神様ひっこし株式会社
1.方向音痴のキーコさん
右半身を喰い取られ、それでも少年は生きている。生きるどころか
戦うつもりだ、少年は。この小さな神社に立てこもり、村中の大人を相手に徹底抗戦の構えなのだ。無論、しょせんは小学生一人きり。負傷した身に武器も無しでは勝てるはずない。それでも大人たちは
「大変なことになった……」
誰かの口から
「
そのとき、女が人垣の背後から乱入した。呆然と立ち尽くすばかりの男たちを右へ左へ掻き分けて、細い身体を強引にねじ込む。少年の母親である。彼女は半狂乱で男たちの前へ出、
「イッ!? ……くとォォ!?」
「ダメじゃ多田さんっ! 近づいたらおえん!」
息子に駆け寄ろうとした母親の肩を、隣の男がとっさに引っ
「放してェッ! 放してくだ……
「落ち着かれ。下手に近づいちゃまずい。
このっ……
母親が息を飲む。男が
「見ィ。騒ぎに反応して動き始めた……」
大きさは太った子犬ほど。全身を包む赤黒い甲殻には小さな
喰っている。
小さな口を休みなく動かし、
「何!? やだあっ……何よあれ!?」
「神様に決まっとろうが。
早い話が……
母親が膝から崩れ落ちる。男2人が肩を貸して彼女を山の下へ送っていく。残った男たちは
「……どうしょう?」
「どうもこうも……」
「じゃけえ
「今さら
「もう俺らの手にゃ負えんで」
「じゃあどうすんな? 見捨てるんか……?」
重い沈黙。
「村長にかけ
最も年かさの村会議員が、岩のこすれるような声をあげる。
「専門業者を呼ぼう」
*
「そうなんですぅぅ〜っ! 高速降りて道なりに来たつもりなんですけど迷っちゃってぇぇ〜っ……」
左右を
〔駆除業者さん……ホンマに大丈夫?〕
強烈な揺れで、片耳ハンズフリーイヤホンが落ちかける。おまけに舌を噛みそうで反論もうまく出てこない。
「やっ……ちがっ……『駆除』じゃなくてぇ、『おひっこし』なんですけど……」
〔なんでもええが、ワシら、ホンマに困りょうんじゃけど〕
「大丈夫ですっ! ちょっと地図が苦手なだけで、仕事はちゃんと……
あっ! 見えた! 見えました! 良かったあ〜っ」
もうこのまま遭難死するかと……なんて情けない不安は
「はい、もう大丈夫です。もうすぐ着きますので……はいっ! ありがとうございます、それでは!」
通話が切れた。鼓動が徐々に高まってくる。窓の外へ目を向ければ、先ほどチラリと視界に入った怪異の全体像が、丘を回り込むに従ってハッキリと見え始める。
山の上に、カニがいる。
鋼鉄を思わせる甲殻から、突き出た
その全長、実に300m超。
巨大なカニの神様が、山ひとつを丸ごと抱きかかえたまま、はるか高所から村全体を
「でっかあ……」
ようやくたどり着いた村役場の駐車場に車を止め、キーコは窓に胸を押し付けるようにしてカニ神の威容を見上げた。つい昨日受けた報告よりもさらに肥大化が進行している。容易ならざる事態である。
だが、ここで
「ぃよっしゃ!!」
ぱぁん!! と左右から己の頬を平手打ち。ちょっと強く打ちすぎてヒリつく頬の痛みをこらえつつ、キーコは車から飛び出した。迎えに出てきた依頼主の村議会議員に目を留めて、乳房を雄々しく振り回し、完璧に直角なお辞儀を繰り出す。
「今回担当いたします私! 『神様ひっこし株式会社』の
なにとぞよろしくお願いしまぁーっす!!」
*
「きっかけはまあ、ようある話ですわ。いま流行りの再生可能エネルギーゆうんですか? 『太陽光発電所を山の斜面に作ろう』ゆう電力会社の話に、村長が乗りましてな」
(うわーん! 初仕事だからって気合入れていい服着てくるんじゃなかったバカバカバカバカ私のバカーっ!!)
「……で、山頂にある古い神社が用地にかかりまして。もう誰も参拝しようらんし、取り壊してしまおうと……駆除屋さん? ついて来ようるか?」
「『駆除』じゃなくて『ひっこし』ですっ。」
(ここでボツを決断。全く話が面白くない)