「三雲、おい三雲」
「ん、あっ、ああ。どうした虎龍?」
「どうしたってお前、弁当箱もう空だぞ」
昼休みの屋上、昼食をとっていた修とミカンだったが、修が空になった弁当箱から無をずっと口に入れていたことを指摘する。どうも今日は修の様子がおかしい。
「授業中も上の空だし、なんかあったのか?」
「ああいや……」
「あっ……悪い、そう言えば幼なじみの子が不幸にあったんだっけ……? ごめん、無神経だった」
「いや、ちが──」
違う、修はそう言いかけて、口を閉じた。そして少し考えた後、真剣な顔でミカンに話しかけた。
「なあ虎龍、虎龍ってボーダー隊員だったよな?」
「え? ああ、そうだけど」
「……隊員になるには、試験を合格しないといけないよな?」
「ん、そりゃ勿論」
「そう、だよな」
「なんだ? ボーダーに入りたいのか? それなら残念だけど、この前入隊試験終わって正式入隊日があったばかりなんだ」
「ああ、うん。知ってる」
再び思い詰めた顔になる修。ミカンは首を傾げた。
「……ホントにどうしたんだ?」
「……ごめん」
「いや謝られても。というか謝る必要ないし…………三雲」
「な、なんだ?」
ズイッと近寄り、修の肩を掴む。ミカンの真剣な眼差しに射抜かれた修は冷や汗を垂らしたじろぐ。
「オレには話せないことか?」
「っ!? なっ、なんのことだ!?」
「バレバレなんだよ。で──話せないことなのか?」
「…………ああ」
ミカンに問いに対して、同じく真剣な眼差しで答える修。数秒見つめ続け、修が頑として話さないことを理解したようで軽く息を吐いて修の肩から手を離した。
「なら無理には聞かないさ。ただ、話したくなったらいつでも言ってくれ」
「……ああ、ごめん」
「おいおい謝るな。謝るくらいなら礼を言ってくれ」
「そう、だな。ありがとう、虎龍」
「礼はいらねーよ」
「どっちなんだ」
「冗談だ」
数秒見つめ合い、そして互いに吹き出して笑った。先程まで張り詰めていた緊張は弛緩して穏やかな空気が流れる。
そのまま昼休みが終わり、授業を受け放課後になった。そして帰り道──
「じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
互いに挨拶を交わして帰路へ着く。修の後ろ姿を見送り、ミカンもボーダー本部へと向かった。
そして、ボーダー施設内のランク戦ブースへ場面は変わる。
「…………」
「…………」
C級隊員の隊服に身を包んだ修と制服のミカンが向かい合っていた。辺りには実に気まづい空気が流れている。
「や、やあ虎龍。さっきぶり」
「ああ、うん。三雲……なんでお前いんの? さっきの口ぶりだとボーダーの試験を受けたけど落ちたっていう意味に聞こえたんだけど……?」
「いや、僕も落ちたと思ってた。というか落ちたはずなんだけど……なんか補欠合格したらしい」
「補欠合格ぅ?」
ボーダーの入隊試験にそんなものあっただろうか? 記憶を辿ってみるが思い出せない。後で三輪先輩辺りにでも聞いてみようかな、と思ったところで修に視線を戻す。
「そんなことより虎龍、頼みがあるんだ」
「そんなことで済ませられるほど軽い話題じゃないと思うけど、どうした?」
「僕を……僕を強くしてほしい!!」
そう言って勢いよく頭を下げる修。ラウンジのど真ん中でやっているためめちゃくちゃ目立っている。視線の集中砲火をくらい始めたので、ミカンは修の手を引いてカフェテリアに向かった。
「さて、なんだっけ。三雲を強くしてくれだっけ?」
「ああ。僕に戦い方を教えて欲しい。恥ずかしい話だけど、僕は運動は得意な方じゃないし、人よりもトリガーを使う才能がない」
そう言って修が見せてくれた手の甲には534と表示されていた。初期ポイントの1000から大分減っている。
「三雲、お前何回くらい戦った?」
「えっと、30回くらいだと思うけど」
「……一度も勝てなかったのか?」
「……ああ」
流石のミカンも愕然とした。どんなにセンスがなくても30戦もやれば戦い方の『た』の字ぐらいは自然と身につく筈だ。それでなくてもまぐれ勝ちくらいはすると思うのだが、だが修は全戦全敗している。
「マジかー……トリガーはなに使ってるんだ?」
「それがよく分からなくて、レイガストってやつを使ってる」
「C級入りたてでレイガスト!? ブレードトリガーの中で一番扱いづらいやつだぞそれ! ちっ、ちなみに、ブレードモードと
「し、
「……ダメだこりゃ」
冷や汗を垂らしながら首を傾げる修。ミカンはがっくしと肩を落とした。予想以上にトリガーのことを知らない修に対してどうしたもんかと悩んでいると背後から声をかけられた。
「あれ、虎龍君じゃないか?」
「ん? ああ漣さん、どうも。珍しいですね、漣さんが開発室から出てるなんて」
