おしゃべりな"個性"   作:非単一三角形

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 答え合わせ、その一。

 原作でも内通者が明かされるのは合宿辺りの時期を予定されていたそうな(34巻幕間より)。
 作者的に本作において書きたかったシーントップ3の一つが今話となります。



C4-4 干河歩:オリジン

 

 "―――私達を拘束するならば、個性因子の動きを感知出来る設備が必要です。"

 "個性を使おうとすれば即座に眠らせる。そんな備えを敷く必要があるでしょう。"

 "何しろ非生物、無機物に対して汎用性が効き過ぎる。拘束具の鍵や電子式の扉を開けるぐらい歩でも時間を掛ければやってのけます。"

 

 "幸い、とは言いにくいでしょうが、それらの準備に時間は掛からないでしょう?"

 "それより遥かに危険度の高いヴィランが収監された直後ですから。"

 

 

 託されたメモを読み返すことで、相澤は僅かな()()()()を過ごしていた。

 周囲で動く職員の気配に、動かされる機器の駆動音。

 目の前にある大きなガラス越しに見える、四肢の拘束と目隠しをされた生徒を前にして。

 

 "尋問にはイレイザーヘッドのような個性の持ち主が必要になるでしょう。"

 "意識があり、かつ個性を使用できない状態でなければ、喋らせることが出来ませんから。"

 

「―――イレイザーヘッド」

「っ、ああ……」

 

 機材の示す波形を睨んでいた職員の声が、相澤の耳に届いた。

 意識の覚醒が近いことを指すその合図に従い、彼は髪を逆立ててガラスの先を『視る』。

 

 "尤もそうなると、私が表に出る機会は二度と無いでしょうけどね。"

 "個性を封じられた状態で応対が可能なのは歩だけですから。"

 

「……起きてます」

「では、始めてくれ」

 

 "イレイザーヘッドがそれを担うのか、より特化した個性があるのかは存じ上げません。"

 "取り敢えずこの先は、起きた歩が口にしそうな内容を書いておきますね。"

 "別の方が行うということなら、そちらに伝えておいてくださいな。"

 

 

「…………ぁ、え? ここ、何処……?」

 

 

 "まず歩の記憶に関してですが、丁度合宿地から戻った辺りで途切れています。"

 "母親を糾弾し、屋敷を掌握する上で歩が起きていると支障がありましたので。"

 "私の個性が行えるのは加減速。加速により私の意識を顕在化させたように、減速によって歩の意識を封じ込めることも可能でしたから。"

 

「何も見えな……あ、あれっ、動けない!? 何で、何が―――」

「……干河」

 

「っ、その声、相澤先生!? た、助けてくださいっ! 多分、縛られて……」

「一度落ち着け。そして俺の質問に答えろ」

 

「え…………は、はい」

 

 

 "次に歩の認識ですが、自分がヴィランの内通者であったとは思っていません。"

 "合宿先の情報を母親に送ったことと、ヴィランの襲撃があったことが繋がっていませんから。"

 "さらに言えばUSJの襲撃も授業予定を母親に知らせたことが原因だったのでしょうが、そちらに関しては私にとっても確信には至っていません。"

 "勿論、そこに違和感を覚えたからこそ、今回お見せした証拠を掴めたわけですが。"

 

「お前は合宿の最中、その開催場所について母親に連絡したな?」

「……はい」

 

「ではお前の母親がそれを、誰かへ伝えていたことを知っていたな?」

 

 

 "そして歩は、以前からオール・フォー・ワンの事を知っていました。"

 

 

「あ……はい」

「……それはお前の母親が『叔父様』と呼ぶ人物で間違いないか?」

 

「はい」

 

 

 "その名前以外、ですけどね。"

 "彼の人物がヴィラン連合に連なる人物、まして真の首魁であったことなど露程も。"

 "まあ私も神野の中継を見た上で、干河心美を締め上げたことで初めて知りましたが。"

 

「その『叔父様』とやらが、(ヴィラン)連合と繋がっていたことが分かった」

「……は、へ?」

 

「合宿が襲撃されたのは、お前が母親に、そして母親がソイツに合宿先を伝えたからだ」

「う、うそ……嘘です……っ」

 

