オレンジ・リベンジ   作:妖魔夜行@

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第二話「三門市へ」

 新幹線に揺られること一時間半、三門市の駅に到着した。スーツケースを引きながら家族を探す。

 キョロキョロしていると手をブンブン振っている女性を見つけた。

 女性は人当たりの良さそうな朗らかな笑みをしており、ややくせ毛気味に伸びたブロンドヘアーをシュシュで纏めてポニーテールにしている。

 彼女は少年の父の妹、つまりは叔母である。

 

「久しぶりねーミカンくん! 大きくなっちゃってもー!」

「お久しぶりです、叔母さん。叔父さんも、今日からお世話になります」

 

 ミカンくん、それは少年のことだ。虎龍ミカン。それが彼の名前だ。

 名前を表すようなややオレンジ色にかかった茶髪は決して染めた訳では無い。子供の頃から変わらない地毛だ。

 

「ハハハ、そんな固くならなくていいよ。これから長い間一緒に暮らしていくんだから」

 

 そう笑うのは茶髪をさっぱりと切りそろえた男性。黒いフレームのメガネをかけているが気難しそうな印象はなく、気さくなイメージを与える。

 その叔父の後ろからひょこっと顔をだす少女。

 

「ほら双葉、挨拶しなさい」

「うう、えっと……黒江、双葉です……初め、まして?」

 

 オドオドしながらミカンに挨拶した少女は黒江双葉。母親と同じ髪色をしており、その明るい髪をツーサイドアップにしている。活発そうな雰囲気を感じさせる髪型だ。

 

「初めまして……なんですかね」

「うーん、どうだろう? 双葉ちゃんもミカンくんもすっごく小さい頃にあったことはあるんだよね。双葉ちゃんがまだ赤ちゃんだった時、ミカンくんが保育園に入り始めた頃あたりにね」

 

 ミカンはそれを聞いて記憶を探る。しかし幼い頃の記憶は朧気でやはりぼんやりとしか思い出せなかった。

 

「そう言えば会ったことがあるような、ないような」

「まあアルバムがあるから家に着いたら見せてあげるよ」

 

 朗らかな表情をしながらそう話す叔父。四人は叔父の車に乗って黒江家へ向かった。

 黒江家へ向かう最中、車内では転校する中学校について、ミカンの部屋について、これからの生活について、色々なことを話していた。

 

「中学校は三門中学校にするんだっけ?」

「はい。学校帰りにボーダーに通えそうな距離で学力も自分に見合ったところだったので」

「ミカンくんはボーダーに入る為に戻って来たんだもんね……」

 

 どこか寂しそうに話す叔母を見て、双葉は首を傾げる。それから「あっ」と声を出して察した。慌てて申し訳なさそうな顔をしてミカンに目を向けるが、ミカンは特に気にした様子もなく話を続ける。

 

「そうですね、来週入隊試験を受けるつもりです」

「僕が言うのもなんだけど……ミカン君、あまり張り詰め過ぎないようにね。そんな状態はいつまでも持たないからさ」 

「……分かってます、大丈夫ですよ」

 

 ミカンはぶっきらぼうに答えると窓を開けて外の景色に視線を移した。それっきりミカンが話すことはなかった。

 

 

 

□■□■□■□

 

 

 

「さあ着いたよ」

 

 そう言って叔父が車を停める。

 黒江家は『普通』の家だった。虎龍の実家のように和の屋敷のような家ではなく、普通の一軒家。ただ三人で住むには少し大きい、そんな家だった。

 

「僕がミカン君の荷物を降ろすから双葉、ミカン君に部屋を案内してあげて」

「え、でも」

「いいからいいから」

 

 少し申し訳なさそうにするミカンだったが双葉に案内されるために手を引っ張られると、そのまま家の中へ連れて行った。

 

 父親に言われミカンに家の中を案内していた双葉は、距離を図りかねていた。突然増えた家族、しかも自分より年上の男だ。困惑するのも無理はない。

 

「えっ、えっと、ここがミカンさんの部屋です」

 

 2階に上がり廊下を曲がった突き当たりの部屋に案内して、双葉はそういった。

 ミカンは部屋の中に入るとぐるりと見回す。タンスやベッド、机に椅子とシンプルなインテリアが置かれている。

 今日からここで過ごすのか、とミカンが少し物思いに耽っていると双葉は急に黙ったように見えたのかオロオロとし始めた。

 

