シンソク 〜栄冠の軌跡〜   作:元灰オタク

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第5話です。これは1年目夏の大会の話。

勇気ちひろ視点→葛葉視点


〜一旦戦場出てみませんか?〜

 

「なんだちーさん、緊張してんのか?」

 

「いやするよ、大会なんて初めてだもの。しない方がおかしいよ」

 

今日から高校野球夏大会、甲子園出場をかけた地方予選が始まる。私達も大会に参加し、今は試合前に控え室で直前のミーティングをしていた。

 

前から野球をやっていたまゆゆやルカと違って、ちひろ達にとっては初めての大会。したくなくても緊張するし、手が震えて落ち着かない。

 

「まあ緊張はしていい。すんなって言ってどうにかなるもんじゃねえしな」

 

「あ、そういうこと言ってくれるんだ」

 

「そんだけ真剣に向き合ってるって証拠だからな。しすぎってのはアレだが、慎重になれるのは悪いことじゃねえ」

 

むしろ「気合いでどうにかしろ!」ってタイプだと思ってたから、監督からそんな言葉が出たのは意外だった。

 

「びびって勝てたなら、それでいいだろ?」

 

そう言ってちひろの肩を叩く監督は、ちひろの方を向いているのにどこか違うところを見つめているような感じがする。何かそーゆーことあったのかな、昔。

 

よし、と言って手を叩き、監督がみんなの注目を集める。

 

「初戦の相手は臼杵高校。評価はD」

 

「D…何?」

 

「ああ、向こうの強さのランクみたいなやつ」

 

スポーツのそういう評価って「中堅」とか「強豪」みたいな感じだと思ってたんだけど…アルファベットって、ゲームじゃないんだから。

 

って思ったけどまゆゆやルカは特に反応してなかった。ちひろが知らないだけでそういうもんなのかな。

 

「ちなみに俺達の評価は…多分Eとか」

 

「それ確実に向こうより低いよね?」

 

監督の言葉に予測が入り交じっているから正確には定まってないんだろう。評価ってことは外部からの指標だろうし、まだこの前の練習試合しか対戦してないからまだちゃんと測れてないよね。

 

だけど監督は、それでも相手の方が強いと言っている。

 

「格上ってこと?初戦からそんなのきついよ…」

 

「俺達は今年できたばっかりだからね。しばらくはどこも格上だと思うよ」

 

嘆くこころんに仕方ないと諭すまゆゆ。むしろ1年と助っ人だけのチームが格上になれることなんかそうそうない…ていうか、この部活がおかしいだけだからね。

 

「まあ悪いことばっかじゃねえ。勝てりゃ地力も評判も上がるだろうし…負けたらそうやって言い訳すればいいんじゃね?」

 

「うっわ…嫌な言い方…」

 

「今それを言ったことで言い訳に使えなくなるんだけど分かってて言ってるよね?」

 

そんなこと言われちゃったらもう使えないよ。予防線を消してくる監督に思わず溜息が出る。

 

…でも。

 

「でも関係ないよ。負けるつもりは、毛頭ない」

 

全部勝つくらいの気持ちだとまゆゆが言い切り、ちひろ達もそれに頷く。

 

それに対して、監督もニヤリと笑った。

 

「試合の細かい指示は追って出す。相手が格上だからこそ、気負う必要はねえ。出せるもん全部!出し切ってこい!!!」

 

「「はい!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

『さあ始まりました、夏の高校野球県大会。甲子園への切符を掴むのはどの高校になるのか』

 

 

 

練習試合の時には無かった実況の声。上の席に見える観客達。これが大会の空気かと呑まれそうになる。

 

「チヒロ、大丈夫。行こう!」

 

そんなことを考えながらグラウンドで立ち止まっていると、トンっとルカに背中を押された。

 

そうだよね。こんなとこで気弱になってちゃだめだ。顔を左右に振って気合いを入れ直す。

 