振り返ると資料を片手にコーヒーを持った漣が立っていた。珍しく彼女の目の下にクマはない。漣は心外だと言わんばかりに半眼になった。
「失礼な。私だって外にくらい出るさ。ところでそっちの子は初めて見る顔だけど、どちら様かな?」
「し、C級隊員の三雲修です。初めまして」
「C級……? 今期の新人で三雲君なんて子いたかな……? ……まあいいか。私は漣美月。見ての通りエンジニアさ」
「漣さん、今開発室に寺島さんっています?」
「いたと思うよ。んん? なんだいなんだいトリガーの相談かい?」
「はい。三雲の使ってるトリガーがレイガストなんですけど、こいつ何も知らずにレイガスト選んじゃったんですよ」
「虎龍君じゃなくて三雲君の相談ね。ふむふむ……なるほど大体理解ったよ。さ、着いてきたまえ」
漣にそう言われ、戸惑う修を連れて開発室へ向かった。開発室ではストローでエナジードリンクを飲みながらキーボードを打ち込んでいる寺島がいた。寺島は開発室に帰ってきた漣に気付くと手を止めて椅子を回した。
「おかえり漣……って虎龍? どうしたんだ」
「いやあ、今日は虎龍くんじゃなくてこの子。三雲くんって言うんだけど。何でもレイガストについて詳しく教えて欲しいと言ってるんだよねぇ」
「その、迷惑でなければ」
「レイガストのことを教えて欲しいだって!? 喜んで教えるよ!! むしろ教えさせてくれ!!」
「はっ、はい!?」
「言い忘れてたけど三雲、寺島さんってレイガストの開発者なんだ」
先程ミカンが話したようにレイガストはブレードトリガーの中ではあまり人気のないトリガーだ。使われるとしてもブレードとしてでは無く大盾としての役割が殆どであるし、中には剣でも盾でもなく手甲として使ってる隊員がいるくらいだ。
レイガストを作るためにエンジニアに転向したというのに仕様やアドバイスを求めに来るものは物珍しさに釣られてきた最初だけ。
このまま日の目を浴びることは無いのだろうな……と半ば諦めかけていたその時にやって来たのが、新人でありながらレイガストをメイントリガーにした修だった。
デスマーチ明けということも相まってテンションがおかしくなっていた寺島は、椅子から立ち上がると修の両手を掴みブンブンと上下に振った。
「レイガストのことなら任せてくれ! さあ何が聞きたい!?」
「えっ、えっと、レイガストの使い方というか、強みを教えて欲しいです」
「なるほど強みね。そうだな……まず、なんと言ってもシールドが使えるところかな」
どこからかホワイトボードを転がしてきてそこに『盾モード』と書く寺島。
「訓練生はトリガーをひとつしか持てないけど、レイガストはブレードトリガーでありながら盾モードに変形することが出来るんだ。ランク戦をしてて射手や銃手が強すぎるなーとか思ったことはない?」
「あります。全然近づけなくて何も出来ずに負けちゃって」
「そう。ブレードトリガー同士なら互いにブレードを受け止めることが出来るけど、アステロイドとかメテオラみたいな弾丸トリガーに対しては回避っていうアクションしか取れないんだ」
訓練生のうちは銃手トリガーが一番ポイントを稼ぎやすいと言われている理由だ。離れた距離から攻撃出来る銃手トリガーはランク戦に慣れてない訓練生達に対して無類の強さを誇る。ある程度ランク戦に慣れてくればそんなことも無くなるのだが、それでも射程のアドバンテージというものは大きい。
「そんな中、唯一攻撃に対して防御っていう手段を取れるのがレイガストなんだ。基本的な戦術としては、盾モードで守りを固めながら距離を詰めたところでブレードモードに切りかえて攻めるって感じかな。まあ百聞は一見にしかずって言うし、実際に体験してみようか」
そう言ってデスクをカザゴソ漁る寺島。書類の山に埋もれていたトリガーを見つけた。
「あったあった。漣、悪いんだけど訓練室の設定してくれない?」
「ふむ……仕方ない。三雲くんと寺島さんは先に訓練室入ってて構わないよ。虎龍くんはどうする?」
「虎龍も来てくれる? あ、行く前に銃手トリガーと射手トリガーセットしてね」
「了解です。漣さん、工具だけ貸してください」
「はいはい。これを使いたまえ」
漣から工具を受け取りトリガーホルダーを分解してチップを取り出す。寺島が使っていたPCを借りて、チップを接続。これでトリガーの変更が出来るようになった。
全てのトリガーを外してメインとサブに各射手トリガーと銃手トリガーをセットする。更新を完了し、チップを取り出してトリガーホルダーの中に組み込み工具で締め直した。
「よし、完了っと。漣さん、俺も訓練室入りますね」
「分かったよ。こっちももうすぐ終わるから待っていたまえ」
