オレンジ・リベンジ   作:妖魔夜行@

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息抜き回です


第十八話「漣姉妹のショッピング」

 日曜日。世間一般的には休日である。それはボーダーも例外……ではあるのだが、たまたま休みが取れた美月はひなと共にショッピングに赴いていた。

 

「ふっふっふーん♪」

「こらこらひな。そんなに急がなくてもお店は逃げないよ」

「えっへへー。久しぶりのお姉ちゃんとのお出かけだから嬉しくて! 休日でもランク戦があったりして中々出かけられなかったし……」

「全く……我が妹ながら可愛くて仕方がないねぇ」

 

 やれやれといった表情をしながらも美月の顔は喜色満面であった。姉妹仲良く手を繋ぎながら歩く姿はとても微笑ましい。

 

「さて、最初は何を見るのかな?」

「えっとねー……新しいコート!」

「コート……ああ、そういえば破けたとか言ってたねぇ」

「うん。引っかけちゃってビリビリッて」

 

 「たはー」、と苦笑するひなの眉は下がっており、少し悲しそうだ。可愛い妹には笑っていて欲しい美月は普段トリガーにしか回していない頭を回転させて、ひなが喜びそうな提案を考えた。

 

「ふむ……そうだ。今日買うコート、お揃いのものにするかい?」

「おそろい! いいのお姉ちゃん!」

「提案した側なのだから断る理由がないだろう?」

「やったー! えへへ……嬉しいなぁ」

 

 やだ、私の妹、可愛すぎ? 

 ひなの可愛さに目が眩んだ美月は懐からサングラスを取り出し、流れるような動作で装着した。

 

「おや、あれは……」

 

 そのまま並んで歩いていると、見覚えのある顔を見つけたので声をかける。

 

「やあやあ三雲少年。奇遇だねぇ」

「漣さん。ご無沙汰してます……サングラス?」

 

 修は美月の顔を見て疑問符を浮かべている。が、特に気にすることでもないかと判断したようでそのまま会話を続けた。

 

「買い物ですか?」

「そうだよ、愛しい妹とデート中さ。ああこの子はひな。虎龍君と同じ部隊に所属してる……って、もう知っているか」

「そうですね。こうやって顔を合わせるのは初めてですけど」

「ですね! あたしは漣ひなです! よろしくお願いします三雲先輩!」

「ああ、うん。三雲修です。こちらこそよろしく」

 

 ビシッ!と敬礼ポーズを取るひなのテンションに若干ついていけていない修は戸惑いながら挨拶を返した。

 そんな修の横腹を隣の女性が肘でつついた。

 

「ちょっと修、あなたいつの間にこんな可愛い子と知り合いになったの」

「漣さん……お姉さんの方はボーダーのことでお世話になってるんだよ。妹さんの方は今日がほぼ初対面だけど」

「そうだったの。いつも修がお世話になってます。この子ボーダーのことあまり話してくれなくて、よくやっていますか?」

 

 しずしずと頭を下げる女性の顔は修の面影を感じさせる。修の事を心配している顔で聞いてくる様子を見て、「ははーんお姉さん仲間か」と美月は一人納得した。

 

「お世話だなんて、私はほとんどなにもしてませんよ。それで、三雲君のお姉さん」

「「母です」」

 

 時が止まったような気がした。ニコニコ顔のまま「ん?」と首を傾げた美月は再び聞いた。

 

「……母? 姉ではなくて?」

「「母です」」

 

 はは、ハハ、HAHA、母。なんと目の前の女性はSisterではなくMotherだった。

 

「…………わあお」

「お姉ちゃんが見たことない顔してる……」

 

 激太りした寺島を見た時以来の衝撃に美月は言語が消失してしまった。ゆるゆる日常系四コマ漫画に出てきそうな顔をしている姉をひながなんとか正気に戻し、会話に復帰させる。

 

