シンソク 〜栄冠の軌跡〜   作:元灰オタク

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第19話です。これは2年目の春の甲子園の後の話。

黛灰→ルカ・カネシロ→葛葉視点。


〜俺の時間〜

 

ここはとある病院の一角。医療施設特有の消毒液の匂いに包まれながら、待機するようにと指示された部屋でスマホに目を落としながら時間を潰す。

 

「お待たせ、黛くん」

 

ほどなくして向かいの扉からガチャりと音を立てながら、白衣に包まれた優しそうな先生が部屋へ入ってきた。手に持っていた数枚の書類を机に置き、目の前のイスに腰かけて俺と目線を合わせる。

 

「えーと…確認させてもらうね。君の肩は以前から時々痛みを感じることがあって、この前の甲子園の後に激痛を感じてここに来た…だったかな?」

 

「はい」

 

「うん。それで検査した結果なんだけど…」

 

 

 

 

 

「投球障害肩。君の肩は、組織に損傷を起こしている」

 

 

 

 

 

 

 

『だーれが我慢大会しろなんて言ったんだよ馬鹿野郎!!!早く病院行ってこい!!!』

 

春の甲子園を勝ち抜いて甲子園優勝へと駆け上がったあの日。閉会式を終えて神速高校の控え室へと歩いていたところ、俺の肩は強烈な痛みに襲われた。

 

それは突発的ではなく、春の甲子園が始まるよりも前から痛みを感じていたものだった。しかしその程度はただの違和感だと誤魔化せる程度で…なにより、俺には練習を休んでそれの検査に行く時間すら惜しかった。

 

平静を装うこともままならず肩を抑える俺を見て先程まであった優勝ムードから一転。部員のみんなにはひどく心配されたし、監督からは耳が痛くなるほど散々怒られた。

 

 

そして甲子園が終わった翌日、俺はスポーツ選手に評判と噂の病院で肩の検査を受けていた。

 

「言わゆる野球肩というやつだ、それもあまり軽度とは言い難い。肩を酷使していたことに心当たりはあるかい?」

 

「…」

 

お生憎様、思い当たる節が多すぎた。

 

普段の練習では監督が提示した練習と個人メニューを、試合では常に先発としてほとんどの試合で100、多い時には150を超える球数を投げ続けてきた。これで肩が悲鳴をあげない方が無理という話。

 

(…まあ、今までが出来すぎだったか)

 

もっとも、あの人はそういう所まで考えて練習メニューを作っている。実際に俺達のは勿論、他の人よりも過酷に組まれている天宮のメニューだって、怪我のリスクは最小限になるよう調整していると言っていた。

 

そこまでが部活で指示されている練習。俺は投手として少しでも力をつけるため、それとは別に追加で自主練を行っていた。

 

そうやって少しずつ重ねてきたツケが、今こうして回ってきたということなんだろう。

 

「…まあ、多少生活に支障は出るだろうけど治らないわけじゃない。手術後安静にしてちゃんとリハビリに専念すれば…そうだな、遅くても半年後には今とほとんど変わらずに野球ができるようになるよ」

 

先生から告げられた言葉は、俺の将来まで考えての話。手術を終えてリハビリをして、長引いたとしても秋頃には投手として復帰。プロに選ばれた後に行われる春季合宿にも十分間に合う。

 

「…先生」

 

 

 

 

「手術をしないで、野球を続けることはできますか?」

 

 

 

 

「…!ケアを怠らなければ不可能とは言わないけど…薦められないな。君は既に甲子園優勝という結果を出したんだろう?プロを目指すのならここは治療に専念した方がいい」

 

「…ありがとうございます」

 

甲子園優勝校のエース投手。それは夏の大会を控えてなお有り余るほど十分な成果であり、ドラフト入りは確実と言えるくらいの実力の証明。無理に試合に出て怪我を悪化させる可能性があるくらいならば出場を控えて肩を休ませた方が良いなんてことは当然、そんなことは俺も理解していた。

 

 

 

 

俺の目指してるものがそれであったならば、こんな馬鹿なことも言っていなかったんだろう。

 

 

 

 

中学生の頃散々味わい続けてきた苦渋、嫌になるほど見てきた才能の差、続ける必要性、自分の将来、使える時間、成長の限界…

 

