右手のポイントを見る。3860、もう少しでB級に上がれる。ふう、と双葉はラウンジで息を吐く。
「加古隊かあ……」
先日、A級加古隊の隊長、加古望に正隊員になったら自分の隊に来ないかと誘われて悩んでいた。加古と話してみたが、彼女は双葉の憧れる大人の女性だった。優しく、美しく、料理も上手で少しお茶目な女の人。
「むう〜…」
隊員の先輩たちも優しかったし、断る理由はない。ないのだが……素直に頷いていいものなのか測りかねていた。
「あたしなんかが入ってもいいのかな……」
双葉は自信が無かった。正隊員に上がってすぐ、A級部隊に入ってやっているのか。自分は役に立てるだろうか。
双葉自身、才能はある方だとは思っている。しかし自分以上の才能、所謂『天才』という存在を目の当たりにしてしまうとその自信にもヒビが入る。
「よっ、どうしたんだ。ため息なんてついて」
「キャッ!……ってなんだミカンか」
頬に当たる冷たい感触で肩を跳ねさせる。振り返ると両手に缶ジュースを持ったミカンがいた。
「なんだってなんだよ。オレンジジュースでよかったら飲むか?」
「飲む。ありがと」
ミカンは双葉に缶ジュースを渡すと隣の椅子に腰を下ろす。
受け取った缶ジュースのプルタブを開けて口をつける。すっきりとしたミカンの酸味と優しい甘さが体に染み渡る。
「で、どうしたんだ。家でもずっとため息ついてたし、なんか悩みがあるんだろ」
「あー……うん。実はね──」
双葉は今悩んでいることを吐き出した。加古隊に誘われていること、自分の実力で加古隊に入ってもいいのか迷っていること、実際に今現在伸び悩んでいること、全てを話した。
その話を聞いてミカンは数秒唸った後、首を傾げた。
「いや、別にいいんじゃないか?」
「えっ?」
「実力が足りてないって思ってても、伸び悩んでいるって感じても、加古隊に入ってから解消していけば別に遅くないだろ?それに、加古さんは双葉の才能を買ってスカウトして来たのならそのことも織り込み済みなんじゃないか?」
なんかおかしいか?更に首を傾げる。ミカンは何を言ってるのだろうか、ポカンとしながら今しがた言われた言葉を反芻する。
「………確かに」
目からウロコとはこのことだろう。そもそも双葉はまだ訓練生、伸び代もなにも育ち盛りの成長期真っ最中である。考えれば考えるほど頭がこんがらがってしまっていたのに、今はとても清々しい気分だ。思わず笑みが零れる。
「あはっ、考えすぎてたみたい」
「スッキリしたか?」
「うん。ありがとミカン」
お礼を言うとミカンは朗らかに笑う。
いつもそうだ。困っていると助けてくれて、悩んでいると聞いてくれる。ふと双葉は思った。何故彼は自分のことを助けてくれるのだろうか、と。
そんな心情も露知らず、ミカンは席を立つとグッと伸びをしてランク戦ブースの方に視線を向けた。
「さて、と。悩みも解決したしオレはランク戦でもしてこようかな」
「ランク戦……ねえミカン」
「ん?」
「私ともランク戦って出来る?」
わがまま次いでにもう少しだけ付き合ってもらうことにした。
「どうしたどうした。守ってるばかりじゃ倒せないぞ」
「くっ、ぬっ、ふっ、わかっ、てるっ、もんっ!」
「ほいさっ、と」
「キャッ!?」
斬り掛かったところを返され弧月を弾き飛ばされた。
市街地Aのマップに転送された二人はランク戦を行っていた。と言っても訓練生と正隊員ではポイントの移動は起こらないのでタダの模擬戦なのだが。
弧月を納刀してミカンは口を開く。
「やっぱりセンスあるよ、双葉」
「ホント?ミカンから1本も取れてないけど……」
「元々生身で動けるってのもデカいんだろうな。身体の動かし方が分かってる。あとは剣を覚えていけば段々マスタークラス相手にも食らいつけるようになってくると思うぞ」
「勝てる、って言わないんだ」
「運が良ければ勝てるかもな」
「なにそれ」
不貞腐れる双葉に苦笑して頭を撫でる。
「そんなぶぅたれるなって。筋は良いんだから、A級に行けばいやでも強くなるさ」
「むう……」
「たっく……そうだ、面白いの見せてやるよ」
「面白いもの?」
拗ねててもやはり年頃、気になるものは気になるのか途端にソワソワしだした。双葉から離れてミカンはオプショントリガーを起動させる。
「『韋駄天』起動」
瞬間、ミカンの体がブレる。瞬きする暇もなく、気づけば双葉の後ろにミカンが立っていた。
「え、えええ!?なにそれ!!」
「これは試作オプショントリガーの『韋駄天』。予め設定したルートを高速で移動することが出来るんだ」
上手く使えるようになれば一方的に相手を斬ることが出来るかもな、と話している間も双葉の瞳は輝いたままだ。巨大ロボの合体シーンを初めて見た男児のようにキラキラとした眼をしている。
「私も正隊員になれば使えるかな!?」
「ああー……言いづらいんだけど、これこのままだと没になるんだよ」
「え」
ビシリ、そんな音が聞こえた気がした。ミカンが自分以外に
「それって私がやっちゃダメかな!?」
「え?」
そう言われ少し考える。確かに権限的には問題ない。元々試作トリガーはA級部隊が発案したアイデアを叶えたものが多い。今回はエンジニアが開発したトリガーだったが、A級隊員が試したいと言えば問題なく組み込むことが出来るだろう。それどころか『韋駄天』はこのままだと没になってしまうので逆に頼まれるのでは無いだろうか?
