おしゃべりな"個性"   作:非単一三角形

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 大体フラグが出揃ったので、本作初のオリ主視点。ただし過去回想のため幕間です。
 タイトルの通り、時期としては主にC3-13話です。良ければそちらと合わせてお楽しみ下さい。



幕間2 悪夢の裏の、その裏で

 

"宛先:麗日お茶子"

"件名:ごめんなさい"

 

"今回の事件でお母様から実家に戻ってくるように言われました―――"

"―――何かそちらで新しい情報があれば教えて下さい。お願いします。"

 

 

「……これで、無用な心配を掛けずに済むわね」

 

 不自然にならないだけの手荷物に、携帯電話。

 それだけを腕に抱え、まだ薄暗い早朝の空の下、半年ほどを過ごしたアパートを見上げる。

 

「目を覚ますのはもう少し先かしら? あれだけの事があった後だものね……」

 

 ついさっきまで自分が中に居た部屋に、その隣に、視線を向けてしまってから目を伏せた。

 ……今からこんな気分になっていたんじゃ、我ながら先が思いやられるわ。

 

 

「……安心して、お茶子さん。雄英(あなた達)に危険を運ぶ輩は、これで居なくなるから」

 

 

 

 

 ―――最初の違和感は、学内でありながら(ヴィラン)の襲撃を受けた救助訓練。

 幾ら歩に目を掛けているといっても、先々の授業予定を知りたがった干河心美(あの女)の……その背後に居る『叔父様』の意図を、当時の私は測りかねていた。

 

 結果として予感は現実に……とはいえ、あの時点ではまだ偶然の可能性も捨てきれなかったし、何より()()()()を持った人間が敵の集団なんて輩と態々繋がりを持つ意味が―――

 

 

 ……いえ、違うわね。

 目を逸らしていたかったんだわ、あの時の私は。

 

 私達が存在しているだけで……歩が雄英に受かるように手を貸したことが、彼ら(ヒーロー科)の仇になってしまった、なんて現実から。

 

 

 

 

"差出人:麗日お茶子"

"件名:気にしないで"

 

"―――いつの間にかみんなでお金を出し合って大きなメロンを買うという話になってました。"

"歩ちゃん、今からでも来てくれへん?"

 

 

「ふふ……っ、お茶子さんったら……一人当たり何百円も変わらないでしょうに……っ」

 

 歩の実家へと向かう電車に揺られながら、返信として送られたメールに笑いを噛み殺す。

 どうやらA組の殆どが駆けつけてくれたようだし、緑谷さんも仲間想いの級友を持てて幸せね。

 

「……謝れる機会は、無さそうね……」

 

 大怪我を負った緑谷さん、八百万さん。それに誘拐されてしまった爆豪さん。

 葉隠さん、耳郎さん、常闇さんはこの手で助けられたとはいえ、何のお詫びにもなりはしない。

 それに巻き込んでしまったB組の面々にも……全ては、私の決断が遅れたせいだ。

 

 

「……ねえ、歩? あなたは……っ、なんて、ね……」

 

 普段の癖で呼び掛けかけた自分に、一瞬遅れて何をしてるのやらと自問した。

 合宿場から戻った直後、邪魔をされては堪らないと、心の奥底へ眠らせたというのに。

 

 歩は今でも何にも気付いてはいないし、何も疑ってもいない。

 けれど私がこれからやろうとしている事を聞けば、少なくとも大人しくはしてくれないだろう。

 

「歩に抵抗されると、私は何も出来なくなる。そうして機を逃せば……現れるのは『叔父様』」

 

 私達の"力"は、一本の腕を二つの意思で持っているようなもの。

 双方が別々の意図で力を振るえば、もたらされる結果は私達にも分からない。

 だからこそこうして、有無を言わせず『眠らせて』しまう以外に取れる手段は無かった。

 

 『お母様』や『叔父様』を疑わせる事など、疾うの昔に諦めて久しい。

 どれだけ私を『頼り』にさせようと、彼女の優先順位は変えられなかったのだから。

 今更話し合って認識を変えられるとも思えないし―――何より、もうそんな場合じゃない。

 

「結局は……まだ時間はある、そう思っていた私が間違っていたのよね……」

 

 歩が描いた夢の先を、見届けようとしてしまったこと。

 彼女の中にある世界が、いつか変わってくれるかもしれないと期待してしまったこと。

 そして……"個性"でしかない私が()()()()()()()()()()()ことこそが、間違いだったんだろう。

 

「あなたは……どうなるかしら」

 