野球を初めてから今日この日まで、辞めてしまいたい理由なんていくつだってあった。

 

 

 

「…ですが」

 

 

 

それでもただ、たった一つ。あの日から俺を動かし続ける、俺の心の奥を燃やし続けるたった一つの言葉があった。

 

 

 

 

 

「最強の投手にしてもらう約束があるので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春の甲子園が終わっても春休みはまだもう少し続く。学校の授業こそ無いものの、俺達野球部の練習は普段通りに行われている。

 

校門から正面に大きく飾られた"全国2連覇"の垂れ幕を目に映しながら、俺は学校の敷地に足を踏み入れた。

 

「あ!黛先輩!」

 

「カイ!」

 

「どーも」

 

グラウンドで練習をしていたみんなが俺に気づいてこっちへと走って来るのに対して、俺も軽く手を挙げながら返事をする。

 

「大丈夫だった?」

 

「あの後急に倒れちゃって…何事かと…」

 

「もー、心配したんですからね?」

 

「心配かけてごめん。もう平気」

 

折角の優勝ムードを壊して余計な心配をかけさせた。もう心配いらないという旨を伝えると部員のみんなから安堵の声が漏れる。

 

「おう。来たか黛」

 

少し遅れて監督も俺の近くに来たが、目元がまるで笑っていないのに対し口角だけは不自然なくらいに上がっている。監督のその笑顔から受け取れるものは、純度100%の邪気だけだった。

 

「…そんで」

 

「…え?」

 

しかしその矛先はどうやら俺ではなかったらしい。天宮の頭をガシッと掴んで、その不自然な笑顔の正体を明かした。

 

 

 

「黛が来たら練習止めていいなんて言ってねえよなあ!?お前ら今から外周10本!!!」

 

 

 

全国連覇を果たしてもなお、監督の怒号はいつもと変わらず轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「別にちょっとぐらいいいじゃんか!監督のバカ!!!」

 

「大会終わったばっかなのに厳しすぎじゃないですか!?そもそもなんで今日練習なんですか!普通に考えておかしいじゃないですか!!!」

 

「黙れ黙れぇ!!!さっさと行ってこい馬鹿共ぉ!!!」

 

ちひろや星川を筆頭にあれこれと苦言を呈したものの、一向にその声が監督に聞き入れられることはない。最終的にはみんなも反抗を諦め、しぶしぶ外周へと向かって行った。

 

「…で?どうだった、黛」

 

「あー…大したことないよ、軽い炎症くらい。何週間かしたら復帰していいって」

 

「へぇ…あの痛み方じゃ早くても2.3ヶ月はするもんだと思ってたが…んだよ〜!オーバーな反応してんじゃねえよ黛お前〜!」

 

一応この人も心配していてくれたらしい。いやまるで心配してないとは思っていなかったけど、それでもその気持ちをこんなに見えるように出してくるとは思っていなかった。

 

「なんか、随分心配してくれるじゃん。監督」

 

「は?監督が部員のケガの心配してないわけねーだろうが」

 

「いや、まあ…それはそうか」

 

「治すこと以外考えんじゃねーぞ。個人メニューは一旦中止、勿論部活もな。治るまでは気が向いたら顔出しに来るくらいでいい。その代わり、復帰したらめちゃくちゃ扱いてやるからな?」

 

「だよね」

 

いくら監督でも流石に練習は禁止になるか。向こうからすれば怪我を負った選手を無理に練習させて悪化なんてたまったものじゃないだろう。

 

「ま、とりあえず今日は帰っとけ。お前がいたらあいつらが気になって練習になんねえからな」

 

「わかった」

 

監督の言葉に適当に頷いて、俺は学校を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、今日はこんなもんでいいだろ。おつかれさん」

 

「「お疲れ様でした!!!」」

 

外周から帰ってきた時にはカイはもう学校にはいなかった。それからオレ達はまた練習を再開、甲子園を優勝した翌日でも練習が終わる時間はいつもと変わらなかった。

 

寮や自転車で通う人達と校門で別れて、電車通学組がゾロゾロと駅へ向かって歩く。

 

「そんなに大きくなさそうでよかったですね。まゆ先輩のケガ」

 