「あ、あの……」

「ん? ああ、ゴメン。ちょっとボーッとしてた」

「え、あ、いえ。大丈夫です……あの、ミカン……さんは」

「ミカンでいいよ。敬語も無しでいい。歳も近いだろうから」

「え、でも……」

「いいよ」

 

 双葉の目を見て平坦に話す。双葉にはどことなく優しく聞こえた。

 

「じゃあ…………ミカン、は、お父さんとお母さんのことが嫌いなの?」

「別に、嫌いなわけじゃないよ。ただ、どう接すればいいのか分からないだけ」

 

 そう言えば、と思い出したように続ける。

 

「いきなり押しかけて迷惑だったでしょ。ごめんね」

「えっ? いや、そんなことない……よ?確かにちょっと不思議な感じだけど、全然嫌とかそういうわけじゃないし」

「そう? でも直して欲しいところとかあったら言ってね。ちゃんと聞くから」

 

 そんな事を話していると叔父が荷物を抱えて2階へ上がってきた。

 

「ふう、よいしょっと」

「すいません。ありがとうございます」

「いいよいいよ。それよりミカンくん、荷物を纏めたら夕飯を食べよう。僕は残りの荷物を持ってくるから、双葉は荷解きを手伝ってあげて」

「あ、うん。分かった」

 

 叔父が降りていったあと、二人は荷物を片付け始めた。

 

 

 

■□■□■□■

 

 

 

 荷物整理は思ったより早く終わり、ミカン達は昼食を取っていた。育ち盛りという事もありミカンはガツガツとカレーを貪るように食べる。

 

「おかわりいる?」

「……すみません、じゃあ……」

「ふふっ、ミカンくん美味しそうに食べてくれるからこっちも作ったかいってものがあるわね。まだ沢山あるから遠慮しないでドンドンおかわりしてね!」

「はい。ありがとうございます」

 

 渡されたカレーライスをこれまた凄いペースで食べていく。その速さに隣の席の双葉は目を丸くして驚いており、叔父もまた予想外の食べっぷりに驚いていた。叔母だけはミカンが食べる様子をニコニコと見守っていたが。

 

 結局、あの後ミカンが四杯目のお代わりをしようとした所で炊飯器の中の米とカレーが無くなった。腹八分目と言うよりは腹四分目にもいっていないといった感じのミカンを見て叔母が「次はもっと多めに炊かなきゃね!」と張り切っていた。

 

「凄い食べたね……」

「まだ食べれるけどね」

「へぇ……見かけによらず大食いなんだ」

「どうしても身体を動かすと腹が空くんだ。あとは……叔母さんの料理が美味しかったってのもあるかな」

 

 ペロリと舌を出して食べ足りないアピールをするミカン。それを見て双葉は第一印象とは違い、思ったより気さくなミカンにホッとしていた。

 

「さて、と。じゃあオレは食後の運動してこようかな」

「え? こんな時間に?」

 

 時計を見ると既に時刻は8時半を過ぎている。いくら春になったと言ってもまだ寒さは残っているし辺りも暗い。

 

「大丈夫大丈夫。この辺の道を覚えるついでだからそこまで時間はかけないよ」

「うーん……それなら、いいの……かな?」

 

 双葉が首を傾げてる間にミカンは玄関に移動しており靴紐を結んでいた。

 

「おや? どこか出かけるのかいミカン君」

「ああ、はい。ちょっと食後の運動をしに軽くランニングしてこようかと」

「なるほど。でももう真っ暗だからね……ランニングの邪魔になるかもしれないけど僕の携帯を持っていきなさい。何かあったら電話帳から家に連絡してね」

 

 そう言って叔父はガラケーをミカンに渡す。ミカンはそれを受け取るとポケットに入れて玄関のドアを開けた。

 

「分かりました。では行ってきます」

「あっ、ミカン君。出来れば9時前には……行っちゃったか」

 

 叔父の言葉を最後まで聞かずに行ってしまったミカン。結局、帰ってきたのは10時過ぎだった。こっ酷く叱られることになった。

 

 

 

□■□■□■□

 

 

 

 ミカンが三門市に戻ってきてから一週間がたった日、ついにボーダーの入隊試験日となった。

 

 初めに体力テストを行い、次に筆記テストを行う。

 