そこまで考えて、ミカンは頷いた。
「そうだな。ちょっと聞いてきてやるよ」
「ほんと!?」
「可能性は高いと思うけど、あんまり期待しすぎるなよ」
「うん!」
勢いよく首を縦に振る双葉を見て、これは聞いてないなと苦笑した。
ブースから出てミカンは双葉に待ってるように伝える。
「じゃあ聞いてくるから、ランク戦でもして待っててくれ」
「分かった!早くね!」
「はいはい」
妹分に急かされては仕方がない。ちょっとだけ駆け足でミカンは開発室に向かった。
一方の双葉は期待と興奮で胸いっぱいだった。こんな調子ではランク戦なんて出来ないし、大人しく待っていることも出来ない。
初めて見た『韋駄天』、それが魅せる高速移動に心奪われてしまった。自分ならこう使う、こう戦う、こう振るう、想像の中の自分は縦横無尽に戦場を駆け回り、弧月を振り回していた。
「ふふ、ふふふ」
堪えきらない口から喜声が漏れてしまう。でも仕方がない、堪えることが出来ないのだから。
しかし待つと言っても流石に手持ち無沙汰。しかしランク戦には身が入らないし、誰かに指導して貰えれば一番いいのだが、唯一の候補である指導者は現在開発室に向かっている最中だ。
双葉が唸っていると凛とした声がかけられる。
「ねえ、今大丈夫かな?」
「はい?」
振り返ると真面目そうな女性が立っていた。ミカンと同じくらいの歳だろうか、優しげな笑顔と好意の視線を向けられて悪い気はしない。
「なんでしょうか?」
「ああ、えっとね。なんか凄く嬉しそうだったから、もしかしたら正隊員になったのかなーと思って」
「いえ、まだです。でももう少しでなります」
ふんす!と胸を張り手の甲のポイントを見せると女性は手を合わせて自分の事のように喜んだ。
「わあ!流石ね黒江さん!」
「えへへ……あれ、名前?」
「あ、やっぱり覚えてなかったか……私は木虎藍。嵐山隊の隊員で黒江さんたちの入隊式の時にも案内してたのよ。あの時の訓練生の中で緑川くんと黒江さんは頭一つ抜けてたから記憶に残ってるの」
そう言われて、記憶を探る。確かに言われてみれば見覚えのあるような、ぼんやりとした言葉しか出ないが木虎が双葉のことを知っている理由は分かった。
「そうだったんですか、ありがとうございます!それとすみません、木虎先輩のことを忘れてしまっていて……」
「ああそんな頭なんて下げないで!全然気にしてないから!」
双葉が頭を下げるのを見て慌てて止めさせる木虎。自分より年上なのに可愛らしいなと思い、双葉はクスリと笑った。
「そうだ黒江さん、今って暇かな?」
「はい。ちょうど時間をつぶしてる最中なんです」
「それなら、もし黒江さんが良ければなんだけど、模擬戦とかしてみない?同じA級部隊の女子として仲良くしたいんだけど……どうかな?」
「いいんですか!?ぜひお願いします!」
貴重なA級隊員と模擬戦が出来るチャンスを断るわけが無い。双葉が食い気味に肯定すると木虎はパアッと花が咲いたような笑みを浮かべた。
「ふふっ、こちらこそよろしくね。あ、あとその……もし良かったらふ、双葉ちゃんって呼ばせてもらってもいいかな?」
「はい。全然かまいません!」
「ホント!?ありがとう双葉ちゃん!」
「もう、お礼を言うのはこっちですよ」
笑い合いながらブースへ向かう二人。
二人の仲はとても良好なものだった。
開発室に到着したミカンは寺島を探すが部屋を見回してもあのふくよかなボディは見つからない。仕方ないので誰か他のチーフエンジニアの人はいないか探していると、書類片手に缶コーヒーを飲んでいる美月がやってきた。
「探しているのは寺島さんかな?」
「漣さん。そうなんですよ『韋駄天』の適任者が見つかったから伝えようと思ってきたんですけど……」
「『韋駄天』?ああ、寺島さん主導で開発してたオプショントリガーだったね。てっきりミカン君が使うものだと思ってたんだけど、適任者とは?」