「ね〜。倒れた時は本当にどうしようかと…」

 

監督が言うにはカイのケガはそこまで重いものではなく、2.3週間もすれば復帰できるらしい。オレ達のチームの大事なエースだ、深刻なケガにならなくてよかった。

 

「ルカ、今日の買い物メモが来てる」

 

「ン?わかった」

 

軽く肩をつつかれながらアルバーンにそう言われ、内容の確認をしようと鞄からスマホを探す。

 

「…アッ!!!」

 

「え?何?どうしたんだい?ルカクン」

 

「何かありました?忘れ物ですか?」

 

人通りが多い道ではないけど、周りを気にせず大きな声を出してしまったのは反省。今度は少しだけ声を抑えて、今上げた大声の原因を告げた。

 

「…スマホ、置いてきた」

 

「…あれま」

 

やれやれと呆れ顔でこっちを見るみんなに、オレもちょっと照れくさくなる。

 

「…あははは!もー、しっかり〜?ルカ〜」

 

「明日も部活あるとはいえ、流石に取ってきた方がいいよねえ」

 

「ははは…ルカ、先に帰って買い物してくるよ」

 

「ウン」

 

もう駅は目の前だし、わざわざ一緒に付いて来てもらう程の用でもない。今まで歩いてきた方向に踵を返して、みんなに大きく手を振った。

 

「じゃあみんな!またアシタ!!!」

 

背中から聞こえるみんなからの「また明日」を後にしながら、オレは1人で学校へ向かって走り出した。

 

 

 

 

 

3月の終わり頃とはいっても日が落ちるのはまだ少し早い。学校を出た時にはまだ夕焼けだった空も、学校に着く頃には既に暗くなっていた。

 

校舎を見るとまだ明かりが残っているが、その光も少しずつ数を減らしていく。時計を見るともう少しずれば校門を閉める時間、あまりゆっくりはしていられない。

 

「ルカ?珍しいな。こんな時間にどうした?」

 

「あ、センセイ!オレ部室に忘れ物しちゃっテ!少しだけ鍵を借りニ行こうとしてテ!」

 

職員室へと向かう途中に偶然先生と鉢合わせた。軽く事情を説明して、急いで鍵を取りに行こうとする。

 

 

「野球部?野球部の部室の鍵はまだ返ってきてないぞ?」

 

 

「え?」

 

 

その言葉に思わずオレの足は止まった。今日鍵を返しに行ったのはチヒロとモノノベさん。部員の中でも特にしっかり者の2人がいて、鍵を返し忘れるなんてことは無いはず。

 

「えっト…それは、誰が?」

 

誰かがその後に戻ってきた?電車通学の人達は駅までみんなで一緒に帰った。可能性があるのは近くに住んでる人達の誰か。オレと同じように忘れ物でもしたんだろうか。

 

一応誰が戻って来ているのか確認しておこうと先生に尋ねると、返ってきたのは俺が想定していたものとはまるでかけ離れた返答だった。

 

 

 

「ん?なんだ。あいつ、全員に話して残ってるわけじゃなかったのか」

 

 

 

(…残ってる?)

 

 

 

「ほんと熱心な奴だよ。葛葉先生には言わないでほしいって言われてるんだけどな、俺が鍵を閉める当番の日はほとんどこの時間まで残って練習してるんだ」

 

 

 

監督に隠れて、他の人に口止めをしてまで練習するような部員をオレは知らない。残って練習すること自体はあっても、監督に隠れる理由がない。

 

 

 

(…まさか)

 

 

 

そんな中でたった1人だけ、オレの頭に鮮明に浮かんでくる人間がいた。

 

確信は無い、ただの直感。それでも、みんなに隠れて練習する理由だけは今日見つかった。

 

 

 

 

 

叶うならオレの、ただの思い過ごしであってほしかった。

 

 

 

 

 

 

 

「流石、お前達野球部のエースだな。黛は」

 

 

 

 

 

 

 

先生との会話を早々に切り上げて、脇目も振らずに部室へと駆ける。

 

部室に近づくにつれて聞こえてくるのは、ボールがネットにかかる音。

 

練習の時に横から聞こえていた、ピッチャー練での投球練習の音。

 

