シンソク 〜栄冠の軌跡〜   作:元灰オタク

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第20話です。これは3年目の入学式と、その少し前の話。

葛葉→星川サラ視点。


〜自己の探求を、他人と〜

 

『葛葉監督。ドラフト1位で黛灰を指名した理由ですが…』

 

『いや〜、まあそうっすねえ…』

 

 

 

 

 

 

 

『神速で思い出、作ってもらおうかなと』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋春2連覇と…ま、十分すぎる結果だな」

 

誰もいない静かな職員室の中で、そんなことを独り言ちる。今は春休みのため一部の部活以外は稼働しておらず、今日は特に職員の会議とかも無し。ということで、今日は野球部も練習を休みにして、俺は1人野球部のデータをまとめていた。

 

春の大会の試合結果、試合中の得失点の流れ、それよりも前の試合も含めた各々の打率や打点。部員達の身体能力や特徴なんかも可能な限り可視化できるよう事細かに数値化、言語化を行っていた。

 

「やっぱ流石だな〜ルカは。ここまでで盗塁回数30越えか」

 

そんな数値化された部員達の能力の中で、断トツに目を引くのがうちの攻撃のエース、ルカ・カネシロ。まず間違いなくU-18最強ショートだと断言できる本物の天才。

 

天才ってやつは本当に天才で、何を教えずとも勝手に学ぶし勝手に強くなっていく。だからルカには基本自由にやらせた。苦手なとこは最低限だけ抑えて持ち味の俊足をとことん伸ばして…その結果、2年生にして日本代表へと選ばれるほどの最高峰レベルの選手にまで成長した。

 

「それに比べりゃ…まだまだ足りねえよなぁ?お前も」

 

だが凡才はそうもいかない。一を聞いて十を知ることはできないし、努力を結果に直結させることもできない。

 

 

 

 

 

それでも、ただの凡才がほんのひと握りの天才に勝ちたいと夢を追うのなら、それ相応の努力と作戦が必要になる。

 

 

 

 

 

「…」

 

時々見返す、とあるツテで得た過去の非公式大会の対戦データ。

 

そのデータの中で一際目立つ、異質とも言える1人のピッチャー。数値化された能力を一目見ただけでわかる、常軌を逸脱した才能の持ち主。

 

 

プロの世界ですら僅かしかいない、160kmを優に超える高校最速の豪速球。

 

狙った場所に必ず投げれる、精密機械と呼ばれるほどの投球精度。

 

出場試合全てで無四球完投という異常な記録を叩きだした、無尽蔵の体力。

 

 

球速、コントロール、スタミナ、球種、キレ。投手として求められるあらゆる能力を超高次元で揃えた、歴代最強とまで謳われた1人の少年がいた。その少年はまさしく期待の星で、誰にも負けない輝きを持っていて、負ける姿なんて想像もできないほどの本当の怪物だった。

 

 

 

 

 

…だが、野球をやってない奴ですら知っている、至極当然な現実。

 

 

 

 

 

 

 

 "野球は、一人じゃ勝てない"

 

 

 

 

 

 

 

その少年をエースに置いたチームは、準優勝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

調子の善し悪し、捕手との相性、打者との噛み合い、時の運。この記録はどんなに強い投手でも打たれる時は打たれるし、負ける時は負けるっていう当たり前を俺に強く刻ませた。

 

 

 

 

だから俺が目指したのは、"全員が支柱となれるチーム"。

 

 

 

 

1本の大黒柱だけじゃいつか限界が来る。もしその大きな柱が折れてしまった時に、潰れてしまわないようなチームを。1人1人が戦える力を持って、折れた柱すら支えられるようなチームを。

 

そうして目指したのが"走力野球"。俊足を活かして守って攻める。それは至ってシンプルで、戦術と呼べるかすら怪しい代物。

 

筋トレ、短距離走、走り込み、体幹トレーニング。特別な人間じゃなけりゃできないことなんか1つだって無い。

 

どんな打球にも追いつく速さを、どんな送球にも追いつかされない速さを。ただひたすらに、疾く、迅く。全てを凌駕し置き去りにできるようなスピードを目指して。

 

 

 

この2年間、教えてきたことはこれ1つだった。

 

 

 

 

 