モニターと向かい合いブラインドタッチでキーボードを叩く漣の姿からは物凄く『デキる』大人のオーラが漂っている。漣は仕事を貯めなければ『デキる』大人なのだ。仕事を貯めるからダメな大人なのだが。平常時はマトモである。
訓練室に連れてこられた修は住宅街に姿を変えた訓練室に戸惑いながらトリオン体に換装した。それを見て寺島も同じようにトリガーを起動させる。
「トリガー
「えっ」
トリオン体に換装した寺島はふくよかな体型からスラッとしたモデルのような体型になっており、丸かった顔も細くなり整った容姿に変わった。
「あ、調整忘れてた。まあいっか」
「えっと……寺島さん、ですか?」
「まあ戸惑うよね。おれ、エンジニアに転向する前は痩せてたんだ。で、新規トリガーの試験をする時とかはこっちの方が都合いいからトリオン体の設定は当時の体型のままなんだ」
「な、なるほど……?」
「お待たせしましたー、誰!?」
トリガーをセットし終えたミカンが訓練室に入ってきて、寺島の姿を見て素っ頓狂な声を上げて驚く。寺島はため息をつき、もう一度同じ説明をした。
「そう言えば前そんなことを言ってたような……」
「その話は置いといて、虎龍、トリガーはセットしてきた?」
「はい。とりあえずメインにアステロイドとメテオラ、ハウンド。サブにそのトリガーの片手銃をセットしてもらいました」
「うんオーケー。じゃあ三雲くん、さっき話してた戦い方を実践で見せてみるから、なんか気になったこととか分からないことがあったら聞いてね」
「は、はい!」
修の返事に頷き、寺島がレイガストを構える。ミカンもアステロイド片手銃を取り出して銃口を向けた。
「よし、それじゃ虎龍。おれがこれから虎龍に向かって近付いて斬り掛かるから、おれを倒すつもりで弾を撃ってくれ」
「了解です。そんじゃ……行きます、よっ!」
言うが否やミカンは引き金を引いた。それに対し、寺島はレイガストを盾モードに切り替え弾丸から身を守る。それと同時にミカンの元へ走りだした。
ショルダータックルのように体を半身にして、シールドの形状をそのシルエットに合わせて絞る。
「ちょっとちょっと、ふっ!」
ミカンもただ黙って距離を詰められるのでは練習にならないと思い、バックステップで距離を空けながら弾丸を放つ。それも簡単に防がれてしまうが塀を蹴り、寺島の頭上を通過して背後を取り、トリオン供給器官を狙い撃つ。
「おっと。いいかい三雲くん、背後を取られても焦らない。レイガストのシールドはワイドに変形させることも出来る!」
そう寺島が言うようにレイガストが寺島の供給器官を庇うように形を変えて弾丸を受け止めた。それを見たミカンは「マジか」と呟く。
「それで相手の動きが止まったら、それを見逃さないで一気に距離を詰める!」
「やばっ!」
突っ込んでくる寺島に焦り弾丸を放つが全てレイガストで防がれてしまう。それが悪手だと察した時にはもう遅く、既に寺島の間合いだった。
「これくらいまで距離を詰めたなら、もうこっちのものだよ。はっ!」
「まだま──いやこれ無理だ」
ブレードを防ごうとしたが、流石に片手銃では無理だったようでミカンの体は真っ二つになった。
『虎龍君、ダウンだねぇ』
「……と、こんな風に
「凄い……! 凄い参考になります!!」
「うん、それなら良かった。何か気になったことはある?」
「えっと、さっきの──」
「それは──」
熱心に先程の戦いやレイガストの応用について質問する修に対して嬉しそうに答える寺島。寺島がこんなに生き生きしている姿を初めて見たミカンは嬉しそうに微笑んだ。
その後、射手トリガーの方でも戦い方を見せ、実際に修も戦ってみたりとミカンの防衛任務の時間まで色々試した。
「今日は色々教えていただきありがとうございました。凄く参考になりました」
「いいのいいの。三雲くんさえ良かったらまた来てくれると嬉しいな。レイガストをこんなに熱心に使ってくれる人、中々いないからさ。おれも久々に他人に教えられて楽しかったし」
「本当ですか? それなら是非、またよろしくお願いします!」
「良かったな三雲。寺島さん、それと漣さんもありがとうございました」
「お礼なんていいよ。私はトリガーの設定を変えただけだしねぇ」
手をヒラヒラと横に振って後頭部を掻く漣。修は漣にも頭を下げ、ミカンに向き直った。
「虎龍もありがとう。僕のためにわざわざ」
「いいって。オレは寺島さんたちを紹介しただけだし。と、やっば……じゃあオレはこれで。またな、三雲。それと寺島さんと漣さんもー!」
「ああ、また明日!」
気づけば防衛任務開始ギリギリになっていたらしく、ミカンはスマホを見ると慌てた顔で去っていった。修も寺島と漣に別れを告げてボーダーを後にした。
ちなみにミカンは防衛任務にギリギリ間に合ったが、今回は三輪隊と合同だったため、そこそこ怒られた。
良いお年を!