りも強かった相手、今までの試合じゃいつだって劣勢の試合を強いられてきた。そんな奴らとようやく対等なレベルと言える場所まで、俺達も登ってきた。
「もうどのレベルの相手だって関係ねぇ…ぶっ倒してくぞおぉぉぉ!!!!!」
「「おおおおおっ!!!!!」」
名門相手に黛が綺麗に抑えてこっちの攻撃。天宮はこのレベルの相手でも盗塁ができるほど速くなった。ヒットを打って盗塁して、僅か2打席目でチャンスを作る。
「極めるんだよ1点を!これが神速の野球だろ!!!」
走力野球に派手さは無くていい。地道に稼いだ1点が勝敗を左右するのはよく知ってる。
ルカと黒井も続けて安打を放ち、まずは幸先よく先制点を取る。
「ナーイス物述氏ぃ!こーれ打順繰り上げです!」
「天宮ぁ!最っ高の1番だよお前は!!!」
「やっぱお前だよなあルカァ!ナイバッティン!!!」
その後1点を返されるが物述氏やルカ達の連続ヒットで2点を稼ぎ、再度点差を引き離す。
「ホームラン…!いや、まだ勝ってる!大丈夫だぞ黛ぃ!」
「向こうが1発ならこっちは連打だ!!!俺らには足がある!走れ走れぇ!!!」
ホームランを打たれたがそれも単発。その次の回で山神さんの出塁からみんなで塁を進め、物述氏のタイムリーヒットで2点差を維持する。
「よーし…進むぞぉ!決勝にぃ!!!」
打って打たれて、互いに抑えて。6回から2-4を維持したまま迎えた最終回。名門を相手に先制点を取って、一度も逆転されずにここまで来れたのは大きい。
「はいそこナイスぅ!」
内角に攻めたボールは打たれるがサード正面。山神さんが難なくキャッチしてまずは1アウトを稼ぐ。
「やっぱ低めに決まってんな…いいぞ黛ぃ!」
黛が成長して得た低めのコントロールは神速の守備とすこぶる相性が良い。無理に三振を狙う必要はない、ホームランさえ打たれなきゃ味方が守ってくれる。
ここも同じように低めにストレートを投げて…
『バッター打ちました!』
「っ!アルバーン!」
それが読まれていたのか下から掬うようなスイング。良い金属音を鳴らしたその打球は内野を越えて飛んでいく。
だが向かう先はライト方向、アルバーンの速さなら充分間に合う。
ボールの軌道はもう分かっている。落下地点まですぐさま移動して後はそのボールを────
「うち捕る〜」
「え?」
セカンドから走り込んできたプティが、自分のグローブの中に収めた。
「プティ!?マジかよお前!」
「あ、ごめん。ここアルバーンの守備範囲か」
「う、ううん。大丈夫。ナイスキャッチ」
「いえ〜い。ありがと〜」
そりゃ打球の弾道は高めではあったが、だからといってフライだったわけでもない。バットの芯付近で捉えて悪くない当たりをした時の高さ。今のボールの落下地点は外野の右前方。本来ならアルバーンが担当する範囲に落ちる球。
にも関わらず、セカンドの位置から走り出したプティがそれに追いついた。打球を見てから自分の守備範囲内だと走り始め、危なげなくそのボールをキャッチした。
つまり中弾道以上の打球ならば、セカンドとライトの間に守備範囲外となる場所は存在しないということ。
「おいおいおい…どんどん固くなってくなあうちの守備は!」
最終回にいいもんを見せてもらった。これで9回2アウト。
「いけいけいけいけぇ!」
残すアウトカウントはあと1つ。ここも変わらず黛が相手に打たせる。
「…取れないか!仕方ない仕方ない!」
その低い弾道を描くボールの落下地点は僅かに届かない所。ギリギリ間に合わずアルバーンの前に落下する。
しかし戦法を変える必要はない。結局行き着く先は打たせてとる事なんだ。黛は再度アウトを取るため、相手に打たせるように球を投げる。
