重傷負わなかったミルコさんが勝手に動きなさる……
『―――全体通信こちらエンデヴァー!! 病院跡地にて死柄木と交戦中!! 地に触れずとも動ける者はすぐに包囲網を―――』
蛇腔病院、周囲の森林、道路、ビル群、住宅地―――あらゆるものを塵へと『崩壊』させた波の彼方から、猛るNo.1の声と戦闘音が無線を通じ流される。
「ワン・フォー……何だって!? オイ、エンデヴァー! ……くっそ」
通信越しに聞こえた呟きを聞き返すも、答えを得られなかったミルコが悪態を吐く。
その腕には未だ無言のまま薄笑いを浮かべ続ける殻木が抱えられていた。
「おい、『トーコ』! お前何か聞いてねぇか!?」
「えェッ!? い、いえ何モ…………ワン・フォー・オール?」
「お、何か知ってんな! 全部言え!」
「エ、あ……ダ、誰かノ"個性"名とイウことシカ……」
「……ホホッ、その子が知っとるのはそれぐらいじゃろうのう」
「あぁ!? ジジイてめェ、お前から搾り取ってやろうか! あぁん!?」
「落ち着けミルコ! どうせそう簡単に情報など吐かん! 今は一刻も早く避難を―――」
泣き濡れた目で態度だけは太々しく呟く殻木に、気炎を上げるミルコを抑えるクラスト。
『崩壊』の波を逃れ、態勢を立て直そうとするヒーロー達へ、再び通信が入る。
『―――避難先の方角に向かってる! 戦闘区域を拡大しろ!! 街の外にも避難命令を!!』
「…………また地面触られりゃ飛べねぇと
「それぞれ出来る事をすべきだ。今は一分一秒を争う……」
「一刻も早く避難を……」
「えぇット……ワタシは、どうしましょウ?」
一瞬無言になったヒーロー達の視線が『少女』に―――脳髄剥き出しの異形へと向けられる。
この場に居る者は皆、地下のやり取りを見聞きした者ばかりであるため混乱は起きていないが、さりとてその扱いを如何にするか、という問いに即答出来る者は居なかった。
「お前、飛べる"個性"は持ってねぇのか?」
「え、あ、ハイ。そういウのは無いでス」
「んじゃ避難誘導側だな。一緒に来い」
「…………エッ」
―――この
「いや待て待て待てミルコ!?」
「それは流石に無理があるぞ!?」
「……何とも思い切りがええのう」
さも当然のように『少女』を連れ出そうとしたミルコを、他のヒーロー達が慌てて押し留める。
何なら彼女に担がれた殻木さえも、呆れたようにその顔を見上げた。
「何だ? コイツの"個性"、災害救助に超便利だぞ? パワーもあるしな!」
「ほ、本人の意思はともかく、遠隔で操られる危険性は!?」
「ンなもんあるならこのジジイがもうやってるだろ」
「し、しかし幾ら何でも見た目が……あ、いや彼女のせいではないが……」
「あぁ、見た目か……おい、トーコ! あの水になるヤツで何とか出来るだろ!」
「エえぇ……わ、分かりまシタ、ヤってみまス……」
その言葉と共に異形の肉体が膨らみ、端から粘度のある液体となって徐々に形を失っていく。
小柄な人間程度の大きさに一度固まった後、表面を波立たせて少しずつ四肢を形成。
数十秒の試行錯誤を経て、十歳前後と見える少女……の形をした青い液体の塊が完成した。
「……これなら液体寄りの"異形系"で通るな?」
「なあコレ……ひょっとして、生前の……」
「ア……はイ。改造されル前のワタシをイメージしまシタ」
「そ、そうか……」
作れるようになった表情で、儚げに笑う『少女』に数人のヒーローが悲痛に目を伏せる。
さらにこの間に縛り上げられた殻木へと数人が憎悪に近い視線を向ける中、スライム状になった『少女』の肩を徐に叩くは『兎』の手。
「よしこれで問題ねぇな! さっさと行くぞ時間を無駄にした!」
「エ、あ、は、ハイ!」
「いや誰のせいだと思って―――」
『―――皆聞け!! 死柄木跳躍し、南西に進路変更!! 『超再生』を持っている!! 最早以前の奴ではない!!』
再々度、流されたエンデヴァーの声にヒーロー達の顔付きが切り替わる。
戦闘区域、避難区域の再設定など、彼らが言葉少なに動き始める中で、
「―――っ、コれ、ハ……!?」
「あん? どうした!?」
「……『電波』によル脳無の起動電流……ワタシ以外の脳無が生きテいマス!」
「何だと!?」
「馬鹿な!? 病院ごと全て塵に―――」
「ふはははっはははははぁっ!」
突如哄笑を上げたのは、今や手足を縛られた上で首根っこをミルコに掴まれた状態の殻木。
