ボツ作品アルバム   作:外清内ダク

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神様ひっこし株式会社

神様ひっこし株式会社

 

 

1.方向音痴のキーコさん

 

 

 右半身を喰い取られ、それでも少年は生きている。生きるどころか爛々(らんらん)と両眼を憎悪にギラつかせ、大人どもの狼狽(ろうばい)を突き刺すように睨んでいる。その傷口は異様の一語。血の一滴も流れ出ず、むき出しの筋繊維はつやつやしく波打ち、切断された心臓の何事もなく脈動するさまさえはっきりと目で見て取れる。痛みも感じないらしい。少年の額に浮かぶ汗は苦痛ではなく、ただ闘志から湧き出たものだ。

 戦うつもりだ、少年は。この小さな神社に立てこもり、村中の大人を相手に徹底抗戦の構えなのだ。無論、しょせんは小学生一人きり。負傷した身に武器も無しでは勝てるはずない。それでも大人たちは気圧(けお)されていた。少年の断固たる気迫を前にして、社(やしろ)の入口から一歩も踏み込めずにいたのである。

「大変なことになった……」

 誰かの口から呟(つぶや)きが漏れた。同感しない者は一人も無かった。大人たちは数秒前まで殺(や)る気でいたのだ。剣スコップ、石頭(セット)ハンマー、薪割(まきわ)り鉈(なた)……あり合わせだが充分凶悪な思い思いの武器を持ち寄って、一戦交える覚悟で来たのだ。だがその意気は打ち砕かれた。彼らは悟った。もうコレはどうにもならない。自分たちの手で解決できる範囲を、とうに越えてしまったのだと。

「郁人(いくと)! 通してっ……郁人(いくと)ォ!」

 そのとき、女が人垣の背後から乱入した。呆然と立ち尽くすばかりの男たちを右へ左へ掻き分けて、細い身体を強引にねじ込む。少年の母親である。彼女は半狂乱で男たちの前へ出、社(やしろ)の戸口に駆け上がると、息子の無残な姿を目の当たりにして喉を引きつらせる。

「イッ!? ……くとォォ!?」

「ダメじゃ多田さんっ! 近づいたらおえん!」

 息子に駆け寄ろうとした母親の肩を、隣の男がとっさに引っ掴(つか)んだ。母親は鬱陶(うっとう)しげに身体をよじり振り払おうとする。信じられない力だ。野良仕事で鍛えた男の腕でも押さえきれない。母の想いとはこれほどのものか……結局、3人がかりで羽交(はが)い締めにして、やっとのことで引き止めた。

「放してェッ! 放してくだ……郁(いく)ちゃんっ!」

「落ち着かれ。下手に近づいちゃまずい。

 このっ……ア(・)レ(・)が見えんのか! 半身だけじゃ済まんくなるぞ!!」

 母親が息を飲む。男が社(やしろ)の奥を――少年の背後に隠れていたモ(・)ノ(・)を指さす。

「見ィ。騒ぎに反応して動き始めた……」

 大きさは太った子犬ほど。全身を包む赤黒い甲殻には小さな棘(とげ)が所々生え、細く短い2対4本の脚は床板を踏むたび硬い音を立てる。黒真珠を思わせる飛び出た目。引きずるほどの巨大な螯(はさみ)。全体の印象は蟹(カニ)のそれ。だが違(・)う(・)。尋常のカニであるはずがない。眼球には血も凍るほどの闇を湛(たた)え、少年の胴に己(おの)が脚を絡ませ、『これは俺のものだ』そう主張せんばかりの貪欲さで、カニはしきりに――

 喰っている。

 小さな口を休みなく動かし、螯(はさみ)で毟(むし)りとった少年の体を、一片(ひとかけ)ずつ、一片(ひとかけ)ずつ、カニは貪(むさぼ)り続けているのである。

「何!? やだあっ……何よあれ!?」

「神様に決まっとろうが。

 郁人(いくと)は御神饌(おみけ)になってしもうた。

 早い話が……生贄(いけにえ)じゃ」

 母親が膝から崩れ落ちる。男2人が肩を貸して彼女を山の下へ送っていく。残った男たちは畏(おそ)るべきものから目を逸(そ)らそうとするかのように社(やしろ)の戸を閉め、互いに顔を見合わせた。

「……どうしょう?」

「どうもこうも……」

「じゃけえ早(はえ)ぇとこお社(やしろ)ごと潰しゃ良かったんじゃ」

「今さら言(ゆ)うても始まるめえが? 郁(いく)ちゃんをどう助けるか考えにゃ」

「もう俺らの手にゃ負えんで」

「じゃあどうすんな? 見捨てるんか……?」

 重い沈黙。

「村長にかけ合(お)うて費用は出さす」

 最も年かさの村会議員が、岩のこすれるような声をあげる。

「専門業者を呼ぼう」

 