 

 "これらが立証できれば情状酌量、自覚無き協力者で済むかもしれません。"

 "娘が母親の要望に応えただけ、近しい肉親を疑えというのは酷だとする見方もあるでしょう。"

 

 

「『叔父様』がそんなことするはずありませんっ!」

「っ……」

 

 

 "まあ、ここからの認識が問題なんですが。"

 

「『叔父様』は立派な方なんです! お母様を、わたしをっ、助けてくれた素晴らしい―――」

「具体的には?」

 

「……えっ?」

「具体的にソイツはお前に何をもたらした」

 

 

 "歩の中で彼の人物への認識は、人目を忍んで活動するヒーロー、というところです。"

 "彼から受けた恩を無暗に吹聴してはならない。幼い頃からそのように言い聞かされている。"

 

「どこがどう素晴らしい人物なのか、お前が言わない限り疑惑は深まるぞ」

「そ、それは……」

 

「……言えないようなら、もう一つ別の質問をすることになるが」

「っ、別の……?」

 

 

 "彼の人物の為に言わねばならない、と思わせれば口を滑らせる可能性はあるでしょう。"

 "それで駄目なら、具体例を一つ知っていると示唆してやってください。"

 

 

「…………お前の"個性"。()()()お前のものか?」

 

 

 "歩は、こう答えるでしょう。"

 

 

「か……『干渉』はわたしの"個性"です!」

 

 

 "―――と。臆面もなく、罪悪感すら見せずに、ね。"

 "言うまでもないことですが、真実は私こそが知っています。"

 "なのでこの次には、こう問いかけてください。"

 

 

「ならお前は……()()()()()は忘れたんだな?」

 

「……ッ!? あ……違……」

 

 

 "ここまで来れば言葉は要りません。後は勝手に自白するでしょう。"

 

「違う……違うんです。間違いなんです」

「……間違い?」

 

 

 "言い聞かされてきた、歩にとっての真実を。"

 

「間違って……生まれてきてしまったお義姉さまが悪いんです」

 

 

 "他ならぬ私に対して、宣い続けてきた妄言を。"

 

「そのせいで神様が間違えて……わたしの"個性"をお義姉さまに渡しちゃったんです!」

 

 

 "決して許されない人間への信奉を。"

 

「だから! わたしの"個性"を取り返してくれた『叔父様』は! お父様を攫った女を懲らしめてくれた『叔父様』は! わたしの、わたし達のヒーローなんです!」

 

「…………そうか」

 

 

 "それが巨悪と呼ばれる存在と知らなかったにしても、心証は最悪でしょうね。"

 "そも幼児の理屈としてならともかく、この年齢で盲信を許される内容じゃない。"

 "ちなみに私の元の持ち主がどうなったかは分かりません。多分この世にはいないでしょう。"

 

「だから……だから助けてください、先生! わたしもお母様も『叔父様』も、敵連合なんかとは関係無いですっ! それが分かりましたよねっ!?」

「…………」

 

「どう、して……何も言ってくれないんですか!? 相澤先生っ!」

 

 

 "そしてこの辺りで、自分の言葉で解決出来ないと知った歩は、私を頼ることでしょう。"

 

「『干渉』……ねえ、何か言ってよ……わたし、どうしたら良いのか分からないよ……!」

「……っ」

 

「何で……何で? わたしが困っていたら、いつも何だかんだ言っても助けてくれたのに……! なんでこんな時に限って何も言ってくれないの!?」

 

 

 "私が、そうなるようにしてきたから。"

 "窮地で、土壇場で、勘所で、必ず私を頼るように躾けてきたから。"

 "歩の行うあらゆる判断、あらゆる行動は私の行うそれら以下だと、刻み込んできたから。"

 

 "何年も、何年も。"

 "丁寧に、丹念に。"

 "自尊心という自尊心を、欠片も残さず磨り潰してやってきたから。"

 

 

「…………干河」

「っ、せん、せい……?」

 

 

 "私はこの娘から、その母親から、信頼を得る事に腐心しました。"

 "彼らが望む彼女の個性を演じ続けました。"