「ふっ…いっつも生意気なツラしてるくせに、いい顔しやがって」

 

優れた才は持ち合わせておらず、当時の能力は高く見積っても中の下程度。何度見ても取るに足らないどこにでもいる凡骨ピッチャー。

 

 

 

それでも俺は誰より先に、そんな凡才をエースに選んだ。

 

 

 

有象無象の中の1人だったその凡才は、長い時を経てチームを勝利へ導く大エースへと成長した。

 

 

 

努力が必ず報われるとは限らない。諦めなければ夢は叶うだなんて、気休めだって言うつもりはない。

 

 

 

(…だけどな)

 

 

 

夢を叶えるのはいつだって、諦めずに努力し続けた奴だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「思い出作れたかー、黛ぃー…まだまだ終わってねえからなー」

 

「失礼します」

 

ガラッというドアを開ける音と共に聞こえたのは、この2年間で飽きるほど聞いてきた低い声。黛だな。

 

 

…聞かれてたか?聞かれてないよな?別にわざわざ隠すようなことでもないが、本人に聞かれるのを想定してる発言ではない。

 

だがここで動揺するのも悪手。何事も無かったようにパソコンの頭から顔を出し、ドアの前で立っている黛と目を合わせる。

 

「何しに来たんだ?お前。昨日の練習中に「明日はオフにする」って言っただろ」

 

「その練習の終わり際に「明日は学校いるから何かあったら来い」って言ってたのは監督でしょ…」

 

呆れ顔で俺の方を見る黛。なんも覚えてねえけど多分言ったんだろうな、昨日の俺。

 

「ちょっと進路相談しようと思って…なんでそんな睨んでるの」

 

「…いや、気にすんな。それ相手俺であってる?」

 

「まあ不安はあるよね」

 

「は?」

 

思わずノータイムで反発しちまったが、黛の反応からしてさっきまでの独り言は聞かれてなかったと思っていいだろう。内心ホッと一息をつく。

 

それはそうと、進路相談?この2年間で俺の何を見てきたんだお前は。そーゆーのは学年主任とか担任とかそういう奴とやるもんだろーが。

 

「てか遅くね?進路希望調査ってもうちょい前に出すもんだろ」

 

「春の甲子園直前だったから担任の先生が気を回してくれたんだよね。ちひろとか天宮達はもう提出してたから関係なかったんだけど、俺はまだだったから」

 

「へえ…まあいいわ、別に話聞くくらいはしてやるよ」

 

「どーも」

 

ま、一応教師の立場だしな。ちょっとくらいは聞いてやるか

 

 

 

 

 

 

 

「ま、そりゃ空いてるよな」

 

ガチャリと開けた相談室の扉の中は窓から陽の光が差し込んでいるだけだった。ただでさえ学校に来ているのはほんの一部の教師と生徒だけなんだ、流石に今相談室を使ってる奴なんて他にいねえか。

 

奥のソファに腰をかけ、黛に机を挟んだ手前のソファに座るよう促す。

 

「んで?」

 

今更前置きとかいらねえだろ。黛が座ったのと同時に早速本題に入る。

 

「今年の夏に最後の大会があるでしょ」

 

「ああ」

 

 

「俺、それが終わったら転校するから。今までありがとね」

 

 

「ああ」

 

 

 

 

「…あ?」

 

 

黛の口から発せられたなんでもないような声色。そしてそれからはまるで感じられない語られた内容の重さに、思わず自分の耳を疑った。

 

「それで、神速を辞めるにしても進路は決めとくべきだと思うし色々考えてるんだけどまだ迷ってて…」

 

「待て待て待て。は?お前転校すんの?なんで?」

 

「それは…まあ、家の事情で。本当は3年に上がる時のはずだったんだけど…「夏までこっちで野球をさせてほしい」って我儘言って伸ばしてもらったんだよね」

 

「…そうか」

 

転向の理由が家の事情…そういやこいつ、施設育ちだったか。

 

「で、転校から半年もしたら高校卒業だから、先に自分の将来のことは考えておいた方がいいかなって思って」

 

…いや、それがどんな内容でも俺から口出しできることは無いし、余計な詮索なんかするもんじゃねえな。

 

「まあそういうのは早いに越したことはねえもんな…」

 