「失礼、取り乱しました。三雲君の話でしたね……安心してください。彼は研究職の私から見ても分かるほど努力していますよ。友人や目上との関係も良好です」

「そうですか、それなら良かったです。頑張ってるのね修」

「そこまで言って貰えるほどでは無いと思うんですが……ありがとうございます」

 

 お世辞では無いのだが修は本当に自分はそこまで言って貰えるほどの人間ではないと思っていそうだ。

 

「……キミは自己評価が低いねぇ。卑屈というわけではなさそうだけど」

「はあ、すみません」

「なんで謝るんですか?」

「え? えっと、うーん……」

「……この通り、ちょっとこういったところがあるので。気にかけてくれると嬉しいです」

「心中お察ししますよお母さん」

 

 その後他愛のない世間話をして修達は去って行った。

 

「なんだか面白い人だったね、三雲先輩」

「もう少し自信を持ってもいい人間だと思うんだけどもねぇ私は」

 

 修と関わりのある人間なら大体が同じことを思っていることだろう。何故かは知らないが修は自分の価値を低く見積もっている節がある。

 

「ふむ……彼の性格だといつか大事を招きそうなんだけどもねぇ。迅君とも交流があるようだし何かしら手はあるのだろうけども……」

「お姉ちゃん?」

「ああいや、ごめんよ。私が気にしなくてもいいことだった」

 

 こてりと首を傾げるひなの頭を優しく撫でる。気持ちよさそうに目を細める愛妹を見て口角が限界突破したところで再び知人と出くわした。

 

「さざな……なんだその顔」

「うわ」

「おっと李さん。あと寺島さんは普通に引かないでくれるかな?」

「ししょー!」

「ごふっ」

 

 大きめのビニール袋を両手に持った寺島と李は美月のだらしない顔を見てドン引きしていた。

 ひなは李を見つけた瞬間、ロケットのように李の腹部に向かって飛んで行き、そこそこのダメージを与えていた。

 

「街中で師匠はやめろ」

「まずそこなんだ……漣が外に出てるなんて珍しいと思ったら妹さんも一緒だったのか」

「会う人全員に言われないといけないのかい私は?」

 

 そんな不摂生だったか……? と自分の生活態度を見直してみるが別段おかしな所はない。しかしそれは間違いで、第三者から見ればかなりおかしいのだが本人が気づいていないだけだったりする。

 

 ふと寺島のもつビニール袋が視界に入り中身を見て「ほうほう」と頷く。

 

「お二人はなんだい、宴会かな?」

「ご明察の通り諏訪の家で酒盛りだ。風間と木崎も来る」

「イツメンってやつだね」

 

 美月が言った様に、李、寺島、諏訪、風間、木崎は同年代でよくつるんでいる。今回は宅飲みのようだが、居酒屋に集まって飲み食いすることの方が多い。

 と、李に抱きついたままだったひなが顔を上げた。

 

「ししょー、お酒飲むんですか?」

「多少な」

「嘘つけ、ワクのくせに」

「わく?」

 

 聞きなれない単語に首を傾げるひな。我が妹は何故こんなに可愛いのかとデレデレしながら美月が人差し指を立てて説明する。

 

「簡単に言えば酒豪ってことさ。よくお酒強い人のことをザルって言うだろう? ザルは穴が開いていてもまだわずかに止まるところがあるけど、ワクは本当に枠だけだから酒が止まることなく流れ落ちるんだ。だからお酒に凄い強い人のことをワクって言うんだ」

「へぇー!! ししょーってお酒強いんですね!」

「なんの自慢にもならないがな。酔いたい時に酔えないのは不便だ」

 

 ひなを引き剥がしながら仏頂面で李は話す。

 

「そう言えばひな、この前のランク戦の狙撃だが……」

「うっ、えっと、どのランク戦でしょうか……?」

「東隊と弓場隊とのやつだ。弓場隊の外岡にカウンター狙撃されただろ。終わる時間も遅かったから反省会も出来なかったしな」

「いや今やらなくてもいいでしょ。折角の休日なんだし」

「む? ……それもそうか」

 