今からここで始まるのは、これから作る神速野球部の歴史に、最初に刻まれる公式戦。

 

「私達が、勝つ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『臼杵高校!初球からボールを客席まで飛ばします!神速高校、追いかける形となりました』

 

初球からホームランとは豪快な1番だ。向こうの3年はこれが最後の夏、当然気合いも十分って感じ。

 

まずは先制点は相手の高校。

 

「大丈夫大丈夫!取り返してこー!」

 

「ドンマイ!カイ!」

 

「…うん」

 

 

 

初球のホームランは予想外だったが、その後はまゆゆの好投で失点を抑える。

 

 

 

 

 

『1年生ルカ君!大きく打って打球はフェンスまで転がっていきます!神速高校、これで逆転!』

 

「いいぞお前ら!順調順調!」

 

攻撃はルカを中心に組み立てる。助っ人の先輩達もかなり調子が良く、練習以上のパフォーマンスを魅せる。

 

 

 

 

 

「よくやった黛。よし、ザレンさん!行ってこい!」

 

「お疲れ黛クン。じゃ、残りもパパッと抑えて、試合決めてきちゃおっかな」

 

まゆゆと交代で出たギルるんも、気負うことなく自分のピッチングをする。1点取られちゃったけど、それでも格上相手には十分すぎる結果。

 

 

 

 

 

最終的な得点は5-2。滑り出しには悪くないスコアで、無事に公式戦初勝利を収める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺がエースなんてやめた方がいい」

 

試合が終わった後、控え室で黛が突拍子もないことを言い出した。皆が手を止め、黛の方を向く。

 

「どうしたのまゆゆ?試合は勝てたしそんな急に…」

 

「この前練習試合でも今の試合でも、俺が打たれて先制点を取られてからのスタートだった。エースを任される者としてこの体たらくは…あまりにも不甲斐ない」

 

黛の言う通り、確かに2試合とも向こうに先制点を取られてからの試合運びだった。

 

だがそんなもんはざらにあるし、たった2試合で測れるもんじゃないだろ。俺も天宮達も気にしてなかったし、そもそもお前その後抑えまくってただろ。

 

しかしこいつの中ではそうもいかないらしい。深刻な表情で黛が続ける。

 

「攻守共に磐石なルカの方がエースに適してる。それに…」

 

 

 

 

 

「俺は…この世代の投手として、凡才以下だ」

 

 

 

そういう黛の手にはグッと力が込められていた。

 

 

 

「だから───」

 

「ワン!ワンワン!」

 

「わっ」

 

黒井が黛に飛び、モフッという音と共に黛の顔に飛びかった。

 

「ちょ、キャプテン、どうしたの」

 

「ワン!」

 

黒井のおかげで緊迫した空気が紛れる。

 

「黛お前〜。笹木に言われたこと気にしてんのか?」

 

俺もそれに乗っかり、茶化す口調で話しながら黛の肩を組む。

 

「ウチは走力重視だ、すぐに結果がで出るとは思ってねえ。むしろしばらくは連敗…冬の時代が続く可能性の方が高い」

 

だが黛が真剣に悩んでいるのならこちらも真剣に答えを出す方がいいと、目付きと声色を一転させる。

 

「その間の神速を支えるのは、お前とルカの2本柱って決めてんだ」

 

ルカに目線を向けると笑顔が返ってきた。屈託のないその表情が、今はとてもありがたい。

 

「言ったろ?3年で最強の投手にしてやるって。こんなとこで止まってないで、しっかり付いてこい」

 

約束を反故にするつもりは無いと、迷った時は導いてやると、黛に言葉をかける。

 

 

 

「っていうかさあ、そんなこと言い出したら上手くリードできなかったちひろが悪いよ」

 

「いや…打たれてもあまみゃ達がしっかり捕れてれば失点しなかったもん。あまみゃ達がよくなかった」

 

「いや、別にみんなのせいじゃ…」

 

「ね?そういうこと」

 

「!」

 