「だあぁぁぁ!そこはプティ!」
今度の打球はセカンドゴロ。素早くプティが拾い上げそのまま物述氏へ────
「あっ!」
ここで一塁にボールを投げるもまさかの送球ミス。物述氏の反応でなんとか逸れたボールをキャッチするが、一塁から離れてしまったことで出塁を許す。
「おおぃ!最後の最後で!」
ここさえ正確に投げていれば既に試合は終わっていた。今のプティの送球は、敗北の可能性さえ脳裏に過ぎらせる深刻なミス。
「あ…みんな、ごめん。うち…」
2点差、ランナーは1.2塁。ホームラン1発でひっくり返るこの状況。
「おんもしれぇぇぇ!!!」
「…!」
それでも不安の顔を見せる必要はない。仲間を信じ、育てた自分を信じ、チームの勝利を疑わない。
知ってか知らずかその監督の叫びは、部員達の動揺を制するのに十二分に効果を発揮した。
「そこはぁ!!!ルカたまら〜ん!!!」
最後の打球はショートゴロ。今度こそミスなく送球して3アウトを取った。
最終スコアは2-4。序盤から後半までリードを保ちながら走力に任せた守備により、甲子園常連校を相手にも引けを取らない試合運びとなった。
秋の全国で当たった高校より更に上のレベルの強豪も倒し神速というチームの底力を、あの優勝が偶然では無かったのだと見せつけるには十分だった。
そしてこれで決勝進出。神速は秋春に渡る全国連覇へと手をかける。
「しゃあぁぁぁ!!!甲子園優勝するぞぉぉぉ!!!!!」
「「おおおおっ!!!!!」」
2度目の全国頂点を掴むため、春の甲子園最後の試合へ挑む。決勝の相手は香川県の名門、直島商工高校。
今までの試合と変わらない、相手がどんな高校だって関係ない。俺らのやることはいつだって1つだけだ。
「打ち破ってやるよ!!!」
「すいませんっしたあ…」
この間僅か数分、1回表開始時点と終了時点での発言だ。
先頭打者を四球で出塁させたのを見逃さず向こうの4番にホームランを打たれて初っ端から2点を先制される。先の準決といい相手は甲子園常連の名門校、いくら黛いえど一筋縄ではいかない。
「このホームランが響かないように育ててきたんだ…頼むぞ!お前ら!!!」
4回裏 2-0
「おっけおっけおっけ。ナイスアルバーン!」
1アウトの状況でアルバーンが2塁に出てようやく神速にチャンスを作る。だが1点じゃ足りない。欲を言えばこの回で同点まで戻しておきたい。
「プティ頼む!打ってくれ!」
プティパワーのある選手では無いがボールを見るその選球眼は本物だ。カット気味のスイングのせいでファールこそ多いが上手く守備の合間を抜けるよう打てれば…
『プティ!大きく打ったー!!!』
「ナァイスプティ!マジでナイス!!!」
バットの芯で捉えた気持ちいい金属音が鳴り響かせながらセンター後方までかっ飛ばす。値千金のタイムリーツーベース、まずはここで1点を返す。
続く物述氏もヒットを放って、1アウトのままプティを3塁に送る。アルバーンから続く連続ヒット、下位打線の爆発が止まらない。
そして次のバッターは黛。ここで黛にどういう動きをさせるべきか。この回で更に点を稼ぐなら打たせる、同点に戻すことが先決ならスクイズ。
「…俺らは神速だろーが」
やることなんか決まってるよな。より確実性の高く、チームの勝利に近づく選択を。
黛にはスクイズのサインを出し、黛もそれに頷いてそれをしっかりと実行させた。
「よーし!これで同点!こっからだぞ!!!!!」
こいつらならこの機会を逃しても何度だって点のチャンスを作れる。今は目先の一点を取って試合を振り出しに戻す。