 指摘され引き下がる李を見てホッと胸を撫で下ろした。

 

「明日は防衛任務が終わったあとにしよう」

「えっ」

 

 ガーン!と言う擬音が聞こえるように口を開けてショックを受けた。

 

「あまり私の妹をいじめないで欲しいんですがねぇ」

「いじめているつもりはないが、見ていて面白い反応をするなとは思う……そんな顔で見るな」

 

 冗談だ、と言って頭を軽く撫でた。その横でふと思い出したように、寺島がひなに話しかける。

 

「そういえば妹ちゃん、『アレ』どんな感じ?」

「あれ? ……あっ! はい! いい感じです! 色々ありがとうございました!」

「なんだいなんだい、寺島さんは私の妹に何を仕込んだんだい」

「頼み事されたからちょっと手伝っただけだよ。ちなみに口外禁止らしいから俺からは何も話せない」

 

 誰に?と意味を込めた目で見つめると無言で李の方に顔を向けた。

 

「李さん?」

「次のランク戦で多分わかる」

 

 素っ気なく返した本人はスマホを手に取り画面を数秒を見つめる。

 

「……っと、諏訪のアホからメッセージだ。『遅い』だと」

「おっと、呼び止めてしまって申し訳ない」

「別に気にしなくていい。アイツらが待つだけだ」

 

 スマホをしまい、荷物を担ぎ直す。

 

「じゃあな」

「またね」

「またご指導お願いしまーす!」

 

 ヒラヒラと手のひらを振って二人は諏訪宅へ向かって行った。それを見送り、自分たちも再び歩き始める。

 

「防衛任務かー……」

 

 ぶるりとひなの体が震えたのを、美月は見逃さなかった。

 

「寒い? 喫茶店にでも入るかい?」

「ううん違うの、これは……違うの」

 

 活発快明ないつもの様子とは違い、その顔には不安が見え隠れしている。こんな顔を見せられては姉として放っておくわけにはいかない。

 

「私には話しずらいことかな?」

「うぅん……」

「ふむ……」

 

 話したいけど、話していいものなのか分からない、と言ったところだろうか。

 

「……防衛任務が怖いの」

「防衛任務が? それはまあ……」

 

 正隊員に上がったばかりが必ずぶつかる壁、それは近界民(ネイバー)への恐怖だ。訓練では動けていたのにいざ目の前にすると体が委縮して思うように動けなくなると言ったものは消して少なくはない。ましてやひなくらいの年齢の子なら猶更だろう。

 しかしそれにしては今更な気もする。なんせひなが正隊員になってからそれなりの時間が経っている。付け加えて言うのであればそもそも防衛任務自体何度も行ってきたことだ。問題があれば身内である自分にも話は来る筈、だがそう言った内容の話は美月の耳には届いていない。

 

「どうして──は、違うか。何が怖いんだい?」

「えっと……そのミカン先輩が……」

「ミカン君?」

「はい? なんすか?」

 

 何故ミカンの名前が出てくるのか、不思議がっていたところに本人が現れた。右手は妹リンゴに繋がれており、左手は妹分である双葉に繋がれている。

 

「なんでここに……と言うか面白い状態だねぇキミ」

「リンゴと双葉に冬服せがまれて。で、今呼びました?」

 

 ちらり──(ひな)に視線を向ける。ふるふると小さく首を横に振ったので先程の話は黙っておくことにした。

 

「いやあね、今日はよく知り合いに会うからもしかしたらキミにも合うんじゃないかと話していたのさ」

「へえ。そんなに言うくらい顔見知りと会ったんですか」

 

 三門市は狭いっすねぇ、と話す彼の様子はいつも通りだ。

 その隣で休日にひなと会えたことを喜んでいたリンゴが、ひなの様子が少しおかしい事に気づく。

 

「ひなちゃん、大丈夫? なんか元気なさそうだけど……?」

「ふえっ? だ、だいじょーぶだよ! ちょっと歩き疲れちゃったんだと思う」

「ひなが疲れるなんて……三門市中を歩き回ったの?」

「そこまでしなくても普通に疲れるからね!?」

 

