三門市鈴鳴15-8-3、炭火焼き肉店【寿々苑】。そこには李隊の四人と双葉、修、そして美月の七人が集まっていた。
全員かグラスを持ったのを確認して、年長者として李が乾杯の音頭をとる。
「よし、全員グラスは持ったな? では、俺たち李隊のA級昇格と三雲の
「「「「「「乾杯!」」」」」」
ガチャガチャと互いにグラスをぶつけ合い、宴会が始まった。控えめにグラスを掲げた修が口を開く。
「……僕は部外者なのにいていいのか?」
「三雲先輩のB級昇格のお祝いも兼ねてますし、いいと思いますよ。それにそんなこと言ったらあたしの方が部外者になります」
「いや、黒江さんは虎龍の家族みたいなものじゃないか」
「まーまー、堅いこと言うもんじゃないよ。今夜は祝宴なんだ。存分に楽しみ、喜びたまえ!」
「言っておくが、お前が一番の部外者だからな、漣。というか何故いる。百歩譲ってひなに誘われたとしても何故来る」
半眼でジロりと睨まれれば「心外な」と言ってジョッキのビールに口を付ける。そのまま一息で飲み干して人差し指を李に突き付けた。
「私はミカン君のトリガー工学の講師であり、三雲君を寺島さんに紹介した仲人であり、この可愛い可愛い妹の姉である。ほら、私のどこが部外者だと言うのか」
「部外者だろうが。妹の祝宴にしゃしゃり出てくるな酒飲みが。未成年もいるんだぞ」
「私より年上がいるから問題ないねぇ。まあ? 最年長である李さんが飲むわけにはいかないだろうけども? 監督役だしねぇ? いやあお酒が美味い美味い」
「このトリガーオタク……ハチの巣にしてやろうか」
上機嫌にビールのお代わりを注文する美月とは逆に、こめかみに血管を浮かせる李。いつになく険悪そうに見えるが、実際のところ、美月は本心から煽っているわけではないし、李もそこまで怒ってはいない。
多少の怒気は感じるが、それでも多少程度だ。どちらも素面だと照れくささがあるのだろう。それを隠すためにいがみ合っている姿を見せているだけなのは何となくミカンたちも察していた。
「まあまあ。乾杯したんだから口論は無しにしましょう。祝勝会なんですから」
「ミカン君の言う通り! 李さんも飲んでいいんじゃないかなもう」
「良くないだろ。一応引率の立ち位置でもあるんだからな。さ、ここら辺の肉は焼けただろう。たらふく食え成長期ども」
「うわーい! 待ってました! いっただっきまーす!」
李から肉を小皿に乗せてもらい目を輝かせるひな。続くように双葉とミカンが焼けた肉にトングを伸ばし、修とリンゴも控えめながらも手を付け始めた。
美味しそうに、楽しそうに食事をしている後輩らを見て李は口元を緩めた。
「店員さーん! ジョッキ追加で―!」
「お前いい加減にしろよ?」
「そういえば三雲、お前いつ玉狛に転属するんだ?」
「え? 確か来月の頭ごろだったと思うけど」
「ふーん。転属したらそのまま玉狛のA級部隊に入るのか?」
「いやそれは……無理だろ」
正隊員になったとはいえ、個人の実力はまだまだB級下位。A級部隊に入るには少なくともポイントをマスタークラスまで上げなければ厳しいだろう。何よりも修自身が納得できない。
「僕は……もっと強くならなくちゃいけない」
「そうか……そうだな。オレもだよ」
A級になっても、B級になっても、互い目指す場所はまだまだ遠く、険しい。ミカンはようやく手の届きそうな場所まで来れたが、それでもまだ遠い。修なら猶更だ。
「強く……」
太刀川を斬り伏せたときの感覚を思い出す。神速の居合、『壱の太刀』を二度繰り出して見せたあの感覚。所謂ゾーンに入っていたからできたであろう偶然の産物。あれをモノに出来れば自分はもっと強くなれる。
「……じいちゃんに聞いてみるか」
刀の師匠である祖父ならば知っているだろう。
奥義の更に奥、神速の居合を。
知ってどうなる?