「天宮偉い!よく見た!!!」
「うおおおお!マジかマジか!!さっすがルカ!!!」
ここでこの回も終わりかと思いきや2アウトから天宮が四球で出塁。続くルカのツーベースヒットで3点目を取り4回中に逆転に成功。
「プティ!!!やる気あんなぁお前!!!」
続く5回裏でまたもプティが守備の合間を抜けるヒットを放つ。2塁にいた山神さんをホームに帰して更に点差を引き離す。
同点にして、追加点を取って、準決勝の送球ミスを取り返すかのように守備だけでなく打席でも貢献するプティ。打撃メインの選手じゃ無いがこの試合3打席2安打と想定以上の働きを見せる。
「そんで…2点差ありゃ守りきれるよなあ?黛」
そして黛は最初のホームランからここまで失点無し。それどころかヒットの数はたったの3本のみと、これまでの試合以上に上手く抑えられている。
「黛の球速を伸ばしてきた甲斐があったな。マジで失点が減ってるぞこれ」
夏の頃には140km/hにも届いていなかった黛の球速は、今じゃ150km/hの大台に乗った。黛の重い球の性質は球速が上がるほど真価を発揮する。
相手に打たれてはいる。正確には、相手に打たせている。それが神速の真骨頂。打たせてとるのが神速野球。
黛が皆を支えているのか、皆が黛を支えているのか。
「…多分、両方なんだろうな。いけるぞ!!!」
今日はチーム全体の調子が良さそう。秋の決勝みたいに一方的な試合じゃないけど相手ももっと強いって評判の高校だし、それに対して優位に試合を進めてる。ルカはもちろんキャプテンもサラちゃんもあまみゃ自身も。神速全体の打線が奮っている。
逆転の兆しになってくれたのはアルバーン君とかぷてち。チームのみんなが活躍してて私も先輩として鼻が高い。
有栖ちゃんもぷてちもサラちゃんも、後は2年生だとルカとかまゆゆも監督に声をかけられてこの学校に来たんだっけ。やっぱり監督の目には狂いがなかったってことなのかな。
監督に誘われて来たって人がこのチームには結構多いんだなぁって。そんなことが今あまみゃの頭に過ぎった。
(…そういえば、監督に1回も聞いたこと無かったな)
ふと思い立って、ベンチを立って監督の近くに移動する。
「ねえ監督」
「あ?どうした天宮、疲れんのは分かるがお前もいつもみたいに声出してだな…」
「なんであまみゃの事野球部に誘ったの?」
「それ今聞くことか?」
確かに、全然試合中だもんね。別に急ぐことでもないし今じゃない方がよかったかも。
誘ったっていうかだいぶ強引だったけど…私は入学式の日に監督に声をかけられた。
『そこの青髪!ちょっと止まれぇ!』
『!!!あ、あまみゃ何かしちゃってました?』
『お前…部活は!?』
『え?ま、まだ決めてないです。今からどんな部活があるかなって探しに行こうと…』
『…お前、野球に興味は?あるよな!そうだよなぁ天宮ぁ!』
『えっ…え?』
あまみゃは野球やった事無かったし、そもそもこれまでの人生でろくに運動なんてしてこなかった。正直あまみゃじゃなくてもっといい人だって沢山いたんじゃないかって思ってる。
「あー…"瑠璃も玻璃も照らせば光る"って言葉があってだな⋯知ってる?」
「なにそれ?」
「すげえ奴は初めからすげえし、どんな場所にいたって輝くって意味」
「へえー⋯えっ?それはもしかしてあまみゃにはすごい才能が秘められてたってことで…」
「瑠璃みたいな髪の色してるくせに全然才能なかったよなあ。お前」
「ねえなんで今傷つけたの?」
今の絶対要らなかったよ?まさかそれを言うためにわざわざその言葉言ったわけじゃないよね?
