ここから新章突入。
さあヒロアカ二次最大の山場の開幕だ。
C2-1 目指す理由
「―――お早う」
「「「相澤先生、復帰早えええ!!」」」
襲撃の翌々日朝。今までと変わらない調子で教壇に立った相澤先生にクラス一同の声が揃う。
目に見える治療痕は、頭と左腕に巻いた包帯、それからギプスに固められた右腕だ。
……やはり握り潰された右腕が特に重症だったんだろう。
「俺の安否はどうでも良い。何よりまだ戦いは終わってねぇ」
剣呑な言葉にざわつく一同を一瞥して、先生はいつになく力を込めて告げた。
「『雄英体育祭』が迫ってる!」
「「「クソ学校っぽいの来たあああ!!」」」
《……いや学校でしょうに》
どこかホッとした空気の込もった歓声の中に、わたしだけが呆れたような呟きを聞いていた。
―――人間の規格が変化したこの『超人社会』において、かつての『スポーツの祭典』に代わるものとされる年に一度の大行事。それが雄英体育祭。
全国のプロヒーロー達もまた、未来の
自身の実力、有用性をアピールし、プロに見込まれることが出来ればその場で将来が拓かれる、年に一回……計三回だけのチャンス。
ヒーローを志すなら絶対に外せないイベントである!
《―――まあ、せいぜい頑張りなさい》
(……やっぱり、そうなりますよね)
迎えた昼休み。
口々に体育祭へのやる気と意気込みを話し合うクラスメイトの声に紛れて、頭の中からこれ以上ないという程に無味乾燥な励ましが届いた。
分かってはいたし、安易に頼るつもりもなかったけれど、この大行事に『干渉』は全く興味を持っていないらしい。
《命が掛かってるわけでもなければ、この一回に人生が掛かってるわけでもない》
(プロからスカウトが来るかどうかは結構人生に影響すると思いますけど)
《それだって三度もあるうちの一回。それも特に大きな機会ってだけでしょう?》
(……まあ、そうですけど)
《雄英卒業者以外のプロヒーローだって幾らでも存在するわ。そもそもこの体育祭で活躍しなきゃヒーローになれないなら、他の高校のヒーロー科の存在は何よ?》
(…………)
いつも通り正論に正論を重ねて撃退された。ごねる暇もない。
周りで盛り上がっているクラスメイトを見ていると、温度差で悲しくなってくる。
《……あれだけの事があって、警備を強化するにしても強行する学校の姿勢も、ね。"私"のように『知られない』ことがメリットになる"個性"もあるでしょうに容赦無く全国放送というのも……》
「―――デクくん、歩ちゃん、飯田くん……頑張ろうね体育祭」
「顔がアレだよ、麗日さん!?」
『干渉』との話に集中しているうちに、いつもの三人がお昼の誘いに来てくれていたらしい。
そこでも話題は体育祭についてだったそうだが……何だかお茶子ちゃんが見た事のない顔で意欲を燃やしていた。
《……ああ、そうか。お茶子さんは……そうよね》
(『干渉』?)
ひとり納得している『干渉』にわたしが首を傾げている間に、気付けばデクさんがお茶子ちゃんの、顔がうららかでいられなくなるほどの意欲の源について聞いていた。
そこで返ってきた、究極的に言えばお金の為、という言葉でわたしも入学初日の事を思い出す。
「―――私は絶対ヒーローになってお金稼いで、父ちゃん母ちゃんに楽させたげるんだ」
(……これがお茶子ちゃんのヒーローを目指す理由なんですよね)
《友人として触れない約束はしたけれど……親の経済状況はどうしたって人生に影響するわよね》
力強くそう言い切ったお茶子ちゃんに、デクさんや飯田さんも感銘を受けた様子だ。
わたしがそう思っていると、頭の中からもほんの少し熱を含んだ呟きが聞こえる。
《……もし団体競技でもあったなら助言ぐらいはしてあげるわ。歩が足を引っ張らないように》
(うー……)
手厳しいなあと思う反面、少なからず安堵してしまうわたしが居た。
「―――そういえば、干河さんは?」
「えっ?」
「あ、確かに歩ちゃんの理由は聞いたことあらへんわ」
急に水を向けられ、少なからず期待を宿した三対の視線がわたしを射貫く。
……この話の流れを予想していなかったわけではないけれど……どうしよう。
「その……お茶子ちゃんの話の後だと凄く言い辛いんですけど……」
「私の後で? えっ、逆に?」
自分の動機を不純なものと言っていたお茶子ちゃんが首を傾げる。