 双葉の中でのひなはどれだけ遊んでも体力が有り余っている年中元気いっぱい溌剌っ子だったので、今の発言も冗談ではなく真剣にそう思っていたりする。

 

 和やかな空気だ。

 

「ああ、そうだミカン君」

「? はい、なんですか」

 

 振り返って首だけ向けるミカン。その眼は穏やかだ。

 

「さっき李さんと会った時に聞いたんだけどねぇ」

 

 観察する。困惑が含まれてはいるが依然穏やかなまま。

 

「明日は防衛任務らしいよ」

 

 瞬間──瞳に籠る感情から憎悪が零れる。

 

 が、すぐに納まり元に戻った。

 

「そっか、明日だっけ。ありがとうございます。普通に忘れてました」

「ちょっと、気を付けなよミカン。ミカンが忘れるとリンゴも欠勤になっちゃうんだから」

「えっと、私は覚えてたよ?」

「おいおい。教えてくれよ」

「だって普通に覚えてると思ってたんだもん」

 

 ぷんすこと頬を膨らますリンゴを双葉と二人でなだめる姿を見て先ほどの眼は自分の見間違いだったのではないかと困惑する。右手を握られる力が増したのを感じてひなの様子を伺う。強張った表情で笑みを浮かべているひなを見るに、やはり見間違いではなかったようだ。

 

「……さて、帰路の途中に邪魔をして悪かったね」

「いえ、助かりました」

「ふむ……ではまた会おうミカン君。それと妹君と黒江君も」

「はい。ひなちゃんもまた明日!」

「またね、ひな」

 

 お互い空いている方の手を振り帰路に戻る。ひなもそれに倣い、挨拶を返した。

 

「うん、また明日!」

 

 笑顔ではあったが、その顔はまだ堅いままだった。

 

 ショッピングを一時中断して、近くにあった喫茶店に入る。ホットココアに口をつけて落ち着いたところで話し始めた。

 

「……成程ねぇ。防衛任務が怖いって言うのは、防衛任務の時のミカン君が怖いってことだったんだねえ」

「うん……ミカン先輩ね、近界民を見つけると怖い顔になるの。目もすごい冷たくなるし……」

 

 先程のミカンの目付きを思い出し「確かに」と頷く。

 

「李さんに相談とかはしたのかい?」

「うん……でもししょーは『こればかりは仕方がない』って……」

「まあ、そうだね」

 

 心の傷というものはそう簡単に癒せるものでは無い。何年経とうがミカンの中では近界民は倒すべき、憎むべき存在なのだ。

 

「妹君はどうなんだい? 彼女だって近界民はトラウマになっててもおかしくないと思うけど」

「リンゴちゃんは思ったより平気だったみたい。侵攻当時に近界民を見てないっていうのもあるけど、ミカン先輩がいるから大丈夫なんだって」

「ふぅん」

 

 それはなんとも愛に溢れた理由だ。が、同時に危うくもある。口には出さなかったが美月はそう思った。

 リンゴはミカンがいるからボーダーに所属できているが、逆に言えばミカンに何かあればリンゴの心は折れるということだ。

 

(そこら辺を李さんが理解していないわけないし、最悪迅君がいる……どちらにせよ私が考えることではないか)

「お姉ちゃん?」

「ああ、ごめんごめん。ま、どうしても耐えられなくなったら私に言いなさい。どうにかしてあげるから」

「うーん……どことなく不穏」

「失敬な。ちょっとお話するだけだよ」

「あははっ。うん、ありがとうお姉ちゃん」

 

 妹を少しは元気に出来たし良かったかな。温くなったココアを飲みながら美月は微笑んだ。




自分自身でQ&A

Q・三バカはどうなったの?
A・転校してきたミカンの見た目にビビったのとボーダーであることを知って教室でヤンチャするのを辞めました。
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