 これから先、私が描いた青図をどこまで現実に出来るかは分からない。

 仮にその通りに事が運んだとして、歩の評価は……内通の無自覚な協力者、といったところか。

 何も知らなかったのは事実でもあるし、心証次第で罪を免れる可能性も無くは無いけれど―――

 

「いや……()()も歩の選択、か」

 

 既に被害が出てしまっている以上、あるかもしれなかった未来を想う時間など無い。

 今日の歩が抱いている認識こそ、彼女の選択であり結果……ここに至ってはそう思うしかない。

 

「私が、もっと早くあなたに……いや、そもそも何で……っ」

 

 口を衝きそうになった悪態を呑み込みかけて、何に憚るのだとまた自嘲した。

 胸の裡に黒々とした感情が溜まる感覚を自覚しながら、口の中だけで()()を呟く。

 

 

「―――何で私が、この()の未来を慮ってやらなきゃならないのよ」

 

 

 言い放ってしまった後で、腹の底がじわりと痛みを訴えた。

 握りしめた拳がひどく冷たく感じられて、何故だか目の奥も熱くなっていく。

 

 ―――これは、後ろめたさ? それとも、悔しさ?

 何が、悔しいというのよ。

 何を、惜しんでいるというの、私は。

 

 口にしなかっただけで……誰にも伝えない、悟られないようにしていただけで。

 その実、心の奥ではずっと抱き続けていた恨みだというのに。

 

 

"差出人:麗日お茶子"

"件名:デクくん起きた"

 

 

 …………ああ、そうか。

 辛いんだ、私は。

 

 彼らの友人であれた者から、それを許される存在から、遠ざかってしまうことが。

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「―――歩? どうしたの、何も言わずに突然帰ってくるなんて」

 

 先触れも無く屋敷へと戻って来た()に、干河心美は驚いた様子で屋敷の奥から現れた。

 今、この場で……は、駄目だ。何事かといった顔をした家政婦の方々の目に入ってしまう。

 ……この人達はそれこそ何の関係も無いのだから、決して巻き込むわけにはいかないわ。

 

「すみません、お母様。でもどうしてもお聞きしたいことがあって……」

 

 演じるのは、何らかの疑問を抱いて居ても立ってもいられず、という様子の『干河歩』。

 ()()が私であることには気付いているかもしれないけれど、他に人目のあるこの状況で『私』が『歩』を演じるのは自然なことだ。

 

「どうか、時間を取ってもらえませんか? ここでは、その……」

「……分かったわ。夜になったら私の部屋にいらっしゃい」

 

 周囲の目線を気にする素振りを見せていれば、そう言って彼女は自室へと向かって行った。

 手荷物を受け取ろうと近付いて来た家政婦さんの一人を、目線で制して下がってもらう。

 ……事が済んだら、この人達には暇を出してあげないと。

 

 

「……っ、メール、ね。……お茶子さんからかしら?」

 

 歩の自室に向かう途中で、手の中の携帯電話が受信を知らせた。

 ……そういえば、書くことを整理するという旨のメールから結構時間が経っているけど……

 

 

"差出人:麗日お茶子"

"件名:どう思う?"

 

"―――歩ちゃんはどう思う?"

 

 

 …………。

 

 ばか、じゃないの?

 どうしてそう、ヒーローになろうって人間は、誰も彼も―――

 

 ……いいや。これも、私のせいだ。

 私がもっと早く……この結論を出していたら。

 ためらいなど、持っていなければ。

 

 

 ……早まるなと、伝えておきましょう。

 私には、もう、何を言う資格も無いけれど。

 

 

 ―――(未来)を捨てるのも、犯罪者(ヴィラン)になるのも、私だけで十分なのだから。

 

 

 

 

"宛先:麗日お茶子"

"件名:どうしよう"

 

"―――お茶子ちゃんは、もし御両親に同じ事を言われたら何と答えますか?"

 

 

「これで……なるべく傷付けずに済む、かしら」

 

 親の反対と、『私』の反対。

 説得の意思はあれど覆せず。

 そんな筋書きが背景にあれば、後は先生方が上手く説明してくれるでしょう。

 

 あわよくば、お茶子さんも別の高校に移ってくれたりは……どうかしらね。

 雄英に固執しているように思える敵連合から逃れる手段として、悪くはないと思うのだけど。

 雄英出身であることがヒーローの価値ではないし、あのご両親なら……まあ、それは二の次か。

 

 

"差出人:麗日お茶子"

"件名:ごめんなさい"

 

"―――私は歩ちゃんと雄英でまた会いたいって思ったよ。"

 

 

「…………ごめんなさい、お茶子さん」

 

 返信として届いたメールに、謝罪の言葉が口から溢れ落ちた。

 『干河歩』が雄英に戻る道を、この手で断ち切ってしまうつもりだというのに。

 もう、どうなろうとも立ち止まるつもりなどないというのに。

 

 ……謝る資格すら、もう私は持ち合わせていないのに。

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

"差出人:麗日お茶子"

"電話が繋がらないのでメールします。神野区の中継見てる?"

