時折小さな変更はありましたが、これまでもこれからも大筋は全て初期プロット通りです。
「―――次が最後……干河の家ですね」
全寮制の開始から遡ること数日前。
担任である相澤と、副担任であり、既にヒーロー引退を表明した『平和の象徴』オールマイトによる各生徒の家への家庭訪問が行われていた。
波乱が予想された最大の被害者、爆豪家からは拍子抜けしかねないほど簡単に了承を貰い。
一方で緑谷家では元ヒーロー、現教師、そしてひとりの人間としての矜持を厳しく問われ。
家庭訪問兼説得という名の謝罪行脚は、遂に最後となる二十軒目へと向かっていた。
「しかし繰り返しになりますがオールマイト、あまり特定の生徒に肩入れするのは……」
「わわ分かってるさ、だが彼に関しては私個人が通さねばならない筋があってだね……っ」
つい先ほど、本来ならば二人で各生徒の親と話し合うところを、緑谷家だけはどうしてもというのでオールマイト一人での訪問を行ったのだ。
いい加減ここまで来れば勘ぐれるものは幾らでもあるんだが……と、相澤は心中で溜息を吐く。
「……結果的にまとまったようですし追及はしませんが……教師として線引きはお忘れなく」
「……ああ、すまないね」
根津校長からその可能性を示唆され、またその際には最終的に折れるよう頼まれていなければ、決して納得しなかっただろうと、相澤は己を俯瞰した上で種々の疑問を飲み下す。
その様子にオールマイトは、ヒーローとしての後輩、教師としての先輩である彼が大いに譲ってくれた気配を察し、可能な限りの謝意を言葉に込めた。
「ところで相澤君、こう言っては何だが……どうして干河少女のお宅を最後に回したんだい?」
「……事前に入った情報による判断です」
伸ばし放題だった髪と無精髭を丁寧に整え、着慣れないスーツに身を包んだ相澤が、干河家へと向かう車の中で一つの資料を取り出す。
骨と皮だと揶揄される
「報道はされてませんが、干河の父親は過去の事件が原因で実に十年以上昏睡状態にあります」
「ムゥ……では干河少女は母親に女手一つで育てられてきたというわけか」
「いえ、母親に加えて家政婦十数人です」
「あ、そういう感じのご家庭なんだね!?」
一瞬頭に浮かんだ予想図を盛大にひっくり返されたオールマイトが軽い吐血と共に叫んだ。
「いや、ならば良いとはならないけども……」と懊悩する姿を横目に、相澤は深く溜息を吐く。
「家庭訪問の連絡を回した際、麗日が俺個人に伝えてきたんですが、どうにも本人の意思とは別に推定軟禁状態にあるようでして。……件の『神野の悪夢』を境に連絡が途絶えているそうです」
「なっ……!? それは……」
「まさに校長の懸念通りの批判を受ける可能性が極めて高い。想定し得る限り一番の難題です」
「それで最後に回されたのか……」
携帯を手に取った相澤が、差出人に麗日お茶子と付いた一通のメールを表示させる。
「幸いというべきか、当人の意思は雄英に通い続けることにあるそうです。……半分は」
「半分……? それは……っ、もしや相澤くん、キミ知って……?」
「……その様子ですとご存じでしたか。
「ああ……意識を常態的に顕在化させた"個性"。今思えば常闇少年の"個性"とも似ているが、本人から聞いた時には私も驚いたよ」
「…………は?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――いや、その……相澤君も本人達から聞いたのかなって思……すいませんでした」
「謝るなら勝手に秘密をバラした事を干河に、でしょう……ホラ、着きましたよ」
辿り着いた住所にあったのは、一般的な家屋数軒分の敷地に建つ洋風の屋敷。
玄関まで続く庭道は、人によっては気後れしかねない程の風情であったが、そこはどちらも経験豊かなプロヒーロー、特に気にすることも無く横切っていく。
……実は先に訪問した八百万家で感覚がマヒしたままだったりするのだが、二人に自覚は無い。
重厚な扉に備えられた、古風なドアノッカーを鳴らすこと暫し。
内部から微かに響いてくる足音を、鍛え上げられたヒーローの感覚が拾う。
やがて開かれた扉の向こうには、両名共に見慣れた女生徒の姿があった。
「ようこそいらっしゃいました、オールマイト、イレイザーヘッド」
「やあ! 久し振りだな、干河少女!」
「……今は教師だ」
「では相澤先生、それから……八木先生、どうぞ中へ」
「ほ、干河少女!? そちらの名前は出来れば……」
「……やぎ?」
「あれ、同僚にも秘密だったんですか? 雄英職員の八木俊典さん?」
「……緑谷の事といい、あんた特定の生徒に肩入れし過ぎなんですよ」
「ムウゥ!? それはその、色々と事情が……さ、さァ、お邪魔させてもらうよ、干河少女!」
"個性"ほどではないにせよ、謎とされてきたNo.1ヒーローの本名をあっさり明かされ動揺するオールマイトに、くすくすと笑う干河。
その様子に相澤は教師として幾つか頭に忠言を浮かばせるも、「まぁ、職場や同僚にまで本名を隠してるとは流石に思わんか」と、それらを喉奥に仕舞い込むことを選んだ。
「リビングにテーブルがありますから、そちらに掛けてお待ちを。私はお茶を淹れてきますので」
「―――それで、そちらの姿で話す機会があったと」
「ああ……その時はこの姿
「神野の中継で露見したわけですか。まァ、それはもういいです。それよりオールマイト……」
「……分かっているさ、相澤君」