「なんで…」

 

 

 

 

 

「…ルカ?」

 

 

 

 

 

野球部の部室の裏にあったのは、ピッチング用のネットに向かって投球をしているオレ達のエースの姿だった。

 

 

 

 

 

「…どうしたの?部活はもう終わってるはずだけど…」

 

「あ、えっト…忘れ物を取りに戻ってきテ…」

 

その俺の返事を聞くと「なるほどね」と一言。部室の鍵は開いているよと続けるカイの言葉がオレの耳に入ってくることはなかった。

 

 

なんでカイが今ここにいるのか。なんで練習しているのか。そんな疑問が今のオレの頭の中を埋め尽くしていた。

 

 

「今は、練習できないんじゃ…」

 

「…そうだね。軽くだよ、軽く。やっぱり鈍らないように少しは動かしておかないとと思って」

 

「…その汗で、少し?」

 

カイの額からは軽く肩を動かす程度では出るはずもない量の汗が流れている。既に何十と投球練習をしているのは誰か見ても明らかだった。

 

監督や他の部員に見られたら絶対に怒られているこの状況。たまたま学校に戻って来たのが、この光景を見たのがオレでよかった。

 

神速に入ってからこの2年間、数え切れないくらい毎日のように練習をしてきた。それを急にやめろなんて言われてもやめられない気持ちは分かる。

 

だけどここで止めずに続けさせて、これ以上カイの肩を悪化させるわけにはいかない。

 

 

「気持ちはワカルけど、今は休んデ───」

 

 

 

 

 

「…ルカには、分からないでしょ」

 

 

 

 

 

「…!!!」

 

カイの口から発せられた言葉は、普段の優しい彼からはとても想像できないものだった。

 

 

 

 

 

「…!今のは…ごめん。ルカが何か悪いわけじゃないのに…ごめん」

 

そしてカイ自身も自分の発した言葉に驚いて、ハッとオレから顔を背けた。

 

悪意を込めて口にしたものじゃないんだろう。あくまで意図せず出たもの。ただしそこには時々出てくる辛口な発言をする時の冗談を言う雰囲気は無く、確かに攻撃的な棘があった。

 

だからこそ、分からなかった。

 

「分からなくなんてない」なんて、口に出していいんだろうか。

 

オレがわかると言っているものは、カイがわからないと言っているものと同じだろうか。

 

 

 

「…これは、みんなには隠しておいてほしいんだけど…」

 

「…?」

 

数秒の沈黙が流れた後にカイが切り出したそれは、ついさっき受けた言葉のことすら忘れさせるほど、衝撃的な発言だった。

 

 

 

 

 

 

 

「俺の肩はもう、後1年も持たない。野球をするのは、この夏で最後」

 

 

 

 

 

 

「…!!!!!」

 

 

 

 

 

次は、憧れてきた甲子園に。

 

 

 

次は、誰にも背負わせないように。

 

 

 

次は、夢までに見た頂上の景色に。

 

 

 

次は、次は、次は、次は─────

 

 

 

 

 

 

 

「もう、俺には来ないんだ。"次"は」

 

 

 

 

 

 

 

カントクが重くない程度のケガだと言っていたのは、嘘だったのか。

 

「俺には何も無かったんだ。ここでやらなかったら、きっと後悔する」

 

発せられたその言葉には、穏やかな声色とは裏腹に強い気持ちが込められていた。強い信念があるんだと、譲れないものがあるんだとはっきりオレに伝わってきた。

 

「サッキの話、もっとフカく聞いてもいい?」

 

「さっきの話?」

 

「オレには分からないって言ってた気持ち、教えてほしい」

 

それが触れられたくないことなら、別に深掘りする気はない。でも、たとえ分からなくても、カイの気持ちを知っておきたい。

 

さっきの疑問を解消すべくそう問いかけると、カイは少しだけ間を置いて、それを話してくれた。

 

「…ルカが日本代表に選ばれた時、俺は心の底から喜べてなかった」

 

「え?」

 

「チームの一員としては嬉しくても、そこに立てない俺がこのチームのエースをやってることが、情けなくて、悔しくて」

 