「オレの従妹の黒江双葉です。正隊員になったらA級の加古隊に入る予定なので人材としてはバッチリですよ。才能もありますし実力もこれからメキメキと伸びてきますからね」
いつになく饒舌に話すミカンに珍しいものをみたと目を瞬かせる美月。
「キミがそこまで言うほどとはねぇ……。少し親バカならぬ従兄バカも入ってそうだが、一応キミの言葉を信用しよう」
「個人ランク戦の動きを見れば漣さんも納得しますよ」
「ふぅん……。おっと、待ち人がお戻りになられたようだよ」
そう言って美月が書類を向けた先にはスナック菓子の袋を持った寺島と、何故か迅がいた。手には同じスナック菓子の袋が握られている。
「寺島さん……と、迅さん?」
「あれ虎龍、どうしたの?」
「やあやあ虎龍。漣さんもどうもー」
「開発室に来るなんて珍しいこともあったもんだね、何を企んでるんだい迅君」
「ちょっと寄っただけでそんなこと言われるのおれ?」
「胸に手を当ててよーく考えて見るといいさ。ほら分かったろう?日頃の行いだねぇ」
あっはっはっ、と笑う美月の瞳は笑っていない。恐らく迅のエリートセクハラの被害にあったことがあるのだろう。迅も両手を合わせて頭を下げている。
これが実力派エリートの姿か……と白い目を向けているミカンだったが、開発室に来た目的を思い出して寺島を呼ぶ。
「そうだ寺島さん。『韋駄天』の適任者見つかりましたよ」
「え?本当?」
「はい。加古隊に入る予定のオレの従妹、黒江双葉です」
「おー加古隊……に、入る予定?どういうこと?」
「まだ訓練生ってことだろ?」
いつの間にか美月に謝り倒していたハズの迅が会話に参戦してきた。
「あれ、もう折檻は済んだんですか?」
「ああうん。ちょっと取引をして」
美月の方を見ると先程まで発していた不機嫌オーラは霧散しており、上機嫌に鼻歌まで歌っていた。
「……いったいどんな取引をしたんですか?というか本当に取引でした?対等でしたか?」
「いやあ8対2くらいかな」
「8が漣の方か。で、話を戻すけどその黒江って子は乗り気なの?」
「はい。見せてあげたらめちゃくちゃ目をキラキラさせてました。運動神経もいいですし、身軽さ的にもオレより適任だと思います」
「なるほどね。……うん、じゃあその黒江が正隊員になったら開発室に来るよう伝えてくれる?あ、出来れば加古隊長と一緒に来てもらえると助かるかな」
「分かりました。じゃあOKが出たってこと伝えに行ってきます」
「はいよー。早っ」
善は急げ、双葉とリンゴのことならもっと急げ。ミカンは返事を貰うと風のように開発室を飛び出した。そんな姿を見て迅は笑いをこぼす。
「いいねぇ、若いって」
「年寄りぶるにはまだ若いよ、君も。おれもだけど」
「あっはっは。そりゃそうだ」
じゃ、実力派エリートもこの辺で。と、手を上げて開発室を出ようとする迅。出る間際に寺島に一言、爆弾をぶん投げた。
「あ、寺島さん。今度の休みの日、空けといてね」
「ん?なんで?」
「漣さんとデートしてもらうから。それじゃあ」
「なんて?」
「なんで???」
開発室からダッシュでラウンジに到着したミカン。辺りを見渡して双葉を探す。
「いたいた……って、あいつは……木虎?」
「あ、ミカン!」
「え?」
双葉もミカンに気づき、手を振る。その横にいる木虎に対して疑問符を浮かべるミカンと、双葉の待ち人がミカンだったとは思わず目をパチクリさせる木虎。
困惑しつつも双葉と木虎の元へ向かう。双葉は瞳を輝かせてミカンに駆け寄った。
「ミカンっ、どうだった?」
「ああ。OKだってさ。正隊員になったら加古隊長と一緒に開発室に来てくれって言ってたぞ」
「やった!ありがとミカン!」
「いいっていいって。それより、なんで木虎が?」
ミカンとしてはただの疑問だった。双葉と木虎に接点があったとは思わず、そう言った。
しかし、少し言葉が足りなかった。
「何?私が双葉ちゃんと一緒にいちゃダメかしら?」
