来世でも夫婦喧嘩をまったくしないだろう2人。
(二次創作の世界でも「ケンカップル』ワースト1位だと思う)
なので対決は書いてみたかったネタ。なんか萌えませんか?(笑)
初出はpixiv(2021年9月27日)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16114014
時を遡ること、ふた月前。
紅葉も散りかけた晩秋のある夜。
岩柱の屋敷の大広間に、8人の「柱」たちが集結していた。
話題の中心人物は、過酷な昇進試験をたった半年で突破し、新たに「柱」の仲間入りをすることになった恋柱だった。もっとも、当の本人は合格の褒美に休暇をもらって帰省している。
「恋柱、か。ド派手にズレてる名前だな。柱の流派は炎や水から派生してきたっつー原理原則からしても、おきて破りすぎやしねぇか?」
口火を切ったのは、豪放磊落だが口が悪い音柱だった。
蛇柱が眉間に皺を寄せて反論するより先に、岩柱が諭すように言った。
「森羅万象とは宇宙に存在する一切のものであるから、当然ながら人の世の恋情をも内包している。それをつかさどる柱が誕生しても、なんら問題はないだろう」
「ふん………ま、柱を名乗るだけの力とオツムがあれば認めてやってもいいけどよ。あぶなっかしくてかなわんだろ、あのお嬢ちゃんは」
それは否定できない………誰もが首肯したり、ため息をついたりした。むろん、蛇柱でさえも。
「まあとにかく、最終的な判断は再来月の『百人斬り』の結果にゆだねましょう。たった百人の一般隊士をねじ伏せられないようなら、そこまで。鬼との戦いではたちどころに命を落とすでしょうから」
蟲柱がかろやかに締めくくった。虫も殺さぬ笑顔に反して、言葉は辛らつだ。相変わらず食えない女だな、と蛇柱は内心舌を巻いた。
ちなみに、彼女自身はけっして「百人斬り」に参加しようとしない。「私の真価はそこではないですから」というのがその理由だ。隊士たちも「剣士として斬られて死ぬのは本望ですが、毒殺されるのはごめんです」と彼女の参加を歓迎しないのだった。
鬼殺隊最強の戦士・岩柱が大きくうなずいた。
「うむ。いみじくも、いま胡蝶が言ったとおりだ。新参の甘露寺だけではない。最凶最悪の鬼、鬼舞辻無惨との最終決戦まで、『柱』全員が生き残れるかどうかはわからないぞ」
途端、全員が戦慄した。
このうちの誰が死に、誰が生き残るのか。
死ぬものは何を持たず、生き残るものは何を持っているのか。
互いに、それを推し量るような視線を交わし合う。
「最悪、全滅………ってこともありうるよな」
音柱のひとことに、場がさらに凍りつく。
無惨が生き残り、柱が全滅する。そうなったら、いったいこの世はどうなってしまうのか………
不吉な想像をめぐらせ、押し黙った後輩たちをひととおり見回したあと、岩柱が沈黙を破った。
「あいにくだが、それ以上の『最悪』がある」
「なんですか、悲鳴嶼さん。これ以上おどかさないでくださいよ」
音柱が茶々を入れる。が、目はまったく笑っていない。
「むろん、柱の鬼化だ。よもや、その可能性を考えたことのない者はいまいな」
「もちろんです、悲鳴嶼さん」
いち早く返答したのは風柱だった。
蛇柱は眉を寄せて、向かいに座る同い年の柱を見た。
風柱の声と顔には、不自然な緊張と震えがあった。相棒の白蛇も敏感にそれを感じとったようで、風柱の顔を凝視している。
「いいか、あんたらの誰が鬼になっても、俺は迷いなく斬る!むろん、俺が鬼化してもそうしてくれ」
「左に同じ」
「右に同じ」
「僕も」
「私もです」
「当然だ」
「それっかねえだろ」
「異論はない」
最後に首肯した蛇柱の耳に、岩柱の声が突き刺さった。
「むろんだ。新参の恋柱も含めてな」
「同意」
即座にうなずいたのは5人。一瞬遅れて炎柱が首肯する。全身全霊をかけて育てあげた愛弟子への情けが、即断を妨げてしまったのだ。