「別に才能があるかないかで誘ってるわけじゃねーぞ。そりゃルカは天才中の天才だが…黛もちーさんも凡人の域を出てないだろ」
凡人って言い方はどうなの…って思うけど、まあ言ってることはわかる。まゆゆは経験者ではあったけど前に自分は凡才以下だって言ってたし…ちーちゃんは私と同じで高校から野球を始めた人だし。
「天宮も別に野球の才能なんか無かった。取るに足らないそのへんに落ちてる石ころ」
「言いすぎじゃない?あまみゃ全然泣いちゃうけど」
「そんな石ころの中にゃ誰にも負けない努力の才能があって…今じゃ神速を支える立派な柱になった」
「…!」
野球部に入った時から監督がルカのことを誰よりも評価してるのは分かってた。まゆゆのことは誰よりも小馬鹿にするけど、それが期待とか信頼が籠ったものなんだっていうのは監督の表情から見て取れた。
それはやっぱり野球への気持ちだったり上手さだったりで。そういうものが無い私は正直、ただ部員の数を増やすためだけなんじゃないかって思ってた。
…でも、
「よくここまで折れなかったな、天宮」
あまみゃのことを、あまみゃが思ってたよりもずっと評価してくれてたんだってことはわかった。
「あと泣きながら走ってる部員いたら面白くね?ってな」
「もしそれ本気で言ってるならあまみゃ今からでも全然辞めるからね?」
「ハハァ!」
いやまさか本気だとは思わないけどさ。ケラケラと笑う監督を横目に思わず溜息が出る。
『三振〜!神速、3アウト!ここで7回が終了します!』
「天宮、そろそろ出番。行くよ」
「ほら、守備の時間だ!行ってこい!」
「あ、うん」
会場のアナウンスが聞こえるのと同時にまゆゆに声をかけられて、私も自分の守備位置へと向かう。
「…ほんと、よくここまで伸びたわ。マジで」
***
「監督〜。見てた?あまみゃついにホームラン打ったよ!」
「ああ良くやった天宮。だがそれはルカとか先輩が向こうのエースピッチャーを降ろしたからだ。あんま自惚れてんじゃねーぞ」
「分かってるよ。あまみゃ初心者だし、みんなの足は引っ張らないようにするって」
「あ、いや…あー、まあお前だってずっと頑張ってきてたし「ねえ監督」
「あまみゃ、無理矢理入部させられた時はどうやって辞めようか考えてたけど…」
「おい」
「みんなで勝てると嬉しいし、面白いね!野球って!」
***
「…はっ!頼りにしてるぜぇ、天宮ぁ!」
8回表の守備に回って私はセンターの位置に着く。この2年間外野守備のポジションを転々としたけど、監督曰く今のあまみゃにはここがあっているらしい。
「ルカに続く走力を持つお前に外野の中心を任せたい」とか言っちゃって。あまみゃがこんなに足速くなったのは監督のせいなのに。
いつだったか「ルカに追いつけ!」なんて言われたこともあったけど、まさか発破じゃなくて本気で言ってるとは思わなかった。まあルカはもっと先に行ってるから結局追いつけてないんだけどね。
横を向けばいつもと変わらないみんなの姿。前を向けばルカとぷてちと…その中心に映るのはいつしか大きくなったまゆゆの背中。
チームで支えるはずだった私達のエースは気づけば、もう1人でも十分相手を抑えられるくらいの力を手にしていた。
『まゆゆってさー、全然顔に出なくない?』
『確かに。監督もよくまゆ先輩のこと仏頂面って煽ってきてますよね』
『俺、中学の友達に「ポーカーフェイスの語源みたいな奴」って言われたことあるよ』
『えーなにそれ!あはははは!』
まゆゆはどうも、感情を表に出さない。勿論笑うことだってあるし練習で辛そうな顔をする時もあるけど、その起伏は小さいし私達に伝えようとすることもない。
監督がまとめたデータにすら書かれない、正真正銘自前の顔。
『…準優勝、か』
『…!』
初めての大会で負けた時、そんなまゆゆのポーカーフェイスから漏れ出た煮え滾るような熱と悔しさ。
元々好きで入ったわけじゃない。何か目標があったわけでもない。
ただ、あの時まゆゆから漏れたその熱は、私の心に火を付けるのに十分だった。
***
「監督。あまみゃの練習メニュー、もっと厳しくしていいよ」
「はぁ?なんだあ天宮ぁ〜?そんな冗談言える余裕があんなら今の3倍くらいの量いってみるか〜?」
「えっ……うん。わかった」