家主の娘の案内で通された部屋、上品なテーブルに着いた状態で目配せする二名のヒーロー。
それぞれのヒーローとして培った経験と直感が、彼らに漠然とした何かを訴えかけていた。
「……ここ数日中に人の出入りがあった気配が無い。娘を含む生徒が狙われたことで信用のおける人間以外を排したにしてもやや異様に映るね」
「監視カメラに赤外線センサー……我々を迎えるために幾つかは解除してあるようですが、どこの要塞だって域だ」
「……そこを言うと八百万少女の自宅も相当なものだったけどね」
「いえ、確かにどちらも万全のセキュリティではありますが、こちらは……
そう言った相澤が目を向けるのは、室内の花瓶、照明、その他さりげなく佇む置物類。
直感の訴えを言語化出来ずに「違う……?」と唸るオールマイトに向けて、彼は言葉を続ける。
「……機器の設置場所や向きからして、これらは侵入者に対する防備じゃない。外へ出ようとする人間の阻止、いわば牢獄としての設備ですよ」
「何だって!? ……いや、そう言われれば確かに……!」
「推定軟禁なんて甘い状況じゃない可能性が出てきた……これは想定以上の難題かもしれません」
「
「まあまあ、そう警戒しないでくださいな。先生方に実害はないでしょう?」
「……!」
「っ、干河少女……か」
身構えた教師二人の視界に割り込んだ、宙を舞うティーカップと茶菓子を乗せた小皿。
しかし両名の想定とは裏腹に、次いで現れたのは家主の娘ただ一人であった。
「……おい、干河。この屋敷は常に家政婦を雇っていた筈だが、
「今日の話の為に暇を出しておきました。不特定多数に聞かせる話ではありませんからね」
「……それでお前の母親は?」
「もう暫く手が離せない、と。お手数掛けましてすみません、先生」
「…………こちらが頼む立場だ。想定はしている」
―――交渉の席にそもそも着かない。そんな盤外戦術が相澤の頭を過る。
思えば他の生徒の家が立て板に水のごとく話が進み過ぎたのだと、人知れず彼は自省した。
ちなみにその隣では
ここ数十年、どこでも『平和の象徴』と持てはやされてきた身には厳しい
「……干河、この機会にお前の意思を確認しておきたい」
「それは重畳。私も話の前に先生方へお聞きしたいことがあったんです」
意識を切り換え、交渉の糸口を探りにかかる相澤に、快く頷く……
普段の口調や振る舞いに差異があることを彼は知っているが、片方がもう片方を演じようとする姿も一度目にしている。演技力向上の可能性を踏まえれば根拠には弱い。
(麗日が言うには片方が賛成、片方が反対の立場。目の前のコイツはどっちだ……?)
見極めに頭を回す相澤の前で彼女がテーブルに置いたのは、手の平程の包みが二つに紙束一つ。
それから自身と後から来る母親の分だろうティーカップと茶菓子を教師達の対面側に着陸させ、彼女はゆったりと席に着く。
「聞きたいことだと?」
「ええ、簡単なことですよ」
そう言った彼女は一つ目の包みを開く。
中から現れたのは、相澤にとってどこか見覚えのある携帯端末だった。
「……合宿開催地の急遽変更および現地到着までの未提示。さらに移動するバスに取らせた執拗なまでの方角変更。これらは私達生徒にも
「……ああ、そうだ」
「相澤君……っ!?」
雄英が生徒を疑っていた、という『事実』。
事件直後の職員会議でも上がった疑惑を呆気なく肯定した相澤にオールマイトが目を剥く。
「では重ねてお聞きしますが……私達から携帯電話を、位置情報の取得と外部への連絡手段を取り上げなかった理由は?」
「っ……我々を責めているのかね、干河少女」
「責められて当然でしょう。本当の意味で万全を期すならばやるべきだったことだ」
一つ目の包みの中身が、合宿中にも干河が使用していた携帯電話だと、ここで相澤は確信した。
痛烈な批判ともとれる教え子の問いかけを肯定した上で彼は答える。
「雄英が国立の教育機関である以上、踏み越えられんラインがある」
「生徒が合宿地内から行う連絡を監視しなかったのも同様の理由で?」
「……しなかったと確信しているんだな」
「事前の忠告も有りませんでしたからね。抜き打ちならそれこそライン越え、でしょう?」
相手の言葉を即座に利用してまでのける詰め方に、相澤はもう一つ確信する。
……今、自分が話しているのは、母親と共に反対の立場をとる『干河』である、と。
「……オールマイト曰く、"個性"『干渉』、で良かったか?」
「っ、あらまあ……オールマイト先生?」
「ちょ、ちょっと相澤君!?」
「ちなみに麗日からもお前の存在については聞いている。今回の話の為に、だそうだ」
「……もう、お茶子さんったら」
「私と態度が違い過ぎないかな、干河少女!?」
育ちの良いお嬢様、といった風情のあった表情を薄笑いへと変える干河、もとい『干渉』。
オールマイトに対しては目だけ笑っていない笑顔を向けた一方で、麗日の名前が出た途端、顔を困ったような微笑みに変化させる。
切り換え振りに戦慄しつつも、「そこのブレなさは共通なのか」と相澤は呆れ混じりに呟いた。
「お前は雄英に通い続けることに否定的な立場と聞いている。理由はこれか?」
「…………理由の一割程度ではあるかしら」
「一割、かい?」
対策を徹底した、と謳っておいて分かり易く残っていたセキュリティホール。
それを指して信用に欠けると結論付けたのかという問いに、彼女は首を横に振る。
「この子は……
ついに突きつけにかかりました。
読者目線ならば結論は分かっているわけですが、はてさてその経緯とは。