「……」
「どうしたんだ虎龍?」
「ああ、いや、何でもない。ちょっと外の空気を吸ってくるわ」
丁度夜風が肌を撫ぜ、火照った体を冷ます。吐いた息は白く、溶けるように消えていく。
「なにたそがれてるの?」
「双葉」
いつものツインテールではなくポニーテールにした双葉が横に並んだ。
「難しい言葉知ってるな」
「むう。私、来年中学生なんだけど」
「大人になってるってか?」
「分かってるじゃん」
ニヒヒと悪戯っぽく笑う顔にはまだまだ子供らしさが残る。それがなんだかおかしくって、ミカンはつい吹き出してしまった。
「くっ、ふふ」
「なんで笑うの~!」
「あっはは、悪い悪い。可愛いなって思って」
頬を膨らませてぷんすこ起こる双葉の頭を撫でる。誤魔化されていることに気付きながらも双葉は拒まない。そっぽを向いているが口元は緩んでいるのを見るに、満更でもなさそうだ。
「ちょっと座ろうぜ」
店から少し離れた位置にある自販機に備え付けられたベンチを指差し、そう言った。
寒くなったからか自販機の灯りに寄る虫はいない。自分と双葉の分のココアを購入して双葉に渡す。
「ありがと……くちゅんっ!」
「ほら、これ着ろよ」
上着を店の中に置いて来てしまった双葉の恰好は薄着だ。冷えて風邪をひいてしまっては可哀想なのでミカンは自身のジャケットを肩に羽織らせる。
「いいの? ミカンが寒くならない?」
「いいの。オレは暖かいやつ着てるし」
「そっか。ありがと」
「ん」
プルタブを空けて口を付ける。冷え始めていた体に熱と甘さが染み渡りホッと息をつく。
「で、なに考えてたの?」
「唐突だな……」
「ずっと気になってたんだもん。最近、なんか変だったし……」
バレていたことに驚く。この様子だと叔父と叔母にもバレていそうだなと自嘲気味に笑った。
「オレって隠し事下手だな」
「うん。バレバレだったよ。多分あそこにいた全員気づいてると思うくらいには」
「……マジ?」
頷く双葉を見て顔を覆った。李がやたら肉を取り分けてきたり、ひながやたらスイーツを勧めてきたりと謎だったが合点がいった。
「私には話せない?」
じっと見つめられる。真剣なその眼差しを受けて、ミカンはぽつぽつ話し始めた。
「……最近、なんのために戦っているのか分からなくなってきたんだ」
初まりは近界民に対する復讐心だった。それが起源であり、原動力であり、全てだった。
だが、ボーダーで過ごしていくうちに別の感情が大きくなっていった。
自分のことを気にかけてくれる大人、慕ってくれる年下、認めてくれる人、頼りにしてくれる人、競い合ってくれる人、人、他人、知人、友人……様々な『縁』にミカンは恵まれた。
そんな中で、ミカンの心が訴えかけてくることがある。
『もういいんじゃないか』、と。
『よくやったよ』、と。
『きっといつか会える』、と。
心が軽くなり、憎悪が薄れる。穏やかな日常に上塗りされてしまう。
だからミカンはそのたびに憎しみや怒りを思い出す。刻み付けたハズの傷跡が隠れないように、薄れないように、深く、深く、何度も
忘れてたまるかと、忘れたくないと、縋るように。
「みんなと話していると父さんとユズのことを忘れる時がある」
今日の晩御飯の話とか、次の休み遊びに行こうとか、来週のテスト対策に勉強会をしようとか、なんでもない普通の生活が二人のことを記憶の隅に追いやろうとする。自分が当たり前
「駄目なんだよそれじゃ、嫌なんだよそれじゃ」
復讐を誓ったあの日からつぎ込んだ血の滲む二年間はなんだったのか、二人を助けに行くと決めた誓いは嘘だったのか、強くなったのは、無駄だったのか。
そんなことばかりを考えてしまう。そして、心の奥底でそれを納得している自分がいる。
膝の上に握られた拳がギリギリと締め付ける音を出す。双葉に顔を見せたくなくて地面を見つめる。
「それが、どうしようもなくっ、嫌で、嫌いで、苦しくなるんだ……!!」
絞り出すような声を聞いて、双葉は俯くミカンの頭を抱きしめた。
硬直するミカン、頭上から優しい声で語りかけられる。
「ミカンは頑張ってるんだね。お父さんとユズくんのために」
「……」
母親が子供をあやすような手つきでゆっくりと頭を撫でられる。
「ミカンはさ、楽しいんだよね? ボーダーも、学校も」
くぐもった声だったが、双葉の耳は肯定の意だったことを聞き取った。
「こっちに戻って来た最初の頃ってさ、ミカン、すごい目がギラギラしてたんだよ。でも最近はキラキラしてるんだよ、知ってた?」