「わかったじゃねーよ。何気にしてんのか知らねえけど今のお前にはそんくらいの量が適切だ。これ以上はケガのリスクがあるからやらせてねえんだよ」
「でも足りないんじゃないの?チームの力が」
「…それはお前が気にすることじゃねえ。初心者の割にはよくやってる方だ。そういうのは俺が…「監督」
「素振りも、筋トレも、ダッシュも、走り込みも。あまみゃにとっては全部辛いし苦しいことだけど…」
「チームの足を引っ張ることの方が、もっと嫌だよ。あまみゃ」
「…」
「はぁ…はぁ…」
「…また走らせてるの?天宮クン。ちょっと厳しすぎじゃない?」
「天宮、この前練習の後に吐いてたよ。もう少し手心とか加えた方がいいと思うんだけど」
「いいや、このまま行く。天宮が全国で通用するようになるにはこんくらいの量が必要だ」
「…そう」
「天宮センパイの個人メニュー見せてもらったんですけどなんですかあの量は!!!天宮センパイのこと潰す気ですか!?」
「いくら甲子園前だからってあの練習量は…あみゃみゃ先輩でも壊れちゃいますよ。半分とは言わないですけど少し減らした方が…」
「駄目だ、変えない。天宮にはあのメニューをこなしてもらう」
「…っ!最っ低…!」
***
監督には本当に悪いなって思うけど、あまみゃの涙も泣き言も、多分一生消えてはくれない。
練習を好きにはなれないし、辛いのだって変わらない。それをずっと抑えていたら、きっと野球のことも嫌いになっちゃうから。
その代わりになるかはわかんないけど、毎日絶対メニューはこなすよ。たとえ泣いても、たとえ吐いても。それで力が得られるなら、少しでもルカみたいになれるなら。
「っ!」
『バッター打った!打球は大きく飛んでセンター後方へ!』
「頼む!届け!!天宮ぁぁぁ!!!」
あまみゃは普通の人だから、漫画の主人公みたいに試合中に突然才能が開花したり、ゲームのキャラみたいに急に覚醒したりなんかできない。
「はっ…はっ…!」
だから毎日練習して、積み重ねるんだ。一朝一夕じゃなくて少しずつ、どんなに地味でも、どんなに孤独でも、そうやって鍛えて伸ばしていけば────
「…流石」
『天宮!追いつきました!これで3アウト!!!』
「よおおおおっし!!!!!」
いつかそれが、チームの力になる時が来るから。
「よ〜し!!!防ぎきるぞぉぉ!!!!!」
最終回を迎えて得点は準決勝と同じ2-4。この試合もまた2点のリードを保って9回まで耐え、すぐそこに甲子園優勝が見えるところまで来た。
「ちーさん、また頼むね。みんなのこと励ましてあげてほしい」
「それは構わないけど…本当にこれだけしか伝えなくていいの?」
監督はここまで残した伝令権をここで使うらしい。監督の横でみんなに伝えてくる内容を聞いたけど…正直、うーん…って感じ。
「あいつらにはそれくらいで充分だろ」
いやまあ監督が言うんだから何か意図があるんだろうけどさ。ベンチから立ち上がって近くにいる審判に声をかける。
「みんな〜!しゅーご〜!」
「はい!」
タイムを取って試合を止め、グラウンドの中央でみんなを集める。
「伝令か。監督はなんだって?」
「まあ…うん。それなんだけど───」
「…それが伝令?」
「なんか…もうちょっと何かなかったんですかね」
監督から伝えられた言葉をそのまま伝えたけど、まゆゆやサラちゃん達は(そんなことで伝令権を…)って顔してる。いやちひろもそう思ったんだけどね…
「監督が、それが一番強いって」
「!」
「へぇ…」
監督の言葉はもう伝えた、私からみんなに伝えることは何かあるかな…
…ま、ないか。
こんなに強いんだもん、神速は。
「それじゃあ…みんな、最後まで頑張ってね!」
「ちひろもでしょ。頼んだ」
「…うん!いつも通りね!」
みんなはみんなの、ちひろはちひろのできることをやる。
「この球場で一番ってくらいの、とびっきりのエールで!」
(『いつも通りでいい』…ね)
ちひろを介して監督から伝えられたのはたったこれだけ。なんの助言でも励ましでもない、ただ無為に時間と伝令権を使っただけだ。
伝令自体は悪い流れを切るのに使うこともあるが少なくとも今はそのタイミングではなかった。ここから俺が打たれ込まれた時の為に取っておくべき物だったはずだ。
…まあ、そういうことか。