それでも三人の眼差しに―――こちらはそれぞれの理由を既に聞いていることも相まって―――抗いきれずに口を開いた。
「……わたしが小さい頃、お父様が
「「「誘拐!?」」」
目を真ん丸にして驚く三人。
その様子に口元に苦笑いが浮かぶのを感じつつ、わたしは話を続ける。
「詳しい話を聞いたのは結構最近なので伝聞ばかりになりますけど……そのときの敵からは何故か身代金等の要求が無かったそうなんです」
「あれ、それ目的じゃなかったってこと?」
「歩ちゃんの実家って割とセレブやもんね」
実感を持ったのはお茶子ちゃんと話すようになってからだけれど、わたしの家は金銭目的の敵に目を付けられてもおかしくはないぐらいだったらしい。
……八百万さんの御実家に比べたら吹けば飛ぶような程度というのも最近知った。
「犯行声明すらなかったので当時の警察も行方不明者の捜索として近場を探すぐらいしか対応してくれなかったとか……いえ、仕方ないとは思ってますよ?」
「それはまあ、そうだよね。その時点じゃそもそも敵の犯行かどうかも分からないし」
「歩ちゃんのお父さんの事は知らへんけど、ちょっと連絡忘れて遠出しただけかも知らんし……」
「それで、その……当時のお母様は、お金に物を言わせて大量に人を雇ったそうで……」
「「「ああー……」」」
ここで三人とも、わたしが言い淀んだ理由を理解してくれたらしい。
お茶子ちゃんと目線が重なって、お互いに苦笑し合う。
「……こほん。まだ小さかったわたしがそのとき見ていたのが、お父様を案じて涙を流すお母様の姿でした。人前では気丈に振る舞って、でも自室では一人静かに泣いていらしたんです」
「それは……」
「実情はともかく失踪と見る動きもあったそうですし、今になって思うと親戚の方々からも色々と言われたりしていたのではないかと」
「…………」
赤の他人より近くの身内の方がひどい言葉を掛けてくることもある。
直接お母様に聞いたことはないけれど、まだ小さいわたしを抱えて大変な苦労をされたはずだ。
「そんなお母様に手を差し伸べてくれたのが……お父様を攫った敵を探し出し、助け出してくれたのが……とあるヒーロー、だったらしいです」
「『らしい』!?」
「誰なのかは分からへんの!?」
「いえその、お母様が言うにはちゃんとした雇用契約でない形での依頼だったそうで……バレるとヒーロー免許的にまあ、ごにょごにょ……な感じなのだそうで」
「……ああ、うん、そっかあ……敵による犯罪かどうかもあやふやだったんだもんね」
「法や規則の外で行動したヒーローということか……むむむ……」
「で、でも、そのおかげで歩ちゃんの家族が救われたわけやし……」
わたしのヒーローを目指す理由が話し辛い理由の二つ目がこれだ。
簡単に言えば子供の頃に見たヒーローに憧れて、で済むのだけど、詳しく話すとどうしてもそのヒーローのアウトローな行動を明かすことになってしまう。
「というわけで何処のどんなヒーローかは秘密……というよりわたしも知りません。お母様は当然知っているはずですけど……」
「あんまり深く聞いたらあかんやつやね……」
「で、でも規則を曲げてでも、泣いている人の為に手を差し伸べた立派なヒーローだよ!」
「そう……だな。人として尊敬すべき人物であることは確かだ」
「はい。だからこそわたしはその人のように、流された涙や奪われた笑顔の為に戦えるヒーローになりたいと願っています。……法律にはなるべく触れない方向で」
わたしの宣言に、三人とも苦笑しながらも素晴らしい理由だと言ってくれた。
未だに名前も知らない相手だけれど、今回の体育祭で活躍すれば、向こうからわたしを見つけてくれたりしないだろうか。
……まあ、仮にスカウトされてもわたしにはその人だと分からない可能性が高いけれど。
―――そんなことを考えていた放課後。
教室の前に人垣を作っていた普通科の生徒から、わたしは大変な情報を聞くことになる。
(あの、リザルト次第でヒーロー科から普通科に編入も検討されるって……)
《その時は大人しく普通科に行きなさいよ。それ相応と判断されたということでしょう?》
「―――って、言われました……」
「割と歩ちゃんに……いや、みんなに手厳しいんよな『干渉』さん……」
歩ちゃんのオリジン回でした。
干河家を救った人物についてはもう少し後に登場する予定です。
苦しむ人の為なら法など踏み越えて動いてくれるお方。果たして誰でしょうね。