双葉の胸の中で頭が揺れる。これは多分否定だ。
「キラキラ、ワクワク、ドキドキ、そんな気持ちでいっぱいの目をしてるの」
今日は作戦が上手くはまった、明日はあの人に勝ち越してやる、負けてたまるか、勝ってやるぞ。
「そんなことを嬉しそうに話すんだもん。ふふ、負けず嫌いなんだから」
クスクスと笑う彼女の声が馴染む。
「ミカンはさ、ずっと張りつめてたんだよ。いつ割れるか分からない風船を抱えて、見守って、萎みそうになったら空気を入れて……ずっとそうしていたんでしょ? つかれるよ、当たり前だよ。だってミカンはまだ、中学生で、私と同じ子供なんだから」
子供。そういえば最後に親に甘えたのはいつだったか。他人に弱音を吐いたのはいつぶりだったか。
「ミカンは……すり減っていた心が良くなって、他のことを楽しむ余裕が出来たんだよ」
撫でていた手が止まり、抱擁を解かれる。のろのろと顔を上げてみれば、双葉の瞳から涙が零れていた。
「……なんで双葉が泣いてるんだよ」
「だって、ミカンが泣かないから。私が代わりに泣かなきゃ、ずっとミカンは自分のことを許せなさそうだったから……」
話しながらも双葉の両の目からは大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。ハンカチで涙を拭いてあげながら、先程の言葉を反芻する。
「余裕、か……なあ、双葉」
「ぐすっ……なあに?」
「オレって笑うこと増えた?」
コクリと頷く。
「そっか」
自分の感情との向き合い方が下手だったのかもしれない。素直に今が楽しいってことを認めればよかったんだ。
「馬鹿だなあオレって」
「うん。バカ」
「なにを~」
「バカバカバーカ。あほミカン」
そう言って双葉はミカンに抱き着く。顔を見せたくないからか、胸元に額をこすりつけて鼻を鳴らしている。
さっきとは逆になっちゃったな、と気が緩んだ。
「双葉」
「……なに」
「ありがとな」
背中に回された手の力が少し増した。
言葉はいらなかった。
「あっ、二人ともどこに行ってたの? もう少し食べたら会計するから頼みたいものがあったら今頼めってさ」
「まだ食うのかあの二人は……」
視線の先には皿を重ね続けるひなと李の姿があった。李が焼いた肉をするする口に入れていくひな。師弟の完璧な連携が今、この焼き肉屋で発揮されていた。ムダすぎる。
「あれ、黒江。目が赤いけど……おしぼり貰ってこようか?」
「あ、えと、はい。お願いしますありがとうございます」
「う、うん」
双葉の反応に困惑しながらも修は店員におしぼりを貰いにいった。
「漣さんはまだ飲んでるし……」
「あはは……」
「あっはっは!! あのにぶにぶチーフがあ! なーにが『男を勘違いさせる言動はやめなよ』だ! 私がそれをするのはあなただけだわー!!」
「……荒れてんなあ」
「……あ、あはは」
李は完全に無視を決め込んでるし、ひなはお肉に夢中だ。なんというカオス。収集がつかない。
「とりあえず、あれだなリンゴよ」
「なあにお兄ちゃん?」
「漣さんに酒を飲ませるのは鬼怒田さんか寺島さんが言る時だけにしような」
「……そうだね」
冷たい目を向ける虎龍兄妹に気付かず、追加で更に酒を注文する酒乱がいた。
「酒! 飲まなきゃやってられないねえ!」
翌日美月が二日酔いでダウンしたのは未来視が無くても読めていたことだった。
「ミカン、お前またひとつ殻を破ったな」
月一の帰省、いつものように道場で祖父と打ち合っているとお褒めの言葉を頂いた。
「ほんと?」
「ああ。会うたび会うたび強くなっていたが、今回のは一段どころか三段飛ばしで成長しとる。何を掴んだ?」
「実は……」
ミカンはA級昇格試験でゾーンに入り、壱の太刀の速度で二度弧月を振るうことが出来たことを伝えると祖父は目を見開いた。
「その年で弐の太刀を習得するとは……才能があるとは思っとったが……」
「弐の太刀?」
「ああ。壱の太刀の速度で振るう連刃、それが弐の太刀だ。儂も完全にモノにするのに5年はかかったからのう」
明日の朝、見せてやろうと言われたので今日は大人しく稽古をするだけにした。
翌朝、4時。辺りはまだ暗く、静まり返っている。
「では見せようかの」
道場の真ん中にポツンと巻藁がひとつ立っていた。そして道着姿の祖父が手に持っていたのは真剣。ギョッとしたミカンは恐る恐る訊ねる。
「……それ、本物?」
「ああ。虎龍家に伝わる家宝じゃぞ」
「銃刀法違反にならないの?」