 

 

『―――勝利!! オールマイト!! 勝利の! スタンディングです!!』

 

 

「…………オール、マイト」

「そんな……まさか叔父様が、オールマイトに……」

 

「……どうするんですか、お母様?」

「……どうしようもないわ。元々、こちらからでは連絡も出来ないもの」

 

「! ……そう、だったの?」

「? ええ……頼み事を聞くときも答えるときも、連絡は常に叔父様からだったのよ?」

 

「そう…………そう、だったなら……」

「……歩?」

 

 

「―――もっと早く、私は()()しなければならなかった」

 

 

 

 

 手足の自由を奪う。

 目を覆う。

 口を塞ぐ。

 適度な大きさの布さえ用意しておけば、相手が"増強系"でもない限りこれぐらい簡単……そう、こんなにも簡単だったんだ。

 

「……っ! ……!?」

 

 何が起こったのか分からない様子で藻掻く姿を見下ろして、沸き上がる感情に息が切れた。

 ……これが、私が幾年も焦がれ描いていた反逆……ああ、なんて呆気ない。

 

 

《あゆ、み……? 何を、している、の……?》

 

 

 数秒遅れで、頭の中に声が響く。

 この女の"個性"『伝心』……これがあるからこそ、口まで塞いでしまって問題無いと判断した。

 何しろこの"個性"は、己の()()()()()『心』を『伝える』代物。喋らせるよりむしろ好都合だ。

 

「……何を? 『叔父様』が()()なったのだから、当然でしょう?」

《な……!?》

 

 ……まあ、実際には()()なろうとも()()するつもりだったのだけど。

 それでも、こうして問答の余裕が出来たのは間違いなく、『平和の象徴(オールマイト)』のお陰だ。

 

 『叔父様』が現れる前に―――連絡を取る隙を与えずに制圧する。

 そう思い決めていたことが、まさか杞憂だったとは夢にも思わなかった。

 尚更、私は……いや、もういい。それはもう、済んだことだ。

 

 

「本当に……本当に"私"が全てを忘れ、歩の"個性"として納得していると思っていたの? お前や『叔父様』を恨んでいないと、本気で信じていたのかしら? ……干河心美」

 

《! ……あなたは……》

 

 

 ……この問答に意味があるのかは、私にも分からない。

 それでもこの降って湧いた機会に、どうしても聞きたくなってしまった。

 

 ―――間違って生まれてきた義姉に宿った、歩の"個性"。

 それが歩に対してこの女が行った説明であり、彼らに望まれた"私"の設定。

 歩が頭から信じ込んだままのこの理論を、果たしてこの女自身はどう思っていたのかを。

 

 

 ……そうだ、もしここで否定が返ってくるのなら。

 この女の『心』から、これを否定するような返答を、歩に聞かせることが出来たら―――

 

 

《あなたを(たす)けてくれた叔父様に何てことを言うの!?》

 

 

 …………は?

 

 

《叔父様のお陰であなたは、歩の元に()()()()()()()()!?》

 

 

 …………。

 

 

「……叔父、様が……(ヴィラン)連合に通じていたことを、お前は知っていたの?」

《? そうね》

 

「っ……娘、が……敵の襲撃を受けたことを、どう思っているの?」

 

 これ、だけは……聞かない、と。

 この女もまた、無作為、あるいは不可抗力の幇助だったのか、それだけは……

 

 

《あなたは大丈夫だったでしょう? 叔父様は()()()()()()()()()と仰っていたもの》

 

 

 ……脳裏に、襲撃時に遭遇した(トゥワイス)の言葉が、通り過ぎた。

 ああ、そう……あれはそういう事だった、のか。

 

 

 これを……この事を知れば、もしかしたら歩も……

 ……いや、駄目だ。ここに至って()()()()()を打つわけに―――

 

 

《それなのに、こんなことをして……このっ、『恩知らず』!!》

 

「うん、もう、恩知らず(ソレ)でいいわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

"差出人:麗日お茶子"

"件名:デクくんから"

 

"デクくんから連絡がありました。皆無事だそうです―――"

 

 

「……ああ、やっぱり。何やってるのよ、緑谷さん……」

 

 地下室へと向かっていた私の手元に、お茶子さんから届いたメール。

 その内容は、種々の引き止めも空しく行動に移してしまった緑谷さん達について。

 運良く……本当に運良く全員怪我もせず無事だったようだけど、だから良いとはならないわよ?