2年の夏が終わる頃にオレが日本代表に選ばれた話。全国の猛者達からほんの一握り。そんな選抜の1人として選ばれた俺に対して、カイは一言で表すには複雑な感情を抱えていた。

 

エースはオレの方が合ってるなんて話は最初の大会で零していたもの。あの時被っていた心の曇りは、まだ完全には晴れていなかった。

 

カイが心の中で自分と比較し続けていたのは、ツキノミトだけじゃなかった。

 

「俺に無いものを持ってた。俺の一生をかけても手に入らない、そんな力を。才能を」

 

彼にとっては自分が持ってないものを持っている全ての人間が、自分と比較する対象だった。

 

 

 

「俺にはルカが眩しくて、羨ましかった」

 

 

 

カイの口から吐露された言葉は1つ1つが重く、その全てが本心だと伝わってくる。それもきっと入部した時からその羨望を…いわば、劣等感のようなものを抱え続けてきたんだと思う。

 

才能の無い人間の気持ちなんて、才能のある人間に理解できるわけが無い。いくら思いを馳せても、きっとオレが想像する以上のことを悩んで、考えて、もがいてきてるはず。

 

 

 

オレがカイとその悩みを共感しようだなんて、考えるだけでも烏滸がましい話。

 

 

 

「でも、分かることもあるよ」

 

「…何?」

 

「カイは、オレのことキライ?」

 

「…!そんなわけないでしょ」

 

でも彼はその羨望を、嫉妬の感情に変えることは無かった。1度だってその胸の内の悔しさを、俺に矛先を向けることはなかった。

 

それがこの2年一緒に過ごして知った、マユズミカイという男。

 

チームで1番のポーカーフェイスの裏に、誰より熱と優しさを持っている男。

 

「…カイ」

 

 

 

「"それ"は、カイだけじゃないさ」

 

 

 

「…?」

 

そんな彼が話してくれた、ずっと抱えてきた感情の一部。

 

だからオレも、打ち明ける。アルバーンにも監督にもオレから話した事は無い、ずっとオレの中で抱えてたもの。

 

 

 

「オレもカイのこと、スゴい奴って思ってたんだ」

 

 

***

 

 

「ルカ、今日はお前はベンチだ」

 

「え?なんで…」

 

「優勝がかかった大事な試合だ。お前は最近ずっと出てたし、最後くらい先輩達の顔を立ててやらないか?」

 

「でも!監督もオレがイチバン上手いって!」

 

「うちは"みんなで楽しく"がモットーの部活だからな…お前と同じポジションの部員がずっと出場できないのは良くないだろ?」

 

「俺達はこれが引退試合なんだ。たまには花、持たせてくれよ」

 

「センパイ…」

 

「すまんな、ルカ」

 

「…ハイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

(…あれは…センパイ達?)

 

 

「聞いたよ、準優勝だって?やるじゃん野球部」

 

「だろ?惜しかったんだけどなー。俺決勝出てたんだぜ?」

 

「監督に言って正解だったな。本当なら出れなかったろお前」

 

「うるせーなあ。そりゃそうだけどよ」

 

「えー?この前までエースだったじゃん。なんで出れないの?」

 

「ああ、今年の1年にルカってやつがいてなー。そいつが今うちのエースになってんのよ」

 

「あー、あの金髪のイケメンくん?あの子野球もできるんだ」

 

「ああ、本当に上手いよアイツは。少なくとも部活の中じゃ1番。全国で見たって数えるくらいしかいないレベルの天才」

 

 

 

 

 

「…自分が今まで野球やってたのが、馬鹿らしくなるくらいにはな」

 

 

 

 

 

(…!!!)