せめて黛にどんな道が望ましいかと、あれこれと思考を巡らせる。

 

黛は仏頂面こそ目立つが、コミュニケーション自体は上手い方だし頭だって悪くない。豊富な知識の引き出しに加えてユーモアもある。文系理系に問わず、どの方向に進んでもまず失敗はしないだろう。

 

「一旦大学行っとくか?今どきの若モンは大学行ってからやりたいこと探す奴とか多いんだろ?」

 

「あー…まあそうらしいけど」

 

ありきたりな解答だがまあ進学が第1候補にはなる。そんで就職が第2候補。

 

こいつが営業に走り回るとは思えないが、パソコン関係に強いのは知ってる。とっとと就職してそっちで必要なスキルを学ぶってのも悪くない。

 

 

黛がやりたいことやんのが1番いいけどな。そうなると野球関連か?俺が知ってるこいつは…

 

 

 

 

 

俺がずっと見てきた、黛灰って人間は…

 

 

 

 

 

 

 

「あー…黛、お前さ…」

 

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どうしたの、監督」

 

「…いや、なんでもねえ。このまま就職すんならスカウトとかどうだ?中学からやってきただけあって野球についての知識は十二分にあるし、データ化した次の人材を〜みたいな?」

 

これを言うのは、俺のエゴ。出かけた言葉を噛み殺し、浮かんだ選択肢の中からそれっぽい案を黛に伝える。

 

「意外とプロ行かなそうだよなあ、お前。そっちはなんか考えてねえの?」

 

こいつがプロに行って他のプロだの世界だのと戦う姿なんか想像もつかねえが…まあ、候補の1つには入ってくる。まだ多少鍛え足りねえ部分こそあるが、それでも十分プロに行けるレベル。

 

 

ドラフトに選ばれる為の評価はこの2年でもう手にしている。もしこいつがまだ野球を続けたいと思っているのなら、そういう選択だって…

 

 

 

「…ああ、そう。それも言わなきゃいけないと思ってたんだけど…」

 

 

 

「あ?」

 

 

 

 

 

 

 

「俺、この夏までしか続けられないみたい。野球」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…は?」

 

 

 

頭を殴られたような気分ってのは、こういうやつなんだろうか。少しだけ間を置いて黛が放ったそれは、先程のものより更に強い衝撃を俺に与えた。

 

口にしたのはたった一言。それでも黛が零したように呟いたそれは、俺の思考を止めるのに十分すぎる力を持っていた。

 

「他の部員には言ってんのか?」

 

「ルカには成り行きで。他の人には言ってない」

 

「「みたい」ってのはどういうことだ?理由は何だ?」

 

「それなんだけど…ごめん、この前は嘘ついた。肩の炎症、あんまり良くないらしくて。このまま野球を続けていたら肩が持たないって言われたんだよね」

 

「…聞いてねえよ。ちゃんと報告しろ」

 

軽いケア程度じゃなく手術が必要なレベルの肩のケガ?ケガと疲労には細心の注意を払ってメニューを組んでたはずだ。練習だって違和感があったら切り上げさせてた。

 

にも関わらず、ケガをする部員が出た。それもうちの大事なエースピッチャーが。試合で投げさせすぎたか?メニューが適量じゃなかったか?何が悪かった?どこで間違えた?

 

 

 

 

 

 

 

…壊したのは、俺か?

 

 

 

 

 

 

 

「…今、酷い顔してるけど」

 

「!あ〜悪い悪い。まあ何?ちょ〜っと考え事をだな」

 

少なくとも、今こいつに"酷い"と形容されるような顔はするべきじゃない。声を整え表情を繕い、あくまでいつも通りの自分を装う。

 

「何考えてるか知らないけど…監督が気にすることじゃないよ。多分原因はオーバーワークだし」

 

「それで気にしない方がどうかしてんだろ。それならオーバーワークになるようなメニューを組んでたってことだ。他の奴らのメニューも見直さねえと…」

 

 

 

「いやそうじゃなくて、個人メニューとは別で俺がやってた練習のせいだと思うから」

 

 

 

こいつは今日だけで何度俺の頭を殴るつもりなのか。黛の言葉を正しく理解するには、今の俺には数秒の時間が必要だった。

 

「…はぁ!?お前!はぁ!?過剰な練習はするなってあんっっだけ言って来ただろーが!」

 