「お前が今更打たれ込まれることなんかないだろ」っていう、あの人からの期待の圧なんだろう。
「頼む」「お願い」「信じる」「任せた」幾度となくかけられたその"期待"は、俺にとって重荷だった。相手を抑える力もなく打たれ弱かった俺にとって、その託された責任は俺を縛る枷になっていた。
神速野球部設立からもうすぐ2年、あの頃の俺はもういない。チームの皆が強くなるのと同じように俺も俺なりに成長をして…野球の上手さだけじゃなく、俺の中にある考え方も少しずつ変わっていった。
その重荷はいつしか枷ではなく俺を支える錨となって、俺の球を強く重くした。
誰かに誇れる才はなく、それでも届かない目標に手を伸ばした。
身の丈に合わない目標なのは分かってた。それでも野球を続けてきた。
何も持っていなかった俺には、夢を諦める才能すらなかった。
(…だけど)
俺が何も持っていない人間だったからこそ、得られたものもあった。
それが俺にとって大事なものだったから、俺自身の手で守らなきゃいけないと思った。
「まゆゆ〜!後ろは任せて〜!」
「オレ達が付いてル!!!」
「…!」
『大丈夫だまゆ!リラックスリラックス!』
『後ろは俺らに任せろ!自分のピッチングしてけ〜!』
「…うん。任せた」
そう、思い込んでいた。
今も昔も俺の後ろには仲間がいたのに、それに気づいてこなかった。
『誰かのおかげってことはあっても誰かのせいなんてことはないよ!』
全てを1人で背負う必要なんて、どこにもないんだと知った。
『打たれたっていいんだよ。その代わりにさ、勝った時にはどれだけあまみゃ達が打ててなくても「私達も頑張ったよね!」って言わせてよ』
仲間は守る存在ではなく、頼る存在なんだと知った。
俺より才能に恵まれたエースなんて山ほどいる。今だって、俺が1番なんて自信はない。
『ピッチャー黛灰…投げた!』
「カイ!」
それでも1つだけ、胸を張って言えることがある。
『バッター打ちました!しかし打球はショート前!』
「ナイス、ピッチ!」
『ファーストしっかりキャッチ!走塁、間に合いません!』
「ナイスカバー。ルカ」
俺ほど仲間に恵まれたエースは、他にいない。
俺はみんなにエースに、「神速の黛灰」にしてもらっているんだ。
「やったあぁぁぁぁ!!!!!神速最強!!!!!」
幾多の高校を押しのけて頂点に立った高校の監督の雄叫びが、この甲子園球場内に大きく響き渡っていた。
秋の大会の時と同じように大会の優勝校として授与式と閉会式を終え、神速の控え室へと戻る。
「よく抑えたなあ!黛ぃ!」
「…っ!」
「あ、悪い。強かったか?」
「いや…なんでもない。またいつものダル絡みが始まったなって思っただけ」
「こんの生意気はいつまで経っても変わんねえなあオイ!」
「ねえ〜せめてロッカーまで戻ってからやってよ〜」
先程まで甲子園の球場で熱戦を繰り広げていたチームと同じ高校だとは思えないほど緩みきった表情の監督と部員達。グラウンドから出た瞬間に今まであった緊張は消え、既にいつものテンションに戻っていた。
「じゃあ今日はどこ行きます?」
「お肉!」
「またかよ!ったく…優勝する度にお前ら全員分奢る俺の身にもなれよな」
「でもこれで負けたら絶対怒るんでしょ?」
「は?そりゃそうだろ。こっから負けたら甲子園球場70万周させてやるからな」
「殺す気ならもう殺すってハッキリ言ったら?」
今年の夏に甲子園出場。その後の秋と春には全国優勝。2年前には部活すらなかった無名校とは思えない大躍進。
その名に恥じない神の如き速さで進化を遂げ、ついには大分の名門とまで呼ばれるようになった神速高校。
2年目の春を終え、3年目最後の夏に向けて最高のスタートを切ろうとしていた。
「っ…!」
「…黛?」
たった一つの、違和感を除いて。
本当にお待たせしました…!
自分が納得のできる文が書けなくなって長い時間筆を置いていました。申し訳ないです。
また続きを書いていくんですが今まで投稿した話にもちょっとだけ手を加えさせて下さい。 描写や会話の不自然さや見返して納得のいかなかった部分を手直ししようと思っています。とりあえずストーリーに影響が出るような変更はしない予定です。
まだ見て下さって本当にありがとうございます。またちまちまと書き進めて行くのでふと思い出した時に見てやって下さい。