ただ一人、金縛りにあったように微動だにできない柱がいた。冷や汗をかき、蒼白になった細面に、全員の視線が集中する。
誰かがぷっと吹き出し、ついで爆笑の輪が広がった。
「そら見ろ!この世の終わりみてぇな顔しやがって!」
「『弁慶の泣きどころ』直撃だな」
「体つきはどう見ても牛若丸のほうですけどね」
ここぞとばかりひやかす風・音・蟲柱の顔を、蛇柱はわずかに頬を赤らめながら睨みつけた。が、反撃の言葉が出てこない。
「落ち着け、伊黒。私が言った『最悪』とは、すなわちそういうことだ」
岩柱のひとことで、広間は再び静まり返った。
蛇柱はもとより、誰の顔にも憂慮が表れている。
「今後の無惨との戦いについて、私はあらゆる可能性を想定した。
誰が死に、誰が鬼と化すか。さらにその後打つべき手について。ありとあらゆることを」
「私も考えました。それでも、想定外の事態はいくらでも起こりうるでしょうけど」
柱最大の体格をもつ岩柱の隣で、彼に命を救われた小柄な蟲柱が声をひそめて呟いた。彼らの出会いもまた、それぞれの人生においては想定外の出来事だったろう。
「『鬼化』に的をしぼって考えると、仲間が鬼になった時点で、すみやかに首を斬る。それが鉄則です。むざむざ逃がした場合、規律違反で鬼殺隊追放、状況によっては切腹処分です。みなさん、もちろんご存じですね?」
全員の首肯を確認し、蟲柱は先を続けた。
「われわれ『柱』が鬼と化せば、上弦の月と同等、あるいはそれ以上の怪物に成り果ててしまうでしょう。それこそ無惨の思うつぼ。絶対に野に放つわけにはまいりません」
「そのとおりだ」
すかさず炎柱が同意を示した。ほかの者も無言でうなずく。
「鬼化した柱と、それを斬る柱。それぞれの組み合わせを想定したとき、ただ一つだけ、きわめて不安を感じる組み合わせがあることに気づきました。もちろんもう、みなさんおわかりかと思いますが」
「伊黒さんの前で、甘露寺さんが鬼化した場合………」霜柱がうつろな表情で呟いた。「………なるほど、最悪ですね」
風柱が大きくうなずいた。
「ああ。伊黒にはぜってぇ甘露寺を斬れねぇ。そうだろ?」
「………………………」
噛みしめられた唇。沈黙は、限りなく肯定に近かった。
過酷な訓練でも乱れることのない呼吸が、かすかだがその旋律を狂わせていた。膝の上に握りしめた拳も、小刻みに震えている。鏑丸が心配そうに、伏せられた親友の顔をのぞきこんだ。
初めて見る蛇柱の狼狽ぶり。だがもう、誰もひやかしたりはしなかった。
「柱」としての責任感と、恋柱への思慕。いま彼は、あまりにもつらい二者択一を突きつけられているのだ。
鬼殺隊最上位の「柱」としての彼の責任感が人一倍強いことは、ここにいる誰もが知っている。
ねちっこい嫌味が癪にさわるときも多々あるが、怠惰な者に厳しく、それ以上に自分に厳しいことも熟知していた。
同期の柱に劣る力と体格をカバーするため、死線すれすれの鍛錬を日々、自分に課していることも。
そんな彼が、なにをしても無条件でゆるしてしまう相手がいることも。
「恋柱」と「恋柱以外」(あるいは「姫」と「下僕ども」)。
露骨なほどわかりやすい差別対応に、仲間たちはあきれるやらおかしいやら。いつしか隊の誰もが、うぶで不器用な2人の恋を応援するようになった。
彼女を見る彼の瞳は、どんなときも優しさにあふれていた。
それまで彼を畏怖していた女子たちも、「私もいつか、好きな人にあんなに優しい目で見つめられてみたいです」と、微笑み合う2人をうっとりと眺めるようになった。
「だからよぉ、伊黒、甘露寺がドジ踏んで鬼の血を浴びちまっても、お前は甘露寺を斬らねぇでいい。そんかーし、俺の邪魔だけはすんな」
いったいなにを言っているのか。全員が首を傾げたが、勘の良い者からすぐにその真意を理解した。
「俺が鬼化した甘露寺を斬る。伊黒、お前は甘露寺の仇として、すぐに俺を斬れ」