 

 

 

「なんか2年生でも噂らしいぞあいつ。その…なんだ、良くも悪くもな」

 

「俺、退部届出しに行くって言ってる奴がいる話聞いたわ。まあ気持ちがわからないわけじゃねーし、止めなかったけどさ」

 

「ふーん…まあいいや。それで、どう?やっぱ準優勝は悔しいもん?」

 

「ああ、漫画とかアニメだと「優勝じゃなきゃ意味無い!」なんて言ってたりするよね。実際の心境聞きたいかも」

 

「…別に、準優勝で十分だろ。推薦にだって使えるし、もうそれなりに楽しんだ。それに…」

 

 

 

 

 

「そんな必死になってやるようなもんでもないだろ。ただの中学の部活だぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

(…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?野球部?」

 

「ああそうだ。お前にはうちの野球部に来てもらう」

 

「いや、オレは…高校でスポーツをやるつもりはナくて…」

 

「ルカ・カネシロ。中学から野球を始めてたった半年で頭角を現し瞬く間にエースになった期待のルーキー…お前で間違いないよな?」

 

「…!」

 

「…そんで、その後は打率も結果も右肩下がり。2年に上がってからの出場記録は無し、公式戦どころか練習試合にすら出てない。何があった?その才能が泣いてるぞ」

 

「…オレがいないホウが、チームにとって良かったんダ」

 

「はぁ?なんだそりゃ、部員達に妬まれでもしたか?」

 

「っ…」

 

「…ふーん。ま、天才には付き物だよな。僻み嫉みは」

 

「…」

 

「自分のせいでチームが壊れる…なんて、中学生にとっちゃ十分すぎるトラウマだ。そう簡単に払拭できるもんじゃねえよな」

 

「…そう思うナラ。もう放っておいてホシイ」

 

「いーや引かないね。お前がやってた野球がどんなもんだったかは知らねえが…俺は来年、新しい野球部を作る。そのチームの攻撃の要に、お前がほしい」

 

「!…きっト、そこでも繰り返すだけだよ。また前みたいに…」

 

「ハッ!まあそうなる可能性だって0じゃねえな。…だが、退屈はさせねえよ。甲子園優勝なんかじゃ収まんねえ、それよりももっとすげぇ景色を俺は見てる」

 

「…え?」

 

「俺の所に来い!!!ルカ!!!面白ぇもん見してやるよ!!!」

 

 

***

 

 

あのセンパイだって野球が好きで始めて、オレが来るまではエースとしてチームを引っ張る存在だったはずだ。今思えばあの言葉だって、悔しい気持ちを抑えてただ虚勢を張っていただけなのかもしれない。

 

それでもオレには辛かった。エースのセンパイすら俺と同じ熱を持っていなかった。

 

 

 

…もしくは、オレがそのセンパイの心を折って、元々持っていた熱すら消してしまった。

 

 

 

だから、野球を諦めた。そんな気持ちを抱えたまま楽しめずに続けていって、いつか好きで始めた野球のことも嫌いになってしまうのが嫌だったから。

 

 

でもカイは違う。才能の差を見せつけられて、野球ができなくなると言われる程に肩を痛めて。それでも練習することを止めないカイはきっと、自分の選手生命の限界までその肩で投げ続けるんだろう。

 

 

 

その心が折れてもまだ終われないと、終わりたくないと立ち上がるカイは、オレがあの時求めてた熱を持っていた。

 

 

 

「…カントクに誘われた時、本当はシンパイだったんだ。新しいトコロでも勝手に期待して、また勝手に失望しちゃうんじゃないかって」

 

監督には「お前が続けられないって感じたならそこで辞めていい」って言われていた。だからチームが目指しているものとオレが目指すものが違っていたなら、そこで野球部を辞めようと思っていた。

 

 

 

『今回の大会、準優勝だったケド…みんなは、どう思った?』

 

 

 

「…でも、そんなシンパイいらなかった」

 

「…それが、勉強会の時の質問か」

 

「うん。嬉しかったんだ。みんなが悔しいって言ってくれたこと」

 

 

疑ったまま入った部活の仲間は、オレと同じ熱を持っていた。

 

 

ここでの野球は昔の記憶を振り切って、心の底から楽しいって思わせてくれた。

 

 

 

「カイはいつか言ってくれたよね。「オレに追いつく」って」

 

「うん⋯まだ、横に立てたとは思えないけど」

 

少し気まずそうな顔をするカイに、オレは首を横に振る。

 

 

 

「オレにとっては横にいたよ。あの時から、ずっと」

 

 

 

「…!」

 

追い付くなんてとんでもない。オレにとってはあの答えをもらった時からずっと、対等なチームメイトで、信頼できる仲間で、

 

 

 

 

 

大切な、かけがえのない友人だった。

 

 

 