「登録してあるからそこらへんは気にせんでいい。どうしても気になるなら後で調べなさい」
「うん」
法に触れることは無さそうなので一安心。危ないから下がってみるようにと言われたので絶対に刃が届かないところまで下がり、万が一飛んできたとしてもすぐに逃げられるように立ち見する。
祖父は刀の柄に手を伸ばし、息を整える。静寂が場を支配し、ゴクリと生唾を呑み込む音がやけに大きく聞こえた。
数秒、数十秒だろうか、祖父の手に一瞬力がこもった。
「…………っ!!」
辛うじて見えた。二つの軌道のイメージが脳裏に焼き付けられる。
見えなかった。いつの間にか刀は鞘から引き抜かれており、祖父は大きく息を吸って吐いて呼吸を整えている。
「これが、弐の太刀だ。ふう……寄る年波には勝てんの」
刀身を鞘に納めながらそう話す祖父を見て、ミカンは頬を引くつかせる。
「いやあ、まだまだ現役でしょ」
「ふん……で、何か掴めそうか?」
実際に見て、という意味だろう。
「なんとなく、だけど」
「それでもいい」
「速すぎてほとんど見えなかったんだけど」
「だが感じるものはあったろう」
それはそうだ。ほんの僅かだがそれでも肉眼でしっかりと見たのだ。脳裏のイメージと相まって今なら自分も弐の太刀を使えそうな気がする。
それはそうだ。抜刀の瞬間は見えなかったが刀身の軌跡はかろうじて見えた。
そんなミカンの心の声が聞こえたのか、祖父は刀を渡してきた。
「巻藁はもうひとつある。今度はお前がそれを斬ってみろ」
斬り伏せた巻藁を退かして新しい巻藁を設置する。その間、ミカンは渡された真剣をおっかなびっくりに握っている。
設置を終えた祖父がそんなミカンに飽きれた目線を向ける。
「なにをビビっとるんだ。お前は毎日同じような獲物を握っとるんだろう?」
「あれはトリガーだし、これはマジモンじゃん。色々違うよ」
「ふう……儂が剣を教えると言った時のことを思い出せ」
明鏡止水の心。言われてみれば、なんだか気が楽になった。生身かトリオン体かの違いで対して変わらないではないか。
「よし……」
己の掌と巻藁に集中する。あの時の感覚を思い出して、今見たイメージを反映させて、脱力する。
そして抜刀した。
「ふぅー……」
額に滲んだ汗が顎から滴り落ちる。たった一瞬だと言うのに汗でビショビショになってしまった。
「うむ……見事だ。今の感覚を忘れないようにするんだぞ」
「うん。モノにしてみせるよ」
うっかり斬らないように慎重に刀身を鞘に戻して祖父に返す。入れ替えるように箒を渡された。
「巻藁は斬った後の掃除が大変でのう……片づけといてくれ」
「あ~、うん。分かったよ」
集中していて気づかなかったが確かにひどい。藁まみれの現場を綺麗にするべくミカンは箒を振るった。
「なあレプリカ」
『どうした、ユーマ』
月明かりが満ちる要塞。その城門のてっぺんでは一人の少年……ユーマとレプリカと呼ばれる黒い小型トリオン兵が地平線を眺めていた。
「思ったより早く戦争終わったな」
『そのことだが、どうやら敵国の本拠地にアフトクラトルが攻め入ったらしい』
「アフトクラトルが? なんでだ?」
『情報によると見たことの無いトリオン兵がいたらしい。恐らく新型の性能テストを兼ねた侵攻だったのだろう』
「うちとやり合って戦力が分散しているうちに落とせたら儲けもんってことか」
『そういうことだ。黒トリガー使いも何人かいたらしい』
「マジか」
そんな会話をしながらもユーマは心ここにあらずといった様子であまり興味を示さない。背中を地面に着けるように倒れ込み、空を見上げる。
「しかし、やることも無くなったな」
『達成感は無いのか?』
「んー……おれは親父がやってたことを引き継いだだけだしな。やり遂げたっていう気持ちはないな」
『そうか』
ユーマはぼうっと地平線を眺めている。数週間前まで戦場になっていたこともあり、戦闘痕で地面はボコボコになっている。
『
「へえ」
『そこに行けばユーマも元の体に戻れるかもしれない。有吾の友人もそこにいるはずだ』
「ふむ……」
少し考える素振りを見せたあと、頷いた。
「なら、行くか」
心の内に秘めた目的を果たせるか確認するために。
自分自身でQ&A
Q・アフトクラトルが使ってたトリオン兵って?
A・ラービット(試作型)です。プレーン体しか作られておらず、数もまだ少ないです。
Q・ミカンの復讐心ブレブレじゃない?
A・中学生の不安定メンタルだとこんな感じかなと。同年代の修がペンチメンタルなだけ比較すると分かりやすいですね。