ちーさんと天宮の言葉に対して黛が否定し…それにちーさんが笑って答える。

 

「まゆゆ!誰かのおかげってことはあっても誰かのせいなんてことはないよ!」

 

「ああ!オレたちはチーム!みんなで助け合っていこう!」

 

「天宮…ルカ…」

 

「しっかりしてよね黛クン。そんな調子じゃ次回からヴァンパイアにエースの座を譲ってもらっちゃうよ?」

 

「ワン!」

 

「いい仲間をもったな、黛」

 

「…ほんと、おかげさまでね」

 

そういう黛の顔は肩の荷が降りたような、スッキリとした表情だった。

 

「…でも、ギルザレンさんにまだエースを渡す訳にはいかないかな」

 

「お?言ってくれるねえ〜」

 

「ま、調子は戻ったな?次の試合も期待してるぞ。エース」

 

「うん、任せて」

 

 

 

 

 

 

 

「すまねえな、ザレンさん。損な役回りさせちまって」

 

皆が控え室を出て、2人きりになったところでザレンさんに声をかける。

 

エースにすると言った以上、先発はほぼほぼ黛で固定。ザレンさんは基本的に黛が降りた後に登板するリリーフとなる。メイン投手と違いあまり目立つことはないし、当然投球機会だって少なくなる。不満を持っていたっておかしくない。

 

「ん?ああいいよ。ヴァンパイア別にエースって柄じゃないでしょ?期待とかされすぎると疲れちゃうし」

 

いやまあ当の本人がいいならいいんだが…と思うが、それでも監督としては結構な懸念点だ。

 

するとこちらの意図が伝わったのか、ザレンさんの方から言葉を続けた。

 

「いやー、それにヴァンパイア好きなんだよね。何?影から支える縁の下の力持ちってやつ?やっぱ1番カッコいいんだよねあれがね、うん。監督クンもそう思わない?」

 

そうペラペラと喋るザレンさんの口角は、ニッと上がっていた。

 

「いやほんと、頼もしい限りだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルカたまら〜ん!!!POOOOOG!!!」

 

 

「ここはスクイズで確実に…よし!ナイスナイス!」

 

 

「やった!評価Cに勝った!」

 

 

その後も葛葉監督の的確な指示と采配、そしてチームの奮闘によって神速高校は接戦ながら2回戦、3回戦と快進撃を続ける。

 

いよいよ県大会の決勝、ここも勝てば甲子園というところまで登ってきた。

 

 

 

「さて、決勝の対戦校は…評価B!?」

 

「…あっ、ここ知ってるかも。このへんじゃちょっと名前が知れてる高校だよ」

 

「ええ…まだ強くなるの…?」

 

評価がBくらいになるとちらほら知っている名前の高校も出てくる。決勝に残ってくるような相手だ、当然一筋縄ではいかない。

 

決勝の相手は今までの対戦校よりさらに上の高校。今までだって薄氷の勝利だったのにまだ強くなるのかと、天宮が驚愕している。

 

「でも今まで倒してきたのだって格上だよ。今度も、きっと勝てる!」

 

「やることは変わらない」と、ちーさんがチームを鼓舞する。そうだ。相手が強くなっても、自分達のプレーをすればいい。

 

「決まったもんは嘆いても仕方ねえ。行ってこい!」

 

「「はい!!!」」

 

「ここも勝って!!!甲子園だぁ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや…1年目の夏なんてこんなもんでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

「1年生と助っ人だけで格上にも勝利、まして県大会の決勝までいけたなんて御の字だと思うんだけど、これ以上はちょっと高望みしすぎなんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、でも…それなりに覚悟してたつもりなんだけどな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ悔しいかな、負けるのは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1年目、7月。初めての大会は県大会決勝という、甲子園まであと一歩のところで敗退。

 

 

 

 

 

 

 

神速野球部始動からたった3ヶ月、その事実からは想像もできないほどの───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熱い熱い夏が、今終わった。

 

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