 二年間の修行を乗り越えたミカンが体力テストで遅れをとることはなく、全ての種目をぶっちぎりの1位で終わらせた。

 筆記テストの方は全ての空欄を埋めていた。合っているかどうかは別として。

 

 そして最後の面接、いよいよミカンの番となった。

 番号を呼ばれて部屋の中へ入る。席に座るよう促され、パイプ椅子に腰を下ろした。

 

「じゃあ名前と受験番号を教えて貰えるかな?」

「受験番号32番、虎龍ミカンです」

 

 言われた通りスラスラと答える。

 

 ミカンの前には机を一つ挟んで初老の面接官がいる。面接官は書類を捲りながら何度か頷く。

 

「……はい、ではこれから面接を始めたいと思います。私がいくつか質問をするからそれに対して自分の考えを教えて貰うよ」

「分かりました」

「まあ、面接と言っても二、三個質問して簡単に済ませるものだからそんな堅くならなくていいよ」

「え? は、はあ……」

 

 ガッチリとした面接を想定していたミカンは肩透かしを食らったようになった。

 

「では最初に、何故ボーダーに入ろうとしたのですか?」

「何故……ボーダーに入れば近界民を倒せると聞いたので……」

「ふむ……どうして近界民を倒したいのか……は聞くまでも無さそうだね。嫌なことを思い出させてしまって、申し訳ない」

「別に、大丈夫です」

 

 祖父より少し若い歳で優しそうな人に低姿勢で来られるとどうも調子が狂う。

 

「じゃあ次に、得意な事とかはあるかな?」

「得意な事?」

「運動でも勉強でもなんでもいいんだけども、なにかないかな?」

「…………」

 

 そう言われてミカンは考える。自分が得意な事とは、暫く思考をめぐらせて一つ思い浮かんだ。

 

「……体力には自信があります」

「確かに体力テストでは全体で見ても一位のようだね。なにかスポーツとかやっていたのかい?」

「まあ、剣、道……を」

「成程。じゃあ最後の質問になるけれども、君はボーダーに入って何をしたい?」

 

 ボーダーに入って何をしたい、考えるまでもない。彼は面接官の目を見つめて力強くこう言った。

 

近界民(ネイバー)を殺したいです」

 

 

 

■□■□■□■

 

 

 

 入隊試験が終わり、面接官をしていた水沼誠二は一人の少年のことを考えていた。

 周りがボーダーに憧れて入隊試験を受けに来ているのに対して、一人だけ復讐のために入隊試験を受けに来ていた少年のことだ。

 水沼が少年の資料を見ていると部屋の扉が開き、恰幅の良い中年の男性が入ってきた。

 

「これは鬼怒田主任、どうしました?」

「うむ。何人かトリオンが優秀なやつがいたのだが、その中でも一人だけ太刀川隊の出水と同じくらいのトリオンを持ってたやつがおったのでな、そいつの資料を貰いに来た」

「成程、分かりました。その子の名前は?」

「確か……こたつ、とか言ってたな。珍しい苗字だからよく覚えとる」

 

 こたつ、それは虎龍ミカンのことだろう。水沼が丁度読んでいた資料だったので、それを鬼怒田に渡す。

 

「うん? なんだ読んでいたのか」

「ええ。少し特殊な子でしたので」

「特殊だと?」

「先の大規模侵攻で父親と弟さんを亡くしているようで……」

「……成程な。それはまた難儀なことだ……すまんが資料、借りていくぞ」

 

 鬼怒田はそう言うと資料を持って出ていった。

 一人になった水沼はため息を吐いた。

 

「ふぅ……このままではあの子はいつか壊れてしまうだろう。あの子にも心を許せる友人が出来ればいいんだけどもね……」

 

 

 

□■□■□■□

 

 

 

「ただいま」

「おかえりミカン。どうだった?」

 

 ミカンが帰ると双葉が出迎えてくれていた。手におたまを持っていることから料理中であったことが伺える。

双葉と出会ってまだ一週間とはいえ、歳が近かったからか打ち解けるのが随分早かった。二人の間に出会った当初のぎこちない空気はもうない。

 

 双葉の問いにミカンは曖昧な返事を返す。

 

「分からない。微妙かも」

「そうだったの?」

「面接の質問、答えたら微妙な顔されたから」

 

 その微妙な顔はミカンの同類が既にボーダーにいるから出てしまった顔だ。自分の同類がいることをミカンはまだしらない。

 