ぎぬろ、とミカンを睨みつける木虎。先程のミカンの発言に対して『なんで木虎みたいなやつと一緒にいるんだ』と解釈してしまったようだ。勿論考えすぎである。
「いや別にそうは言ってないだろ」
「あら、じゃあどういう意味かしら」
「そのまんまの意味だっつの。そんなんもいちいち説明されなきゃ分かんねぇの?」
話をする度に喧嘩腰な木虎に対してミカンとあまり好意的な印象は持っていなかった。ミカンも刺々しい口調で言い返してしまう。
ピキリ、そんな音が木虎のこめかみから聞こえた気がした。
「ごめんなさいね。私、不良の言葉をそのまま受け取るなんて出来なくて」
「ああ?誰が不良だって?」
「ふっ、鏡でも見てきたら?」
「ちょ、ちょっと二人ともその辺に……」
売り言葉に買い言葉、どんどん柄が悪くなっていくミカンと眉間にシワを寄せる木虎。双葉が仲裁に入ろうとするが今の二人には聞こえていないようで。
「大体、お前なんなんだよ。毎回毎回突っかかって来て、廊下ですれ違う度に睨んできてよく広報の仕事が出来るよな」
「元はと言えばあなたが私のことを嘲るような言い方をしたのがキッカケでしょう。その事について謝罪もないし、睨まれて当然ね」
「だからそのキッカケがなんなんのか分かんねぇって言ってんだろ?いつの事だよ?」
「あなたにとっては覚える価値も無い存在だったのね……!入隊式の時よ!」
「入隊式ぃ?あの時なんにも話してないだろオレら」
「〜〜〜!!バカにしてぇ……!!何であなたみたいな不良に双葉ちゃんみたいな可愛い子が懐くのよ!」
「さっきから不良不良って、オレのどこが不良なんだよ!」
「その髪と目付きに決まってるでしょ!どうせ双葉ちゃんの弱みでも握って脅してるんでしょ!」
「んだとコノヤロウ……!!言わせておけば……!!!」
段々と言い争いもヒートアップしてきてなんだなんだとギャラリーも集まり始めた。そして、遂にプチンと切れた。
「いい加減に、しなさーい!!」
双葉が爆発した。初めて聞いた双葉の大声に、ミカンと木虎、両者ともに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
「ふ、双葉……?」
「ふ、双葉ちゃん……?」
「まずミカン!なんで喧嘩腰なの!」
「い、いやでも先に言いがかりを付けてきたのはあっちの方で……」
「言い訳無用!男の子がもちゃもちゃ言わない!」
「はいっ!」
余りの剣幕に背筋を正して敬語で返事をしてしまうミカン。続いてギロリと木虎に目を向ける。視線を受けた木虎はブルりと肩を震わせた。
「木虎さんも、なんでそんなトゲトゲした口調で話すんですか!」
「だ、だって虎龍くんが私に対して言ったことを覚えてないから……」
「だからって喧嘩しなくてもいいでしょうが!」
「ひんっ!」
双葉の勢いに押され半泣きになってしまう木虎。
「それに、いくら腹が立ったからと言って、ミカンの見た目に対してどうこう言うのは間違ってると思います」
「うっ……」
そう言われ肩を落として下を向く木虎。木虎自身も言いすぎたと思うところがあったのだろう。
「はい。二人とも謝って」
「えぇー……はい謝ります。えっと、喧嘩腰になって悪かった……あと覚えてなくて、ごめん」
「うっ……その、私も容姿を貶してしまって、ごめんなさい……それと睨んだことも……」
「はい、仲直りの握手して。はやく」
双葉の圧に押されながらおずおずと互いに手を差し出して握り合う。
「よく出来ました。じゃあミカン、帰ろっか」
「あっ、はい」
「木虎先輩も、また今度稽古付けてくださいね」
「あっ、はい」
まるで台風のような一連の出来事にギャラリーたちは困惑していた。困惑しながらもただひとつ理解出来たのは、双葉は強いということだけだろう。
自分自身でQ&A
Q・結局双葉と木虎は不仲なの?
A・この物語の中では良好です。ついでに木虎とミカンの仲も良好……とまではいきませんが悪くは無くなりました。