 "私の元の持ち主の記憶の残滓が、あるべき場所から引き剥がされた恨みが、残留しているなどおくびにも出さずに。"

 

 

 "私の全てはこの時の為に。"

 "これは父を奪われ、母を殺され、個性を剥がれた少女の怨念から生まれた私の、意趣返し。"

 

 

「お前は、ヒーローになってはならない人間だ」

 

 

 "自分の目でそれを知覚出来ないことだけが、返す返すも残念ですけれどね。"

 

 

 

 

 "最後に。"

 "かなり最近まで、私は私の人生を歩のそれと確かに同一視していました。"

 "当時の私ならば、こんな巻き込み自爆の形で罪を曝け出すことなど考えなかったでしょう。"

 

 "もし、歩が心からヒーローに相応しい人物へと成長していたなら。"

 "もし、歩がヒーローであると、他者から認められる立場にまでなって見せたなら。"

 "その手で救われる誰かの未来を鑑み、私個人の恨みを飲み下す覚悟は固めていました。"

 "また、そうなった場合は自身の意志の増幅を止め、物言わぬ個性になるつもりでも。"

 

 "ヒーローになりたい歩と、それを諦めさせたい私。互いの未来を賭けた勝負だった訳です。"

 "まあ勝負のつもりでいたのは私だけで、歩はそれを知る由もなかったでしょうが。"

 

 "しかし私達の存在は、彼の御仁にとって駒の一つに過ぎなかった。"

 "私達が机を並べる彼らへの害になると知った以上、座して受け入れるわけにはいきません。"

 "ゆえに私は私の意志をもって私達を諸共に葬り去ることを決めました。"

 "私見は含みますが、歩がそれを惜しまれるような人物にならなかったことが事ここに至っては幸いだったかもしれませんね。"

 

 

 "つきましては。"

 "私に私であることを思い出させてくれた、緑谷出久さんと。"

 "私に私であることを選ばせてくれた、麗日お茶子さん。"

 "そして、こんな私をヒーローと呼んでくれた、耳郎響香さんに。"

 "この場を借りてありったけの感謝と、謝罪を送らせていただきます。"

 

 "獄中か、はたまた彼岸で、か。"

 "彼らが輝かしいヒーローになったという報せを受け取る日を心待ちにしております。"

 

 "尤も、往くべき彼岸が私に存在するのかは分かりかねますが。"

 

 

 "追伸"

 "丁度これを書いている時に緑谷さん達が神野区で大変なことをやらかしたらしいという連絡が私にも入りました。"

 "その意思を把握していた全員まとめて除籍になって然るべき愚挙と存じますが、そんな彼らを引き留めようとした者達が居たこともまた事実です。"

 "どうかその面々にだけでも寛大な措置をお願い致します、相澤先生。"

 





 ここまでの伏線的なヤツのコーナーその1。

 ・原作緑谷くんはOFAについて初めて聞いた時、まずそんな"個性"が有り得るのかと否定から入りました。それがヒロアカ世界における常識だからです。
 しかし本作C1-9話において緑谷くんから聞いた歩ちゃんにそんな素振りはありませんね?
 これは"個性"の移動という現象が、彼女にとって既知のものだったからです。

 ・歩ちゃんは誰かへ向けての発言の中でなら「わたしに個性が発現したとき~」と話すことがありましたが、彼女視点の地の文=心内台詞の中で、自分に個性が発現した、と言ったことは一度もありません。

 ・C1-9:"個性"に対し、「齢四歳にして、全ての人間に突き付けられる、己の価値」と地の文で語っています。
 生まれながらの強個性持ちにしてはやけに後ろ向きな表現ですよね。社会派的ともとれますが。

 ・C1-11:母親からの電話に対し、「理由も分かるし嬉しくも思うけれど、もう少し日を置いても良いのではと~」と地の文で語っています。
 さて彼女が察した母親の電話の理由とは?
 ところでUSJ襲撃は原作でも珍しく『水曜日』の『午後』と特定出来る事件なんですよね。
 ……特に深い意味はありませんよ? ええ。


次回、皆さんお待ちかねの掲示板回です。

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