前半は予想どおりだったが、後半は想定外だった。誰もが――岩柱と蟲柱でさえ――度肝を抜かれて言葉を失った。
「俺の手はとうの昔に汚れてる。いまさら仲間ひとり斬ったところで変わりはねぇ。だが汚れた手のまんま生きてくのはもうごめんだ。だから伊黒、最後はお前の手で片をつけてくれ」
「不死川…………」
感極まった悲鳴嶼の瞼から、滂沱の涙があふれ出た。両手に数珠をすり合わせて合掌し、風柱に向けて平伏までした。
「よ、よしてください、悲鳴嶼さん!」
風柱はあわてて駆け寄り、岩柱の巨躯を抱き起した。その様子を、ほかの面々は複雑な思いで見つめていた。
不死川の過去について、誰も詳しい話は聞いていない。お館様は知っているかもしれないが、むやみに口外する方ではない。
だがいずれにせよ、いまの発言から推察するに、彼が過去にその手で愛する者を殺めたことは間違いなさそうだ。
長いあいだ沈黙を守っていた蛇柱が、ようやく口を開いた。
「不死川、気持ちはありがたいが余計なお世話だ。お前なんぞに甘露寺と一緒に三途の川を渡らせてたまるか」
「はぁ?そこかよ!伊黒、てめっ、ガチで蛇みてぇに嫉妬ぶけぇな!」
すぐさま鏑丸が「シャーッ!」と抗議の声を上げる。ため息と苦笑で一瞬、その場がなごんだ。
「ちっ、せっかくのひとの好意をむげにしやがって。だいたいなぁ、甘露寺のことになるとまともな判断もできないお前がいけねぇんだ。そんなに好きならさっさとモノにしちまえばいいのに、それもできねぇしよ」
言ってはならんことを……と思ったときはもう遅かった。襖を突き破って飛び込んできた大蛇が風柱の胴を締めあげ、苦しまぎれに彼が放った竜巻が部屋中のものを吹き飛ばし、蛇柱も壁にしたたか身体を打ちつけた。
ぱぁんっ!と岩柱の両手が鳴った。
「決闘は屋敷の外でやれ」
「………すいません」
いつも泣いているが泣く子も黙る大先輩の前に、若造2人は素直にひれ伏した。
その後、全員でぶつくさ言いながら散乱した部屋を片づけ、小間使いたちに新しい茶を淹れさせて、話し合いを仕切り直した。
すっかり話の中心人物になってしまった蛇柱は、全員の顔を見回し、神妙な面持ちで口を開いた。
「あくまで仮定の話とはいえ、みなに心配をかけてしまったことはすまなく思う」
まったくだぜぇ、と言いかけた風柱をほかの全員が睨みつける。乱闘はもうごめんだし、みなそろそろ帰りたいのだ。
「その仮定……甘露寺が鬼化する事態が、現実になった場合は………」
そこで蛇柱は言葉を切った。だが今度は、ごく短い沈黙だった。
「俺が甘露寺を斬り、すぐに同じ刃で自害する。それが俺にできる、唯一の幕引きだ」
「そのお覚悟、証明していただけますか?」
間髪入れずに響いた蟲柱の声は峻厳だった。秀麗な顔には月のように冷たい笑みが浮かんでいる。
「お気を悪くされませんよう、伊黒さん。我々は、明日をも知れぬ修羅場に生きています。まだ平穏が保たれているうちに、本当にあなたが愛する女性に刃を向けられるか否か、そのお覚悟を見届けねばなりません」
つくづく恐ろしい女だ、と蛇柱は思った。だが、仲間の弱さを見抜いてそれを補い、戦局を好転させていく技量にはいつも感嘆する。
「…………わかった」
「おい、伊黒………」
腰を浮かしかけた風柱に、蛇柱は軽く首を振ってみせた。
「そもそも俺は、鬼が大嫌いだ。その憎悪は一生涯、変わることはない」
「その鬼が甘露寺さんでも……ですか?」
蟲柱が念を押す。が、先ほどより弱々しい声音だった。
蛇柱は目を閉じ、眉を寄せて沈黙した。
見守る全員が、胸苦しさを覚えた。
ただひとりの女を一途に愛している男を、どうしてここまで追い詰めねばならぬのだろう。「柱」だから?頭では理解していても、心が追いついていかない。
「………人を襲うすべての鬼を、俺は憎む。それだけだ」
やがて目を開けた蛇柱は、自分に向けられた同情を拒むように、そう呟いた。
すべての感情を打ち消した、完璧な無表情で。