一斉に集まる絶対零度の視線を意にも介さず、彼は心の底から楽しげに
「さすが友の弟子じゃ。ハイエンドを生かしてくれていた!! 『電波』によって誘導電流を発生させたんじゃ!! 賢くなっとる!! 只彼らはテスト段階には至っておらん! その子のような自立思考はできぬ……しかしその力は上位以上…………差し詰めニア・ハイエンドと言ったところかのぉおおお!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『―――現在超大型の
とある避難民の携帯端末から、臨時ニュースという形で
AFOもう一つの右腕、身の丈三十メートルを越える巨人敵『ギガントマキア』。
小さな画面の中でキャスターが伝えるその予想進路には、数十にも及ぶ市の名前。
「……ヒーロー。今回の作戦で殆ど出張っとんねやろ」
脳裏にもたらされる被害を描きながら、避難誘導を任された
「むむ……緑谷くんも爆豪くんも何をしているんだ! こんな時に……!」
「忘れ物と言っていたけど、それにしては……お茶子ちゃん?」
病院側の異常事態を聞くや否や、飛び出していってしまった二人に憤慨する飯田の傍で、蛙吹が首を傾げたのは麗日の顔色。
緑谷達が跳び去っていった方向を食い入るように見つめる彼女から、小さな呟きが零れ落ちる。
「……ワン・フォー・オール」
「わん、ふぉー……?」
それは通信に流れたエンデヴァーの呟きであり、対峙する死柄木の口から零れた言葉。
麗日がその意味に思い立ったそのときには、既に緑谷の背中は視界の彼方にあった。
(……死柄木がOFAを……デクくんを狙っとるんやとしたら、皆の安全の為にはそうするしか……デクくんやったら、そうする。……絶対)
緑谷の行動の理由も、麗日には理解出来ていた。
彼が誰にもそれを告げず、また誰にも―――自分を含めて誰にも
(……ちく、しょう)
理屈の上でなら、彼女は理解していた。
この場に留まり、避難誘導の一助となるのがプロヒーローの指示。
ひとりこの場から離れ、脅威を人々に近付けさせないのが緑谷の意思。
未だ『プロ』を冠しない身には、前者に従うことこそが当然であり。
自身の力量を忌憚なく鑑みれば、後者に沿うことこそが正解であり。
ゆえに―――即座に緑谷を追って飛び出した爆豪は、
(私、また結局……何も……ッ!)
彼女の脳裏を過るのは、後に神野区の悪夢と呼ばれたあの一日。
死地に向かう彼を止めることも、共に立つことも出来ず『観客』として過ごしたあの一夜。
だからこそ、あれから彼女は強引に彼に詰め寄ったのだ。
いつも気付けば駆け抜けてしまっていた背中に追い付く為に。
今度こそ彼と同じ場所に立ち、同じ景色を見ながら駆けていく為に。
隠されていた秘密を共有し、同じ目標に向かって歩き始めて。
逃れ得ぬ因縁に共に立ち向かうのだと思い決めた矢先に。
「……ちくしょう……!」
置いていかれた―――否、置き去りにされることを
その事実こそが彼女を何よりも苦しめていた。
『―――ヒーローはこれから大型敵の進路先へ! 住民の避難・救助及び敵の進行阻止に移る!!』
「っ……お茶子ちゃん!」
「……梅雨、ちゃん」
待機していたヒーロー及び彼ら
己を覗き込む友人の瞳を見つめ返した彼女は、数秒の沈黙の後で重く息を吐いた。
「……ご、めん。もう、大丈夫。今は……私達もヒーローとして、やれることせな」
「そう……そう、ね」
明らかな取り繕いの台詞を、しかしカエルの友人はそれ以上追及せず。
そのことに言葉に出来ない感謝を噛みしめつつ、麗日はもう一度だけ彼方に目を向ける。
(……デクくん、キミは……いなくなったり、せえへんよね……?)
喪失を一度経験した心は、目を逸らしたい可能性をこそ
日が沈むたび影が伸びていくかのように、事態が悪化していく感覚が彼女の中に広がっていた。
極一部のトップ層、かつ相性の良い"個性"持ち以外が入っていい戦場じゃないので、麗日さんは何も間違ってないんですけどね。
Q. 通子ちゃんも『電波』を受信出来るの?
A. 起動に関しては生きているカプセルにただ電流を流しただけのように見えますが、その後でAFOが行った『電波』指令からして脳無側に受信用の仕掛けがあると解釈しました。
それが『受信』といった"個性"かどうかまでは分からないので、パワー同様に肉体もしくは脳に与えられた機能ということで。