「監督はそう言ってたけど、俺にとっては過剰じゃない。いくらやったって足りないでしょ」

 

どこまでも澄ました顔で淡々と喋るこいつに、心配を通り越してもはや怒りさえ湧き出てくる。

 

 

思えば黛灰はこういう奴だった。いつでもこいつは冷静な顔で、鼻につくような生意気さで、時たま訳わかんねーこと言い出して…そんで、諦めだけは人一倍悪い奴だった。

 

その異常ともいえる諦めの悪さで努力を積み重ね続けてきた2年間。この2年で黛には何物にも折れない精神力が、チームを勝利に導けるほどの投手のしての実力が身についた。

 

それがこの神速というチームを勝たせてきた一因だということは、誰も否定する事のできない事実。

 

「俺は自分の選択が間違ったとは思ってないし、この先でそれを悔やむつもりもないよ。残り半年…もないけど、まさか投げさせないなんて言わないよね」

 

「っ…」

 

黛の発言に俺は言葉を詰まらせる。こいつは神速の大事なエース。勝利を望むのならうちにはこいつが必要不可欠。

 

 

 

そしてそんなチームの事情以上に、過去に放った俺自身の言葉がその選択を許さない。

 

 

 

「…まあ、ありがとう。あくまで今の進路希望だし、とりあえず進学って書いとく」

 

「あ、ああ…いや待て黛、まだ話は───「監督」

 

黛の中じゃこの数分で何かが解決したのか、腰掛けていたソファからすっと立ち上がって扉の方へと向かっていく。

 

俺はただ悩みの種が増えただけだ。まだ話は終わっていないと黛を呼び止めようとするも、そんな俺の言葉を遮るように、今度は黛が俺を呼んだ。

 

 

 

 

 

「後悔、させてくれないでよね」

 

 

 

 

 

その言葉を言い残して、黛は部屋から去っていった。

 

 

 

「…マジかよ、あいつ」

 

 

 

 

 

「なんで…なんてのは、野暮か」

 

診断を受けた時点で治療に専念することだってできたはずだ。将来野球を続けることを考えるならそれが今取れる最善の選択。

 

それでも黛は治療することを選ばなかった。将来の自分にとって最善の選択を拒んででも、あいつは今ここで野球をすることを選んだ。

 

 

理由なんか聞くだけ無駄だ。返ってくる答えは分かりきってる。

 

 

 

 

 

きっと、黛は─────

 

 

 

 

 

 

 

「…どうせ止めたって止まんねえんだろ。馬鹿野郎」

 

 

 

 

 

黛が出ていったこの部屋に、俺の深い溜息が静かに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃあ、勝たせてやんねえとなあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風が少しずつ暖かくなって、丁度桜が咲き誇って見頃を迎えるこの季節。そんな春真っ盛りの中で迎えた入学式、いくらあの監督といっても流石にこんな日まで朝練はさせなかった。いつもより随分と遅い時間に寮を出た星川は、野球部としては珍しく一般生徒と同じ時間帯に登校していた。

 

「ふあぁ…」

 

寝すぎて眠い…なんて、プティみたいなこと言いたくないんだけど。通学路を歩いている最中に不意に欠伸が出てしまった。誰かに見られていないかと辺りを見渡したけど、幸い近くに知り合いはいない。

 

…いや、だからといって知らない人に見られるのが恥ずかしくないなんてことはないんだけどね。少し頬を赤らめながら平然を装って、でもちょっとだけ早足で学校に行くことにする。

 

 

気を取り直して前を向くと、少し遠くに見覚えのある後ろ姿が見えた。普段星川からは見えないけど、みんなからの期待と信頼を一身に受ける背中。ちょっと頼りない見て呉れに反して、チームを誰より支えてくれる大きな背中。

 

そんな頼りになる細い体へ向かって、人目も憚らずに走り出した。

 

 

 

「ま〜ゆず〜みセ〜ンパイ!」

 

 

「っと。ああ星川、おはよう」

 

後ろからこんな可愛い後輩がボディタッチしてるのにこの人はいつもとちっとも変わんない普通の顔。もうちょっとなんか面白い反応してくれてもいいと思うんですけどね。まあされたらされたで困るんで別にいいんですけど。