「そっか……合否発表は通知が来るんだっけ?」

「たしか。封筒が送られてくるはず」

「大丈夫だよ。ミカンならきっと受かってるって」

「……そうだといいんだけどな」

 

 上着を脱ぎながらミカンは2階へ上がって行った。

 

「あっ! もうすぐご飯出来るよ!」

「着替えたらすぐ行くよ」

 

 そう答えてから部屋に入ったミカンは、天井を見上げるようにしてベッドに倒れ込んだ。

 

「ふう……」

 

 右腕で目を隠すようにして息を吐く。

 

「もう少しだ。ボーダーに入れれば、やっと……」

 

 腕を額の方にズラして目を開ける。カーテンが締まり、電気も付いていない部屋は暗い。

 

「……長かった。でも、もうすぐだ。もうすぐ、近界民を殺せる」

 

 ミカンの瞳は部屋と同じくらい暗く、淀んでいた。

 

「待っててよ、父さん……ユズ……」

 

 呟いた名前は、もうこの世界にいない二人の名前だった。

 

 

 

■□■□■□■

 

 

 

「遅いなぁミカン……お母さん、ちょっと呼んでくるね」

「もしかしたら疲れて寝てるかもしれないから、起こすなら静かにね」

「うん。分かった」

 

 いつまで経っても2階から降りてこないミカンを不思議に思い、双葉は母親にそう言うと2階へ上がってミカンの部屋の前に向かった。

 

 部屋の前に立った双葉は扉を3回ノックしてミカンの名前を呼んだ。

 

「ミカンー? ご飯出来てるんだよー」

 

 …………反応はない。仕方が無いので双葉は静かに扉を開けてミカンの部屋に入った。

 

「入るよー? ……寝てるの、ミカン?」

「………」

 

 部屋に入るとミカンはベッドにうつぶせになっていた。枕に顔を埋めているが、微かに聞こえる小さな呼吸音から寝ていることが分かる。

 双葉は「しょうがないなぁ」と腕を腰に当てて呟くと、ミカンを起こすために耳元で名前を呼ぶことにした。

 

「もう……みか──」

「ーーとう、さ、ん……ゆず……」

 

 その寝言を聞いた双葉は思わず目を見開いた。

 

 そう。大規模侵攻があってからまだ二年しか経っていないのだ。双葉の家族は誰一人欠けることはなかったが、ミカンは違う。父親と弟を失ったのだ。その傷は、双葉が考えているよりも深く、思い。だからミカンはここまで必死になってボーダーに入ろうとしているのだ。

 

「……ミカン」

 

 ベッドに腰を下ろしてサラリとミカンの髪を手で梳く。橙がかったその髪は、少し硬く、ゴワゴワとしていたが、別段嫌な感じはしなかった。双葉は何度かミカンの髪を梳くと立ち上がり、何も言わずに部屋の外に出て行った。

 自分が思っている以上に、ミカンは苦悩しているのかもしれない。扉の向こうで眠っているであろうミカンを見つめ、双葉はそう思った。

 

 それから暫くの日が流れ、ある日黒江家に一通の封筒が届いた。

 

 それはミカンの合格通知だった。

 

「やったぁ! 合格だってミカン!」

「凄いじゃないミカンくん!」

 

 ミカンがボーダーに合格したことを知ると、双葉と叔母は手を挙げて喜んだ。

 一方ミカンはと言うと自分が受かったことに驚いており、二人が喜んでいるのを見てやっと理解したようだ。

 

「そっか……合格したのか……」

 

 かさり、と合格通知書の後ろにもう1枚重なっていた紙を見つけた。

 そこには『仮入隊の期日』と書かれていた。どうやら合格者の中でも優秀な者に送られる紙で、仮入隊を受けると評価に応じて正隊員になるために必要なポイントが上乗せされるようだ。

 

「どうするの? その仮入隊ってやつ、受けるの?」

 

 後ろからのぞき込むんで用紙を見てきた双葉に少し考えてからミカンは返事をした。

 

「そうですね、受けてみます」

「うんうん! ミカンくんならきっとその仮入隊でもいい成績残せるわよ!」

「頑張ってねミカン!」

「うん、頑張る」

 

 ギュッと拳を握り、意気込んだ。




自分自身でQ&A

Q・なんで双葉ちゃんなの?
A・可愛いからです。
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