 

「……なんて、ヴィランになった私が言うことじゃない、か」

 

 彼らに綴るべき言葉を頭の片隅で考えながら、目的の部屋の前へと辿り着く。

 歩も時折訪ねていたここは、あの女が一日一度、必ず足を運んでいた部屋でもあった。

 

 扉を開けて、視界に入ってくるのは、痛いほどに清浄な空気の漂う白い部屋。

 ベッドの上、無数の機器に繋がれた男性―――干河増太、さん。

 

「…………」

 

 ……私には、分かっている。

 彼も、その"個性"『増力』も、微塵に砕けてその身の内に残ってはいない。

 あの女の"個性"『伝心』から逃れる為には、それしか手段が無かったから。

 

 歩は『お母様』が彼に寄り添う姿を、素晴らしいものだと認識していて。

 それすら腹立たしかった私は、歩の中で可能な限りそこから目を背けていた。

 

「……っ」

 

 …………違う。

 私がここを訪れたのは、彼に繋がる生命維持機材の状態を確認する為であって。

 次に人の手が入るまで、放置していても問題無いかを確認する為であって。

 この人に……会いに来た、わけじゃない。

 

 だから―――

 

 

「…………お父、さ……っ」

 

 

 伸ばした手が、視界に入って。

 溢した声が、耳に届いて。

 薄く開かれた彼の瞳を前に、私は金縛りにあったように動けなくなった。

 

 

 この手は、彼が疎んじた『干河歩』のものだ。

 この声も、彼の心を壊した『干河歩』のものだ。

 彼を見つめる眼差しも、彼の瞳に映る姿も、何もかもが。

 

 

 この人が愛した娘―――『反向通子』は、もうどこにもいない。

 私は、僅かに彼女の記憶を継いだだけの"個性"でしかないのだから。

 

 

「…………もう……大丈夫だから、ね」

 

 

 ……確認を済ませて、踵を返した。

 向こう十数日は、機器の調整を行わずとも大丈夫だ。

 

 これから彼は、ゆっくりと眠ることが出来るだろう。

 事が済めば、その身体だけでも帰りたかった場所、帰るべき所へ辿り着けるかもしれない。

 少なくとも彼を傷付けた奴らの姿が、その瞳に映ることは二度と無い筈だ。

 

 

 『干河歩』が流す、この涙も。

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

"宛先:麗日お茶子"

"件名:さよなら"

 

 ……これが、最後だ。

 必要な準備は、全て終えた。

 

 

"歩に代わって私よ。"

"以前のように眠ってしまった歩の手を使って書いているわ。真夜中にごめんなさいね。"

 

 このメールを最後に私は……『干河歩』は彼らの前から消える。

 災いをもたらした無自覚の内通者、罪無き人間を奈落に突き落とした、クズのヴィランが。

 

 

"―――この先、こうして連絡することも出来なくなるかも。"

"また会いたいと言ってくれて嬉しかったわ。じゃあね。"

 

 これを、送れば。

 

 

「…………」

 

 

"(追伸)"

 

 ……何を、書いてる?

 

 

"また"

 

 私は、何を……

 

 

"また、会いましょう。"

 

 そんな願いが、許されると―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「また…………会いたい、なぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

"差出人:麗日お茶子"

 

"どういうこと"

 

"電話出てよ"

 

"こんなお別れやだよ"

 

 

 

 

"差出人:麗日お茶子"

"件名:諦めないで"

 

"―――諦めないで。お願いだから。"

 

 

 

 

 ……笑え。

 

 さあ笑え、私。

 

 

 この幕引きは、私が選んだもの。

 

 この結末は、私が望んだものなのだから。

 

 笑いなさい、最期の瞬間まで。

 

 

 私が、私であれるように。

 

 

 

 

「―――ようこそいらっしゃいました、オールマイト、イレイザーヘッド」

 





 ・C1-12:二人が同時に"個性"を使った場合について。
 ・C3-7:どうせ私の身体じゃない。
 ・C3-12:この時点のトゥワイスの台詞は基本的に事実 → 否定の順。


 次回から最終章開始です。
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