 

「あれ、黛センパイメガネやめたんですか?イメチェン?」

 

振り向いた黛センパイの顔を見ると、いつもかけている黒縁の眼鏡の姿は無かった。3年に上がるのと同時にコンタクトにしたっぽい。

 

「イメチェンというかまあ、気合いを入れ直そうと思って…変?」

 

「いやもうめっちゃ良いですよ!星川今の方が全然好きかも!」

 

「ふーん、今までの俺のことはあんまり好きじゃなかったんだ」

 

「え、だっる!星川今そんなこと言ってなかったじゃないですか!黛センパイ捻くれすぎ!!!」

 

言葉の隙を掻い摘んでどころか、ない隙を強引に見つけて星川のことをからかってくる黛センパイ。前は結構「めんどくさ!」って思ってたけど…今じゃもうその面倒くささにも慣れてしまった。相性が良かったのか黛センパイの人柄の良さなのかは分からないけど、自分でも正直、ここまで懐くとは思ってなかった。

 

 

 

「ねえあれって…甲子園で投げてた黛先輩?」

 

「え、だよね。あんな感じだったっけ…ちょっとイケメンかも…」

 

 

 

「…ふふん」

 

「…何かいい夢でも見た?」

 

「別に〜?なんでもないで〜す」

 

周りの声に耳を澄ますと、通り過ぎる生徒たちから黛センパイのことを話してるのが聞こえる。自分の先輩が褒められているのを聞くと、星川もちょっと気分がいい。

 

 

 

「あ、サラじゃん、おはよ〜…?」

 

「サラ〜おはよ…え!?」

 

「あ、おはよー」

 

そんなやり取りをしながら歩いて校門に着いたあたりで、車道の向かい側にいる同級生達の姿が見えた。軽く手を振って挨拶を返すけど、2人はこっちを見て目を丸くしたまま。

 

空いた口を塞ぐこともせずに何度か黛センパイと星川に交互に目を向けた後、今度は星川にだけ見えるように小さく手招きをした。

 

 

「あー…黛センパイ、星川ちょっと行って来ていいですか?」

 

「ちょっと?もう学校着いたんだし友達と一緒に行った方がいいんじゃない?どうせ放課後に部室で会うでしょ俺達」

 

「はー…まだチャイム鳴るまで時間あるじゃないですか。可愛い後輩がまだお話ししたいって言ってるんですからちゃんと言うこと聞いてあげた方がいいですよ」

 

「あんま自分で言うなよお前」

 

「あれ、てっきり否定されると思ったんですけど。星川のこと可愛い後輩だとは思ってくれてるってことですか?黛セ〜ンパイ?」

 

「先行っていい?俺」

 

さっきの仕返しだと言わんばかりに、今度は星川がめんどくさい後輩としてだる絡みをする。眉間にしわを寄せてダルそうな目でこっちを見る黛センパイ。なんですかその顔、黛センパイが普段星川にやってることと全然変わんないですからね?

 

黛センパイはちらりと校舎の中央に付いてる時計に目を向けた後、観念したように溜息をついた。

 

「…ま、別に急いでいく用もないか。いいよ、行ってらっしゃい」

 

「はい!」

 

文句は言うしダルそうな態度も取るけど、それでも最終的にはなんだかんだ星川のワガママを聞き入れてくれる。仕方ないと顔に出しながら良いセンパイを演じてくれる、元から普通に良いセンパイ。

 

黛センパイに元気良く返事をして、同級生の元へ小走りで向かった。

 

 

 

 

 

「ごめ〜ん!ちょっとセンパイと話してて!どうかした?」

 

「いや全然。むしろごめんね?邪魔しちゃって。ちょっと気になっちゃって…」

 

1年の時に同じクラスで仲良くしてたグループの2人。さっきの手招きの要件を聞く。

 

「サラ、さっき横にいたのって黛先輩だよね?なんかその…雰囲気変わった?」

 

「黛先輩ってもっとオタクっぽくなかったっけ」

 

「…ぷっ!いや失礼すぎでしょ!あはははは!!!」

 

もっと何か上手い言い方があるでしょ。配慮の欠片も感じられないあまりに直球な発言に、思わず笑いが込み上げてくる。

 