 

   *

 

 

「そうなんですぅぅ〜っ! 高速降りて道なりに来たつもりなんですけど迷っちゃってぇぇ〜っ……」

 左右を藪(やぶ)に挟まれた、車一台がやっとの細道。キーコはハンドルにすがり付き、半泣きで軽四を走らせる。インターチェンジからナビの指示通りに進んだつもりが、気づいたときには五里霧中。下は舗装が砕けてボロボロの悪路。上は枝葉がフロントガラスをガリゴリ削る。車ががっくんがっくん振動するたび巨乳がぼろんぼろんと振り回されて、痛いわ重いわ心細いわ。二度と人里に戻れないんじゃないか、なんて不安に襲われて、依頼主に電話で助けを求めてみれば、返ってきたのは溜息まじりの呆れ声。

〔駆除業者さん……ホンマに大丈夫?〕

 強烈な揺れで、片耳ハンズフリーイヤホンが落ちかける。おまけに舌を噛みそうで反論もうまく出てこない。

「やっ……ちがっ……『駆除』じゃなくてぇ、『おひっこし』なんですけど……」

〔なんでもええが、ワシら、ホンマに困りょうんじゃけど〕

「大丈夫ですっ! ちょっと地図が苦手なだけで、仕事はちゃんと……

 あっ! 見えた! 見えました! 良かったあ〜っ」

 もうこのまま遭難死するかと……なんて情けない不安は辛(かろ)うじて喉の奥へ飲み込んだ。キーコにとっては、コレが入社後初めて単独で任された案件である。顧客にナメられて土壇場キャンセル、なんてことになったら目も当てられない。

「はい、もう大丈夫です。もうすぐ着きますので……はいっ! ありがとうございます、それでは!」

 通話が切れた。鼓動が徐々に高まってくる。窓の外へ目を向ければ、先ほどチラリと視界に入った怪異の全体像が、丘を回り込むに従ってハッキリと見え始める。

 蟹(カニ)だ。

 山の上に、カニがいる。

 鋼鉄を思わせる甲殻から、突き出た棘(とげ)は槍の鋭さ。千年の大樹もかくやとばかりの太い脚を林に絡(から)め、しっかと山に食らいつく。

 その全長、実に300m超。

 巨大なカニの神様が、山ひとつを丸ごと抱きかかえたまま、はるか高所から村全体を睥睨(へいげい)している……

「でっかあ……」

 ようやくたどり着いた村役場の駐車場に車を止め、キーコは窓に胸を押し付けるようにしてカニ神の威容を見上げた。つい昨日受けた報告よりもさらに肥大化が進行している。容易ならざる事態である。

 だが、ここで怯(ひる)んでなるものか。

「ぃよっしゃ!!」

 ぱぁん!! と左右から己の頬を平手打ち。ちょっと強く打ちすぎてヒリつく頬の痛みをこらえつつ、キーコは車から飛び出した。迎えに出てきた依頼主の村議会議員に目を留めて、乳房を雄々しく振り回し、完璧に直角なお辞儀を繰り出す。

「今回担当いたします私! 『神様ひっこし株式会社』の歳星(としぼし)癸亥子(キーコ)と申します!

 なにとぞよろしくお願いしまぁーっす!!」

 

 

   *

 

 

「きっかけはまあ、ようある話ですわ。いま流行りの再生可能エネルギーゆうんですか? 『太陽光発電所を山の斜面に作ろう』ゆう電力会社の話に、村長が乗りましてな」

 件(くだん)の神社へと山を登る道中、村会議員はずっと眉間に深くシワを刻んでいた。いかに田舎の山道とはいえ、あまりにもひどい道である。下は泥々(どろどろ)、左右は全く手入れした様子のない藪(やぶ)、上には大きく枝が張り出しほとんどトンネルのようになっている。ベージュ色のワイドパンツに泥が跳ね、キーコは議員の後ろで涙目になっている。

(うわーん! 初仕事だからって気合入れていい服着てくるんじゃなかったバカバカバカバカ私のバカーっ!!)

「……で、山頂にある古い神社が用地にかかりまして。もう誰も参拝しようらんし、取り壊してしまおうと……駆除屋さん? ついて来ようるか?」

「『駆除』じゃなくて『ひっこし』ですっ。」

 

(ここでボツを決断。全く話が面白くない)

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