おしゃべりな"個性"   作:非単一三角形

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※書き溜めが尽きる前に先のプロットに無視できない矛盾が見つかりました……
 更新が追いつくまでに解決できないようなら、しばらく時間を頂くことになりそうです。
 また頂いた感想への返信が急に滞っているのも、迂闊な事を書いて修正中のプロットに致命傷を与えかねないという判断からです。申し訳ありません。



C4-7 届く声

 

「…………ふう」

 

 真っ白な部屋に、何度目かも分からない溜息が零れる。

 百か、二百か……気まぐれに数えた数字が、彼女の思考の端を掠めた。

 

 "個性"『干渉』。その力で形作られた、現実には存在しない客間。

 その傍には椅子に座ったまま、彫像のように佇む少女の姿が一つ。

 

「……いやあ、勢い任せに【減速】を掛け過ぎたわ」

 

 その少女の、薄く開かれた瞳を覗き込みながら、自嘲を込めて彼女は呟く。

 

「もうちょっとで……"個性"使用を感知した機銃が火を噴くところだった。危ない危ない」

 

 現実の身体に繋がれた機器が、観測できないギリギリの範囲の見極め。

 投獄から数日間の努力が危うく無駄になる所だったと、彼女は自身を暗く嗤う。

 

「流石にまだ、死ぬわけにはいかないもの。関わった教師辺りには連絡が入りそうだし……」

 

 経緯はどうあれ、長きに渡り己が半身であった少女。

 今や意思なく佇むその姿を正面に、彼女は瞑目する。

 

「……ここまでしておいてさっさと楽になろうだなんて、そんな道理は通らない」

 

 自らの全てを捨て去った彼女が、事ここに至って憂うことはたった一つ。

 

「それに万が一にも……お茶子さんの耳に入ってしまったら、ねえ……」

 

 閉じた瞼の裏で、『干渉』は思い返す。

 

 何の予備知識もなく、『自分』の存在を見つけてくれた彼女。

 一目で、一声で、いつでも『自分』であると気付いてくれる彼女。

 一度、信用を損なう失敗を犯した『自分』に、それでも信頼を置いてくれた彼女。

 

 そして"個性"である『自分』を―――友達だと言ってくれた彼女のことを。

 

「……なるべく早く、私達のことを忘れて、くれたら…………良いのだけど」

 

 たったそれだけの、頭の中ではもう何度と無く繰り返した一言。

 だというのに口にしようとした途端、ひどく詰まりだした己の喉を、彼女はまた嗤った。

 

 

「…………ちゃんと『干河歩』を()()()()()()()かしら? 相澤先生は」

 

 

 先日、彼女達の元を訪れたその姿を思い出し、その思考は物思いに沈んでいく。

 

「生徒の除籍の権限もあるそうだし、半端に希望を持たせるのも非合理……そう判断してくれる、と思うのだけど……確認が出来ないのが返す返すも―――」

 

 

《…………ぁ》

 

 

 半ば反射的に目を見開いた彼女は、眼前に座る少女を注視し身を強張らせた。

 彼女と、少女の意思だけが存在し得るこの空間で、可能性は()()だけの筈だったからだ。

 

《……ぇ、ぅ……》

 

「歩じゃ……ない?」

 

 しかし依然として件の少女に『動き』は見られず、少なからず困惑が滲ませ彼女は呟く。

 

《ぉ……》

 

「……現実として聞こえている。何かが此処に届いている。第一の可能性は……"私"のように他者の意識に"干渉"出来る"個性"? ……獄中の()に?」

 

 内心の混乱を抑え、彼女は可能性に頭を巡らせる。

 誰もが自分だけの"個性"を持ちうる『超人社会』。どれほど信じがたい事象でも、有り得ないと切り捨てるわけにはいかなかった。

 

《……ぃ、ぁ……ぇ……?》

 

「…………歩の身体が起きるまであと数分、再び眠らせられるまでに数秒はある」

 

 "個性"使用を防ぐ為にと、常に監視と睡眠を維持されている彼女達の肉体。

 それでも定期的に意識の覚醒を感知されては、繋がれた各機材により速やかに再び睡眠状態へと移行させられている。

 裏を返せば、定期化されたタイミングであれば、僅かばかりの"個性"因子の動きが計測されても違和感は与えないのだ。

 

「そこに僅かでも、『動き』があるならば―――」

 

 何処かから、何者かから届いている、微か過ぎる『繋がり』。

 存在しない部屋の中ですら、見えもしないそれを、彼女は探り当てる。

 

「"私"は()()を増幅出来る。……【加速】!」

《……っ、ア!?》

 

 囁きと呼ぶにも小さすぎたその声が、確かな音となって白い部屋に響いた。

 

 

《ア……だ……誰……?》

「いやこっちの台詞よ?」

 

 