 

 

「今オレがここにいるのは、ミンナのおかげなんダ」

 

みんながオレに支えられたって言うけど、オレだってみんなに支えてもらってた。神速に来ていなかったらきっと、もう二度と野球をすることもなかった。

 

本気で野球と向き合ってる人と会えたから。みんなが同じ方向を目指し続けてくれたから今の俺がいる。

 

 

 

「だから今度は、ミンナのタメに戦いたい」

 

 

 

それはチームの誰かが望んだことじゃない。監督もみんなもきっと、オレのことを支えていたなんて思ってない。

 

 

 

だからこれは、オレの勝手な恩返し。

 

 

 

「それがカイのしたいことなら、どんなことだってオウエンする。だからカイにも、もっとオレ達を頼ってほしい」

 

「…ありがとう」

 

 

 

 

「…だから」

 

「ん?」

 

「練習はダメ!治るまでゼッタイ!!!」

 

「ああわかったわかった…しばらく肩を使う練習はしない」

 

「ホント!?ボール持たない!?」

 

「本当。約束する」

 

「…わかった!」

 

 

 

 

 

「…ルカ」

 

「なに?」

 

「ルカがいてくれてよかった。ありがとう」

 

「…オレも!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー。ちゃんとやってるなお前ら」

 

翌日の練習の時間も昨日と同じ。開始の時間から少し遅れて学校の敷地へ入ると、そこにはいつも通り練習に励む部員達の姿があった。

 

「遅かったじゃん。もう勝手に練習始めてるけど」

 

「あ?黛、復帰にはまだ早いだろ」

 

しばらく休んでいいって伝えたはずだが、黛は今まで通りに練習に参加しに来た。

 

「うん。でも肩を使わなければ他は大丈夫だから、走り込みくらいはやっておこうかなって」

 

「へえ、そりゃあ殊勝なことで」

 

「あれ、そんな言葉知ってたんだ」

 

「なんだぁ!?そんなに肩ぶっ壊されてえなら今すぐぶっ壊してやるよオイ!!!」

 

「うるさ」

 

いつもと変わらない生意気な言動、まあ…メンタル面に問題は無しか。態度は相変わらず0点だけどな。

 

「カイ!今からランニング!一緒に行こう!」

 

「うん。じゃ、俺は行ってくるから」

 

「一生走ってろお前は。とっとと行け」

 

「はいはい」

 

黛を呼びに来たルカと共にスタート地点へと向かい、他の部員達と一緒に走り込みを始めだした。

 

「…ったく」

 

グラウンドを走る部員達を横目に悪態をつきながら、1人ベンチに腰を下ろす。

 

 

 

 

 

ルカは才能に恵まれた。故に凡才からその才を疎まれ、その才能を捨てようとした。

 

 

黛は才能に嫌われた。故に天才との差を思い知り、その才能に絶望して野球を辞めようとした。

 

 

 

黛は運に恵まれた。大きな絶望を目の前にした時、自分を支えてくれる仲間がすぐそばにいた。

 

 

ルカは運に嫌われた。大きな絶望を目の前にした時、同じ志を持つ仲間が周りにいなかった。

 

 

 

 

 

およそ対極の野球人生を歩んできたこの2人。正直、多少のいざこざやすれ違いが起こることは覚悟していた。

 

 

 

「ルカ、プティ、今度の練習試合の時の守備なんだけど───」

 

「…ウン、ウン。いいね!それでいこう!」

 

「ね、そっちの方がよさそう。流石黛さん!さすまゆさん!」

 

「サスマユサン!」

 

「別の人を指してる言葉だろそれはもう」

 

 

 

「…ま、杞憂だったな」

 

この苦楽を共にしてきた2年間、少なくとも俺はこいつらの衝突だの仲違いだのを感じてこなかった。ここまでみんなで支え合ってきたんだ。もう変なアクシデントを心配する必要も無いか。

 

黛もルカも他の3年も、このメンバーで一緒に野球ができるのは次の夏まで。

 

「なーに走りながら喋ってんだ!大会終わったからって気ぃ緩んでんじゃねえぞ!!!」

 

 

 

最後までこいつらを誰より近くで、誰よりやかましく応援してやろう。

 

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