変わったのは眼鏡をコンタクトにした一点だけ。だけど前よりもスっとしたっていうか、元があんまりその感じを出してなかったっていうか…

 

…まあ、気を遣わないで言うなら、ちょっと陰キャっぽかった。これ言ったら怒られるかな、あの人が本気で怒ってるの見たことないけど。

 

「眼鏡外しただけで随分印象変わるな〜。ちょっとかっこいいかも」

 

「ね、わかる」

 

肌は白いし、体つきはひょろっとしてるし、傍から見ればとても運動部とは思えないような要素しかない黛センパイ。

 

そんな人が甲子園でチームのエースを張ってて、その投球で神速を優勝に導いて、おまけに見た目もかっこよくなったときたらギャップだらけでそりゃ注目の的にもなる。

 

 

「…ま、黛センパイのかっこいいとこは顔だけじゃないんだけど」

 

 

ただ、顔ばっかり褒められてるのは、なんだかちょっと気に食わない。黛センパイの本当にかっこよさは、そのつまんない顔の内側にあるから。

 

「何〜?私はみんなより黛先輩のこと知ってますって話〜?」

 

「え?サラちゃんこれって?」

 

「ねえ絶対言うと思った!そーゆーのじゃないから星川!」

 

ニヤニヤしながら星川のことを突ついてくる2人を手を振って払う。黛センパイのことは大好きだけど、それは1人の先輩としてって話で、1人の人間として尊敬してるってだけ。

 

…まあ、そんなことを真面目に語っても恋バナに飢えてる女子高生がまともに聞いてくれるはずもない。2人が入れてくる茶々にうんざりしながら黛センパイの方に目を向けると、同級生の女の子が黛センパイに近づいて行く姿が見えた。

 

「ま、黛先輩!おはようございます!練習頑張って下さい!」

 

「…?うん、おはよう。ありがとね」

 

淡白な黛センパイの返事に「キャー!」黄色い声が飛ぶ。今ならルカセンパイみたいにファンクラブでもできるんじゃないかな。

 

 

 

「な〜にクールぶってんだ黛ぃ!!!」

 

 

 

「いった」

 

 

 

騒音…じゃなかった。いや、騒音ではあるんだけど。

 

スパンと叩くハリセンの音と共に、黛センパイの横に監督がすっ飛んで来た。

 

「急に何すんの、監督」

 

「いや〜、気の抜けてるお前に喝を入れてやろうと思ってな」

 

「これ体罰って訴えてもいいんだけど」

 

「は?どう考えても愛のムチだろ。ありがたく受けとって感謝の言葉でも述べとけ」

 

なんであの人ハリセンなんか持ってきてるんだろう。昭和とか古い漫画に出てくる教師じゃないんだから変に目立つ物なんか持ってこないでほしい。

 

「はは…カントク、今日も元気ダネ」

 

「ほんと、騒がしいったらありゃしないよねぇ。おはよー監督、まゆゆ」

 

「聞いて2人とも。今この人が俺に体罰を⋯」

 

「おうルカ、ちーさん。お前らにも俺からの愛を受けさせてやるよ」

 

「その最悪の言い回しにはあえて触れないけどもしハリセンのことを言ってるんだったら遠慮しとくよ」

 

後から来たのはちひろセンパイとルカセンパイ。心なしかルカセンパイはいつもより元気なさそうに見えるけど、監督のハリセンにはしっかりNoを示している。

 

監督とセンパイ達がやいのやいのと言い争っているのを、登校中の生徒達がみんな横目で見ている。まあ流石に目立つよね、校門のすぐそばで何やってるんだか。

 

「…野球部っていつもあんな感じなの?」

 

「まあ大体ね…ほんっと、変な部活でしょ?」

 

2年前に神速に来て急に野球部を作り出した変な監督と、それについてく一癖も二癖もある部員達。他の部活と比べたら少しなんて言葉じゃ収まらないくらい変わってる環境に身を置いていることについては、残念ながら自覚があった。

 

 

 

「ふふっ…うん。でも、良かった。良い部活なんだね、野球部」

 

「なんだ、みんな楽しそうじゃん。ああいうの好きだよ私」

 

 

 

「…!」

 

星川の想定とは違った2人の発言に、ちょっと驚いた。

 