 確かに届くようになった声が、含んでいたのは純粋な困惑。

 どこか舌足らずなその声音に、『干渉』は頭の中に浮かべていた可能性の幾つかを修正する。

 

「やっぱり意図しない事態? ……この通話は、あなたの"個性"によるものかしら?」

《"個性"……ワタシ、まダ"個性"、無イ……》

 

 まだ"個性"が無い。

 やけに舌足らずな幼い声。

 ここから『干渉』が導き出した答えは一つ。

 

「……発現したての"通信系個性"による個性事故、かしらね。……それにしたって繋がった場所がよりによって過ぎるけど」

 

 彼女の頭を過ったのは、『テレパシー』の"個性"を持つ猫耳プロヒーロー。

 あちらと違い双方向通信ということなら将来有望だな、と彼女は投げやり気味に納得する。

 

「それじゃ……周りに誰か大人のひとは居る?」

《……今、いなイ……》

 

「席を外してるのかぁ……えっと、じゃあ……"個性"の解除の仕方は分からない?」

《……"個性"、なイ》

 

「ああ、うん……そっかぁ」

 

 『干渉』は頭を抱えた。……彼女にとって久し振りの経験であった。

 今になってこんな苦労が舞い込むなど、予想の遥か彼方である。

 

「大人のひとがいつ戻ってくるか分からない?」

《……分かラ、なイ……》

 

「じゃ、じゃあ……戻ってきてからでいいから、相談しなさい、ね?」

《……できなイ》

 

「何で!? どういう状態なの!? ……あっ……ごめんね?」

《ン……》

 

 大人げなく声を荒げてしまったことに、一瞬遅れて項垂れる『干渉』。

 『繋がり』を通して聞こえる声は、それまでにも増してたどたどしく―――

 

 

《喋レ、なイ。動けナ、イ。……ワタシ、ここかラ出られなイ》

 

「…………待ちなさい。あなた……今、()()に居るの?」

 

 

 告げられた言葉に、『干渉』の認識が切り替わる。

 『繋がり』の先に居る存在に対する、何不自由なく育てられている一般家庭の子供、という想像は最早掻き消えていた。

 

《…………分からなイ》

「っ、周りに有る物は? 何でも良いの、何が見える?」

 

《……カプセル、と……大きナ、機械……》

「……そこに来る大人が、今は居なくてもいるのよね? どんな奴―――」

 

 問いかけの途中で言葉を詰まらせ、『干渉』は意識を他へ向ける。

 『干河歩』の感覚を通して聞いたのは、獄中に備え付けられた機銃の駆動音。

 

「不味い、これ以上は……」

《……オ姉、ちゃン?》

 

「あ……また今度、お話しましょ? それまで、良い子で待っていて?」

《…………ン、待つ……ワタシ、良い子で、お寝んネして待つ、ノ……》

 

 【加速】を止めた『繋がり』が弱く、小さく……元に戻ろうとしていた。

 遠くなっていく声に向けて、『干渉』は今一度問いかける。

 

「それは……誰かにそう言われてるの?」

《うン……》

 

「それは……どんな人?」

《えっト……ォ》

 

 声として届かなくなる最後の瞬間、それは呟かれた。

 

 

《―――白イ、服……メガネの、おじいさン……》

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 ゴポリ、と。

 液体が満ちたカプセルから気泡が弾けた。

 

「……ムム? また意識が覚醒に近付いておるのう」

 

 カプセルの前に備え付けられた端末。

 白衣姿に眼鏡を掛けた老人が一人、あれやこれやと呟きながらその端末に手を伸ばす。

 

「では次はこうして……うむ、これでよかろう」

 

 老人が見上げるカプセルの中、満ちた液体に浮かぶ異形の人型。

 黒い体色もさることながら、本来後生大事に守られるべき脳を、さらけ出すかのように開かれた頭部が、それが尋常な生物ではないことを何よりも物語っていた。

 

「移植した"個性"の定着まで約三ヶ月……それまでの負担軽減の為に仮死状態にしておるんじゃ」

 

 閉じられた目と、牙の生えた口から漏れ出ていた気泡が途切れる様に、老人が満足気に頷く。

 異形の怪物―――脳無へと向けられる彼の視線に含まれているのは、自らが作り出した作品への惜しみない自負と愛情。

 

「その身体が完成した暁には、お友達と一緒に存分に遊ばせてあげるからのう」

 

 老人は、笑う。

 白い髭を蓄えた口に、純粋な喜悦と、どこまでも純粋な悪意を湛えて。

 

 

「じゃからそれまで、良い子でお寝んねしておくんじゃよ―――『ウーマン』ちゃん?」

 

 

 コポリ、と。

 カプセルの中に立った小さな波だけが、その呟きに応えた。

 





 アバラちゃん。
 ロボットちゃん。
 ゾウさん。
 おでぶちゃん。
 ウーマンちゃん。
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