野球部以外の生徒から見える私達の部活は、厳しい練習をやらされてる星川達とそれに向かって叫び散らす監督だけ。いくら結果を出してもその光景は変わらないし、4月に新入部員が次々辞めていったのもあってか、野球部自体にあまり良い印象は持たれてなかった。

 

きっとこの2人もそう、別に野球部に良い印象は無かったと思う。でも今のセンパイ達と監督の少しのやりとりから、普段の空気とかお互いの信頼とか、多分そういうものを読み取って…

 

 

 

星川が好きなこの野球部を、良い部活だと言ってくれた。

 

 

 

「…でしょ!」

 

我ながら良い友達を持ったもんだ。私も2人の言葉に対して、ニッと笑って答えた。

 

「じゃあ星川もうちょっとセンパイのとこ行ってくるから!また後でね!」

 

「「サラ〜!部活頑張ってね〜!」」

 

「ありがと〜!」

 

 

 

 

 

「ちょっと監督!黛センパイのこと叩いたの見てましたからね!後で他の先生に言っときますから!」

 

「やべっ。ちょっとホセイカワさ〜ん、勘弁してくださいよ〜」

 

「誰ですかホセイカワさん」

 

神速高校入学から今日で1年、長い時間をかけて監督との距離も、ようやく縮まってきた気がする。っていうか絶対星川が監督のことあんまり信用してなかったからなんだけど。少しずつ監督がどういう人なのかを知って、どういう接し方が丁度いいのかを掴んできたってのはあるかも。

 

「葛葉先生!今日は入学式なのでいつもより早めに集合ですとあれほど伝えましたよね!?」

 

「あ、スイヤッセーン」

 

 

 

まあやっぱり、全然意味わかんないこともあるんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

「ルカ先輩朝からずっと全然元気ないですけど…何かあったんですか?」

 

「どうもルカ達の妹が遠くの学校に通うらしくてさ、しばらく会えなくなっちゃうって落ち込んでるみたいなんだよね⋯」

 

「ああ、それで…」

 

始業式やらガイダンスやらを終えて、部室でこれから来る新入生の姿を待つ。

 

そんな中今星川達の目の前で、背中を丸めて机に突っ伏してるルカセンパイ。登校の時に見た姿からいつもみたいな覇気も明るさも無く、とてもチーム1の選手だとは思えないような哀愁をその背中から放っている。

 

っていうかルカセンパイ妹もいたんだ。アルバーン君もルカセンパイと一緒に野球始めたって言ってたし、妹さんも野球やってるのかな。

 

「ルカ、もうそろそろ新入生来るから。元気出して」

 

「今年は何人来てくれますかね〜」

 

「う〜ん…どうだろう?でもあまみゃ達一応秋春の大会を連覇してるわけだし、少ないってことはないんじゃないかなあ」

 

「今年はスカウト行ったのかな〜。監督そういうの全然教えてくれないけど」

 

「恥ずかしがり屋ですからねえ、ウチの監督は」

 

「確かに…っと、早速来たかな?どうぞ〜!」

 

そんな雑談をしていると、部室のドアをコンコンとノックする音が響いた。少し意識して耳を向ければ、部活棟に響く足音も雑音も、普段のものよりずっと多い。

 

「し、失礼します!野球部ってここであってますか!?」

 

ガチャリと開いたドアの方を見ると、部室内の様子を伺っている1年生が数人。見てわかるくらいに緊張してる子、自信に溢れた目をしている子。去年の星川達もセンパイ達からこんな風に見られてたのかな。

 

それぞれの気持ちに多少違いはあるとは思うけど、ここに来る全員がこの神速の野球部に興味を持って来てくれた人。センパイ達と、星川達と、一緒にこの部活を繋いでいこうとしてくれてる人。

 

意図せず緩む口元を抑えて、でも少しだけ笑顔に乗せて、新入生達へと顔を向ける。

 

 

 

(…今度は、星川達の番なんだ)

 

 

 

去年の星川達がセンパイ達に、そうしてもらったのと同じように、

 

 

 

「もちろん!入部も見学も大歓迎!ほら、入って入って!」

 

 

 

これから一緒に走っていく仲間達を、盛大に迎え入れてあげよう。

 

 

 

「ようこそ!神速高校野球部へ!!!」

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